小説
- ナノ -




 今回のお話は水野が見知らぬ人の本丸にお手伝い(?)に行く話です。特に事件性とかはない、日常系のお話となります。
 無駄に長いので、お時間がある時にでもお付き合い頂けたら嬉しいです。




 私は今、巨大パフェの前に座っています。
 いや、違うな。私の前に巨大パフェが置かれています。が正しい文法だ。
 それすら分からなくなるほど混乱しているんだなぁ。と冷静に思う反面、混乱するのも当然だろうが! と勢いよく突っ込む自分もいる。それほどまでに今の状況はおかしかった。

「えーっと……い、いただきます」

 それでも辛うじてそう言えた当たり、やっぱり踏んだ場数っていうのはバカに出来ないものだなぁ、と思った。


『出張! 水野本丸』


 事の発端は数時間前に遡る。
 今日も朝からいつもと変わらぬ一日を過ごすべく、メールチェックを始めた時だった。

「んお? 武田さんからメールが来てる。何だろう」

 メールが来ること自体はおかしなことではないんだけど、武田さんとは基本的にスマホのメッセージや通話でやり取りをすることが多いから、タブレットの方に送られてくるのは珍しい。
 勿論ゼロとは言わない。武田さんが社内のパソコンからメールを送ってくる時は大体タブレット宛にくるからね。これは本人から直接聞いたことだから間違いない。
 ただ武田さんは外回り営業みたいに色んな審神者のところに顔を出すから、あんまり役所内にいないんだと。だから基本はスマホでやり取りする。
 つまるところ今日は役所にいるんだなぁ。と軽く考えつつ、メールをクリックして内容を確認したのだが。

「……ん? これ、絶対宛先間違えてるな」

 一時間ほど前に送信されてきていたメールには『緊急会議が開かれるから送れずに出社しろよ』という注意書きと共に会議室の場所や時間などが明記されている。
 のんびり朝ごはん食べてたせいで気付くのが遅くなってしまったけど、幸い会議開始までには時間がある。だからスマホを手に取り電話をかければ、数コール後に電話が繋がった。

『おう。水野さんか。どうした?』
「おはようございます。えっとですね、多分なんですけど、武田さんメール間違えて送ってないかな、と思いまして」
『は?』

 訝しむ声を上げた武田さんに送られてきたメールの詳細を話すと、すぐに謝罪された。

『悪い! 送ろうとしていた奴のアドレスがが水野さんの一つ上にあってな。間違えて水野さんのをクリックして、気付かねえまま送っちまったみてえだ』
「あ〜、メールあるあるですよね。分かります。大丈夫ですよ、このまま削除しますんで」
『悪いな。助かったぜ』

 と、この時はそのまま話は終わったのだが。
 その数十分後、衝撃の電話を受け取ることになる。

「は? 私が別の本丸の指揮を執るんですか?」
『いや、そこまで大層なことじゃねえんだ。ただなぁ、今朝水野さんに間違えてメール送っただろ? そいつがうちのエンジニアでな。一応霊力があるから審神者も兼任させてんだが、如何せんあらゆることがダメダメな奴でな。緊急会議にも遅れそうだから引っ張りに行ったら、刀共に何の説明もしてなけりゃ指示も出してねえと来たもんだ。普段なら俺か柊が代わりにやるんだが、もう時間がなくてよ。悪いが適当に面倒見てやって欲しいんだ』
「えぇ……。そんなことしていいんですか?」

 私は政府からお給金を貰っているから一応『審神者』が正式な職業になっているけど、学生の身分で審神者業をやっている人も大勢いる。それこそ百花さんや夢前さんがそうだしね。
 他にも警官や自衛官、消防士と兼任している人もいるし、お師匠様みたいに神主さんや、その他神職に携わっている人もいる。
 だから政府に属するエンジニアが審神者をしていてもおかしくはないんだけど、刀たちの面倒を他人が見なきゃいけないほどヤバイ本丸ってあるものなのか?
 ていうか刀たちだって子供じゃないんだから自分のことは自分で面倒見られるし、仕事だって出来るはずだ。

 と、そこまで考えてから「あ。でも手入れが出来ないのか」と気が付いた。

 会議がどれだけ長引くのか分からないけど、そんな一日二日不在になるわけでもないだろうに。
 わざわざ私が指揮を執りに行く必要があるのか。
 疑問を抱いていると、武田さんが疲労感がたっぷり滲んだ溜息を零した。

『本当にすまねえな。ただまぁ、刀ってのは審神者に似るところがあるだろ? こいつの刀共もまあ大概やる気がねえ奴らでな。隙ありゃさぼろうとするんだよ』
「あ〜……」

 中には真面目な刀もいるだろうが、大勢の刀が自由気ままに行動すれば追いつかないのは明白だ。
 だから『監督官』として他所の審神者が来れば体面を気にして少しはマシになるんじゃないか、ということだった。

『それに水野さんは土地神の気を持ってるからな。奴らも水野さんの言うことなら聞くだろ』
「そうですかねえ?」
『勿論今回の分については手当てがつくよう手を回すからよ。悪いが少しの間だけ頼まれてくれないか?』

 別にお金が欲しくて渋っていたわけじゃないけど、ここまで言われたらイヤとは言えない。
 それに仕事をさぼるのは社会人としてやっぱりちょっと「ダメでしょ」という気持ちにもなるからね。あとなんか、そういう自堕落に過ごす刀たちは見たくないなぁ。という気持ちもあるので、今回の『特別出張』を引き受けることにした。

 ただお相手の本丸に向かう前に、本日非番――もしくは清掃や内番で残っていた刀たちに声をかけることにした。ほら、今まで何度も油断して変な目に合ってるからさ。ここで性懲りもなく黙って出て行ったら叱られてしまう。
 手始めに本日近侍であった小夜くんと、近侍補佐役の加州に事情を説明し、一緒について来てもらうことにする。

「主がいいなら僕はいいけど……」
「確かに手入れは審神者じゃないと出来ないけどさぁ〜、いい歳して誰かに監視されないとやる気出さないってどうなの? 同じ刀剣男士として恥ずかしいんだけど」
「まあまあ。神様だって休みたかったり、ぐーたらしたい日があってもいいと思うよ」

 根っこが真面目な加州だからこそのお小言に苦笑いし、部屋を出て大広間に差し掛かろうとしたところで、縁側に座っていたおじいちゃん太刀と遭遇する。

「お。主じゃないか。どこへ行くんだ?」
「鶴丸、三日月さん。うん。ちょっと用事が出来てね。二人は休憩中?」
「うむ。先日鶴丸の助太刀をした礼にな、大福を献上された故、一息ついていたのだ」
「おいおい、ばらすなよ。情けないだろ?」

 どうやら鶴丸は先日の出陣時に三日月に助けられたらしい。そのお礼にこっそり甘味を渡したものの、こうして目撃されてしまったと。でも縁側で食しているあたり隠す気なかったんじゃね? と思ってしまう。
 それでも二人のアレコレには首を突っ込まず、武田さんからお願いされた内容を伝えれば案の定二人も「ついて行く」と口にした。

「折角の非番なんだから、休んでていいよ?」
「いいや。君に何かあったら後悔するからな。だったら初めから一緒にいた方がいい」
「鶴丸の言う通りだ。それに戦力は多い方が主も心強いであろう?」
「それはそうだけど」

 結局四振りを連れて行くことになり、なんだか相手方に申し訳ないなぁ。と思いながらゲートを操作している時だった。何かが勢いよく駆けつけてくるのが視界の端に移り、咄嗟に目を向ける。

「あーるーじー! どこ行くのー!?」
「鯰尾?!」

 バタバタと駆け付けてきたのは、本日庭掃除を担当していた鯰尾だった。だがその手に箒はない。片付けた後なのかサボっていたのか。定かではないが、特に散らかってはいないからきっと掃除はしたのだろう。
 こちらとしても「やることやってるならそれでよし」だ。出かける理由を秘密にすることもないし、ざっくりと説明をすれば「自分も行く!」と挙手してきた。

「ええ? 鯰尾まで?」
「あったりまえじゃん! だってもし室内で戦うことになったら脇差は必要でしょ!」
「それはそうだけど、主の懐刀である小夜と俺もいるから室内戦になっても問題ないと思うんだけど?」
「いやいやいや! 戦力は多いに越したことにないでしょ! ね、主!」

 色んな意味でやる気満々な鯰尾に苦笑いするが、確かに戦力は多い方が安心する。勿論政府の人が審神者をしているのだから敵対視されることはないとは思うけど、念には念を、だ。
 だって前に万事屋で買い物した帰りに他所の本丸にうっかり足踏み入れたこともあるしね。ゲートが誤作動を起こさないとも言えないから、過剰防衛に見えるかもしれないけど鯰尾の提案は有難かった。

「どうせ行くんだから、普段どんな刀で隊列を組んでるのかとか、戦術や練習内容なんかも聞けたらいいね」
「も〜、主ってば本当に真面目なんだから」

 呆れたような顔をする加州に苦笑いを浮かべつつ、座標を打ち込んだゲートを潜り抜ける。そうして一瞬の浮遊感の後辿り着いた本丸を見上げ――思わず咳き込んだ。

「ゲホゲホっ! タバコ臭っ!」
「うっわ、タバコもそうだけど、お酒の匂いもするよね。ていうか全体的に男臭い」
「確かに……これはちょっと……」

 ゲートを潜り抜け、視界がクリアになった途端鼻腔を刺激したのは強烈なヤニ臭さだった。そのうえ前日に盛大な酒盛りでもしたのかアルコールの匂いも残っており、全体的にキツイ。
 ハンカチを取り出すのが間に合わず袖に口元を当てていると、すかさずお香の匂いがする白い上着が掛けられた。

「主、気休めにしかならんだろうがコレを着ていろ。少しはマシになるだろ」
「ありがとう、鶴丸」

 何だかんだ言ってうちの刀たちは身だしなみには気を遣っているから、よく部屋で香を焚いている。鶴丸もその一人だ。だから必然的に上着にも匂いが移っているのだろう。
 白檀だろうか。優しく落ち着く香りにホッとしていると、来訪者に気付いたらしい。本丸の正面玄関が開いた。

「どちら様でしょうか?」
「あ、突然お邪魔してすみません。私、審神者の水野と申します」

 出てきたのはちょっと疲れた顔をした一期一振だった。うちにはいない刀だけど、よく百花さんの一期一振が遊びに来てくれるから言葉を交わしたことはある。だけどこんなにもくたびれた、と言うと申し訳ないけど、一ヶ月間ぐらいずっと残業が続いている若手社員みたいな顔をした一期一振は珍しい。
 それでも動揺は出さないよう注意しながらこの本丸に訪れた理由を告げると、一期一振は「はああぁ……」と心底疲れたような顔で溜息を零してから片手で顔を覆った。

「うちの主が不甲斐ないばかりに……。まことに申し訳ない」
「いえいえ! 今回は急ぎの会議が入ったようでしたので、指示が出せなかったのは仕方ないかと」

 誰だって朝一に「緊急会議すっぞ!」と言われたらバタバタする。だから気にしないで欲しい、と手を振ったのだが、一期一振は「そうではありません」と力なく首を横に振る。

「情けない話ですが、主は驚くほど生活能力が低いのです」
「生活能力が低い」
「はい。ですので、今回に限らず政府役員の方々にもよく顔を出して頂いているのです。それなのに今回は面識もない審神者殿のお手まで煩わせてしまったとは……。はあ、本当に申し訳ない」

 恐縮しっぱなしの一期一振に「大丈夫ですから、気にしないでください」とフォローしていると、どうやらその声が聞こえたらしい。今度は目元に隈を作った長谷部と山姥切長義が顔を出してきた。

「一期一振、一体何をやって……」
「頼むからこれ以上面倒ごとは増やさないでくれよ……って、うん?」

 こちらの二人も残業、ではなく完徹が続いたような青い顔をしている。流石にうちの刀たちも哀れに思ったのか「うわぁ」と零す声が聞こえた。
 だけど件の二人は何故かこちらを見て固まったかと思うと、勢いよく一期一振の肩を掴んで引きずっていく。

「おい! どういうことだ一期一振! 何故我が本丸に女性が……!」
「来たのか?! 遂に来たのか?! 主に春が!」
「違います! 落ち着いてくだされ、お二人とも。彼女は主に代わって本丸の指揮を執りに下さった方で――……」

 本人たちはヒソヒソ話をしているつもりなのかもしれないが、距離がそこまで開いていないことと、意外と声量が抑えられていないから筒抜けである。
 それに気付かないぐらい追い詰められているのか、疲れているのかなー。なんて思いながら突っ立っていると、どこからか視線を感じる。一体どこからだろう、と首を巡らせれば、本丸の柱の陰からこちらを覗き見る目が六つ、縦に並んでいた。

「……めっちゃ見てるね」
「だなぁ」
「ですね」

 視線の正体は、縦に並んだ団子刀改め、上から小狐丸、鯰尾藤四郎、秋田藤四郎という何とも珍しい組み合わせだった。だけどその目は爛々と輝いており、興味津々なのが伺える。
 意外と刀たちって好奇心旺盛だよなぁ。と思いながらも会釈をすると、より一層表情を明るくした秋田藤四郎がブンブンと手を振ってくる。流石にこれを無視するわけにはいかず、面布の奥で苦笑いを浮かべながら手を振り返すと「うわー!」だか「ヒュー!」だか分らない歓声が上がった。
 君たちは男子高校生か。

 そしてその歓声に刺激されたのか、それとも目覚まし代わりになったのか。大広間の方から「う〜ん?」だの「頭痛ぇ……」だのと唸るような声が聞こえ、何人かの刀たちが這うようにして廊下に出てこちらを見てきた。

「こんな朝早くから一体誰が……」
「女だ! 女がいるぞ!」
「うそ?! あるじさんの彼女?!」
「ばっか! んなわけねえだろ! 大将に彼女がいたら絶対俺達に隠せるはずねえって!」
「ていうか俺たちの恰好やばくねえか?! 早く着替えるぞ!」
「ぎゃー! ちょっと薬研! それボクのなんだけど! 何で着てるの?!」

 ……何となくだけど、昨夜は酒盛りでもしていたんだろうな。それが分かるほど慌ただしく、本丸がにぎやかになっていく。
 ただこうなるならやっぱり事前に連絡を入れて来ればよかったなぁ。武田さんが「自分から連絡を入れておく」と言っていたから余計なことはしない方がいいかな、と思っていたんだけど……。と考えていると、勢いよく玄関扉が開かれた。

「ごめんね、審神者さん! すぐに本丸の中片付けるから!」
「え? あ、いや、その……」

 勢いよく飛び出してきたのはこの本丸の燭台切光忠だった。その髪はうちの光忠と比べたらちょっとだけボサっとしており、どことなくお肌の調子も悪そうに見える。更には眼帯で覆われていない方の目は若干充血しており、思わず「この本丸ブラックか?」と勘繰ってしまった。

「こんな格好悪い姿で出たくはなかったんだけど、まともに説明出来そうなのが僕しかいなさそうだったから……。一先ず一時間、いや! 三十分でどうにかするから!」
「あー……っと、じゃあ一時間後に改めてお伺いしても?」

 武田さんの言葉に甘えていた自分も悪い。だから一時間後に再度来訪する旨を伝えたら感謝された。
 というわけで一旦自分たちの本丸に戻ってきたわけだが――

「あ〜、花のいい香りがする〜」
「うむ。実に良き香りだな」
「癒されますね」
「本当それ。さっきのは流石に“なし”でしょ」

 タバコとお酒という、二つの強烈臭に鼻がバカになるかと思ったが、自分の本丸に戻ってきた途端庭園から漂ってくる花の香りに包まれほっとする。
 普段行き来する他所の本丸もあそこまで匂いが酷くないから油断してたわ。

「それにしても、一期一振たちは色々と大変そうだったね」
「ですね〜。一兄も心配だけど、俺としては審神者が男だと本丸ってあんな感じになるんだな、ってことに驚いたよ」
「新選組も男所帯だったから、ちょっと懐かしい感じではあったけどね」

 肩を竦めた鯰尾に続いた加州の感想に「なるほど」と頷き、鶴丸に借りていた上着を脱いで返す。

「ありがとう、鶴丸。少し楽になれたよ」
「そいつはよかった。しかしさっきの本丸は本当にすごい匂いだったな。鼻が曲がるとはああいう匂いのことを言うのか?」
「うむ。ただの刀の頃であれば何も感じなかったうえ、我が本丸は花の香りに包まれておるからな。俺もだいぶ衝撃を受けたぞ」

 鶴丸に続き三日月も顔を顰めている。よっぽど堪えたのだろう。実際三日月が言うように、我が本丸はあちこちに花が咲いている。それに私が酒が苦手なこともありアルコールの匂いはほとんどしない。煙草も吸わないからあのヤニ臭さにも慣れていないはずだ。煙草に関しては他の刀も同じなのか、それぞれが「二度と嗅ぎたくない」と苦言を呈した。

「うーん……。とりあえずまだ時間があるから、ちょっと庭園に行こうかな」
「お? どうして庭園に行くんだ?」
「大した理由じゃないよ。でも身だしなみにうるさい光忠があんな状態になってまで出てきてくれたんだよ? それに長谷部も山姥切長義も疲れてたみたいだし、少しでも癒されるならお花を贈るのもありかなぁ、と思って」

 栄養剤だと逆に「もっと働け」と言っているみたいでイヤだし、かと言って食材持っていくのもどうかと思うし。その点花は大きな負担にもならないだろうから、ちょっとしたお詫びと激励も兼ねて渡せると思うのだ。

「相変わらず主って気遣い屋さんだよねぇ」
「皆には負けるよ。それより、今日は庭園に誰かいたっけ?」
「確か伽羅坊がいたはずだぞ」
「江雪兄さまもいるから、きっと見繕ってくれるはずだよ」
「そっか。じゃあちょっと行ってくるわ」

 一時間もあるんだから皆も好きなことしててね、と言ったのに、何故か全員庭園について来てきた。なんでやねん! まあいいけどさ。

「大倶利伽羅〜! 江雪さーん!」
「おや……? 主、どうしたのですか?」
「何か用か」

 鶴丸と小夜が話していた通り、庭園には『隠しているわけでもないけどオープンにもしていない園芸男士』である大倶利伽羅と江雪がいた。大倶利伽羅は剪定鋏を持っているから、手入れをしてくれていたのだろう。忙しい二人に申し訳なく思いながらも「かくかくしかじかで」と話をすれば頷いてくれた。

「光忠を励ましたいのであれば、変に畏まるよりこの辺りを贈った方がいい」

 そう言って大倶利伽羅が案内してくれたのは、色とりどりのガーベラが咲いている場所だった。

「へえ〜。なんか以外。もっとバラとかが好きなのかな、と思ってたよ」
「薔薇は福島光忠のことがあるからな。違う花の方が喜ばれると思うぞ」

 福島光忠、と言えば燭台切光忠の兄貴分で、花が好きだという話を聞いたことがある。例の如く我が本丸にはいないので武田さんと柊さん情報なんだけどね。

「では、私はこちらを……。ガーベラほど華やかさはありませんが、小柄で癒されるかと……」
「わあ〜、ゼラニウムだ! 可愛い! ありがとう、江雪さん!」

 江雪が選んでくれたのはゼラニウムだ。こっちも色とりどり咲いており、その中でも元気のある、瑞々しいものを選んでくれた。
 それを手先が器用な加州が「ラッピングしてあげる!」と代わりに受け取ってくれる。実際自分にはラッピングするセンスはないから助かる。

「主」
「ん? なに?」

 ラッピングは加州に任せ、もう少し庭園を見て回ろうかと思っていた時だった。大倶利伽羅に呼び止められる。

「今日は東側に行くな。離れの奴らが来ている」
「あ……。分かった。教えてくれてありがとう」

 大倶利伽羅が報告してくれたように、離れには現在複数名の刀が滞在している。この間まで少なかったんだけど、最近刀を保護したからさ。
 彼らの気性はまだそこまで荒くはなっていないんだけど、人間に対する不信感は強いみたい。だから顔を合わせたらきっと刺激してしまう。そんなわけで忠告通り庭園の東側には行かず、西側を見て回ることにした。

「あ〜、やっぱり花はいいねぇ。見た目も綺麗で可愛いし、香りもいいし、癒されるよ」
「そうだな。無論、今までも『花は良い』と思っていたが、先程の本丸から帰ってきた後だとより一層感じ入るものがある」
「三日月の言う通りだ。自分たちで手入れをしているから思い入れがある、というのも理由の一つにはなるだろうが、こうして主と一緒に見て回ると癒されるぜ」
「あははっ。鶴丸ってば口が上手いんだから」

 相変わらず褒め上手な刀に笑っていると、隣を歩いていた小夜が嗜めるように「鶴丸さん」と声をかけていた。個人的にはあんまり「口説かれてる」って気にはならなかったけど、小夜的にはアウトみたいだ。鶴丸も両手を上げて降参のポーズを取っている。

「やれやれ。小夜坊はすっかり陸奥守の味方だな」
「僕は主の味方です。陸奥守さんを特別に贔屓しているわけじゃありません」
「ふむ、そうなのか?」
「はい。もし陸奥守さんが嫉妬した場合、主が気を揉むことになりますから。それを阻止したいだけです」
「なるほど。確かにそれは一理ある」
「皆大袈裟すぎん?」

 相変わらずな刀たちに「そこまで気を回さんでも」と思いつつ、折角だからと庭園から畑に向かって軽く皆と言葉を交わす。今日は百花さんの刀だけでなく夢前さんのところの刀たちも畑の手伝いに来てくれているからね。一回ぐらい顔出さないと失礼でしょ。
 因みにうちの本丸から宛がっている畑当番は数珠丸と鳴狐だ。無口コンビだけど、他の刀もいるから気まずくなることはないだろう。


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