小説
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幸せの香り




陸奥水が夫婦になった後の話。匂いについてのアレやらソレやら。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 何気なくネットサーフィンをしている時だった。偶然見かけた情報に「まさか」と思い、サイトにアクセスする。そしてお目当ての物を見つけた瞬間、歓喜の悲鳴を上げそうになり慌てて口を押さえた。



『幸せの香り』



 家族や友人を巻き込み、とある品物を注文してから数日。母から「荷物が届いたわよ」と連絡が来た途端コッソリとガッツポーズを取り、お昼休憩の間に意気揚々と受け取りに行った。

「はい、これ。お兄ちゃんにも頼んでたんでしょ? こっちに送られて来たわよ」
「わほーい! ありがとー!」

 どこか呆れた顔をする母だが、滅多にこういうお願いをしないからか小言が飛んでくることはない。むしろ「保管はちゃんとしなさいよ」と注意されるだけだった。

 さて。そんなテンション爆上がり中の私が何を頼んだのかというと、

「あ〜、やっぱりこれが一番好きだわぁ〜」

 小さな包みに入っていたのは、五百円玉サイズの小さな容器。その中身は乳白色の硬めのクリームで――所謂『練り香水』と呼ばれるものだった。

「そういえば、前にあんたが付けてたやつと香りが似てるわね」
「うん。そう。それ。廃盤になってたんだけど、期間限定で復刻したみたい」

 基本的に強い香りが苦手なので普段は香水をつけないのだが、その実福岡で一人暮らしをしていた時はこの練り香水を毎日のように使っていた。
 まあね? 香水によってはそんなに香りが強くないやつもあるのは知っているんだけど、中々好きな香りと出会えなかったんだよね。そんな中偶然見つけたこの『お花の香り』シリーズのテスターを付けたところ、ドンピシャで好きな香りだったため使うようになったのだ。
 爾来三年ぐらいかな? 使ってたんだけど、原料の高騰か他の問題かはよく知らないけど廃盤になっちゃたんだよね。だから他社メーカーに似たのないかなぁ〜、と思って探したんだけど、結局好きなものは見つからなかった。
 だから審神者になってからもつけていなかったんだけど、まさかの復刻とは! しかも期間限定、お一人様お一つまでと来た。普段なら「一個かぁ。でも人気商品だろうし、しゃーないか」と思うのだが、どうしてもこの練り香水だけは譲れなかった。
 だから申し訳なく思いながらも母と兄、そしてゆきちゃんにも頼んで購入してもらったのだ。勿論代金はちゃんと送っている。で、無事に今日届いたらしく、スキップしそうなほどに浮かれながら受け取ったのだった。

「期間限定商品だからお母さんたちにも買って、って言ってきたのね」
「そ。それに本丸だと荷物受け取れないからさ〜」

 何気に本丸は霊力がない人間は来ることが出来ない特殊な場所に建っている。だから配達の依頼を掛けることが出来るのは万事屋だけで、現世の運送便は使えない。
 だから現世で通販購入した場合、受取先を実家や最寄りのコンビニに変更しなければならない。実際、普段はコンビニ受け取りにしている。
 ありがとう、コンビニ。きみのおかげで私は救われている。

 というわけで、早速懐かしの香りを堪能すべく蓋を開ける。とはいえ仄かに香るタイプだから、蓋を開けてもすぐに匂いが鼻腔を刺激するわけではない。むしろ少し手に取り、手首に伸ばした時に香るぐらいだ。

「あら〜。いい香りね〜」
「でしょ?! この香りが一番好きだからさぁ〜。期間限定でも復刻してくれて嬉しいんだよね」

 もう二度と嗅げないと思っていただけに喜びもひとしおだ。
 そんなわけで懐かしい香りを手首や首筋、髪の毛の先に少しだけつけた後家を出る。
 因みにゆきちゃんに頼んだ分は後日改めて受け取りに行くことになっている。本人が今日家にいないっていうからしょうがないよね。

 それでも二つは確保出来たのでルンルンとした気分で本丸へと戻る。

「ただいまー」
「おかえり、主」
「おかえりー。って、あれ? ねえ、主。もしかして香水つけてる?」
「本当だ。いい香りがするね」

 本丸の玄関を開ければ、近似だった小夜がすぐに顔を出して応えてくれる。かと思えば偶然近くにいたらしい。加州と燭台切も顔を覗かせると、すぐに「あれ?」という顔をした。

「せいか〜い。っていうか気付くの早くない?」
「そりゃあねえ〜。主が動いた瞬間いい香りがしたからさ」
「ね。甘くて優しい、癒される匂いだよね」
「確かに……。兄さまが使ってるお香みたいな、強すぎない、優しい香りがします」

 靴を脱ぎつつ答えれば、二人だけでなく小夜も褒めてくれる。だから内心「せやろ?! めっちゃいい香りやろ?!」と詰め寄りたい気持ちでいっぱいになったが、流石に気持ち悪いというか失礼なので我慢した。

「実はねー、昔使ってた練り香水つけてるんだ。廃盤になってたんだけど、今回期間限定で復刻してさ。買っちゃった」
「へえ〜、そうなんだ。でもホントいい香りだよね。俺は好きだよ」
「うん。僕も好きだな。女性らしいというか、なんだか桜を思い浮かべるなぁ」

 特に匂い当てクイズとかしていたわけでもないのに、ドンピシャで正解を口にした燭台切に思わず「さすが伊達男」と感動する。
 実際、長年愛用していたこの練り香水は『桜の香り』だ。他にも『金木犀』『薔薇』『椿』があるんだけど、ちょっと自分には香りが強すぎて苦手だった。
 だけどこの『桜の香り』だけは仄かに香る、っていう感じがして愛用していたのだ。

 だから「桜を思い浮かべる」と口にした光忠には驚くと同時になんだか少しだけ嬉しくもなる。

「へへっ、光忠せいかーい。桜の香りをイメージしてる香水なんだよ」
「マジ? すごいじゃん、燭台切」
「あははっ。パッと思い浮かんだ花が桜だったんだけど、当たったのは嬉しいね。でも改めていい香りだよね。穏やかな気持ちになるっていうかさ」
「はい。和みます」
「よかった〜。嫌いな匂いだったらスメハラになっちゃうもんね」

 洗剤とかもそうなんだけど、自分は好きでも他人からしてみればちょっと……。というのがあるから香水は難しい。私自身強い香りは苦手だしね。何気に前の職場で海外製の洗剤を使っている人がいたんだけどさ、人工的な甘い香りがキツくて毎回「うッ」ってなっていたから。だから結構心配だったんだよね。だけど少なくともこの三名からは好評なようで安心した。

「よし。それじゃあ残りの仕事片付けちゃおうか」
「え。もう戻るの? 帰ってきたばかりなんだから、ちょっと休憩すればいいのに」
「そうそう。主は頑張りすぎ。お茶一杯分ぐらい休んでいきなよ」
「二人の言う通りだよ。せめて五分だけでも休息をとってください」
「わあ。相変わらずの過保護」

 家に行って帰ってきただけだから疲れていないんだけど、三人に「ほらほら」と促されては拒否出来ない。だから「じゃあお茶一杯分ね」と返事をし、ほんの少し雑談兼休憩をしてから執務室へと戻った。

 そして無事に戻ってきた出陣部隊を順番に手入れし、夕食を終えた後。入浴の準備をしていたら手入れ部屋から戻ってきた陸奥守が「おん?」と声を上げた。

「えい匂いがするにゃあ。香でも焚いたながか?」
「ううん。違うよ。多分この匂いじゃないかな」

 仄かに香るとはいえ、つけたのが昼過ぎだったからまだ匂いが残ってたのかも。だから机の上に置いていた練り香水の蓋を開けて近付ければ、陸奥守はすぐに表情を和らげる。

「優しい匂いじゃにゃあ。化粧品かえ?」
「うん。練り香水って言うんだよ。普通の香水に比べて匂いが強くないから、昔よく使ってたんだ」
「ほにゃ。そうなが? おまさんが香水つけちゅうのは初めてやと思うんやが」

 これは福岡で一人暮らししていた時に使っていたもので、審神者になる前に廃盤になったから陸奥守が知らなくても当然だ。
 だから「昔廃盤になったんだけど、今だけ復刻したから買っちゃった」と話せば、優しい夫は「そうなが」と笑って頷いてくれた。

「けんど、そのままよりおまさんの匂いと混ざっちゅう方がわしは好きじゃ」
「ふぎゃっ! ちょっ、まだお風呂に入ってないから匂い嗅がないで!」

 結婚してから知ったんだけど、どうやらうちの旦那様は『匂いフェチ』らしい。隙あらば抱きしめて匂いを嗅いで来る。
 お風呂に入った後なら多少嗅がれても恥ずかしいだけで済むんだけど、お風呂に入る前だと汗とか皮脂とか、色々気になるからさ……。
 そりゃあデオドラント系の商品を使ってはいるから色々と抑えられているかもしれないけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
 まあ、旦那様曰く「畑仕事終わった後のわしらの方がえずい(酷い)」らしいけど。

 だからと言って「おっしゃ来い!」とはならないので必死に逞しい体を叩いて抗議したのだが。戦帰りの旦那様はフンフンと匂いを嗅いでは擦り寄って来る。

「もーっ! だからまだお風呂入ってないんだってば!」
「それを言うならわしもまだじゃ。一緒に入るかえ?」
「…………初めからそれが狙いだったんじゃないよね?」

 そりゃあヤることヤってる仲ではございますけれども。だからと言ってどこぞの裸族のようにホイホイ脱げるわけではない。
 それに旦那様はこちらの性格や考え方をよく理解している。それを鑑みれば「この行為も混浴を円滑に進めるための布石だったのでは?」と思ったんだけど、どうやら勘違いのようだった。

「いんや。わしがおまさんの匂いが好きなだけじゃ。落ち着く」
「わしゃペットか」

 ペットを飼っている人の多くが匂いを嗅ぐと言うけれど、それに近い感情なのかもしれない。
 現に陸奥守は「癒される」と言って人の首筋に顔を寄せたまま動こうとしない。だから諦めて広い背中に腕を回し、ポンポンと優しく叩けばようやく旦那様が顔を上げた。

「わしもこの匂い好きじゃ」
「そっか。それならよかった」
「おん。ほいたら風呂に行くかの」
「まだ返事してないのに一緒に入ることになってる?!」

 だけど上機嫌な旦那様を止める理由は思い浮ばず、結局着替えを用意した後手を引かれ脱衣所へと赴き、時折セクハラを受けながらも一緒に入浴を済ませた。

「むっちゃんって意外と甘え上手だよね……」
「おん? ほうか?」
「うん」

 本人は無自覚みたいだけど、お布団に入った後もこちらを抱き枕よろしく抱きしめている。しかもその大層な御尊顔を胸元に埋めながら、だ。ぶっちゃけ恥ずかしいしくすぐったい。
 それでも今日は出陣していた身だ。戦嫌いな神様だから、言葉にしないだけでストレスを感じているのかもしれない。だから「よしよし」と頭を撫でてやれば、甘えるのも甘やかすのも上手な旦那様は嬉しそうに谷間に顔を埋めて来た。

「このまま寝そうじゃ」
「いいよ。寝ても」
「ほにゃ……」

 やっぱり疲れてたみたいだ。
 普段ならここでちょっとした悪戯を仕掛けて来るのに、今は瞼を閉じてウトウトしている。だから掛け布団を片手で引き上げつつ、眠りを促すように指先で優しく髪を梳いていると、あっという間に脱力した。

「ふふっ。子供みたい」

 いや、実際に子供を抱きしめながら寝たことないから正解なのかは分かんないんだけどさ。でも姪っ子ちゃんが赤ちゃんの時に寝落ちる姿を目にしたことがあったから。なんとなくそれを思い出してしまったのだ。

「おやすみ。むっちゃん。また明日ね」

 普段はしっかり者の旦那様も、寝顔はあどけなく可愛らしい。
 どこか子供っぽくも見える立派な体躯を抱きしめつつ自分も目を閉じれば、そう時間を経たず眠りについた。


 翌朝、朝食を摂るために広間へと行けば、気付いた面々からすぐに「いい香りがする」と話しかけられ苦笑いする。
 どうやら我が本丸ではこの香りを嫌う刀は一振りもいないようだ。

「主が愛用していた香水か。確かにいい香りだなぁ」
「うむ。まことにな」
「えへへ。実は密かに『幸せの香り』って呼んでたからさ。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 嫌なことがあっても、腹が立つことが起きても。この匂いを嗅げば少しは落ち着くことが出来た。
 勿論、いいことや嬉しいことがあった時はより『幸せ』に感じた。

 だからこの香水は自分にとって『幸せな気持ちにしてくれる香り』だ。そんな香りを皆にも気に入って貰えて嬉しい。そう伝えれば、集っていた皆も穏やかな笑みを浮かべてくれる。

「いいじゃないですか。『幸せの香り』。見知らぬ青い鳥よりは身近に感じられます」
「あはは。そうだね」
「主がつけているのであれば尚更だな」
「お? お前は“愛用している”と聞けば嫉妬でもするかと思ったんだが」
「フン。そこまで狭量ではない」

 宗三や燭台切に続き、長谷部も肯定的に受け取ってくれるけどすかさず日本号さんが茶化しにくる。だけど修行に出る前ならともかく、出た後の長谷部は心に余裕が出来たのだろう。あっさりと言い返す。だけどすぐに箸を止めてこちらを見た。

「ですが、陸奥守から同じ匂いがするのは受け入れ難く思います」
「ギクッ」

 基本的に夫婦になってからは旦那様の髪の手入れは私がしてるんだけど、今日は本人の願いとあってこの練り香水を同じ場所につけていた。
 それを目敏く、目敏く? 嗅ぎ分けた長谷部がじっとりとした目を私の近くに座していた陸奥守に向ければ、我が夫はいつも通りカラリと笑い飛ばした。

「まははは! えい匂いじゃろ!」
「いい香りだというのは分かっている! だが何故貴様から同じ香りがするのだ!」
「ほりゃあわしが主にお願いしてつけて貰ったきじゃ」
「クッソー、これ見よがしに自慢してきやがって」
「こういうとこ、意外と子供だよねぇ。陸奥守くんって」
「なぁーんぼでも言うたらえい。“幸せ”を増やすんが夫婦やきの。可愛いカミさんの幸せが増えるならわしはなぁんでもするぞ」
「うぐふえっ」

 思わぬ飛び火に味噌汁を飲もうとしていた手を寸でのところで止める。
 いや、そりゃあ確かにね?! むっちゃんにも「私にとっては『幸せな気持ちになれる香り』なんだ〜」とは話したよ?! むっちゃんが「わしにもつけてくれんか?」って言った時には「喜んで!」と鼻歌交じりにつけましたよ?! だけどそんな理由だとは思わないじゃん! 普通に「気に入ってくれたんだな」と思ったからつけただけなのに、まさかそんな理由があったとは……!

「それに、この匂いつけちょったら主が自分からひっついてくれるきにゃあ。わしも“幸せ”で万々歳じゃ」
「ホギャーーーーッ!!!!」

 一体何を暴露しとるんだこの夫は!!
 思わず尻尾を踏まれた猫みたいな悲鳴を上げれば、あちこちから残念なものを見るような目で見られて埋まりたくなる。

 ちゃうねん……。二人きりだからひっつこうと思ったわけではなくてですね……。やっぱりいい香りだなぁ、と旦那様に抱きしめられた時に思ったらつい、ね? 体が動いてスリスリしてしまっただけで、決して普段からそんな態度を取っているわけでは……。
 思わず両手で顔を覆って項垂れていると、見かねたのだろう。宗三と江雪に挟まれていたはずの小夜が背中を擦ってくれる。

「皆やめてください。主が羞恥で死にそうになってます」
「ははは。相変わらず我らの主は照れ屋だなぁ」
「やれやれ。朝から当てられたと思ったが、主が自分からやるはずもないか」
「そうだな。確信犯はあちらだけだろう」
「ほにゃ。酷い言われようじゃ」
「どの口が言ってんだか」

 呆れる者もいれば、笑って流す者もいる。小夜がいてくれたからよかったものの、それでも居たたまれなさがすごい。
 だから急いで残りのおかずを口に詰め、胃袋に収めるとパン! と両手を合わせた。

「ごちそうさまでした!」
「まったく……。君たちが冷やかすから主が早食いをしてしまったじゃないか」
「俺らのせいかよ」
「主さん、食器は僕たちが下げますから、部屋に戻っても大丈夫ですよ」
「ありがとう! 堀川!」

 気遣い屋の堀川に心の底から感謝しつつ、走らない程度の速度でビャッ! と広間を飛びだせば背後から何人かの笑い声が聞こえてきた。
 くそー。笑いたければ笑えってんだ。
 刺激された羞恥心のせいでむくれつつ部屋に戻れば、近侍の小夜と補佐の乱、そして絶賛勉強中の巴さんがやってきて、それぞれが励ましてくれた。

 そして数時間後。ようやく羞恥心も落ち着いてきた頃に旦那様が畑仕事を終わらせ、顔を覗かせた。
 今日は天気もよかったし、風も吹いていなかったから全身汗だくだ。そのうえ働き者な旦那様の頬には土もついており、払うために近付けば、汗と体臭に混じってほんのりと香る匂いに「あれ?」と首を傾けた。

「男の人がつけるとやっぱりちょっと匂いが変わるのかな?」
「おん? 香水のことかえ?」
「うん。なんか……ちょっとエキゾチックな匂いに変わってる気がする」

 元より香水は体臭と混ざることで多種多様な匂いに変わる。それぐらいは知っている。だけど周囲に香水をつける友達がいなかったから、あんまり他人の匂いを気にしたことがなかった。だから気になったのかも。
 そんなことを考えつつ「フンフン」と旦那様の首筋に顔を近付けて匂いを嗅げば、どこかスパイシーな香りをさせた旦那様がくすぐったそうに笑みを零した。

「“匂いふぇち”は主もおんなしみたいやにゃあ?」
「な! ち、違うわい!」
「おん? ほいたらなぁんでわしの匂い嗅いだがか?」
「そ、それはいつもと匂いが違ったからで――」

 と、答えかけてから気付く。

 私、今何気にすごいこと言わなかったか?

「んはははは! いつもどがな匂いがしちゅうか知られちゅうのははずいのお!」
「ち、ちちちちちがっ、ちがうもん! そういう意味じゃなかったもん!」
「ん〜? 主はわしの匂いがきらいなが?」
「誰も嫌いとまでは言ってないじゃん!」

 優しい時は優しいのに、意地悪な時はとことん意地悪だ。
 そんな旦那様に散々振り回され弄り回され、不貞腐れて部屋に戻ればすぐさま後を追いかけて部屋に入り込んでくる。

「主。謝るきこっち向いてくれ」
「イヤじゃ。むっちゃんの意地悪」
「すまんすまん。おまさんがあんまりにも可愛いことするき、わりことしたくなったがよ」

 可愛いというよりも変態的行為だったと思うんだけど。
 今更だけど畑仕事を終えた神様の匂いを嗅ぎに行くのって変態レベルがヤバイ気がする。だけど私とは違い、嫌がることなく受け入れた陸奥守ってある意味相当心が広いのでは……?

 自分なら絶対に嫌がることを笑い飛ばした旦那様をチラリと見遣れば、すぐさま穏やかな笑みが向けられた。

「……むっちゃんのアホ」
「おん。すまざった」
「…………私こそごめんなさい」

 勝手に匂いを嗅いだくせに勝手に機嫌を損ねるなど、冷静になって考えてみれば子供みたいだ。
 だからおずおずと謝罪すれば、意地悪だけど優しい旦那様は「えいよ」と許してくれた。

「ほいたら先に風呂入って来るかの」

 私の機嫌が戻ったからだろう。陸奥守は着替えを取り出すために箪笥へと向かう。その背中には汗染みが出来ており、一所懸命働いてくれたんだなぁ。と改めて実感する。
 だからそっと膝を抱えていた体を動かし、広い背中にポスッと額を当てれば鍛えられた体がビクリと跳ねた。

「あ、主? どういたが」
「ん? んー……。汗が滲むほど頑張ってくれたんだなぁ。と思って」

 他人の汗なんて普通はイヤだけど、好きな人の汗はそこまでイヤじゃない。むしろ頑張って働いてくれたのが分かるからこそ愛おしくも思える。
 そんな旦那様の匂いをスン、と嗅げば、再度その体が跳ねた。

「…………んんっ。確かに、これはちょっとはずいにゃ」
「今頃分かったんかい」
「おまさんはえい匂いやき……」
「理由になってません〜」

 幾ら相手にとっては「いい匂い」でもやられる方はイヤだったりするのだ。散々説明してきたが、その度に躱して来た旦那様も汗だくの体を嗅がれるのは流石に堪えるらしい。そっとこちらの両肩に手を置き離してくる。

「主。これ以上はいかん。わしが我慢出来んくなる」
「は? なんでそうなんの?」
「おん? なんじゃ。おまさん無自覚やったがか?」
「なにが?」

 陸奥守が何を言っているのか分からず首を傾けると、リップを塗るために面布を外していた私の頬にそっと手を当ててきた。

「こじゃんとトロトロした顔されちょったら、期待するぜよ」
「!!!!」

 自分じゃどんな顔をしているか分からないけど、どうやら今の顔はアウトらしい。
 咄嗟に体を離して背を向けるが、自分でも何で“そういう顔”になったのかが分からない。

 え? マジで何で? 別にエッチな気分になる場面じゃなくない?

 と考えてから気付いた。


 ………………もしかして、私、無意識のうちにむっちゃんの“汗の匂い”と夜のアレソレを結び付けたのか?


 う、うわあああああ!!!

 そりゃあ確かにむっちゃん代謝いいからアレの時は結構汗掻くけどさ! 体位によっては顔とか体とかにも落ちて来ることあるし、舐めちゃったことも口に入ったこともあるけどさ! だからと言って、だからと言って今そんな顔になるなんて……!!

「主?」
「にゃんでもありません!!」

 動揺のあまり噛んでしまい、更に恥ずかしくなる。
 だけど陸奥守は私の全身から溢れるオーラ的なもので「揶揄ったら不味い」と判断したのだろう。「ほうか」と頷くと背を向けたようだった。
 だけどそれにほっとしたのも束の間、すぐに後ろからギュッと抱きしめられて口から心臓が飛び出るかと思った。

「にゃあ、今日は、してもえいか?」
「――――ッ!!」

 グッとお腹の前に回った腕に力が込められる。
 実際、昨日までは月一のアレのせいでシていなかった。あと昨日は陸奥守が出陣で疲れてたからすぐに寝ちゃったしね。つまりは一週間ぶりの触れ合いになるわけで。
 今まで沢山我慢していた反動なのか、それとも元々そういう欲が強い方なのか。分からないけど、陸奥守は頻繁に触れたがる。そのせいか一週間ぶりの『お誘い』には熱が籠っており、当てられてしまった体はグッと体温を上げてしまった。

「…………い、いよ」

 どうにか返事をしたものの、その声は蚊の鳴くようなか細く小さな呟きとなって落ちる。
 だけどちゃんと聞き拾ったらしい。旦那様は「おおきに」とお礼を言うと、最後に一度だけこちらの後頭部に唇を落としてから腕を解いた。

「ほいたら風呂に行ってくるぜよ」
「うい……」

 どんな顔をしていいのか分からず、背中を向けたまま返事をする。
 そうして旦那様が部屋を出て行ったのを足音だけで判断すると、ズルズルとその場にしゃがみこんだ。

「ああああ〜〜〜〜…………」

 今まで散々『旦那様は“匂いフェチ”だ』と思って来たけど、汗の匂いで変な顔をしてしまう私も相当ヤバイかもしれない。

 そんなことを今更ながらに考えながら、一人残された部屋でモダモダともんどりをうつのだった。



終わり



 水野本丸の陸奥守は匂いフェチ。水野はそこまでじゃないけど、今回は“そういうこと”から離れていたため無意識に反応しちゃった感じです。
 この後ちゃんと二人で『仲良く』して、翌日一層匂いが混ざり合った二人に「あ」って察する刀たちがいる。でも皆気付いてない振りしてくれる。(水野のため)
 そんなお話でした。(え?)





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