小説
- ナノ -






遊女の待合部屋の更に奥、少し小さめの部屋に通されると待ち構えていた医者の前にゆっくりと降ろされる。

「これは酷い…」
「毒が塗られていないか確認してくれ。何があるか分からん」
「は、はい」

我愛羅の言葉に医者は頷くと、持ち寄った道具を並べていく。
それを軽く見やった後我愛羅を見上げれば、ぱちりとした翡翠の瞳と出逢う。
その吸い込まれそうな程に美しい宝石に自身を映しながら、再びあの、と口を開けば、それに応えるように我愛羅の手がそっと背を撫でる。

「よく痛みに耐えたな。お前は強い女だ。俺は外に出ている。何かあったら呼んでくれ」

初めの言葉はサクラに、そして後の言葉はいのに告げると我愛羅はサクラの背をもう一度優しく撫でてから身体を離し、部屋から出ていく。

「菖蒲っ」
「大丈夫よ、揚羽…ちょっと、痛いけど…」

その後医者により手当を受けたサクラは、特に毒物の反応もなく止血と痛み止めをもらい包帯で傷を覆った。
本来なら自分でどうにかできる傷ではあるが、ここでそんな処置はできない。
ぼんやりと自身の肩を覆う包帯を眺め、これで良し。という声に着物を正し医者に礼をしてから立ち上がる。

「あ、菖蒲っ、お前はまだ寝てた方が…」
「番頭さん、大丈夫です。痛いのは慣れてるし…あのお方に、まだお礼を申しあげておりませんから」

止める番頭に笑みを向け、いのに目配せし部屋を出る。二階からは先程の騒ぎが嘘のように遊女の歌う声や笑い声が響いてくる。
まぁ良くも悪くもこういうことには慣れているのだろう。遊郭にいる男も女も大概神経の図太い奴ばかりなのだ。
それはともかく、我愛羅はどこにいるのだろう。と辺りを見回すが姿は見えない。
確か外に出ていると言っていたはずが座敷に戻ってしまったのだろうか、と首を傾ければ、ちょうど奥の部屋から女将と共に我愛羅が出てくる。

「菖蒲」
「あんた傷はもういいのかい?」
「はい。ご心配おかけしました」

サクラに気づき歩みを止めた我愛羅と女将に頭を下げれば、怖かったろうに。と女将はサクラの怪我をしていない方の肩に手を置き撫でる。

「今日はもうお休み」
「はい」
「不安なら揚羽も一緒につけてやるからね」
「ありがとうございます」

短いやり取りを終え女将は我愛羅に深く一礼すると、サクラに一つ目配せしてからその場を去る。
それを見送ったサクラは改めて我愛羅へと向き直ると深く頭を下げる。

「先生も、ありがとうございました」
「構わん。それより休んでいろ。傷が痛むだろう」

気遣う我愛羅の言葉にもう一度頭を下げれば、先程の部屋からいのが出てくる。

「サク…あ、し、失礼しました」
「いや…」

慌てて頭を下げるいのに我愛羅は軽くかぶりを振ると、何も言わず二人を一瞥し座敷へと続く階段を上っていく。
その背を見送れば、いのははぁ、と大きなため息を零す。

「びっくりしたぁ…っていうか何で我愛羅くんがこんなとこに?全然遊ぶタイプには見えなかったんだけど」
「仕事で来てるって言ってたわ」
「あー、なるほどね。でも危なかったわぁ。思わずあたしアンタの名前呼ぶとこだったもん」
「本当よ。気をつけてよね。彼にこんなところにいるなんて知られたくないもの」

二人で軽く言葉を交わした後、いのはサクラの腕に触れる。

「傷、大丈夫?」
「平気。慣れてるわ」
「そういうことじゃないんだけど…それより体、拭いてあげるわ。閨に入ってそのままでしょ?」
「ああ…悪いわね。お願い」

避妊具をつけていたから男の白濁は着いてはいなかったが、それでもあの汗ばんだ掌や舌の感触が気持ち悪く肌にまとわりついている。
まったく最悪な気分だわ。と顔を歪めつついのと共に与えられた部屋へと戻り、用意した桶に湯を注ぐとサクラの体を拭いていく。

「あの男、暗部へと引き渡したわ」
「え?暗部?何で?」

いのの報告に目を見開けば、急遽任務内容が変わったのよ。といのが答える。
サクラを閨から逃がした後、サイが男を捕え情報を聞き出している最中、綱手から派遣された暗部の一人が任務の変更を告げに来たらしい。

「どうやらここから先は暗部の仕事になったみたい。全ての情報はサイくんが暗部へと渡したわ」
「そう…」
「だから私たちはココでの後処理が終わったら里に戻れるんだけど…どうする?暫くココで休ませてもらう?」

いのの問いかけにサクラは首を横に振ると、後処理が終わったらすぐに出ましょう。報告が先だわ。と答える。
サクラがそう答えることが分かっていたのだろう。いのは分かったわ。と苦笑いと共に頷くと拭き終えた手拭いを桶に戻し、怪我でもたつくサクラに浴衣を着せてやる。

「どっちにしろ骨折り損のくたびれもうけね」
「ま、面倒事は暗部に任せておけばよしって話よ。傷なんてすぐに治るわ」

サクラの発言にいのはアンタって本当強いわよねぇ、と笑い床に布団を敷く。

「私はサイくんにこれからのこと伝えてくるから、アンタはとっとと休んでなさい」
「はいはい。分かりました」

肩の傷に触れぬよう、横向きに体を預ければその上にいのがそっと布団を掛ける。

「何かあったら呼びなさいよ」
「分かってるわよ。後のことは頼んだわ」

いのはサクラにひらりと手を振ると、汚れた着物を抱きかかえ部屋を出ていく。
そうして一人きりになった部屋でサクラはふう、と一つ吐息を零し、包帯を巻いた己の掌をじっと見つめる。
そこは痛み止めが効き感覚も鈍い。男が帯刀していると思わなかったのは油断の証だったと反省しつつ、先程我愛羅に抱きかかえられた時のことを思い出す。

(少し、お酒臭かったな…まぁお座敷で飲んでたし、私も注いだから当然よね)

だが漂う酒に交じり我愛羅自身の匂いも感じられたし、何より触れたところが未だに熱く火照っている。
あれだけ酒を飲んでいたというのにサクラを抱く腕の力は強くしっかりとしたもので、足取りも確かで不安など微塵も抱かなかった。

そして何より、そっと宥めるように背に触れたあの掌の感触が忘れられない。

下心など微塵も感じさせない優しい手つきだった。
なのにサクラの体は火をつけられたかのように熱く燃え、さざ波のような甘い痺れがじわじわと体の末端にまで押し寄せてくる。
あの日、あの数日間。何度もその手に抱かれたサクラの体はあの手の感触をよく覚えている。

あの掌がどういう風に体を抱きしめ、服を剥ぎ、肌を撫で、唇を落とし、皮膚を食むのか。
そして重なり合う肌の心地よさと、溶けあう心臓の音、そして境界線が分からなくなるほどの熱情を、よく覚えている。

思い出せば出すほどに小さな胸はきゅうと切なく縮こまり、喉がカラカラに渇いていく。
無意識に唇を舐めれば、ようやく自身の呼吸が荒く浅いものになっていたことに気づき愕然とする。

一体何を考えているのか。
頭を振ってみても一度走り出した熱は止められない。
我愛羅が一度走り出したら止められないと言ったように、その手で花開いたサクラの体も同じように走り出す。

(少し…だけ、なら…)

浅い呼吸を一度整えてから辺りを見回し、周囲に誰の気配もないことを確認するとそっと浴衣の隙間から手を差し入れ秘所をなぞる。

「っあ!」

ショーツの上からなぞっただけだと言うのに、体はビクリと跳ね足先が丸くなる。

「ん…が、あらくん…」

ひくり、と痙攣するかのように喉が震え、零れ出たのは最も欲しい男の名前。
瞼を閉じればまるで傍に我愛羅が寝そべっているような気さえしてくる。
骨ばった熱い掌が按摩のように優しく肌を撫で擦り、時にもどかしく、時に内臓ごと押し上げられるかのように強く抱きしめてくる。
焦らす様に浴衣の隙間から手を差し込み、指先だけでくすぐるかのような愛撫を施し、覆い被さり抱きすくめられれば耳元で囁かれる甘い声と乱れる吐息を、嬲る舌の感触を思い出す。

「あ、ああ…」

我愛羅の手はいっそじれったいほどに刺激を与えてはくれない。
じりじりとサクラの肌を焦がすように、浮かぶ汗が流れる様を楽しむように肢体を眺め、愛撫していく。
どんなに急いていても秘所の愛撫はじっくりと慎重に、時にはサクラだけ先に果てさせ悦びを深く植え付けていく。

「い、や…早く、さわって、」

我愛羅の愛撫を思い出しながら肌に掌を滑らせれば、本当に触られているような気さえする。
そう思えば尚のこと体は敏感になり、声が漏れだし愛液で秘所が潤っていく。

もっと、もっとちゃんと触ってほしい。

掌だけでなく唇で、唇だけでなく舌全体で、肌を食んで撫でて吸って辿って吹き出す汗ごと抱きしめて、駆ける心音に耳を傾けたい。
快楽と安楽の狭間で熱を感じて、ねぇねぇと甘えた声で誘ってキスをして、溢れる涙を飲み込み甘やかしてほしい。愛してほしい。
そうして境界線が分からくなってドロドロに溶けあって、燃える翡翠に抱かれながらあの熱い楔で貫いてほしい。
その先は、もう天国のような高みしかないことを知っているから。

「んっ…!あ、あぁ…!」

片手が使えない分余計にもどかしく、けれどそれが我愛羅の愛撫を再現しているようで堪らない。
自分の掌で慎ましい胸を包めば、乳首は硬く立ち上がり少し指先が霞めるだけでも腰が揺れ、背が反る。
引きつる喉からはひっきりなしに吐息と共に嬌声が漏れ、これ以上は本当に頭をやってしまいそうだと思いながらも止められない。
すっかり熱を帯びた指先で硬く立ち上がった乳首を摘み、捏ね、指の腹でひっかけば、頭の中が真っ白に染まり子宮が切なく脈打つ。

はやくはやく、うわごとの様に呟きながらそれでも手はまだ確かな場所を探らない。

はやく、ああねぇ、はやく私の厭らしいそこに口付て。暴いて、触って、愛して。唇で、舌で、指で、肌で、頂に連れていって。
もう我慢できないの。あなたの手じゃなきゃいけないの。あなたの腕の中でしか、私は夢をみられない。

零れる嬌声を枕に押し付け、痺れる足がシーツを蹴り、泳ぐ。
もう無理だと、我慢できずにショーツの中に指を差し込めば、開いた花弁から際限なく愛液が溢れ足の間を垂れていく。

「あ、あぁ…!だめ、さわっちゃっ…!!」

溢れる愛液の中を泳ぐ指先が、我愛羅を真似るように膨れた突起を指先でくるりと撫でる。
途端頭のてっぺんから足先にかけて電流にうたれたような痺れが走り、いやっ、と声を上げ枕に顔を押し付ける。
けれど止まらぬ指の動きはなおも突起を撫で擦り、痺れが体中を襲う度にシーツの海を全身で泳ぐ。
己の手なのに己の手ではない。
それこそ本当に我愛羅の手に愛撫されているような錯覚に陥った頃には既に頭の中は白く溶け、右も左も、ここが何処かも思い出せぬまま高みに上り、沈んだ。


「はあ…はぁ…」

ひくり、と震える身体は生温い布団の中に沈み、汗ばむ体は荒い呼吸に合わせ忙しなく上下する。
ぼんやりと開いていた目を閉じれば、サクラの肌に落とされる柔らかな唇の感触も、汗で張り付く髪を流す硬い指先も、耳元で囁く身を案じる掠れた声も、全て思い出すことができる。
そして返事ができず視線だけを向けるサクラに、我愛羅は触れるだけの優しい口づけを贈り、抱きしめてくる。

「…我愛羅くん…」

全身を包む倦怠感に、サクラの瞼が徐々に落ちていく。
後片付け、しなくちゃ…と呟きながらも立ち上がろうとしてみたが、痛み止めの中に含まれる睡眠成分が疲れた体に存分に効力を発揮しだしたらしい。
ついにサクラは力なく布団に横たわると、ぎゅっと己の腹に回される腕の感触を思い出し切なくなる。
バカみたい。そう思いながらも目を閉じれば、落ちるように意識を手放した。




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