小説
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「いやー!本日はお日柄もよく…」
「本当に、サクラさんのお綺麗なこと!」
「いえいえ滅相もない!今日は着飾ってますが普段はねぇ…」

休日。
読みたい本もやり残した掃除も放り出し、母親に言われた通りサクラは実家へと戻っていた。

待ち受けていたメブキは眠そうな顔をしたサクラに着々と着物を着つけ、薄化粧を施しさあ行くわよ!
と決戦に赴く勇者よろしく立ち上がり、引きずるようにしてサクラを見合いの料亭まで引きずって行った。
おかげで現在サクラは見合い相手の親族と共に交わされる両親の常套句を横で聞き流している。

(眠い…あー…今日天気いいから布団干したかったのになぁ…シーツ、よく乾いただろうなぁ。玄関のマットも干したかったし…惜しいことしたなぁ…)

見合い席の外から聞こえてくる鳥の囀りと、あたたかな日差しが眠気を誘う。
けれどここでウトウトしていたらそれこそ何を言われるかわかったもんじゃない。
それに一応相手にも失礼だし頑張って起きておこう。そう考えとりあえず目の前にある茶を啜る。

「…それじゃああとは若い二人に任せて…」

いそいそと立ち上がる両親と相手側の親族に、ああ始まったか。と姿勢を正し茶を戻す。

「しっかりやんなさいよ」

小声で母親に釘を刺されはいはい。と頷くと相手に向き直る。

「すみません、突然こんな話を…」

話し出した男は三十路手前の優男と言った風情であった。
パッと見サクラと変わりなく見えるのは、落ち着いた風情でありながらも童顔であったからだろう。
うろうろと視線を彷徨わせるのは緊張からか、もしくはあまり女性経験が多くないのかもしれない。
観察していればようやく顔がサクラに向き、しょうがなしににこりと愛想よく微笑む。

「お気になさらないでください。それより私なんかを選んでいただいて、何だか申し訳ないです」

しとやかに。
散々着つけの最中に言われた言葉を守りながら言葉を紡げば、相手側はそんな!と血色のいい顔を左右に振る。

何だかなぁ。
やたら初心な反応に内心でため息を零しつつも、交わされる会話に相槌を打っていく。

趣味は何だとか休日は何をしているのか、そんな当たり障りのない話が延々と続いてつい欠伸を零しそうになり奥歯を噛みしめる。
運ばれてきた料理を突く仕草は美しく、よく躾けされていることが見て取れる。
食べ物を咀嚼しながら話したりもしない。会話の内容は退屈だが話題は豊富で変に間が開いたりはしない。

忍ではない一般人らしい会話の運びは外営業向きだな。と検討付け、それを指摘すれば相手は驚いたように目を見開きそうです、と頷く。

「すごいなぁ…やっぱり忍だからですかね?」
「そんなことはないですよ」

考えてみれば分かることだ。
けれどそれをおくびにも出さず会話を続け、時間をかけて食事を終わらせる。
あの宿屋の料理に比べたら少々劣るが、それでも中々にいい食事であった。
こんなに美味い飯を食えるなら多少は出た甲斐があったか。と少々手酷いことを考えていれば、あの、と相手側から声を掛けられる。

「はい。何でしょう?」
「あの、この店は庭園が綺麗でして…食後すぐに、というのもどうかと思うのですがのんびり散歩にでも、と…」

庭園、ねぇ。
ちらりとガラス張りの室内から外を見渡せば、確かに綺麗に整えられた庭が見える。
けれど所詮料亭の庭なので規模としては小さい。散歩と形容するほど歩く距離もなさそうだが無碍にするわけにもいかない。

「確かに綺麗ですね。少し気になるかも」
「では行きましょう!」

立ち上がる男に促され席を立つ。
遠くの席では母親たちが楽しそうに会話をしており、思わず溜息を漏らす。
だが相手は気づいておらず、ますますげんなりする。

(緊張してるのかもしれないけど…女をリードできなきゃダメですよー、と)

サクサクと進んでいく男の足取りは軽く、まるで初デートに喜び勇む十代の男子だ。
そういえば幼い頃のナルトがあんな感じだったなぁ、なんて思っていれば、先に庭先に出ていた男がようやく振り返る。

「あ!ご、ごめんなさいっ…!そうか、お着物だと歩きづらいんですよね。いつも颯爽と歩いていたからつい…」

颯爽と歩いていたのではなく、走りたくとも院内ではできないだけの話だ。それも分からないとは。
突っ込んでやりたい気持ちはあったがそれを喉の奥に押し込めると、お気になさらずにと微笑み庭に踏み出す。

見合いの前日、雨が降ったせいか奥の葉や陰のあるところは少々湿っている。
着飾った姿で散歩するには少々不向きだが、そこにも気づかないらしい。

こんな時我愛羅ならどうしたであろうか。と考えるが、多分彼は散歩をするなら砂に乗って空を飛ぶのかもしれない。
懐かしい記憶を引きずりだし思わず笑えば、相手は散歩が楽しいのだと勘違いして頬を緩める。
まったくお気楽な頭である。

「やっぱり春になると花が芽吹いたり、緑が綺麗に色づいたりして、いいですよね」

僕散歩が好きでよく出歩くんです。
話し出す男にそうですか。と頷きながら足元のシロツメクサに目をやれば、男の足がぐしゃりとそれを踏む。

ああ…
思わず片手で額を覆えば、相手はどうしました?と首を傾ける。

なぜ相手がこの歳になるまで独り身なのかよく分かった。
気が利かないのだこの男は。色々な意味で。

我愛羅は植物を大切にする。
宿屋で過ごしていた時に、彼の趣味がサボテン栽培だと聞いた。
どんなものを育てるのかと聞けば、彼は嬉々としてサボテンの種類からどんな花を咲かせるのだとか、どういう風に身長が伸びていくのだとか延々と話し続けた。
初めはよく喋る我愛羅に驚いたが、その話は存外面白く、気付けばのめりこむようにその話に耳を傾けた。
それ以外にも砂漠地帯での植物はどんなものが多いだとか、どういう性質でどんなところに咲くのだとか、彼はよく知っていた。

植物が好きなのかと問えば、砂漠の土地の緑は慈しみの対象だと言う。
生きづらい土地だからこそその地に根を張り逞しく育つ生命に感銘を覚える。
そう言って自らの里に咲く花々にさえ誇りを持つ彼を、心底尊敬したものだ。

けれど目の前の男は目下にある小さな植物の命を踏みにじった。
踏みにじる、とは少々言い過ぎかもしれないが、サクラからしてみればそう言う風に見えたのだ。
事実男の足が離れた後のシロツメクサはくたりと根元から折れ曲がり、土に顔を埋めている。

可哀想に。
サクラが手を伸ばすよりも早く、男がその手を取りこっちへ、と促していく。
ごめんね、と踏まれて沈んだシロツメクサに小さく呟き、男に導かれるまま連れられる。

「見てください!もうすぐ梅雨がくるでしょう?そうしたらあそこにある紫陽花が綺麗に色づくんですよ!今はまだ、ちょっとしか咲いてないですけど」

男が指差す先には確かに紫陽花があったが、季節的に少々早く花は殆ど開いていない。
こんなものを見せられてまぁ素敵!なんて言うとでも思ったのだろうかこの男は。
呆れつつ見上げるが、男は自分の話ばかりでサクラを見ていない。

ダメだこりゃ。
深々と嘆息し、その日サクラは延々と男の自慢話にただ相槌を打つだけであった。
とんだ時間の無駄だと思ったが、これも修行だと思い耐えたサクラは伊達に二十五年余り生きてはいなかった。



「あー!疲れたー」

自宅に戻り、サクラはすぐさま着物を脱ぎ捨てた。
腹を絞める帯は窮屈だし相手はめちゃくちゃだし、料理は美味くてもあの宿には劣るし、紫陽花は咲いていないし。
唯一よかったのは天気ぐらいだ。
内心で悪態をつきつつ着物を衣文掛けに掛けていれば、母親がどうだった?と問うてくる。

「悪いけどこの話はなしだわ。あの人気が利かな過ぎるのよ」
「あらそう?ご両親はとってもいい方たちだったけど」

つまり甘やかされて育ってきたと。
ならば自分とはそりが合わないだろう。
我愛羅も四代目風影の息子でありボンボンと言えばボンボンだが、あそこまで気が利かない男ではない。
むしろさりげない気遣いや何気なくリードしてくる様は嫌味がなくスマートだ。

そりゃ月とすっぽんだわ。色んな意味で。
片付け終わったサクラは荷物を手に取ると、じゃあ。と片手をあげて家を後にしようとする。

「ちょっとサクラ!アンタどこに行くつもりなのよ」
「どこって…アパートに帰るに決まってるじゃない。お見合いは終わったんだからいいじゃない」
「アンタって子は…もう少し家にいなさいな。久しぶりに家族揃ったんだからご飯位食べていきなさい」

メブキの言葉にそれもそうかと考えなおすと荷物を置きそうだ、と呟く。

「じゃあ料理教えてよ。私レパートリー少ないからさ」
「あら。アンタがそんなこと言い出すなんて…大人になったのねぇ」

メブキの感嘆する言葉に何を言ってるんだ。と呆れたがもう突っ込む気力は残っていない。
からかう母親にはいはい。と今日何度目かの相槌を打ち共に台所に立つ。

見合いをするより家族で食事を囲む方が楽しい。
見合いの席の記憶よりそちらの方が強く印象に残ったサクラであった。



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