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風呂から上がり部屋に戻れば、先代の置手紙が目に入る。
何かと思えば仕事が入ったからまた出るが、明日には戻ってくる。というものだった。
もう少し話をしたかったなと思わないでもないが、仕方ない。

サクラは畳の上に横になり、ううんと背伸びをすると四肢から力を抜く。

「…疲れたな…」

思えば休みなく働いて連休をふんだくり、来たと思ったら神社に参拝に行き、寒さに震え声を上げて泣き、それで疲れぬ方がおかしいと言うものだ。
風呂であたたまった体は不思議なほど畳とよく馴染み、うとうとと心地よい微睡を連れてくる。
どうせ自分の他には誰もいない。
ならばこのまま寝ても構わぬだろうと目を閉じれば、思ったよりも早く意識は沈んでいく。

だが暫くすると、とんとん、と誰かに手を叩かれているような気がしてゆったりと深い眠りから浮上する。
風呂に浸かっている時のように意識がふわふわと浮かんでは沈み、浮かんでは沈むを繰り返す。
体を起こそうにも妙に気だるく重い。
代わりに頭だけがやけに冴えており、浅い眠りの中にいるのだと気づく。
まぁそのうち深い眠りに落ちるだろう。
目を閉じ続けていれば、キシッ、キシッ、と床の軋む音が微かに聞こえてくる。

女将だろうか。
思いながら咄嗟に気配を探るがどうも違う。
一体誰なのだろうか。
重く鈍い指先で畳に軽く爪を立てれば、すらりと僅かな音を立てて襖が開く。

誰。
うっすらと重い瞼を開けてみれば、鮮やかな茜色が目に入る。
ああ、もう夕方か。
そんなことを思うがすぐに違うと気づく。


「…が、あら…くん?」


途切れ途切れに掠れた声で名を呼べば、襖の奥、サクラを見下ろす様に立っていた我愛羅がああ。と頷く。

ああ、本当に、本当に…夢で、逢えた。

無意識に手を伸ばせば、部屋に入ってきた我愛羅がその手を取りサクラの体を優しく抱きしめる。
夢の中だからか、少し冷たい体に腕を馳せ、ぎゅうと抱きしめ頬を寄せる。
鼻から息を吸えば嗅ぎ慣れた匂いが肺を満たし、夢のくせにそこだけはやたらと鮮明なのかと少しおかしくなる。

これも神様のおかげかしら。賽銭を少し奮発してよかったわ。
そう思いながら鼻先を寄せ甘えるように首に齧りつく。

どうせ夢の中なのだからどれだけ甘えても構わないだろう。
指通りのいい茜を存分に梳き、首筋に唇を寄せ甘えるように肩口に頬を擦りつける。

逢いたかった。
胸の内で呟いたか、声に出たかは分からない。
それでも心からそう思っているとやがてゆるやかに意識が落ちていく。

ああ、今度は深く眠れそうだ。
早くも夢の中で逢えた我愛羅の腕の中で意識を手放すなら、これ以上幸せなことはない。

我愛羅くん。
滑り落ちる名前は甘く響き、サクラはことりと意識を手放す。

ぎゅう、と背に回された手はあたたかく、夢の中なのに不思議ね。と見えぬ神様に感謝した。



どれだけ寝たのだろう。
覚醒しだす意識の中ぼんやりと思いつつ寝返りを打てば、頬にあたる滑らかな質感にあれ?と思う。
自分は確か畳の上で寝ていたはずなのだが、と掌をのろのろと這わしてみれば、少し冷たくするすると滑る質感はまるでシーツだ。
何だか布団で寝てるみたい。
柔らかな床に頬を付け、愛撫するようにその質感を確かめているとはて。と思い直す。

確かに畳はやわらかかったが、流石にここまで柔らかくはなかった。
そこでハッと目を開けば、先程までいた部屋とは広さが数倍違う部屋の中に布団が敷かれ、その中に横たわっていた。

「…え…?」

思わず、ココどこ。と呟きそうになっていると、起きたか。と聞きなれた声が耳をうち体が固まる。

「随分疲れていたようだな。ぐっすり寝ていたぞ」

ギギギギ、と油切れしたブリキの玩具のように首を巡らせれば、窓辺の書院に片肘を突き、砕けた姿勢でこちらを見やる我愛羅がいた。
夢?と思わず頬をむにりと抓んでみるが、痛みが走り夢でないと気づく。

まさかお賽銭を奮発したから本物が来たのか。
まじまじと我愛羅を眺めていれば、いつまでも動かぬサクラに我愛羅はどうした。と首を傾ける。

「まだ寝ぼけているのか?珍しいな」
「え…いや…そう、かな…?」

サクラに近づく我愛羅は、膝をつくとサクラの頬に手を伸ばし指を滑らせる。
その感触にやっと目の前の我愛羅が本物だと実感し何で、と呟く。

「何で、我愛羅くんが此処に…?」
「…お節介やきの婆がいてな」

とんだ婆だ。
蔑む割には声音は優しく、思わず笑えば我愛羅も目を細める。

「呼ばれたの?」

問えば我愛羅はああ、と頷く。

「宿に賊が泊りに来たから助けてくれんか、と手紙が来てな。しかも俺以外の忍は来させるなと言う」

はあ、と呆れたように肩を落とす我愛羅に先代らしい所業だと苦笑いすれば、再びとんだ婆だろう。と呟く。

「しかし来てみればどこにも賊はいないし、からかったのかと思えばお前が寝ていた部屋に行けと言われてな。そこに賊がいるのかと思えばお前がいて訳が分からんかったぞ」

もしや賊に捕らわれていたのかと思ったが幸せそうに寝こけているし。
そこまで言われ、ようやく先代の悪戯に自分まで巻き込まれていたことが分かり流石に脱力する。

「私は普通に泊りに来ただけよ。確かに宿からまたいらっしゃい、ってお手紙はもらったけど。だから多分賊なんていないわよ?」
「まったくあの婆め…とんだ狸だな」

チッ、と舌打ちをしつつ悪態をつく我愛羅に見た目はあなたのほうが狸なのにね、とは思ったが黙っておいた。

「まぁ先代には後で話をつけよう」

疲れたように額を覆う我愛羅に再び苦笑いしていると、ああそうだ。と顔を上げる。

「もうすぐ夕餉だが、まだ寝るか?」
「ううん。起きるわ」

肌触りのいいシーツから身を起こし、少し開いた浴衣の前を合わせて顔を上げれば頬に手を這わされる。
何かと思い見返せば、じっと翡翠の瞳に見つめられそっと目を閉じる。
すぐさましっとりとあたたかな唇が重なり、柔らかく食んでくる。

「ん…」

ちゅ、ちゅっ、と響くリップ音は僅かに濡れ、零れる吐息に熱が籠る。
背中に手を這わされそのまま抱き寄せられれば、膝の間に座らされ再び唇を重ねられる。

「ん…んん…が、らく…」

片手で頭を撫でられ髪を梳かれ、反対の手で肩や腕、腰を撫でられ心地よさに喉が鳴る。
うっとりと目を閉じその掌を甘受していれば、我愛羅の唇が額を滑り鼻先を食み、閉じた瞼に頬にととめどなく口付を贈ってくる。
くすぐったい。笑いながら呟けば、そうか?と肌を掠める吐息だけで我愛羅が笑ったことが分かる。

縁結びの神様ってすごいかも。
そんなことを思いつつ閉じていた瞼を開け、今度はサクラから唇を重ねれば我愛羅はそれを甘受する。

何度も何度も、慈しむような口付を繰り返していると襖の向こうから声がかかる。
そこでようやく体を離し、最後にもう一度触れるだけの口付を交わしてから立ち上がる。

布団の敷かれた部屋から足を踏み出せば、夏場過ごしたこの宿一番の部屋だと気づきやっぱり、と苦笑いする。
そして大きなテーブルに所狭しと並べられる夕餉にわあ、と顔を輝かせれば、我愛羅も腹が減ったな。と呟き席に座す。

「お前の荷物は運んでおいてもらったからな。そっちにある」
「あ、本当だ。…って、え?!」

あっさり告げられたからあっさり頷き返したが、ちょっと待って?!と顔を我愛羅に向ける。

「それってどういう…!」
「いただきます」
「話を聞いて!」

ぱん、と手を合わせ箸を取る我愛羅に、そう言えばこの人はこういう人だった。と脱力しサクラも手を合わせ箸を手にする。

「もう…本当あなたって人の話聞かないんだから…ってやっぱりここのお料理美味しいわ」
「そうか?ああ、特に今日はスズキとコチの刺身が目玉だと言ってたな」
「うわぁー!綺麗!透き通ってる!」

流石高級魚!
叫んだところではたと気づく。
何故自分も我愛羅と同じ料理を食しているのかと。
もしや、とぎこちなく見上げた先、我愛羅は黙々と食事を続けておりサクラの視線には気づいていない。

「あの…我愛羅くん?すごい今更なんだけど、何で私もあなたと同じ料理を食べてるのかしら…?」

正直答えは分かっているのだが、それでも問わずにおれず尋ねれば、我愛羅は何を言っているんだ?という表情を向けてくる。

「何故って…俺が手配したからに決まっているだろう」
「やっぱりか!」

一度ならず二度までも…!
思うサクラにお前もよくやるだろうが。と返され思わず詰まる。
確かにサクラは我愛羅の顔に何度も湯をかけている。
だがそれとこれとは話が別だろうと思うが、我愛羅は相変わらず食事を続けており何だか自分だけ怒るのも疲れてきた。

はあ、と軽く嘆息した後、我愛羅に向かっていただきます。と頭を下げればうむ。と返事が返ってくる。
その後、結局美味しくすべての料理を平らげた二人は揃って食後の茶を啜る。

「はぁー…本当美味しかったわ…」
「そうだな」

久しぶりに会ったにも関わらず、不思議なほどに流れる空気は穏やかだ。
どれもこれも神様のおかげかな、なんて思っていると、我愛羅の視線がサクラを射抜く。

「で?」
「…は?で、って…何が?」

我愛羅の言葉に首を傾ければ、我愛羅は軽く嘆息すると席を立ち、サクラの隣に座すと親指で目尻を軽く擦る。

「涙の痕があった。泣いたのだろう」

言われてぎくりと体を強張らせれば、図星だな。と問われ微かに頷く。

「でも…何でもないの。ただちょっと…感動して泣いただけというか…」
「ほう。ならばその話俺も聞いてみたいな」

意地の悪い返しにうぐ、と詰まり睨むように見上げてみるが、我愛羅は意に介した様子はなくそれで?と続けてくる。

「…意地悪」
「誤魔化そうとするお前が悪い。それとも何だ。この間みたいに泣かされないと口が開けないのか?」

ぐい、と頬を包まれ顔を近づけられ、至近距離で見つめる翡翠は一見穏やかだがその奥には燃える炎の色が見える。
気付けば正直に話します。と言葉が突いて出ており、それを聞いた我愛羅は素直に手を離す。

「初めからそう言えばいいんだ」

ふんぞり返るような態度に思わずこの野郎、と思わないではなかったが、それを堪え一度深く息を吸う。

「その…ここに来ても、あなたに会えるわけじゃないから…えっと、だから、その…寂しかっただけよ」

しどろもどろに告げた言葉は事実だが、神社に参拝したことは伏せておいた。
もしそれを口にしてしまえば、神様が起こしてくれた奇跡がこれで終わりになってしまいそうで怖かったのだ。
夢で逢えるだけでいいから、と願ったくせに本人を目の前にすると途端に貪欲になってしまう自分に嫌気がさすが、それでもやはり口にはできなかった。

だがいつまでたっても何も言わない我愛羅を不思議に思い、落としていた視線をあげれば、我愛羅は口元に手を当て顔を俯かせている。
思わずどうしたの、と問えば、いや…とか細い声が返ってくる。
もしや笑っているのでは、と思いその手を掴み俯く顔を覗き込めば

「っ!」
「ぁ…」

どれだけ飲んでも変わらない我愛羅の顔が、真っ赤に染まっている。
ぽかん、と思わず口が開くが、徐々にサクラの顔まで朱に染まって行き、思わずその胸に体当たりするように飛び込み背を抱く。

「な、何で真っ赤になるのよっ?!」
「うるさいバカほっとけ」

サクラの勢いを殺せず下敷きになった我愛羅の鼓動は早馬の如く駆け巡っており、サクラの鼓動もそれに呼応するように早くなる。
背に回された掌は燃えるように熱く、自然サクラの体も熱を帯びてくる。

ドクドクと駆ける鼓動の音は力強く、皮膚の下にどれほど熱い血潮が巡っているのかと思うと呼吸が浅くなる。
僅かに汗ばむ手でそっと我愛羅の服の下に隠れている腹筋を撫でれば、びくりとその腹が戦慄き見開かれた翡翠の瞳がサクラを見下ろす。

「…ねえ」
「何だ…」
「えっち…したい」

遠回しな表現を使う余裕もなく、単刀直入にそう言えば、我愛羅は益々顔を赤くした後ばたりと上体を倒し顔を覆う。

「…反則だ…」

聞こえてきた声は僅かに掠れ、けれどサクラの肩を抱く手はしっかりと熱を帯び、重ねた体は服の上からでも上がった熱を伝えてくる。
我慢できない。
倒れる我愛羅の腕を掴み、隠されていた顔を見下ろし口付る。

いざとなった時は女の方が大胆になるものだ。
誰かから聞いた言葉を思い出しながら舌を伸ばし唇を舐めれば、がぱりと開いた口内に舌先を潜り込ませる。

重なる舌の感触が心地よく、知らずサクラの腰がゆうらりと猫のように揺れた。



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