小説
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 そして迎えた一週間後。どこかワクワクとした様子の桑名江が農具一式を手押し車に乗せてやってきたかと思うと、すぐさま畑に直行し――悲鳴を上げた。

「なんだこの土は……! すごい! ふかふかだ! 感触だけじゃない! 色も美しい! 栄養も、行き渡っている! すごいよ! すばらしいよ! こんな土見たことない!!」
「すごいテンションだな」
「ブチ上がってますね」
「思った以上の食いつきだった」

 感動の悲鳴を上げる桑名江はこのままだと土にダイブしそうだ。
 思わず心配してしまう私を他所に、桑名江は「どこもかしこもふわふわだ!」「こっちはしっとりしている」「うちの畑とは全然違う!」とテンションを上げている。流石に神気は見えないだろうけど、触って感じるものはあるのだろう。
 かと思えば大広間からは山姥切長義と小豆長光の悲喜こもごもな唸り声が聞こえてくる。多分今日のために準備していた山姥切と堀川の和菓子を見たか食べたんだろうな。随分気合を入れていたから、二人も楽しんでいるはずだ。

「桑名江さーん! うちの畑はどうですかー?!」
「最高だよ! 最高だよ審神者さん! この土持って帰ってもいいかい?!」
「そんなに?」
「ここまでいい反応をされるとはなぁ。こうなったらとことん楽しんでもらおうぜ。確か光坊が漬けていた沢庵があったはず」
「お茶も飲んで欲しいですよね。今日は鶯丸さんいないから、歌仙さん呼んできましょうか」
「もうこなったらおにぎりと沢庵で軽食でも作る?」
「さんせーい!」

 余計な手間をかけさせてしまうけど、鯰尾と鶴丸にお願いすれば方々に向かって走っていく。その間私は「よいしょ」と農作業用の長靴に履き替え、畑に入って桑名江に歩み寄った。

「作物の育ちはどうですか?」
「すごくいいよ。健康的で、瑞々しい。虫に食われているところも少ないし、葉が肉厚で綺麗だ。産毛の一本一本が活き活きしてる。本当にいい環境で育っている証拠だよ」
「それはよかったです」

 感動しっぱなしの桑名江はその後も土に触れ、時には解し、指を突っ込み、少し舐めては「いい土だ……!」と感動の声をあげていた。
 こちらとしては普段皆に任せきりなので、作物を育てるうえでどこに注意したらいいのかとか、どういう環境が育ちやすいのかなど聞いてみることにする。
 例えネットで調べたら出てくるような内容でも、桑名江は嫌がることなく、むしろ嬉々として教えてくれた。

 そうやって話を聞いている間にも時間は過ぎていたらしい。鶴丸から「主、桑名、軽食の準備が出来たぞー!」と声を掛けられたので揃って畑を出る。

「わあ〜! おにぎりだ!」
「たくあんも、きれいないろだね」
「お、美味しそうじゃないか……」

 何故か悔しそうな顔の山姥切長義に対し、うちの山姥切は堂々と「美味いぞ」と頷いている。
 いきなり呼び出されて食事の準備をする羽目になった歌仙は「やれやれ」という顔をしていたけど、結局は趣のある、味わい深い平皿にそれぞれ海苔を巻いただけの塩おにぎりと、光忠が漬けた沢庵を数枚切って乗せて出してくれた。

「簡単なものだけど、おにぎりも沢庵も素材の良し悪しがハッキリと分かるからね。如何にうちのご飯が美味しいか、身を以て体験してもらおうじゃないか」
「あ。意外とやる気満々だった」

 呆れた顔して実はやる気に満ち溢れていたらしい。腰に手を当て、フンッ。と鼻を鳴らす歌仙の姿は堂に入っている。
 だけど私から見てもふっくらと炊けたご飯と、味が染み込んでいるのが一目で分かる沢庵は美味しそうだ。
 皆もそう思っているらしい。ワクワクした顔でお客様たちを見ている。

「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
「……いただきます」

 大地の恵みに感謝するように、桑名江はしっかりと手を合わせる。軽く目を伏せ、祈るように告げたのは小豆長光だ。山姥切長義はどこか不服そうだけど、目はおにぎりに釘付けである。お腹減ってたのかな。
 実際、空腹は最高の調味料とも言う。
 三人はそれぞれおにぎりを頬張った後、目を輝かせた。

「ん! おいひい……!」
「これは……! とても、おいしい……!」
「うまっ……なんだこれ……本当にただの塩むすびか?」

 山姥切長義は「信じられない」とでも言わんばかりの顔でおにぎりを凝視するが、桑名江はお米の甘みや炊き具合などを噛みしめるかのように顎を動かし、小豆はどこか嬉しそうというか、楽しそうにおにぎりを頬張る。

「今まで食べてきたおにぎりは一体何だったんだ、っていうぐらい味が違うんだが……。とりあえずお茶を頂こう。…………いや、お茶もうまいな?!」
「んぐっ。いい土はいい水から出来ている! お茶もいただきます! …………なるほど……。これは、まさしく、恵み……」
「おちゃもおいしいね。ふしぎだ。ぜんしんがあたたかく、それでいてからだのなかがほぐれていくきがする。とても、ふしぎなかんかくだ……。でも、とてもここちいい。すばらしいよ」

 三者三様の反応だが、満足してもらえたようだ。流石に種明かしは出来ないけど、うちの水は特別美味しいのだということが分かって貰えたようで嬉しい。
 その後も軽い雑談を交わした後、桑名は再度畑へと足を運んだため、山姥切長義と小豆長光には庭園を案内する。

「こんなにもたくさんのはなをそだてているんだね。とてもきれいだ」
「ゲートを潜った時から花の香りはしていたけど、まさかここまで立派な庭園があるとは思わなかったな。だけどこれだけ咲いているのに香りがまったくきつくない。むしろ癒されるぐらいだ。もしかして、そういう品種を選んでいるのかい?」
「特にそういうわけじゃないんですけど、園芸が好きな刀剣男士が複数名いますから。彼らの手入れが行き届いているんだと思います」

 二人が言うには、私があげた花束は本丸内で大事に活けられているらしい。しかも燭台切光忠と一期一振だけでなく、歌仙兼定と福島光忠も喜んでいたのだとか。何にせよ喜んでもらえて何よりだ。

 庭園をぐるっと見た後、二人も桑名江がいる畑へと向かう。そこでいつになくテンションを上げている桑名江がいて二人は驚いていたけど、最終的には嫌がる桑名江を引きずって自分たちの本丸に帰宅することになった。

「イヤだー! まだ帰りたくないー!」
「我儘言うんじゃないよ!」
「きょうはありがとう。とてもいいじかんをすごせたよ」
「いえ。私も楽しかったです。それより……他の方は来られなかったんですね。てっきり燭台切さんや一期一振さんはお見えになるものだと思っていたので……」

 少なくとも手紙をくれたメンバーは来てくれるんじゃないかと思っていたが、実際に来たのはこの三人だった。別にそれがイヤだというわけではない。ただあれだけ刀が揃っているのだからあと二、三人来ても問題ないだろうに。と思っての質問だった。
 だがこれには理由があるらしい。桑名江を抑えながらも山姥切長義が説明してくれる。

「桑名はともかくとして、俺と小豆は君の本丸へと訪問する権利を勝ち取った組なんだよ」
「へ? 訪問する権利?」
「ああ。うちはかたながおおいからね。ぜんいんでくるとめいわくになるだろう? そこで主が『かちぬきせんをおこなおう』とていあんしてね」

 こちらの刀が少ないことを考慮し、訪問メンバーは桑名江を入れた三名まで。としたらしい。その残りの二枠を希望者で奪い合ったそうだ。

「といっても、きけんなことはしていないよ?」
「ああ。普通に主が作成した『くじ』を引いたんだ。赤い印がついてたら当たり、ってやつだよ。結果として俺と小豆がその栄誉を掴んだ、ってわけさ」
「な、なるほど……」

 正直そんな事態に陥っていたとは思っていなかったから驚くが、事務的に接していた自分を好意的に受け入れてもらっていたようで嬉しい。

「あ。そうだ。よかったらコレ、受け取ってください」
「ん? それは?」
「うちで育てた花を砂糖漬けにしたものです。クッキーやパウンドケーキにも使えますし、紅茶やホットミルクに浮かべても美味しいですよ」

 これは最近光忠が作ったものだ。元々興味があったみたいで、色々調べては作っていた。それをわけて貰ったのだ。

「うちの土と水で育んできた花で作っていますから。桑名江さんも食べてみてくださいね」
「本当?! ありがたくいただくよ!」
「てみやげまでもらってすまないね」
「いえいえ。こちらも良くして頂きましたから」

 実際、農具を持ってきた桑名江に呆れた目をしながらも山姥切長義が菓子折りを渡してくれたのだ。何でも小豆長光が焼いたクッキーや焼き菓子を詰めたんだとか。ご本人も「とてもたのしかった。むちゅうになってつくったよ」と言っていたぐらいなので、クオリティは相当なものだろう。
 だったらうちの料理番をぶつけるしかない! というわけじゃないけど、予め用意していた砂糖漬けが入った瓶をラッピングしたものを紙袋に入れ、それを手渡す。その際一緒に入れていた小さな袋を指し、説明した。

「あの、小豆長光さん。申し訳ないのですが、本丸についたらこっちの小さな包みを包丁藤四郎さんに渡してもらえますか?」
「え? それはかまわないが……」
「何でまた包丁に?」
「先日は泣かせてしまったので……。せめてものお詫びです」

 小夜が止めてくれて助かったのは事実だ。だからと言って泣かせたかったわけでも、彼の好意を無下にしたかったわけでもない。
 だからせめてもの気持ちでチョコレート入りのマシュマロとか、飴玉とかを包んだ小さな贈り物を用意したわけだ。
 小豆長光は厨房にいたため詳細を知らなかったようで、私と山姥切長義が説明すると「なるほど。わかったよ」と快く引き受けてくれた。

「それじゃあ我々は戻るとするよ」
「うぅ……また畑を見に来てもいいかい?」
「勿論です。是非遊びにきてください」
「こんどは謙信景光もつれてくるとしよう。きっとよろこぶ」

 にこやかな笑みを浮かべた小豆長光を筆頭に、農具を引っ張る桑名江とその背中を押す山姥切長義がゲートを潜って去って行く。
 たった三人だったけど、それでも妙に濃い時間だったなぁ。でも楽しかったのは事実だ。
 見送りを終えた私は本丸内へと戻り、後片付けをしていた皆と再びいつもと変わらない時間を過ごした。

 だがこの時は知る由もなかった。この数日後に謙信景光を連れた小豆長光と、豊前江、松井江、篭手切江、五月雨江、村雲江、稲葉江という錚々たるメンバーを引きつれた桑名江が突撃してくることを。



終わり



 久々に水野の日常的なものを書けて楽しかったです。長い割に中身ないですけど。笑
 少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです!
 お付き合いくださりありがとうございました!m(_ _)m

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