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「な、何なんだそれは?!」
「しゅんのふるーつをつかったぱふぇだ」
「ほら、うちは主が甘い物食べないからさ。女の子が来た、って小豆くんが張り切りだしちゃって。止めようかと思ったんだけど、僕も楽しくなってきて……」
「お、お前ら〜!」

 長谷部がわなわなと震えるが、こちらとしては呆然とするほかない。だけど二人は気にしていないのか、バランスを保ちながら様々なフルーツが載せられた巨大パフェを運んでくる。

「さあ、どうぞ!」
「い、いや……どうぞと言われましても……」

 鶴丸じゃないけどコレは流石に予想外が過ぎる。一体どうすればいいのか分からず固まっていると、ある程度見回ったのだろう。庭先から鶴丸が顔を出してきた。

「おっとお?! 主! なんだそれは?!」
「あ。鶴丸……」

 真っ白な着物に若干土が付着しているが、落とし穴を掘ったわけではないだろう。庭先でパンパンと土を払い落としてから近付いてくる。

「ははあ。これはまたすごいな。光坊たちが作ったのか?」
「そうだよ。小豆くんとの合作さ」
「たのしかった」
「壮観だな。しかしこれ、主一人じゃ食べきれないだろう」

 鶴丸の言う通りである。どんなに甘いものが好きでも、この高さ三十センチ近くあるパフェを一人で食べるのは無理だ。とはいえ折角作って貰ったものを食べないわけにはいかない。
 というか、多分これは『みんなで食べてね』の意味で作られたはず。だったら完食出来るかもしれない。

 背中に冷や汗を流しつつ、面布の奥から一期一振と燭台切光忠、そしてうちにはいない小豆長光を見やる。
 ……うん。めっちゃ期待されてるねこれは。

 どう足掻いても『食べない』という選択肢が見えない。
 若干の緊張と恐怖を覚えつつも用意されていたスプーンを手に取り、デデドン。と佇むパフェを見上げた。

「えーっと……い、いただきます」

 ワクワクと効果音がついてそうな面々からの熱い視線を受けつつ、そっとカットされた苺と苺ソースが掛かった部分を掬う。
 実を言うと生クリームはそんなに好きじゃないんだけど、食べられないわけでもないし、そこまで重くなければ何とかいけるはず。背に腹は代えられない状況であることも含め、意を決してスプーンを口に運んだ。

「……ん! おいしい!」

 口に入れて真っ先に感じたのは、クリームの甘みではなく苺の酸味だった。苺ソースももしかしたら手作りなのか、そこまで甘さは感じられない。クリームも口当たりが滑らかだ。見た目からは想像出来ない軽さと滑らかさに驚いていると、燭台切と小豆長光は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「よかった……! 滅多に作らないから緊張してたんだ」
「ああ。よろこんでもらえてよかった」
「すごく美味しいです。ありがとうございます」

 昼前に食べるものではないけど、っていうかこれが昼飯みたいなものだけど、お礼はちゃんと言わないとね。というかお昼食べた後にこれ出されても絶対食べきれなかっただろうし……。
 そういう意味では程よくお腹が空いている頃に出してもらえてよかったのかもしれない。

 そんなことを考えつつもう一口食べていると、加州が「いいなぁ〜」と物欲しそうな顔で見てくる。小夜くんもじっと見上げて来ているから、私は「食べてみる?」と聞いてみた。

「いいの?!」
「ああ。みんなでたべてくれ」
「勿論だよ! 待っててね、すぐスプーン用意するか、ら?」

 元々そうするつもりだったのだろう。燭台切がお盆に乗せていたカトラリーケースからスプーンを取り出そうとする。
 だけど私はつい癖で、自分が使っていたスプーンでパイナップルが載せられていた部分を掬い、小夜の口に持って行っていた。

「はい。小夜くん。どうぞ」
「はい。いただきます」
「え」

 だけど驚いたのは小夜ではなく、ここの本丸の刀たちだった。

「……うん。おいしいです」
「だよね! 加州はどこがいい?」
「俺は主と同じ苺がいい!」
「はーい。苺ね。どうぞ〜」
「やった! いただきまーす!」

 周囲が静まり返り、更には凝視されていることに気付かないまま、いつもの調子で加州にも苺が乗った部分を食べさせる。勿論二人だけで終わるはずがない。三日月と鶴丸も「俺も」と言うので、それぞれミカンとバナナが載ったところを食べさせた。

「うむ。ほどよい甘さと酸味が美味いなぁ」
「見た目ほど甘くないな。光坊、美味いぞ」
「え。あ。そ、それはよかった……?」

 困惑している燭台切がキョロキョロと片目を動かしていると、どこからともなく駆け付けてくる音が聞こえてくる。小鹿のような軽やかで元気な足音の持ち主と言えば、やはりうちの鯰尾藤四郎だった。

「鯰尾藤四郎ただいま戻りました! って、あー! 皆してなに美味しそうなもの食べてるんですかー!」
「あはは。おかえり、鯰尾。今ちょうどご馳走になってたところなんだ。鯰尾も食べるでしょ? こっちおいで」

 一人だけ除け者にされたと訴える鯰尾を手招きすれば、急いで靴を脱いで上がって来る。それでもちゃんと靴を揃えるあたりいい子だなぁ。と思いながら、鯰尾にはカットされたメロンが載った部分を差し出した。

「はい。どうぞ」
「あー……ん! んまぁ〜い!」
「それはよかった」

 これで皆一口は食べたな。と考えていたところでそっと一期一振が手を上げた。

「さ、審神者殿。一つ質問なのですが、貴殿はいつもこうしておやつをわけておられるのですか……?」
「へ? あ」

 やっべ。と思った時には後の祭りだ。

 いや、ちゃうねん。ちょっと補足させて欲しいんだけど、っていうか説明させて欲しいんだけど、これね、我が家では当たり前の光景なのよ。
 本当もういっちばん古い記憶ですらこうだったんだけど、だって家族におやつとかおかずとかを「一口」あげる時にいちいち箸とかお皿とか出してたらキリがないじゃん? 洗い物も増えるし。そりゃあ潔癖症の人から見たら「信じらんない!」って絶叫される光景だとは思うんだけど、これが幼い頃からうちの、水野家改め冬千家では当たり前の行動だったわけですよ。
 元々母親がそうやって食べさせてくれてたから疑問に思っていなかったんだけど、リア友のゆきちゃんから「家族と親しい人以外にはやらない方がいいよ」と言われていたのをすっかり忘れていた。

 ……フッ。実を言うと刀たちにも最初からこれやっちゃってたんだよなぁ……。味見とかさせる時にさ……。お箸とかお皿出すの面倒くさくて。勿論慣れるまではちゃんと洗ってたよ? 一度洗ってから渡してたけど、だんだん親しくなるにつれ曖昧になってだね? というかむっちゃんと小夜くんを愛称で呼び始めた辺りからうっかりやらかしちゃってだね? 陸奥守が「別にかまんぜよ」と言ってくれたから次第にうっかりが増えていき、今では当たり前の光景になってしまったわけだ。

 自業自得ですね。はい。

「い、いつもじゃないですよ?! 味見とか『一口』の時にはやってしまうことが多々あるだけで!」
「多々あるのか?!」
「主に『あーん』をしてもらえることが多々あると?!」

 ものすごい勢いで突っ込まれて恥ずかしい。憤死しそうだけどこればかりは完全に自業自得だからしょうがない。
 だけど『穴があったら入りたい』状態の私とは違い、刀たちは堂々としたものだった。

「うむ。主に『一口くれ』と言えば我が本丸ではこうだぞ?」
「むしろ特権だよなぁ?」
「そうそう。主って甘やかされるのは苦手だけど、甘やかすのは息をするようにやってくれるからさ」
「俺達の主はその辺寛容なんですよ」
「……僕は、少し恥ずかしいけど……でも、嬉しいです」
「小夜くん……!」

 感覚としては友人同士で回し飲みするようなものだったんだけど、考えてみれば色々とダメだよね。それでも受け入れてくれたことに感動し、隣に座していた小夜をギュッと抱きしめるとフワッと桜が舞った。
 ううっ、可愛いよう……!

「うっかりとはいえ、お見苦しい所をお見せして申し訳ございません……」
「いや! 驚きはしたけど見苦しいとは思ってないよ?!」
「ええ、驚きはしましたが! 特に引いたりはしておりませんので!」

 優しさが胸に痛い。
 反省している間にもお皿とスプーンが配られ、皆で取り分けていく。でもずっと見られているのも食べづらいなぁ。と思い、ダメもとで提案してみることにした。

「あの、こうしてご馳走してもらっておきながら大変心苦しいのですが、私たちだけで食べるのもアレなので、よかったら皆さんで一緒に食べませんか?」

 正直この本丸内に残っている刀を全員呼べば多分一口ずつ、もしくは二口程度口にすれば完食出来ると思う。だけどご馳走してもらっておきながら一口しか食べないのは失礼だし、何より見られながら食べる。っていうのがどうにも座りが悪い。
 彼らが甘いものが苦手で作るのはいいけど食べるのは苦手だ、っていうなら仕方ないけど、そうじゃないなら分け合って食べた方が精神衛生上いい。
 そんなわけで提案してみたら再び驚いたような顔をされたけど、どこか和らいだ表情で「喜んで」と答えてくれた。

「思い返せば、こうして甘いものを味わって食べるのも久しぶりだなぁ」
「ああ。いつもは携帯食料でしのいでいるからな」
「長谷部さん、食事はしっかり摂った方がいいですよ」
「審神者さんの言う通りだよ、長谷部くん。卵かけご飯とかお茶漬けだけとか止めようね」
「……善処する」

 普段忙しくてまともに食事がとれていないという二人も今回ばかりは手を止めてパフェを味わっている。折角燭台切と小豆が心を込めて作ってくれたんだから、作業しながらはやっぱり失礼だもんね。

「弟たちには内緒にせねばなりませんな」
「フフッ、そうだね」
「やつどきになればこどもたちにもつくろう」
「この巨大パフェをか?」
「主が見たら卒倒しそうだな……」

 そう言えば、ここの審神者さんは甘い物食べない、って言ってたな。だとしたらお菓子作りが好きという小豆長光にとっては少々物足りないところがあるのかもしれない。刀剣男士って何だかんだ言って主を中心に生活しているとこあるし。でも短刀がいるからそうでもないのかな? よく分からん。
 そうこう考えているうちにパフェは空になり、スプーンと取り皿を置いて手を合わせた。

「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。でもこんなに美味しい物をご馳走になって、なんだか申し訳ないですね」
「いえいえ。詫びのようなものですから」
「そうそう。それに僕たちも美味しく食べてもらった方が嬉しいから」
「みんなのいうとおりだ。こころからかんしゃしているよ。うでをふるうばがあるというのは、うれしいものだ」

 思えば他の本丸の刀たちとこうして食事を共にするのは珍しい。全くないわけじゃないけど、大概は見知った間柄の本丸とばかりだから。初対面なのにここまでよくしてもらうのは何だか申し訳ない気持ちにもなる。だけどこれ以上『お返し』とかしたら逆に気を遣わせそうだしなぁ。今回はご厚意に甘えるとしますか。

「前々から小豆長光はお菓子作りが得意だ、ってのは聞いてたが、まさかここまでとはなぁ。正直いい意味で驚いたぜ」
「はい。僕も、ぱふぇはあまり食べたことがなかったので……。美味しかったです」
「ふふっ、そういってもらえるとうれしいよ。ありがとう」

 感心する鶴丸に続き、小夜も心なしか嬉しそうに感想を口にする。
 確かに。考えてみればうちの本丸のおやつって大概和菓子なんだよな。洋菓子も出ないわけじゃないけど、なんていうか……ケーキとかじゃなくて、ポッキーとかチョコパイとか、なんかそういう『お菓子』が多い。あとはゼリーとかプリンかな? 経費的な問題というより、パフェとかケーキとか作れる刀が少ないのが理由の一つだと思う。光忠はケーキ焼けるけど、本人曰く「まだまだ修行中」らしい。歌仙はそもそも洋菓子そんなに好きじゃないっぽいしね。

「考えてみればうちでお菓子作るのって、光忠と堀川と山姥切ぐらいだね〜」

 特に深い意味はなかったけど、何となく口にした言葉に反応したのは我が本丸ではなく、山姥切長義だった。

「は?! さ、審神者くん! 今何て……?!」
「へ? えっと……うちでお菓子を作るのは、燭台切光忠と、堀川国広と、山姥切国広だけだな、って……」
「偽物くんがお菓子作るのかい?!」

 あ。そこ気になったんだ。
 そういえば山姥切長義って山姥切国広とバチバチな関係だと聞いたことがある。や、実際のとこどうなのかは知らないんだけど、武田さんと柊さん曰く「まあ、仲がいい方ではねえな」「面倒くさい間柄ですね」ということらしいから、気にはなるんだろうな。
 うちにいないから失念してたわ。

「そんなに変ですかね?」
「変なんてもんじゃないよ。あんな力こそパワーみたいな脳筋男が、お菓子作りなんて繊細な作業が出来ると思わないんだが」
「あー……。まあ言いたいことは分かるよ」
「確かに山姥切さんって力強いですもんねぇ。筋トレも同田貫さんと一緒によくやってますし」

 同じ打刀だからよく分かっているのだろう。半笑いで頷く加州と、手合わせ時を思い出しているかのような鯰尾に「なるほどな」と思う。

 うちに山伏はいないけど、コンスタンスに体を鍛えている刀は沢山いる。それこそ同田貫と山姥切、和泉守辺りは手合わせと筋トレを好んでやっている。光忠も時間を作っては鍛えているみたいだし、他にも長谷部とか大倶利伽羅とか隠れてやってるかもしれない。

 ちなみにどこで鍛えているのかと言うと、実はこの前本丸を改装した際に道場の隣に筋トレルームを作ったのだ。
 これは偏に要望があったから。刀が増えて少し時間に余裕を持てるようになったから、暇を持て余すと思ったのかもしれない。皆勤勉で動くの大好きだから、怠けてダラダラしたくなかったのかもしれないし。
 何にせよ筋トレルームは評判がいい。山姥切もよく足を運んでいるみたいだから、山姥切長義の言い分が分からないではなかった。

「驚く気持ちは分からなくはないのですが、うちは刀が少ないので、厨当番も固定出来なかったんですよ。それが功を奏したのかもしれませんね」
「あとはやる気の問題じゃない? うちの山姥切は主に喜んで欲しくてお菓子作り頑張ってるからさ。やっぱりモチベーションって大事じゃん?」
「確かに。それは大事だ」
「うむ。まことに」

 加州の補足にちょっとばかり照れてしまうけど、皆大真面目に頷いている。
 山姥切長義もその説明には納得出来たのか、どこかどんよりとした目のまま「ああ……」と呟いた。

「確かに……。それは大事だな……」
「でしょ? お宅のとこはどうか知らないけど、うちの主はちょっとしたことでも感謝してくれる優しい人だから。主の喜ぶ顔が見られるなら苦手なことでも頑張ろう。って思えるんだよね」
「か、加州、もうそれくらいにして……」

 流石にここまで褒め殺しにされると居た堪れない。面布で顔が隠れているとはいえ、それでも恥ずかしくなって『ストップ』をかければうちの刀たちがクスクスと笑い出す。

「主よ。そなたはまことにいじらしいなぁ」
「こんな反応をしてもらえるなら、俺もお菓子作りに挑戦してみるかぁ?」
「鶴丸さんがやるなら俺だってやりますよ!」

 グッと拳を握ってやる気を見せる鯰尾だが、すかさず小夜が「ダメです」と拒否した。

「二人は厨をめちゃくちゃにしそうだから、食事当番以外での調理は禁止です。歌仙たちに叱られてもいいなら止めませんが」
「いや。やめておこう」
「はい。歌仙さんのお説教は長いから苦手です」
「正直か」

 あっさりと手の平を返す二人に思わず突っ込んでしまう。
 話が逸れたが、山姥切の和菓子は本当にクオリティが高くて味も申し分ない。だけど証明しようにも今日は演練に行ってるからなぁ。と考えていたら、加州がスマホを取り出した。

「気になるなら証拠見せてあげるよ。このスマホに山姥切がお菓子作ってる動画が入ってるから」
「え。そうなの?」
「うん。と言っても俺が撮影したのは殆ど最後の方だけど、それでも見る価値あると思うよ」
「いや、別に見たいわけじゃないんだが……」

 口では拒否しつつも、加州が動画を再生させればじっと画面を見始める。そして以外にも隣に座していた長谷部や、お菓子作りが得意な小豆も燭台切、一期一振までもが小さな画面を食い入るように覗き込む。

「うわあ……。すごいね。集中しているのが手先だけでも伝わって来るよ」
「とてもせんさいなうごきだね。かたちをくずさないよう、すごくきをつかってる」
「山姥切のことだから豪快に模様付けでもするのかと思っていたが、案外細かいんだな」
「ははあ。これはすごいですな。自分には難しそうです。いえ、弟たちに強請られたら修行しますが」

 山姥切長義は無言で見つめていたが、他のメンツは各々に感想を口にする。私も山姥切が練りきりを作る姿をまともに見たことはない。本人が嫌がるからだ。というか照れる。「見世物じゃない。完成したら持っていくから、少し待っていてくれ」って言われて追い出されたこともあるぐらいだし。
 言うて毎回堀川と一緒に作ってるから、兄弟刀とのコミュニケーションタイムでもあるのかもしれない。何にせよ二人が仲良く、楽しんで作っているならそれで十分だ。

「へらだけじゃなく、たけぐしもつかっているんだね」
「隣の手は誰のかな? 堀川くん?」
「そ。堀川。あいつと一緒に作ってんの」
「なるほど。兄弟で作れるのはいいですな」

 時間にしておそらく十数分ほどだろう。最後には加州が「すごいじゃん。これ何て題名?」とインタビューをすれば、山姥切はどこかやり切ったような声で「こぼれ桜だ」と答えた。それで終わりらしい。加州が「終了〜」とスマホを回収する。
 見終わった面々は「おお〜」「すばらしい」と感嘆の声を上げながら拍手をし、どこか高揚した様子で感想を口にする。

「思い返してみれば、僕たちは練りきりに挑戦したことがなかったね!」
「ああ。ついこどもたちがよろこびそうなものばかりつくっていたが、ねりきりもすばらしい。とてもうつくしいね」
「手先の器用さに自信はありませんが、弟たちと挑戦してみたくなりました。いえ、むしろ弟たちの方がずっと器用かもしれませんな」
「主が望めば俺も作るが……。主は甘いものを好まれないからな。主命でなければ予算の範囲内で好きにしろ」

 長谷部は相変わらずの反応だったけど、皆それぞれ好感触だったようだ。だけど山姥切長義だけは納得がいかないのか、どこかムスッとした表情で頬杖をついていた。

「気に入らない?」
「ああ。気に入らないね」

 気に入らない。と口では否定するけど、技術があることも、山姥切が真剣にお菓子作りに取り組んでいることも伝わってはいるらしい。だからこそ面白くないのだろう。山姥切長義は拗ねた子供のような顔であらぬ方向を見つめていた。

「ま、そういうわけだからさ。うちの山姥切は生半可な気持ちでお菓子作りしてないし、ちゃんと努力してるから。あんまり否定しないであげてよね」
「はい。山姥切さんは、買い物に行くと必ず和菓子屋に寄るそうです。他にもどんな見た目にするか、堀川さんと相談しているみたいですよ」
「そうだったんだ」

 前々から勉強していたことは知ってたけど、山姥切が和菓子屋に寄っていることとか、堀川と相談しながら作っていることは知らなかった。小夜に「よく知ってるね」と驚いたことを伝えれば、こっそりと「よく悩んでいる姿を見るので」と教えてくれた。

「それじゃあ僕たちはお皿を片付けてくるよ。貴重な動画を見せてくれてありがとう」
「とてもべんきょうになった。かんしゃするよ」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございました」

 一期一振が淹れてくれたお茶を飲みつつ、自分たちもそろそろ仕事を再開しようか。と時計を見上げたところでふと思いつく。

「そうだ。今日はうちに長谷部と宗三いたよね?」
「はい。宗三兄さまは買い物に行きましたが、すぐに戻って来ると言っていました。多分、もう本丸に戻っていると思います」
「長谷部も、今日は非番だから、って言って巴形に簿記教えるって言ってたよ」
「それ休みじゃなくないですか?」

 げんなりとした顔をする鯰尾に苦笑いを浮かべるが、言いたいことは分かる。
 他所の本丸では巴形と長谷部はあまり仲が良くないと聞くけど、うちの本丸では何と言うか……『家庭教師と生徒(後輩)』みたいな感じなんだよなぁ。多分長谷部が簿記を教えているからだと思うんだけど。

「それじゃあちょっとだけお手伝い頼もうか」

 正直人の本丸の経理に口を出すのは悪いとは思うんだけど、それ以外の所だったら手伝えることがあるかもしれないし。
 こっちの仕事は大体片付いたから、こっちの長谷部と山姥切長義を少しでも手伝ってあげたかった。

「加州。悪いけど二人を呼んできてくれる? もし手が空いてるようだったら巴さんも」
「りょーかい! まっかせて!」
「それじゃあ俺たちはここで報告書でも書いておくか」
「そうですね! 主の目となり耳となって見回ってきた俺達が、しっかり査定しましたから!」
「はいはい。よろしくね」

 意気込む鯰尾に苦笑いしつつ、念のため持って来ていた報告用紙を二人に渡す。と言っても文机のスペース的に荷物を退けても書けそうになかったので、長谷部が新たに持って来てくれた文机を借りることになった。

「はあ〜……。鶴丸国永に鯰尾藤四郎……。この二人も真面目に報告書を書くとは……。我々は夢でも見ているのだろうか」
「うちのトラブルメーカー共に見せてやりたい光景だな……」

 もはや何もかもを諦めきっているかのような表情をする二人に「ここの鶴丸と鯰尾ってどんな個体なんだろう……」と不安な気持ちになる。だが観察されている当人たちはケロッとした様子で「真面目な鶴さんだっているのさ」だとか「鯰尾くんはやれば出来る子なのです」と軽口を叩ている。まったく、良くも悪くも壁のない刀たちだ。

 そんな二人に呆れながらも細々とした入力業務を進めていると、宗三と長谷部、巴形を引きつれた加州が戻ってきた。

「主ー! 連れてきたよー!」
「ありがとー! 三人とも突然呼んでごめんね? 特に長谷部はお休みだったのに……」
「とんでもない! 主命とあらば喜んで! どこへでも馳せ参じますとも!」
「長谷部の言う通りだ。主、君が望むなら、我々はどこへなりとも駆けつけよう」
「僕は小夜が頑張っていると聞いたから来ただけです。小夜の負担が減るのでしたら、多少のお手伝いはやぶさかではありません」

 相変わらずのツンデレだけど、しっかりとそろばんを持って来てくれているあたり流石だ。
 三人にそれぞれ感謝の言葉を伝え、どうして呼び出したのかを説明すれば「なるほど」と頷かれた。

「まったく……。あなたはつくづくお人好しですねぇ。ほら、そっちの長谷部。急ぎの書類を寄こしなさい。計算ならしてあげます」
「丁度いい。実践と行こうじゃないか、巴形薙刀。この帳面をミスなく処理してみろ」
「承った。主の顔に泥を塗らないためにも、心してかかろう」

 刀が多い分、普段うちで見る金額の数倍の桁が並んでいる。それでも三人は受け取った書類を冷静に見聞すると、各々の作業を始めた。

「ちょっと! この不明瞭な金額何なんです?! 一体何に使ったんですか! それにこっちの項目は何ですか! 『その他』は都合のいい項目じゃないんですよ?!」
「なんだこれは……。こんな雑な帳面は初めて見たぞ……。どうしてところどころ抜けがあるんだ……?」
「お前たち……これをいつも二人で処理していたのか? 苦労するな」

 うちの宗三がブチ切れ、巴形が困惑し、長谷部が労わるほど酷い内容ってどういうものなんだろう。
 見たいけど見たところで理解出来る気もしないのだが、それでも気にはなる。だけど邪魔をするのもアレなので、私と小夜、そして加州は他の書類を手伝うことにした。

「その、手伝って貰っておきながら、本当にいいのかい? 君たちも自分の業務があるだろうに……」
「大丈夫です。こっちは殆ど終わりましたので。それに、審神者じゃないと処理出来ないものも沢山あるでしょう? 最後は当人のチェックが必要ですけど、それ以外の部分はお手伝い出来ますので!」

 こう見えて審神者になる前は事務員だったのだ。経理は専門外だけど、雑務を含めた様々な書類は捌ける自信がある。
 これだけ色々溜まっていたら猫の手も借りたいぐらいだろうし。現に長谷部も山姥切長義も「すまない」と謝罪しながらも頑なに拒むことはせず書類を渡してくれた。

「こんなめちゃくちゃな内容、小夜にはさせられません。僕が徹底的に叩いてやります」
「おお……。宗三さんがめっちゃやる気に」
「ここまで適当にされたら逆に火が付きました。目にもの見せてやりますよ」
「怖っ」

 珍しくたすき掛けまでして宗三がやる気を出す。うちでもそろばん弾く時はたすき掛けなんてしないのに。よっぽど気になる部分があるのだろう。バチバチバチと軽快に玉を弾きながら計算を始める。

「山姥切長義さん、ここ付箋貼っておきますので、審神者さんが戻ってきたら確認取っておいてください」
「あ、ああ。助かるよ」
「分類別にファイル分けますね。あと期日が近いものから順に手前に挟み込んでいきますから、その辺も要チェックお願いします」
「分かった。伝えておこう」

 今の時代殆どの仕事はデジタルだけど、やっぱりアナログでないと出来ないものもあるものでして。というか『書面で提出』しないといけない物とか未だにあるからねぇ。こればっかりはしょうがない。データが吹っ飛んだら困るものはやっぱり紙で残すのが一番だ。

 それに今回は確定申告ほど面倒なものはないはずだしね。だから一般事務として培った経験値とスキルで一つずつ処理していく。

 そうこうしている間に鶴丸と鯰尾も報告書を書き終わったらしい。私にチェックを頼んできたのでそちらにも目を通し、気になる点を幾つか伝えれば「すぐに確認してくる」と言って再び大広間を出て行った。

「ちょっと長谷部、この項目についてなんですけど……」
「ん? 確かそれについてのレシートがどこかに挟まっていたはず……」
「保管場所ぐらい決めておきなさい」
「決めていてもそこに余計なものを入れられたり、必要なものがどこかに消えていくから俺達も苦労しているんだ」
「何なんですかこの本丸。幽霊でも住み着いているんじゃないですか?」
「やめろ。縁起でもないこと言うな」

「長谷部、これで合っているだろうか」
「どれ、見せてみろ。…………ん? 待て、ここがおかしい。項目が間違っている。よく思い出せ。これは――」
「ああ、なるほど。ここで使うのか。理解した」

 経理の方は順調に進んでいるようだ。こっちの方もある程度片付いてきた。長谷部と山姥切長義もゴールが見えてきたことで希望を持てたらしい。さっきより手の動きが速くなっている。

「主、戻ってきたぞ」
「俺も戻ってきたよー」
「あ、おかえり。二人とも。どうだった?」
「ああ、主が気にしていたところだが――」
「俺が確認したところ、この本丸では――」

 鶴丸が見回ったところは畑と道場、それから鍛刀部屋の三カ所で、鯰尾は馬小屋と刀装作成を見学したらしい。ついでに本丸内の掃除が行き届いているか、資源保管倉庫はちゃんと管理されているか、といった細々とした部分も確認して貰った。

「うん、うん……。なるほど。特に問題はなさそうだね」
「ああ。だがやはり水質の違いだろうな。畑の土や作物から神気はあまり感じられなかったな」
「まあ、うちは特別ですからね。普通はこのぐらいじゃないですか?」

 鯰尾が言う通り、我が本丸の水を管理してくれているのは水神である竜神様だ。おかげで土にも作物にも神気が含まれているそうなのだが、普通は違う。勿論『本丸』という現実とはまた違う、特別な空間で生活しているのだから多少は霊力やら神気やらはある。それでも基本的には『本丸の維持』と『刀剣男士の顕現』に使用されるもので、普段使用する上下水道などには含まれない。
 そこは鶴丸も理解しているのだろう。「だから逆に気になって触ってみた」らしい。

「桑名江がいるから作物はうまく育っていると思う。ただうちの土と比べたら少し栄養が足りないような気がしてな」
「ただ面積が面積ですからね。うちもだいぶ広げましたけど、こっちはその倍はあるじゃないですか。畑が区分されている分観察はしやすかったですけど、管理や維持を考えればうまくやっている方だと思いますよ?」
「なるほどね。仕事自体は皆真面目にしてた?」
「あー……まあ、多少さぼっているようにも見える奴はいたが……」
「桑名江さんに見つかると恐ろしいのか、完全に遊んではいなかったですね」

 二人の話を聞き、畑の方は問題ないようだと判断する。他にも道場で行われている手合わせや、馬小屋の掃除も問題なく行われているようだった。

「うん。本丸内の業務に関しては概ね問題なし、だね」
「ああ。刀装作りだけはやたらと失敗していたが」
「そういう日もありますって!」

 鯰尾が言う通り、刀装作りが得意な刀と苦手な刀はいる。うちでは五虎退と前田が得意で、苦手なのは乱だ。あと意外と陸奥守と小夜も苦手な方なんだよね。他には大典太と鬼丸も結構上手だと思う。大典太は縫物を練習し始めた辺りで成功率が上がってきたから、手先の器用さが関係しているのかもしれない。
 でもそう考えたら陸奥守も結構器用だと思うんだけどなぁ。まあ完全に炭にするわけでもないし、使えるからそれでいいんだけど。

「ただ資源を保管している倉庫はちょっと見辛かったな」
「整理されてなかった、ってこと?」
「いや。一応分類されてはいたんだが、一箱に入っている資源の数がバラバラでな。うちは単位を決めて保管しているだろう? 端数が出ればまた別の箱に入れるようにしているし、ざっくりとでも計算しやすいよう管理している。だがここでは『とにかく入るだけ詰め込んだ』みたいな感じでなぁ。特に玉鋼は形が不揃いだから杜撰な管理をすると後が大変なんだが……忙しいのか気にならないのか。そこだけは気になったかな」
「なるほど。それは確かに気になるかも」

 勿論本人たちが分かっていて、それで大丈夫。って言うなら深く突っ込むつもりはないんだけど、それでも資源は彼らの手入れをするにも鍛刀するにも必要なものだ。その管理が杜撰になっているのは少々頂けない。
 政府に報告するまでのことではないけど、注意事項として記入しておこうかな。

「本丸内はどこも綺麗でしたよ! ちゃんと掃除されているので、穢れとか澱みとかはなかったです」
「それはよかった」

 幾ら分霊といえど神様が住まう場所なのだ。掃除が行き届いていなければ次第に汚れは澱みになり、本丸を穢していく。一応本丸内は常に空気の入れ替えがされるようシステムに組み込まれてはいるんだけど、それでも捌ききれないから怪異現象に見舞われる本丸などが出てくるのだ。
 でもここはちゃんと掃除されているようでよかった。煙草とお酒は片づけをしっかりしていれば毒にはならないからね。

「よし。それじゃあこっちの業務は終わったし、あとは……」

 経理の手伝いでもしようかと思ったけど、凄まじい勢いでそろばんを弾く宗三を見てちょっと腰が引ける。
 そんな私に気付いたのか、加州が「主は休憩してて」と笑顔を向けてくる。

「それこそ『抜き打ちテスト』みたいな感じで畑とか道場に顔出してみたら? 主の目から見て気になったことがあればそこで聞けばいいしさ」
「うーん……。それもそうだね。鶴丸と鯰尾からの報告書とは別途に、私が審神者として聞きたいことを聞いてこようかな」

 二人の視察が悪かったわけじゃない。ただ『審神者』として本丸維持について知りたいことが幾つかあったから、それを確認させてもらうことにした。


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