小説
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欠けたる月が施したるは



 シリーズ第三弾後のお話で、三日月が刺繍を施した面布を喪失したことに気付いた水野の話。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ようやく『魔のモノ』との事件が終わり、本丸に戻った後。皆が諸々の被害を確認する中、私もあるものを紛失していることに気が付き顔を青くしていた。



『欠けたる月が施したるは』



「ない……。ない……。どこにもない……」
「どうしたの? 主」

 破壊されたブレスレットの残骸を小夜が片付けてくれる中、一先ず以前使っていた御簾を引き出しから取り出した時だった。三日月が縫ってくれた面布がどこにもないことに気が付いたのは。

「その……三日月さんが縫ってくれた面布が見つからなくて……」

 思い返せばあの時流れ込んできた黒い水に攫われてしまった可能性もあるのだが、小鳥遊さんの本丸のどこかで失くしたのかもしれない。あるいは無理やり着替えさせられた時に一緒にむしり取られたか。
 何にせよ心を込めて作ってくれた物を失くすのは心が痛い。
 確認は出来なかったけどお師匠様のところの小烏丸が図案を考案してくれたとも聞いていたし、色んな意味で「なんてこった」と頭を抱えて蹲る。

「あ〜、折角三日月さんが縫ってくれたのに〜」
「そういえば、どこにもないね」

 唸る私の横で小夜も首を巡らせるが、執務室には当然ながら見つからない。黒い水によって流されたならこの本丸のどこかにあるかもしれないが、正直これだけ荒れているのだ。見つかるかどうかは怪しい。例え見つかったとしても泥に塗れているかもしれないし、どこかが破れている可能性もある。
 折角作ってくれたのに……。

「はあ……」

 思わずため息を零せば、小夜が「仕方ないよ」と慰めてくれる。

「あんなことが起きたんだし、三日月さんも主を責めたりしないと思うよ」
「それはそうかもしれないけど……。作るの大変だったと思うんだよ。だから謝らないと」

 もしかしたら片付けている最中に見つかるかもしれないけど、現状近場には見当たらない。だから先に謝罪しようと立ち上がれば、小夜が離れの方へと視線を向けた。

「三日月さんなら離れの確認に向かったはずだから、もう少し待った方がいいかも」
「あ、そっか。じゃあ戻ってくるまで待ってた方がいいね」

 基本的に離れに隔離している刀とは顔を合わせないよう気を付けている。
 いや、別に会うのがイヤとかではなくてね? 元々人間のエゴで振り回されて傷ついた刀たちが多いから、審神者である私と顔を合わせると嫌な記憶が思い起こされてしまうかなぁ、と思って行かないだけだ。
 流石に切りつけられることはないだろうけど、全くないわけじゃないし。実際、一度だけ錯乱した一期一振に斬られそうになったことがある。周囲に他の刀やうちの刀がいたから大丈夫だったけど、あの時は正直めっちゃビビりました。はい。
 そんなことがあったので、離れ周辺には近づかないよう気を付けていた。

「とりあえず、皆にもそれらしいものがないか聞いてくるよ」
「僕も一緒に行きます。もう大丈夫だとは思うけど、油断が隙を生むから」

 流石頼りになる懐刀だ。隙のないボディガード、小さなSPに心から感謝しながら部屋を後にし、本丸内の片付けに勤しんでいた刀や、庭園にいた刀たち、馬小屋の整備や畑にいた面々にも伝え、再び執務室へと戻った。

 だけど夕方になってもそれらしいものは見つからず、離れから戻って来た三日月にすごすごと近づいた。

「三日月さん、あの、今いいですか?」
「うん? どうした? 主。そのように小さくなって」

 庭園から戻って来た三日月に声を掛ければ、心底不思議そうな声が返ってくる。正直「合わせる顔がないな」とは思ったんだけど、気付かない振りとか出来ないし。
 だから臨時でつけた御簾を指で摘まみながら説明を始めた。

「その……折角作ってもらったのに、面布、失くしちゃったみたいで……。本当にすみません」
「ああ、そのことか。なに、気にするな。アレはそなたを守るために作ったもの。そなたが無事であればそれで良い」
「でも……」

 三日月が日頃縫物をする姿を見たことはない。だから大変だったはずだ。この目でちゃんと確認は出来なかったけど、指で触った時すごく丁寧に作られているのは感じた。それに三日月のことだ。適当に作るなどあるはずがない。

 そりゃあ本人が言う通り、あの面布は私を『魔のモノ』から存在を隠すために作られたものではあるのだろう。だからといって「私が無事だったんだからそれでいいよね!」とはならない。時間をかけ、心を込めて作られたものなんだから、ちゃんと謝罪しないとわだかまりが残ってしまう。
 だからもう一度「すみません」と謝罪すれば、優しく頭を撫でられた。

「主よ。そう畏まる必要はない。形あるものはいつか必ず朽ちて壊れるものだ」
「それは……そう、でしょうけど……」
「そも、アレはそなたを守るために生み出したものだ。そなたが無事であるならばそれで良い。アレも本望であろうよ」

 産まれてからずっと人である私と、元を正せば刀という『物』でしかない三日月とでは観点が違うのだろう。
 現に傍で聞いていたらしい他の刀も「そうだそうだ」と乗っかってくる。

「それに今の俺には人と同じ手足がある。失くしたものについてただ憂いていただけの頃とは違う。そなたが望めばまたこの手で作ることが出来るのだ。だからそう落ち込む必要はない」

 そこまで言われたらこちらもウダウダ言い続けるわけにもいかない。それに、単に慰めるために口にしているわけではないのだろう。現に三日月はどこか楽し気に自身の両手を開閉させている。

「実を言うとな、失敗も多かったが、存外楽しかったのだ」
「え? そうなんですか?」
「うむ。俺は今まで人が作るものを見ることはあっても、この手で生み出すことはなかった。ここで料理をした時も思ったが、誰かのために何かを作るというのは、想像以上に心が躍る。恐らく性に合っているのだろうな」

 にこやかに笑ってくれるけど、料理も縫物もそう簡単なものじゃない。そりゃあボタンを付けるぐらいならそう大した労力は要らないけど、刺繍となると話は違う。大雑把に縫うことなんて出来ない。
 だけど三日月は「料理も裁縫も楽しい」と笑顔で口にする。

「大典太が暇さえあれば縫物をしていた理由がよく分かった。確かに簡単ではないが、無心になれる。祈りにも似た気持ちで行う時間はどこか神聖な儀式とも似ておってな。苦ではなかったぞ」
「そう、ですか」

 自分があまり裁縫をしないものだからよくは理解出来ないけど、それでも三日月が嘘をついていないことは分かる。
 だから謝罪の代わりに「作ってくれてありがとうございました」と頭を下げれば、穏やかな笑みが返って来た。

「しかし、そうだな。今後を考えればまたあの面布があった方がいいだろう」
「そうですか?」
「うむ」
「主。前に石切丸さんが言ってたでしょ? あの面布には魔除けや主から感じられる神気を隠蔽する術式が組まれてある、って。だから今着けているものよりはいいと思うよ」

 隣に立っていた小夜に補足され、確かにあの時そんな説明をされていたな。と思い出す。
 実際に図案を見ながら刺繍を施した三日月も頷いており、ただ単にこちらの顔を隠す御簾よりそちらの方がいいだろう。という話で落ち着いた。

「とはいえ俺もまだまだだからな。少し時間をくれ」
「大丈夫です! 本当、無理しなくていいので!」
「ははは。大丈夫だ。本丸が落ち着く頃には完成させられるよう、努力しよう」
「ひええっ」

 そこまで急がなくてもいいと言ったのに、本人は笑顔で躱してしまう。
 ただでさえ本丸の片付けもあるから無理をして欲しくないのに。結局三日月は何故か機嫌よさそうに部屋へと戻っていった。

「本当によかったのかなぁ……?」
「大丈夫だよ。嫌なら自分から作るとは言わないと思うから」
「そう、かな?」

 不安を抱くこちらとは違い、小夜はしっかりと頷いて肯定する。
 それに、一体いつから聞いていたのか。大典太が「そう気にするな」と声をかけてくる。

「ないとは思うが、万が一三日月が途中で投げ出したとしても俺が完成させる」
「そ、そんな」
「これでも縫物は得意なんだ。任せておけ」
「うわっ」

 何だかんだ言ってお守りを作り続けてきたからだろう。随分と縫物が得意になった様子の大典太から頭を撫でられる。
 正直気にはなるけど、これ以上言っても三日月も大典太も止めないだろう。それこそ『主命』でもださない限り。
 だから改めて大典太にも「ありがとう」と伝えれば、寡黙な刀はフッと口角を上げて微笑んだ。


 ――それから約十日後。

 本丸の改修工事も終わり、慌ただしかった生活が安定した頃。三日月が作り直した面布を持ってきてくれた。

「主。約束の面布が出来たぞ」
「え! 早い!」
「いやいや。そうでもないさ」

 本人は苦笑いしているが、渡された面布を確認して息が止まった。

 だって、めっちゃくちゃ細かいんだもんよ。

 以前作ってもらった、行方不明になった面布はお札に書かれている文字みたいなのが刺繍されている感じだった。
 だけど今回のはただの筆文字というよりは梵字、もしくは装飾文字みたいに見える。
 他にも読めないけどそれっぽい小さな字が幾つも並んでおり、上等な布と合わせてものすごく高貴なものに感じる。

 どうしよう。これ本当に貰ってもいいのか?

 冷や汗を掻く私とは裏腹に、三日月は揚々と語りだす。

「前回は時間がなかったため最低限の術式だったが、今回は時間があったからな。小烏丸と相談し、より綿密に、より丁寧に術式を組んだのだ」
「で?! パワーアップしてるってこと?!」

 ただでさえ普通の面布より価値がある特別仕様だったはずなのに、それが更にパワーアップされているとか誰が思うだろうか。
 だけど三日月は「防衛はしっかりせねばな」と頷いている。

「特にそなたは妙なものに好かれるのでな。出来ることはしておくべきだろう」
「で、でも、こんなにすごいとは……」
「ははは。それだけそなたが大事だということだ。さて、主よ。折角だ。俺が着けてやろう」
「ひええ……」

 しっかりとした造りの白い布地は厚い割に柔らかく、顔に当てても違和感がない。
 正直魔除け以外の効果もあるのかなぁ、と気にはなるものの、聞いたら聞いたで背筋が震えそうだったので黙って背中を向ける。
 そうして三日月が面布の紐を後頭部でしっかりと結び、ついでに髪も手櫛で整えてくれた。

「うむ。これで良し」
「ありがとうございます」
「良い良い。そなたに何か起きてからでは遅いからな。出来ることをしたまでだ」

 それでも時間をかけて作ってくれたのだ。今更だけど本当にありがたい。
 私を大事にしてくれることも、そのために労力を割いてくれることも。
 だからもう一度、今度は感謝だけでなく「嬉しい」という気持ちも込めてお礼を言えば、三日月は柔らかく微笑んでくれた。

 その後は軽く休憩を兼ねて話をした後、三日月は部屋へと下がった。
 だから私も竜神様に「三日月さんが新たに魔除けの加護を込めた面布を作ってくれました」と報告をし、その日は終わろうとしていたのだが。

「お。主。それが三日月が作ったという面布か?」

 祭壇から部屋へと戻る途中。鶴丸に話しかけられ頷けば、何故か面白そうな笑みを浮かべた。

「成程なぁ。だが、確かにこれなら陸奥守も文句は言えまい」
「は? 何でここでむっちゃんの名前が出てくるの?」
「ははっ。きみは鈍いからなぁ。察せなくてもしょうがないとは思うが、よく考えてみろ。他の男が作ったものを毎日身に着けることになるんだぞ? 陸奥守としては面白くないだろう」
「え〜? むっちゃんそこまで器小さいとは思わないけど……」

 そりゃあ三日月が私を好きでいてくれたことは知っている。だけどその「好き」はどちらかと言えば庇護欲に近い感情から来るものなのではないのかと思っていたのだが、鶴丸は肩をすくめるだけだった。

「ま、わざわざ水面下の争いを見る必要はないからな。きみはそのままでいるといい」
「なにそれ。そういう風に言われると逆に気になるんだけど」
「ははは。ま、そのうちな」
「うっ」

 鶴丸に優しく頭を叩かれる。どうやら教えてくれるつもりはないらしい。
 でも「他の男に作られたものを身に着ける」って言い方、悪意があるなぁ。と思っていたのだが。

 実はこの言葉が的確に陸奥守の心情を捕えていたとは露知らず、呑気に「三日月さんが作ってくれた〜」と報告した私に陸奥守は微妙な顔を向けたのだった。


終わり


 魔除けの紋を縫うなか、主への想いを沢山込めて作った三日月と、目には見えないけどうっすらとそれを感じ取って「面白くない」という顔をする陸奥守。水面下の戦いはまだまだ続きそうですね! というお話でした!(違う)

 何気にこの面布、しっかりと術が組まれているので水野のお師匠様こと榊さんや、武田さんの太郎太刀は「見事なものですな」と感嘆&称賛する。
 勿論隠蔽効果もあるので、他の審神者が見ても「仰々しい」とはならないです。
 でも面布を外してそのまま見ると「うわっ」となるぐらいには豪華。豪華っていうか緻密。非売品というか展示品みたいな感じ。
 逆に言えばそれだけ三日月が気持ちを込めて作ったということ。なので水野は安心して着けるけど、陸奥守的には「狡い男じゃ」とため息を吐くことになる。一筋縄ではいかない相手ばかりで大変だなぁ。なんて思いながら見守ってください。笑

 それでは最後までお付き合いくださりありがとうございました。m(_ _)m



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