小説
- ナノ -





翌日、あれから幾度となく体を重ねあわせ、最後の方はもはや記憶がなくただ互いを抱き合うように眠りについたことだけはぼんやりと覚えていた。
ひやりと冷える空気に肌を刺されつつ、覚醒したサクラは寝ぼける眼を擦りつつ起き上がる。

「さむっ…」

何時の間に着たのか、もしくは着せられたのか。
乱れる浴衣の前を合わせ上着を羽織ると、隣で寝こける我愛羅の裸の肩に布団を掛けなおしてやり起き上がる。

啼かされ続けた喉は掠れて痛み、しかも冬場の朝は乾燥する。げほげほと引きつる喉から咳を零し、部屋に暖房を入れて茶を沸かし喉を潤す。
熱い茶にほっと息をついていれば、ようやくもぞもぞと布団の山が動き我愛羅が起床する。

「…さむい」
「げほっ、当然でしょ、服着てないんだから」

そうか。と寝ぼける我愛羅が再び布団に沈むが、それを無視して立ち上がると、浴室の扉を開ける。
脱衣所は寒いが、浴室は暖かい。
あちこち痛む体を労わりながら浴衣を脱ぎ捨て浴室に足を踏み入れれば、そこでようやく体中に付けられた痕に気づきぎゃあ、と声を上げる。

(い、いくらなんでも付けすぎ…っていうかこんなにつけられたの初めてじゃない…?)

皮膚の薄いところは勿論、胸や腹や腕にまで、これ見よがしにつけられた痕はもはやグロテスクだ。
やっぱり今度からあの人を怒らせるのはやめよう。と昨晩誓ったことを再度誓いなおせば、脱衣所の方からごそごそと衣擦れの音がし我愛羅が入ってくる。

「おはよう」
「…ああ」

おはよう、と欠伸交じりに返され、まだ寝ぼけてるのね。と呆れつつ手桶いっぱいに含んだ湯を投げかければ、それはいつかの如く我愛羅の顔面にびしゃりと当たり足元を濡らす。

「一度ならず二度までも…」
「おはよーございまーす」

じっとりと睨んでくる我愛羅に素知らぬふりしてもう一度挨拶をし体を流せば、我愛羅ははぁ、と嘆息し隣に座る。

「今日は仕事なのか?」
「うん。といっても遅番だから少し余裕あるけど…流石に長々とここに居たらカンクロウさんにばれちゃうからすぐに出るわよ」
「そうか」

休暇の時とは違い、今日は勤務がある。
軽く体を洗い流し髪を整えると、そうだ。と先に湯船に浸かっていた我愛羅に声をかける。

「我愛羅くんちょっと痕つけすぎよ」
「…そうか?」

我愛羅の隣に浸かれば、寝ぼけ眼の翡翠が上から下まで動き、ふむ。と顎に手を当てる。

「なかなか芸術的だと思うんだがな」
「バカ」

もう。と唇を尖らてみせるが我愛羅は反省する様子はなく、そのままサクラを抱き寄せると開いた足の間に座らせる。

「…えっち」
「まぁな」

ぎゅう、と後ろから抱きしめられたかと思えば、すぐさま掌が這い上がり胸をすっぽりと包み込む。
ぴしゃりと諌めるように手を叩くが意に介した様子はなく、我愛羅は気持ちよさげに目を閉じ胸を揉みしだく。

「ていうか、別に触り心地よくないでしょ…」

あまり育たなかった自身の胸を見下ろしながらぽつりと呟き、あと少しでも大きかったら触り心地もよかっただろうに。と思っていれば、我愛羅の唇がうなじに落とされる。

「何を気にしているかは分からんが、俺はこれでいい」

何を言ってるんだこの男は。
混乱する頭に浮かんだのはこの言葉で、喜べばいいのか突っ込めばいいのかよく分からない。
これでいい、というのは妥協なのか。それとも小さいのが好きなのか。
いや、そこは問題ではない。問題ではあるけれど今の問題はそこではない。
サクラは軽く頭を振り、とりあえず動揺する心を悟られぬよう本当に?と問えばああ。と返される。

「でももうちょっと大きかったら触り心地もよかったと思うのよね」
「別にサイズなんぞ気にせんがな。触っていて気持ちよければそれでいい」

このサイズで気持ちいいのか?
我愛羅の言葉に虚しくも自ら否定的な思いを抱き、未だに揉みしだく我愛羅の手に己の手を重ね触ってみるが、どうもそう思えない。
半信半疑に唸り声をあげていれば、納得のいっていないサクラに気づいたのか、我愛羅が何をそんなに気にする必要があるんだ?と首を傾ける。

「…だっておっきいほうがいいじゃない…」
「無駄についてるより慎ましい方がいいだろう。育てる喜びもあるしな」

セクハラ親父のような発言に反射的に湯を掬い投げつければ、熱い。と至って平坦な声が返ってくる。
それでも妙にむずむずと頬が歪んでしまうのは、この体でいいと言われている嬉しさからだ。
散々胸のサイズで見下されてきたサクラからしてみれば、愛する男にこれでいい。と言われる喜びは想像以上に大きい。

「…我愛羅くんの助平」
「今更だな」
「バカ」

悪態をつくサクラに我愛羅は吐息だけで笑うが、そうのんびりと風呂に浸かってもいられない。

「ねぇ、そろそろ離して。もう出て用意しなきゃ」
「………」
「我愛羅くん」

サクラの言葉と同時に、強く体を抱きかかえられ思わず切なくなる。それでも心を鬼にしダメ。と告げる。
何だか甘える子供を無理やり引きはがすようだとも思うが、相手は子供ではなく立派な大人だ。甘やかすわけにはいかない。

「ほら、しっかりして。我愛羅くんは風影なんだからちゃんとお仕事しなきゃダメでしょ」
「…分かってる」

その言葉が効いたのか、自分から言い出したこととはいえ離れていく腕に寂しさを覚える。
だが感傷に浸っている暇はない。
二人して湯から上がると、サクラは素早く身なりを整え部屋の中から己の痕跡を消し去ると、気配を殺し肌寒い廊下に出る。

「それじゃあね」
「ああ」

さすがに玄関まで見送ると誰に見られるか分からないので、部屋の前で別れを告げる。
少し名残惜しさを感じつつも微笑めば、我愛羅が触れるだけの口付を贈り、またな。と告げる。

「うん」

慈しむように細められた瞳の奥、一抹の寂しさが混じる眼差しを受けつつもサクラは宿を後にする。
きんと冷えた早朝の空気は火照った体をちくちくと刺し、凛とした空気が我愛羅への名残を断ち切る。

よし。と気を入れなおしたサクラは、勤務の用意をするため帰路を辿る。
だが結局この後我愛羅とまともに顔を合わせる暇はなく、時間が会わないままに我愛羅たちは自里へと帰って行った。

せめて見送りぐらいはしたかったな。と思ったが仕方ない。
タイミングが悪かったのだと諦めていると、シズネに呼ばれ振り返る。

「これ、あなた宛てに届いてたわよ」

そう言って手渡されたのは一通の手紙で、何かと思い休憩中にそれを開ければ、綺麗な文字が並んだそれはあの避暑地の宿屋からのものだった。

「なになに…」

辞世の句から始まり、つらつらと前口上を述べた後に書かれていた内容は、要約すると来年の夏にまたいらっしゃいな。というものであった。
どうしようかな、と悩むサクラが誰かを誘う気に慣れなかったのは、手紙には一人でいらっしゃい。と書かれていたからだ。
何か理由でもあるのか。それとも友人がいないと思われているのだろうか。
いや、でもなぁ。と一人で首を傾げたり横に振ったり、うんうんと悩むサクラではあったが、結局すぐには答えを出さなくとも良いだろうという結論に至り手紙を一旦引きだしに仕舞う。
もう少し時間を置いてから考えよう。
そう思ったサクラであったが、結局暫くこの手紙のことを思い出すことはなかった。


そして年の瀬が迫ったかと思えばそのまま年が明け、年が明けたかと思えば春が来た。
時が立つのは早いものだと嘆息し、桜の木を彩る小さな蕾にをろそろ芽吹く頃だろうかと目を細める。

サクラはあれから我愛羅に会っていない。
正確に言うと会っていないわけではないが、とにかくタイミングが合わないのだ。

任務で砂隠に赴いても、ナルトやカカシが我愛羅と話しており会話ができない。
逆に我愛羅がサクラに声をかけようとしても、それより早くリーや、マツリに話しかけられ口を閉ざす。

夜に会おうと思っても砂隠の警備が厳しいうえ、ナルト達も存外目敏い。
サクラが一人で出歩こうとすれば、夜道は危ないからと言ってナルトやカカシが率先して着いてくるし、我愛羅が出歩こうとすれば誰かしらが護衛に着く。
いっそこいつら全員裏で手を組んで邪魔しに来ているのでは。と思ったこともあったが、二人の関係に気づいている様子もなく杞憂に終わる。

つくづく恵まれていない。
結局仕事以外の話を交わすことができぬままに砂隠を発ち、今ではこうして一人桜の木を見上げている。

思うようにいかないなぁ。
と項垂れ吐息を零す。
けれど我愛羅以外の男と付き合う気にもなれず、かと言って体だけ。と割り切れるほどドライでもない。
どうしたものか。と日々悩んでいたところに、まるで冬眠から覚めた動物のようにひょっこりとサスケがサクラの元に顔を出した。



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