小説
- ナノ -





雪が舞う。木の葉の里にも冬が来た。
積もる気配のない雪ではあるが至る所で子供がはしゃぎ回っている。
子供は元気ね。とサクラが笑えば、後ろでやけに寒ぃと思ったら…とシカマルのやる気のない声が聞こえてくる。
二人は各々書類整理に走っており、ようやく一段落ついたサクラはトンと資料をまとめ立ち上がる。

「あ、そういやぁサクラ」
「何?」
「今日の夜空けといてくれ。砂隠の人たちと食事会開くらしいからよ」
「そう…分かったわ」

シカマルの言葉に頷けば、ったくめんどくせぇ。といつもの口癖を零し再び書類に目を走らせる。
零れそうになる吐息を飲み込み、窓の外でちらつく雪を見る。
この中を我愛羅が歩いているのかと思うと、サクラの胸がぎゅう、と音を立てるかのように締め付けられた。



師走の始め、我愛羅は公務で木の葉を訪れた。
今回の案内人はナルトで、護衛として着いてきたカンクロウと共にナルトの後ろを歩く。
吹きすさぶ風は冷たく鋭利で、防寒着で覆われていない皮膚が痛む。
骨の芯まで凍えそうだと白くなる吐息を吐きだせば、突如拭いた冷風にナルトが盛大なくしゃみを零し体を震わせる。

「うー!寒い!お前ら大丈夫か?」

問いかけつつ首をめぐらすナルトに、ああと頷けばカンクロウが大丈夫だと続ける。
雪が降るのは楽しいし綺麗だからいいんだけど、寒いのはなぁ。と呟くナルトに、カンクロウが呆れたように笑いお前は子供かと突っ込む。

二人のやり取りを聞き流しながら辿り着いた火影邸の入り口で雪を払っていると、後ろからあ!と聞きなれた声が聞こえ振り返る。

「我愛羅くんじゃないですか!お元気そうでなによりです!」
「久しぶりね」

ちょうど任務報告の帰りだったらしいリーとテンテンに声を掛けられ、久しぶりだな。と言葉を返せば二人は頬を緩める。

「木の葉に来るのは久しぶりなんじゃないの?」
「そうだな。半年ぶりぐらいだろうか」

テンテンの問いに頷けば、ナルトはそうだっけ?と首を傾ける。
それに対しお前は任務で何回か砂に来てるからそう思わねえだけだろ。とカンクロウが説明すればああ、そうか。と手を打つ。
ナルトたちは任務で度々砂隠に顔を出すが、風影である我愛羅はそうそう里を離れるわけにはいかない。
そのため木の葉に来るのも年に一度か二度で、他は他里での顔合わせになる。

最後に木の葉を訪れたのは夏の中忍試験以来だと答えれば、もうそんなになるのかぁ、とナルトが懐かしげに呟く。
相変わらず子供っぽいところはあるが、それでも歳を重ねればそれなりに思うことがあるらしい。
うんうん、と一人頷くナルトを横目に見ていれば、テンテンがあれ?と声を上げ辺りを見回す。

「テマリさんは?姿が見えないけど…」
「テマリは今回同行していない。里で事務処理を頼んでいる」

早朝、荷物を持った二人に里のことは任せておけ。と不敵に笑った姉の姿を思い出しつつ答えれば、テンテンはそうなの。と少し残念そうに笑う。
でも確かにこの三人が一気に里を空けちゃうと色々不便かもね。と続ければ、リーもそうですね。と笑う。

「ですが残念です。折角シカマルくんとの関係をはっきりさせてもらういいチャンスだと思ったのですが…」
「何だ、お前らまだそんなこと言ってたのか?」
「そーだよ!アイツらに聞いてもわかんねえからさ、お前ら何か聞いたりしてねえの?」

例の如く例の二人について話題が上がるが、兄弟でそろって首を横に振ると木の葉の三人はがっくりと肩を落とす。

「でも何かあれば行動起こすだろ。あの二人は」

ざっくりとした回答であったが、カンクロウのその一言には二人に対する信頼がある。
例え己の姉と他里の男に何らかの関係があったとしても外野が口を挟むことではない。
それに、例え関係があったとしてもそう簡単に口にはできないだろう。
己とサクラがそうであるように。

そこまで考えると、ぐっと喉を絞められるかのような感覚に陥り思わず眉間に皺を寄せる。
隣ではナルトが無邪気に笑い、無駄話に花を咲かせている。

木の葉に着いてからナルトはサクラのことで問い詰めるようなことはしてきていない。
ということはサクラは自分との関係について何も話していないということだ。
もし何らかの情報を漏らしていればこうも無邪気に笑っていられるほどナルトは大人ではない。

(…サクラは、俺との関係をどう位置付けているんだろうな)

自分とサクラの曖昧な関係がいかに危ういかはよく理解している。
砂隠の長と、木の葉の重要な医療忍者。
欲しいと求めたところでそう簡単にどうにかできるほど二人の間にある問題は単純ではない。

それでも求めてしまう気持ちは止められない。
一たび見つめ合い、触れ合えば、我愛羅は風影としてではなく一人の男としてサクラを求めてしまう。
それがいかに恐ろしいことであるかは理解している。
たった一人の女に心が揺さぶられ、何もかも放り出してその手を取り抱きしめたくなる。
国も里も立場も関係なければこうも悩まなかったのだろうか。
そう思い少し目を伏せれば、我愛羅?とナルトに呼ばれ顔を上げる。

「どした?ぼーっとしてたけどよ。もしかして疲れてる?」
「いや、大丈夫だ」
「ていうか随分話しこんじゃったけど、これから仕事でしょ?引き止めて悪かったわね」

苦笑いするテンテンに首を振り、別れを惜しむリーにまたな。と声をかけ、会議室へと続く階段を上っていく。

「お、っと。今日はここの会議室って言ってたな。ばあちゃーん!我愛羅連れてきたってばよ!」

辿り着いた会議室の前で、ナルトはコンコンと扉を二度ノックする。
だが、間髪入れずにすぐさまその扉を開け中に入ったのには呆れた。

あれならノックをする意味がないじゃないか、と。
歳だけ食って中身の変わらぬナルトにガキのまんまだな。とカンクロウが笑うが、お前も時に同じことをするだろうと詰れば、それもそうか。と笑って誤魔化す。
改善する気はないらしい兄の言葉に、まったく図太い神経だと嘆息する。

「お前ら何やってんだ?早く中に入れって」
「ん…ああ」

部屋の中から顔だけ出すナルトに頷くと、カンクロウを後ろに従え入室する。

「よく来たな。我愛羅、カンクロウ。しかし寒い中わざわざすまなかったな」

掛けていた椅子から立ち上がり二人を迎える綱手に、構わん。と短く返してから促されるまま席に着く。
それを見届けた後ナルトはそれじゃあ俺は出てっから後でな。と我愛羅に笑いかけ、終わったら呼んでくれ。と付け足し部屋から出ていく。

「…上忍になったとはいえ、アイツは変わらないな」
「全くだ。いつまでたっても落ち着きのない。いつか生徒を持たせなければならんが、それはまだ先の話だな」

火影になるまであと何年かかるやら。と嘆く綱手にさあな。と返し、出された茶を啜れば綱手は軽く笑う。
二言三言当たり障りのない話をした後、それではと綱手は数枚の書類を我愛羅に手渡す。

「今度の中忍試験の話だ。時期尚早とは思うかもしれんがお前とこうして時間の合う日は多くない。できれば話せるうちに話しておこうと思ってな」
「いや、俺もそれについては話したいことがあった。早いうちから話を進めるのも時には必要だ」
「ふ…相変わらず生意気な小僧だなお前は」

それでもどこか温かみのある綱手の言葉に口の端を上げれば、綱手はいい顔をするようになったなと笑う。
一体どんな顔をしているのかと疑問には思ったが、それには触れず来年度の中忍試験の内容について話し始めた。



「あ、サクラちゃーん!!」

その頃サクラは使い終わった資料を戻そうと資料室へと向かっており、前方から聞こえた声に顔を上げれば犬の如く元気よく駆け寄ってくるナルトが目に入る。
そういえば雪の日を題材にした童謡の一節に犬は庭を駆け回るという歌詞があるが、成程こういうことかと苦笑いし立ち止まったナルトに何よ。と言葉を返す。

「あれ、そんなにいっぱい資料持ってどうすんの?」
「返却しに来たのよ。それよりあんた会議室の方から来たわよね。何してたのよ」

まさかイタズラじゃないでしょうね。
とからかうように言えば、ナルトは違ぇってばよ。と顔を顰める。

「俺もうそんな子供じゃねえし。今日は我愛羅たちが来る日だから大門まで迎えに行って、さっき会議室に我愛羅とカンクロウを送り届けたところ」
「ああ…そういえばシカマルがそんなこと言ってたわね」

何気ない体を装い言葉を紡いだが、ナルトの口から零された名前にざわりと血が騒ぐ。
だがそれに気づかぬふりをし、会話を続ける。

「んで、会議終わったら里ん中案内してやろうと思って」
「ふーん、そう。あんまり我愛羅くんたちに迷惑かけるんじゃないわよ?」
「迷惑って、酷えってばよサクラちゃん…俺あいつらに迷惑かけたことないってば」
「よく言うわよ」

呆れた体でそう言えば、ナルトは子供のように不満げに唇を突出し、だって久々に会ったんだから遊びてえじゃん。とぶーたれる。
まったく、二十五すぎて何言ってんだか。と額を押さえれば、ナルトは慌てたようにだってよぉ、と手を振る。

「我愛羅ってば堅物だからさ、遊ぶことの大切さってのを俺は教えてやりたいわけよ。まぁさすがにその、綺麗なお姉ちゃんがいるとこは…行かねえけど」
「当たり前でしょこのおバカ!ていうか結局は自分が遊びたいんじゃない。我愛羅くんをエサに遊びほうけるんじゃないわよ」
「ああもう違ぇえってばぁあ!」

サクラに理解してもらえず地団太を踏むナルトはまるで十代のままだ。全くしょうがないわね。と苦笑いし、人差し指でトンとナルトの額を軽く突く。

「はしゃぎすぎて迷惑かけるんじゃないわよ」
「サクラちゃん、なんか母ちゃんみたいなこと言うようになってきたってばよ…あくまで想像だけどさ」

ぶすっと唇を尖らせるナルトにバカ言わないの。と軽く笑ってからじゃあ私資料室行くから。と軽く肩を叩き歩き出す。

「手伝おうかー?」
「結構よ!逆に仕事が増えちゃうわ!」
「ちぇーっ、サクラちゃんってばひでぇの!」

互いの軽口に笑みを交わし、ナルトもサクラに背を向け歩き出す。
そして資料室に辿り着くと扉に背を預け吐息を零す。

「…そっか…我愛羅くん、もう来てるのか…」

のろのろと俯かせた視線を上げ、窓から見える灰色の景色を眺め一度深く深呼吸する。
思い返せば、あの遊郭で会って以来サクラは我愛羅を見ていない。
そして我愛羅からしてみても、サクラと会うのは夏の終わりの宿以来だから随分長いこと会っていないことになる。

サクラはナルト達と違いあまり砂隠に任務として赴くことは多くない。
それにチヨバア様の墓参りも昨今は忙しく、連休が取れず行けず仕舞いだ。
そんなことで怒るほどチヨバア様は狭量ではないだろうが、世話になった身としては年に一度くらいは手を合わせたかった。

(しかもこういう時に限って激務続き…顔色最悪だわ)

冬時期になるとどうしても免疫力の低い子供や年配の人々で院内が溢れる。
となると必然的に忙しくなり、診察や治療だけでなく新しいワクチンを作る必要性も出てくる。
例年の物を少し改良すればいいものもあれば、一から作り直さなければならない薬もある。
あと一時間でもいいから多く睡眠が取れればいいのだが。と疲れた目を揉みつつ資料を仕舞い、休憩がてら備え付けの椅子に腰かける。

「…眠い…」

連日休みを削って働いていたおかげで、早めに上がることを許可されていたサクラは午後から非番であった。
だからこそ滞っていた書類整理を終わらせこうして資料室へと来たのだが、思っていた以上に体は悲鳴を上げており体が怠い。
もう若くないってことかしら。と二十の半ばにしてそんなことを考えていれば、ウトウトとまどろみ始め、ついにはテーブルに突っ伏し意識を手放した。



prev / next


[ back to top ]