小説
- ナノ -






短い梅雨も終わり、夏が来た。
春に顔を出した緑は健やかに育ち、青く色づいた手を空に向かってうんと伸ばす。
見上げる空は暑く眩しく、水やりを終えた花々を宝石のように輝かせる。

「今日もいい天気ー!…よし、今日も一日頑張りますか」

伸びをするサクラの顔は生き生きとし、輝く太陽に向かって手をかざす。
我愛羅への心構えが定まってからのサクラは以前よりも遥かに美しく、強かに変わっていった。


信じて待つ。
信じて愛する。
そして自分の力で自分のできることを。

その思いを胸に帰省したサクラは今までにないほど心がすっきりと晴れやかであった。
別に我愛羅からはっきりとした想いを告げられたわけでもなかったが、それでも自分の進む道が開けた気がして楽になったのだ。

今までうじうじと悩んでいた自分に手を振り、新しく出逢った自分と握手する。
例えるならそんな感じであろうか。
そんなことを考えながら水やりを終えた向日葵の花弁をつん、と突けば、それは笑うように体を揺らし雫を落とす。
夏はまだ始まったばかりだ。


そんなサクラの変化は内面だけでなく、見た目にもしかと表れていた。

真冬の雪のように白く血色の悪かった顔色も、今ではすっかり色づき華々しく頬を彩る。
悲しく虚ろに淀んでいた瞳はキラキラと輝き、新緑の如き生命力を溢れさせている。
若木のようだった肉体は熟し、服の上からでも密やかな色気が漂い男の目を奪う。

そして以前にもましてキリキリと働くさまは目に眩しく、書類を片手に颯爽と火影邸を後にするさまは目を引くほどに美しく、涼しげであった。
そんな一陣の風の如く歩き去るサクラを見送るリーは、両手を合わせ美しいですサクラさん…と呟き、その後ろではナルトがすんげー綺麗だってばよ…と呆然とする。
その奥ではいのが知らない間に元に戻っちゃって。と少々不満気に呟くも、表情は穏やかで声音も優しい。
隣に立つテンテンも本当。と苦笑いしつつも纏う空気は暖かく、凛とした背を誇らしげに見送った。

「一時はどうなるかと思ったのにね」

腰に手を当て笑うテンテンに、いのもまったくよ。と腕を組む。

「無駄に心配ばっかりかけさせるんだから」

しかも結局何の相談もされなかったし。なのに元気になってるし。
自分のあずかり知らぬところでサクラが変わっていくのが少々面白くないといのは零す。

「でもよかったです。以前までのサクラさんは元気がなくて話しかけても上の空で…どこかに消えてしまいそうでしたから」

少し前までのサクラを思い出し肩を落とすリーに、ナルトもそうそう。と頷き頭の後ろで手を組む。

「ほーんと…サクラちゃん綺麗になったってばよ…」

徐々に小さくなっていくサクラの背をナルトの視線が熱く追い続ける。
一時期は切る暇もなく伸ばされていた髪も、今ではすっかり綺麗に揃えられ鮮やかに光を反射させる。
忙しくとも凛とした背筋と輝く眼差しは美しく、張りのある声に呼ばれると心が躍る。

やっぱり俺サクラちゃんが好きだ。
思いつつガリガリと頭を掻き、サクラちゃん綺麗になったってばよ。と再び呟けば、リーもうんうん。と頷き、いのとテンテンは呆れたように肩を竦める。

「ほーんと、コレだもんねコイツらは」
「しょうがないわよ。リーとナルトだもん」

苦笑いする女子二人にナルトはだってよー、と呟く。

「サクラちゃんの秘密主義が変わったわけじゃないけどさ、前に比べたら全然違うじゃん。前も目が離せなかったけどさ、今は別の意味で目が離せねえよ」
「ナルトくんの言う通りです!少し前までのサクラさんはひっそりと咲く水仙のようでしたが、今では満開に咲き誇る桜そのものです!」

目を奪われない方がおかしいでしょう!
拳を握って力説するリーにナルトも強く頷く。
いのやテンテンからしてみても分からない話ではなかったが、それでもサクラにしか眼中にない男共にため息は零れてくるものだ。

「ていうかお前たち、そろそろ我愛羅くんのお迎え行った方がいいんじゃなーいの?」
「カカシ先生!」

無駄話を続ける四人の背に声がかけられ、一斉に振り返ればそこには気だるげな顔をしたカカシが立っており、よっ。と手を上げる。

「中忍試験、第三の試練は今日でしょ。会場まで案内しなきゃなんないのにお前たち何こんなところで油売ってんの」

腰に手を当て呆れるカカシにいやぁ、とナルトが頭を掻く。

「それがさ、シカマルが案内するから俺らはいい。って言うからさぁ…」
「まったく。お前ねえ…」

なはは、と笑って誤魔化すナルトに呆れるカカシだったが、すぐにあれ?と首を傾ける。

「おかしいな。シカマルならさっき会場付近で見たは見たけど、我愛羅くん一緒にいなかったよ?」
「え?と、トイレとかじゃねえの?」

まさか以前のように連れ去られたりしてないだろう、と若干の不安がよぎるが、すぐにそれは打ち消される。

「お前たち何をしているんだ?」
「ガイ先生!」

カカシの後ろから現れたガイにリーが目を輝かせ、カカシが事情を説明するとああ、とガイは納得したように歯を見せ笑う。

「我愛羅ならさっきサクラと一緒に歩いていたぞ」
「え、サクラちゃんと?!何で?」

食いつくナルトにそれは分からんが、とガイは首を傾ける。

「何か資料を見ながら話しあっていたから、仕事の話だろう。サクラは時々砂隠の医療忍者たちに授業をしているだろう?その話じゃないか?」
「ああ、そう言えばちょっと前からそんなことしてたよね、サクラ。あの子も立派になってねえ…」

のほほんと交わされる教師二人の会話になんだ、と男二人は安堵したように肩を落とし、女子二人はへえー、と声を漏らす。
我愛羅とサクラが二人でいるところなどあまり想像つかなかったが、サクラがそういう類の仕事をしていることは知っていたので大して驚きはしなかった。

「サクラがついてるなら大丈夫じゃない?」
「そうそう。それにもし何かあっても我愛羅くんが守ってくれそうだし」
「あ?!それだったら我愛羅より俺の方がサクラちゃんのこと守れるってばよ!」
「いいえナルトくん!サクラさんを真の意味で守れるのは僕だけです!!」

幾つになっても訳の分からないことで白熱する面々にカカシは額を抑え、ガイは豪快に笑う。

「まぁとにかく会場に行くのが先だ。行くぞお前たち!会場に向かってうさぎ跳びだ!!」
「はい!ガイ先生!!」

燃える二人を横目にはいはい。と頷くと他の面々はそろって歩き出した。



「…だから、この薬草が必要なのよね。でもこの地帯だと水が足りなくて枯れる可能性があるの」
「成程な」

第三の試練が始まる前、二人は並んで会場に設置されている会議室で仕事の話をしていた。

我愛羅への不安を言葉にせず、ただ信じることに徹したサクラは我愛羅が隣にいても動揺することなく、仕事に誠実に、必要な書類を用意し的確に説明していく。
そして我愛羅も一度仕事になればサクラを求めることなく、真剣にその話に耳を傾け相槌を打っていく。

「ふむ…砂隠の外れに高山地帯がある。そこの麓ならば育つかもしれんな」
「この薬草は日当たりが悪くても育つから、多少日照時間が短くても大丈夫よ。ただ寒さに弱いんだけど、夜はどのくらい気温が下がるの?」

広い会議室の中、隣り合って肩を触れ合わせながら仕事の話をする姿はどうかと思わないではなかったが、通りがかる面々は真剣な表情の二人をみると
ああ、仕事か。と深く考えず通り過ぎていく。
事実ではあるがもっと突っ込む部分があるのではないか。
きっとテンテンあたりならばそう叫んでいただろうが、生憎そこまでのツッコミ属性はそこにはいなかった。

「…うーん、ちょっと難しいかもねぇ…」
「これについてはもっとこちらも考えなければいけないな」

背もたれに背を預け仰け反るサクラに、我愛羅も資料を見ながら頷く。
サクラはその真剣な表情を横目で見やった後、ひたりと体を寄せ資料を指差す。

「でも一番重要なのはココなの。勿論こっちも大事なんだけど、これが一番解決しなきゃいけない問題なのよね」
「そうか。お前の見解としてはどうなんだ」

触れ合う場所から伝わるぬくもりは心地よく、けれど仕事に専念する二人に邪心はない。
これはこうだ、あれはああだと話していると、あー!!と耳をつんざくような声が聞こえ二人は顔を上げる。

「さ、サクラちゃんに我愛羅!近すぎだってばよ!!」
「ナルト」
「もう、うるっさいわね!」

叫び、動揺しまくるナルトの後ろから現れた面々も広げられた資料の多さよりまず二人の距離感に目を開く。
確かにあれは近すぎじゃあないかな、とカカシが思っている横で、案の定テンテンが本当近すぎだから!と二人にツッコミを入れる。

「だって離れてたら話しにくいじゃない」

テンテンのツッコミにケロリとした顔で言い退けるサクラに、ナルトはでもさでもさ、と昔の口癖よろしく慌ただしく手を振る。

「だったら向かい合わせでも…!」

ナルトの主張に他の面々、特にリーが強く同意するがサクラは何言ってんの。と腰に手を当てる。

「向かい合わせだと字が逆さになって説明しづらいじゃない。もう、何をそんなに気にしてんのよ。こっちは真剣に仕事の話してるっていうのに」

騒ぐナルトを諌めるサクラを横に、我愛羅は淡々と資料を片づけ、書類を整えると立ち上がる。

「悪いなサクラ、助かった」
「ううん。気にしないで。あ、それよりまだ話し足りない部分があるんだけど、それは後でいい?」

資料の順番を確認しつつ我愛羅を見上げ伺うサクラに、少し表情を緩め分かったと頷けばサクラもそう。と微笑む。
妙に親密な関係を匂わせるそのやり取りにナルトの目がじっとりと細くなり、リーの眉も下げる。

「なぁゲジマユ、なんかあの二人おかしくね?つか、サクラちゃん俺らに向かって笑うよりも綺麗な顔してる気がすんだけど!」
「分かります!なんか、こう、ふわぁ〜…っと花が咲くような微笑みですよね?」

こそこそと小声でやりとりする二人を完全に無視する二人は、至近距離で見つめ合いながら会話を続けている。
その表情は互いに穏やかで、会話の内容はシビアなものなのに、表情だけ見るとまるで恋人同士が睦言を紡ぎあっているように見える。
それにはカカシもおんやー。と目を細め、いのとテンテンもうん?と腕を組み二人の会話を見守る。

「うん、分かった。それじゃあそういう段取りで」
「分かった。ああ、そうだ。仕事が終わる時間が分かったら連絡をくれ。迎えに行く」

迎え?!
すっかり二人の会話を聞き逃していた二人がその単語に驚き振り返れば、サクラは既に我愛羅から離れておりまた後でね。と微笑み手を振り背を向けた。
その去り行く背を軽く見送った我愛羅は、受け取った資料を手に会場へと足を向けるが、すぐさまナルトに止められる。

「ちょーっと待て我愛羅!何?!お前ら何なの?!」
「どういうことなんですか我愛羅くん!」
「何がだ」

慌てるナルトに訳が分からず首を傾げた我愛羅に、リーがサクラさんですよ!と続ける。
サクラ?と首を傾けたままの我愛羅はああ、と頷くと、サクラならあっちに行ったぞ。と後ろを指差しちがーう!とテンテンが叫ぶ。

「そうじゃなくて!我愛羅とサクラってあんなに仲良かったっけ?」
「その、言っちゃ悪いけど我愛羅くんとサクラって接点少なくない?」

尋ねる女子二人に我愛羅は片手に持った資料を掲げ、医療忍者の育成を手伝ってもらっている。と告げる。

「俺の部下であるマツリを筆頭に、時折講習をしてもらったり医療現場に同行させてもらっていることは知っているだろう」
「ああ…それなら」

頷く面々に、その話をしていたのだと言えば成程。とそれぞれ頷く。
だがナルトとリーはそれでも、と我愛羅に詰め寄る。

「何であんなに近いんだってばよ!もうちょっと離れてても話はできんだろ?!」
「そうです!ずるいですよ我愛羅くん!僕もあんな風にサクラさんと肩を触れ合わせながらお話したいです!!」
「ずるいって本音が出てるわよ、リー!」

きゃんきゃんと吠える二人に我愛羅は数度瞬きを繰り返し、会議室に掛けられた時計を見上げああ、そろそろ行かねばな。と考える。

「また後でな」

一切二人の苦情を聞いていなかった我愛羅はそう言うと、資料を仕舞い颯爽と会場に向かって歩き出す。
全然聞いてなーい!と項垂れる二人を一瞥することなく会議室を出ていくさまはいっそ清々しく、二人以外の面々はただ苦笑いする。

そうして二人は時折人の目に不審に写りながらも、木の葉で、または砂隠で。
言葉を交わし視線を交わし、宿屋の女将たちに手助けを受けながらひっそりと逢引を繰り返した。
その頃にはすっかりサクラも以前のように悩むことはなくなり、我愛羅を信じ、己の出来ることを進めていった。



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