小説
- ナノ -






「さよ……さよ……おい、小夜。しっかりせえ」
「うっ、むつの、かみ、さん……?」

 随分と懐かしい夢を見ていた気がする。人の身を得てまだ二年しか経っていないのに、妙に懐かしい気持ちになったのは何故なのか。だけど視界と意識が定かになっていくと同時に、夢は蜘蛛の子を散らしたかのように霧散していった。

 ……僕は、一体何を見て、こんなにも懐かしい気持ちになっていたのだろう?

 上体を起こした後首を傾ければ、不安げにこちらを見下ろす陸奥守さんが「大丈夫か?」と声をかけて来る。その顔や衣服は汚れており、髪も濡れていた。だとすれば僕も同じ状態だろう。
 だけど頷こうとした体は途端にズキリと痛みだし、僅かに力を入れただけでも呻いてしまう。それに頭も強く打ったらしい。痛みと同時に視界が揺らぐ。それでも震える腕を固く、湿った地面につき、気力で立ち上がれば陸奥守さんはほっとしたように息を吐きだした。

「大丈夫みたいじゃな。怪我ぁないな?」
「はい……。多少、痛みますが。十分戦えます」
「ほうか。きっと竜神様がおんしのことを守ってくれたがやろう」
「え? あっ」

 陸奥守さんに指さされ、見下ろした懐には宝玉が挟まっていた。だけどいつもとは違い、感じる神気は酷く弱々しい。それに宝玉がここにあるということは、主はどうなってしまったのか。
 ようやく回り始めた頭で主の安否を確認しようと首を巡らせるが、あのあたたかな姿はどこにも見当たらなかった。

「陸奥守さん! 主は?!」
「落ち着け、小夜。主は……ここにはおらん」
「そんな……!」

 早く、早く主を探さないと……!
 焦りが滲む中、突然壁に映った影がゆらりと揺れる。そこでようやく陸奥守さん以外の“誰か”が立っていることに気付き、すかさず自身を構えた。

「誰だ!」
「ほほ。先まで死にそうであったとは思えんほどに威勢がいい子よなぁ」
「――……小烏丸、さん?」

 僕たちの背後に立っていたのは、数珠丸恒次と並ぶ華奢な痩躯をした太古に打たれた刀。『小烏丸』だった。

「うむ。我こそが日本刀が生まれ出づる時代の剣。刀剣の父である小烏丸ぞ」
「な、んで……どうして……」

 僕たちの本丸に『小烏丸』と名のつく太刀は顕現していない。だけどこの薄暗い、洞窟のような場所で灯りを持って立っているのは間違いなく『小烏丸』だ。
 その姿は演練会場や、柊さんが連れていた時に目にしたのと同じで、偽物や紛い物ではないことが分かる。

 だけど何度も目にしたことがあるからと言って安心出来る状況ではない。むしろ敵が放った斥候である可能性も高い。
 無意識に柄を握る手に力が籠る中、そっと陸奥守さんが肩に手を当ててきた。

「大丈夫じゃ。そう警戒せんでえい」
「でも……」
「おんしなら分かろう。小烏丸は敵やない」

  陸奥守さんに諭され、改めて高ぶる意識を落ち着かせるように深く息を吸い込む。そうして周囲を探れば、確かに悪しき気配はない。殺意も穢れも感じない。
  勿論相手の術によって“そういう夢”を見せられている可能性はある。だけど懐に仕舞っていた宝玉に触れたら清らかな神気を感じることが出来た。だからこれは夢ではないのだろう。
 それに、夢なら既に見ていた。ならば夢から醒めた今は現実だろう。そう思うことにした。

 だけど敵じゃないからと安心している場合ではない。僕と陸奥守さんの手から奪われてしまった主を早く探しに行かないと。
 揺らぐ視界を頭を振ることで強制的に正し、改めて燭台を持って目の前に立つ、赤い戦装束に身を包んだ太古の刀を見上げる。

「すみません。取り乱しました」
「ほほ。よいよい。このような事態だ。取り乱すのも当然よ」
「おおのぉ。改めて感謝しちゅう。わしも小夜も、おまさんらぁがおらざったらどうなっちょったことか」
「うむ。感謝の心は大事だぞ。良き子であるなぁ、陸奥守吉行よ」

 陸奥守さんの言葉で僕たちは彼に助けられたのだと悟る。実際、あの濁流のように襲って来た“穢れた水”に飲み込まれた後の記憶が殆どない。
 辛うじて思い出せるのは、流される水の中で主の手から零れ出た宝玉を掴んだところまでだ。その後主がどうなったのか、他の皆がどうなったのか、全く分からない。
 何をどうすればいいのか分からず無意識に俯くと、小烏丸は「顔を上げよ」と優しくもしっかりとした声で語り掛けて来た。

「嘆くにはまだ早いぞ。小さき子、小夜左文字よ。そなたもまだ事態が呑み込めておらぬだろうが、詳しい話はあとだ。まずはこの父についてきなさい」

 横目で見上げた陸奥守さんが顎を引くようにして一度頷く。だから僕も意を決して彼の後に続けば、ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りが僕たちの影をヌッと伸ばした。

「あの、ここはどこで、僕たちはどこに向かっているんですか?」
「うむ。ここは我らの本丸に通ずる地下道よ。そなたたちの本丸ではない。しかしあの“黒き水”を通してそなたたちは流されて来た。そして向かっている先は我らの拠点とも隠れ家とも言える場所だ。おお、そうだ。足元がぬかるんでおるからな。気を付けるのだぞ」
「あ、はい」

 小烏丸の忠告に従い、視線を落とせば濡れた地面が蝋燭の灯りを照らしてヌラヌラと怪しく光る。それに耳をすませば轟々とした音が微かに聞こえてきた。
 聞けば近くにあの“穢れた水”が流れているらしい。水が流れる音と共に時折天井から雫が落ちる音がする。
 僅かな会話を挟みながら移動するなか、陸奥守さんに促され、竜神様の宝玉を渡せばそこに“火の気”を注ぎ始めた。

「それ、大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、大丈夫じゃ。逆にびっとでもえいき、竜神様に神気を流した方がお力になれるやろう」
「なるほど……」

 水神である竜神様にとって火神である鳳凰様の気は強すぎて毒になるかもしれない。だけど主の霊力も混ざっている陸奥守さんの力であれば問題ないのだろう。
 だけどあまり力を注ぐと陸奥守さんが戦えなくなってしまう。だから微調整を繰り返しながら、少しずつ気を流しているようだった。

「ふむ。やはりそなたは我らの知る『陸奥守吉行』と名のつく個体とは異なるようだな。如何様な縁を結べばそのようになるのか……。ほほほ。長生きもしてみるものだ」
「話せば長ぅなるき、堪忍しとうせ」

 苦笑いする陸奥守さんの言う通りだ。彼がこうなった原因を話すには沢山のことを語らなければならない。端折って要点だけを述べたとしても「意味が分からない」と言われるだろう。
 それほどまでに濃い体験をする羽目になったのは偏に主を狙った奴らのせいなのだが、僕たちに何の責任もないわけではない。

 だって僕は主の“懐刀”なのに。

 僕がもっとしっかりしていれば、僕がもっと強ければ。主がこんな目に、“人として生きる”という道を迷うことなく選び取れたはずなのに。
 僕はいつも主を守ることが出来ずにいる。それは僕が“復讐”の刀だからなのか。それとも主を導く“運命”が高位の神々以外を拒むのか。どちらにせよ情けなく、不甲斐ないことだった。

「さて、ついたぞ」

 黙々と地下通路のような薄暗い一本道を進むと、結界が張られた扉が見えてきた。そこで立ち止まると小烏丸は手をかざし、右に左にと線を引くように、あるいは円を描くようにして手の平を動かし結界を解く。
 そして開かれた扉の向こう側は、広間ほどではないけれどそこそこの広さがある一間で、沢山の刀たちが座り込んでいた。

「ああ……! 小夜! 小夜ですね?!」
「宗三兄様?!」

 灯りが乏しく、薄暗い中では夜目が効かない刀もいるだろう。だけど打刀である宗三兄様は僕の姿が見えたらしい。すぐさま立ち上がり、駆け寄ってくる。

「よかった……! 無事だったんですね……!」
「うん。僕は平気だよ。宗三兄様は?」
「ええ、僕も無事ですよ。装束は……酷い有様ですけれど」
「あ……」

 いつも身綺麗にしている宗三兄様の装束はあの“穢れた水”のせいで変色している。だけどそれは僕も、ここに集められた皆も同じで、生きているだけでも僥倖と呼べるほどだった。

「小夜。陸奥守。よくぞご無事で」
「江雪兄様」
「おんしも無事でよかったちゃ。皆に何かあれば主が泣くきの」
「それは……困りますね」

 どこか揶揄うような口調ではあったものの、陸奥守さんの言葉に嘘はない。現に僕たちは主が何度も泣く姿を目にしている。特に江雪兄様は一度折れているから余計にそう思うのだろう。
 一瞬苦い顔を浮かべたけど、すぐに取り繕うように口元を緩めた。

「早く迎えに行きましょう。主には、笑っていて欲しいものです」
「ええ、そうですね。ついでに僕たちをこんな目に合わせた相手に一太刀浴びせてきませんと」
「んははは! 相変わらず苛烈な男じゃのお」
「あなたにだけは言われたくありません」

 いつも通り気の置けないやり取りをする兄様たちに、他の皆も集まって来る。

「よう、色男。真打は遅れて登場ってか?」
「かーねーさんっ。変に絡まないのっ。でもお二人が無事で本当によかったです」
「そうそう。それに二人だけじゃなくて、皆無事でよかったじゃん?」
「だな。つーわけだ。陸奥守と小夜も来たことだし、いい加減反撃に出ようぜ」
「この屈辱、必ず晴らして主をお助けせねば……!」
「落ち着け長谷部。よう、旦那。小夜も、怪我ぁねえか?」
「おう。大丈夫じゃ。おんしらも元気そうやの」
「僕も、平気です」

 和泉守さんを始めとし、好戦的な面々が集ってくる。だけどその奥には粟田口の短刀や、古刀の皆さんも揃っていた。

「しかし、主は一体どこに連れていかれたのやら……」
「気配が辿れないのは、辛いな……」
「ボクなんてあるじさんの傍にいたんだよ?! それなのに……!」
「僕も、不甲斐ないです……!」
「二人共落ち着けって。嘆いてもしょうがないよ。まずは主の救出! 後悔も懺悔もぜーんぶ後回しでいーんだよ!」

 三日月さんと大典太さんに続き、乱と平野が悔しそうに唇を噛む。確かに二人は主の傍にいたけれど、僕よりは離れていた。だから彼らよりも僕の方が懺悔しなければいけない。だけど暗くなりそうだった空気をすぐさま鯰尾さんが払拭してくれた。

 鯰尾さんの言う通りだ。まずは主を助けないと。謝罪も後悔も、全部後から出来ることだ。今すべきことじゃない。
 現に主を心配するあまり勇み足になりつつあった僕たちに、傍に立っていた小烏丸が「これこれ」と諫言を口にする。

「気持ちは分かるがそう逸るでない。まずは父たちの話を聞きなさい」
「父“たち”?」

 小烏丸以外に誰が、と辺りを見渡せば、蝋燭の灯りが届いていない暗闇から大きな影が二つ出てきた。

「やあやあ。僕は源氏の重宝、髭切さ。なんだか僕たちの主が迷惑をかけてしまったみたいで、申し訳ないね」
「おれは鬼丸国綱だ。鬼の気配がして顕現したものの、斬る前に取り込まれてしまってな。機を伺っていた」

 髭切に鬼丸国綱と言えば“鬼”を斬ったことで有名な刀だ。だからこそこの“穢れ”にも対抗出来たのかもしれない。だけど三振りだけで反撃するのはあまりにも無謀だと考え、機を伺っていたのだと説明された。

「さて、それぞれの自己紹介も済んだことだ。まずはこの本丸、そして我らの主について話しをしようではないか」

 ゆらゆらと蝋燭の灯が揺れる中、改めて座り直した皆を見回す。そうして小烏丸はゆっくりと、けれどしっかりとした口調で話し出した。

「我らの主は年若い娘であった。男の庇護欲を刺激するような見目に話し方。遊女のようでもあり、稚い幼子のようでもあり、けれどその言葉の裏に滲む思いは褒められたものではなかった。戦にも興味がなく、進軍も然程進んではおらなんだ。それでも我ら刀剣男士を蒐集することに関しては熱心な娘でな。まあ……口さがない言い方をすれば大層な“男好き”であった」
「そうそう。それに僕たちだけでなく、男審神者にも関係なく粉をかけてたよね。随分と気の多い女性もいたものだと感心しちゃった」
「所詮おれたちは武器なのにな。恋だの愛だの求められても困る」
「ほほ。恋も愛も自由にすればよい。だが幾ら移ろいやすいものといっても限度がある。同時に数多の男に声をかける姿は、流石に目に余ったものよ」

 すっぱりと言い切る鬼丸国綱とは違い、髭切は微笑んでいる。だけど“楽しんでいる”というよりかは呆れているというか、辟易しているという感じだった。
 彼らも主と陸奥守さんみたいにお互いに対して一途なら何も言わなかっただろう。だけど“小鳥遊”という女性は様々な男性に色目を使っていたようだ。つくづく僕たちの主とは正反対で嫌悪感すら湧いて来る。

「この父が来るまでの間に我が子らもだいぶ骨抜きにされておってな。困ったものよ。しかし不思議と父やこの子らは惹かれなかったのだ」
「だって主からはイヤな気配がしたからね。こう……ドロッ、ネチョッ、みたいなさ。気持ち悪い感じ? だから僕は主と一緒にいるのが苦手でね。弟も、傍に寄ることはあまりなかったよ」
「ああ。それに、こちらの精神に干渉するような不可思議な力も感じた。おれたちはそれを弾くことが出来たが、出来ない刀の方が多く、次々と彼女に取り込まれていた」

 主を狙っていた“小鳥遊”と名乗った女性には悪神が手を貸していた。だから刀剣男士も抗えず呑み込まれたのだろう。だけどこの三振りは神格も高いうえ、逸話が逸話だ。審神者に関心を抱いていなかったこともあり、意のままに操られることはなかったようだ。
 だけど髭切の弟でもある膝丸はとある戦場で折れてしまったらしく、この場にはいなかった。

「可愛くて可哀想な僕の弟。僕を口説こうとした彼女を諫めたばかりに、単騎出陣を命令され、折れてしまった。「言っても無駄だよ」って教えたんだけどね。本当……大事な時に限って兄の言うことを聞かない、困った弟だったよ」

 言葉では詰っているようでも、その実髭切の声や瞳には「愛情」が込められている。どこの本丸でも弟の名前をちゃんと呼ばない刀だけど、その瞳に宿るのは紛うことなき“兄の愛”だった。
 だけど別に『羨ましい』とは思わない。だって僕にも大切な兄様たちがいるし、二人からも主からも、溢れるほど沢山の愛情を貰っている。だから弟を想う彼に同情はしても、妬む気持ちはなかった。

 それにしても、単騎出陣させて折るだなんて……。僕たちの主では絶対に行わない行為だ。だって主は初めての出陣命令で陸奥守さんを失いかけた。辛くも勝利を掴んできたものの、重傷で戻って来た陸奥守さんは酷い有様だったらしく、主は思い出す度に「辛い気持ちになる」と語っていた。

『だぁって一度でもあの姿見ちゃうとね〜……。元々血が苦手、ってのもあるけど、腰抜かしたよね。手入れ札使った後も涙止まんなくてさ。むっちゃんを困らせちゃった。それに、小夜くんが来てくれた後も常にギリギリだったじゃん? だから六人編成じゃないと、出陣させるの今でも怖いんだよね』

 戦場に立ったことはなくても、傷口や流れる血を見て主は恐怖を覚える。最初は何度も涙を流していたし、震えてもいた。謝罪されたこともある。
 だけど少しずつ主も慣れて――いや、違う。主は慣れてない。ただ“泣かない”という気持ちを強く持って僕たちの前に立っているだけだ。でなければ毎日、僕たちが出陣する度に「無事であって欲しい」と切に願ったりはしない。
 そんな主を知っているからこそ、単騎で出陣させたという彼らの主に憤りを感じてしまう。

「我らの主は人の子の中でも相当な貪欲さを持っていてな。次から次へと、人から刀から愛情を得ては愛でることもせず、次に奪うものを探し続けていた」
「一種の病のようだったぞ。石切丸や大典太が『主には何か憑いている』と言って払おうとしたが、結局精神に干渉されたのか、最後には主の前で膝をついていた」

 沢山の刀剣男士や審神者から霊力を奪っていたのだとしたら彼らを制圧するのもさほど難しくはなかったのだろう。疑問視する二人がいなくなったことと、次から次へと顕現する刀剣男士が雛鳥の如く主を慕ったため、三人は極力主に力寄らないようにしたという。
 そんなある日、突然皆が本丸から消える事件が起きた。消えなかった三人は審神者の目を掻い潜って本丸中を探し回り、遂に本丸の裏手にある林の中で地下へと続く道を見つけたそうだ。

「潜って見たらとんでもない光景が広がっていたよ。僕たちじゃ祓いきれないほどの“穢れ”が満ち溢れていたからね」
「うむ。そこに我が子らが沈んでいる姿も見かけてな。助けてやりたかったが、逆に呑み込まれそうであった。故に救出は諦めたのだ」
「爾来、主に見つからぬよう息を殺しながら過ごした。時折人も刀剣男士も流れてきたが、助かる見込みはなかったな」
「だがそなたたちは違った。薄くも清らかな気……水の膜に守られておってな。引き上げることが出来たのだ」

 僕たちを竜神様が守ってくれたんだ。皆と共に陸奥守さんへと視線を向ければ、彼は手にしていた宝玉を掲げた。

「けんど、竜神様もギリギリじゃ。これ以上迷惑はかけられん」
「そうですね」

 うっすらと感じる、弱々しい気。ここ数日でほんの少し回復した神力も殆ど使い切ってしまったのだろう。竜神様が繋いでくれた命を無駄にしないためにも、この三人から情報を得る必要がある。

「ふむ……。弱々しいが、確かに水の力を感じるな」
「そうだね。消えかかってはいるけど、君たちを守ってもなお存在を維持しているということは、僕たちよりもずっと神格が高く、力を持っているということだ」
「感覚からして水の神、か?」
「おーの。その通りじゃ。わしらの主を守護してくれちゅう水神様じゃ。けんど、おまさんらの主に酷い目にあわされて、今はこじゃんと弱っちゅう」
「そうか……。それは、すまなかったな」

 小烏丸は謝罪するけれど、彼らは悪くない。悪いのは主を狙った“小鳥遊”という女だ。陸奥守さんも同じことを考えているのだろう。現に「おんしらのせいやないろう」と苦い顔で返す。

「だが主を諫めることも、止めることも出来なかったのは我らだ。気休めにもならんだろうが、父の謝罪を受け取って欲しい」
「はあ……。気持ちは分かるけんど、決めるがは主じゃ。それにわしらは助けて貰った身やきのぉ。何も言えんき、謝罪については預かってもえいか」
「ほほ。随分と硬く、慎重なのだな。うむ。だがそのぐらい慎重である方がよかろうよ。さて、話を戻そう」

 謝罪については一旦保留とし、小烏丸はこの地下室から続く階段を上れば本丸の内部へと通じる部屋に出られると教えてくれる。
 だけど外は瘴気と穢れた水で満たされており、少しでも水に触れたら精神干渉を受けるから注意しろ。とのことだった。

「すぐに水から引き上げるか、強い心を持たねば一気にやられるからな。気を強く持てよ」
「特に向こうは自由に姿を変えられるみたいだからね。卑怯な相手だよ」
「うむ。おそらくそなたたちの主も連れていかれたのであろう。しかし奴らはここ最近弱っておる。攻めるなら今よ」

 多分、弱っているのは鳳凰様が主に伝えた『おまけ』のおかげだろう。火はあらゆる病魔、穢れを払う強い力を持っている。一歩間違えればこちらも巻かれてしまうが、火は有効だ。それに回復する時間を与えては主を奪還出来ない。
 僕たちも竜神様のおかげで外傷は殆どない。つまり小烏丸の言う通り、攻めるなら今しかないということだ。

「攻めるがはえいけんど、場所は分かっちゅうがか?」
「ああ。奴はいつも審神者の部屋にいる。今回も、」
「ん? ちょっと待って、国丸。上の様子がいつもと違う」
「だからおれは鬼丸国綱だと何度言えば――なに? 上の様子が違うだと?」

 一瞬漫才のようなやり取りを始めたけれど、すぐさま髭切が困惑したように別の結界が張られた扉に手を当てて首を傾ける。そして暫く何かを探るように黙った後、小さく「やっぱり」と呟いた。

「何かが奴らを掻き乱してる」
「まさかとは思うが、俺たちの主が何かしてるんじゃねえだろうな」

 同田貫さんが苦々し気に呟くが、髭切は「人じゃないと思うけどなぁ」と首を捻る。だけどすぐさま愉快そうに口元を歪めた。

「でも、混乱に乗じて乗り込むのは愉しそうだ。小烏丸。僕は行くよ。弟の仇を取らないと」
「はあ……。勝手気ままなのはお前も同じか。おれも行くぞ、髭切」
「ほほほ。血気盛んな子どもたちよ。だが良かろう。今は戦力も揃っている。合戦に出向くとしよう」

 三人はこれを『好機』と判断したみたいだ。扉に手を当て、先程と似たような動きで結界を解除する。
 僕は扉が開く前に陸奥守さんを見上げ、それから視線を前に戻した。

「主……」

 かさつき、皮が厚くなった手を強く握りしめる。

 何度もこの手を伸ばし損ねた。掴み損ねた。だけど今度こそ、この手で主の手を掴む。だから待っていて。僕の大切な、守るべき人。


 ◇ ◇ ◇


 訳の分からん奴の嫁にされかけたかと思えば、今度は逃走劇か。

 ショッキングな出来事のせいで半分以上心が死んでいたものの、おかげさまでやりたくもない結婚式から逃げることは出来た。だから私の手を取り逃がしてくれた相手、そして重たい婚礼衣装のせいでまともに走れない私を担いで逃げる“骨喰藤四郎”と“日本号”の二人に礼を告げる。

「骨喰さん、日本号さん、助けてくださってありがとうございます」
「礼なら結構だ! まずは逃げるぞ!」
「その通りだぜ、嬢ちゃん。まずはこの状況をどうにかしねえと、なあ!」

 視界を奪われているせいで何も見えないけど、二人は敵に襲われているらしい。時折刀を振るブンッ! という鋭く空気を斬る音がする。そして気弱そうでありながらも必死に声を張り上げる存在が先頭を走っていた。

「み、みなさん! こっちです!」

 本当は怖いだろうに、必死に先導する姿が目に浮かぶようだ。でもうちの五虎退は私が色んなことに巻き込まれたせいか、ここまでビビリではない気がする。むしろ虎ちゃんたちが唸って先に噛みつこうとするのを抑えていそうなイメージが……。あー、でもやっぱり怖がってるかなぁ。心配だわ。
 なんて考えていると、室内戦ということもあって苦労している日本号さんが私を抱きかかえながら気だるそうにボヤいた。

「偵察力の高い五虎退がいてくれて助かったぜ。俺じゃ何も見えねえからなぁ」
「虎を克服するいい機会だな」
「お前ちょいちょい毒舌だよなぁ……。おっと! あぶねえ〜」

 先程までとは違い、軽口を交わす余裕はあるみたいだ。骨喰の毒のある一言に嫌そうな声を出したものの、すぐに何かが壁にぶつかる音、そして潰れる音がして「うへえ」と内心で顔を顰めた。
 これ病院で襲われた時と同じことになってるのかな。だったら相当大変だと思うんだけど。
 だけど逃げている最中に質問をぶつけるのは失礼だ。だから日本号さんの邪魔にならないよう口を閉じて大人しくしていると、五虎退が「えいっ!」と叫ぶ声がした。
 どうやら五虎退も頑張って戦ってくれているらしい。私は彼らの主じゃないのに、本当に義理堅いというか何というか……。

 ありがたい気持ちはあるのだが、同時に自分の刀たちが心配になる。

 私を守ろうとしてくれた皆はどうなったのか。私と同じように流されたのか、それとも本丸に残されているのか。
 そして武田さんや、離れに隔離していた刀剣男士たちは無事なのか。
 祈るような思いで思いを馳せていると、ずっと走り続けていた彼らがどこかの部屋に入ったようだった。

「これは……」
「えっと……ここから清浄な気が感じられたので……でも、これって……」

 骨喰と五虎退が困惑したような声を上げる中、私を抱えて走り続けてくれた日本号さんがそっと床に下ろしてくれた。

「嬢ちゃん。あんた、今自分がどんな状況か分かってるか?」
「え? えっと……。変な奴らの嫁にされかけたことは理解してます」
「それも正解だが、問題はそこじゃねえ」
「問題?」

 他に一体何があるのか。分からずに声がした方向に顔を向ければ、突然額を指先で小突かれた。

「あんたの“目”だ。野郎、訳の分からねえ呪術であんたの“目”を封印してやがる」
「あ。道理で」

 封印されてたから何も見えなかったのかー。そっかー。

 …………じゃねえわ!!

「え? 封印? 私の目が?」
「ああ……。今の水野殿は何も見えていないだろうが、目隠しをされていてな。だがその布に特別な“呪”が施されている。解いてやりたいが、俺たちではどうすることも出来ない」

 これはまた随分と厄介な置き土産をしてくれたものだ。というか一体いつ目隠しされたんだ? もしかして、あの穢れた水の力を寄せ集めてこう、結晶化して布地にして、それを使っているとか?
 どちらにせよロクでもない状況なのは確かだ。
 だけど三人は落ち込むでも慰めるでもなく、別の言葉を口にした。

「だが、君は強運の持ち主のようだ」
「おうよ。天は味方をする相手をちゃんと分かってる」
「は、はいっ。あ、あの、審神者さまっ! ここに審神者さまの――」

 だけど五虎退が最後まで言い切る前に、誰かがの刃が空を切る音がする。

「誰だ!」
『おっと、危ない。しかしコソ泥が三匹も。困りましたねぇ』
「この声は……!」

 脳内に直接語り掛けてくる、道化師のようなおどけた口調。人を嘲笑っているかのような声。私の“視界”を奪った相手――“強奪”だ。
 咄嗟に睨むように空を睨みつけるが、腹立たしい声はクスクスと笑うだけだった。

『いけませんよ、レディ。対価もなしに手離したものを戻そうとするなど、道理に反します』
「あんたに道理を語られる日が来るとは思わなかったんだけど。っていうか、そもそもあんたが勝手に奪ったんでしょうが」
『ですが“いらない”と手放したのはあなたですよ、レディ』

 多分だけど、コイツの語り口と皆の先の説明でこの部屋に私の奪われた“視界”が保管されているのだろう。一体全体どういう風に保管されているのかは分からないが、ここにいるのは付喪神と悪神だ。不思議な力で存在を把握している可能性がある。
 だけどコイツのペースに乗せられたらお終いだ。だから深く息を吸い込み沸き上がる怒りや苛立ち、嫌悪感を抑え、両手を腰に当ててふんぞり返る。

「だからと言ってあんたにやるつもりは毛頭ないよ。ていうか、ここに“ある”ってことは、あんた、私から奪ったものどっかに売り払ったわけじゃなかったんだね」
『ええ。当然ですとも。レディが何か、もっと特別な物を代わりに用意してくださるかもしれませんのに、譲渡するわけないじゃないですか』
「ふーん? “触れなかった”わけじゃないんだ?」

 病院で視た光景を信じるなら、もしかしたらコイツらは私の“視界”という能力に触れることが出来なかったのかもしれない。あるいは売り飛ばす相手が見つからなかったか。
 どちらにせよ私の視界は戻せる可能性が出て来たということだ。

 だけど挑発する私に対し、余裕を崩さない“強奪”は楽しそうに笑う。

『フフフ。そう強い言葉を使うのは止めた方がいいですよ、レディ。強すぎる力は反動が強い。あなたにその力が跳ね返って来た時、果たして耐えられますかな?』
「ご忠告どーも。けど言われなくても自分の言葉には責任持ってるから」
『おや。それはどうでしょう? あなたは言葉の恐ろしさを理解しているようでしていない。とても“鈍い”お客様ですから』

 コイツうちの刀たちと同じこと言うじゃん。なんかちょっと腹立つんだけど。
 内心ムッとするが、どうせコイツなりの挑発だろう。だから溜息をつくことで苛立ちを和らげる。

「つーか、あんた私の“視界”じゃ飽き足らず、目まで封印したってどーいうことよ。ほんっと性格悪いよね」
『おやおやおや。折角私が“幸せな夢”を見せてあげようと思いましたのに。無粋なコソ泥のせいで台無しになってしまいましたね』
「余計なお世話じゃ。つーか何を勘違いしているのかは知らないけど、別に“アレ”が私の“幸せ”だと勝手に決めつけないでくれる?」

 先程まで置かれていた状況、所謂『陸奥守との結婚式』が最上の幸せだとは思わない。そもそも“結婚が最高の幸せ”だなんて誰が決めたんだよ。一昔のロマンスじゃねえんだから、結婚がゴールだなんて思わねえっつの。

『おや。あなたと彼は“愛し合っている”と思っていたのですが』
「それとこれとは別。結婚はゴールじゃねえし、必ずしも『幸せの象徴』でもない。あんた何年人間と付き合ってんの? そんなことも分からず“悪神”名乗ってんならさっさと止めな。あんたには勿体なさ過ぎるよ」

 言うて本物の“悪”というのがどういうものなのか、具体的に上げろと言われても分からない。なんかこう、人を利用してポイ捨てする。っていうイメージぐらいしかない。それこそ秋田の元主があることないこと捏造されたみたいにさ。そういうことをする奴は大概性格悪いと思ってはいるよ。
 ただそれが『本物の大悪党か』と聞かれたら「よく分からん」の一言に尽きる。だってただ相手を陥れたくてやったのか、それとも立場とか守るべき人がいて云々みたいなのがあるかないかで答えは変わって来る。とはいえその答えも捏造されたり嘘つかれたら分からないんだから、結局のところ「分からない」の一言に尽きるんだけどさ。

 っていうかそもそも苦手なんだよね。腹の探り合いってさ。私頭よくないし。アホの直球勝負師だから。ストレートしか投げられんのよ。
 そう考えたらコイツとの押し問答面倒くさくなってきたな……。

『レディ? もしや私との交渉に飽きて来ていませんか?』
「あ。分かる?」
『……はあ……。あなたのような“読めない”お人は久しぶりですよ』
「久しぶりってことは過去にいたってことじゃん。経験あるだけマシじゃない? こっちはあんたみたいな相手今回が初めて心底うんざりしてるよ」
『ハハハ! 本当に素直なお嬢さんだ!』

 何か知らんけど笑い始めた“強奪”に三人は警戒を解かずにいる。だけどずっと警戒するのはしんどいだろうし、そもそもコイツは私に“交渉”を仕掛けてきているのだ。彼らに何かするとは思えない。
 とはいえ彼らは私の刀ではない。指示を出したとしても彼らに従う道理はないし、従うとも思えない。何せ彼らは戦うために呼ばれた神様だ。呑気にしていられる状況ではないから、警戒を緩めることはないだろう。

「で? 結局あんたは何しに来たわけ?」
『なに、先日申し上げた通りですよ。あなたが私の契約者になってくださったら、もしくは“愛する人”を一人差し出してくださったら、奪ったモノを返して差し上げます』
「何じゃそら」

 それは交渉ではなく言葉をやわらげただけの脅しだ。応える義理はない。つーかあの時既に断ったはずなんだが。
 呆れる私に諦めの悪い“強奪”は言葉を重ねて来る。

『ささやかなものでも構いません。レディにとって“価値あるもの”でなくてもよいのです』
「嘘つくなっつーの。大体“価値のないもの”を渡すということは、結局私の“視界”に“価値がない”って言ってるようなもんじゃん。ていうかもうハッキリ言いなよ。あんた、私の“視界”を扱いきれなくて持て余してるだけでしょ」

 そう。思い返してみればコイツは確かに私の目というか、能力を気に入って“奪った”のだ。だけどどこにも売りさばいていないうえ、ここに保管しているということは『魔のモノ』では手出しが出来ない代物なのだろう。
 結局価値あるものも使わなければ宝の持ち腐れ。無用の長物と化す。だからさっさと返してもらいたいのに――

『……ふむ。やはり幾ら奪ったところであなたの“本質を視る”という能力は視界だけでは収まらないご様子。欲しいですねえ……。“あなた”という存在が』
「うっわ。マジで無理。私乙女ゲーとか、妙な遠回し表現とか、気障な台詞吐く奴苦手なんよ。ほら見て、めっちゃ鳥肌」

 見えるか知らんけど。と気色悪い台詞に立ち上がった肌を袖を捲って見せてやれば、またもや“声”は愉快そうに笑う。

『ご自身の恋人や所有物たちには随分と甘い言葉を吐き、また頂くのに、他の誰かに言われるのはイヤなのですねぇ』
「いや、普通そうでしょ。好きでもねえ奴から言われても嬉しいどころか気持ち悪いだけだっつの。第一あんた敵だし。絆されるわけないじゃん」

 心の底から「何言ってんだお前」という気持ちを込めて言い返せば、ようやく“声”は笑うことを止め、別の提案をした。

『では、ここで提案です。私の新たな契約者になってくださるのでしたら、ここに保管しているあなたの“視界”を戻し、その“目隠しの封”も解きましょう』
「…………断ったら?」
『その時は交渉決裂、ということで。例え力づくで“視界”を取り戻したところで、その封印が解けなければレディは生涯何も見えないまま終わります』
「こっちにデメリットしかないんだけど」
『相互利益を望むのでしたら是非私とご契約を。なに、あなたに悪事を働けと言うわけではありません。私の“依り代”になってくださったらそれで十分なのです』

 何が「十分なのです」じゃボケ。ようは「お前の体乗っ取って好きにする権利寄こせ」ってことじゃん。誰が応じるかアホ。
 っていうか何でコイツいっつも上から目線なわけ? 腹立つし、相手するのも面倒になってきた。

 だけどコイツの言うことは最もだ。
 例え“視界”を取り戻したところで目元を完全に封じられていては何も見えやしない。解呪の方法さえ分かればいけるだろうが、こんな提案をしてきたということは、だ。簡単に解ける封印ではないのだろう。
 どちらにせよ厄介な選択肢だ。しかもコイツ性格悪いからなぁ。私がどちらを選ぶのか想像してわくわくしているのだろう。

 だけどさ。

「あのさ」
『はい』
「私、あんたが思うほど“いいこちゃん”じゃねえんだわ」

 うちの刀たちも勘違いしているようだけど、私は決して“いいこ”ではない。可愛くもなければ綺麗でもない。ただ好きな人や好ましい人たちの前では“いい人でありたい”と思っているだけの――ようは自分をよく見せたいと思っているだけの傲慢でちっぽけな人間なのだ。
 そんな私が、それこそ聖女のように光のパゥワーでどうにか出来るとは思わんし、逆に悲劇のヒロインの如く絶望したり泣いて縋ったりもしない。

 だって私は性格が悪いので。嫌いな相手と同じ土俵に立ってやるつもりなんて毛頭ないのだ。

「あんたばっかり提示してフェアじゃないでしょ。だから、今度は私の番」
『はい?』
「まず先にあんたが私から奪った“視界”を戻して、更にこの“目隠しの封印”を解いて。その代わり、さっきのクソッたれな“結婚式”に参加してあげる」
「水野殿?!」
「おい、嬢ちゃん! 正気か?!」

 骨喰と日本号さんが声を上げて止めようとするが、いつもしてやられては名だたる刀剣男士の主として名折れだ。だから今度は“私から”条件を出す。
 ただ相手は“悪神”だからなぁ。私の思惑をすぐに察しちゃう危険がある。それに対するカウンターパンチを喰らったらどうなるかは分からないからかなりリスキーなんだけど……。
 まあ人生なんて伸るか反るかの大博打だしな! 考えたところでしょうがねえか!

『ふむ……。この私に自ら“賭け”を提示するなど。何か秘策でも?』
「さあね。つーかあったとしても言わんでしょ。なくても言わんけど」
『ハハハ! それは確かに。ですが、そうですねぇ……。たまには私が“乗る側”になるのも面白そうですね』
「そうそう。こっちは人生の大事なもん賭けた大博打だけど、あんたにとっては失ったところで痛くもかゆくもないものでしょ? 乗ったところで大した損はしないはずだよ」

 現に私から奪った力を持て余しているのだ。タダで持ち主に返すのは癪だろうが、賭けに負けたうえでの返品ならそこまで『惜しい』とは思わないだろう。
 そして“強奪”は私と言葉を交わして“理解している”はずだ。私と言う人間の考え方を――。

『ですが、何を賭けるのですか? 賭ける品物が分からないのであれば流石の私でも降りるしかありませんが』
「難しいことじゃないよ。うちの刀たちが私を助けに来るはずだから、その時試せばいい」
『ふむ? 試す。何をですかな?』

 本当は、こんなことやったら皆に怒られる。それはわかっているんだけど……。これが一番穏便に済む方法だと思うから。

 心の中で皆に謝罪しつつも提示した内容に、悪神である“強奪”は暫し考え込むように黙した。が、結局賭けに乗った。

『分かりました。あなたを失うのは惜しいですが……。それもまた人生というものでしょう。よろしい。その賭け、ベットします』
「そうこなくっちゃ」
『ええ。ですが、その前に』
「うぐっ?!」
「ッ! の、やろう……!」
「うぅっ……! くるし……!」
「ちょ?! あんた三人に何してんの?!」

 突然呻き声を上げる三人を振り返るが、視界も封印も解かれていないのだから何も見えない。まさか再びあの“悪意の塊”に取り込もうとしているんじゃないだろうな。と“強奪”に声を荒げれば、奴は『ちょっとした“保険”ですよ』と飄々とした口調で宣った。

『ご安心ください。四肢を拘束しただけですから』
「……それ以上彼らに何かしたらマジで許さねえかんな」
『おお、勇ましい! ではレディ。楽しい楽しい“賭け事”を始めましょう――』

 姿は見えないはずなのに、何故か卑しい笑みを浮かべた姿が見えた気がする。だからこっちも笑い返した。
 どうかこの“賭け”がうまくいきますように。と願いながら。






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