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数珠丸恒次の愛称について



シリーズ三作目が終わり、新しい刀たちと正式な契約を終えた後の話。
『数珠丸恒次』の名前が噛まずに呼べない水野と、懐がデカすぎる数珠丸のお話。
ほのぼの。




 ようやくすべての事件が終わり、新たに加わった刀たちと契約を交わした翌日。早速壁にぶち当たっていた。

「数珠、は頑張れば言えるのに、どうして『じゅず、まる、つね、つぐ』がスマートに呼べないんだろう……」

 そう。新たに加わった天下五剣の一振りであり、我が本丸では初の青江派の太刀である『数珠丸恒次』の名前が綺麗に呼べない問題が浮上していた。

「数珠、は言えるんだよ、数珠、は……」
「おおの。そがぁに気に病まんでも数珠丸は気にせんと思うけんど」
「僕もそう思います。数珠丸さんはおおらかな方なので……」
「そうかもしれないけど! そうかもしれないけどさあ! やっぱり大事な名前だからちゃんと呼んであげたいじゃん!」

 名前というものは刀や人に限らず大事なものだ。
 幾ら彼らが『本科から枝分かれした分霊』なのだとしても、その名に刻まれた思いや記憶は共通だ。侮辱してはいけないし、敬意を払いたい。
 だけどどうにも噛んでしまうのだ。
 数珠、までは綺麗に言えるのに、いざフルネームで正しく呼ぼうとすると噛む。数珠、まで言えるのに何故『丸』が付いた途端噛むのか。
 自分でも訳の分からない現象に打ちひしがれていると、傍にいた陸奥守と小夜が優しく背中を撫でてくれた。

「大丈夫じゃ。おまさんの気持ちはちゃーんと数珠丸にも伝わっちゅうきに」
「はい。だからそんなに落ち込まないでください」
「でもぉ……」

 そりゃあ私だって武田さんや柊さんのところの髭切からしょっちゅう名前を間違えられるよ? でもあれは誰に対してもああだから、と知っているし、そもそも『水野』が偽名だからそれほど気にしてないんだよ。
 でも『数珠丸恒次』は天下五剣の一振りだぞ?! 超有名な刀なんだぞ?! 長いこと行方不明になっていたけど色々あって本興寺に戻された奇跡の一振りなんだぞ?! 雑な気持ちで向き合えるわけないじゃん!

 ……でも噛んでしまうんだよなぁ……。

 どうしたものか。と撃沈したまま考えていると、まるで私の邪念を察したかのように数珠丸が顔を出してきた。

「主。先程私の名前を呼んでいませんでしたか?」
「はひょっ。な、何故それを……」
「何となく……というのは流石に心苦しいですね。ただ偶然にも私の名前を呼んでいる声が風に乗って微かに聞こえてきたものでして。こうして様子を見に来た次第です」
「な、なるほど……」

 つまり陸奥守と小夜に見守られながら『数珠丸恒次』を噛まずに呼べるよう練習していたのを知られたということか。
 恥ずかしすぎる!!

「いや、本当すみません……。ちゃんとお名前を呼ぼうと練習していただけで、特に呼び出そうと思っていたわけでは……」
「察しております。かつての話ですが、貴方以外にも私の名前を呼ぶことが苦手な人はいましたから」
「え。そうなんですか?」

 周囲にいる皆――同じ刀剣男士たちは数珠丸の名前を噛む様子がなかったからてっきり自分だけだと思っていたのに、長い間人に祀られてきた数珠丸はコクリと頷いた。

「私達は己の名前も、互いの名前を言い間違うことはそうありませんが、こうして人の身を得て、声帯を持ち、唇や舌といった言葉を交わすために必要な器官を持ったことで『呼びづらい、あるいは言いにくい言葉』があることを学びました。勿論、知識として『そのような言葉がある』ことは存じていました。ですがこうして自分自身が体験してみると「なるほど」と納得したのです。同時に、貴方だけでなく、過去様々な人々が私に会いに来ては同様に苦戦する姿があったことを思い出したのです。おかげで今はあの方たちの気持ちが少しだけ理解出来たようで、良い経験が出来ていると感謝しています」
「そ、そうですか」

 単に「名前が呼べねえ!」「噛みまくる!」「この雑魚活舌!」とか思ってたのに、何だか盛大に話が広がってもはやポカンである。
 というか不愉快に思うどころか『良い経験になりました』と言える器のデカさよ。流石天下五剣としか言いようがない。
 そのうえ呆然と見上げる私に悠然と微笑んで見せる。

「貴方が如何に責任感が強いか、存じております。私の名前を呼ぼうと努力なさっていることも、有難いと思います。ですが無理に呼ぶ必要はございません。貴方が『私』を呼んでいることが分かれば、それで良いのです」
「は、はあ」

 話の行き先が読めずに終始ポカンとしていると、数珠丸の伝えたいことが理解出来たのだろう。陸奥守がポンポンと背中を優しく叩いてきた。

「主。数珠丸は“おまさんの好きなように呼んだらえい”っち言いゆうがよ」
「はえ? マジで?」
「はい。どのような呼び方であっても、貴方は私を蔑ろにしないと信じておりますから」

 そう長くないとはいえ、この本丸で私がどう過ごし、刀たちと接してきたか見てきたからこそ『好きに呼ぶと言い』と言ってくれているのだ。
 それが理解出来た瞬間喜びよりも面映ゆさが勝り、咄嗟に俯き後頭部を掻いた。

「その、恐縮です。ありがとうございます」
「いえ。それで、貴方はどのように私をお呼びになりますか?」
「うーん……。そうですねぇ……」

 予め知っておきたいと思う気持ちはわかる。だっていきなり愛称で呼ばれたら「え? 今自分の事呼んだ?」と困惑するだろう。それに『数珠丸恒次』からかけ離れた愛称だと一層分からないからな。
 ここはちゃんとした、本来の名前に近い呼び方がいいんだろうけど……。

「あの……本当に『イヤだ』と思ったら言ってくださいね?」
「はい。そのように致します」

 鷹揚に頷いてくれた数珠丸をちらりと面布の奥から見上げ、それから居住まいを正してから自分が『噛まずに呼べるであろう』愛称を口にした。

「“ジュジュさま”はどうでしょうか?」

 意外な名前だったのだろう。数珠丸だけでなく陸奥守と小夜まで目を丸くする。
 一応ね? 数珠、は言えなくはないんだよ。でもぶっちゃけ危うい。意識して呼ばないと絶対に噛む。っていうか何度も噛んでる。だけど同じ音が続くのは不思議と大丈夫というか、噛まないんだよな。
 様付けしたのはせめてもの気持ちだ。
 これがダメなら『恒次』の方で呼ばせてもらえないか交渉するつもりだったが、意外なことに数珠丸はすぐに「構いませんよ」と頷いてくれた。

「え!? いいんですか?!」
「はい。特に不快感はありません」
「ふおおおおっ! 神……!」

 勿論彼らが“神様”であることは百も承知なんだけど、それでも「神様……!」という思いで手を合わせればクスリ、と笑われた。

「貴方が心を込めて呼んでくださるのですから、厭うはずがございません」
「おっふ」
 イケメンっていうか『ド美人』の笑顔を真正面から喰らうのは心臓に悪い。
 咄嗟に仰け反った私の背を陸奥守と小夜が同時に手の平で支えてくれたから助かったわ。ええ、本当に息ピッタリですね。流石です。

「では、これからはそのようにお呼びください」
「はい。ありがとうございます、“ジュジュさま”」

 まだちょっとぎこちなさは残っているけど、それでも噛まずに呼べば数珠丸は「はい」と応えてくれる。
 それが恥ずかしくもあり嬉しくもあり、面布の奥で苦笑いを浮かべる。
 だけど数珠丸の心遣いのおかげで助かった。正直いつかはちゃんと呼んであげたいとは思うけど、こればっかりは練習あるのみだからね。

「いつかちゃんと呼べるように頑張りますね!」
「はい。その時が来るのを楽しみにしています」

 こうして私は数珠丸の懐の広さに甘え、彼を『ジュジュさま』と呼ぶようになった。
 他の皆も最初は驚いていたけど、今では慣れ親しんだのか、時折揶揄うように「ジュジュさま」と呼ぶ刀が増えてきた。数珠丸本人も気にしていないのか、誰に呼ばれても返事をしているからすごいなぁ。と思う。

「何はともあれ私は活舌の改善に励まなければね」
「ほにほに。ほいたら今日も“早口言葉”の練習するかえ?」
「もち! やってやるぜ!」

 ぶっちゃけ『早口言葉』を練習したところでちゃんと呼べるようになるのかは謎だけど、何事もやらないよりはマシだから。
 今日も陸奥守に見守られながら地味な練習を積み重ねる私なのだった。



終わり


 数珠丸恒次、を噛みまくるのは私も同じです。というか最初マジで言えんかった。笑
 水野もそのうち言えるようになるといいですね。
 最後までお付き合いくださりありがとうございました!m(_ _)m

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