小説
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 こうしてお昼から始めたデートは無事終わり、本丸へと戻ってきたのだが。

「主」
「ん? どうしたの、小夜くん」

 夕餉の前に竜神様へお祈りをしに行こうと祭壇に向かっていると、小夜に話しかけられ足を止める。しかも何故か「ちょっとこっちに……」と言って誰もいない部屋に連れ込むと、小声で話しかけてきた。

「今夜は、そっちに誰もいかないよう僕たち短刀が見張るから。安心して過ごしてね」
「へ? 見張る?」

 何で? てか、誰を?
 一瞬本気で分からなくてキョトンとしたが、小夜から「今日から陸奥守さんと一緒に寝るんでしょ?」と言われ悲鳴を上げそうになった。

 そうだよ!!!
 昨日は仕方ないとして、式を挙げるまではお互いの自室で過ごしてた。だけど夫婦になるから今日からは一緒に寝起きすると決めていたのに!
 布団も箪笥も全部移動したのに、何で言われるまで忘れてたんだ、私は?!

 完全に頭からすっぽ抜けていた私に気付いたらしい。小夜が「主……」と哀れむような目を向けて来る。

 ごめんて!!! でもお願いだからむっちゃんには内緒にしてて!!!

「それだけじゃないよ」
「へ?」
「夫婦になったんだから、ただ共寝をするだけじゃ終わらないでしょ?」

 小夜の遠回しでありながらも直球な言葉に、喉が「ヒュッ」と音を立てる。


 わ す れ て た 。


 声にしなくても顔か背景に文字が浮かんで見えたのだろう。小夜はもう一度「主……」と呟く。

 でも、そうだ。夫婦になったんだから、やることがあるじゃないか。

「例え僕たちとの間に子供が出来なくても、陸奥守さんはその気だよ。だから主もちゃんと心構えをしておかないと、お互いが傷つくと思うから……」
「そ、そうだね……」

 話し辛い内容だろうに、私の忘れっぽく行き当たりばったりな性格を把握している小夜はわざわざ進言してくれた。小夜のためにも色々と教えてくれたゆきちゃんのためにも自らを奮い立たせなければならない。


 実は政府から結婚うんぬんかんぬんの書類を受け取った時に説明されたのだ。

 刀剣男士と審神者の間に子供は出来ない、と。

 ただし書類を渡して来た武田さん曰く、正攻法では出来ないが“裏技”的なものはあるらしい。

『これは公にしてねえことなんだがよ、刀剣男士と結婚した審神者は他にもいる。だがな、本来付喪神である刀剣男士と審神者の間に子供は出来ねえんだ』
『え。でも、お子さんがいるって話を聞いたことが……』

 実際鳩尾さんのお孫さんは刀剣男士と結婚して子供を設けたと言っていた。だから「単に出来ない体質の人がいるだけじゃないの?」と思っていたのだが、実際は違うようだった。

『これから説明するが、よく聞いてくれ』
『はい』
『現状、刀剣男士との間に子供を設ける方法は二つある。が、実際には二つに一つだな』
『二つに一つ、ですか』
『おう。どっちもロクなもんじゃねえが、一つは政府が裏で行っている非公式の活動だ』
『非公式の活動?』

 なんかもうこの単語だけでもきな臭さが凄かったのに、武田さんが実際に言葉にしたのはそれを裏付けるヤバイ内容だった。

『“人造人間”――。ようはホムンクルスってやつだ。刀剣男士の肉体を象るために使ったデータや人体錬成情報なんかを使ってな。試験管ベビーみたいに培養器で育てる方法だ』
『うげえっ』

 政府って裏でそんなディストピアみたいなことしてんの?! と驚いたが、どうやら『今後審神者の霊力が尽きた際、遡行軍を殲滅出来なかった時のために霊力を持った存在を維持するため』に人造人間装置を開発したのだとか。
 だけどぶっつけ本番で稼働して成功するとは思えない実験のため、刀剣男士と結婚した審神者にこの方法で子供を授けてテスト運用しているらしかった。

 なんと罰当たりな……。と顔を青くさせていると、武田さんも『ありえねえよな』とこちらと同じようにげんなりとした顔で溜息を吐き出した。

『だが人体情報だけじゃ赤子は出来ねえ。だから審神者側からも遺伝子情報を貰うことになってる。まあ……あけすけに言えば卵子だな。これに人体情報を組み込んだ疑似精子を取り込ませ、子供を作るって方法だ』
『うえ……。吐きそう……』

 因みにこの話を知っている政府役員は多くないらしい。ただ自身の担当する審神者が刀剣男士と正式に婚姻を結んだ場合、担当官は選択肢を与えられるそうだ。

 ――その審神者の担当から降りるか、事実を知り、死ぬまで口を噤み続けるか。

 だけどここで問題となるのが私の“立ち位置”だ。
 今までは『霊力が少ない雑魚審神者』だったが、上位神が二柱も降臨した本丸の主であり、また水神の“寵児”として認められた規格外の存在となってしまった。おかげで遂に政府から『封印指定』されてしまったのだ。


 さて。この『封印指定』とは何ぞや。って話なんだけど、なんでも“一般的な本丸として管理出来ない存在がいる“本丸を指すんだと。
 簡単に言えば特殊能力を持った審神者だとか、本来持ち得ない能力を持った刀剣男士がいるとか。そういう本丸は『封印指定』扱いされるらしい。ようは保護という名の本丸への封印だ。

 だけどただ特殊能力があるだけでは封印指定されるわけでもないらしい。
 現に百花さんは式神を使った浄化能力を保持しているけれど、封印指定にはならないそうだ。武田さんも詳しい判断基準は教えられないみたいだから、とりあえず百花さんはセーフでも私はダメ。ってことで一応納得はした。

 そして『封印指定』されるとこちら側に色々と制約が加えられる。

 代表的なものが“審神者を辞めることはやむを得ない事情やそれに準ずる理由がない限り許可出来ない”というやつだ。
 あとは“この戦が終わるまで審神者であり続けること”。また“無暗に現世に戻ったり刀剣男士を連れて行くこと”や他の審神者と交流しないこと”などが挙げられる。

 他にも幾つか厳しい条件が課せられるみたいなんだけど、これも『封印指定』された本丸によって内容は変化するんだと。ま、そりゃそうだよね。保持する能力や封印指定された理由も様々なわけだから。その本丸に見合った内容でなければ政府も管理出来なくなる。

 私の場合もそうだ。

 封印指定をくらう前から政府の仕事に関与していた。感知能力を始めとした、ブラック本丸に取り残された刀の保護・更生。そして他の審神者に斡旋する、という業務だ。
 自分としてはそう重要なポジションだとは思っていなかったんだけど、この二年間で築き上げた実績は政府も手放すことが出来ないらしい。だから四つ目の項目に関しては『免除』となるようだった。

『何せ水野さんのおかげで今まで刀解するしかなかった元ブラック本丸の刀たちを後続に任せることが出来るようになった。これは戦力拡大、または維持を望む政府としては手離せねえ能力だ』
『そうなんですか? 刀の保護だけなら私以外でも出来そうですけど』

 実際、霊力が多い武田さんや、私以外にもいるであろう特殊能力を持った人が保護すればいい。そう考えたのだが、武田さんは首を横に振った。

『俺たちじゃダメだ。第一に、怒り狂い、怨念に支配された刀剣男士ってのは基本的にこちらの話に耳を貸す気がない。聞いているようで聞いてねえんだ』
『はあ。でも私が会った刀たちは――』

 確かに皆最初は聞く耳を持っていなくても、案外話せば分かってくれる。そう続けようとしたけど、武田さんに止められた。

『違う。水野さんの場合は特殊だ。“偶然”や“運が良かった”で済まされる話でもねえ。理由は水野さんの中に流れる“水神の気”だ』
『竜神様の?』
『おう。太郎たちにも言われたが、やはり上位神の神気ってのは特別なものらしくてな。俺たちからしてみれば刀剣男士も大層な存在だが、上位神とは比べ物にならねえんだと。特に水野さんは水神の寵児として認められている。ようは俺たち一般的な審神者が保持する霊力とは質が違うってことだ。だからどれだけ刀剣男士たちが怒りや怨念に侵されていようと、上位神の気を感じれば正気に戻る。あるいは水神の気が穢れを浄化しているか。ま、何にせよ水野さんにしか出来ねえってことだよ』
『な、なるほど』

 これは以前鳳凰様に教えて頂いたことがあるが、鋼の身を持つ刀剣男士たちと水神様の神気は馴染みが良い。それにうちの刀たち曰く、今は私の霊力に水神様の神気も加わった状態で本丸と彼らの肉体が維持されているらしい。だから以前に比べて流れてくる力は強いそうだ。
 だけどこれは決して喜ばしいことではないと言われた。

 だって普通の人間が持っているはずのない力が流れているってことは、それだけ私の魂が神様側に近づいている、という証左だ。
 幾ら清らかな霊力により穢れに対する抵抗力が高まろうと、彼らからしてみれば主である私が“人非ざる者”に近づいているということを実感する羽目になり、何とももどかしい気持ちにさせられるんだとか。
 だから竜神様が力を取り戻してるんだ! バンザーイ! と、単純に喜べる話ではないということだ。

 むしろ竜神様が力を取り戻せばそれだけ私の体に流れる神気も強くなる。そしてこちらの力が高まれば、その力を元に顕現する本丸と刀剣男士たちにも相応の力が流れ、穢れは浄化されていく。
 その恩恵は例え契約をしていない保護した刀であろうと関係なく与えられる。だってうちで保護した時点で清らかな気に満ちた本丸で生活をし、また僅かとはいえ神気が滲んだ水や食べ物を口にすることになるからだ。
 それを繰り返せば自然と溜まった穢れは浄化され、不安定になった心身のバランスが戻る。

 逆に言えばそれだけ穢れに侵された刀剣男士を救うのは容易ではない。とも言えるんだけどね。

 実際、うちでも助けられなかった刀は何振りもいる。むしろ自分から『刀解』を望んできたらマシな方だ。
 本当に堕ちるところまで堕ちてしまった刀は錯乱状態が抜けず、他の刀と衝突し、刃傷沙汰を起こす。その結果、相手の刀に折られたり、時にはうちの刀たちが拘束し、刀解室へと連行することになる。

 ……本当は、あまりそういう乱暴な手は使いたくないんだけどね。
 それでもこれ以上負の連鎖が続く前に、と刀解した刀は幾振もいた。

 確かに竜神様の気は上位神に相応しく清らかで、刀剣男士たちを元に戻す一助にはなっているのだろう。だけどその力は絶対ではない。幾ら清らかな力を持っていようと、救えない時はあるのだ。

 まあ、それでも私の血を直に舐めれば多少は違うみたいだけど。
 普通なら人の血を舐めたり浴びれば興奮状態に陥るけど、私の場合は竜神様の力が溶けているから。飲み食いするよりも強く神気を感じられるんだと。
 以前私の血を舐めたことがある刀たちが証言したから、確実だろう。

『それじゃあ、主はこれからも僕たちの保護を続ける、ってことでいいんだよね』
『おう。そうだな。現に水野さんが保護した刀の多くは再契約に至ってる。こんなこと言いたかねえが、お前たち兄弟は中々再契約が難しい難儀な性格をしてるからなぁ。だが水野さんが保護した場合、左文字でさえ再契約に至ることがある。だから余計に上は手放せねえんだろうよ』
『なるほどにゃあ』
『つーわけだ。水野さんには申し訳ねえが、今後もブラック本丸に置いて行かれた刀の救出・保護を頼む』

 頭を下げてきた武田さんに了承の意を返す。実際、この業務にやりがいを感じていたのは事実だ。
 だってそのおかげで色んな審神者さんや刀たちと知り合うことが出来たしね。

 だからこれに伴い増えて行く審神者同士とのやり取りや、また別本丸に行った刀との連絡を絶つことは実質不可能とみなされた。
 それに例え強制的に行ったとしても、私に恩を感じている刀たちが再度政府に疑念を抱けば今度こそ大きな事件に発展するかもしれない。こちらを守るはずだった刀に刃を向けられるなど歴史修正主義者たちからしてみればお笑い種だろう。だからそうならないためにも刀や他の審神者との交流は続けて欲しい。とのことだった。

『ただし上位神については気軽に口にしねえでくれ、ってことだ。刀はともかく、人間である審神者はそうそう分からねえとは思うがな。また変な輩に絡まれるのを防ぐためにも、これだけは徹底してくれ』
『それは、はい。勿論』

 元より『うちにごっつい神様おるねんで!』と言ったところで『何言うてんねや』って顔をされるのがオチだ。あるいは『うちにも神様おりますけどぉ?! 刀剣男士様がおりますけどぉ?! むしろお宅よりもよぉけおりますけどぉ?!』とマウント取られるだけなので口にする気は毛頭ない。

 だから『封印指定』なんて仰々しい判子を書類上では押されたものの、そこまで厳しい規制はされないようだった。
 ……まあ、厳しく課せられたところでそれをぶち破れる存在が上位神だからね。しかもこっちにはその眷属となった刀が二十五振りもいるのだ。政府のお偉いさんたちが束になって掛かって来ても負ける気がしない。

『で、だ。水野さんと接触したことがある役員は俺と柊、それから火野だ。まあ、火野は外してもいいんだがな』
『そんなご無体な……』
『あいつのことは気にすんな。話を戻すが、原則として“封印指定”を食らった審神者の担当官はよっぽどのことがねえ限り替えもきかねえし、辞めることも出来ねえ』
『そんな!』

 思いもよらなかった内容に驚愕と同時に憤慨するが、存外武田さんは気にしていないのか、落ち着いた様子で『大丈夫だ』と片手を振った。

『水野さんが気に病む必要はねえよ。確かに色々と制約を掛けられる部分もあるが、その分出世もするし給料もボーナスも上がる。言っちまえば“専属マネージャー”になるようなもんだ。今までと大して変わらねえよ』

 だけど“専属”になってしまったからこそ、この三名は私の結婚と同時に政府の“闇”に触れることになってしまった。
 知らなくてもいいディストピア的な世界を目の当たりにして、さぞショックを受けただろうに。
 それにもしもこの戦争が無事に終わっても、この事実を知った人たちが無事に一生を終えられるのかどうかは分からない。
 物語の読み過ぎ。と思われるかもしれないけど、もし『口封じ』として何か事故や事件に巻き込まれたら死んでも死にきれない。

 次から次へともたらされたとんでもない情報に悪い方向へと思考を飛ばしかけていたが、武田さんも思うところがあったらしい。笑みを引っ込めると、膝の上で組んでいた両手の指に力を込めながら息を吐き出した。

『……まあ、水野さんにだから話すんだけどよ。実は前々から“可笑しい”とは思ってたんだ。本来“生み出す側”にいないはずの刀剣男士が、何故子を成せるのか、ってな。幾ら神だろうが繁殖を必要としねえ奴らにそういった器官が備わっているとは思えねえ。特に火野は疑問視して色々と嗅ぎまわっていたらしい。だから今回、水野さんの婚姻をきっかけに上層部から呼び出され、資料と共に現場を見せられた時には驚くよりも納得したよ』
『そう、だったんですか……』
『ああ。だが政府のこの活動もまだ実験段階を抜けてなくてな。今後培養器から出された人造人間がどう成長するのかは分からねえ。現状この方法で子供を設けた審神者たちには定期的な報告と診断が課せられちゃいるが、まだまだ試運転みたいな状態だからなぁ……。医者も研究員も、毎回ヒヤヒヤしてるって話だよ』

 刀の付喪神と、霊力を持つ人間の遺伝子を持つ人造人間。
 人工的に作られた子供たちが親同様霊力を有しているか否か。また特殊な能力が発現したか否か。そういったことを始めとし、様々な試験や診断、テストを繰り返しながら経過観察するらしい。

 ……なんというか、夢のない話だ。
 それでも『愛する男との子供が欲しい』と望む声はあるらしく、現状はそう言った審神者たちの力添えで研究は進んでいるようだった。

『話は変わって、もう一つのパターンだ。まあ、こっちはあまり信憑性がないんだがな。なんでも刀剣男士が“何らかの呪術”を使って子を成したことがある。って話を聞いたことがある』
『じゅ、呪術、ですか』
『ああ。大した資料も残ってないし、成功例に会ったことがあるわけじゃねえ。実際、成功した事例は少ないみたいだからな。つーかそもそもの報告例が少なすぎてこっちも把握出来てねえんだ。ちらほらそういった方法で生まれた、って話を聞くだけで、本当かどうかも定かじゃねえ。ま、都市伝説扱いみたいなもんだ』
『ええ……』

 武田さんの言う通りまさに『都市伝説』的方法ではあるが、現状確認されているのがこの二つの方法だという。確かに『ロクでもない』し『二つに一つ』と言われたのも納得な内容だった。

『さってと。そんじゃまあ、ここまで話しちまったんだ。こうなったらもっと色々と教えてやるよ』
『え』

 だけどここで武田さんは共犯者を得たように悪い笑みを浮かべると、一応『他言すんなよ』と前置きしてからとんでもねえ事実を話した。

『これも今回初めて知った企業秘密的な話なんだがよ、まず初めに審神者になる時に説明があっただろ? 政府は審神者との恋愛を歓迎していない、ってな』
『はい。ありました』
『何せ相手が神様だからな。色々と想定外のことが起きた場合、命の保証が出来ねえんだ。それに結婚した後審神者や刀剣男士の心身に変化が起きた場合、政府側が御しきれない存在になる可能性がある。その時の対処やら何やらの問題もあるから禁止してるんだ。だが実際はそれらが守られている本丸の方が少ない。だから政府も端からこの規約を当てにせず、セーフティーネットとして刀剣男士に与える肉体は全て“無精子”状態で顕現されるよう設計してるんだよ』
『え?! そうだったんですか?!』
『おう。ま、知ってるのは審神者業も兼任することが決まってた役員だけだがな』

 まさか刀剣男士の肉体が『無精子』状態で顕現されるように最初から設定されていたとは。これにはガチの驚きである。実際、一緒に話を聞いていた小夜と陸奥守も知らなかったらしい。「そうなのか」と目を丸くしていた。
 だけどそのセーフティーネットを飛び越えるやり方で子供を孕ませるから『呪術を扱える奴は怖ぇのさ』と武田さんは肩を竦めた。

『だがこの事実を公にすれば面倒事も起きると思ってな。基本的には企業秘密扱いなんだよ、これ』
『えっと、企業秘密だったことは聞かなかったことにして、花街ではどうしてるんです?』
『勿論避妊が絶対条件さ。守られてるかどうかは捜査してみなきゃ分からんがな』
『はあ。なるほど』

 というわけで刀剣男士と普通に『夫婦の営み』をするだけでは子供は産まれない。ということだった。
 だけど夫となる陸奥守の肉体は政府から与えられたものをベースとして鳳凰様が新たにお与えになったものだ。だから話は変わるんじゃないかと思ったのだが。

『いんや。上様はわしにそこまでの権限はお与えになっちょらんはずじゃ』
『権限?』
『おん。命を司るがは上様の領域じゃ。無暗に手を出したら焼かれるだけちゃ。それにわしはただの眷属、それもまだ下っ端の方じゃ。まあ、おまさんと夫婦になるき、下っ端ではなくなるやろうけんど。それでも権能を得られるほどの立場にはなれん。それに繁殖をする必要がある人間とは違うき。元々“壊す”ために産まれた存在のわしらぁが子を成すのもおかしな話やろう』

 つまるところ『子が欲しければ鳳凰様に願う』か『呪術に手を出す』しかない。だけど私の場合は竜神様がいるから、おそらく呪術は弾かれるだろう。とのことだった。

『ほいでも、こがな話をしたっちことは、主はややこが欲しいがか?』
『ううん。逆。子供が可哀想な未来を辿る可能性の方が大きいから、産みたくなかった』
『ほうか。おまさんが腹を決めちゅうなら、わしは従うだけじゃ』

 以前母には話したが、あの時から『子供を産みたくない』という気持ちは変わっていない。
 そりゃあ陸奥守に似た子供が見たくない訳じゃないけど、もし産まれた子供が不幸な道を辿る羽目になったら死んでも死にきれない。
 だから両親には悪いけど『子は出来ない』と聞いて心の底から安心した。

 とはいえ刀剣男士にも性欲自体はあるらしく、陸奥守は今夜こそ私を“抱く”だろうというのが小夜の見解だった。

『流石に邪魔する人はいないとは思うけど……。念には念を、というやつです』
『そ、そっか……。なんかごめんね。色々と』
『気にしないで。昨日は皆で寝てしまったけど、今日は正真正銘夫婦として枕を並べる日だから。主は安心して陸奥守さんに身を任せて。本丸のことは僕と兄様を中心にして警備するから、心配しないでください』
『はい』

 頼もしすぎる小夜に心の底から感謝しつつ、いよいよ人生で初めて男性と“そういうこと”をする時間が刻一刻と近付いている事実に心臓が忙しなく音を立て始めていた。




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