小説
- ナノ -


拍手お礼文


こちらは【鳥太刀(鶯+鶴)と水野+α】のお話です。
シリーズ第一作目に二回登場した例の刀たちと遂にお茶をしばきに行く話。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


 ◇ ◇ ◇



 その日は鶯丸と鶴丸の古刀太刀と共に万事屋へと買い出しに来ていた。

「ふむ。これで全部か? 主」
「そうだね。重たいものは送ってもらうようにしたし、他に必要なものはなかったと思う」
「そうか。では茶でも飲んで帰らないか?」

 本日非番だったおじいちゃん太刀は、一人で買い物に出かけようとしていた私を目敏く見つけてついてきた。最近は特に大きな問題や事件に直面することはなかったので気にしなくてもいいのに。そう言ったのだが、二人から同時に「何かあってからでは遅いんだぞ」と叱られてしまい、こうして一緒に出てきた。
 だけど万事屋の買い物中に変なことに巻き込まれたことはないから(帰り道に神域に踏み入ってしまったことはあるけど)今回も無事に済みそうだな。と油断していた。
 だから鶯丸からの提案にも「そうだねー」と頷いたのだが。

「おや……? そこの君」
「ほあ?」

 飲食店街が続く施設に入ろうとしたところで肩を叩かれる。だから何の気なしに振り返れば、そこには別本丸の鶯丸が立っていた。

「やはり君だったな。いやあ、久しいな。元気にしていたか?」
「えっと……どこの本丸の鶯丸さんでしょうか……?」

 正直政府のお手伝いをするようになってから色んな本丸に顔を出している。そこには鶯丸がいない本丸もあったが、大半はいた。だから一体どこの本丸の鶯丸なのか分からず問いかければ、彼の後ろから体格のいい偉丈夫が姿を現わす。

「おい、勝手に消えるな。っと、君は……」
「大包平さん?」

 私に声をかけて来た鶯丸の肩を掴んだのは、我が本丸には顕現していない『大包平』だった。この組み合わせ自体は然程珍しくはないのだが、こうして声をかけて来た二人組には心当たりがある。

「あ。もしかして、一年ちょっと前に演練会場で出会った……?」
「そうだ! その後もこの近くで再会した、あの鶯丸と大包平だ。覚えていてくれたのだな。嬉しいぞ」
「おお! やはりあの時の! 久しいではないか! 息災だったか?」
「わー、お久しぶりです! お元気でしたか?」

 この二人の審神者は男性で、めっちゃくちゃ失礼だったから記憶からほぼ消していたのだが、二人のことは覚えている。だってその日の夜に宗三から怒られたからな! その後も大倶利伽羅と山姥切と一緒に出掛けていたら遭遇したこともあり、記憶に残っている。
 やっぱり個体差というやつだろうか。ここの鶯丸さんは私を見つけるのが上手いというか何というか。よくこれだけ人が溢れかえる通りの中で見つけられたものだと感心する。だって私身長百五十センチしかないからな。刀剣男士たちの間に埋もれるんだよ。冗談抜きで。

「きみ、知り合いか?」
「うん。ちょっとね」
「相変わらず顔が広いな、君は。ところで、そちらの俺と大包平は何の用があって我らの主に声をかけたんだ?」

 鶴丸に小声で話しかけられ、頷き返せば何故かうちの鶯丸からは呆れたように肩を竦められる。だけど即座に意識を切り替えたらしく、私の代わりに問いかけてくれた。
 が、相手の鶯丸さんはニコニコと笑いながら私を見下ろしてくる。

「なに、そう身構えるほどのことではない。ただ今日こそは君と話が出来ないかと思ってな」
「あ〜。何気にタイミング合いませんでしたもんね」

 確かにこの鶯丸さんは毎度私を見つけては声をかけてくれるが、演練の試合があったり大倶利伽羅と山姥切から「帰るぞ」と言われたりしてタイミングが合わなかったのだ。だけど今日は特にこれといった用事はないし、出陣部隊が戻ってくるまで余裕もある。だから特に問題ないかな、と思ったのだが、何故かここで鶴丸から「おいおい」と呆れた顔を向けられる。

「まさかきみ、この誘いを受ける気じゃないだろうな」
「え? ダメ?」
「はー……。確かに大包平と話すチャンスではあるが……。目的は君なんだろう? 俺たちとしては面白くないな」
「は? なんて?」

 目的は私、ってどういう意味だ。あたしゃ珍獣か何かか。あちらの鶯丸さんがトレジャーハンター改め珍獣ハンターなら分かるけど、ただ単に話がしたいだけなら聞いてもいいと思うのだが。

「別によくない? だって二人も一緒にいるんだし。鶯丸さんだって大包平さんと話したいでしょ?」

 いつの間にかピッタリと体を寄せていた鶯丸に囁けば、本人も『大包平と話せる』という餌が大きいのだろう。顎に手を当て唸り出す。

「んー……。まあ、話したくないと言ったら嘘になるが……」
「じゃあいいじゃん。鶴丸もさ、心配なら隣にいてよ。それなら問題ないでしょ?」

 鶯丸からの了承を得たため、反対側に立っていた鶴丸を見上げたら何故か渋い表情でこちらを見ており、更には頭まで抱えられる。

「はあ……。きみは本当、そういうことを意図せず口にするんだから苦労が絶えない」
「なんでさ」

 呆れ半分、諦め半分、みたいな体で溜息を零され、ちょっと不服。だけど最終的には頷いてくれた。もしここにいたのが宗三や大倶利伽羅ならまた勝手に断られていただろう。だからある意味では二人でよかったのかもしれない。

「ふむ。どうやら今回は話が出来そうだな」
「そうかそうか。ならば今日こそ俺の話を聞かせてやろう」
「ははっ。何故だろうな。今無性にアイツの横っ面を殴り飛ばしたい」
「何故?!」

 ボソッと猟奇的というか、意外すぎる一言を零した鶯丸に驚く。が、相手側には聞こえていなかったらしい。ニコニコとした顔で「あっちの喫茶店の茶が美味いんだ」と誘導される。
 ただその際相手側の鶯丸さんから「エスコートしようか?」とこれまた意外な一言を囁かれ、余りにも似合わない言葉に素直に驚いてしまった。

「あはは。大丈夫ですよ。お気持ちだけ受け取っておきます」
「おや。これはまた。つれないお嬢さんだ」
「またまた〜。お上手ですね」

 お嬢さんだなんて言われたことがないから笑ってしまう。だけどここで大包平から「世辞ではないぞ?」と言われて一瞬息が止まった。

「うちは完全な男所帯だからな。君のような女性がいてくれたら本丸も華やかになるだろう」
「うわっは。大包平さんもお上手で」

 何だろう。過保護とは違う、だけど“大人”な褒め言葉にちょっとときめいてしまう。そんな私に気付いたのか、両隣を歩いていた古刀太刀がすかさず切り返す。

「そちらの審神者は男性なのか。さぞむさ苦しい生活を強いられているのだろう。心中お察しする」
「うちの審神者を気に入ってもらえるのは有り難いが、そう露骨に口説かれては主も困惑してしまう。出来れば控えてもらおうか」
「どうした、二人共」

 特に鶯丸。お前そんなに毒っ気強かったか?
 もしかしてうちの宗三の毒が浸透しているのかと不安になるが、あちらの大包平は怒るどころかむしろ笑い出した。

「フッハッハッ! 童でもあるまいに、過保護な爺共だ」
「全くだ。だが、魅力的な女性なのは確かだ。ならば敏感にもなろう。許してやろうじゃないか」

 うおおおおいおいおいおい。何だ何だ。審神者が男だと女っ気がなさすぎてこんなことになるのか? こんなドスコイ! な審神者相手でも立派な女性扱いしてくるとか、紳士が過ぎていっそ怖い。
 そりゃあの頃に比べたらちょびっとは痩せましたけれども。それでも相変わらず脂肪がワッショイな体型を見て『魅力的だ』と言える鶯丸さんは強者だと思う。もしくは性癖が一周回って可笑しいか。
 とにもかくにも狼狽えている間におすすめされた喫茶店へと辿り着く。

「ここは特に抹茶が美味いんだが、ほうじ茶や紅茶も美味いぞ」
「ああ。俺のおすすめは抹茶のわらび餅とお茶のセットだ。試してみるか?」
「うーん。どうしようかな」

 空いていたおかげですぐさま席に通された。そこで改めて古刀太刀に囲まれメニュー表を開いたのだが――。
 うん。デカイんだよなぁ……皆。脇差や短刀たちが恋しいぞ。

「二人は何頼む?」

 両隣に座ったうちの古刀太刀を仰ぎ見れば、それぞれが私の肩に頭を寄せるようにしてメニューを覗き込んでくる。
 ……おいおいおい。お前ら。なんでそんな妙な覗き方してくるんだ。店員さんビックリしちゃうだろうが。

「ああ、金のことなら心配しなくていいぞ。今日は俺たちのおごりだ」
「うむ。気兼ねなく頼むがいい」
「え?! いや、それは流石に――」

 幾らお茶に誘われた側だと言っても最低限の礼儀はある。見知らぬ、というのはちょっとアレかもしれないが、然程仲がいいわけでもない相手に驕らせるわけにはいかない。そう思って否定しようとしたのだが、すかさず両隣が反応を示す。

「ほお? 随分と気前がいいんだなぁ」
「これはこれは。ならば遠慮なく」

 いや。遠慮しなさいって。私だってちゃんとお金持ってるんだから。
 机の下でそっと二人の手の甲を抓れば、途端に「痛いぞ」と囁かれ「ばかやろう」と小声で返す。だけど二人はあっさり受け流して「あれがいい」「これにする」と決めてしまう。
 だから私も何にするか考え――結局大包平さんがおすすめしてくれた『抹茶わらび餅とお茶のセット』を頼むことにした。

「じゃあ、折角だから大包平さんのおすすめにしようかな」
「おい、主」
「流石演練会場で俺に声をかけて来ただけはある! 相変わらずの審美眼だ!」
「大包平……」

 目を輝かせて頷く大包平とは対照的に、うちの刀たちは揃って苦い顔をする。だけどどうしてそこまで敏感に反応するのかちょっと分からない。

「もー。鶴丸も鶯丸さんも何をそんなに心配してるのさ。別にわらび餅にもお茶にも毒なんて入ってないでしょ?」
「違う。そうじゃない。そこじゃない」
「はあー……。俺は時々君の鈍感さが恐ろしいぞ」
「なんでや」

 というか、ここまでついてきて何を今更。と言いたい。イヤならイヤって言ってくれたらよかったのに。もしかして見たいテレビとかあったのかな?

「フハハハ! なるほど。随分と苦労をしているらしいな」
「ククク……。ああ。以前にも宗三左文字や大倶利伽羅に邪魔されたからな。それほどまでに彼女は魅力的な“お宝”らしい」
「貴様……」

 おっとぉ? これはまさかの? あちらの鶯丸さん、マジでトレジャーハンター目指してたりする?
 でもうちの鶯丸が警戒してるっぽいから、邪道タイプなのかもしれない。ムムム。どうしたものか。

「まあ、お互い警戒し合うのはここまでにしよう。愛らしい小鳥の前で争うのは雅ではないからな」

 ウッヒョウ! トレジャーハンターじゃなくてジゴロタイプだった!
 珍しいタイプの鶯丸に(レアポケモン見つけた感じで)内心テンションが上がったのだが、逆に両隣は冷めきった声でボソリと酷いことを呟いた。

「鶴丸。俺は文字通り今鳥肌が立ったぞ」
「ああ。俺もだ」
「チクショウ! お前ら私が女じゃないとでも?!」

 お前らの間に挟まってるから今回はちゃんと聞こえてるからな?! 確かに他所の女性審神者さんに比べたらドスコイ! だし、顔も微妙だけど、性別としてはれっきとした女なんだからな! それに前に大典太さんから「お前は雀のようで愛らしいな」って言うお墨付き貰ったんだから!
 ……あれ? あれって褒め言葉だよね? そうだよね?

「フハハハハ! 見ていて飽きんな! お前たちは!」
「笑いごとではないんだがな」
「全くだ。うちに大包平がいないから余計にどう対処すべきか悩む」

 ご機嫌な大包平さんを前に、うちの古刀太刀が同時に溜息を吐き出す。でも鶴丸の言う通りだ。うちに大包平はいない。確かに武田さんや柊さんの本丸で見かけたことはあるが、面と向かって言葉を交わしたことはなかった。

「ふむ。そちらには俺がいないのか」
「はい。うちは三十振りしか刀がいないので。そちらは?」
「うちはそれなりにいるぞ。確か先日新人が顕現したから、それを入れると七十八だな」
「七十八!」

 やべえ。御せる気がしない。
 思わず二の句が継げずに固まる私に、あちらの鶯丸さんが頬杖を突きながらため息を零す。

「ああ。だから主も編成やらなにやらに苦労しているぞ。それに因縁のある刀同士が揃うとな、途端にギスギスして嫌気がさす」
「あ〜……」

 うちは私が怪異に巻き込まれまくったせいか、刀同士の絆が厚い方だと思う。というか、仲違いしている暇がない。だって三十振りで本丸を運営しなければいけないのだ。皆で助け合わないと途端に綻びが出てしまう。

「というか、うちにはあんまり因縁のある刀っていないよね? むっちゃんと新選組ぐらい?」
「そうだな」
「ああ。だがうちの初期刀は陸奥守だ。それに堀川国広も早くに顕現してきみたちを助けていたのだろう? これといった大きな騒ぎは起きたことがないんじゃないか?」

 鶯丸より先に顕現していた鶴丸の言うように、陸奥守と和泉守が衝突したという話は聞いたことがない。私自身ちょっと気にしたことはあるのだが、本人たちからそれぞれ「問題ないぜよ」「大丈夫だ」と答えられたので深く追求しなかったのだ。

「実際、あの二人が喧嘩しているところは見たことがないな」
「ああ。むしろ打刀同士でたまに酒盛りしているぞ」
「サシで飲んでいるかは流石に知らんがな」
「そっか」

 じゃあ思ったよりうまくやっているのかもしれない。ただ陸奥守は小夜と一緒に本丸内をよく見てくれているから、私に心配かけさせまいと黙っている可能性もある。でもそれなら小夜がそれとなく教えてくれるだろうし、和泉守も嘘が吐けないタイプだ。陸奥守と顔を合わせた時に嫌な顔ぐらいしそうだけど、意外とそういうことはなかった。

「まあ、あの二人はきみを大事にしているからなぁ」
「和泉守も元々面倒見がいいタイプだ。君に心労をかけるようなことはわざわざしないだろう」
「あ〜、そうだね。むっちゃんも和泉守も、まっすぐで優しい刀だもんね」

 陸奥守は言わずもがなだけど、和泉守も事ある毎に気遣ってくれる。出陣や編成についてのアドバイスもくれるし、戦術についても積極的に意見を出してくれる。こちらが分からないことがあれば「しょうがねえなぁ」と言いつつ丁寧に教えてくれる。そんな刀なのだ。
 私から見ても二人が言い合っている姿は見たことがない。そりゃあ和泉守が顕現した時は「維新の……?」と顔を顰めたけど、陸奥守が「今はこいとの刀じゃ。元の主の遺恨は関係ないろ」と笑ったことで口喧嘩に勃発することはなかった。
 その後も内番や出陣で言い争いをしていたとか、足を引っ張り合ったとか、そういう話は聞いたことがない。だからあまり気にしたことなかたんだけど、どうやら向こうは違うらしい。

「そうか。それは羨ましい限りだな」
「あれ? そちらは違うんですか?」
「ああ。前はそうでもなかったんだが、長曽祢虎徹が来てからはなぁ……」
「うむ。本丸内の空気が悪くなった」

 Oh。来たよ。『長曽祢虎徹』。噂に聞けば『陸奥守吉行』という刀が塩対応することで有名な刀だ。いや、うちには虎徹は誰一振りとしていないから話に聞いただけなんだけどさ。武田さんも柊さんも、鳩尾さんも「あれは酷い」と言っていたから相当だろう。
 現にあちらの鶯丸さんと大包平さんも渋い顔をしている。

「えっと……どんな感じなんですか? うちには虎徹もいないので……」
「そうか。いや、虎徹はなぁ。虎徹同士でも言い合いが始まるから、どこにいても騒がしいというか何というか……」
「大包平の言う通りだ。だが虎徹同士の言い争いの方がまだマシだ。陸奥守吉行とはとにかく折り合いが悪い。顔を合わせば睨み合い、同じ隊に編成されても口は利かない、利いても皮肉の応酬と来たものだ。全く、いらぬ心労をかけられる」

 ええええ……。そんな塩対応するむっちゃん見たことないからちょっと想像出来ないな……。
 だけど古刀太刀は心当たりがあるらしい。両隣から「あー……」と何かを悟ったような反応が出て来る。

「なに? 知ってるの?」
「いやぁ、ほら。我々は演練に行くだろう?」
「その時に、な。時折見かけるんだ。長曽祢虎徹と睨み合っている陸奥守吉行を」

 ひえっ。そんなまさか。いや、でも私も毎回演練会場に付き添ってるわけじゃないしなぁ。前はよく一緒に行ってたけど、最近は他の刀に任せて事務処理をしていることが多い。全く行かないわけじゃないけど、それこそタイミングが合わないのか、長曽祢虎徹を見かけたことはあっても陸奥守と言い争う姿を見たことはなかった。

「まあ、本丸での“個体差”があるからな。一概にどうとは言えないが、なかなかに冷え切った関係に見えたぞ」
「そうだな。うちの陸奥守と和泉守が揃って目を逸らしたぐらいだから、相当だと思うぞ」「あの二人が目逸らすってどんだけだよ」

 むしろ目を逸らす二人すら想像出来ないんだが。
 でも、そうだよなー。長曽祢虎徹がもしうちに顕現したら新選組はほぼ揃うことになる。だけど陸奥守の方は全然だ。そりゃあ肥前忠広、南海太郎朝尊の顕現も確認されたけど、この二振りもうちにはいないし……。そう考えるとやっぱり陸奥守にも知り合いを呼んであげたいな、と思う。

 そんなことを考えているとオーダーを取りに来た店員さんが笑顔で近付いてきたので、それぞれ飲み物やセットを注文してメニュー表を閉じた。

「さて。楽しくない話はここまでにしよう。折角の美味い茶が不味くなるからな」
「ははっ。そうですね」

 まだ何も来てないけど。とお通しされたお冷を口に含むと、早速大包平さんが胸を張って話し始める。

「では折角だ! 俺が池田輝政に見いだされた時の話でも――」
「あ。ちょっといいですか?」
「ん? なんだ?」

 だけどここで私から「待った」を掛ける。ああ、別に池田なんとかさんの話が聞きたくないからではない。だけどその話を聞きたいわけでもないのだ。

「お気持ちはありがたいんですが、元の主さんのお話ではなく、今の大包平さんのお話が聞きたいんです」
「む? 今の、俺?」
「はい」

 私の本丸に『大包平』が顕現する可能性は限りなくゼロに近い。今は私自身の霊力というか、肉体に流れる力が変わっているから定かではないけれど、元々の霊力は低いのだ。本来ならば自らの力で太刀を顕現させることは出来ない。
 今日私について来てくれた鶴丸と鶯丸だって、特別な事情があって顕現した身だ。純粋な私自身の力ではない。
 だけど、だからと言って諦めているわけではないのだ。



「もし、いつか、この先。私の本丸に『大包平』が顕現した時、私は、私の“大包平”さんから話を聞きたいんです」

「ふむ……。それもそうか……」



 私の本丸に来てくれるかは分からない。でも、折角来てくれた大包平が「では俺の話を聞かせてやろう!」と話しかけてくれた時に「あ。それ他所の大包平さんから聞いたことあるんで」とか言い返したくない。
 確かに黙っていればいいだけの話なんだけど、やっぱり一度聞いたことのある話をもう一度聞くことと、初めて聞く時とでは反応も感動も違う。だから、出来ることなら、彼が話す時に感じるわくわく感とか、高揚とか。そういうのを一緒に感じたいと思うのだ。

「だから、“今”の話が聞きたいんです。『大包平』という刀が共通して抱いている記憶や思想ではなく、今、私の目の前で、このお店のおすすめを教えてくれた時みたいに、ここにいる“あなた”が好ましいと思うものを、感じたものを、聞いてみたいです」

 本丸によって“個体差”が生じるなら、色んな物事に対する受け取り方も千差万別だと思う。そりゃあ元が同じだから嫌いなものを見た時の反応は同じかもしれないけど、地域によっては「やはり味噌は赤みそに限る」とか「いや、白みそだ」とか、そういう違いはあると思うのだ。
 春が好きとか、夏がいいとか。あの食べ物が好きだとか、嫌いだとか。そういう、人の身を得て初めて感じたことを、その目で見た物、肌で感じた物を、私は聞いてみたい。

「勝手なお願いかもしれませんが、折角お話出来るんですから。他の“大包平”でも話せる内容ではなく、“あなた”の話が聞きたいです。鶯丸さん以外にどんな刀と仲がいいとか、初めての戦で感じたこととか。何でもいいんです」

 だけどきっとそこに、今目の前にいる“大包平”にしか得ることの出来なかった“思い出”があると思うから――。

「“あなた”の話が、私は聞きたい」

 あー。でもやっぱりちょっと図々しかったかな。幾ら相手が優しいからって、一方的に『お前の話をしろ』って言うのはちょっと、情報収集みたいというか、スパイみたいに思われただろうか。別にそんなつもりはなかったんだけど、イヤな気持ちにさせたらどうしよう。
 なんて考えていると、何故か両隣から深いため息が落とされた。

「あー……やってしまった……」
「やってしまったなぁ……」
「え。なに。なにさ」

 何故か揃いも揃って頭を抱える古刀太刀を交互に見遣れば、またもや「これだからきみは」とか「やはり断ればよかった」とかブツクサと文句が零される。
 それに「何なのさ」と苛立ちを覚えていると、向かいに座っていた大包平と鶯丸は驚いたように目を見開いて硬直し――すぐさま笑い出した。

「フッハハハハハ! いや、これは、これはいかんな!」
「ははは! 全くだ」
「え?! 何々?! 何ですか?!」

 頭を抱えるうちの太刀共と、爆笑する他所の太刀。全くもって意味が分からない状況に右往左往していると、目尻に浮かんだ涙を拭いながら大包平が私を見つめてくる。

「君は、本当に得難い人のようだ」
「ほあ? え? あ、どうも?」
「はあー……。成程な。道理であの“宗三左文字”と“大倶利伽羅”が睨んできたわけだ」
「え? 何の話?」

 未だにどこか楽しそうに肩を震わせて笑う鶯丸さんに首を傾けていると、うちの鶯丸が「あの二人に睨まれてもまだ諦めなかったのか……」と呆れたような声で呟いていた。

 ……うちの刀、他所の刀に毎回メンチ切ってないよね? ちょっと心配になって来たんだけど。

 内心うちの刀たちに不安を抱いていると、正面に座っていた大包平さんからあたたかな眼差しを向けられる。

「うむ。ならば“今の俺”の話をしよう。君が知らない、いつか君の元に訪れるであろう俺では話せない話を、君に聞かせよう」
「はいっ! お願いします!」

 やったー! 普段滅多にお話しない刀だから嬉しいぞー!!
 どやさどやさと両隣の刀たちを肘で軽く突けば、何故か再度大きなため息を零されてしまった。

 その後は特に問題が起きることもなく――うっかり大包平さんが血生臭い話をしそうになった時は両隣から即座に耳を塞がれたし、相手側も「あ」という顔をしたけど、それ以外では特に問題なく楽しい時間を過ごすことが出来た。

「大包平さん、鶯丸さん、今日はありがとうございました!」
「こちらこそ。楽しいひと時だった」
「ああ。ここに顕現して初めて胸が高鳴る思いだった。こちらこそ礼を言うぞ、水野殿」

 話し始める前に「そういえば名前を聞いていなかったな」と言われたので、しっかり「水野です!」と答えたら大包平さんが名前を呼んでくれるようになった。
 テーレッテレー! 水野は余所本丸の大包平との親密度が一アップしたぞ! なーんてね。

「出来ればまた話したいものだが……」

 鶯丸さんは名残惜しそうにこちらを見てきたが、うちの鶴丸と鶯丸がすかさず前に出てくる。

「いやはや。他所の俺は世辞だけではなく冗談もうまいんだなぁ。知らなかったぞ」
「ああ。まったく驚いた。この礼はいつか演練会場でお返ししよう」
「ハハハ! まったく、好戦的な護衛たちだ」
「そのようだ。では水野殿、またどこかで会おう」
「はい。それまでどうかお元気で!」

 手を振り去って行く二人にこちらも手を振っていると、途端に鶴丸と鶯丸から顔を覗き込まれる。

「きみ、まさかとは思うが毎回あんな感じで他所の刀から声をかけられてはいないだろうな?」
「は?」
「待て、鶴丸。主は無自覚に人も刀も垂らし込む。本人に聞いたところで無駄だ」
「おい。どういう意味だってばよ」

 えいっ。と失礼な発言をする鶯丸の脇腹に拳を入れれば、途端に「こういうことを無自覚にしてくるからなぁ……」と何故か複雑な顔で見下ろされた。
 何なんだよぉ。言いたいことがあるならハッキリ言えよぉ。

「なに。ダメなの? 脇腹突いたの痛かった?」
「違う。そうじゃない。そっちじゃない」
「あー。ダメだ。心配が尽きない」
「だから何でさ」

 腹立たしいから「えいっ。えいっ」と二人の背中やわき腹を人差し指で突いてやると、途端に二人から「やめなさい」と体を抱き込まれ、髪をグシャグシャと掻き回される。

「なんだよー! 不満があるなら言ってくれなきゃ分かんないじゃん!」
「言ったところできみは無自覚に男を誑かすからなぁ」
「はあ?! 誑かすってなに?! 一度もしたことないんだけど!」
「ほら見ろ。これが“無自覚”だ」
「はあ?!」

 訳が分からないまま二人に抱えられるようにして商業施設を抜け、ゲートを潜る。そうして辿り着いた本丸でも皆から「遅かったね」「何かあった?」と聞かれ、嘘を吐く必要もないから「他所の本丸の大包平さんと鶯丸さんとお話してきたよ」と返せば何故か空気が固まった。

「……他所の本丸の刀と、お茶をしたって?」
「うん。楽しかったよ」
「へー……」
「あ。でもね、うちで淹れてくれたお茶の方が美味しいなぁ、って思っちゃった」

 厨当番だった歌仙と光忠に頼まれた物を渡す最中、今日のことを話せば二人から微妙な反応を返される。一瞬不思議に思ったけど、すぐに気付いた。
 だって普段二人には厨のことを頼んでいるから、あんまり外食っていうか、食べ歩きとかが出来ていないはずだ。もっと気を付けてあげないと。歌仙も光忠も美味しいもの食べに行きたいに決まっている。
 うんうん。と頷くが、でも二人の顔を見た時に「そう言えばあのお店のお茶、うちで飲むお茶に比べたら微妙だったな」と感じたことを思い出したのだ。
 やっぱりうちには竜神様がいるからか、それともあの店の問題なのか。お店で飲んだお冷もお茶も、うちの刀たちが煎れてくれた方が美味しいなぁ。と思ったのだ。それを疲れた顔で立っていた鶯丸に言えば、途端に苦笑いを返された。

「まったく。これだから君を憎めないんだ」
「はえ?」
「ああ。本当に、ずるい主だ」
「えー……。もう何? 訳分からん……」

 うちの刀たちは長生きしたせいか、私には分からない刀同士の謎テレパシーを使う時がある。どうやら今回もそれを使っているらしく、歌仙や光忠、その場に居合わせた加州や和泉守も微妙な顔をしていた。

「あんた、ホンッッットに一人で出歩かせられねえな」
「は?! 何さ突然!」
「主〜。お願いだから万事屋行く時も最低二人は連れて行ってね?」
「だから何で?!」

 荷物持ちにそんなにいらんでしょ! と突っ込んだものの、タイミングがいいのか悪いのか。出陣部隊が中傷で戻って来たので慌てて手入れの準備に走ることになった。

 そうしてまた数日経ったある日、

「あ! この前の審神者さん!」
「あ。あの時の、迷子になってた――」
「ねえ、君。以前僕たちの主を助けてくれた人だよね? いつかお礼がしたいと思っていたんだ」
「ああ! あの時の! 審神者さん大丈夫でしたか? 初めての演練会場で戸惑っていらっしゃったみたいですから――」
「ちょっと待ってくれ! 君は確か俺たちの主を庇ってくれた――」
「え? ああ、気にしないでください。困った時はお互い様って言うじゃないですか」

 何だかんだと言って政府のお手伝いをしていたからだろう。(迷子の案内とかそういうの)
 万事屋だけでなく、演練会場での受付センターや休憩スペースで話しかけられる私を見て、何故か色んな刀たちが頭を抱えたことを私は知らない。




終わり




 あちこちで人助けをした挙句、そのまま流れで垂らし込むパーフェクトコミュニケーションを取る対人スキルEXな審神者水野と、そんな水野と一度でいいからお茶をしてみたかった例の鶯丸と大包平のお話でした。

 水野本丸の刀たちは気が休まる時がない。(笑)


 お付き合いくださりありがとうございました!m(_ _)m


prev / next


[ back to top ]