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満開の桜もすべて散り、若々しい緑の葉が徐々に背を伸ばし始める。
サクラが忙しなく働いていた日々のとある夜、一人暮らしのアパートに母親であるメブキが訪れた。
一体どうしたのかと問えば、今日はアンタに話があるの。と存外真剣な表情で見つめ返され数度瞬く。
とにかく中へ、と部屋に招き入れれば、母親はぐるりと視線を彷徨わせた後ちょっと、と口を開く。
「サクラ、アンタちゃんと食べてるんでしょうね?忙しいからってインスタントとか出来合いのものばかりに頼っちゃダメよ?」
「分かってるわよ。時間がある日には自炊してるし、作りおきもしてるし。そりゃまぁ…時にはお惣菜に頼ることもあるけど、それぐらいいいじゃない」
相変わらず幾つになっても口うるさい母親にげんなりするが、メブキからしてみればサクラは幾つになっても可愛い娘だ。
しかしそんな娘に未だ一つとして浮いた話がないというのがもっぱらの悩みではあったが。
「ていうかそんな話しに来たんじゃないんでしょ?」
淹れた茶を運ぶとメブキの前に差し出し、その向かいに座りつつ問えばまぁね。とメブキは頷く。
「まどろっこしいのは嫌だから単刀直入に言うわよ」
「何よ」
ふうふうと熱い茶を冷ましつつ、頭の片隅で明日の仕事の段取りを考えていたサクラは聞こえてきた言葉に頭が追いつかなかった。
「…は?え…?ごめん、もう一回…」
「だから、お見合いしなさいって言ってんのよ」
おみあい。
オミアイ…
「お見合い?!」
がたん、と机に手を置き身を乗り出せば、さっきからそう言ってんでしょ。と呆れた眼差しで見返される。
いやいやいや!なんでお見合いなんか!と手を振ってみるも、メブキは何言ってんの!と指を突きつけてくる。
「いい歳していつまでたっても浮いた話一つない娘を心配するのは当然でしょうが!」
「勝手なこと言わないでよ!自分の好きな人ぐらい自分で見つけてくるわよ!」
ていうか現在進行形でいるわ!!
そう叫びたい気持ちをぐっと堪え噛みつくが、メブキはふんと顎を仰け反らせ腕を組む。
「アンタがそう言うのは分かってたからね。こっちで先に日取り決めちゃったわよ」
「はあぁ?!何してんの?!勝手なことしないでよ!」
吠えるサクラに何とでもいいなさい。とメブキはふんぞり返り、文句があるならボーイフレンドの一人や二人連れてきなさいな。とまで言ってくる。
何という母親だ。
あんぐりと口を開き呆れていれば、いいからちゃんと受けなさいよ。と釘を刺される。
「行ってもいいけど断るわよ」
「アンタって子は…!」
もう!と怒る母親に、怒りたいのはこっちの方よ。と額に手を当てる。
好いた男には会えない。なのに他の男と見合いをしろと言う。
どうしてこうも上手くいかないのか。
やはり度重なる奇跡に運を使い果たしているのか、サクラはただ嘆息し机に額を押し付ける。
「ちょっと聞いてるのサクラ!」
「聞いてるわよ…」
相手の男は忍ではないが、たまたま病院で診察してもらったサクラに一目惚れをしたらしい。
お家柄がどうだの相手の方はどんな人柄だの、延々と喋り続ける母親の声はアカデミーの頃聞いた教師の授業内容にそっくりだと思う。
教える側は必至だが、聞いてる側は苦痛で仕方がない。
これならいっそ身になる話の方がよかったなぁ、なんてすっかり話を聞き流していたら、ぎゅうと頬をつねられる。
「いったっ…!」
「コラ!人の話はちゃんと聞きなさい!子供じゃないんだから」
子供と言ったり子供じゃないんだからと言ったり。
親と言うのは何故こうも自分に都合のいい体で話し出すのか。
サクラは疲れたように嘆息すると、はいはい。と頷き身を正す。
「ようは食事しながらお話しすればいいんでしょ」
「乗り気じゃないのはしょうがないとして、アンタもうちょっと誠意を見せないよ」
これじゃあ私たちが恥ずかしいわ。
と言われ益々うんざりする。
勝手に見合い話を持ってきて勝手に持ち上げて、勝手に期待して勝手に人の進む道を決めようとする。
期待されているだけマシだとか、羨ましいだとか、言ってくる人間には申し訳ないが正直サクラはうんざりだった。
「とにかく、今度の休みに帰ってきなさい。いいわね?」
「分かったわよ」
とにかく早く話を切り上げたくて頷いたサクラであったが、これがなかなかに大変であった。
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