小説
- ナノ -






そして二人の関係が始まって三年目の夏、我愛羅は公務と銘打って綱手の元を訪れた。

「…成程な」

手渡した書類に目を走らせた綱手は、目の前に座る我愛羅の眼差しを真正面から受け止め腕を組む。

「新しく発見された毒物の一覧表だ。まだ効能が分からない物も多く、分布図も曖昧だ。だからどうしても彼女に力を貸してほしい」
「そうだな…私もこの毒草は見たことがない。あの偏狭な高山地帯にこれほどまでの草花があったとは…意外だったな」

我愛羅が持ってきた資料は砂隠の外れにある高山で見つかった新種の草花の一覧表であった。
まだ発見されたばかりでどのような効能があるかはっきりとわかっていない、これから研究開発を進めていかなければならないものばかりであった。

「砂隠には木の葉ほどの医療従事者、並びに相応の知識、技術をもった者が未だ乏しい。できれば早いうちにこれらを調べておきたい」

砂隠は砂漠の地だと思われがちだが、少し外れれば切立った岩崖や、砂漠に侵されていない高山や山岳も数多く有している。
それらの多くにはまだ見ぬ草花が咲いており、なかには毒草になるものもある。
もしそれらから新たに毒を作られ応用されると、砂隠に住む全ての民の命に係わるかもしれない。

だからこそ今のうちに調べる必要がある。
そう主張する我愛羅にもっともだと綱手も頷く。

「だがなぁ…サクラは木の葉にとっても必要なくノ一だ。そうやすやすと単身赴任させるわけにもいかん」

悩む綱手は愛弟子の顔を思い浮かべ、唸る。
実質サクラほどの知識を持ち、根気強く薬草を調べ続けれる医忍もそういないがどうしたものか。
悩む綱手に、我愛羅は頼む。と頭を下げる。

「…どうしてもサクラでないといかんか」
「ああ。彼女ほど信頼でき、尚且つ仕事に誠実な医忍はそういない」

そしてサクラほど砂隠の里に貢献し、認められている忍もいない。

この三年間、二人はただ逢瀬を繰り返していただけではない。
公務と銘打ちサクラは砂隠に度々医療忍術のいろはを教えに行っていた。
そして時には我愛羅や、部下であり医忍であるマツリが数名の医忍を引き連れ木の葉へと学びにも行った。

おかげで砂隠の医忍の技術は向上し、乏しかった医療機器も格段と増えてきた。
数字に出してみても以前に比べAランク任務、及びSランク任務による殉職率は減少し、生存率が上がってきている。
それに知識だけではなく実践での経験も人一倍多いサクラの指導は、今砂隠にもっとも貢献してくれていると断言できるものであった。

おかげで里の者も木の葉の忍とはいえサクラに白い目を向けることはなくなり、むしろ最近では医療従事者以外にもサクラの名が知れ渡り町中でも声を掛けられることが増えてきた。

多少遠回りではあるかもしれないが、一歩ずつ確実に、共にいられるよう二人で話し合って出した道であった。


「…分かった。だが半年だ」
「半年でこれらすべてものが解明できるか。一年だ」

本音を言えば一年どころか二、三年、むしろそのまま嫁に来て欲しいところではあったが、それはまだ時期尚早だと口を噤む。

幾ら二人で導き出した道だとはいえ、忙しいサクラを何か月も拘束できるものではない。
いつも短期間で集中的に授業や指導をしているサクラに無理をさせていることが悩みであった。
だが今回の高山地帯での草花の研究は短期間でできるものではない。

この機会を逃すほど我愛羅は間抜けではない。
報告を受けるとすぐさま資料を纏めさせ会議を開き、渋る上役を口八丁で丸め込み木の葉へと赴いたのだった。

「この…生意気を言うな!こちらとてサクラを一年も手離せるか」
「こちらとて譲るわけにはいかん。里に住まう民全員の命に係わるかもしれんのだ」

ぐぐぐ、と二影が睨み合う空間は居心地が悪く、まさに一触即発の雰囲気だ。
だが我愛羅の眼差しは真剣で、一歩も引く気がないのが分かる。

綱手とて砂隠の医療技術が未だ木の葉に比べると乏しいことを理解している。
幾らサクラやいのといった医療従事者が砂隠に赴き知識を伝授しても、そうそう新たな生徒が増えるわけでもないし、ましてや数日、数か月で知識を伝授できるほど医療は浅くない。

医療忍者を育てる難しさを誰よりも理解している綱手はぐ、と唇を噛みしめると、ええい!と机を叩く。

「分かった一年だ!!それ以上は絶対に譲らん!」
「…恩に着る」

己の願望が通ったからか、口の端を上げ頭を下げる我愛羅に綱手は大きく吐息を吐きだし、背もたれに背を預ける。

「全く…本当に貴様は生意気だな」
「手のかかる子ほど可愛いと言うだろう」
「意味が違うわバカたれ!」

叩きあう軽口に我愛羅がくつくつと笑えば、綱手は諦めたように嘆息する。

「…何故サクラなんだ。理由はあるのか」

サクラほどの医療忍者はそうそういないのは分かる。
だがサクラ以外にも、というより毒草についてはサクラ以上に知識を持った者もいる。
なのに名指しで指名する理由が何なのか、綱手は知りたかった。

「何故だと思う?」

だが我愛羅は広げた資料を片づけつつ、問いに問いで返す。
綱手は再び生意気だ。と思ったが、そうだな。と戯言に付き合うように腕を組み思案する。

「…いざとなれば前線に出れるからか」

綱手が教えたのは医療忍術だけではないことを我愛羅は既に知っている。
その事かと問えばそれもある。と答える。

「それも、ということは別に理由があるのか?」
「ああ。なければ彼女を指名するものか」

判を押せ、と綱手の前に資料を置き他の資料を仕舞う我愛羅にふざけるな。と返す。

「明確な理由もなく判など押せるか」
「何だ、さっき言ったことをもう覆すのか?」
「違う!単身赴任はさせる。だが不明瞭な理由に頷けるほど無責任ではない」

綱手の言葉にそうだな。と腕を組むと、我愛羅は育てたい。と答える。

「何をだ」
「サクラのような医療忍者を、だ。一人でも多く、里のために」

木の葉に比べれば人口も少なく、経済力も軍事力も大きくない。
土地柄植物も育ちにくく物の流通も木の葉に比べれば乏しい。
だからこそ一人でも多く、あの砂漠の地で生き残れるように知識を持った人材を増やしておきたかった。
そしてできればサクラのように根気強く、毒草にも、患者にも、そして他里の忍にも向き合える心の強い者を。

「…一年では難しいぞ」
「されど一年だ。彼女には頑張ってもらうが、こちらも全力でサポートする」

少しでも多く、彼女の知識が欲しい。
男としての本音は胸の奥に隠しながら、それでも里のことを思う風影としての本音に綱手は頷いた。

「分かった。だが条件がある」
「何だ」

綱手は判を手に取り朱肉につけると、だん、と音を立て書類に捺印する。

「何があってもサクラを守れ。何があっても、だ。いいな」
「…了解した」

真剣な顔の綱手に頷き返し、書類を受け取り視線を落とす。
遠回りではあるが、こうして一歩ずつ前に進むしかないのだと我愛羅は小さく嘆息した。




prev / next


[ back to top ]