小説
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サクラちゃんが身籠る話で、薄暗い展開からハッピーエンド
サクラちゃん視点でちょっと擦れてたり性格歪んでるサクラちゃんの話




自分の体の中に新しい命が宿ったと気づいたのは、自分が医療忍者だからであろうか。
それとも体に流れるチャクラがいつもより違うこと、自分の体温が平熱より高いことに気づいたからだろうか。
理由はどうであれ、私は20代手前で妊娠をした。

相手は誰だと問われれば、思い当たる人物は一人しかいない。




*マリーゴールドは回帰する*




長年の片思いの相手、サスケくんがようやく木の葉に戻って来た。
この日が来るまで一体どれほどの人が傷つき、亡くし、心をすり減らしただろう。
考えただけでも気が遠くなるような、長いようで短かった、短いようでとても長かった
何とも形容しがたい数年間だった。

戻ってきたといっても彼は以前のような性格に戻ったわけではなく、あの薄暗く濁った瞳はそこにある。
確かにナルトと二人で必ず取り戻すとがむしゃらだった日々は決して無駄ではなかったけれど、私たちも私たちで彼から遠ざかっていた気もする。
だって私は彼が何をしていたか、何を思いどんな風に日々を過ごし、どんな修行をしてきたかを知らない。
それに私は今更彼に尋ねようとも思わなかった。
彼は彼で、前を向いて歩こうと思ったのだろう。
幼い頃胸に秘めていた一族の復興の夢を再び胸に掲げたのかもしれない。
と言っても結局のところ理由なんて二の次で、木の葉に戻りたいと思ってくれたのであればそれでいいと思っている。


そんな私は彼と対面した時も以前のように話しかけることはなく、またいつかのように思いを告げることもしなかった。
それどころではなかったというのもあるし、何となく自分でも違う気がしたのだ。
それにナルトも里やサスケくんのことで忙しく立ち回っていたし、サイは暗部に戻るかどうかそんな話をしていた気がする。

ようは忙しかったのだ、色々と。

そんな私だって何をしていたかと言えば、里の皆や戦争に参加してくれた人たちの治療に奔走していた。
時間が出来ればナルトと共にサスケくんの事で師匠に直談判したり、時には医療班の皆で新薬の開発をしたりと存外忙しかった。

誰かと世間話をする暇も、誰かとのんびりする暇などあるはずもなかった。
それでも狡賢い私は、怪我の様子見と大義名分を掲げて彼の部屋へと足を運んだ。



サクラ。
ナルトやサスケくんとはまた違った、低く落ち着いた耳触りのいい声。
伸ばされた腕は何度も髪を梳き、頬を撫で首筋を辿り、背中に回され引き寄せられる。

腰を抱き腹部に額を当て、まるで子供のような恰好で私を抱きしめてくるのはもはや彼の癖のようなものだ。
誰に聞いたか、そして誰の言葉であったか。女の腹部には"回帰"という意味があるという。
ならば彼は幼い日に亡くしたというかの母親の姿を私の中に求めているのだろうか。
私の中に母性はあれど彼の母親の姿など見えるはずもないのに。
そんなこと考えながらも私は自分のものより濃く暗い、赤い髪へと指を通す。
自分とは違う短いそれは、掬う間もなく指から零れ落ちパラパラと元の位置へと戻っていく。

我愛羅くん。
呼んだ私の声は音になっていたのか、それとも空気だけが動いたのか。
僅かに動いた彼の額が腹部に擦れて、くすぐったい。と思った。



私が彼と関係を持ったのは、サスケくんが里を抜け、ナルトも修行のために里を出た後だった。
その頃の私はと言えば綱手様の修行についていくのがやっとで、でも任務もあって、心の呵責も止められなくて正直自分のことで手一杯だった。

そんな中風影として木の葉に訪れていた我愛羅くんとばったり出会ったのだ。
その時案内役を担っていたのはシカマルで、綱手様に用事があった私はものはついでにとその中にお邪魔した。
と言っても私は彼らと何を話したのか正直覚えておらず、ただ我愛羅くんの落ち着いた、けれどまっすぐとした瞳だけ脳裏に焼き付いていた。
私と同じ色であるはずなのに、彼の翡翠色の瞳はとても不思議な色をしていたと思う。
まるで独りぼっちの私の心の中を覗くような、そんな不可思議な色だった。


それ以来、なぜか私は我愛羅くんと個人的に文をやり取りするようになった。
内容は本当に些細なことで、時に彼から綱手様のように執務室から逃げ出したくなるなどという愚痴も綴られてくることもあった。
あれは彼なりの優しさだったのだろう。
自分が弱音を吐くことで私にも同等の権利があると、そう伝えたかったのだと思う。
けど当時の私にそんなことができるはずもなく、いつだって強がって、意地を張って、さも何の悩みなどないかのように振る舞っていた。
それがやせ我慢の嘘っぱちだなんて、とっくの昔にバレていたというのに。
それでも私はその姿勢を貫き通すことでしか自分を保てなかった。

そんなある日、彼は雨の中傘をさして木の葉にやってきた。
彼が来る日は大抵晴れていたから、何だか珍しいものね。と彼に言ったことを不思議と覚えている。

綱手様のところに案内するね。
そう言って踵を返す私の隣に彼はたった数歩で追いついた。
その時私は彼の歩幅が私より広いことを知った。

「雨、すごいね」
「そうだな」

バタバタと傘を叩きながら足元に落ちてくる雫は、そこかしこに水たまりをつくり足元を濡らしていく。
いつもならそれを嫌だと思うが、その時の私は気にもとめなかった。
要約すれば心が死んでいたのだ。
何も思わず、何にも関心が湧かず。
ただがむしゃらに遠ざかる二人の背中を追いかけて、一人無限に続く道を走り続けているような毎日だった。
つらい、苦しい。
と何度も心が悲鳴を上げてもその度に私は自分自身を叱責し、奮いあがらせ立ち止まることを許しはしなかった。

そんな独りよがりで子供だった私を、彼は黙って見守っていてくれた。
自分も里のことで忙しいだろうに、それでも彼は里へと向けるべき優しさを私にも向けていてくれたのだ。
優しい人だと、そう気づいて彼へと手を伸ばしたのはその時だった。


私は狡かった。
二人に置いて行かれたという弱い女を演じた。
彼の優しさにつけいり、彼の同情を買おうとした。

そんなもの、何にもなりはしないのに。

私は強くいたかった。けれど強くあれなかった。
私はいつまでも弱く泣き虫で、足手まといで無力だった。

そんな私を、彼は黙って抱きしめてくれた。
彼の優しさは痛いぐらいにあたたかくて、擦れた私の心にじんと染み渡った。
人のぬくもりを思い出したのは、この頃だったように思う。


そして彼と初めて体を繋げたのはそれから幾月が時がたってからだった。
切欠はなんだったのか、正直初めてのことだったのに覚えていない私はきっとダメな女なのだろう。
だって仕方ないと思うのだ。
何せ彼は前戯から事後まで、とにかく優しく上手に私を誘導してくれた。
私は彼にすべてを任せきっていた。

情事の後、まるで夢物語を語るかのように彼は言った。
風影として女を知らぬのは恥だと大名たちに言われたことや、遊郭に連れて行かれ女を抱いたこと。そしてそこで手ほどきを受けたこと。

私は疲れた体で夢うつつにそれを聞いていた。
普通なら彼の話に非難の声を上げたり、悲しくなったりするのだろう。
けれど私にはそれがなかった。
だってその時の私は特別彼に惹かれていたわけでもなかったし、彼が誰と関係を持っていようが興味なかった。
彼も私のことを好きだとは言わなかったし、キスも睦言も互いに紡ぎあったわけでもない。
きっと彼は擦れた私を慰めてくれようとしたのだろうぐらいにしか思っていなかった。
強いて覚えていることと言えば、彼の握りしめてくる掌の大きさと、力強さに私は彼が男であることを改めて認識したということぐらいだろうか。
なんとも淡白な感想である。


いづれにせよ男女の関係になっても私たちの文通は続いた。
その頃には私も彼に対し愚痴を零せるようになっており、また彼は私の愚痴を聞きだすのがとても上手だった。口での会話は苦手なくせに。
それが何だか妙に可笑しくて、愛おしいと思った。


彼の姉兄と共に食事をしたこともあった。
皆私の医療の腕を信頼し、頼りにしてくれた。
それがとても嬉しく、僅かながらも自信へと繋がった。
彼らはやはり、あたたかく優しかった。よその里の私に対してでも。


そして彼のことで思い出すのは、風影として仕事をまっとうする姿だ。
真剣な眼差しはいつか見たものとは違いとてもまっすぐで、何かを探るわけでも、覗くわけでもなく、ただあるがままを受け止め生かす。凛とした綺麗な瞳だった。
そんな彼の横顔を眺めながら私はいつも思っていた。

彼のように強くあれたらいいのにと。

彼の力は、存在は、とても美しく力強くて、私にはとても羨ましかった。
醜い感情だと、自分で自分を嘲笑ったりもした。
それでも私は己の薄暗い感情を殺すことはせず、まるで子供がひっそりと子犬を飼いならすかのように心の奥底に隠していた。
そうして私は、彼に対してとても顔向けできないような薄汚い感情を胸に抱いたまま、それでも素知らぬ顔をして彼へと手を伸ばした。
私の心に潜んだ淀んだ感情に気づかぬまま私の手を取った彼の掌は相変わらず大きくて、あたたかくて。
それが余計に自分を惨めにさせた。
羨ましいと嫉んだ。
私もそうありたいと心が悲鳴をあげた。それでも彼の手を離せない。忘れられない。
未練がましい女の典型例だと、己を嘲笑った。


それからは何故か不思議と事あるごとに砂の里と木の葉を行き来するようになった。
師匠から所用を預かったり、任務であったりと内容は様々であったが、一度だけ休暇を取り彼を尋ねたことがある。
その日私と会った彼は、連日の職務に疲れ果てていてとても“そういうこと”が出来る雰囲気ではなかった。
別にそういうことを期待していたわけではなかったので文句はなかったが、それでもにわかに残念だと思ったのは秘密だ。

そんな私とは裏腹に、彼は私の姿を見ると少しだけ口の端を上げ柔らかく笑んでくれた。
それだけのことなのに、何故かこの時私の心は満たされたような気持ちになった。
そんな気持ちになったのは二人が出て行ってから一度もなかったのに、どうして今なのだろうと、無性に声を上げて泣きたくなった。
思い返せばその時の私は、女の姿を借りただけの無力で泣き虫な、あの頃から一歩も進めていないただの少女だった。


どうしようもなく彼の前で泣きだしたい衝動に駆られ、私は慌てて唇を噛みしめ彼に向かってほほ笑んだ。
苦し紛れに彼に休憩がてら休めばどうかと進言したのをよく覚えている。
彼が眠れぬ体質だということは知っていた。けれど目を閉じるだけでもいいからと、そう伝えた。
できるなら、彼に私を見てほしくなかった。
彼ならきっと私の心の奥底にいる泣き虫な少女に気づいてしまうだろうと、そう思うと怖かった。
私は強くいたかった。例えそれが、彼の前であっても。


もちろん彼はあまり乗り気ではなかったが、私が彼を手招きし頭を掻き抱き横になれば、彼は驚くほど素直に目を閉じた。
よっぽど疲れていたのか、それとも誰かに甘えたくなったのか。
その時の私は、自分の背に回された彼の指が弱々しく服を掴んだことに気付かぬふりをした。
なんとなく、そうしたかった。

何も話さず何もせず、抱きしめ続けた彼の体は私の想像以上に逞しかった。
私とは違う広く骨ばった肩やしっかりと筋肉のついた二の腕。
同年代の男の子に比べたら見た目は華奢な方だと思っていたからか、私は余計に驚いた。
彼とは何度か体の関係を持っていたというのに、まるで彼の体に初めて触れたかのようだった。
彼が男の人だと、そんなバカみたいに当たり前のことを改めて認識したのはその日だった。


その日結局彼は眠ることはなかったが、私の腕の中で目を閉じ落ち着いた呼吸を繰り返す姿は、年相応の少年というよりも幼子に近かった。
丸くなった背が呼吸に合わせて上下に揺れる。
それがまるで胎児のようだと思えば、不思議と逞しいはずの彼が可愛く、愛おしく見えた。
けれどそんな感情は音にせず、けれども心で呟くには少々持て余すので、私は彼の髪に指を通しながらそっと呟くように指先に想いを乗せた。
何度も何度も彼の短い髪を梳きながら、いとしいと、そう呟いた。
彼の髪が見た目に反して、とても柔らかいと知ったのはその時だ。


それからだろうか。
彼がこうして私の腕の中で丸くなり、目を閉じて甘えるようになったのは。

正直初めは彼らしくないと思ったが、今では弱音を吐きたくもなるのだろうと深く考えないようにした。
いくら常人離れしたチャクラを持った忍であろうと、彼が人の子であることに変わりはない。

だからそういう時私はいつも無言で彼の頭を抱きしめ、柔らかい髪に指を通した。何度も何度も、赤子をあやすように、何度も。

初め私の心に優しく触れてきた彼の手は、大きくあたたかく、まるで父親のようだと思った。
けれど今は年相応の大きさや、逆に赤子のように小さく弱々しく感じることも増えた。
きっとそれは私が彼の心の中に潜む不安や苦しみに気付けるようになったからなのかもしれない。


大丈夫、大丈夫よ。
と、そう心の中で呟きながら何度も彼の髪に指を通し頭を撫でた。
いつの間にか私の指は彼の髪の質感も、ゆっくりと混ざり合っていく体温の心地よさも知っていた。

気付くとそれが彼との付き合いの深さを表しているようで少し誇らしくもあり、気恥ずかしくもあった。

あの頃の私は、互いを抱きしめ、慰めあうかのような関係がこんなに心地よくなるとは思いもしなかった。
傷の舐めあいのような、または現実逃避をしているような。
生温い湯船にゆらゆらとたゆたいながらずっと目覚めるのを拒否しているかのような、そんな関係をこんなに愛おしく、大切なものになるとは思ってもみなかった。

だからこそ私にとってこの空間が、この依存によく似た関係が必要だったのだと今なら思う。
何故ならこの時の私は、彼と一緒にいるときだけ心が穏やかであれた。
何もかも忘れたわけでも、心の傷や痛みが癒されたわけではないけれど、それでも私の心は確かに穏やかでいられたのだ。
それがとても、ありがたかった。




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