小説
- ナノ -





しんしんと降り積もる雪の冷たさに肩をすぼめ、指定された店の暖簾を潜ればあたたかな空気が体を包み吐息が漏れる。
店の中には見知った顔が既に揃っており、サクラは自分が最後だったのだろうか。と焦る。
寒さで赤くなった頬に涙の痕はもうなかった。


「あ、サクラようやく来たわね!」
「ようやくって…別に遅刻じゃないでしょ。ていうか皆早すぎよ、まだ十分前じゃない」

意地悪く笑ういのに唇を尖らせれば、時計の針は集合時間の十分前を指している。
これで遅いと言われるとはいつから来ていたのか。
揃ったメンバーをざっと見渡せば、ド派手な金髪が元気よく揺れる。

「サクラちゃーん!隣空けてっからさ!」

ココ、ココ!
と逸る子供のようにナルトが自席の隣を叩く。
やれやれと呆れつつ視線をやれば、その奥に見えた色に思わず固まる。
ナルトが示した席の奥、つまりはナルトの逆隣に我愛羅が座っていたのだ。
狙っていたわけではないにしろ、ナルトには感謝をすればいいのか恨めばいいのか。
とにかく今は普通の態度を取るべきだと心に決め、実質冷や汗を掻きながらも席に座す。

「うむ。サクラも来たな。では後来てないのは…」
「カカシ先生と激マユ先生だってばよ」
「カカシ先生はガイ先生が連れてくると言ってました」
「そうか。ではカカシが遅刻してくることはないだろうな」

集まったメンバーは任務に出ている十班を除きほぼ同期で固められている。
きっと我愛羅とカンクロウに気兼ねなく食事を楽しんでもらうためだろう。
そう判断しつつナルト越しにちらりと我愛羅を見るが、綱手と会話をしており後頭部しか見えない。

(ま、当然よね。皆揃ってる中で何やってんのかしら、私)

湯気の立つおしぼりで手を拭きながら、どうにかココに来る前に発散してきた熱の気だるさに目を閉じる。
あの後家に戻ったサクラは、結局我慢できず自らを慰めてきた。まるで十代の男子のような欲の強さにほとほと呆れる。
ふうと半ば無意識でため息を漏らせば、目敏く聞きつけたナルトがサクラちゃん?と不安げに名を呼ぶ。

「もしかして疲れてる?」
「ん?え、ええ。平気よ」

眉を寄せて顔を覗き込んでくるナルトに笑いかければ、何かあったらすぐ言ってくれよな。と気遣われる。
十代の時に比べ、こういうところは頼りがいが出てきたなと思う。
こうしてさりげなく女性を気遣うことが出来るようになったのは父親の血のおかげかしら、と一人笑えば、ナルトは何々?と首を傾けサクラを窺う。

「何でもないわよ」
「本当に?」
「本当よ」
「ふぅーん。なーんか最近のサクラちゃん秘密主義だから、俺ってば気になっちまうんだけど」

その言葉に僅かに目を開きナルトを見やれば、存外真面目な瞳とかち合い言葉に詰まる。
だがそんなサクラに助け船を出すかのように、アンタはいつもサクラのことしか気にしてないじゃない。といのがからかう。
んなことねえよ!とナルトが視線を外せば、いつの間にか張っていた肩が僅かに落ち、喉の奥でつかえていた吐息を吐きだす。

まさかナルトに気付かれていたとは。
存外鋭い観察眼に少し肝が冷えるが、なにもやましいことをしているわけではない。
だがどうも我愛羅との関係を口にするのは憚られ、態度がおかしくなってしまうのは否めない。
再び零しそうになる吐息をぐっと堪えていれば、いのと軽口を叩きあっていたナルトがどん、と隣に座る我愛羅に肩を当てる。

「つかさぁ、我愛羅も結構秘密主義だよなぁ」

ナルトの言葉に指がピクリと跳ねるが、当の本人は気にした様子もなくそうでもない。とにべもなく返している。

「いやいや。だってお前さっき案内してる時もそうだけどさ、あんまいっぱい喋る方じゃねえじゃん」
「会話は聞いてるぞ」
「聞くだけじゃなくて反応しろっての!」
「…してなかったか?」

きょとん、とした顔で首を傾ける我愛羅に、ナルトは無自覚かよぉ…と項垂れテーブルに額をつける。
確かに彼はそういうところがあるなぁ。と項垂れるナルトを横目に見れば、同じようにナルトを見つめていた我愛羅と目が合いギクリとする。
だが我愛羅はすぐさま視線を外すと、項垂れるナルトの肩に手を置き軽く叩く。

「次からは気を付ける」
「いや…まぁ、うん…無視されてたわけじゃねえって分かって安心したからいいけどよぉ…」

お前ってば分かんねえ奴だなぁ。
とナルトがからかうように笑えば、我愛羅も少し頬を緩めそうか。と目を伏せる。

(楽しそう、だな)

ナルトを挟んでいても、彼の纏う空気が柔らかくなったのを肌で感じる。
我愛羅はナルトを特別親しい存在として見ているから、余計に空気が柔らかくなるのだろう。

(いいなぁ…)

思わず呟きそうになった言葉を喉の奥で殺し、代わりに運ばれていた茶を啜ればいのがサクラを呼ぶ。
何かと思い顔を向ければ、アンタ顔色悪いよ?と心配され思わずぎょっとする。

ナルトだけでなくいのにまで、と思ったが、すぐに大丈夫よと笑ってみせるが効果は薄い。
案の定いのは眉根を寄せると、ちょっと、とサクラの手を取り席から離れる。

「ねぇサクラ。アンタ何か隠してない?」
「え…何をよ」
「だからそれを聞いてんのよ!最近のアンタちょっとおかしいよ。元気がないっていうか、不安そうっていうか…見てて危なっかしいのよ」

いのの台詞にまさか。と笑うが、誤魔化さないで。とぴしゃりと言い放たれサクラは困る。

「本当に何もないのよ。強いて言えば仕事が忙しくて疲れてる、っていうぐらいしか思い浮かばないわね」
「………」

本音を言うなら、不安はあった。けれど休む暇なく働き、疲れているというのも事実だ。嘘ではない。
だがじっと見つめてくる瞳は不満げで、どうしたものかと思っていると背後からどうしたの?とテンテンが顔を出してくる。

「ちょっとね」
「何でもないのよ」

サクラから視線を離さず答えるいのに、間髪入れずにサクラが手を振るがテンテンは腰に手をあて嘘ね。とこれまたぴしゃりと言い放つ。

「サクラに問い詰めてたんだ」
「うん」

二人の言葉に目を開けば、今度はテンテンから気づいてないとでも思ったの?と呆れられる。

「最近のサクラすっごく元気がなかったのよ」
「元気がないっていうか、儚げっていうか…アンタ気づいてなかったの?最近いろんな男からアプローチされまくってたじゃない」
「え…そう、だっけ?」

アプローチだなんて、ナルトとリー以外誰かから受けただろうか。
思い出そうと試みてみるが、生憎全く心当たりがない。

だから気のせいじゃないの?
と首を傾ければ二人は盛大なため息を零し、あのねぇ、と諭すように指をつきつけてくる。

「名前も知らないような男から花貰ってたりしたでしょ?それに帰り際に送っていきましょうか?って声かけてくる奴もいたじゃない」
「そうそう。それに任務以外のところでも何かあったら呼んでくださいね!とか、すぐ駆けつけますから!なんて言ってる奴もいたし」
「んー…あー…そういえば…あったような…なかったよう、な?」

言われてもなかなか思い出せず視線を上にあげ首を傾け続けるサクラに、二人は嘘、と目を見開き肩を揺すってくる。

「ちょっとアンタまじ?!マジで言ってんの?!」
「幾らなんでも鈍すぎ、っていうかサクラにしては鈍すぎ!リーもナルトもずっとそのことで文句言ってたじゃない!」
「え?まっさかー」
「まさかじゃない!」

全く気づいていなかったサクラに二人はがくりと項垂れる。

「もぉ…アンタ本当どうしちゃったのよ…昔はそんなことなかったじゃない」
「そうよ。前まではキリッとして男が付け入る隙なんてなかったのに」
「いや、別に今でもそんなつもりはないんだけど…」

といより一切気づいていなかったのだけど。
と内心で続ければ、ねぇ、といのが口を開く。

「アンタもしかして、好きな人でもできた?」

いのの言葉にテンテンがえ?!と声を上げ、本当に?とキラキラとした瞳で見つめてくる。

好きな人、か。

「…いるのね」

付き合いの長いいのは少しの沈黙と表情だけでサクラの思いを読み取り腕を組む。

「言えない相手なの?」
「…うん」

これ以上いの相手に誤魔化せないと判断し頷けば、ちくりと胸の奥が微かに痛む。
奥からはナルトの騒ぐ声に交じり綱手の諌める声や、シカマルが突っ込む声、カンクロウの笑い声まで聞こえてくる。
我愛羅の声は聞こえないが、きっと穏やかな顔で輪の中に身を置き頬を緩めているだろう。

半ば伏せていた視線を上げ窓の外を見やれば、まるで桜が散りゆくように雪が舞う。
思えば、サクラとして会うのは半年ぶり。
遊女として会ったのは数か月前。
そうして触れ合ったのは数時間前。

手を伸ばせば届く距離にいる。
なのに、遠い。

窓の外を見つめ続けるサクラに何を思ったのか、いのは分かったわ。と呟くとその肩に手を置き意識を向けさせる。

「アンタが誰を好きになったのかは聞かない。でもこれだけは覚えてて」
「何?」
「私はアンタの味方だってこと」

だから何かあった時はちゃんと言うのよ。
そう言ってからりと笑ういのに、擦り減っていた心にじわりとあたたかなものが溢れ、染み渡っていく。
思わず潤みそうになる涙腺を何とか引き締め、ありがとう。と呟けばぎゅっと抱きしめられ、冷えた体をあたためるようなぬくもりと、優しい香りが体を包む。

「よし!じゃあもうこの話はこれでおしまい。さ、戻りましょう」

サクラの背をあやすように軽く叩き、体を離したいのは先程のように手を取り歩き出す。
小さな頃からいつだって助け、守ってきてくれたいのに心の底から感謝の気持ちが湧いてくる。
今度は心の中だけでありがとう。と呟けば、それが伝わったかのように手を握る力が少し強くなる。
そして反対側からぽん、と背を叩かれ顔を上げれば、何も言わないテンテンが優しく目を細め笑ってくれる。

ただそれだけのことなのに、声を出して泣きたくなる衝動に駆られ必死に堪える。
何も言わない優しさにただ感謝し、甘えることにした。



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