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 そーくんとのゴタゴタも一先ず纏まり、私の審神者就任二周年記念の宴と、新しく加わった刀、十振りの歓迎会も無事終了した。
 本丸の修復も済み、真新しい畳と床はピカピカで寝心地もいい。庭園も、流石にまだ花は咲いていないが歩道は以前と同じように綺麗に舗装されたし、畑も百花さんや夢前さん、日向陽さんのおかげで整った。
 竜神様にも毎日祈りを捧げ続けているから宝玉に神気が溜まって来た。少しずつだけど順調に前に進んでいる。だから問題はないかと思われていたんだけれども。

「主。式はいつ挙げるの?」
「ほ?」

 ある日の夕餉時。刀が増えたこともあり、随分と賑やかになった席でのことだった。食後のお茶を傾けていたら突然小夜に尋ねられたのだ。だけど一瞬「式ってなんのことや。式神の略か?」と考えてしまった。

 いや。これには訳があるのだ。先日百花さんが「すごいお札を作って来る」宣言をしたのだが、今回は本丸に貼る結界札だけでなく、特別に『浄化の札』を折りたたんだ特製お守りもくれたのだ。しかもこのお札、お守りから取り出してもそのまま投げつけても効果を発揮するらしく、百花さんから「いざとなったら使ってください!」と沢山貰ったのだった。
 おかげでうちの本丸の防御率が上がったのだが、その話ではないとすぐさま乱に補足を入れられた。

「結婚式のことだよ、あるじさん! 白無垢着るんだよね?! どこで御式をあげるの?」
「え」
「おいおいおい。まさかきみたち、式をあげないつもりだったのか?」
「はあ? 正気ですかあなた。結婚式と言ったら女性にとっては大舞台でしょうに。このまま書類で済ませるだけだなんて言いませんよね?」
「へあー。思ったより皆の方がやる気で審神者ビックリーん……」

 確かに政府に提出する特別な書類は武田さんを通して受け取った。戸籍がある相手との結婚ではないうえ、付喪神が相手なのだ。普通の手続きで済ませられるわけがない。それに案外審神者と刀剣男士が婚姻を結んだケースは幾つもある。だから政府役員たちもそれなりに手続きには慣れているようなのだが――問題は私と陸奥守が“ただの審神者と刀剣男士じゃない”ことにあった。

「それも大事だが、主よ。我が本丸について政府から連絡は来たのか?」
「流石にまだだろう。政府も今回の一件は手に余るだろうから、もう少し時間がかかるんじゃないのか? 何せうちは古き神々が二柱も降臨する本丸だからな」
「所持刀剣数も一気に増えたからね。政府が扱いに困っているのが手に取るように分かるよ」

 三日月、鶯丸、光忠が口にした通り、我が本丸は権能を持った古き神が二柱もご降臨なさった唯一の場所である。おかげさまで上から下までバタバタしているそうなのだが、ぶっちゃけ細かいことは知らん。だって聞かされてないから。
 それでも分かっていることもある。私の体が所謂“半神”にあともう一歩のところまで近付いていること。そして二十五振りの刀が火神と水神の眷属に加わったこと。この二点は“極秘情報”として“封印指定”されたということだ。“極秘”な上に“封印”されたのなら何でお前は知っとるんじゃい。って話なんだけど、私は当事者だから知っている必要がある。ということで教えられたのだ。
 だけどここでもう一つ、とんでもねえ情報を言い渡された。

「まあ、武田の話によると大将は“重要人物”として今後は扱われるみたいだからな。待遇がよくなるのは構わねえが、あれこれ規制されたら堪ったもんじゃねえ。その辺、うまいことやってくれりゃあいいんだがな」

 音を立てて沢庵を噛みながら呟いた薬研に、周囲に座っていた粟田口の面々が「うんうん」と頷く。
 私としては「制御できないうえにただ“物に残った記憶を視るだけ”の能力でしかないんですが」っていう感じなんだけど、普通に考えれば“ありえない能力”だ。そのうえ竜神様から直接力を与えられたことも手に余る問題らしく、武田さんと柊さんは「規格外過ぎてもう訳が分からない」と途中からぶっ倒れていた。
 そんなわけでこれからは『重要人物』として政府は丁重に私を扱うことになるそうなのだが、逆に言えば自由を規制される。ということだ。これまでみたいに気軽に他所の本丸に顔を出せなくなるのは困るんだけどなー。と一応やんわりとした表現で告げてはいるんだけど、こればかりは武田さんと柊さんに頼むしかない。

「主を呼び出さないだけ政府も弁えているんでしょう。火神と水神の寵児を呼びだしたとなれば、場合によっては天罰ものですからね」

 フンッ。と鼻を鳴らす宗三に、こちらも思わず「ウッ」と唸りそうになる。そうなのだ。今までは頑なに「寵児とか、何かの勘違いでは?」と言い続けてきたのだが、先日竜神様が姿を現した時にスリスリされたり尾で抱き寄せられたり、人型になった時も肩を抱かれていたため「間違いなく寵児である」と認定されてしまった。
 しかもうちの刀だけでなく太郎太刀や石切丸に認められてしまったのだから反論のしようがない。加えて「水神が自ら力を分け与えたのであれば、眷属としても認められているということだ」と言われ、完全に逃げ道を失ったのだ。
 その一件もあり、武田さんたちはバタバタしているらしい。

「ですが、主のおかげで武田も柊女史も出世するとお聞きしました。古き神々と交流のある主と接する役員を限定することで情報漏洩を防ぐ、ということですよね?」
「うん。二人はそう言ってたよ」

 沢山の部下を抱える武田さんも、別地域に異動されていた柊さんも、私と接点を持っていることが理由で出世することになったらしい。だけどそれは今後も私の厄介事に付き合わされる。ということになるので「申し訳ないなぁ」という気持ちにしかならないのだが、二人からしてみれば「今更放っておけない」ということらしい。それに「給料もボーナスも上がるから気にするな」と言われてしまった。
 まあ、お給金は大事ですよね。はい。よく分かります。

「そういえば、竜神様の祠があった土地を政府が買い上げてくださったのですよね?」
「うん。本当は私が買い上げるつもりだったんだけど、私を逃がさないためなのかなー。政府が代わりに買い上げたんだよね」

 土地の持ち主に無断で宝玉を盗んだことは窃盗罪になるのだが、政府はそれがバレる前にと言わんばかりにあの土地を買い上げたのだ。おかげさまで政府に借りが出来たわけだけど、政府もそれをネタに強請ってくることはないだろう。だってそんなことしたら確実に鳳凰様がキレるからね。「我が友と愛し子を侮辱するか!」つって。鳳凰様は存外、懐に入れた者に対しては寛大というか、愛情深いと言うか。そういう人情味のあるお方なのだ。

「それはそうとさー、現世で式を挙げる、ってなったら俺たち行けるのかな? 主の白無垢姿見られないなんてイヤなんだけど」

 ムスッとしたような声で加州に話を戻され、思わず唸る。くそう。そのまま流されてくれればよかったのに。
 でもこの件に関してはまだ陸奥守と正式に話し合ったわけじゃない。他のことで忙しかったからね。だからチラリと御簾の奥から視線を投げれば、猪口を傾けていた陸奥守が「ん?」と声を上げた。

「なんじゃ。結納の話かえ?」
「ああ、そっか。まずはそこからか」
「主さんって時々深く考えずに行動するとこあるよね」
「マジでごめん」

 堀川のグサッと来る一言に泣きたい気持ちにはなったが、一応両親には挨拶は済ませたのだ。ただお互いの“格”が合わないため、通常の『結納』は行えないと思う。

「でもさー、陸奥守さんは鳳凰様の眷属でしょ? あるじさんだって竜神様の寵児として認められてるけど、ご両親は普通の人間だもんね〜。格式が合わないから、結納って難しいんじゃないの?」
「流石乱! よく分かってる!」

 そうなのだ。本来結納と言うのは文字通り『両家を結びつける』ために行う伝統的な儀式である。縁起物はどうにかなるとして、問題は結納金だ。陸奥守は意味もなく散財する男ではないから貯蓄はあると思うんだけど、ここで問題になるのが私が『竜神様の寵児である』ということだ。

「ああ、そうか。陸奥守の旦那は“火神の眷属”としての扱いになるから、大将も“竜神の御子”として臨まねえと格に差が出来過ぎるのか」
「成程。ですがそうなると陸奥守の給金ではとてもじゃないですけれど主を貰い受けるなど無理な話ですね。眷属としての一兵と寵児とでは差が激しすぎます」
「言うてくれるのぉ〜。けんど、これに困るのはわしだけやのうて主もやぞ」
「へ? 私?」

 何で私が結納金で困ることになるのか。だってこれって男性側から女性側に送られる軍資金でしょ? と首を傾ければ、呆れたような声で「らぁて上様の寵児でもあるがやき、上様が張り切るに決まっちゅうろう」と返され「あ」と話し合っていた皆と一緒に固まった。

「そうか……。最悪陸奥守の旦那の、義理の父親枠的な感じで火神が結納金を用意する可能性があるのか」
「考えてみれば可笑しな話ではないな。竜神殿と鳳凰殿は古くから友誼を結んでおる盟友なのだろう? 二人の婚姻でより一層その関係が強固になるのであれば、間違いなく相応の品を用意するであろう」
「うっわ。あんなとんでもない神様たちが加わるなら、もう想像すら出来ない領域になるじゃん。主のご両親卒倒しちゃうよ」

 そう。そうなのだ。私の両親は『THE・一般人』であるのに対し、陸奥守は神様だ。しかも火神の眷属。そこでも両親との格差があるのに、娘の私が『水神の寵児』と認められてしまったせいで陸奥守とも格差が出来てしまった。これを埋めるために陸奥守が切れるカードは御館様である鳳凰様のみ。そして鳳凰様が“親族”扱いされるのであれば、こちらも竜神様が出て来なくてはならない。だけど実際の親は何の能力も持たない普通の人間という、もう意味が分からない関係図が出来上がってしまう。
 第一仲人すらいないのに格式高い結納の儀も何もあったものじゃない。どこからどう見ても滅茶苦茶だ。特に竜神様と鳳凰様が出てきたらとんでもないことになる。両親が穏やかでいられるはずがない。だからここは一つ、格式高い『結納の儀』を「しない」という選択肢を取るほかなかった。

「じゃあそのまま式を挙げるってこと?」
「そっちの方が両親の精神的負担が少なくていいかなー。とは考えてる」
「まあなー。普通の人間同士が結婚するわけじゃねえし、多少型破りじゃねえと主と陸奥守が夫婦になるのは難しいだろ」
「ああ、雅じゃない……。折角の晴れ舞台なのに段階を踏まないなんて……。だけど、そうだね。君たちの場合は背景が複雑だから、しょうがないのかもしれないね」
「そうそう! 結納が出来なければ式とか、披露宴でパーッとやればいいんだよ!」
「お。酒が飲めるなら派手にやるのは大歓迎だぜ」
「うるさい飲んだくれ。貴様は黙っていろ」
「なんだとこの野郎」
「まあまあまあ。長谷部くんも日本号さんも落ち着いて。それはそうと、式を挙げるなら神前式でいいの? 主は現代人なんだから、ウエディングドレス着たいんじゃない?」

 女性に優しく現代知識に詳しい光忠から気遣いが飛んでくるが、正直ドレスを着る勇気は微塵もないので白無垢でいいです。なんて答えは流石に夢がなさすぎるので、無難に「むっちゃんの着物姿が見たいから洋式じゃなくていいよ」と答えておいた。

「んんっ。前から思うちょったけんど、おまさんそがぁにわしの着物姿好きなが?」
「え? 逆に何で嫌いになれると思ったの? むっちゃん自分の顔と体もう一回鏡で見てみ? 最高に格好いいから」
「んぐぅっ」

 当然のことを言っただけなのに何故か陸奥守の顔が赤くなる。まさか酔ったのか? お酒に強いはずなのに? もうそんなに飲んだのだろうか。
 心配になって「むっちゃんお水飲む?」と問いかけたら、何故か「大丈夫じゃ……」と返された。お水飲んだ方がいいと思うんだけどなぁ。と光忠に視線を向けてみれば、何故か笑顔で首を横に振られた。
 ……本当に必要ないの? マジで?

「いきなりイチャイチャしだすの禁止〜。まあ、主の方はいつもと同じ無自覚だろうけどさー、陸奥守は絶対わざとでしょ」
「わざとやない。わしらぁて不意打ち喰ろうた方じゃ」
「お前も大概バカだよな。付き合い長いからどんな言葉が返ってくるか予想出来るだろ」
「やかましい。予想出来たら苦労せん。あとこういう時の主はわしの予想超えて来るがよ。和泉守も時々被弾しゆうが」
「うっせ! オレとお前とじゃ関係性がちょっと違えだろうが!」

 なんかよく分からん間に陸奥守と和泉守が口喧嘩を始めたけど、相手を傷つけあうような酷いものじゃないから放っておくことにする。それにしても結婚式かぁ。他の審神者さんたちってどこでどういう風に式を挙げたんだろう? やっぱり本丸で済ませたのかな? 石切丸とか太郎太刀を神職に見立ててさ。
 なんて考えていたら本丸に備え付けていた電話が鳴り響く。こんな時間に誰だろう。咄嗟に時計を見上げたら二十時になる前だった。政府役員からかかって来る時間はとうに過ぎている。だから一瞬取るか迷ったけど、結局止める間もなく秋田が受話器を上げていた。

「はい! もしもし! 秋田藤四郎です!」
「秋田ー、本丸番号忘れてるぞー」
「あ! すみません!」

 薬研がこっそり伝えれば、秋田は改めて言い直そうとする。だけど見知った相手からの電話だったらしく、すぐさま「こんばんはー!」と元気よく挨拶した。今日も秋田は元気で可愛いなぁ。

「主君! 榊さまからお電話です!」
「へ? お師匠様から?」

 まさかお師匠様からの電話だったとは。慌てて立ち上がり受話器を受け取れば、あの穏やかな声音が鼓膜を優しく揺らした。

『こんな時間にすまないね、今大丈夫かい?』
「はい。大丈夫です。何かありましたか?」
『いえいえ。武田くんから水野さんが陸奥守様とご結婚なさると聞いてね。もしも式場に悩んでいるのでしたら、うちで挙げられてはどうかと思ってねぇ』
「え?! いいんですか?!」

 まさかの展開に自然と背筋が伸びる。だけどお師匠様は『構いませんとも』と穏やかに答えてくれた。

『洋式を望まれていなければ、刀剣男士の皆様と、審神者様の御式はうちで挙げて頂くことが多いんですよ』
「そうだったんですか」
『ええ。ほら、うちは神社そのものが神気に溢れているでしょう? ですから刀剣男士の皆様も顕現した時にお姿を保ちやすいんですよ』

 これは霊力が少ない審神者にとっては大変ありがたい話である。
 忘れていたけど、お師匠様が神主を務める神社は木々に囲まれた歴史ある場所だ。そこは静謐な空気に包まれており、樹齢千年を超える御神木もある。「どうしてもドレスが着たい!」という思いが無ければお師匠様のところで式を挙げるのが一番安牌な気がした。

「ありがとうございます。ですが一人では決められないので、また後日改めてお返事をするということで大丈夫でしょうか」
『ええ、ええ。構いませんとも。結婚式は女性にとって大事な大舞台ですから。陸奥守様とよくお話になってください』
「はい。ありがとうございます」

 お師匠様の有難い申し出に何度も感謝を伝えながら受話器を置けば、皆の視線がじっとこちらを向いていた。なので「お師匠様が式を挙げるならうちに来なさいって」と言ってくれたことを説明すれば、皆も「その手があったか!」と沸き上がった。

「そうだよ! 榊さんのとこなら俺たちも顕現しやすいじゃん!」
「完全に盲点だったなぁ」
「やったー! これであるじさんのお嫁さん姿が見られるー!」
「主! 式場は確保できましたが、衣装はどこでご用意なされますか?! 主命とあらば即座にお調べ致します!」
「あー……。とりあえず落ち着いて」

 お酒が入っている刀もいるし、この話はまた今度落ち着いて話そう。と言って逃げるようにして日課である竜神様の祭壇へと向かった。
 祭壇がある道場と私の部屋は正反対の位置にあるから距離としては遠いんだけど、まあ、ちょっとした運動だと思って朝晩通っている。だから今日もそこで手を合わせたのだが。


 竜神様!! 自分からプロポーズしておいてアレなんですけれど、結婚式ってどうすればいいんですかね?!?!


 白状すれば、別に式は挙げなくてもよかったのだ。というかぶっちゃけ本丸で白無垢着てお酒飲んでそれで終わり! っていう略式でいいんじゃね? と考えていたのだが、皆がガチでそわそわしているから内心冷や汗が止まらない。
 さっきも長谷部が手にしていた情報雑誌、付箋だらけで「ヒエッ」ってなったもん。あれ絶対式場から衣装、小物に至る細部まで。あらゆる情報を集めているに違いない。それに加州も乱もウキウキしてるしさー! これで略式で済ませようものなら歌仙からも叱られてしまう。だからどうすればいいんだろう。と考えながら手を合わせていると、どこからか水が落ちる音が聞こえ――ハッと下ろしていた瞼を開ければ、そこには竜神様と鳳凰様が座していた。

「あっ、うわっ! お、おこんばんはでございます?!」
「ぶわははは! 滑稽な挨拶で笑わせるでないわ!」
「………………」

 思わず頓珍漢な挨拶をしてしまったが、竜神様は相変わらずの無表情で御座に座しており、鳳凰様は豪快に笑われる。そんな二人の温度差に「風邪引きそう……」と思ったが、すぐさま「何で呼ばれたんだろうか?」と疑問が浮かんだ。

「あの、何かございましたでしょうか?」
「ん? ああ、なに。そなたが吉行と婚姻を結ぶと報告してきたであろう? 故に友がな。これを用意したのじゃ」

 鳳凰様が『これ』と言って指さしたのは――輝くような光沢を放つ純白の衣装――紛うことなき本物の『白無垢』の打掛だった。

「は……。だっ! え?! めっちゃ綺麗!!」

 敬語も何もすっかり忘れ、飛び跳ねるように反応すれば鳳凰様は「そうだろうそうだろう!」と機嫌よく頷かれる。

「人の世でもそれなりの生地や糸はあろうが、友が用意したものに敵う物は存在せぬ。何せ友の衣装を手掛ける特別な職人が織ったものである故な。生地も織り方も人の世では再現出来ぬものよ。人の身で纏えた者は数えるほどしかおらぬ」
「ぎえっ。そ、そんなにすごいものを、わざわざ……?」

 お幾ら万円どころか億、あるいはそれを超えて兆とかのレベルの価格帯になりそうなほどにとんでもねえ高価な打掛に唖然としていると、鳳凰様が「当然であろう」と頷かれる。

「そなたは数百年ぶりに現れた友の寵児である。加えて度重なる試練により我ら神々が有する力を、ほんの一欠片ではあるが手に入れた。ならば今後一層その力が強くなれば、いずれは“竜の子”にもなれるであろうよ」
「竜の子?」

 それは“寵児”とは別の存在なのだろうか。ニュアンス的には“寵児”より“竜の子”の方が凄そうではあるが、実際のところ詳しい序列とかは分からない。だから鳳凰様にお尋ねしたかったのだが、どうやら結納の件でテンションが上がっているらしい。私の質問など無視してサクサクと話を進めていく。

「それよりも! 花嫁衣裳を友が用意するのであれば髪飾りは我に任せよ! 友よ! 暫し愛し子を借りるぞ!」
「え?! あの、ちょっ?!」

 いつものように「近う寄れ」と言われるのでなく、あっさりと上座から降り、そのままヒョイ。と片腕で抱き上げられる。余りの出来事に目を白黒させたものの、鳳凰様はズカズカと見知らぬ屋敷の中を進み、四、五メートルはありそうな重厚な扉をこれまた片手で簡単に開ける。途端に茹るような熱気が襲ってきて思わず「熱っ!」と叫んでしまった。

「フハハハハハ! 熱いか! そうであろうな! ここは我の眷属が働く加工場よ!」
「か、加工場、ですか?」
「うむ! さて、腕利きの加工師がおる場所へと向かうぞ」
「ひ、ひえええっ……!」

 ズンズンと進んでいく鳳凰様を止められるなら誰か止めてくれ。
 肩に担がれたままあちこちで鉄を打つ音や、何かを燃やすような音を聞いていると、鳳凰様は一つ、また一つと扉を開けては颯爽と通り抜け――ピタリと立ち止まった。

「號! 出てこい!」

 ごう、とは名前だろうか。何だか日本号さんを思い出すなぁ。と現実逃避していると、下の方から「御館様!」と野太い声が飛んできた。

「お待たせしまして申し訳ございません! 今日はどういった御用向きで?」
「うむ。我が友の寵児が此度、我が眷属と婚儀を結ぶ。故に特別な飾りが必要なのじゃ」
「ははあ! そりゃあ目出度いことで!」

 鳳凰様が下ろしてくれたので改めて『ゴウ』と呼ばれた人に目を向ければ、そこには私よりほんの少し背が高い、ひげもじゃのガッチリとした体形のおじさんが立っていた。

「は、はじめまして。審神者の水野と申します」
「おお、この人間がそのおひいさんですかい? なるほど。綺麗な魂をしていなさる」

 ヒエッ。なにこのおじさん。いきなり魂の質の話してきた。怖い。
 っていうか見えてんの?! なにこの人! いや、人じゃないんだろうけどさ! どんなお方でいらっしゃって?!

「クハハハハ! そう警戒するでない、愛し子よ。これなるは“號”。我が眷属にして鉱石を加工する者よ。見た目にそぐわず繊細な物を作る。腕利きの職人じゃ」
「勿体ねえお言葉です。そいでおひいさんはどんな品をご所望で?」

 ガッチリとした体形にそぐわず、素直に首を傾ける姿は素朴だ。なんか、炭鉱場で働く人、みたいな。いや、あくまでもイメージなんだけどさ。
 そんな『ゴウさん』の質問に、鳳凰様は「ふむ」と顎を撫でた後手慣れた様子で指示を飛ばし始める。

「衣装は友が用意する故、必要なのは簪じゃな。花嫁に相応しい、華やかなものにせよ」
「はっ。御意にござりまする」

 いやいやいや。待ってくれ。なんか、鳳凰様にお任せしたらとんでもねえ、お幾ら万円通り越した値段のつけられないものが贈られてきそうで怖いのですが?!
 咄嗟に鳳凰様を見上げて首を横に振ってみたが、笑顔で黙殺された。うえーん! 鳳凰様絶対分かってて無視してるー!!
 内心でメソメソと泣いていると、突然別の扉が開いて別の職人らしき男性が顔を出した。

「御館様! いらっしゃいませ!」
「うむ。良い石でも手に入ったか?」
「はい。よい輝きの物が幾つか」

 どうやら今度は宝石らしい。トレイのような銀製のお盆に乗せられていたのは、まだ加工前と思わしき鉱石だった。身長的に見えづらかったんだけど、ふと何かを思いついたかのように鳳凰様に抱き上げられ、驚く間もなく「見てみよ」と促される。

「そなたの目から見て、この中に“美しい”と思うものはあるか?」
「え。あ、あの、私宝石に詳しくないので……」
「構わぬ。そなたが素人であることなど言われずとも分かっておる故な。しかして時には素人の曇りなき眼で見たものが良い品であったりするものじゃ」
「そういうものでしょうか……?」

 アクセサリーは大量には持っていないけど、それなりに気に入ったものは数点持っている。普段はつけないけど、現世で友達と会う時とか、一人で街ブラショッピングをする時にはつけたりするのだ。
 それでもお高い宝石がついたものではない。大体三千円から五千円未満の安いやつだ。そんな自分に見る目がないのは重々承知でお盆を覗いてみるが――正直これと言って『美しい』と思えるものはなかった。

「えっと……」
「ふむ。見当たらぬか?」
「す、すみません!」
「よい。好みはそれぞれじゃ。しかして愛し子のお眼鏡に適わぬとあっては典雅を極める我としては満足出来ぬ。どれ、他の石も見てみようではないか」
「ひええええっ! そ、そんな! 畏れ多いですっ!」
「構わぬ! 行くぞ!」

 ぎゃああああ!! これもう完全に鳳凰様が楽しんでるやーつ!!
 内心阿鼻叫喚しているのだが、当然ながら止められるはずもなく。結局数多の鉱石が並べられた部屋へと案内され、様々な鉱石を見せられたけれど特に気に入ったものはなかった。

「ふむ……。いっそのこと硝子の方が好ましいか?」
「人間の女子には難しいのでは……」

 コソコソと話し合っているお二方を視界に入れぬようそっと視線を外し、なんとなーく視線を上げた時だった。その石が目に入ったのは。

「あ」

 炎のような橙色の照明のせいで見づらい中、それでも確かに輝いたソレに瞬きを繰り返す。だけど生憎と高い位置に保管されているため、背伸びをしてもちゃんと見えない。だから数歩下がって見ようとすれば、すかさず抱き上げられた。

「なんじゃ。アレが気になるのかえ?」
「あ、はい」

 頷けば、宝石を管理しているらしい男性が脚立を持って来てそれを取ってくれる。そうして再び銀盆に乗せられた鉱石を覗き込めば、すぐさま目についた理由を理解した。

「わー。むっちゃんの目の色にそっくり」

 琥珀、アンバーとも言われる鉱石だろう。トロリと蕩けるような優しい飴色は、陸奥守が私を甘やかしたり、揶揄って来る時の瞳の色によく似ている。言葉にせずとも瞳に乗せられた『愛おしい』という感情が分かる、ぬくもりのある色だ。
 何だか見ているだけで元気になるなぁ。と鳳凰様の腕に人形よろしく抱えられながら眺め続けていると、鳳凰様は「ふむ」と頷かれた。

「咢。他にも琥珀があろう。幾つか持って来い」
「はっ。暫しお待ちを」

 アギト、と呼ばれたもう一人のおじさんはそそくさと部屋の奥へと走り、すぐに戻ってきた。その手には少し大きめの銀盆があり、そこには様々の色、形、大きさをした琥珀が乗せられていた。

「この中で気に入ったものはあるかえ?」
「えっと……。さっきのが一番綺麗でしたけど、これも好きです」

 指さしたのは、先程の鉱石よりもほんの少し色が濃いものだ。これは私といる時じゃなくて、皆といる時――特に和泉守とか同田貫とか、気の置けないやり取りが出来る相手といる時に見せる目の色に似てる。ちょっとした違いなんだけど、何て言うのかな。軽口が叩ける『男友達』相手に見せる顔、とでも言えば伝わるだろうか。
 遠慮なく言いたいことも言うし、くだらない口喧嘩もする。そういう“親しみ”はあるけど恋とか愛じゃない、みたいな。そういう蕩けていない、引き締まった色だ。

「あとは、これ、でしょうか」

 今度は一番明るい色だ。この色は初めて陸奥守を顕現した時、御簾越しに見た目の色に似てる。というか、その時のことを思い出したから選んだと言ってもいい。
 まだお互いのことを何も知らない、最も澄んだ透明に近い色。この手で選んだ、自分の意思で望んだ『最初の神様』の瞳の色。

 この三つが好ましいかな。と鳳凰様に向き直れば、鳳凰様が指示するまでもなくアギトと呼ばれたおじさんが三つの石を別の銀盆に載せていた。

「では、これらをそれぞれ飾りとして加工せよ」
「はっ。畏まりました」
「え?! ちょっ、鳳凰様?!」
「ああ、そうじゃ。そなた、耳に穴は開いておるか?」
「開いてません! 開けてません! 怖いので!」

 いや、情けねえほどのビビリで大変申し訳ないのだが、ピアス穴開けるの怖くて開けてないんだよね。そりゃあ病院に行けば安心安全に開けてくれるのかもしれないが、高いじゃん。かと言ってピアッサーは怖い。ていうかピアス穴開けなくてもイヤリングでいいし。十分お洒落出来るし。
 と長年言い訳して生きて来たので穴は開いていない。でもこのまま「開けてやろう」と言われたら抵抗出来る気がしない。それでも素直に、半泣き状態で答えれば意外なことにあっさりと引き下がられた。

「ふむ。では首飾りと腕輪だけにするか」
「はへっ?」

 穴開けないで済むの? と安堵していたから聞き流しかけたけれど、鳳凰様。一体幾つプレゼントしてくださる気だ?

「あ、あのっ、鳳凰様! 流石にこれは貰いすぎになると言いますか、勿体ないと言いますか……!」
「構わぬ。我の趣味のようなものじゃ。ああ、そうじゃった。おい、咢。加工する際に――」

 どうにか固辞しようとしたのだが、あっさり言い返されそのまま打ち合わせと言う名の指示、というか注文を飛ばし、アギトさんはそれを猛スピードでメモしていく。
 ……ああもう! どーにでもなあーれっ! という心境である。マジで。お願いします。誰か助けてください。

「さて。これで用は済んだ。衣装と共に出来上がるまで待っておれ。なに、そう時間は掛けぬ。一月もあれば十分であろう」
「流石に早過ぎでは?! 簪とか一月じゃきっと出来上がりませんよ?!」
「フハハハハハ! そこまで仕事の遅い男ではないわ! そも、人と同じ扱いにするでない。アレは人ではない故な。人間と同じように考えぬことじゃ」

 要するに『ゴウさん』も人外だから急ピッチで仕上げられる。ということだろうか。いや、どっちにしろ無茶ぶりだと思うんですけど……。でも、止められる気はしない。
 だからもう全てを諦め投げ捨て――さっぱりとした気持ちで笑みを浮かべた。

「ありがとうございます!!!!」

 こうなったら言える言葉はこれだけである。
 現に鳳凰様は満足されたかのように「うむ!」と頷くと、クソ暑い工房から竜神様の元まで帰してくれたのだった。





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