小説
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 そうこうしている間に一時間が経ったので、念のため本丸から先ほどの本丸に連絡を入れ、了承を得てから加州が綺麗にラッピングしてくれた花を持って赴いた。

「こんにちは〜」
「ああ、審神者殿。先ほどは失礼いたしました」
「本当にごめんね、折角来てくれたのに追い返すような真似しちゃって」
「いえいえ。お気にならずに」

 ゲートを潜り、再度訪れた本丸で出迎えてくれたのは一期一振と燭台切だった。その顔はやっぱり疲れて見えるけど、先程よりは顔色がよく見える。
 そんな彼らに「これ、よかったら」と言って花束を差し出せば、二人揃って目を丸くして固まった。

「え……こ、これは……?」
「お詫びの印、的なやつです。さっきは武田さんが連絡を入れていると思って、こちらからお伺いする旨を伝えていませんでしたから。結果的に皆さんを急かしてしまって申し訳なかったな、と思いまして。あとはお花を見て少しでも癒されて欲しいなぁ。と」
「言っとくけど、それ、うちで育ててる花だから。感謝してよね」

 加州の追加攻撃に二人はハッとしたあと、何故か感動した面持ちで花束を受け取ってくれた。

「本丸でお花を育ててるなんて……! ありがとう! 絶対に大事にするよ!」
「何と可憐な……! この本丸では得られない癒しをありがとうございます、審神者殿。私の名に懸けて、この花を最後まで護り抜くと誓いましょう」
「いや大袈裟!!」

 一期一振の大袈裟すぎる反応に思わずツッコミをいれてしまったが、二人は気にしていないのか口々に「綺麗だ」「美しい」「いい香りがする」「素敵だ」と褒めてくる。ありがたいけどそれ育てたの私じゃないんだよなぁ……。
 でも訂正出来る雰囲気でもないし、控えていた皆にはジェスチャーで「手柄を横取りしてごめん」と伝えれば「気にするな」と首を振られた。
 本当に優しい神様たちだ。

「あ、こんな場所でいつまでも立たせちゃってごめんね。客室がないから、大広間にお通しするね」
「弟たちには騒がぬよう伝えておりますので、どうかご安心ください」
「ご丁寧にありがとうございます」

 燭台切と一期一振に案内され、本丸内へと足を踏み入れる。ゲートを潜った時に気付いたけど、一時間前の強烈な刺激臭は鳴りを潜めている。逆に人工的なハーブの香りがするから、消臭スプレーでも振ったんだろうな。勿論タバコやお酒の匂いに比べたら断然マシなので文句は言わないけど。

 そんなことを考えつつ大広間に通されると、そこには我が本丸の三倍近くの刀が座して待っていた。

「おっふ」

 あまりにも見慣れない光景に面布の奥で小さく呻く。一応他所の、しかも政府務めの審神者の本丸に赴くということでパンツスタイルのオフィスカジュアルを選んでおいてよかった。これでTシャツ&ジーンズだったら居た堪れなさがすごかったぞ。
 内心冷や汗を掻いていると、この本丸の初期刀だろう。蜂須賀虎徹が近付いてくる。

「話しは二人から伺ったよ。うちの主が迷惑をかけたようだね。本当に申し訳ない」
「いえいえ。私も普段こうして人様の本丸にお邪魔することはないので、いい勉強になります。それにうちはこんなにも沢山の刀がいませんので……」

 うちも増えたのは増えたけど、政府勤めの審神者さんのように顕現可能な刀剣男士が全員いるわけじゃない。むしろ周囲の審神者たちと比べても少ない方だ。演練会場に行っても他の審神者たちとそう長々と話をすることはないし、百花さん達もまだここまで刀は揃えていない。だから日頃見ることのない刀剣男士について学ぶいい機会だと思っていたんだけど、何故か私の言葉を聞いた蜂須賀虎徹はギョッとしたように目を丸くした。

「君、もしかして新米なのかい?」
「いやー、一応三年は審神者してますけど、元々の霊力が少ないので……。顕現出来る刀が多くないんですよ」

 幾ら土地神である竜神様が守ってくれていても元々の霊力が増えたわけではない。鬼崎の本丸にいた刀たちから神気は分けてもらったけど、それも厳密に言えば『霊力』ではないからさ。元々備わっている霊力が減ることはあっても増えることはない。だから刀が増えないんだよね〜。なんて軽く笑い飛ばそうとしたのに、何故か深刻な表情をした刀たちに凝視されていた。

「それは……大丈夫なのか? 出陣や遠征は勿論だが、本丸の防衛や維持にも人手は必要だ。ちゃんと本丸は回せているかい?」
「はい。そこは大丈夫です。知人の本丸からよく助っ人が来てくれますし、うちもようやく三十五振りになったので! 前より全然余裕ありますよ!」

 前は二十四振りだったから一気に増えて最初はバタバタしたけど、今は色んな部分で余裕が持てるようになった。まあ厨当番たちは大変そうだけど、手が空いた刀は手伝うように言ってあるし、実際うちの刀たちは皆働き者だ。だから案外大丈夫だと自信を持って伝えたのに、何故か大広間にどよめきが広がった。

「たった三十五振りしかいないのか?!」
「うちは初期でも四十はいたのに……」
「審神者さん大丈夫?! 僕たちも手伝いに行こうか?!」
「うちの半分以下しかいないとは……。苦労しているんだろうね……」
「困ったことがあったら言いなさい。力になるから」
「わあ。とっても協力的」

 次から次へと刀たちから声をかけられ、正直どの声が誰だか分からない。あまりにも多くの刀に視線を向けられると結構緊張するもんだなぁ、と冷静な部分で考えていると、一緒に来てくれていた太刀二人がスッと前に出てきた。

「すまないが、うちは話した通り三十五振りしかいなくてな。これだけ多くの視線に晒されることに慣れていないんだ。少し抑えてくれると助かる」
「うむ。気遣いは有難いが、我らと違って主は見られることに慣れておらぬのでな。お手柔らかに頼む」
「鶴丸、三日月さん……」

 いつもは「過保護だなぁ」と呆れるところだけど、正直今は助かる。
 ほっとした私に気付いたのか、蜂須賀虎徹も「すまなかった」と謝罪して座るよう促してくれた。

「えー、それでは改めてご挨拶を申し上げます。本日限りではありますが、皆さんの本丸を預かることになりました。審神者の水野と申します」

 三つ指揃えて頭を下げ、数秒してから面を上げる。そうして『何故代理で来ることになったのか』という説明をすれば、刀たちは揃って「あの主は……」と天を仰いだ。

「まあ、遅くまで酒盛りしていた我々も悪いんだが……」
「あー、そういや便所に行く際武田に引っ張られていく姿を見たな」
「いつものことだと思って適当に流してたぜ」
「あ。そういや俺電話受け取った気がする。でも半分寝てたからなぁ。夢かと思ってたんだよ。アレ現実だったのか」
「御手杵、貴様ー!」
「悪かったてぇ」

 どうやら武田さんはちゃんと連絡を入れていたらしい。でもそれをとったのが御手杵だったらしく、寝ぼけていた彼は夢現に話を聞いてそのまま忘れていたらしい。
 それなら伝達が上手くいってなくて当然だ。現に長谷部と山姥切長義が御手杵に詰め寄っている。何となくだけど、あの二人が本丸を支えているんだろうな。

「と言っても私からは特に指示することはありません。皆さんの主でもないですし、あくまでも『監視役』みたいなものです。出陣や遠征などの各種業務についてはいつも通り行ってください」

 そんなわけで私も簡単な書類仕事と入力業務はこちらで行おうとタブレットとかを持って来ているのだが、ここである刀が「はい!」と挙手をする。

「審神者さんは人妻ですか?!」
「こら、包丁! やめなさい!」

 元気よく手を上げたのは、我が本丸にはいない『包丁藤四郎』だ。話には聞いていたけど本当に『人妻』が好きなんだなぁ。質問内容がアレなだけにどこか遠い目をしそうになったが、グッと堪えて頷く。

「そ、うですね。夫はおります」
「ぃやったー!! そうだと思ったんだよ! 人妻的な匂いがするから!」

 人妻的匂いって何?! 心底突っ込みたかったのを拳を握ることで耐えていると、隣に座していた小夜が気遣うような視線を向けてきた。
 うう……ありがとう、小夜くん。流石私の懐刀。

「なんだぁ。それじゃあ主に春が来た、ってことじゃないのかぁ」
「当たり前だろ。うちのにあの審神者殿はもったいねえや」
「はいはい。仕事に関する質問がないなら各自業務に移るよ! ほら、散った散った」

 蜂須賀虎徹がパンパンと手を叩き、グルリと刀たちを見渡してから指示を出す。その姿に「流石初期刀」と感動しつつ、出て行く刀たちの背中を見送った。

「さて。それじゃあ審神者殿は――」
「あ、すみませんが机って貸してもらえますか? 流石に膝の上でタブレット操作をするのはお行儀がよろしくないので……」

 刀たちが広間を出て行く姿を見送った後、振り向いた蜂須賀にお願いしてみる。書類やデータを移したUSBは鞄に入れてきたけど、流石に作業机を持ってくるわけにはいかなかったからさ。
 だけどここで仕事をするとは思わなかったのだろう。蜂須賀はギョッと目を丸くした。

「え?! 仕事をするのかい?! ここで?」
「あ。お邪魔でしたら自分の本丸に帰りますので!」
「いや! そうではなくて! 自主的に仕事をするとは思っていなくて……」

 『自主的に仕事をする審神者なんていない』と思わしめてしまうほどここの審神者さんってぐうたらだったの?
 一体どこからどう突っ込めばいいのか分からず、というか突っ込んでいいのかも分からなかったためグッと言葉を飲み込んでいると、後ろにいた加州が「あのさ」と声を上げる。

「お宅の審神者がどういう人かは知らないけど、うちの主は真面目なの。皆が仕事してるなか一人で呑気に遊んでいられない繊細な人だから、あんまり驚かないでよね」
「や、流石にそれは言い過ぎだよ」
「大丈夫だって。こういうのはちょっと盛るぐらいでちょうどいいんだから」

 慌てて加州に突っ込むも、小声で補足され呆れてしまう。確かに人を説得する時には多少話を盛る方が効果的ではあるけれど、いうほど繊細ではないというかむしろ逆な気がする。
 だけど蜂須賀は真に受けたらしく、「すぐに用意するよ」と言って大広間を出て行った。

「はあ……。なんだか色んな意味で大袈裟だなぁ」
「まあまあ。これで少しは落ち着いて仕事が出来るでしょ」
「うむ。特に危険な感じもしないからな。肩の力を抜いても大丈夫だろう」
「よっし! それじゃあ主の邪魔にならないよう、俺たちは本丸内を色々と見てこようじゃないか」
「賛成です! 畑とか馬小屋とか、他の本丸を見て勉強する必要がありますよね! ってことで主、俺と鶴丸さんは見学兼見回りに行ってきます!」
「いいけど、あんまり羽目を外さないようにね?」
「分かってるって」
「任せてください!」

 若干の不安は残るものの、それでもここの刀たちが真面目に仕事をしているのか、どういう風に仕事を行っているのかの確認を鶴丸と鯰尾に任せることにする。小夜と加州は引き続きこちらの手伝いをしてくれるというので、自動的に私の護衛役は三日月となった。

「三日月さんもよろしくお願いしますね」
「うむ。雑務は手伝えぬが、護衛なら任せてくれ」

 基本的に三日月は書類仕事が得意ではない。出来なくはないけど、意外と大雑把なところがあるのだ。そういう意味では根が真面目でキッチリしている加州の方が近侍補佐には向いている。
 そんなわけで小夜と加州にもこの後の段取りについて話していると、文机を持った蜂須賀が戻ってきた。

「お待たせしたね」
「いえ、持って来ていただいてすみません。助かります」
「いやいや。この程度はしないとね」

 目の前に置いてもらった文机は使い込まれている感じがしない。恐らく予備の備品として置いていたのだろう。
 お礼を言ってからタブレットを置き、鞄から書類を取り出し「さあ始めるか!」と袖を少し捲ったところで、何故か机と書類を手にしたへし切長谷部と山姥切長義がやってきた。

「あれ? どうしました?」
「いや、どうせなら僕たちもここで一緒に作業をしようかと思ってね」
「ええ。監視役として来られたというので、しっかりと我々の働きを見て頂こうと思いまして」

 目の下に隈を作っているあたりものすごく疲れているだろうに、二人は持ってきた机を畳の上に置くと早速書類を手に取る。
 正直そこまで事細かにチェックする気はないんだけど、どちらも真面目な刀だからなぁ。さぼってる、とまでは言われなくても「二人の姿は見ていないのでわかりません」と言われたら困るんだろう。そりゃあ誰だって苦労しているのに評価されなかったらイヤだよね。分かる。

「俺は自分の業務に戻るとするよ。今日は厨当番だから、何かあれば呼んで欲しい」
「はい。ありがとうございます。それじゃあ私たちも始めようか」
「はい」
「おっけー。まっかせて」

 蜂須賀は厨に行くというのでそれを見送る。どうやら厨の位置はうちとは違うらしく、大広間から少し離れているんだとか。
 うちは大広間の横手に厨があるから運び出しが楽だけど、離れていると旅館みたいに膳を重ねて移動するんだろうか。それはそれで大変そうだ。でも刀が増えればそれだけ厨も大きくなければ回らない。そういう意味では厨房が別にあるのは頷ける。

 って、こんなことばかり考えてはいられない。それに場所が変わったところでやることは変わらないしね。同じ業務を毎日繰り返すのは苦手だ、って人もいるとは思うけど、私は苦にならないタイプだ。むしろ毎回変な出来事に巻き込まれている分、”変わらない日常”みたいな感じがしてありがたい。
 言うてそんな難しいわけでもないし。出陣・演練に出た皆からそれぞれ報告書を受け取り、それを纏めて以前と変化がないか確認する。もし異常が起きた場合や、過去になかった現象が発見された場合はすぐに政府へと報告をしなければいけない。だけどそういうことは殆どないから、うちでは『皆がどういう風に過ごしていたか』に重きを置いて報告書を読んでいる。

 ほら、刀によっては『因縁がある』とか『思い出がある』場所ってどうしてもあるからさ。そういうところだと変に肩に力が入ってしまう時もあれば、精神がそっちに引っ張られちゃっていつもと同じ実力を出せない、なんてことも考えられる。
 だから隊長には戦術的なものを任せ、副隊長にはメンバーの様子を見てもらうようにしている。勿論隊長もそれぞれ気にしてはくれているけどね。それでも全体を見回す補佐的な役割は副隊長の仕事だ。そういう意味ではとても大事なポジションなので、意外と報告書をまめに書いてくれるメンバーを宛がっている。

「後藤くん、昨日は大活躍だったみたいだね」
「らしいね。練度も上がってきたし、思うように体が動いて楽しいんじゃない?」
「そうだね〜。他の皆と早く肩を並べたい、って前に言ってたもんね。大きな怪我がなくてよかったよ」

 昨日は短刀を主軸に編成を組み、出陣させていた。結果として誉は乱が取ってきたんだけど、最近加入した後藤藤四郎くんも結構いい動きをしたみたいだ。本人も戻ってきた時「誉は逃したけど、手ごたえはあったぜ!」って笑ってたから、これからの活躍が楽しみだ。

「ただ検非違使と遭遇すると不味いから、また暫くの間は新しく加わった刀たちで出陣してもらった方がいいよね」
「そうですね。あまりにも練度に差があると折れる危険性があります。幾らお守りがあるとはいえ、用心するのは大事かと」
「俺もそう思う。あいつらいつ出てくるか分からないし。昨日は運がよかっただけだとも言えるから、油断しない方がいいよ」

 提出された報告書の内容を確認し、過去のデータと見比べて異常や異変がないことを確認する。
 それが終われば今度は演練の報告書に目を通す。こっちは検非違使とかも出ないし、あくまでも戦闘訓練だから気を揉むようなことは起きないはずだ。まあ、時々変な審神者に絡まれたり、喧嘩し始めた刀剣男士の仲裁をしたりとかはあるみたいだけど。昨日は特に騒ぎもなく恙なく終わったみたいだ。

「うーん……。やっぱりうちにいない刀が相手だと不利だよねぇ」
「うむ? 何か問題でもあったか?」
「いや、演練組の報告書読んでたんだけどさ、うちでは手合わせしたことがない刀が相手でも、向こうは自分の本丸に同じ刀がいるわけじゃん? だから手の内を読まれているようでやりづらい、ってことはあるのかなぁ。と思って」

 三日月に説明しつつ、自分なら不利に感じる現象だよなぁ。と思ってしまう。
 幾ら増えたと言っても三十五振り。現在顕現可能な刀剣男士は既に三桁に上っており、多くの本丸では相当数の刀が顕現されている。うちみたいに霊力が少なく、刀の所持数も少ない本丸の方が割合的に見て少ないのだ。というかうちより更に少ない人数で回している、というか回さなければならない本丸もあるから、贅沢な悩みなのかもしれないけど。

「まーねぇ。それはしょうがないんじゃない? でも百花さんや夢前さんとこのが手合わせに来てくれるから、いうほど苦労はしてないよ?」
「はい。それに、合戦とは基本的に相手の手の内を知らない状態で行うものですから。逆に知らない方が緊張感があっていいと思います」
「そう言ってもらえると助かるよ」

 加州と小夜のフォローに感謝していると、三日月も「うむうむ」と頷く。

「元より遊びで自身を握る刀などおらぬよ。だからそなたは気にせず待っていればよい」
「はい。ありがとうございます」

 三日月の言う通りだ。幾ら『演練』とはいえ戦は戦。自身を振るい、刃を交わすのに軽い気持ちで臨む刀はきっといない。断言出来ないのはうちにいない刀については知らないことが多いからだ。幾ら他の本丸に顔を出したり、刀を保護しても自分が直接、時間をかけてコミュニケーションを取るわけじゃないからしょうがない。
 ここは皆を信じて本丸で大人しく、今まで通り過ごすのが一番だ。

 ……あとは私の霊力との相性と運によるかなぁ……。
 一応保護した刀が自分から契約してくれる分には問題ないみたいだけど、新しく手にするには色々と条件が厳しいみたいだから……。

「それはそうと、はい。こっちの計算終わったよ」
「わ! ありがとう〜! すごく助かる!」

 経理関係の処理が苦手な自分に代わり、加州が必要経費を纏めてくれる。加州以外にも簿記検定を持っているのは陸奥守、長谷部、宗三、の三振りだが、最近巴形と物吉も勉強してくれている。おかげで本当に楽になった。
 心から感謝しつつ帳簿を受け取ると、不意に視線を感じて顔を上げる。すると長谷部と山姥切長義がどこか唖然とした顔でこちらを見ていた。

「もしや……それは経理関係の書類、ですか?」
「え? あ、はい。そうですけど……」
「加州清光。君、簿記が出来るのか?」
「まぁね。主のためなら何でもするから。俺」

 胸を張る加州に、二人は目を丸くした後「羨ましい」と呟く。

「何故同じ加州清光なのにうちのは事務処理が苦手なんだ……!」
「そろばんだと爪が欠けるからイヤだと拒否され、電卓を渡せば「自分の仕事は主の世話と戦だ」と逃げるうちの加州清光とは雲泥の差だな……」
「わ、わあ……」

 基本的に刀剣男士の性格や性能、考え方はどこの本丸でも皆同じだ。それでも審神者の影響を大なり小なり受けるため、差異は生じる。そのうちの一つが『事務処理能力』であることは割と有名な話だ。

 うちは刀を保護したり、次の本丸に斡旋したり、他にも細々とした政府の業務を担っているから報告書を始めとした事務処理を怠ることはない。時折”抜け”が生じる時はあるけど、指摘すればすぐにやり直す。真面目な刀たちばかりだ。
 流石に新しく契約した刀たちはうちみたいにマメに報告書を書いたことがなかったから戸惑ったみたいだけど、皆が教えてくれたおかげで最近は慣れてきたように感じる。
 実際、物吉や数珠丸は「改めて字に起こすと冷静に分析出来て良いですね」と言ってくれた。
 他の皆もそれが分かっているのだろう。だからこそ事細かに、覚えていることはちゃんと明記して報告してくれる。情報を共有するのは大切だからね。皆も理解しているからこそ手を抜かずにやってくれているのだろう。

 そして『報告書』以外でも手を貸してくれるのがうちの刀たちなのだが、どうやらこの本丸では違うようだ。

「えっと……それはお二人が優秀だから頼っている、ということでしょうか?」
「頼る? フッ、そんなお綺麗なものじゃあないですよ」
「ああ。あれは単に面倒ごとを押し付けているだけだ」
「な、なるほど……」

 武田さんも言っていたけど、やっぱり経理関係はどこの本丸もミスや漏れが多いらしい。勿論問題なくオールクリア出来る本丸もあるけど、大概は慌ただしくやるせいか間違いが多く、突き返すことが殆どで経理課は毎月大変だと聞いた。特に刀が増えればそれだけ経費はかさむ。
 うちでさえ十振り増えただけで扱う桁が増えたのだから、三桁もいれば相当だろう。毎日の帳簿管理を欠かせばどうなるか……。考えただけでゾッとする。

「事務仕事はいつもお二人だけでなさっているんですか?」
「いや、普段は博多藤四郎や松井江もいる。だが今日は出陣と遠征に組み込まれていてね……。当番制とはいえ、抜けられると辛いものがある」
「なるほど。経理や事務処理のお手伝いをしてくれる人が少ないと大変ですよね」

 うちは小夜と陸奥守が交代で近侍を行っているから、小夜が当番の時は宗三がよく手伝いに来てくれる。陸奥守の時は長谷部かな。別に交互に来てるわけじゃないから割合そう感じるだけで、陸奥守の時でも宗三は手伝いに来てくれるし、小夜の時でも長谷部は来る。二人が何かしらの当番でいない時は今日みたいに加州が来てくれるし、最近では『お勉強』という体で巴形や物吉も手伝ってくれるようになった。
 そう考えたらうちはかなり恵まれてるなぁ。

「松井江さん以外にはいらっしゃらないんですか? 巴形薙刀さんとか……」
「ああ……。あいつは主の身の回りの世話をするだけで、事務仕事はサッパリだ」
「主のためなら何でもする、みたいな体でいるけど、実際は金勘定はてんでダメでね。『主が必要としているのなら削減する必要などないだろう』と素で言う奴なんだよ」
「おっふ……。それはそれでまた……」

 確かにお金を湯水のように使えたらいいけど、実際のところ『予算』というものはある。それに節約できる部分はした方がいい。いざという時に「お金がない!」は辛いからね。そういう意味ではうちは赤字ではない。お酒を嗜む刀が少ないおかげだろう。
 まあこれは半分位以上私のせいなんだけど。それはそれ。私がいない時は酒盛りしているみたいだから、完全に禁止しているわけじゃない。それに今は日本号もいるから、酒代はちゃんと確保している。

「そもそも、俺からしてみれば加州清光と小夜左文字が書類仕事をしているだけで驚きなんだが。君のところでは二人が補佐役なのかい?」
「厳密に言えばちょっと違いますね。うちは初期刀の陸奥守と、ここにいる小夜が週替わりで近侍を務めてくれているんです。その補佐として他の刀も手伝ってくれるんですが、今日は加州だったんですよ」
「そういうこと。因みにうちは補佐役いっぱいいるから。経理担当は俺と長谷部と宗三で、その補佐っていうか、食費関連で必要な経費は燭台切と歌仙と堀川が計算してる感じ。備品とかは前田と平野が管理してくれてるかな。で、今度試験に合格したら巴形と物吉も加わるから、結構手厚い方かもね」

 私と加州の話を聞き、ギョッとした顔をしたのは山姥切長義だけでなく、長谷部もだった。

「はあ?! 宗三って、あの『宗三左文字』ですか?!」
「はい。うちは小夜が近侍を務めているので、小夜の負担を減らそうとよく手伝いに来てくれるんです」
「嘘だろ?! あの『侍ることが仕事です』みたいな自称『籠の鳥』が?! 自主的に手伝いに来るというのか?!」

 正直この反応は頷ける。確かに宗三って「事務仕事? 僕にやらせるつもりですか?」みたいなこと言いそうなタイプに見えるよね。というか実際武田さんのところはそうだし。
 でもうちは小夜が近侍を務めているからか、二人で必死に計算している姿を見かねた彼が自分から手伝いを申し出てくれたのが切っ掛けだ。今では高速でそろばんを弾いて処理をしてくれる頼もしい存在である。

「うちには博多藤四郎も松井江もいませんから。少ない刀で回そうとした結果、皆が手伝ってくれるようになったんです」

 勿論事務処理が苦手な刀はいる。和泉守とか同田貫は「経理? さっぱり分かんねえ」と言うタイプだ。だけどその分和泉守は本丸内の清掃や短刀たちの面倒を見てくれているし、同田貫は離れの刀たちの様子を見てくれている。
 皆それぞれ自分が出来る範囲で最大限補佐してくれているのだ。これについては本当にありがたいなぁ。と思っている。

「皆とっても働き者なんで、私としてもすごく助かっているんです。むしろ自分が一番何もしていないみたいで申し訳ないぐらいです」

 幾らさぼらず事務処理を行っているとしても、審神者がやることなんて鍛刀と手入れが主なもので、それ以外は皆刀たちが行っている。畑も庭園も馬小屋を含めた本丸内の清掃も。食事だって彼らが自分たちで作っているのを食べさせてもらっている身だ。本当贅沢だよ。
 面布の奥で苦笑いしていると、長谷部と山姥切長義は暫く固まった後、ゆっくりと頭を抱えたり机に突っ伏した。

「う、羨ましい……!」
「これが『人徳』というものか……!」
「えっと……?」


 どう反応していいか分からず戸惑っていると、カタカタと電卓を打っていた加州が「はい」ともう一枚書類を仕上げてくれた。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして。ま、そっちはそっちで大変なのは分かったよ。それだけ書類溜められてたら流石に文句の一つも言いたくなる気持ちは分かるし。でも後で大変なことになるって分かってるなら普段からちゃんとやればいいじゃん。ていうか、ちゃんと主に相談すればいいじゃん。やってくれ、って」

 加州が呆れたように提案するが、二人は「それが通じれば苦労しない」とどんよりとした目を向けてくる。

「君たちは知らないからそんなことが言えるんだ……! うちの主がどれだけダメな人間か……!」
「山姥切長義! 幾らなんでも『ダメ人間』は言い過ぎだ! 主はちょっとのんびり屋さんで危機管理能力が低く、ぼーっとした時間を確保しないと生きていけないだけだ!」
「君がそうやって意味もなく曖昧に甘ったるく庇うから余計に怠惰な人間になるんだろう! 三日も風呂に入ろうとしない男を甘やかそうとするな!」
「は?! 三日?!」
「あなや。それは流石に驚いた」

 これには私だけでなく加州と三日月も反応する。小夜だけは「まあ……お風呂嫌いな方もいますよね……」と大らかに受け取っていた。でも熱もないのに何日もお風呂に入らないのはちょっと……。いやでも水アレルギーとかかもしれないし、汗拭きシートでどうにかなるタイプなのかもしれない。だからあまり重く受け止めないように、と言い聞かせていたのだが。

「酒と煙草だけで生きようとする不健康人間なんだよ、うちの主は」
「酒はともかく煙草は確かに控えて欲しいが……。そもそも主は器用に色々と出来る方ではないのだ。俺も甘やかしているのではなく補佐しているだけだ」
「どの口が言っているんだか。だったら燭台切のように引きずってでもお風呂に入れてくれよ、まったく……」

 一期一振から『生活能力が低い』という話は聞いていたけど、本当にどんな人が審神者なんだろうか。
 会いたいような会いたくないような不思議な気持ちでいると、廊下の向こうから一期一振が「あの」と声をかけてくる。

「はい? どうかしましたか?」
「審神者殿。キリがいいところで一度休憩にいたしませんか?」
「あ。そういえば結構時間経ってますね」

 色々話しながらだったけど、ここに来てから二時間ほど経っている。もうすぐお昼だし一回本丸に戻ろうか。と思っていたところで、一期一振の奥から更に二振りの刀――燭台切光忠と小豆長光が顔を出した。

「素敵な花束を貰ったからね! お礼に作ってみたんだ」
「審神者どのにたべてもらいたく、つくってみた」
「え゛」

 思わず濁った声を出してしまったのは何も私だけではない。うちの刀だけでなく、長谷部と山姥切長義も固まっている。
 それほどまでに大きなインパクトを与えたのは、彼らが二人で持つお盆に乗せられた『巨大パフェ』のせいだった。

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