小説
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世界に一つだけの




 鳳凰様に呼び出されたのは、結婚式を執り行う数日前のことだった。

「忙しない時期に呼び出してすまぬな。息災であるか? 愛し子よ」
「はい! 元気にやっています!」

 初めての結婚式ということで(しかも相手は神様だ)思った以上に準備やら何やらで追われて忙しくしてはいるが、ちゃんと休める時間はある。だから鳳凰様に突然御呼ばれしても問題ないですよ! と元気よく答えれば、鳳凰様は愉快そうに笑みを深めた。

「ならば良し。吉行ともうまくやるのだぞ」
「はい!」

 確かに陸奥守とは恋人として付き合っている期間は短かったが、土台には一年以上の付き合いがある。特に陸奥守はこちらの意向を読む力に長けているので、現状喧嘩とか意見の食い違いは起きていない。
 むしろ異性との触れ合いに慣れていない自分が一方的にわたわたしているだけだ。
 ただそんな情けないことは言えないので頷くだけに留めれば、鳳凰様は鷹揚に頷いた。

「夫婦は睦まじいのが一番じゃ。さて、今日そなたを呼んだ理由はな、コレを渡そうと思うての」

 コレ。と口にすると同時に鳳凰様が視線を向けたのは、傍に控えていた男性――先日金属加工場にいた『號(ごう)さん』だった。
 その傍らには銀盆があり、そこにはサイズの違う二つの箱が用意されている。

「察しがついておるであろうが、先日そなたに選ばせた鉱石を加工したものじゃ。號」
「はっ」

 鳳凰様に呼ばれ、前に進み出てきた號さんが箱を載せた盆を持って近づいてくる。そして、指紋が付かないようにだろう。汚れ一つ見つからない白い手袋を嵌めた大きな手が細長い箱を手に取った。
 鍛冶師らしく大きくて分厚い手をしているが、その仕草は価値あるものを扱う人らしく丁寧だ。現に慎重に開けられた箱の中にはトロリとした飴色の宝石――琥珀を使った二連型のネックレスが納められており、予想を遥かに上回る繊細な出来に一瞬惚けてしまった。

「うっわぁ〜……。めっちゃ綺麗……」

 言っては悪いが、この大きな手で作られたとは思えないほどに繊細な出来上がりだった。それこそうっかり触れたら砕けそうなほどに細いゴールドのチェーンはシンプルなタイプで、余計な装飾は一切ない。
 だけど、だからこそ、とでも言うべきか。形もサイズも違うそれぞれの宝石が際立って見える。

 一連目には初めて陸奥守を顕現させた時を髣髴とさせた透明度の高い明るい宝石が、二連目には仲間たちといる時に垣間見える濃いめの宝石が一粒ずつあしらわれている。どちらも若干の違いはあるものの、大きすぎず小さすぎず、程よく首元を彩る最適なサイズにカットされている。
 宝石に詳しくないとはいえ、鳳凰様の元に偽物が納められるはずもない。幾らパッと見ではシンプルに見えても宝石は価値ある一級品だろうし、ネックレス自体もものすごく丁寧に作られていることが見て取れる。むしろ余計な装飾が一切ない分、それだけ技術があるという証明でもあった。
 もはや美術館に展示されているレベルである。

「吸い込まれそう……」

 ポロリと口から零れ出た感想通り、まるで自ら発光しているかのように輝く宝石は本当に美しく、知らぬうちに琥珀の中に閉じ込められてしまいそうだった。
 それでも目が離せず見つめ続けていると、鳳凰様が笑いだす。

「クハハハ。ほんに素直な反応よ。なあ、號よ」
「へえ。大事なおひいさんのお眼鏡にかなうなんて誇らしいでさぁ」

 にっかりと白い歯を見せて笑う號さんは素朴な人だ。だけどこのネックレスを作った腕利きの職人でもある。
 実際この琥珀も加工場で見た時は研磨されていない状態だった。その時から既に目を惹く美しさがあったけれど、加工されるとより一層輝きが増している気がする。
 日の光を反射せずとも眩いのに、甘く蕩けそうな優しい色は目が離せない魅力がある。だけど力強さだけでなく安心感も与えてくれるから、やはり陸奥守の瞳の色にそっくりだと思う。
 少し前に調べたけれど、琥珀の別名が『太陽のしずく』と呼ばれているのも納得の姿だった。

 ていうかさ、これ普通に買うとしたら幾らになるんだろう。だって神様の元に集った鉱石で、神様が認めている職人が作ったんだよ? 諭吉数人じゃ話にならんて。給料数ヶ月分でも払えるかしら……。

「本当に綺麗です。こんなに綺麗な宝石もネックレスも初めて見ました」
「うむ。そうであろう。そなたが選んだ鉱石を我が認めた男が加工したのじゃ。人の世で見る物より優れて当然である」
「勿体ねえお言葉です」

 號さんは恐縮するように何度も頭を下げたが、鳳凰様は満足げな笑みを浮かべている。先の言葉と合わせて鳳凰様がどれほど號さんの腕を信用しているのか見て取れて、こちらもなんだかニコニコしてしまった。職人さんを蔑ろにしないお姿、素敵です!

「へへっ。この歳で褒められると照れくさくて敵わねえや。けども、すいやせんねえ、おひいさん。先に簪を仕上げたもんで遅くなっちまった。申し訳ねえ」
「いえっ、そんな! むしろこんなに早く加工されただなんてすごいです!」

 通常宝石を加工するのにどのくらい時間がかかるのかは分からないけれど、元々こちらの結婚式用の簪を六本も仕上げてくれたのだ。そのうえでネックレスを加工したとなると相当な過密スケジュールだったに違いない。
 だから謝罪する必要はどこにもないと伝えたのだが、號さんはあたたかみがありつつも豪快な笑みを顔いっぱいに浮かべながら否定した。

「とんでもねえ! オレたちにゃコレしかねえんでさ。だからこいつらを綺麗にしてやるのが仕事で、趣味みてえなもんです。おひいさんは気にしねえでくだせえ」
「う、うーん……。おひいさんではないのですが……」

 正直『お姫様』なんてガラじゃない。だけどここで「違います!」と言っても鳳凰様からも號さんからも否定されそうだったので一先ずは飲み込むことにした。未だに認め難いけど一応は『水神様の寵児』と言われてもいるわけなので……。
 そんな私を見て鳳凰様は愉快そうな笑みを浮かべたが、口を出すことはなかった。

「ささっ、おひいさん。こっちが首飾りで、こっちが腕輪でさあ。両方ともおひいさんが選ばれた石を使っとりますが、念のため間違いがねえか見て確認してくだせえ」
「は、はひっ」

 銀盆に載せられていた箱は二つ。一つは細長い、先程見せて貰ったネックレスが入っていた箱だ。となると、もう一つの正方形の箱に入っているのがブレスレットなのだろう。
 現に號さんがそれを開ければ、ネックレスとセットで着けてもいいようにという配慮だろう。数珠のようなタイプのブレスレットではなく、首飾りと同じゴールドのチェーンに小さな宝石が等間隔でついている。
 こちらも一見派手さはないものの、上品ながらも鮮麗された美しさに目が奪われた。

 それでも言われた通り宝石を眺めると、こちらには最初に選んだ――私を甘やかす時の瞳の色に近い鉱石を使っているようだった。
 見ている者をあたたかく包み込んでくれるような優しい色に、思わず「ほう」と吐息を零す。

「……はい。全部私が選んだもので間違いないです」
「うむ。吉行の目の色にそっくりだとはしゃいでおったからな。間違うこともないだろうよ」
「びゃあ! その節は誠に申し訳なく!!」

 確かにあの時は「全部むっちゃんの目の色にそっくり〜」とアホ丸出しなこと言っちゃったけど、思い返せば返すほど恥ずかしくて顔から火が出そうになる。
 とはいえ嘘もつけないので汗をかきつつ縮こまっていれば、鳳凰様はケラケラと楽し気に笑われた。

「クハハハ! 今更照れるでないわ!」
「う、うぅ〜……。そう言われましても……」
「御館様、あんまりおひいさんをいじめちゃダメですぜ。可哀想でさぁ」
「虐めているのではない。可愛がっておるのだ」

 どちらにせよ居たたまれなくて肩をすくめて小さくなっていると、號さんが「そいじゃあちょっとばかし失礼しますよ」と言って背中に回ってくる。

「え? えっと……」
「おひいさんの体に合うか、長さを調整させてくだせえ。問題ねえとは思うんですが……。さて。どうでしょう」

 そう言って懐から取り出した鏡に映された首元には、優しい飴色の宝石が二粒輝いている。
 色の濃さは違えど柔らかな色合いのそれはどの角度から見ても美しく、ついつい時間も忘れて眺めてしまいそうだった。

「わー……。すごく綺麗です。チェーンも、全然つけてる感じがしなくて……」
「うむ。それらは全て人間共が施す加工とは異なる方法で作成しておる故な。違和感もなかろう」
「へえ。どの石にも御館様のご指示通り加護と魔除けの文言を刻んどりますので、おひいさんの身をしっかり守ってくれるでしょう」
「へ?」

 どこか誇らしげな様子で胸を張る號さんだけど、ちょっと待ってくれ。今聞き捨てならない言葉が聞こえてきたんだが?

「加護と魔除け???」
「うむ。我が一時的に施した加護は既に消えておる。とはいえそなたは我が友、水神の寵児じゃ。その身は常にその力により守られておる。故に再度その身に直接加護を与えると過剰な施しとなろう。望まぬうちに我らの領域にまた一歩近づくのは本意ではなかろう? しかしそなたは何かと危ない目に合うのでな。装飾品に加護を施したのじゃ」
「ひ、ひええ……! 畏れ多いです……!」

 確かのこの前の事件では鳳凰様が加護を与えてくださっていたから小鳥遊さんから触られても平気だったけど、まさかあれと同じだけの加護がこのアクセサリーにも施されているのか? だとしたらもう値段とかつけられねえぞ……!
 と冷や汗ダラダラだったのだが、鳳凰様はどこか残念そうな顔で溜息を零された。

「しかしあまり強い加護を刻めば石が耐えられずに砕ける故な。精々お守り程度の効果しかない。だからこそそれらを着けていても過信するでないぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」

 心底残念そうなお顔をされているけれど、私としてはそれでも十分だ。だって普通に琥珀のアクセサリーを買っても神様の加護なんてついてないからね! それに現世では見られない特殊な技術で作られた一級品だ。これで文句なんて言おうものなら罰が当たるわ。

「ああ、そうじゃった。愛し子よ。どちらの装飾品にもそなたの中に巡る神気を抑える文言も刻んでおる。それを着けておる間は他人に感付かれずに済むであろう」
「え?! 本当ですか?!」
「うむ。先日教えた通り、そなたの神気を封印することは出来ぬ。しかしそなたの肉体が神格化することを抑制することは出来る。とはいえ、相応の何かがあればそれに刻んだ文言では抑えられぬ成長をするがな。人のまま生きて死にたければあまり面倒事に首を突っ込むでないぞ?」
「はい! 本当にありがとうございます!」

 私自身好きで面倒事に首を突っ込んでいるわけではないのだが、最初は巻き込まれても最終的には自分から首を突っ込んだように見える事件は幾つもあるので否定は出来ない。……というか、今後もそういうことが起きそうな気がする。二度あることは三度ある。を今回体験したのだ。ここまでくれば四度目や五度目も起きるかもしれない。だからこそ鳳凰様のお心遣いがありがたかった。

「でも……こんなにも頂いてしまってよいのでしょうか。いつも鳳凰様には助けて頂いているのに……」
「なに、此度は祝いの品のようなものじゃ。そなたと吉行との婚姻は我と友の友誼を固く結びつけるためにも一役買っておる。功績ある者に褒美を与えるのは長として当然の務め。それに祝いの席に簪数本しか贈らぬなど、火神としての名が泣くわ」

 心底からそう思っているのだろう。フン、と鼻を鳴らす鳳凰様は肘掛に体をもたれながら頬杖をつく。そんなどこか子供じみた態度に苦笑いしていると、號さんがブレスレットも着けてくれた。

「こっちも長さに問題はなさそうですけど、どんなもんでしょう」
「はい。こちらもすごく軽くて……。見惚れるほどに綺麗で、何時間でも見つめてしまいそうです」

 チカチカと、星が瞬くように光を反射させる宝石に目を細めれば、號さんは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「そいつはよかった。こいつらもおひいさんに気に入ってもらえて嬉しいでしょう。どうか末永く、大事にしてやってくだせえ」
「はい! 式の日以外は毎日のようにつけさせて頂きます!」

 普段アクセサリーはしないけど、これはつけている感じが全くしないから毎日着けても平気な気がする。その分落とした時が心配なのだが、どうやら簡単に千切れることも外れることもないとのことなので安心してつけられそうだった。

「おひいさん。絶対あっちゃならねえが、もし誰かに襲われそうになったらそいつで攻撃してくだせえ。ちょっとの衝撃じゃ壊れねえんで、容赦なくぶん回して大丈夫でさあ」
「そんなことしませんが?! っていうかこんなに繊細なのにそんなことして大丈夫なんですか、これ?!」
「当前であろう。普段は我の装飾品を作っておるのだぞ? 戦神の動きに耐えられんでどうする」

 サラッと言われたけど、確かにそうだった……。
 普段鳳凰様が身に着けておられる物を作っているのであれば強度は重要。そして激しく動いても大丈夫な造りでないとどれほど美しく作っても喪失してしまう。
 成程。だから簡単にはなくならないし壊れない仕様なのか。神様の眷属ってスッゲー。

「分かりました。きっと大丈夫だとは思いますが、もし何かあったらこれで相手をぶん殴ってきます」
「うむ。そうせよ。大事なのは装飾品ではなくそなたの身故な」
「へえ。御館様の仰る通りで。おひいさんの身に何かあったらそれこそ大変でさあ。そいつらが壊れても直せばいいんです。いつでも仰ってくだせえ」
「はい。ありがとうございます」

 ちょっとばかし物騒な言葉も飛び交ったが、今日はこれで終わりらしかった。鳳凰様が「ではな」と言って帰そうとしてくれたけれど、

「あ! 鳳凰様! 一つお尋ねしたかったことがございまして!」
「うむ? なんじゃ?」

 お引止めしては悪いとは思いつつも、先日口にされた「竜の子」が何なのかずっと気になっていた。だからドストレートに尋ねれば、鳳凰様は「そのことか」と言って崩していた姿勢を正した。

「“竜の子”とはそのままの意味よ。“竜の子供”。寵児との違いは幾つかあるが、最たるものは神か人かの違いじゃな」
「神か人、ですか」
「うむ。以前話したが、そなたはこのまま何事もなく生きることが出来れば人のまま死ぬことが出来るであろう。しかしまた此度のような面倒事に巻き込まれ、その身に宿る力が強くなれば一層我らの領域に近付くことになる。つまり、半神となるのじゃ」
「半神……」

 神が人に産ませた子供を半神とする神話や逸話は幾つもあるけれど、後天的に半神になるなんて可能なのだろうか。まあ浅学な自分が知らないだけで世界のどこかではそういう話も残っているかもしれない。
 それに、人は死んでから神格化されることもある。そう考えれば人が神の末席に名を連ねることは不可能ではないはずだ。
 現に私の考えを読み取ったらしい。鳳凰様も頷かれる。

「その通りじゃ。特にそなたは幼き頃より友――水の神が宿っていた特別な人の子である。神の力に耐えうる器はこれまでの生活で既に出来上がっておる」
「はあ。道理でおひいさんの体からは人間とは違う気が感じられたんですねぇ」

 感心したように頷く號さんには苦笑いしか出来ない。
 実際、元は普通であっても度重なる事件のせいで強制的に肉体が変わった。特に最初の事件で折れた刀剣男士たちから神気を与えられたのが大きかったのだろう。鳳凰様もそこが始まりだと教えてくれた。

「今までは友が影ながらに守っておったようだが、その一件を境にそなたの体に多くの神気が流れるようになった。それに順応するために肉体は変化し、徐々に“神の力を受け入れる器”を広げていったのじゃ」
「そしてそれは今も大きくなっている、ということでしょうか」
「うむ。だからこそ後退は出来ぬ。進む速度を緩めるしか出来ぬのはそのせいじゃ。言っておくが器を破壊するということは、即ちそなたの身を壊すと同義である。肉体が壊れれば人は死ぬ。故に封印か抑制かの二つしか道がないのじゃ」
「成程。そうだったんですね」

 生まれながらに竜神の力を宿し、審神者となり数多の縁が私を変えた。それは一概にいいことだとも悪いことだとも言えない。だけどここで結んだ縁は大事なものであることは確かだ。だからあまり後ろ向きに捉えたくはなかった。
 そんな私に鳳凰様は新たな爆弾を投下する。

「それにな、ただ半神になれば“竜の子”と呼ばれるわけではない。友がそなたを“自らの眷属”あるいは“後継者”として認めねばならぬのじゃ」
「眷属、または後継者、ですか」

 眷属はともかくとして、神様たちにも“後継者”って概念があるのか。そのことにも驚きだったが、まずは鳳凰様の話を聞かないことには質問も出来ない。だから頷く鳳凰様のお声に耳を傾ける。

「然り。神々にはそれぞれの領域があるが、水や風の神はその気質故あまり縄張り意識がない。流れるままに生きておるからの。故に眷属や後継者についても深く考えておらぬ者が多い」
「そうなんですか?」
「うむ。自然から生まれ出た神は特にの。消えることに関して抗う意を持たぬ。消えるのならばそれが運命。自らの定めと受け入れ、そのまま姿を消すのじゃ」

 なんとも誇り高い生き方だ。だけどそうじゃない人から見れば「もう少し後のことを考えろよ」と言いたくなるのかもしれない。現に鳳凰様もそのタイプのようだった。

「だから我も常々口にしておったのだ。我ら神は信仰を失えばそれだけ力を失い、消滅する。現にそなたが神職に就くまでの間、友の力は極限まで削られていた」
「あ……」

 人間の信仰心が神々の存在、力の維持に繋がるのであれば、あんな山の麓にひっそりと祀られていただけでは力が蓄えられるはずもない。それなのに竜神様は私を、一族を守り続けてくれた。
 そのことに改めて感謝の気持ちを抱いていれば、鳳凰様がビシッ、と勢いよく扇子の先端を向けて来る。

「しかし今はそなたがおる。そなたが神職として人と神を繋ぎ、友は以前ほどとは言えぬが力を取り戻しつつある」
「は、はい」
「しかも今は、我らにとっては小さき力とは言え、神の席に名を連ねる“付喪神”も数多存在する。奴らの信仰心が一層友の回復に力を貸しておるのじゃ」
「成程」

 私と契約している刀は少なくても、本丸に遊びに来てくれる審神者や刀剣男士たち結構な数に上る。そして必ずと言っていいほど竜神様にお参りをしてくれるのだ。特に百花さんの刀はうちの畑に毎日のように手伝いに来てくれるから、その都度手を合わせてくれるので有り難い。
 その中でも熱心に参ってくれるのが御神刀たちだが、山伏や数珠丸も時折ふらりと訪れてはお参りに来る。他にも大倶利伽羅、日本号といった竜に縁のある刀剣男士も思うところがあるのか、知らぬ間に来ている時があるのだ。

 百花さん以外の刀もそうだ。夢前さんや日向陽さん、武田さんに柊さん、離れに隔離している刀剣男士や、今まで保護し、他の審神者と契約して我が本丸を出て行った刀たちも。訪れる度に必ずお参りしてくれる。それが竜神様の回復だけでなく、力を取り戻すことにも一役買っているそうだ。

「友はかつて数多の土地を統べる王であった。しかし本人にその気は全くと言っていいほどなくてな。流れる水の如く、抗うこともせず流れるままに生き、人と共に衰退していった」
「そうだったんですね……」
「うむ。我は力を得ることに躍起になっていたというのにな。友は全く力を必要としておらなんだ。常に風や水の精霊と共に人の傍で生き、愛し、時に裁きを下しておった。いつか己が消えることすらも自然のことだと受け入れてな」

 太古から存在していた神様だからすごいお方だとは思っていたけれど、まさか竜神様が土地を統べる王様だったとは思ってもみなかった。
 新たな情報に再び冷や汗がジョッバーと流れ始めたのだが、鳳凰様は気にせず語り続ける。

「これでもな、我は友より産まれたのが遅かったのじゃ」
「へ? そうだったんですか?」
「うむ。我が産まれた時、友は既に一部の水を統べる小さき王であった。しかしあの気性故なぁ……。争うことは好まず、ただ穏やかに生きておったものよ」

 あー。なんか分かる気がする……。竜神様は確かに怒らせたら怖いお方だけど、基本的には穏やかでいらっしゃる。それこそ、鳳凰様が語った通り「流れるままに生きている」のだろう。
 だけど昔は今と違い、山に対する畏怖や、自然、神々に対する信仰心は強かった。だから今よりもずっと強かったし、使える能力も多かったのだという。

「今はまだ当時の百分の一も力を取り戻してはおらぬ。しかし限定的とはいえ、雨や風、雷をも操ることが出来ておるだろう?」
「あ、そういえば」

 私が“浸食”に精神を蝕まれている時、竜神様は本丸内に大雨と落雷を発生させた。前者は刀たちに私の危機を伝えるため、後者は悪神に飲み込まれそうになる私を叱咤するためだった。
 とはいえ雷については教えてもらえるまで分からなかったのだけれども、本丸がある程度落ち着いた時に小夜から教えて貰ったのだ。

『主は覚えているか分からないけれど、大雨の中主が帰ってきた時、何度も大きな雷が落ちたよね? あれは、竜神様が主を諫めるために落としたものなんだよ』

 ――と。
 どうやら小夜自身は私が何を考えていたのかは分からなかったみたいだけど、あの時の精神状態からして“良いものではない”と察したのだろう。そしてそれを裏付けるかのように何度も雷が落ちた。
 “死にたい”“消えたい”とバカげたことを考えた私を叱るように。何度も何度も。
 だから小夜に教えて貰った時に納得したのだ。あの時は「怒っているんだ」と思ったけど、実際は悪神に魂を蝕まれかけていた私を守るために落としたものだったと。

 だけど何故竜神様が雷を落とせたのかは知らないままだった。だから鳳凰様の言葉に頷けば、鳳凰様も頷きを返してくる。

「我の権能が命を司ることであるように、友の権能は天候を操ることじゃ。風の力を借りて雨雲を呼び寄せ、雷を落として偏りかけていた様々な均衡を平らに戻す。そして時には人々を諫めるため、あるいは裁きを下すためにも雷の力はよく使っておったな」
「そうだったんですね」

 今はまだ本丸内という限定した場所でしか使えないみたいだけど、それでも以前のままでは使うことすら出来なかった能力だという。それはそうだろう。幾ら“権能”として保持していたとしても、それを使うだけの力が残っていなければ使えるはずがない。
 ゲームでいうところのMP枯渇問題だ。魔法やスキルを使うのにMPが必要なのに、そのMPが一桁になっていれば覚えていても力を使うことは出来ない。
 だけどそれも信仰心が戻って行けば変わるだろう。実際、先の件で竜神様は相当力を使ったはずなのに、今はお姿を現すことが出来る程度には回復されている。それは回復するのに必要な信仰心がすぐに集まったという証明だ。

「そなたが朝晩祈りを捧げておるだけでなく、九十九共も同様に個々で祈りを捧げておるようだからの。そしてその祈りが力となり、友は少しずつ以前の力を取り戻し始めておるのじゃ」

 かつての竜神様がどれほどすごい神様だったのかは分からない。それでも使える力が限られていたのに、何度も私を助けてくれた。鬼崎の時は私が命を落とさないよう守ってくださったし、水無さんの時は暴走した“母”の血の海から守るため、そして養分にするために拉致されていた五人の審神者を助けてくれた。
 それだけじゃない。刀剣男士たちに神気を与えられた後、私の少ない霊力と神気を馴染ませるために尽力してくださった。そして今回も。穢れた水のせいで命を落としかけたのに、それでも私と刀たちを守ってくれた。
 ……本当に、愛情深くて優しくて、強くて格好いい神様だ。

 そんな竜神様に改めて感謝の気持ちを強く抱いていると、鳳凰様も「うむ」と頷かれる。

「だからこそ、じゃ。愛し子よ。そなたがただの寵児で終わらぬ可能性があるのは」
「へ?」

 無意識に胸の前で手を組み、祈りを捧げていた私を鳳凰様が現実に戻す。そして咄嗟に顔を上げた私に、鳳凰様は“竜の子”について語りだした。

「確かにそなたを守り続けたのは友じゃ。しかしな、そなたのひたむきな信仰心と愛情、そして善なる心が友を生かしたのも事実である。九十九と縁を繋いだのもそなたである故な」
「そ、れは……そうかもしれませんが……」

 実際審神者になったのは竜神様ではなく私だ。政府役員である武田さんたちや、他の審神者たち、そして彼ら、彼女らに仕える刀剣男士の信仰心や祈りも、私がいなければ竜神様に捧げられることはなかっただろう。
 そして今回の事件で視界を奪われた私を守るために、竜神様は「守るべき一族の子孫」という認識から「自らの眷属」として認識を改め、私に“視る”力をお与えになったと言う。

「元よりそなたの一族は“目”に力が現れやすかったのだろう。此度奪われたのも力を宿す“目”に関する能力であった。故に友も最も負担が少ないようにと考え、“本質を視る能力”を授けたのであろうよ」

 最初は“感知能力”から始まった力も、水無さんの事件を通して“霊視”が出来るまで力が強くなった。そして今回の事件により、感知能力と霊視の複合化のような『物や場所に残された記憶を視る』力にまで進化した。だけど“強奪”により資格を奪われ、竜神様から『本質を視る』力が与えられた。
 すべてがこの“目”を中心に回っている気がするが、竜神様は私のことを考えて力を与えてくださったのだ。嘆く場合ではない。
 それ裏付けるかのように、鳳凰様が口数の少ない竜神様に変わって教えてくれる。

「神が一部とはいえ力を与えたということは、その者を“眷属”として認めた、ということじゃ。そしてそなたはただの眷属で終わらぬ可能性が高い」
「……今後のこと、ですか」
「うむ。そなたが此度のような事件に度々見舞われ、その都度力が強まるようであれば、人の肉体を持っていても“半神”となる。そして半分でも神になったのであれば、眷属として認めた友はそなたを“後継者”――つまりは竜神の子、“竜の子”として扱うことになる」

 成程。だから“寵児”は人の子で“竜の子”は神と説明されたのか。半分は人でも半分は神様だから。そして竜神様の眷属、後継者として認められるから“竜の子供”、略して“竜の子”と呼ばれるようになる。
 ははあ……。そういうことかぁ……。

「じゃあ、おひいさんはやっぱりおひいさん、ってことですね」
「うむ。で、あるな」
「あ、そこに着地するんですね?」

 厳かな気持ちになりかけていたのだが、號さんのあっけらかんとした物言いにガックリと力が抜けてしまう。だけど却ってそれがよかったのかもしれない。鳳凰様も笑って「そう悩むな」と口にされる。

「例えそなたが友の後継者と認められようと、いきなり神の真似事をしろと言われるわけではない。逆にそなたを守るために友は眷属を遣わすであろう」
「あ。そういえばうちの刀たちが竜神様の眷属になりまして」
「ほう。ならばわざわざ他の者を遣わす必要はないな。今後はそなたらの九十九共が一層身命を賭して守るであろう。それこそ、そなたを害する者、侮辱する者には容赦せぬはずだ」

 今でこそ過保護だというのに、これ以上になる、だと……?
 あまりの事実に「ヒエッ」となり、血の気が引いていく。しかもそれだけでなく、鳳凰様は更なる驚きの事実を口にする。

「ふむ。そなたにとって吉となるか凶となるかは分からぬが、“竜の子”として認められ、尚且つそなたが自らの力を証明すれば、肉体が死した後も九十九共との生活は可能であろう」
「へ?! 本当ですか?!」
「うむ。先にも説明したが、“竜の子”とは即ち“後継者”と同義である。人の身を脱し、魂魄となり一度友のもとに下れば友が神としての器を与えるであろう。そうなればそなたは“小さき竜”として生まれ変わり、新たな水神として存在することになる」
「ええ?! ってことは、鳳凰様や鳳凰様の眷属となった陸奥守とも、竜神様と眷属になったうちの刀たちとも、死んだ後も一緒にいられる、ってことですか?!」

 鶴丸ではないが、これぞまさしく「驚きだぜ!」という気持ちでいっぱいだったのだが、何故か鳳凰様は目を丸くしたあと呵々大笑した。

「クハハハハ! そうかそうか! そなた、我とも離れがたく思うておったのか!」

 しかも言うことがコレである。だから相手は偉大な神様だと分かっていてもついムッとしてしまった。

「当たり前じゃないですか! 私は鳳凰様のことも尊敬しております! 大切な人や好きな人と別れるのは、辛いではないですか」

 それに、何となくだけど鳳凰様は“寂しがり屋”だと思うのだ。以前陸奥守を眷属にした理由を尋ねた時の様子からしてそう感じた。
 鳳凰様は“喪う”ことに慣れている。だけど慣れているからといって傷つかないわけじゃない。むしろ沢山の命を愛おしむ方だからこそ、その輝きを尊び、生きている時間を大切にされているのだ。
 そんなお方をどうして嫌いになれるだろうか。

「私が生涯を共にしたいと、夫にしたいと思ったのは陸奥守だけですが、他の神様たちを大事に思っていない訳ではありません。竜神様や鳳凰様に対してもそうです。人間の私が好意を抱くなど烏滸がましいかもしれませんが、大切だと思う方と長く共にありたいと思うことは当然のことです。何も可笑しなことではないと思います」

 だって、実際に鳳凰様は何度も私を助けてくれた。こうして新たな知識を与え、贈り物もしてくださる。眷属となった陸奥守にもそうだ。眷属になって日が浅いのに、沢山の力や褒美を与えてくださった。
 返しきれない恩が沢山あるのに、それを返さないまま死ねないし鳳凰様を悲しませたくもない。
 だからじっとその目を見つめていれば、鳳凰様は暫し黙した後、フッと堪えきれぬように表情を崩された。

「まったく……。そなたはまことに困った子よな」
「え?! なんでですか?! ハッ! もしかして私の好意は迷惑で――」
「たわけ。違うわ」
「あいたっ」

 座していた鳳凰様が立ち上がったかと思うと、失言に気を悪くしたのかと思って血の気が引いた私の額を扇子の先で軽く叩いて来る。號さんはそんな鳳凰様に驚いたのか上半身をのけ反らせていたけれど、鳳凰様は何も言わなかった。

「未熟ではあるが、そなたはその目を介さずとも無意識的に本質を読み取る力を持っておる。その力を自覚して使っているのであれば曲者になろうが、無自覚だからこそ目が離せぬのであろうなぁ」
「……鳳凰様?」
「気にするな。後半は単なる独り言じゃ」

 鳳凰様はそう言うと今度は大きな手で頭を撫でてきた。陸奥守や、うちの刀たちとはまた違う。ゴツゴツとした大きな手は普段刀や農具を握る彼らとは違った硬さがある。
 だけど加減された力とあたたかく優しい手の動きに、鳳凰様の優しさや思いやりが現れているようで何だか嬉しくなった。

「さて。今日はここまでにするか。これ以上ここにいれば負担になるでな。新婦の身に負担をかけたとあれば友に顔向け出来ぬ」
「お、おおっ! おひいさん、どうぞ。お納めくだせえ」
「わっ! 鳳凰様、號さん! 本当にありがとうございます! 大事にします!」
「うむ。ではまたな」

 私が號さんからアクセサリーを受け取ったのを確認すると、鳳凰様は軽く指を振って私を本丸へと戻す。
 いつも不思議に思うんだけど、竜神様や鳳凰様に呼ばれている時って意識だけがそっちに行っているんだよね? 肉体はここにあるんだよね? それなのにちゃんとアクセサリーが入った箱が両手にあるのってどんな原理なんだろう。
 でもそれを言ったら折れた刀たちも似たような状況で持って帰って来たんだから、今更すぎるか。審神者の七不思議とでも言っておこう。

 そんなこんなで翌日。早速鳳凰様が下さったアクセサリーを着けてみたのだが。

「…………主。それ、どうしたの?」
「ほえ? それって?」

 朝餉の準備が出来たと教えに来てくれた小夜と、その隣に立っていた加州が顔を青くさせている。そんな二人の視線が首元に光るネックレスに注がれていることに気付き、ちょっと照れくさいながらも「鳳凰様がお祝いに、って作ってくれたんだー」と答えたのだが。

「待って待って待って。これどう対応したらいいの。俺怖い」
「主。陸奥守さんはこのことを知ってるの?」
「へ? むっちゃん? さあ〜? どうだろう? そういえば言ってなかった気がする」

 鉱石を選んだ時も夜だったし、その後も式の準備と本丸の整備、日々の仕事と忙しかったから言ってなかった気がするなぁ。と考えていたら二人は同時に肩を落とした。

「はあ〜……。分かってたけどさぁ……。ほんっと鳳凰様って主と竜神様のこと大好きだよね」
「陸奥守さんが眷属になったうえで寵児である主が婚姻を結んだから、余計に可愛がっているのかと……」

 二人は小さな声でやり取りをしていたけれど、それよりも。私としては何としても主張したい部分があった。

「てかさ! 見てこれ! むっちゃんの目の色とそっくりじゃない?!」

 鳳凰様の元に集った鉱石は多々あれど、眷属になった陸奥守の瞳の色とそっくりな琥珀があったことも、それを見つけたことももはや運命的と言っては過言ではない気がする!
 今朝改めてアクセサリーを眺めながら噛み締めていたせいか、つい声が弾んでしまった。それでも懐刀である小夜と、お洒落番長の加州の二人にはどうしても見て欲しかった。だから説明したのだが、何故か加州は渋い顔をし、小夜は苦笑いを浮かべた。

「そうだね。主と一緒にいる時の陸奥守さんは穏やかで優しいから」
「え? 小夜くんといる時は違うの?」
「ううん。優しいよ。でも、やっぱり僕たちと主とでは色々と違うから」
「そう……?」

 小夜や皆を冷遇しているとは思ってはいなかったけれど、それでも私と接する時はどうしても態度が違うらしい。よくは分からないけどそうなのか。と頷いていると、渋い表情を浮かべていた加州が大きなため息を零した。

「主が幸せそうだからいいけどさぁ、あんまり大きな声で自慢されたらアイツが天狗になるよね。出陣先でも桜飛ばしたらうっかり殴っちゃいそう」
「でも、主が言わなくても皆気付くんじゃないかな……」
「そうねえ〜。主が幸せそうだと理由分かってても話聞きたくなるもんね〜」

 何だかよく分からない話が続いているけれど、二人の微妙な反応からして「似合わないのかなぁ」とか「やっぱりつけるべきじゃないのかな」と考えていたら、戻ってこないか私たちを見に来たらしい。
 長谷部と一緒に陸奥守がやってくる。

「おん? おまさんらぁ、こがなところで立ち話しかえ? 朝餉の準備は出来ちゅうぞ」
「おはようございます、主。おい、お前たち。主をお呼びするのに時間がかかりすぎではないのか」
「あ、おはよー、長谷部。むっちゃんも」
「おん。おはようさん」

 二人に挨拶を返していると、長谷部が窘めるように小夜と加州を見遣る。だから弁解しようとしたのだが。

「にゃあ、主。首のそれ、どういたが」
「あ、これ? 鳳凰様に頂いたんだ〜。えへへ。むっちゃんの目と同じ色の宝石を選ばせてもらってね。これならむっちゃんが出陣とか遠征でいない時でも一緒にいた気持ちになれるかも〜。……なんて」

 流石に重かったかな? と今更ながらに気付いて誤魔化そうとしたのだが、何故か陸奥守は硬直し、長谷部は両手で顔を覆って天を仰いだ。
 だけど次の瞬間には舞い散る花びらと同時にギュウッ。と力強い腕に抱きしめられていた。

「わしの主がこぢゃんとかわえい……!」
「お前だけの主じゃないから! つーか主が可愛いなんて今更言われなくても分かってるっつーの!」
「そうだぞ、陸奥守! 主は俺の主でもある! そして主はいつでもお可愛らしい!!」
「みんな、やめようよ……」

 小夜の呆れたような台詞に激しく同意する。だけど陸奥守に引かれていないようで安心した。とりあえずほっとしつつ逞しい背中をペシペシと叩けば、名残惜しそうにゆっくりと腕が離された。

「はあ……。抱きしめることしか出来んのが辛い……」
「うるせえバカ。耐えろバカ。欲情したら後ろからぶっ刺すからな」
「婚前交渉した時点で竜神様にご報告したうえで処罰を下すからな。今の俺たちは竜神様の眷属であることを頭に叩き込んでおけ」

 心底不機嫌そうな加州と長谷部の顔が凄まじく恐ろしい。恐ろしいって言うか、圧? 迫力? がすごい。だけどやっぱり聞いておいた方がいいかな。と思うので、意を決して口を開く。

「あ、あのさ」
「ん? どしたの、主」
「はい。何でしょう。主」
「その……。やっぱりこういうの、着けない方がいい……かな? 皆は命がけで戦ってるのにさ、アクセサリーつけるとか浮ついてるって思われるかなー……って」

 元々前の職場でもアクセサリー類は禁止だった。それに首や腕を戒める類のものは元々好きではない。今回頂いたのは全然つけている感じもしなければ締め付けられている、拘束されている感じがしないから平気なんだけどさ。
 正直今までは着けていなかったし、着ける時も遊びに行く時だけだった。だから休日でもないのにアクセサリーを着けるのは主として相応しくないよな。と考え直したのだ。
 だから取った方がいいか。と腕を回したんだけど、すぐさま加州と長谷部が慌てたように「そんなことはない!」と首を横に振る。

「そんなことないよ、主! 大丈夫だよ、すごく似合ってる! 可愛いよ!」
「加州の言う通りです、主! 装飾品の一つや二つで戦えなくなるほど我々は腑抜けてはおりません。それに主は日頃から頑張りすぎていらっしゃるのですから、その装飾品で御心が休まるのであればつけて頂くのが一番です」
「そ、そう?」

 懸命に言い募ってくれるけど、元々この二人は主に対して甘いからなー。だから小夜にも視線を向けて「つけてもいいかな?」と尋ねれば、すぐに頷いてくれた。

「むしろつけていた方がいいと思う。鳳凰様のことだから、ただの宝石じゃないんでしょ?」
「さっすが小夜くん! 察しが良い! 実はね、鳳凰様が加護と魔除け、それから神気を抑える文言を刻んでくれたんだ。だからこれを着けてると私の神格化が抑えられるみたい」

 とはいえ今の説明はだいぶ端折っている。だって神気は完全に抑制出来るわけではないし、実際に文言を刻んだのは號さんだ。だけど鳳凰様が私を想ってくれたのは事実だし、魔除けも加護の文言も、まだ発動はしていないけど実際に刻まれている。
 今朝マジマジと宝石を観察している時に“視えた”のだ。何て書いているのかは分からないけれど、小さく掘られた何らかの文字が。

「私が望んでいるならともかく、そうじゃないなら自分たちの領域に近付くのは嫌だろう。って言ってね。実はそう言う意味でも着けておきたかったんだよね」

 勿論陸奥守の瞳の色と似ているから、と鉱石を選んだのだからそれが一番の理由なんだけどさ。それに付加価値をつけてくれたのは鳳凰様だ。
 そんな好意と思いやりに溢れた品を仕舞っておくのは流石に申し訳ない。それに皆と過ごすようになってから尚の事「物は使ってこそ」という気持ちが強くなった。だから身につけておきたいのだと主張すれば、皆頷いてくれた。

「主が変なことに巻き込まれないようになるなら俺は大賛成だよ」
「俺もです。陸奥守が有頂天になってもこちらでどうにかしますから、主はどうかお気になさらず」
「何でわしが浮かれる前提なんじゃ」
「実際桜飛ばしてんのは誰だよ。あとでちゃんと掃除しなよ」
「加州の言う通りだ。ここら一帯貴様のせいで桜まみれだ」
「わははは! 花見はえいもんやき、許しとうせ!」
「ムカツク〜」
「あはは」

 賑やかなやり取りに笑っていると、小夜が控えめに手を握ってきた。

「ん? どうしたの?」
「……これを身に着けていても、主は、僕を“懐刀”だと思ってくれる……?」
「え?! 当たり前じゃん! 小夜くんが“イヤ”って言うまで私の懐刀は小夜くんだからね?!」

 まさかの発言に驚き、それからすぐに「離さねえからな?!」という意味も込めてギュッと抱きしめれば、硬くなっていた小夜の体からふっと力が抜けたのが分かった。

「よかった……。主に、捨てられるかと思って……」
「捨てないよ! 絶対そんなことしない! 竜神様と鳳凰様と、他の神様全員に誓ってもいい! だからもうそんなこと思わないで」

 私の“懐刀”はあなただよ。小夜くんしかいないよ。
 そんな気持ちを込めて小夜の両手をギュッと握りしめれば、やっと安心してくれたのだろう。小夜は小さく頷いた。

「僕こそ、疑ってすみません。主は、そんなことをする人じゃないのに」
「いいよいいよ。でも、不安になったらいつでも言って? 何度でも声にして、言葉にして、証明してみせるから」

 私を守ってくれる刀は沢山いるけれど、私の呼びかけに最初に応えてくれたのは小夜だから。

「だからずっと私を守ってね。今日も明日も、結婚式の当日だって。小夜くんが私の“懐刀”なんだから、他の短刀を帯に差すつもりはないよ」
「え。それは……」

 いつかお願いしようとは思っていた。だけどどのタイミングで、どんな言葉でお願いするか悩んでいたのだが。結局いつも通り行き当たりばったりの状態での“お願い”になってしまった。

「小夜くん。もしよかったらなんだけど、式の日、私の“懐剣”になって欲しいんだけど……。どう、かな?」

 陸奥守には既に了承は得ている。むしろ「小夜以外の短刀を選ぶとは考えてすらいなかった」と笑い飛ばされたぐらいだ。それぐらい私たちにとって小夜は“懐刀として当たり前”の存在だったんだけど、何故か言われた本人は目を真ん丸にし――それから顔を赤くし、陸奥守に続いて桜を舞わせた。

「ぼ、僕で、いいの……?」
「当たり前じゃん。私もむっちゃんも小夜くん以外の選択肢、初めからなかったんだけど」

 今の発言からして、小夜は「自分は“復讐の刀”だから」とか思ったのかもしれない。だけど他の『小夜左文字』がそうだとしても、“私の小夜左文字”はそれだけじゃない。

「小夜くんが言ってくれたんだよ? 自分は私を“守る刀だ”って。だったら私の人生で一番の晴れ舞台を守ってくれなきゃ困るよ」

 女の幸せが結婚式だとは思わない。だけど大人になった女性が一番輝く場所があるとしたら、やっぱり『結婚式』だとは思う。まあ、芸能人とかを除いた一般人の人生としてはね。
 だから異性とのお付き合いも結婚も諦めていた自分にとって、きっと最初で最後の晴れ舞台で大舞台だと思うから。

「皆のことも信頼してるし、イヤなわけじゃない。小夜くんがイヤだったら他の誰かに頼むしかないけど……」

 本丸が出来てすぐの頃みたいに。陸奥守と二人だけだった生活に小夜が加わって……あっという間に過ぎた三人だけの生活だったけど、他の刀たちと過ごした時間とはやっぱり違ったから。
 そして私にとって初めて“刀らしい刀だ”と思わせたのも、初めての鍛刀で私の呼び声に応えてくれたのも、全部小夜だったから。

「私は、小夜くんがいい。あなたに一緒にいて欲しいんだよ。“私の小夜左文字”様」

 だからどうか応えて欲しい。あなたが“復讐”だけの刀じゃないって、守り刀にもなれるんだって、知って欲しいから。
 殆ど祈るような気持で床に両膝をつき、小夜の手を握っていた手に額を押し当て懇願すれば、小夜は何も言わずに私の頭に額を優しく当てた。

「……嬉しい、です」
「ほんと?」
「はい……」
「そっか。よかったぁ。それじゃあ当日もよろしくね? 私の小夜くん」

 握っていた両手を離し、ギュッとその体を抱きしめれば先程の陸奥守と同じくらい、細いのに強い力で抱き返してくる。そんな小夜くんの頭と背中を優しく撫でていると、反対側から陸奥守が私ごと小夜を抱きしめた。

「おおきに。小夜。わしからも礼を言わせてくれ。それから、主をよろしゅう頼むぜよ」
「はい……。絶対に守ります」
「おん。頼りにしちゅう」

 陸奥守と小夜の間にも、見えないけれどしっかりとした信頼がある。絆とも呼べるそれに少しだけ感動してこの時間を噛み締めていると、後ろからため息が聞こえてきた。

「あーあ。やーっぱ二人の間に入れるのは小夜だけか〜」
「そう、だな……」
「ま、しょうがないか。小夜は主の懐刀なんだし。他の短刀たちも小夜以外選ばれることはない、って考えてたみたいだしね」

 加州の言葉にちょっとだけ苦笑いする。他の皆が嫌いなわけじゃないんだけどね。だけどやっぱり、誰を選ぶか。と言われたら小夜を選んでしまうのは許して欲しい。

「それじゃあ、朝ご飯食べに行こっか」
「はい」
「ほにほに。腹が減っては、ち言うきの。おまんらも行くぜよ」
「分かってるっつーの」
「言われんでも分かっている」
「あはは」

 何となく離しがたくて小夜の手を握ったままだったのだが、小夜から離すことはなかった。むしろ大広間につくまでの僅かな時間ではあったけれど、いつもより少しだけ力を込めて握られた指から小夜の喜びが伝わってくるようで嬉しかった。

 そうして朝食後、三人で舞い散った桜を片付けたのは結婚式前の忘れられない、愉快な思い出の一つとなったのだった。





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