小説
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 という流れというか事件、出来事が二月ほど前に起きた事である。
 当時この話をした時は陸奥守が「上様……」と疲れたような眼差しで天を仰ぎ、長谷部と巴形が「敵わない……!」と地面に両手足をついて項垂れた。そんな自由な二柱により用意された婚礼衣装&簪は、それはそれはとんでもねえ代物だった。

「……この衣装と簪だけで国一つ傾くよね」
「いや、一個じゃ足りないでしょ。もっと行くから。絶対」

 本日はお日柄もよく。無事迎えることが出来た結婚式当日。お師匠様の神社で挙げることとなった式は両親と兄、そしてうちの刀たちだけの参列となる。本当は兄嫁も来るはずだったのだが、最近産まれた甥っ子くんが体調を崩したのだ。その看病をするため義姉は急遽不参加となった。
 武田さんや柊さん、百花さん、夢前さん、日向陽さんは本丸で開く披露宴と言う名の宴の席で会うことになっている。
 だから今は神社の控室で準備を進めているわけなのだが、ありがたいことにヘアメイクを友人の『ゆきちゃん』が行ってくれていた。実はゆきちゃん、ブライダル関係のバイトもしていたし、メイクもうまいので「結婚します!」と報告した時に「ヘアメイクは任せなあ!」と大変心強い一言をくださったのだ。だからこうして着付けとメイクの手伝いに来てくれたのである。本当にありがたい話だ。勿論私の着付けが終わったら式に参列してくれる予定なので、友人枠として参加するのは彼女一人だけである。

「いやでもさー、マジで生まれて初めて触るわ。こんな艶々とした衣装」
「私もだよ」
「それに簪もすっごいよ。めっちゃ豪華。いやマジでなにこれ。本当になんなの? 純金? ってレベルの立派な……。うっわ。細かっ。ええ? なにこれぇ……」

 完全に語彙力を失ったゆきちゃんだけでなく、手伝いに来てくれた巫女さんたちも揃って「うわあ……」だの「すごい」だのと声を上げている。
 実際、鳳凰様が少し前に贈ってくれた簪六本セットはとんでもねえ煌びやかさで、それでも細部には意匠の拘りと気遣いが滲む繊細な造りになっていた。
 これを私がつけて似合うのだろうか。という悲しい疑問は湧いてきたのだが、そこはメイク担当のゆきちゃんに丸投げするしかなかった。本当にさーせん! よろしくお願いします!!

「まあ、神様と結婚する、なんて言われた時はビックリしたけどさ。神様が相手ならこのぐらい派手じゃないと務まらないよね」
「似合うかどうかは別としてね」
「大丈夫だよ。由佳はちゃんと可愛いから。むしろ『可愛くねえ』なんて言ったら神様が相手だろうがぶん殴ってやっから」
「あ、あははは……」

 相変わらず頼もしい友人に引き笑いをしている間にも髪結いが終わり、花嫁衣裳に袖を通す。

「これさあ。打掛以外も全部生地すごいんだけど、肌襦袢もこんなサラッサラのツルッツルなやつ初めて見たよ。軽いのに艶々。それにきめも細かいし、着心地よさそう」
「うん。全然着てる感覚ない」

 そう。竜神様が贈ってくださったのは打掛だけではない。肌襦袢から足袋まで、全て用意してくださったのだ。そのうえ本丸で披露宴を行う時のために色打掛までご用意してくださったのだ。本当、頭が上がらないどころの話ではない。
 しかもどれもこれも生地がいい! つやっつやのサラッサラなのに、軽いし暑苦しくない。羽のようだ、という言葉を本気で口にする日が来るとは思わなかった。
 実際、ここで何度も式のお手伝いをしている巫女さんたちも「こんな生地や織り方見たことがない」と口を揃えていたので、価値がつけられないレベルのやべえ代物だということを改めて実感した。

 竜神様本気出し過ぎい!! ありがとうございますう!!!

「まあ、あんたが大事にされてるならそれが一番だよ」
「はは……。ありがとう」

 手慣れた様子で着つけてくれるゆきちゃんにお礼を言う。そうして他愛のない話をしながらメイクも済ませ、最後に綿帽子を被ればゆきちゃんは「今日の由佳が世界で一番美人!」と笑ってくれた。
 流石に「それは言いすぎ!」と笑い返したものの、私もゆきちゃんの結婚式で同じこと言ったなぁ。なんて思い返しては二人で笑い合った。
 そんなゆきちゃんが神様たちから顔を隠すため、そして人間側から彼らを見えるようにするための特別な面布を着けた両親と兄を呼んで来てくれる。そして陸奥守と小夜も準備を終えた控室に入って来た――のだが。

「うっわ」
「おい。反応」

 兄貴の素直すぎる、失礼な反応に思わずどつきそうになる。が、ここで母が泣きだし、父も無言で両手を握ってきたため口汚く罵るのは抑えた。そうだよな。晴れの舞台でわざわざゴリラ感出す必要ないよな。って、誰がゴリラじゃ! やっちゃんこの野郎!!

 それはそうとして、うちの旦那様と懐刀の反応が気になるところなのだが。何故か二人は硬直していた。
 お願いだから似合わないなら似合わないって言ってくれ!! お世辞は結構だからあ!!
 と、構えていたのだが。陸奥守を見てこっちも固まってしまった。だって『黒五つ紋付き羽織袴』と呼ばれる最も格式高い衣装に身を包んでいたからだ。元々和装は似合っていたけど、畏まった装いをしても最高に格好いいとかもう犯罪では?
 両親に手を握られていたから拝むことは出来なかったけど、内心でそっと手を合わせ頭を下げた。

 私の初期刀、今日から夫か。最高に格好いい。本当にありがとうございました。

「主……。すごい……。あの……きれい、です」
「ありがとー、小夜くん。竜神様がすっごい衣装贈ってくれたから、正直衣装に着られてる感あると思うけどさ。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 綿帽子があるし、メイクもしたから照れ隠しに頭や頬を掻くことは出来ないけど、それでも喜びを露にすれば即座に「綺麗です」ともう一度、今度はさっきよりも強めに断定された。
 お、おおう。うちの懐刀意思が強い。
 それはそうと、私の旦那様はどう思っていらっしゃるのか。チラリと視線を向ければ、途端に陸奥守は視線を逸らした。

 おい!! どういうことやねん!!

「ちょっとむっちゃん。何で顔逸らすのさ」
「すまん……。ちっくとばあ、待ってくれ……」
「なんで」
「…………言葉が出ん……」
「はあ?」

 饒舌、というほどではないけれど、人を褒めたり甘やかすのが得意な陸奥守でも言葉が出ないほどに酷い有様なのだろうか。と考えたが、逸らした首筋や露になっている耳まで赤く染まっていたから「あ。これ逆だ」と鈍感と言われる自分でも気づいてしまった。

「むっちゃん。これ似合ってる?」
「……おん」
「じゃあこっち見てよ」
「………………ん」

 口元に手を当て、ずっと視線を逸らしていた陸奥守の琥珀色の瞳がゆっくりと動く。そうしてサッと上から下まで眺めたかと思うと、また逸らした。おい。おい。ちゃんと見ろや。

「小夜くん。むっちゃんが全然こっち見てくれないんだけど」
「仕方ないよ。陸奥守さん、今すごく照れてるから……」
「小夜ぉ! 言わんでくれ! 格好つかん!」
「今更では……」

 いつも通りの小夜と、いつもと全然違う、ガチゴチに固まっている陸奥守。そんな二人を見ていたらなんだかおかしくなって、つい「変なの〜」と声を上げて笑えば、陸奥守は恨めしそうな目でこちらを見てきた。

「わしの気も知らんと……」
「言ってくれなきゃ分かんないから、しょーがないよね!」
「ん゛んっ。そうやけんど……」

 陸奥守は折角整えているというのに、いつもより雑な仕草で後頭部を掻くと軽く咳払いした。

「に、似合おうちょります」
「あははっ。ありがと」

 それが精一杯だったんだろうな。日に焼けた肌でも分かるほどに顔を赤くしている姿を見て、やっぱりあの本丸で私に臆面もなく「綺麗じゃ」と口にした偽物の陸奥守とは違うな。と思う。現に「燃えそうじゃ」と情けない声で呟いては手を団扇代わりにして顔を仰ぐ姿からは色んな感情が溢れている。だからつい「むっちゃん可愛いね」と揶揄えば、すかさず「おまさんにだけは言われとうない」と言い返されてしまった。なんでじゃ。

 その後は泣き続ける母を慰めたり、「馬子にも衣裳」とクソふざけた感想を零した兄の腹に一発決めたりしたおかげで親族同士で話し合う時間は無くなっちゃったんだけど、式自体は時間通り行われることとなった。

 だけど予定通りに始まったからと言って予定通りに終わるはずもなく。

 新しく加わった十振りも含め、総勢三十四振りの刀と両親、唯一の友人枠として参加しているゆきちゃんが参列するなか、桟婚の儀を始める直前のことだった。
 突然神社内の神気が膨れ上がり、神殿を下界から隔離するように水柱と火柱が同時に幾つも立ち上がる。

「え?! なになに?!」
「爆弾?!」
「テロか?!」

 驚いたゆきちゃんや家族が悲鳴のような声をあげながら席を立つが、これはもう……。うん。実のところちょっとは予想してた。だって一応、私の『もう一人の親』とも言える立場におわすお二方、二柱ですからね。贈り物の用意だけして終わるはずがないというやつで。

 しかし今回は楽団まで持参というか、連れて来られたらしい。シャン、という澄んだ鐘の音が鳴り響いたかと思うと、管絃の独特な音が空気を揺らす。当然うちの刀たちは慣れた様子で叩頭し、私も家族とゆきちゃんに「頭! 頭下げて!」と小声で指示を飛ばす。流石に「なんかすごい人が来た」と思ったのだろう。家族もゆきちゃんも、刀たちに倣って頭を下げた。

 そうしてゆったりとした足取りで歩んできたのは、案の定鳳凰様と竜神様だった。

「うむ? これでも抑えた方であったのだが……。やはり派手だったか?」
「抑えられたのですか……?」
「クハハハ! まあ我は典雅故な! 如何に抑えようとも目を惹いてしまうか! フハハハハ!」

 わあ。本日の鳳凰様、大変上機嫌でございます。それでも新郎新婦である私たちには「今日は無礼講ぞ」と言って叩頭しなくてもよいとジェスチャーで伝えてくれた。そんな上機嫌な鳳凰様はふと参列者咳へと視線を飛ばし――両親を見つけると口の端を上げた。

「そこな人間共」
「は、はいっ」
「目出度き日である故、面を上げることを許す」

 上擦るような声で、どうにか返事をした父がおずおずと顔を上げる。それから母や兄、ゆきちゃんが続いて顔を上げれば、鳳凰様は鷹揚に頷かれた。

「そなたらが我らの愛し子を育てた者共であるか。今までご苦労であったな。褒めて遣わす」
「ぁ、ありがとうございますっ」
「貴様らには既に大地の加護が宿っておるであろうから、我からは何もせぬが……。そこの女子は愛し子の友人であったな。話は愛し子と吉行から聞いておる。なんでも我らの愛し子を守っておったそうだな。その心意気や良し。褒美として近く幸いが訪れることを約束しよう。楽しみにしておれ」
「は、はい! ありがとうございますっ!」

 ガバッ! と勢いよく頭を下げたゆきちゃんに、鳳凰様は満足そうに微笑まれてから視線をこちらに戻した。

「さて、愛し子よ。この目出度き日にたかだか簪数本贈っただけで我の気が済むと思うたか?」
「も、もう十分頂いておりますが……」
「欲のない子よなぁ。しかしてそなたは酒に弱いと聞く。それはひとえに現世の水が合わぬせいよ。勿論、力なき酒精のせいでもあるがな」
「は、はあ。水に酒精、ですか」

 酒が苦手なのはてっきり体質のせいだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。鳳凰様は「うむ」と頷かれると、どこからともなく現れた付き人のような人……人? 鬼と人とカエルを足して割ったような、赤い肌の人が桐箱を持ち出し、蓋を開けた。

「これは友と我らの知己である酒精が作った、祝いの日に相応しき酒である。これを“両家”――つまりは火神と水神との盟友の儀が一層強固になった祝いとして、そなたらに下賜する」

 どどどどどどういうことだってばよ?! 幾ら何でも簡単に受け取れる品ではない気がする。冷や汗をダラダラと掻いていると、今までじっとしていた竜神様が不意に動き、私の前で膝をついた。

「りゅ、竜神さ――ま゛」

 だけど止める前に両頬に手を添えられ、そのまま“ゴツン”といつもより強めに頭突き、もとい『おでこコツン』をされて固まった。だけど両頬に添えられた指の腹と、押し当てられた額から清らかな気が流れて来て軽くパニックになりかけていた精神が落ち着いていく。
 そして同時に、竜神様がこの日を心から祝福してくださっているのだということも、伝わってきた。

「……ありがとうございます。竜神様」

 衣装を用意してくださったことも、式にお越しくださったことも。祖父母を見守ってくださったことも、今までずっと私を守ってくださったことも。全部のことに感謝しながら竜神様の手に手を重ねて微笑めば、竜神様も慈愛に満ちた、柔らかな笑みを浮かべてくださった。

 ……いや、本当めっちゃくちゃ美人で心臓止まるかと思うたわ。竜神様この世で一番お美しいのでは???
 そんな超ド級の美人、美神である竜神様が満足げなご様子で立ち上がれば、鳳凰様も長居するつもりがなかったのだろう。あっさりと退場の意を伝えて来る。

「ではそなたたちの晴れ姿も見たことだ。我らは戻るとしよう」
「え。もう、ですか?」
「フハハハ! そう残念そうな顔をするでない。そなたらの晴れ姿をもっと見ていたい気持ちがないわけではないが、あまり長居するとな……。我らの力は強すぎる。故に現世のあらゆる動植物に変化が生じてしまう可能性があるのじゃ」
「あ。なるほど……」

 実際、ただでさえ神気に満ちていた神社の空気がより一層清められている気がする。だけど木々も草花も火には弱い。これ以上鳳凰様が顕現なさっていると生命に関わるのだろう。一瞬物寂しそうな瞳を見せたが、すぐにいつも通りの、自身に満ち溢れた笑みを浮かべられた。

「ではな! 愛し子と九十九、そして人間共よ! 精々生き足掻くがよい!」
「はい! ありがとうございました!」

 声高々に別れを告げ、潔く、火の粉さえ残さず一瞬で消え去った鳳凰様と竜神様と共に水柱と火柱も消える。まるで初めから何もなかったかのような静寂さを取り戻したが、家族もゆきちゃんもどこか呆けている様子だった。そりゃそうだ。

「ゴホン。さて、それでは多少のイレギュラーはありましたが、桟婚の儀を始めましょう」
「はい。お願いします」

 用意していたお酒ではなく、竜神様と鳳凰様が下賜してくださった酒を盃に注いでもらう。そうして予め説明を受けていた通り、三口目で覚悟を決めてそれを飲み干せば、今まで飲んできたお酒が別のモノに感じるほどにスッと体に馴染んでいった。

「はあ……。美味しい……」
「おーの……。これを知ってしもうたらもう他の酒を飲めそうにないぜよ」
「あはは。ほんとだね」

 小声で軽口を交わしつつ、桟婚の儀を終える。お師匠様に聞いた話では、最近の人たちは桟婚の儀を終えた後に指輪の交換をするらしい。が、参列者はほぼ刀剣男士という現代よりも古の習わしに詳しい者たちばかりだ。だから指輪交換はしない。そのため通例通り式を進め、神前式は終わりを迎えた。

「それでは、記念撮影等はお庭で行いますのでね。それが終わればご自由にして頂いて大丈夫ですよ」
「本日はありがとうございました。お師匠様のおかげで助かりました」
「いえいえ。水野さんは大事な弟子でもありますから。この目出度き日に斎主として誓いに立ち会えたこと、心から喜ばしく思いますよ。末永くお幸せにね」
「はいっ。本当にありがとうございます!」

 改めてお師匠様にお礼を告げてから、懐剣として帯に差していた“小夜左文字”を取り出す。実はこの『懐剣』の役目を懐刀である小夜に予め頼んでいたのだ。だから陸奥守と一緒に控室に来てくれたのだった。

「小夜くん。守ってくれてありがとう。これからもよろしくね」
「はい。僕も、とても誇らしい気持ちでいっぱいです。ありがとう、主」

 ギュッと自身を握る小夜に笑みを返し、それから両親と一緒に写真を撮る。勿論うちの刀たちもそわそわしていたのだが、その前に。

「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん!」
「おわッ?! ちょ、なになになに。どうした」

 神様たちの登場と、立ち並ぶ美丈夫たちに気圧されたかのように大人しかった兄貴を元気よく呼ぶ。途端に兄貴は肩を跳ね上げたが、それでもちゃんと返事をして近付いてくれた。

「実は兄ちゃんにも自慢しようと思って」
「は? 何を」
「日本号さん! こっち来てもらってもいいですか?!」
「おう。どうしたぁ」

 正三位の位に相応しく、今日はお酒を一滴も飲まずに参加してくれた日本号さんもいつもとは違い礼装に身を包んでいる。そんな日本号さんの腕を取り、どこか圧倒されている様子の兄貴に笑みを向けた。

「見て見て! じいちゃんが好きだった槍! “日本号”!」
「は? じいちゃんが好きだった槍?」

 見た目が人間だから「槍だ」と言われても信じられないのだろう。それでも刀剣男士がどういう存在かは以前に伝えていたので、兄はマジマジと日本号さんを眺め――それからようやく私の言葉を理解したらしい。「あ」と声を上げた。

「博物館にあった、キラキラしたやつ?」
「そう! キラキラしたやつ!」
「ああ、本当にご兄妹ですね。思考回路がそっくりじゃないですか」
「あはは。微笑ましいよねぇ」

 宗三と光忠の悪口なのか揶揄いなのか分からない言葉を聞き流しながらも、兄に「どやさ!」と自慢することにした。

「どや! すごいやろ!」
「おー、すごいすごい。じいちゃんに自慢した?」
「した! めっちゃしてきた!」
「何でだろうなぁ。主の“自慢”は“報告”と言っているようにしか聞こえん」
「心根が素直なお人だからだろうな。兄君もそんな感じがするぞ」

 鶴丸と薬研が苦笑い気味に話す声も聞こえたが、これもスルーする。だってこういう時じゃないと兄貴に自慢出来ないからね。皆の事をさ。

「だから兄ちゃんにも自慢しとこうと思って」
「自慢かよぉ。まあいいけどさ」
「うん。他にも色んな刀がいるよ。皆凄い強くて優しいの」
「俺も詳しくねえから、新選組とか戦国らへんしか分からねえぞ」

 神様相手ということで多少怖気づいていたような兄も、私がいつもの調子で話しかけたせいか段々と調子を戻してくる。だからこの調子で紹介してやろう! と意気込んでいると、私たちの会話を聞いていたらしい。
 加州と和泉守、堀川がやってくる。

「へえ〜。主の兄貴か。噂には聞いてたが、初めて見るな」
「こんにちは! はじめまして、僕は堀川国広です! 主さんにはいつもお世話になってます!」
「加州清光で〜す。てか、やっぱり兄妹だね。ちょっと雰囲気似てる気がする」
「マ?」

 今日は全員戦装束ではなく、準礼装姿だ。神紐も普段とは違うものを使っているのでちょっと雰囲気が違うのだが、私の結婚式だからかテンションが上がっているのだろう。
 現に和泉守が意気揚々と近付けば、兄貴は「うわっ」という顔をしたが、すぐに「新選組の刀だよ」と伝えたら「へえ〜」と冷静さを取り戻していた。
 割とうちの兄貴ってこういうとこあるんだよね。あんまり緊張しないというか。慣れたら早いというか、慣れるのが早いというか。そういうところは素直に「すげえなぁ」と思う。

「兄ちゃん新選組だと土方さんが一番好きだもんね」
「おう。カッケーじゃん」
「おいおいおい! なんだよ! 流石主の兄貴だな! 見る目があるじゃねえか!」
「うおっ?! なになに?!」

 いきなりテンションが上がった和泉守に驚いたのだろう。ビクッと体を震わせた兄貴に「土方さんの刀です」と伝えたら、途端に固まった。まあそうなるわな。

「和泉守兼定だ。格好いいだろ?」

 だけど意外なことに兄貴は和泉守を知っていたらしい。和泉守が名乗りを上げた途端「え? マジで?」と面布の上から口元に手を当て、それから後頭部を掻いた。

「マジかー……。お前羨ましいな。俺高校生の時修学旅行で壬生寺行ったんだけどさ。“和泉守”の模造刀見て買おうかどうかちょっと迷ったもん」
「え?! マジで?! 初耳なんだけど!」
「や、今初めて言ったし。つーか普通に模造刀高いし部屋に置き場所もなかったしさ。見るだけ見て帰って来たんだよ」

 まさかの事実に驚きを露にすれば、和泉守はより一層テンションが上がったらしい。キラキラとした目でこちらを見下ろしてくる。

「おい主! あんたの兄貴最高だな!! オレの価値を一目で見抜くとは、やるじゃねえか!」
「お、おう。ありがとな?」
「本当だよ! やったね、兼さん!」
「おうよ!!」

 わー、和泉守は今日も元気だぁ。なんて思っていたら、一緒にいた加州が「俺は〜?」と不満そうな声を上げる。

「壬生寺なら俺の模造刀も展示されてたはずなんですけど〜」
「あ。はい。見ました。でも俺沖田総司より土方歳三のファンなんで……」
「素直かよーーーっ!! 主とそっくりじゃんーーー!!!」
「あはははっ!」

 悔しそうに悲鳴を上げる加州に笑っていると、他の刀たちもぞろぞろと集まって来る。

「ははー、なるほどなるほど。この素直さは遺伝のようだなぁ。楽しい驚きだぜ」
「よう、主の兄貴。俺っちは薬研藤四郎だ。織田信長って知ってるかい?」
「織田の刀にご興味がおありでしたら、そこの白いのや僕、長谷部もいますよ。まあ、主にとって長谷部は黒田の御刀様のようですけれど」
「お前は一言余計だ、宗三。主の兄君。はじめまして。へし切長谷部と申します。この飲んだくれの槍の隣に展示されていた刀、と言えば伝わるでしょうか」
「お前こそ一言余計だ、へし切」
「長谷部と呼べ」

 騒がしくなった面々に兄貴は一瞬「うおう」となったけれど、すぐに「あー、こんな感じなのか」と悟ったらしい。すぐさま「妹の兄貴です。どうも」と雑な挨拶をした。

「つーか、織田信長ってすげえな。超有名どころじゃん」
「他にも豊臣とか徳川に伝わった刀もいるし、何なら上杉家にいた刀もいるよ」
「マジで? 甲斐の虎は?」
「あ。そういや兄ちゃん武田信玄派だったわ。でも残念ながらいません」
「マジか〜。じゃあお前は? 政宗公好きだったじゃん」
「政宗公が名付けた刀もいるし、伊達家にいた刀もいるよ! 羨ましかろ!」
「なんだその自慢」

 その後も「源氏の刀がいる」とか「平家と縁のある刀もうちのはいないけどいる」と話せば「戦争起きるじゃん」と返された。けど、何気に旦那様と兄貴が好きな偉人の刀もライバルなんだよなぁ。と苦笑いしたくなった。

「そういや、お前の旦那さんも刀なんだろ? 誰の?」
「坂本龍馬」
「……お前の職場どうなってんだ」

 ちらっと和泉守を見上げてからしんどそうな声で呟く兄貴に、私だけでなく周囲にいた刀たちも笑う。そうして両親と話していた陸奥守も、二人と一緒に近付いてきた。

「盛り上がっちゅうのう。何を話しちょったがか?」
「兄ちゃんが新選組好きでさ。和泉守の模造刀買おうとしてたって言ったから、私の旦那様坂本龍馬の刀だよ。って教えたらお前大丈夫か。って心配された」
「おーのぉ。ほりゃそう思うちゃ」

 同じ屋根の下で敵対していた勢力の刀が一緒に暮らすなんて、考えただけでも恐ろしいだろう。だけどそういう時こそ審神者力の見せどころ、というやつだ。
 不安そうにしている兄貴に対し、胸を張って宣言する。

「だーいじょうぶ! 何の問題もなし! 前の主より今の主の方が問題抱えまくってるからね! 喧嘩してる暇ないのさ!」
「お前それ自慢気に話す内容ちゃうやろ」

 冷静に突っ込みを返されたけど、兄貴なりに私の言っていることも頷けるのだろう。溜息を吐きながら後頭部を掻く。そんな兄貴に、陸奥守は改めて視線を向けた。

「挨拶が遅うなりましたけんど、わしは陸奥守吉行じゃ。坂本龍馬の佩刀としても知られちゅーけんど、今はこいとの刀で旦那じゃ。にいやんとは義兄弟になるかの」
「やー、どっちが弟なのか兄貴なのか微妙なところですけど、妹の兄貴です。本名は名乗るな、って言われたんでこんな挨拶しか出来ませんが、よろしくお願いします」

 風来坊らしい雑な挨拶だけど、陸奥守は気にしていないらしい。朗らかに笑って「よろしゅう頼んます」と挨拶を返す。だけどすぐに笑みを引っ込めると、兄貴に向かって思いもよらぬ言葉を投げかけた。

「ほいで、わしに言うこと、ありますやろか」
「へ?」

 威圧的、でもないけれど。思ったより硬い調子で投げかけられた台詞に驚けば、周囲も騒いでいい場面じゃないと思ったのだろう。口を噤んで一歩下がった。
 対する兄貴はじっと陸奥守を見上げた後、困ったように下を向き――もう一度後頭部を掻いた。

「あー……まあ、言ってもいいなら、あります」
「えいですよ。何でも言うてください」

 鷹揚に頷いた陸奥守に、兄貴は俯かせていた顔を上げた。

「それじゃあ、遠慮なく」
「おん」

 一体何を言うのかと両親と一緒にハラハラしながら見守っていると、何故か兄貴は陸奥守から視線を外し、こっちを見た。

「突然だけどさ、俺には妹が二人いるんだわ」
「おう?」

 いきなり何の話をしとるんじゃこの男は。と兄貴を見返せば、しっかりとこちらの気持ちを読み取ったのだろう。兄貴が「いいから聞けって」と続けて来る。

「だけどさ、もう一人の妹はいわば義理の妹ってやつで、俺の嫁さんの妹なわけだから、血の繋がりはないんだわ」
「うん。そうね」

 それに関しては私も同じである。義姉からしてみれば私が義理の妹になるし、兄貴からしてみれば嫁さんの妹さんが義妹になる。だけど何を今更そんな分かり切った話をするのかと首を傾けそうになれば、兄貴は私から視線を外し、陸奥守へと向き直った。

「だからまあ、俺が嫁と離婚すれば義理の妹とは他人になりますけど、コイツとは何があっても家族だし、俺が死んでもコイツが死んでもずっと俺が兄貴で、コイツが妹なわけです」

 兄貴はそこまで言うと一度口を閉じ、そしてもう一回こちらを見てから溜息のような吐息を零した。

「正直、コイツが入院したり、危篤になる度に、心の中ではあんたたちが神様だって分かってても、女の子一人まともに守れねえで何が神様だバカヤローって思ってました」

 お、おおう。あまりにもあんまりな言い方にちょっとドキッとしたけれど、皆黙って兄貴の言葉に耳を傾けていて、刀を抜く様子はなかった。それにちょっと安心したけれど、兄貴もすごい男だよな。私と同じで武術の心得なんて一つもないくせに、付喪神である皆に悪態つくなんてさ。我が兄ながら恐ろしい。ちょっと身震いしてしまう。

「でも、妹は今の仕事が、あんたたちが好きみたいだから。俺は、見守るしかないわけです」
「おん」
「兄貴の俺からして見ても、コイツは勝手に突っ走って勝手に転んで勝手に泣いて、かと思えば次の瞬間笑ってるような忙しくて訳分からん奴ですけど」
「おい。突然のディス」

 幾ら兄妹だからってそこまで言うか?! と拳を握りかけたが、続けられた言葉に殴りこむ気持ちが引っ込んでしまった。

「――俺にとっては、幾つになってもずっと大事な妹なので。ちゃんと守ってください。兄貴の俺から言えるのは、それだけです」

 よろしくお願いします。

 と、そう締めくくって頭を下げた兄貴に、思わず握った拳を解いて立ち尽くした。

 ビックリした。いつも、昔からこっちを揶揄ってばかりいる兄貴だったから。そんな風に思っているだなんて考えたこともなかった。
 だから二の句が継げずに呆けていると、兄貴の想いを聞いた陸奥守はその言葉を深く胸に刻んだかのような神妙な面持ちで頷いた。

「にいやんとの約束、必ず守ります」
「……はい。お願いします」

 あ。やばい。ちょっと泣きそう。

 思いがけない兄貴の言葉に、今までのことが思い出されてちょっと泣きそうになる。
 そりゃあ小さい頃から意地悪されたし揶揄われたし? 審神者になってからも相変わらず子供っぽいちょっかいを掛けて来る兄貴だったから内心「バーカバーカ」って思ってたけどさ。それでも、私にとってはずっと変わらない『兄ちゃん』だったから。まさか兄ちゃんも同じようなことを思っていてくれたなんて考えてもみなかった。
 だから思わず口を噤んでいると、気まずくなったのだろう。陸奥守から顔を逸らした兄貴がこっちを見て――何故か吹き出した。

「あんだお前! 泣きそうになってんのかよ!」
「うっせー! 兄ちゃんが変なこと言うからじゃん!」
「変ってなんだよ! 兄ちゃんだって兄ちゃんらしいことを言う時は百年に一度ぐらいはあるんだよ!」
「百年に一度ならもうこれっきりじゃねえかバカヤロー!」

 感動したのに! 感動したのになんだその言い草! 私の感動を返せ! と大人げもなくギャンギャンと叫んでいると、何故か刀たちは笑いだし、両親は顔を覆った。

「ああもう! あんたたち! 何でこんな時にまで喧嘩すんの!」
「喧嘩じゃねーし! 兄ちゃんが意地悪言うからじゃん!」
「意地悪じゃねーし! 兄ちゃんはちゃんとお役目を果たしただけですー! つーか今だから聞くけどあの綺麗な人たち誰?! 心臓止まるかと思ったんだが?!」
「ああ、あの人たちも神様。綺麗な青い髪をしてた神様が、昔ばあちゃんの墓参りのついでにお参りしてた祠に祀られてた神様だよ」
「は?! あのボロ、やべ。ボロつっちゃった。あの祠の神様? すごくね?」
「うん。マジですげえ神様だから。水の神様だから、水を綺麗に大切に扱ってたらきっといいことあるよ」
「なんだそりゃ」

 喧嘩したかと思えばすぐ次の話題に移っていつも通りに話し出す。そんな私たち兄妹に母はため息を吐き出し、父は「相変わらずだなぁ」と笑った。
 そうしてちょっとした騒がしさはあったものの、無事に式を終えた私は控室でゆきちゃんと母に手伝って貰いながら白無垢を脱ぎ、今度は色打掛に着替えた。

「馬子にも衣装」
「うっせえオラア!」
「ダーッ! このわんぱく娘! いい加減落ち着けよ!」

 その際またもや兄貴と一悶着起きたけど、結局一緒に写真撮ったし、兄嫁や姪っ子ちゃん、体調を崩した甥っ子くんによろしく。と伝えて別れた。

「それにしても、主さんとお兄さん、よく似てるね」
「え? そう?」
「そうそう。主の『バカヤロー!』のルーツも分かったしね」
「兄君伝来だとはなぁ。しかしどちらも正直者で、ははっ。似た者同士だったぞ、大将」
「笑うな!」

 どうやら正直者な兄貴も、意外なことに受け入れられたらしい。私としてはちょっと納得出来ないんだけど、皆から「似ている」と笑われ微妙な気持ちになる。……別にイヤな訳じゃないんだけどね。ただ素直に『嬉しい』って認めると兄貴に対してデレた気がしてちょっと納得いかないのだ。嫌いなわけじゃないけどね。うん。素直になれないオトシゴロなのです。はい。閉廷。

 そんな微妙な気持ちになりながらも本丸に戻れば、今度は武田さんや柊さん、百花さん、夢前さん、日向陽さんと共に披露宴と言う名の二次会が始まる。
 それに招待状というか、ご挨拶の書状を送っていた鳩尾さんや天音さん、碇さんといった知り合いの審神者さんたちも顔を出してお祝いに来てくれたし、離れに隔離していた刀剣男士たちからも祝いの品が贈られてきたからビックリした。

 集まってくれた女性陣たちからは「綺麗!」「可愛い!」と盛大に褒められちょっと照れたのだが、それでも素直にお礼を言って一緒に記念撮影をした。
 他にも鳩尾さんのところの歌仙や、武田さんの太郎太刀と言った日頃仲良くさせて貰っている刀剣男士からも個々でお祝いの言葉や贈り物を頂いたり、衣装や簪についても「雅だ! 素晴らしい!」「この世に一つだけの、特別なものですね」と褒めて貰ってニコニコしてしまった。

 そうして皆にも竜神様と鳳凰様に頂いたお酒を振る舞い、私も少しだけ飲んでは楽しい宴会を過ごした。


 ◇ ◇ ◇


「……じ、あるじ、主。大丈夫?」
「ほえ……?」

 気付けばドップリと日が暮れた夜。宴会に参加してくれた人たちが皆引き上げた本丸で、引き続き長く長い宴を楽しんでいたのだが。すっかり意識を飛ばしていたらしい。ふにゃふにゃしていた私に小夜が声をかけてきた。

「あうえ〜……。寝てた?」
「寝てたというか、フラフラしてたから……」
「んん……。ごめん。ちょっと酔っらかも……」

 竜神様と鳳凰様が用意してくださったお酒以外にも、お祝いに来てくれた面々がお酒やら食事やらお菓子やら、様々なものを持ち寄ってくれた。私はあまり飲まなかったんだけど、それでも祝いの席だ。それに自分の結婚式をわざわざ祝いに来てくれたのだから勧められた酒を断るわけにもいかない。
 基本的にはちょびっと舌先をつけたり、唇を濡らす程度で済ませていたんだけど、積み重なればそれなりに蓄積する。飲み干すのは夫である陸奥守がしてくれてたんだけど、その陸奥守も顔を赤くして皆と笑い合っていた。
 よくよく見てみれば既に潰れて床に転がっている刀もいる。時計を見上げたら日付が変わる前で、いい加減お開きにしてもいい時間だった。

「ほら、主。部屋に戻って着替えよう? 着物がグチャグチャになっちゃうよ」
「ん……。うん……。そうられ……」

 促してくる小夜に頷き立とうとするけれど、うまく力が入らない。というか、

「ねむい……」
「主……」

 グシグシと目元を擦れば、途端に「ダメだよ」と小夜に手を取られる。というかもう眠すぎて何も考えられないし、そもそも部屋に戻らなくてもいいんじゃない? という気になって来る。

「さよくん」
「はい」
「もうみんなれここでねよう」
「え?」

 どこか驚いた様子の小夜に「そうだ。それがいい」と自己完結し、フラフラとした足取りで立ち上がってむっちゃんの所まで歩く。
 むっちゃんの周りには日本号さんとか鶴丸とか、たぬさんとか兼さんとかいたけど、酒瓶とかお膳とかもあったけど、お着物も脱いだ方がいいのは分かってたけど、全部「あとでいいや」という謎の気持ちに襲われていた。

「むっちゃん」
「ん? おお。おまさん顔真っ赤じゃにゃあ。酔うたかえ?」
「うん? んーん。うん」
「どっちだよ」

 皆酔っぱらっているのだろう。たぬさんと兼さんから即座に突っ込まれたけど、気にせずむっちゃんの膝の上に座り、それから小夜くんを呼んだ。

「さよくん!」
「はい。僕はここにいるよ。うわっ?! 主?!」

 小夜くんはあまり飲まなかったのだろう。素面のような彼をギュッと抱きしめ、むっちゃんに寄り掛かって目を閉じる。

「うん。さいこう」
「まはははは! 何が最高なんじゃ?」

 笑いながらも肩を抱いて来る陸奥守からはお酒の匂いがする。本当ならお酒の匂いは嫌いというか苦手なんだけど、今はもうふわふわしててどうでもいい。それに、お酒よりむっちゃんの方が好きだから、お酒に負けるはずないし。

「ん〜? らってさぁ〜? むっちゃんがいて〜、さよくんもいて〜、みんなもいるから〜、これいじょうにサイコーッ! ってなるの、なくない?」

 もう自分でも何を言っているのかよく分からない。それでも抱きしめたままの小夜くんの頭に頬を寄せ、そのまま目を閉じれば幸せな気持ちになった。

「さよくんとむっちゃんらいるから、わらししあわせらよー……」

 もう舌も思考も回らない。それでもギュッとむっちゃんが抱きしめてくれたのが分かったから、ふにゃふにゃとした幸せな気持ちで意識を手離すことが出来た。

 ――そう。幸せな気持ちで寝たのだが。



「………………おーまいが……」



 寝起きは最悪だった。


 そりゃそうだ。色んなものが散乱した大広間に、誰一人としてまともに部屋に戻ることがなかったのか、全員が同じ場所で雑魚寝している。普段よい子な短刀たちでさえ固まって丸くなって眠っているのだ。その惨状がどれほどのものかお分かりになるだろう。
 まあ、薬研は酒瓶に腕枕しながら大の字になって寝てるけどさ。秋田、平野、前田、五虎退は一塊になり、大倶利伽羅と一緒になって虎ちゃんの毛皮に埋もれるようにして丸くなって眠っている。正直癒しだ。

 鯰尾と乱は何故か鶴丸の上着に頭を突っ込んでるし、鶴丸は上着を脱ぎ捨て長机に突っ伏して爆睡している。その横というか足元というか、畳の上で全身を伸ばして倒れている黒い物体は光忠だろう。そして壁に寄り掛かり、お互いの肩を枕にするような形で眠っているのが長谷部と宗三だ。因みに口はお互い半開きで酒瓶も二本ずつ抱えている。どういう状況だ。
 山姥切と堀川は大の字になっている和泉守の腕を枕にしているし、加州は同田貫の腹を枕にしていた。

 光忠を除いた太刀組は広間にいないから既に起きているのかもしれないが、姿が見えないのでどこにいるのかは分からない。

 まあ、何にせよ酷い有様だ。頭も痛いし体も痛い。それでももぞもぞと腕の中で寝返りを打とうとする小夜くんは可愛いし、こちらを抱きかかえて眠り続ける陸奥守のぬくもりは愛おしい。
 だからまあ……。今日ぐらいはこのままでもいいか。と思いもう一度目を閉じた。いつもの起床時間まで残り一時間。朝から片付けで忙しくなるであろう一日に思いを馳せながら、ようやく訪れた平和な、それでいて新たな一日を思い頬を緩めた。


 彼氏いない歴=年齢だった喪女審神者こと水野、今日から人妻? 神妻審神者として頑張ります!



終わり



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