小説
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 朝の会議を終えた数時間後。昼食後に執務室を訪ねて来たのは、預かっていた刀のうちの二振り。燭台切と大倶利伽羅だった。

「水野さん。今いいかい?」
「はい? あ、はい。どうぞ」

 燭台切と大倶利伽羅はうちにもいるから性格は大体把握している。だけどやっぱり審神者の性格やら何やらが影響するのか、うちのとは違いどこか遠慮しいというか、人見知りなのかな? みたいなところが二人にはあった。
 だから今までもあまり話したことはなく、姿も遠目で見ることが殆どだった。とはいえ割り振った仕事は真面目にしてくれたので、やっぱり根は真面目な刀なんだと思う。
 そんな二人に本日の近侍補佐だった堀川が座布団を進め、お茶を汲むために席を外した。本当にすぐ動いてくれるから助かるよね。

「お昼休み中にごめんね」
「いえいえ。お気になさらずに。むしろご用があればいつでもお声がけしてください」

 どこか申し訳なさそうな調子で謝られるが、別に忙しくしていたわけではない。むしろ目が見えないから指示を飛ばすばかりで、結構手持ち部沙汰だったりするのだ。だからこうして来客があった方が気持ちも引き締まるので却ってよかったりする。
 実際、私の代わりにあれこれと書類仕事をこなしてくれた陸奥守は「座り仕事はだれもつれるにゃあ(※意訳:事務仕事めっちゃ疲れる)」と口にしていた。そんな彼は本日近侍ではなく畑当番を割り当てている。だから近侍である小夜と補佐役の堀川が代わりに打ち込み作業を行ってくれていた。

「ありがとう。あ、陸奥守くんにはちゃんと了承を得ているから、そこは安心して欲しいな」
「へ? 何で陸奥守の名前が出てくるんですか?」

 意味が分からずに首を傾けたら、逆に「え?」と驚かれてしまう。
 いや、だって私に話があるのに陸奥守に許可取るの可笑しくない? それとも向こうでは審神者と話すためにはまず初期刀に許可を取る必要があったのだろうか。なんて考えていると、燭台切がどこか戸惑ったように「えっと」と声を上げる。

「だって、陸奥守くんと水野さんって恋仲なんだよね? 普通イヤがるというか、不安になると思うんだけど。自分以外の男性が近付くことって」
「え? あ。そういう?!」

 だからわざわざ陸奥守に私と話してもいいのか聞きに行ったってこと?! り、律義〜〜〜〜!!!
 あまりのことに驚いていると、傍にいた小夜から「主……」とどこか呆れたような声でやんわりと咎められる。

「いやだって、そんなこと気にするとは思わないじゃん」
「思いますよ。皆」
「僕が恋人だったら確実に気にするよ。自分の本丸の刀ならともかく、別本丸の刀と『君の主と話がしたい』って言われたら警戒心抱くよね」
「はい」
「Oh……」

 即座に二人から言い返されて地味にショックを受けていると、気を取り直すように燭台切が咳払いをする。

「ええと、それで何で時間を取ってもらったのかと言うと、僕と伽羅ちゃんの今後について話しがしたくて、こうして足を運んだんだ」
「あ、はい。お伺い致します」

 現時点で私と契約を望んだ刀剣男士は蛍丸・巴形薙刀・後藤藤四郎・亀甲貞宗・物吉貞宗・数珠丸恒次の六振りだ。そして前の主と共に朽ちることを選んだのは骨喰藤四郎と大和守安定の二振り。
 他の四名、燭台切と大倶利伽羅、五虎退と日本号に関してはまだ何も聞いていない。だから二人が腹を決めたのであればどんな内容であろうと従い、手を貸すつもりでいた――のだけれども。

「実のところ、まだ決めかねているんだ」
「へ? あ、そう、なんですか?」
「うん。僕も伽羅ちゃんも、骨喰くんや大和守くんと違って修行にも行っていないし、初期に顕現したわけでもない。主との思い出がないわけじゃないけど、正直なことを言うと、僕はもっと“戦いたい”と思ってる」
「なるほど……。因みに、お二人はいつ頃顕現なさったんですか?」

 部屋に来てから一言も喋っていない『大倶利伽羅』という刀は、噂によればどこの本丸でも「慣れ合うつもりはない」「一人で戦い、一人で死ぬ」と明言していると聞く。だけど燭台切に関しては結構個体差が出やすいらしく、性格も多岐に渡る。
 とはいえやっぱり戦国を駆け抜けた刀だからだろう。戦に関しては結構乗り気というか、嫌がることはない。むしろガツッと決めて誉をぶん捕っていくタイプだ。
 だから優しい声音と穏やかな言動に惑わされそうになるけど、やっぱりこちらの燭台切も蛍丸同様“戦いたい”という気持ちが強いみたいだった。現に照れくさそうな空気を醸し出してはいるが、引く気はなさそうである。

「僕と伽羅ちゃんは中間寄り、っていうのかな。初期ではないけど、後半組でもない、っていう中途半端なところで顕現したんだ」
「そうなんですね」
「うん。まず僕たちの本丸には八十名近くの刀剣男士がいた。その中でも僕が顕現したのは三十番目ぐらいで、伽羅ちゃんが二十六か七番目ぐらい、だったかな? 確か僕より少し早く顕現してたんだよね」
「ああ。打刀では後半組だ」
「そうそう。だから骨喰くんや大和守くんほど苦労してないんだ」

 年月で言うと、彼らの主が審神者に就任して一年目を迎えるぐらいで顕現したらしく、本丸もある程度軌道に乗っていたんだとか。だけど骨喰を始めとし、大和守は顕現したのが早く、殆ど審神者とは二人三脚のような状態だったという。うちの陸奥守と小夜、堀川と鳴狐と同じ状態である。
 だったらあの二人の反応も頷けるよな〜。なんて考えていると、燭台切も「だから思い入れも強いんだろうね」と頷いた。だけどここで思わぬ言葉が続く。

「だけど恥ずかしい話、僕たちの主は僕と伽羅ちゃん、というか太刀全般と無口な刀剣男士が苦手だったんだ。だからあまり交流がなかったんだよね」
「え?! それはまた何で……」

 私にとっての『燭台切光忠』は初めて本丸に顕現した太刀だ。(まあ自分の実力で呼んだわけではないと後々知る羽目にはなったんだけどさ)大倶利伽羅も何度も私を助けてくれた頼りになる刀だ。
 それを、え? 苦手にしてたって? 何故に? Why?

「いや、まあ、確かに大倶利伽羅は無口な個体が多いので気持ちは分からんでもないですが……」
「あはは! でも、水野さんの伽羅ちゃんはよく話してくれる方だと思うよ。何だかんだ言って皆と仲がいいみたいだし」
「あ。やっぱりそうなんですか?」

 これ、前に万事屋の店員さんにも言われたけど、どうやらうちの山姥切と大倶利伽羅は『割と喋る』個体らしい。私からしてみれば「黙って皆の話を聞いている方だな」って感じなんだけど、燭台切は笑いながら「そうだよ」と肯定する。

「それに結構面白いこと言うから、最初はビックリした」
「面白いこと?! うちの大倶利伽羅が?!」
「うん。畑仕事を割り振られた時にね、僕と伽羅ちゃんに向かって農具を突き出して『仕事の時間だ。働け』って言ってきて。その言い方が一緒にいた長谷部くんにそっくりで、僕笑っちゃったんだよね」

 ええ〜〜〜?! なにそれ初耳なんだけど!!
 確かに大倶利伽羅と長谷部って『同じ師を持つ刀工』に打たれた刀とは聞いたことがあるけど、まさかあの大倶利伽羅が長谷部の口調を真似するとは思わなかった。いや、偶然そうなっただけかもしれないんだけど、とにかく驚きだ。だって皆そんなこと一言も言わないから。
 ……ん? ってことはこれが平常運転ってこと? うちの大倶利伽羅、長谷部と言動似てる時あるの? マジで?

 驚く私に、燭台切は「ね? 笑っちゃうよね」と当時を思い出したのかクスクスと笑う。だけど隣に座っていた小夜からしてみれば予想通り物珍しいやり取りではなかったらしい。特にリアクションはなかった。

「うちの伽羅ちゃんは渋い顔してたけど、水野さんの伽羅ちゃんは気にしてなくてさ。それもまた面白いなぁ。と思って」
「はあ〜。大倶利伽羅にも個体差ってやっぱりあるんですねぇ」
「ね。それに、水野さんが本丸に帰って来た時も『違うなぁ』と思ったよ」
「私が帰って来た時、ですか」

 えー? 別にそんな特別な感じあったっけ? と脳裏を漁るが、特別珍しいやり取りをした覚えはない。だけど燭台切はあたたかな声音でうちと他所の大倶利伽羅の“違い”を教えてくれた。

「うちの伽羅ちゃんも冷たい、ってわけじゃないんだけど、基本的に主が帰ってきても無反応なことが多かったんだよね」
「出迎える必要性がなかったからな」
「それはそうかもしれないけど、でも水野さんのところの伽羅ちゃんは絶対部屋から顔を出すんだよね。それで『おかえり』って言う代わりに「怪我はないな」って聞くんだよ」
「え?! それ“普通”じゃないんですか?!」

 そりゃあうちの大倶利伽羅も長谷部みたいに駆け足で出迎えてくれることはないけど、それでも皆が落ち着いてきたタイミングでひょっこりと顔を出して上から下まで眺め、「怪我がないならそれでいい」と言って去っていく。
 毎回それだからあれが大倶利伽羅なりの「おかえり」の言葉なんだと思っていたけど、やらない個体もいるのだと知って愕然としてしまう。
 これには先程ノーリアクションだった小夜も驚いたのか、小さな声で「そうなんだ……」と呟いていた。

「他の本丸がどうかは知らないけどね。でもうちではそうだよ。伽羅ちゃん、ばったり主と出くわさない限り殆ど話しなかったもんね」
「話題もなければ必要性もない」
「ほら。うちの伽羅ちゃんこういう子だから」

 ツーン。とそっぽを向く姿はドライ&クールを極めた野良猫みたいだ。そう考えるとうちの大倶利伽羅ってツンケンしているように見えて毎回顔を見に来てくれる、隠れデレ要素が多いタイプみたいだな。
 なんていうか、アレ。昔動画で見た、飼い主が帰ってくるまでは頻繁に玄関を見に行くけど、飼い主の足音がした途端リビングに引っ込んで「今帰ったの? あっそう」みたいな顔する飼い猫みたいな絶妙なツンデレ加減というか。

 ……あれ? うちの大倶利伽羅可愛いな?

 新事実に衝撃を受けている間にも、燭台切は話を続ける。

「それに週に一回はお花を届けてるでしょ? すごいマメだなぁ。って感心したんだ」
「あ、はい。それは本当にそう思います」

 実際、この本丸で一番私に花を贈ってくれているのは大倶利伽羅だ。とはいえ花束で送って来るわけではない。大体が一輪で、多い時は三輪ぐらい。ただ一言「やる」とだけ告げて去っていく。それに何回か貰ううちに気付いたんだけど、どうにも花が萎れ始めた頃に新しい花を持ってきてくれているようなのだ。
 いつ確認しているのかは分からないが、ものすごく気遣ってくれているのは察している。こういうところに「わ〜。伊達の刀だぁ〜」と驚愕と共に感心していたんだけど、これもうち限定なのかもしれない。
 ……うん。これもなんか、あれだな。飼い主に獲物見せに来る猫みたいな行動だな。いや、バカにしているわけではなく、純粋に「嬉しいなぁ」とか「可愛いなぁ」っていう意味で。

 大倶利伽羅に対し若干失礼なことを考えていると、部屋に風が吹き込んでくる。勢いはそこまでなかったけど、ほんのりと花の香りがする。
 私は特に髪型には注意を払っていないからそのまま前髪を遊ばせたけど、見た目を気にする燭台切は髪を手で押さえながら柔らかな声で「凄いよねぇ」と呟いた。

「ここにいる皆、庭園のお手入れにも余念がない。実はここに来てすぐの頃、なかなか寝付けない日があったんだ。そのうえ早く目が覚めてね。人様の本丸の中を勝手に動き回るのもどうかと思って、最初に紹介された庭園に足を運んだんだ」
「自分で言うのもアレですけど、すごく綺麗ですよね。あそこ」
「うん。本当に、すごく素敵だった。道幅がしっかりと取られているから歩きやすかったし、花の位置も見やすい高さに調整されてた。うちの庭が寂しく思うぐらい色とりどりの花が咲いて、本当に綺麗だと思ったよ」
「へへへ。ありがとうございます」

 言うて私は何もしてないんだけどね! 大体がうちの刀と、離れに隔離している元ブラック本丸から連れて来た刀たちが手入れを行っている。
 ただ本丸の裏や、執務室から見える位置に植えているマリーゴールドは陸奥守と小夜が交代で手入れをしているけれど、本丸を広げた際に作った庭園は結構な規模がある。だからうちの刀だけでは手が足りないので、正直助かっていた。
 実際、花の手入れを通してかは分からないけど、荒んでいた刀たちも情緒が安定しやすいみたいだ。だから拡げてよかったなぁ、と思った場所の一つだったりする。まあ自分は本当に何もしていないんですが。
 それでも皆の努力が褒められて嬉しい。

 そんな私を察してか、気遣ってか、燭台切は穏やかに笑みを浮かべる。

「水野さんにとっては当たり前なのかもしれないけど、ここにも驚きがあったよ。だってうちでは花の手入れにはちっとも興味を持たなかった鶴さんが、歌仙くんと一緒になって花を剪定してたんだ。そのうえ宗三くんや三日月さん、鳴狐くんも嫌がるどころか楽しそうに水やりをしてた。本当……驚きの連続だったよ」

 どこか楽しそうに話してはいるけれど、自分の本丸との違いに最初は馴染めなかったことだろう。
 現に彼らが上手く寝付けていないことや、早く起床していたことは陸奥守と小夜から報告が上がってきていたから知っている。勿論それ以外にも、先に名前が出てきた鶴丸や歌仙からも聞いたことがある。
 だけどこればかりは相談されてもいないのに「ちゃんと眠れてる? 大丈夫?」と声をかけても却って負担をかけてしまう。もしくは気味悪がられてしまうだろう。だから私からは何のアクションもしなかった。
 代わりに、と言えば聞こえはいいけど、同じ刀剣男士であり気遣い屋さんの気配り上手な彼らに皆を見てもらうよう頼んでいたのだ。

 私の目が届かないところ、彼らが審神者には見せようとしない姿を見ていて欲しい、と。そして時には影から支えてあげて欲しい、とも通達していた。
 そのおかげか、彼らも次第にこの本丸に馴染んでくれたように思う。本当、皆優しい神様で助かった。

 こっそり面布の奥で「ドヤッ!」とうちの刀たちを誇っていると、燭台切がどこか羨むような声を上げる。

「それに、こっちの僕は頻繁に出陣している。それがさ、正直……格好悪いけど、“羨ましいな”って、思うんだ」
「羨ましい……。出陣が、ですか?」

 出陣回数が多いのは結局のところ刀が少ないからだ。何せ日々の仕事は多岐に渡る。刀剣男士だけでも出陣・遠征・内番・演練があるため殆どの刀が出払うし、近侍と近侍補佐は私のサポートがあるから執務室に詰めている。
 結果的に本丸に残るのは僅か数振りのみだ。だからこそローテーションが早く、頻繁に出陣しているように感じるのだろう。実際、今日の出陣部隊にはうちの光忠が組み込まれている。調子がよければ誉を取って帰ってくるだろう。

 だけど本丸に八十振りも刀がいればそりゃあ出陣なんてそうそう回ってこない。何せ夜戦や室内戦では太刀を始めとした長物は上手く実力を発揮することが出来ないからだ。むしろ短刀や脇差たちの独壇場になる。実際うちにもそういう時期があった。
 だから編成に偏りが出るのは仕方ないと頭では理解していても、実践刀としては思うところがあったらしい。苦みの多い笑みを顔に浮かべている。

「やっぱり活躍した時代が時代だからね。名付けられた理由も、あまり格好はつかないけど泰平の世ではありえない理由でしょ? 逸話が元になって人格が形成されている男士がいることを考えても、僕たちが呼ばれた理由を考えても、奥に引っ込んでおくのはどうにも、ね」
「ああ〜。それは確かに、そうですね」
「うん。だけどうっかり“料理が好き”と口にしてしまったものだから、太刀が苦手な主は出陣よりも厨に僕を配属することが多くて。正直練度が上限に達した時点で『もう戦場に出られないのかもしれない』と諦めていたんだ」
「それは……」

 流石にそれは極端が過ぎる気がするんだけど、と考えたところで思い出す。そう言えば蛍丸が言ってたな。「苦手にしている刀はいるみたいだった」と。それが太刀だとは思っていなかったけど、審神者も人間だしなぁ。でも仕事なんだからそこはちゃんと均等になるよう割り振ってあげるべきだったんじゃないだろうか。
 うーん。と唸っていると、燭台切が「気にしなくていいよ」と笑いかけて来る。

「それに、僕自身主に嫌われていることは分かっていたから。これ以上嫌われるのもイヤだし、料理をすることが嫌いなわけでもないし。不要と言われるよりマシだよね。と思って何も言わなかったんだ」
「えー……。でも私としてはどうして太刀を、というか燭台切さんを苦手に思うのか謎なんですけど……」

 だって『燭台切光忠』と言えば頼りになる太刀ではないか。料理も出来る。戦も出来る。書類仕事も丁寧だし、家事だって堀川と並んで率先して行ってくれる。頼りになるお兄さん枠だ。現にお茶を汲んで戻って来た堀川が湯呑を前に置けば、丁寧にお礼を言ってくれる。
 そんな物腰の柔らかい、戦国で活躍した刀とは思えないほど穏やかな一面もあるのに、何で嫌うんだろう?
 意味が分からな過ぎて心の底から「なんでじゃい」と考えていると、ここで黙って湯呑に口を着けていたはずの大倶利伽羅から「顔」とだけ言われて「はあ?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。

 いや、本当に、大変申し訳ない。ついうちの刀たちに返すみたいなリアクションをとってしまった。
 だけど大倶利伽羅は気にしていないらしく、もう一度「顔だ」とだけ告げてくる。

 え? 顔? 顔が何? ん? え? まさか、まさかなんだけどさ、

「その……イケメンすぎて苦手意識持たれた……とか?」

 いやでもまっさかー! そんなことあるわけ、と笑い飛ばそうとしたのに、燭台切は苦笑いなのか照れ笑いなのか分からない笑みを浮かべながら頬を掻き、大倶利伽羅は「フンッ」と不愉快そうに鼻を鳴らした。

 …………え? マジで? 正解?

「え?! 嘘! そんな理由で?!」
「あはは……。実は、そんな理由で苦手意識を持たれてたんだ。なんでも『自分との差が激しすぎて劣等感を抱いてしまうから』だとかで……」
「はあああああ〜〜〜〜??????」

 いや、分かる! 分かるんだその気持ちは!! 確かに彼らは全員顔面偏差値が高すぎる! でも相手は神様やぞ?! 遺伝子マジックによって生まれてくる人間とは違う。いわば“創造物”だ。元より人は美しいものに弱い。幾ら『人を殺すため』に打たれた刀であろうと、出来上がりが美しければそれに宿る姿も美しくなるだろう。
 実際少年姿の短刀だろうが少し年齢が上に見える槍だろうが、実物はそれに見合った美しさや機能美を持っている。だからこそ付喪神になった皆も相応の見目をしているのだろう。

 あー……でもまあ、確かに同じ男としてこの顔面を苦手に思う人はいるだろうな。相手の見目が良すぎて嫉妬する、っていうのは男じゃなくても女にもあることだ。まったく同じではないかもしれないが、分かる所はある。
 勿論男と女とでは意識するところは違うだろうけどさ。でも、言うたら仕事仲間やぞ?! そんな理由で遠ざけたりする?!

「っていうか燭台切さんがダメなら刀剣男士ほぼ全員アウトじゃん!!」

 絶対に笑っちゃいけない大晦日のバラエティ番組ちゃうねんぞ!? ケツバットやタイキックで済む問題ちゃうがな! と脳内でツッコミを入れていると、堀川が「兼さんとかいの一番でアウトですよね!」と身を乗り出して力説したので頷いておいた。
 うん。和泉守は確かに格好いい。光忠とは違ったタイプのイケメンで間違いない。ていうか光忠がアウトなら和泉守も陸奥守もアウトじゃねえか。審神者舐めてんのか。

「ほんっとう意味分かんないんですけど、他の太刀も同じ理由で避けられていたんですか? その理論で言うと三日月とか顕現した瞬間即アウトだと思うんですけど」
「本当ですよ。第一顕現した瞬間即レッドカードとか、失礼極まりないですね」

 堀川もレッドカードを提示され、部屋に押し込められる和泉守でも想像したのだろう。ムッとした空気を醸し出す。
 だって中身はともかく、見た目詐欺な鶴丸とか儚い系美人枠だし、鶯丸も個体によるけど基本的には掴みどころのないミステリアス男士だ。一期一振とかウルトラロイヤル王子やぞ。どないすんねん。
 しかも当然ながら全員『顔が良い』という共通事項がある。もうこれ絶対にアウトじゃん。と呆れれば、燭台切は乾いた笑い声をあげながら頷いた。

「ははは……。まあ、ね。彼らも僕同様、あるいは僕以上に苦手意識を持たれていたよ。でも三日月さんたちの場合は何て言うか……。性格の方が苦手とされていたみたいでさ」
「性格」
「うん。その、水野さんの鶴さんや三日月さんは穏やかで優しくて、人懐こい、って言うのかな。周囲と関りを持つことが好きみたいだけど、うちの三日月さんはほんっとう、何を考えているのか分からない人で……」
「あー……」

 そういえば蛍丸が『狸爺』って呼んでたっけ。ってことは、政府が契約している三日月に性格が近いのかもしれない。一度遠目で見たことがあったけど、なんかすげえ高貴な感じがしたもん。
 そりゃあアレが顕現したら「ウッ」ってなるだろうよ。分かる分かる。そう考えるとうちの三日月はすっごい優しいというか、穏やかというか。春の日差しみたいな性格なんだろうなぁ。うん。桜似合うもんな。三日月。分かる分かる。

「あれ? でも鶴丸はどうなんです? うちではドッキリビックリ大好き、愉快で元気なおじいちゃん枠なんですけど」
「もうその説明だけでだいぶ面白いんだけど、そうだなぁ。うちの鶴さんは何て言うか……。ビックリもドッキリも好きなのは一緒なんだけど、主がそういうの苦手でね」
「あ〜〜〜〜。もうどうしようもなくそりが合わないやつ〜〜〜」

 これはもうしょうがない。婚活と一緒だ。マッチングアプリで何度試したところで合わないものは合わないんだ。そういう類のものだろう。
 如何に見た目が良くても性格が合わないと誰でも苦手意識を持つ。つまりはそういうことだ。現に燭台切も「そうなんだよね」と頷く。

「だから鶴さんは僕たちを驚かせる方に力を注いでいたかな。主には、何て言うか……。“臣下”として接していたよ。驚き、というよりも進言や諫言をするタイプで、軍議や報告する時以外はあんまり話しかけには行っていなかったかな」
「はあ〜、そうなんですか……。審神者と刀剣男士の関係って、本当色々ありますね」

 うちの鶴丸は私を見るとすぐに近付いて声をかけてくる。それがイヤなわけじゃない。むしろ「気にかけてくれてるんだな」と思って嬉しいぐらいだ。だからもしそちらの鶴丸みたいな対応されたら戸惑うと思う。というか、悲しくなるな。
 確かに「うわっ!」とかやられるとビックリするけど、鶴丸は長生きだから色んなことを知っているし頭もいい。だから話していて楽しいのだ。まあ、じっとしているのが苦手みたいだから近侍補佐を任せることはあまりないんだけどさ。その分本丸内のことを陸奥守同様よく見てくれているし、短刀たちの相手もしてくれている。
 そういう意味では庭園の手入れを行ってくれるのも、彼なりの支え方なんだろうな。
 なんか改めて鶴丸の優しさを噛み締める羽目になったけど、今は彼らのことに集中しないと。

「えっと、それじゃあ鶯丸は“掴みどころがないから苦手”だったとか?」
「そうだね。あとはいつの間にか話題をすり替えられたり、大包平さんのことばっかり話されて困る。っていうのも理由だったみたい。他の男士に話しているのを聞いたことがあるから、間違いないと思うよ」
「あ〜〜。な〜〜〜る〜〜〜〜」

 うちには大包平がいないからアレだけど、鶯丸から聞く話は面白くて好きなんだけどなぁ。それに大包平の話だって、あいつはああだ、こうだ、こういう性格で、こういう時にはこういうことを言って、と語る時の鶯丸は本当に楽しそうだ。だから何というか、子供が自慢の友達を紹介するようで可愛いな。と思うのだ。
 だから私は苦に感じるどころか楽しんで聞いているんだけど、鶯丸が苦手だ、って言う人はやっぱりいるんだな。実際そういう男性審神者には以前にも演練会場で見たことがある。偶然聞こえて来た会話にすぎないけど、その時も「アホかな?」と思ったもん。縁のある刀の話して何が悪いんだ、っての。

「それに、僕たちの主が太刀を苦手になった理由がまたどうしようもないもので……」
「というと?」
「最初に呼んだ太刀が江雪さんだったから、ってことらしい」
「Oh……」

 これは私もやらかした側だから完全には否定出来ない。一時期は奥に引きこもって陸奥守と小夜以外には会わないよう気を付けていた時期もあるし。
 だけどやらかして落ち込んでいたことを小夜は知っていた。だから何も言わなかったけど、堀川は「あー」と声を上げていた。うん。君なら分かってくれると信じてた。流石初期メンバー! 私が落ち込んでたことに当時も気付いてくれてたもんね! 流石です!

「僕は彼のこと苦手じゃないんだけど、主はどうにも彼の性格と圧に負けて初っ端から苦手意識を抱いてしまったみたいで……」
「あー……。まあ、気持ちは分からなくもないですけど……」
「他は、そうだな。小狐丸さんは同じ男性なのにグイグイ来るから苦手だって言ってたし、小烏丸さんはものすごく歴史がある刀だから怖い、って言って避けてた。一期くんは僕と同じ理由。あとは短刀の話をすると中々終わらないから、っていう話も聞いた気がするな。源氏の刀はどうコミュニケーションを取っていいのか分からない、だったっけ? とにかくそういう理由で苦手だったみたい」
「それ完全に難癖っていうか、子供の言い訳じゃないですか。しかもほぼ太刀全員アウトって……」
「うん。でも打刀も大太刀も、似たような理由で避けられていた刀剣男士は何人もいたよ。出陣はさせてくれたけどね。それでも顔を合わせる機会は信頼を得ているメンバーに比べて少なかったから、骨喰くんのような思い出はないんだよ」

 うーわー……。まあ確かに、小烏丸とか歴史ありまくるから「畏れ多いです!」と言いたくなる気持ちはよく分かる。膝丸はともかく髭切は鶯丸以上に掴みどころがないし、うっかり斬られそうな雰囲気も確かにある。危ない魅力、っていうのかな。普段はニコニコしているのに本当の意味では笑ってない、っていうか。掴みどころのない優男、って感じがして苦手に思うのも無理はない。

 特に同性ならその顔立ちの良さやスペックに怖気づいてしまうこともあるだろう。女の私でも「うっわ」と思ったりするのだ。燭台切相手に劣等感を煽られるタイプならメンタルは然程強くないはず。そりゃ一期一振のロイヤル感にも負けますわ。ってかさっきから聞いてみれば兄弟刀がいる相手に対して苦手意識持ちすぎじゃない? 家族関係よくなかったのかな?

 あんまり家庭の事情には首を突っ込みたくはないんだけど、兄弟・姉妹の仲が悪い審神者って刀剣男士にネチネチした感情抱く人いるからなぁ。演練会場とか万事屋でうっかり見かけた時の気分の悪さと言ったらない。
 八つ当たりはしなくても、自分の家族や兄弟・姉妹に対する可愛げのない愚痴を零している人を見る時もある。冗談が冗談のレベルを超えている、っていうのかな。簡単に「死ねばいいのに」とか言っている人を見てしまった時は思わず二度見したもんよ。
 これは私が『言葉』に対して敏感なせいなのかもしれないけど、一緒にいた乱と前田もギョッとしてたから、多分あの審神者の元にいる兄弟刀がいる男士たちも苦い思いを抱いているんじゃないかなぁ。まあ、話の内容次第なんだけどさ。審神者が虐待を受けていた側ならブチギレ案件だけど、そうじゃないなら聞き流すしかないもんね。こういう話題って。

「あれ? じゃあ大倶利伽羅さんはどんな理由で?」
「俺は無愛想」
「あ。すみません。でも納得しました」
「こら、主さん。ダメだよ、本当のことだとしてもすぐに頷いちゃ」
「あははは! 堀川くんも面白いねえ!」
「主……。堀川さん……」

 失礼だとは思うけど、それでもやっぱりうちの『喋る側』の大倶利伽羅を知っていると「無口だなぁ」と思ってしまう。ただ私は自分の『大倶利伽羅』とよく会話をするから彼の性格とか考え方を把握しているけれど、話をしない審神者にとって彼は『何を考えているのか分からない』刀になるのだろう。
 そう考えたら遠ざけたくなる気持ちも分からないでもない。

「でも、言われてみれば確かにそちらの大倶利伽羅さんが誰かとお話している姿、お見かけしたことはないですね」
「でしょ? うちの伽羅ちゃん、貞ちゃんや鶴さんがいないと誰とも話さないとかザラだったから。酷い時には三日ぶりに喋った、とかあったんだよ」
「は?! それは流石にちょっとどうかと思うのですが!」
「普通だろ」

 いや! 全然普通じゃないから! うちの大倶利伽羅三日も喋らなかったら声出ないかカッサカサな声しか出てこないと思うぞ?! っていうか長期遠征とかで不在にしていない限り朝の挨拶ぐらいはする。だからこうも極端に『話さない』『慣れ合わない』個体がいるとは思わなかった。
 綿布の奥であんぐりと口を開けていると、どうやら私の声が聞こえていたらしい。本日非番の、現在話題の中心人物ともなっていた“うちの大倶利伽羅”が「おい」と声をかけて来る。

「何を騒いでいる」
「あ! 大倶利伽羅!」
「……なんだ」

 一瞬『面倒な気配を察知』みたいな空気を醸し出したけど、私が「来て来て」と手招きすれば渋々とした様子で入ってくる。その時点で既に面白いのか、燭台切はプルプルと全身を震わせていた。

「俺に用か」
「用っていうか……。ちょっとこっち来て、ここに座って?」
「は?」

 小夜が横にずれてくれたから隣に座るよう促せば、大倶利伽羅は一瞬考えるように動きを止める。が、素直に従ってくれた。
 そうしていつものように胡坐を掻くと、改めてこちらに顔を向けてくる。

「で? 何を騒いでいたんだ」
「うん。あのね、うちの大倶利伽羅ってよく喋るんだって」
「……………………は?」

 たっぷりと間を開けて返って来たのは予想通りの反応で。思わず吹き出せば「おい」と小突かれる。

「そんなことを言うために座れと言ったのか?」
「いや、それもあるけど違くて」
「どっちだ」
「あははっ。えっとね、あっちの燭台切さんが大倶利伽羅のこと褒めてたんだよ。だから噂の人物が来てくれたから嬉しくなっちゃって。つい呼んじゃった。ごめんね?」

 両手を合わせて「ごめーん!」と伝えれば、大倶利伽羅は暫し呆れたように沈黙した後、盛大に溜息を零した。

「くだらん……」
「あははは! だからごめんって!」

 本当に「くだらねえ〜」と思ったのだろう。顔に手を当てて項垂れる姿が面白くて笑えば、すぐさま鋭い視線が飛んでくる。多分これは睨まれているな? なんて考えていたらもの凄く鋭い一言が飛んできた。

「謝罪する気があるならそのにやけ面を止めろ」
「え。うっそ。顔見えてんの?」

 お師匠様の石切丸曰く『顔を隠す』式が組み込まれているはずなのに、まさか見えているのか?! 思わず両手で頬を抑えれば、すかさず「見えなくても分かる」と返されて更に驚いてしまう。

「マ? それもはやエスパーじゃん。大倶利伽羅も透視能力得ちゃったの?」
「バカを言うな。それに俺だけじゃない。あんたがどんな顔をしているか、この本丸にいる奴なら大概分かる」
「マジで?! ん? つまり私が分かりやすいってこと?」
「はー……。今更だな」
「めっちゃ感情の籠った溜息吐くじゃん!」

 陸奥守もだけど大倶利伽羅も割と意地の悪いとこあるよね! と心の中でハンカチを噛んでいると、遂に目の前に座っていた燭台切が声を上げて笑い出した。

「あははは! す、すごい……! うちの伽羅ちゃんの一ヶ月分ぐらい話してる!」
「一ヶ月分?! これで?!」

 言うてそこまで話してなくないか?! と思ったのだが、燭台切曰く「めちゃくちゃ会話している」とのことらしい。思わず大倶利伽羅を見遣れば、すぐさま額を小突かれた。

「あいて」
「大した用がないならもう行くぞ。あまりはしゃぎすぎてそっちの俺たちに迷惑をかけるなよ」
「はーい。了解でーす」

 小突かれた額を抑えつつ間延びした返事を口にすれば、すぐさま頭頂部にノックするかのような優しい打撃が降ってきた。多分、人差し指の第二関節あたりだと思う。そこで軽くコン。と小突かれて笑ってしまえば、大倶利伽羅は再度ため息を一つ零すと執務室を出て行った。

「本当に仲がいいんだね」
「そう……見えているなら私も嬉しいです」

 実際のところ、大倶利伽羅は私のことを好いてくれている。告白されたのは事実だし、陸奥守とこ、恋人(小声)になった後も「最後まで一緒にいる」的なことを口にしていた。
 だからこうして私の声を聞きつけて部屋を覗きに来たのだろう。それが分かる程度には私の意識も変わって来たので、素直に送られた賛辞を受け取ることにした。

「……うん。今のを見て、改めて思ったよ。僕は、今の主と一緒には逝けない。水野さんの元じゃなくてもいいんだ。僕を必要としてくれる誰かの元で、戦いたい」
「理由はともかく、内容は同じだ。俺は戦場で死ぬ。そう決めている」

 二人はこれが言いたかったのだろう。前置きが長くなってしまったのはきっと素直に言い出せなかっただけなのかもしれない。あるいは本当に雑談がしたかったのか。
 どちらにせよ二人は私の元でも、今の主の元でもなく、自分を本当の意味で必要としてくれている審神者の元で戦いたい。そういうことだった。

「分かりました。この件が片付き次第、戦力を求めている本丸を探してみます」
「ありがとう。助かるよ」
「いえ。ただ、無理に審神者と契約する必要はないことを予めお伝えしておきますね」

 これは離れにいる刀たちにも伝えていることなのだが、こちらが紹介したからと言って合わない相手と無理に契約する必要はない。ただでさえ隔離されている刀たちは審神者に対して懐疑的な刀が多い。
 私に対してはそういう意識が薄れたとしても、別の審神者の元で契約して「ああ、結局人間はこういう生き物なんだな」と失望しては意味がないのだ。
 だって彼らは“人非ざる者”ではあるけれど、人を愛することが出来る存在だから。だからこそ見極めて欲しくて、彼らにも紹介した審神者にも『仮契約期間』を設けるようにしていた。

「仮契約期間?」
「はい。この期間は審神者や状況によってマチマチなんで、明確な規定はありません。例えば即戦力が欲しい本丸ではことが落ち着くまで、とか。大体二週間から一ヶ月ぐらいですかね? 新人審神者の元に行く場合は刀種によっては手入れの資材が足りないので、数日から一週間程度が多いです。出陣の際に手を貸すだけ、という時もあります」

 ようは『契約社員』みたいなものだ。だけどこれがあるだけで随分と違うと思う。
 だって審神者の性格って一緒に過ごしてみないと分からないじゃん。怪我を放置するタイプなのか、それとも資材が足りなくて泣く泣く我慢してもらっているタイプなのか。同じ『放置』という措置であっても中身が違う。

「ですので、ご自身の価値観や希望に沿った働きが出来る本丸かどうか見極めるために、短期での契約を結んでもらっているんです」

 実際ある程度主戦力は育てているとか、刀はいないけど資材はそこそこ貯めている。という本丸であれば手入れに資材を多く必要とする太刀や大太刀も紹介出来る。
 だけど発足して数日しか経っていない本丸や、一ヶ月そこらの本丸では資材も足りなければ本丸の運営にすら慣れておらずてんやわんやしていることが殆どだ。出陣や遠征など仕事上のアドバイスをしてあげることは出来ても、紹介された刀の性格を把握するのは新人審神者にとっては難しい。だけど刀剣男士側からは審神者の性格や傾向をある程度把握できる。
 例えば作業効率が悪いとか、サボり癖があるとか、生真面目だとか、心配性だとか、そういうざっくりとしたものだ。この場合は刀剣男士側が『力になってやりたい』『支えてやりたい』と思えば本契約に進みやすい。勿論審神者側から「ちょっとあの刀とは……」と言われてしまえば不成立になるが、大体新人審神者は訳が分かっていないので少しでも本丸での経験がある刀がいてくれると安心するものだ。
 それで本契約に至った刀と新人審神者は複数いて、時折彼らからメールだとか手紙だとかが送られてきたりもする。

 いわば仲介業者のような役割をここでは担っているのだ。

「成程。でもこっちが合わないな、と思っても、向こうから契約を持ち込まれたらどうするんだい?」
「その時は素直に『申し訳ございませんが』と言って断りますね。ただ明確に理由を告げるのではなく、『他の審神者様との契約が成立しましたので』という断りを入れます。それでも納得されない方は時折いらっしゃいますけど、そういう方にはうちの政府所属の担当官に連絡を入れて対処してもらうことが多いです」
「へえ。つまり政府のバックアップ付き、ということだね?」
「はい。むしろ政府から“委託”されている業務なんです。疑心暗鬼になっているとはいえ、殆どの刀剣男士は練度が高く、多くの経験を積んでいます。だから失うにはあまりにも惜しいという理由でこんな形になりました。それに刀剣男士だけでなく、審神者側のチェックも出来ますし。特にブラック本丸になりやすい審神者を予め把握出来る、というのが最大の利点でしょうか」
「成程ね。ちゃんとしたサポート付きなら安心して任せられるよ」

 肯定的に受け入れてくれた燭台切にこちらもほっとする。
 実際、ここに来た時は警戒心タップリだった刀剣男士たちが新しい審神者のところで自身を存分に振るい、時には新たに顕現した男士たちと気の置けないやり取りをしている。なんて話を聞くと嬉しくなる。
 勿論人伝で聞くだけでなく、本人たちからの報告も来ている。だから部屋には沢山の手紙が保管されていた。
 言うて審神者たちからはメールが殆どだけどね。だけど刀剣男士は便せんを使って送ってくる。結構嬉しいんだよねぇ、手書きのお手紙って。だから私も喜んで手紙を返すし、時には彼らが遊びに来てくれることもある。そういう時はやっぱり「やってよかったなぁ」と思うのだ。

「あ。でも規則で決められているわけではないので、一ヶ月経たずに戻って来ても大丈夫ですし、連絡さえ頂ければ一週間以上仮契約を結ばれても大丈夫です。大事なのは“お互いを尊重し合うこと”なので。合わないと思ったらうちに帰ってきてもらって大丈夫ですよ」

 過去にも本契約に至らず離れに戻って来た刀たちはいる。だけどそういう刀たちも、三回、四回と諦めずに次の審神者を求めて仮契約を結び、最終的に本契約に至った。そんな事例は沢山あるから、諦めずに頑張って欲しい。
 人も刀も心があるから時にぶつかり傷つけあうけど、同時に補い合い、支え合うことが出来る。無理に契約してお互いを傷つけあうことだけは絶対にして欲しくない。だから仮契約を結ぶ前に必ずこの一言を添えていた。

「本契約に至らなくても、気にせずここに帰ってきてください。ここは、皆さんにとっての“第二の本丸”ですから」

 皆ではないけど、個体によっては本契約に至らず落ち込む刀もいる。だけどそういう刀にあーだこーだ言うのは無神経だ。だから代わりに『おかえりなさい』と伝えるようにしていた。
 傷ついた彼らにも『帰る場所があるんだ』って思って欲しいから。だからこの本丸は私たちにとっては“第一拠点”ではあるものの、傷ついた刀剣男士たちにとっては“第二の本丸”“もう一つの帰る場所”として存在出来るよう努めている。
 だから燭台切にも大倶利伽羅にも「いつでも帰っておいでね」と田舎のおばあちゃんになった気分で伝えれば、何故か笑われてしまった。

「あはははっ。……うん。ありがとう。まだどこにも行ってないけど、もう新しい本丸で頑張れる気がしてきたよ」
「それはよかったです。こちらも全力でサポートしますので! お二人共頑張ってくださいね!」
「フン。俺はどこでもいい」
「あ。またそんなこと言って。ダメだよ、伽羅ちゃん。折角水野さんが好意で言ってくれたんだから、ちゃんと応えないと!」
「……結果を出してから伝えればそれで十分だろう」
「もー。カーラーちゃーん?」
「あははは」

 どこまでもツンを極める大倶利伽羅と世話焼きの燭台切に思わず笑ってしまう。
 おそらくだけど、この二人にもいい主に巡り合えるだろう。というか、そうなって欲しい。

 緊張気味な様子で入室して来た時とは違い、楽しそうに笑う燭台切にこちらも笑顔を返す。そうして休憩時間が終わるまでの僅かな時間、無口な大倶利伽羅を巻き込んで雑談に花を咲かせたのだった。




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