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「先生、菖蒲でありんす」
「おお。待っていたぞ菖蒲」
襖を開け、お座敷を通り奥の閨へと体を滑り込ませれば男の体がサクラを抱き込み体を撫でる。
酒と自白剤でだいぶ呂律の周りが悪く、何やらもごもご言っているがサクラからしてみれば欲しい情報ではないのでさっと聞き流す。
「ああ…先生ぇ…焦らんでも菖蒲はここにおりんす」
開けた襟を更に開かれ、男の粘ついた唇が白い肌に吸い付く。
怖気がする。
サクラは抱いた感想を噛み殺しながら、朱色の褥に男を寝かせ、宥めるように男の肌を撫でていく。
「ねぇ先生ぇ…菖蒲に先生のこと教えておくんなんし。菖蒲は先生のことがもっと知りたいでありんす」
「そうかそうか…何が知りたい、ワシの可愛い菖蒲」
男の焦点の合っていない、けれど卑しく濡れる瞳を見つめながらサクラは心を殺しその耳に舌を這わす。
「先生はいつも…何してはるん…?」
「ああ…そんなことを知ってどうする…?」
「んふふ…だって菖蒲は先生のことぜーんぶ、知りたいんでありんす」
まるで子猫が甘えるように男の体に身を寄せ囁けば、途端に男は気持ち悪い声で笑いながら菖蒲を抱きしめる。
「教えてくれたら菖蒲、先生にいっぱい幸せをあげるわ…」
男の服の中に手を忍ばせ、その肌を撫で擦る。
我愛羅とは違う、ぶよぶよとした締まりのない体はまるで泥のようにざらつき肌触りが悪い。
そうして徐々に自白剤が効いてきた男はサクラの甘い声に誘惑されるままにぽつぽつと情報を口にしていく。
「部下はなぁ…優秀なやつだ…里に捨てられた哀れな男だが、腕はいい…」
「他にもそういったやつらを集めてなぁ…草隠にアジトの一つがある…」
「特に木の葉の情報は高く売れる…優秀な一族が多いからな…日向の分家の男を大戦で失ったのは惜しいが…奈良家や山中家も潜在能力が高いとみる…」
一つ情報を口にする度、サクラは男に口付け、肌に舌を這わせ、男の体を撫で、また男の手を肌で受け入れる。
その度に作った喘ぎ声を漏らし身を捩ってやれば、男は下品に口元を歪めサクラの演技に魅入らされる。
バカな男。
サクラは冷めきった頭で男を見下ろしつつ、気配を消し聞き耳を立てているであろう二人が隣の座敷にいる我愛羅のことを知らなければいいと思う。
「今度は砂の忍を一人引き抜いてやろうと思っている…あれもなかなか腕がたつ…一人息子を人質にとれば嫌とは言うまい…」
「んふふ…先生ぇはイジワルなお人やねぇ…」
半分ほど頭を擡げた男の欲望を撫でながら耳元で囁いてやれば、男は格好いいだろう。と卑しく笑いサクラの足に手を伸ばし、軽く撫でてから秘所へと手を伸ばす。
当然と言えば当然だが、サクラのそこは一切濡れてはいない。サクラは男にばれぬようそっと股の間に香油を垂らし嫌と腰を捻る。
「菖蒲は厭らしい女だなぁ…もうこんなに濡れているじゃないか」
「嫌や先生ぇ…意地悪っ」
誰がお前の手で濡れるものかと本当なら殴り飛ばしたいところではあったが、着物の裾から入り込む男の手を払うわけにもいかない。
肌を撫でる男のじっとりと汗が浮かぶ熱い手に、生理的嫌悪から肌が粟立つが、それを勘違いした男はサクラの着物をたくし上げると形のいい臀部に舌を這わす。
「ああっ…!」
思わず蹴りそうになる足をどうにか床に縫い付け、殴りそうになる拳を褥を掴むことで我慢する。
男の舌が這いずる心地は心底気持ち悪く、辿った後にすうとそこが冷えるとまるでナメクジが通ったかのような気分になる。
いや、ナメクジの方が遥かにマシだとサクラは奥歯を噛みしめ男の愛撫に耐える。
「はぁ…はぁ…菖蒲…ワシの可愛い菖蒲…」
「ああん…先生ぇ、菖蒲をもっと愛して…」
正直ここで一発ぶちかまして強制的に寝かせてやりたいが、如何せんまだ欲しい情報は残っている。
サクラはすっかり勃ち上がった男の欲望を後ろ手に掴みながら待って、と懇願する。
「ダメだよ菖蒲…ワシに幸福を見せてくれなければその先は教えられぬ…」
「…意地悪っ」
この色ボケ爺がっ、と内心で悪態をつきつつも、男に気づかれぬよう後ろ手で男の欲望に避妊具を被せて秘所へと導く。
「先生約束よ…?」
「ああ、可愛い菖蒲のためだからなぁ…」
着物の隙間から男の手が入り込み、サクラの慎ましい胸を包み愛撫し揉みしだく。
我愛羅の愛撫とは違う、力の入ったそれは愛撫と言うよりも粘土をこねくり回している子供のような手つきとそう変わりはない。
なまじ力が入っていないだけ子供の方がマシではあるが。
女の体を考慮しない男の手簡は下手くそなこと極まりない。そういう男は多いが、この男はその中でも上位に食い込むだろう。
男の熱い掌と舌が肌を這いまわる感触に、込み上げてくる吐き気を何とか飲み下し、香油で濡らした膣に男を受け入れる。
「ああ…いいぞ菖蒲…もっと…もっとワシの手の中で花開いておくれ菖蒲…」
悦ぶ男にサクラは舌打ちしたくなる。何がいいのか。何が自分の手の中で花開けだ。短小で硬さもイマイチで律動も自分勝手。
サクラは呻きそうになる声を何とか甘い嬌声に変え、床下手な男の体に合わせ体を揺する。
そんなサクラに男は熱が煽られるのか、菖蒲菖蒲と何度もサクラの字を呼び腰を打ち付けてくる。
さっさと果てさせ情報を聞きださなければ、と思いつつ揺さぶられていれば突如男の律動が止む。
どうしたのかと思いサクラが振り返れば、男の手に握られた短刀が目に入り身を固くする。
(座敷での帯刀は法度よ…?番頭は調べなかったの?!)
内心で焦るサクラの体が無意識に強張れば、男は完全に焦点の合っていない瞳でサクラを見下ろすとだらしなく開けた口から涎を垂らし汚く笑う。
「あやめ…ああ…きれいだぞあやめ…おんなの血はいい…うつくしく、あまくてうまい…」
「い、いやっ!先生やめて!!」
男を殴り飛ばすことなど造作もないが、ここは遊郭でしかもまだ任務途中だ。一番聞きだしたい情報はまだ男の中にある。
サクラはか弱い遊女を演じるしかなく、褥から逃げ出そうとするが上から覆い被され身動きが取れなくなる。
「こうするとな…ナカがしまっていいんだ…」
「っ!ぐ、あああああっ…!」
だん、とサクラの手の甲に刃が突き立てられ、溢れる血潮に反比例するようにそこからじわりと焼けつくような熱が全身に広がっていく。
震える指先で何とか褥を握り眉間に皺をよせれば、徐々に押し寄せてきたのはじくじくとした神経を蝕むような痛み。
ともすれば自然と呼吸は荒くなり、喉の奥からは獣の唸り声のような低い声が漏れ出てくる。
じっとりと浮かぶ汗が眉間の皺を辿り、鼻先から褥に落ちていく。それを押し付けるように顔を褥に押し付け声を殺せば、再び男の欲望が出入りし始める。
「うっ、あぁっ!ぐっ…!」
快楽とは違う痛みに耐えるような呻き声に男は笑い、襖の向こう側や廊下から何事だと掛廻の騒ぐ声がする。
「先生堪忍、堪忍してっ…!」
手の甲から広がる全身を燃やすかのような熱と痛みに、目の前が徐々に赤く染まっていく。
それでも情報を聞きださねば、と唇を噛みしめ覆い被さる男を見上げれば、直後甲に突き立てられた刃が抜かれ再び呻く。
「かわいいのぉ…あやめ…」
べっとりと付いた赤黒い血を愛でるように舐め回し、腰を振り喘ぐ男にただ耐える。
痛みに体が硬くなれば膣も締る。それがいいのだと男は夢見心地に呟きながらその白刃を再び振りかざす。
「ああ!!」
煌めく刃に反応し咄嗟に避けたサクラだが、僅かに肩を掠め肉が燃えるような痛みが走り逃げ腰を打つ。
その刺激で男が耐えれず果て、崩れる男の隙間を縫って褥から這いだし襖を開ける。
途端、座敷から顔を出したサイが血塗れのサクラに視線を投げ僅かに目を見開くが、痛みに顔を顰めつつもはやく、と口を動かせば褥に沈む男の首根っこを掴み情報を聞き出していく。
「サ、菖蒲っ!」
サイより少し遅れていのが座敷に入り、真っ赤に染まる掌で肩を抑えうずくまるサクラを抱きかかえ座敷を出る。
すると先程の悲痛な声が聞こえていたのか廊下には番頭や他の掛廻が集まってきており、どうした、何があったと二人に駆け寄り顔を強張らせる。
「お、おい、」
「早く!お医者様を!」
叫ぶいのに掛廻の男が羽織をサクラに掛けてやり、それからすぐさま廊下を駆ける。
サクラはいのに抱きかかえられながら久しく感じていなかった骨の芯まで響く痛みに思わず呻く。
戦場であれば僅かな時間を縫い治療できるが、ここは遊郭だ。
己の手で傷を癒せる女などこんなところにいやしない。
か弱い女を演じなければ、とサクラがすがるようにいのの腕を掴めば、どうした。と聞きなれた声がサクラの頭上に落ちてくる。
ハッと目を開き俯けていた顔を上げれば、我愛羅くん、とサクラは思わずその名を呼びそうになる。
「菖蒲、お前…」
どうしてこんな時に、と何度目になるか分からぬことを思っていれば、羽織に広がる血に気づいた我愛羅の目が僅かに開く。
隣ではいのが何故ここに我愛羅が、と困惑しているが我愛羅は気づいていない。
何があった、と問う我愛羅に応えるより早く、後ろから聞こえてくる男の呻く声と掛廻の声で状況を判断したらしい。
我愛羅はサクラの傷に触れぬよう背と膝裏に手を回すと、いのから奪うようにぐいとその体を抱え上げる。
思いもしなかった我愛羅の行動に思わず叫びそうになるが、それを必死に堪え我愛羅を見上げる。
「番頭、女を運ぶ。案内しろ」
「は、はいっ!」
サクラの視線には気づいているのだろう。
けれど我愛羅は駆けだす番頭の後に続きこちらを見ない。
代わりにじっと見上げていれば、茜の髪が無造作に揺れるさまに目を奪われる。
秋の夕暮れの中から見える額はなだらかな曲線を描き、滅多に見れない額が眩しく見える。
途端に胸がぎゅうと痛くなり、得も言われぬ思いに駆られる。
その額に触れたいと手を伸ばしたくなる。
けれどそれを寸でのところで抑えれば、穿った傷からじくりと痛みが増していく。
誰かに喉を絞められているかのように呼吸もままならない中、引きつる喉から掠れた声であの、と話しかける。
「先生、お着物が…」
「構うな」
「でも、」
「いい。それより傷の方だ。見たところ手はともかく肩は浅い。とにかく医者に見せるのが先だ」
話はそれからでも遅くない。と要点だけを述べる返事にはい、と頷き返し我愛羅の体に身を任す。
先程の男とは違う、骨ばった大きな掌にサクラを支える両の腕。そして触れた肌から広がる熱と甘い痺れは、体に走る痛みよりも遥かに強い刺激で全身を蝕む。
ああ、やはり自分の体はこの男の中でしか悦べない。
サクラは朱色の着物を更に染め行く自身の血を眺めながら、肉体的な痛みとは違う別の痛みに目を閉じ唇を噛みしめる。
少し酒の香りが混ざった我愛羅の匂いが少し新鮮で、そして泣きたくなるくらいに懐かしかった。
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