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 多少理解不能だった時間はあったものの、我が本丸に新たな刀剣男士が加入することが決まった。とはいえあれからすぐに何かが進展したわけではない。
 一応出陣や遠征は再開させたけど、演練は中止している。何故かと言うと、どこでどんな審神者と出会うか分からないからだ。万事屋への買い出しも同じ。一体どこで誰が『魔のモノ』と契約しているか分からない以上、迂闊に出歩くことは出来ない。
 なので日頃演練に回している男士たちは私への護衛役へと転じている。幾ら本丸内とはいえ、ここで別本丸に飛ばされたことが二回もあるからそうなった。刀たちも常に気を配ってくれているし、夜には見回りもしてくれている。
 そんな万全の体制の中、数日に一度竜神様とお会いするようになっていた。

「竜神様!」

 竜神様の居城への行き方は正直なところよく分かっていない。ただ心の中で竜神様に「お会いできませんか?」と強く念じていると、負担がかからない程度に呼んでくださるようになった。勿論毎日は失礼だから数日おきだけど、おかげで竜神様のお加減も分かるようになってきた。
 とはいえ相変わらず目は見えていない。だけど竜神様がお力を貸してくださったおかげで“神気”が見えるようになり、お姿を探すのは勿論、生活自体もかなり楽になった。それは竜神様も同じなのか、以前に比べて“神気”の流れがよくなっている。
 だから今日もお傍に行ってお加減を確かめようと思っていたのだが、

「来たか。愛し子よ」
「あれ? 鳳凰様?」

 今日は竜神様の御座に鳳凰様もいらしていたらしい。聞き慣れた声が鼓膜を揺らし、咄嗟に目を向ければ轟々と燃え盛る炎が目の前に迫ってきたのかと思い、咄嗟にのけ反ってしまう。

「ひぎゃ?!」
「ふはははは! 友の言うた通りじゃな。愛し子よ。今のそなたは我の“気”を見ておるのだろう? どうじゃ? 恐ろしいかえ?」
「び、ビックリはしましたけど、恐ろしいかと聞かれたら……」

 うーん。どうだろう。
 確かに“黒い本丸”で炎に巻かれた時は「死ぬかもしれん」と思ったけど、何て言うのかな……。鳳凰様の炎はそれとはちょっと違う。神聖さがある、というのだろうか。清浄なる炎、と呼んでもいいかもしれない。
 とにかく『恐怖』を感じるよりも魅入らされるような美しさがある。だから「恐ろしくはないかなぁ」と考えていると、鳳凰様は機嫌よさそうに笑われた。

「くははは! 相変わらずの豪胆さよなぁ。まあよいわ。さて、愛し子よ。随分と励んでおるようだな」
「え? 何を、でございますか?」

 いつの間にか竜神様の膝の上に乗せられていたのだが、今度は鳳凰様に抱き上げられる。なんか猫にでもなったような気分だ。でも竜神様も鳳凰様の体躯に恵まれていらっしゃるからなぁ。正確なところは分からないけど、二メートルはあるはず。自販機より大きい気がしたから、多分間違いではないだろう。
 そんなことを考えていると、鳳凰様は私の目尻を優しく撫でてきた。

「吉行と睦まじくしておるようではないか。随分とそなたの中に“火の気”が溜まってきておるぞ」
「ひぎゃっ?! そ、そそそそんなななんなも、な、わかっ……?!」

 流石鳳凰様と言うべきか。自らの眷属の“気”の流れを読むのに長けているらしい。自分では分からないけれど、私の中に流れる“水の気”に陸奥守の“気”を感じるらしい。愉快そうに笑われる。

「分かるに決まっておろう。あやつは我の眷属ぞ? 身内となった物の気の流れも読めず、どうして上に立てようか」
「ですよね……」
「うむ。しかして……。ふむ。友も分かっておるだろうが、あまり喜ばしい事態とは言えんな」
「え。何故ですか?」

 喜ばれるならまだしも、何故複雑そうな声音で心配するのか。意味が分からず咄嗟に鳳凰様の隣に座しているご様子の竜神様へと顔を向ければ、鳳凰様とは違う、ひんやりとした手が私の頬に触れた。

「愛し子よ。今のそなたは友の力を注がれ、我ら神々の“気”をその“目”で見られるようになった。だがな、本来であれば備わっていない能力じゃ。それは分かっておろう?」
「はい」
「故に、そなたの失われた人間としての“機能”を取り戻したとしても、そなたの肉体の変化を止めることは不可能になった、ということじゃ」

 ……実のところうっすらと予感はしてはいた。この“力”は竜神様が私の瞼に触れてから現れた。つまり、竜神様が何かしらの力をお与えになったから皆の“気”が見えるようになったのだろう、と。まあ言ってしまえば“神の力”を注がれたということだ。『人非ざる者』にまた一歩近づいたのだと、鈍感だと言われる自分でも流石に分かる。

「この力は、人の身では御せないものですか?」
「然り。確かに“気”を見ること自体は大したことではない。だがな、そなたは“付喪神”と深く繋がっておる。奇縁、とでも呼ぶべきか。あるいは友がそなたの身に宿った時点で“こうなること”は定められておったのやもしれぬ」

 鳳凰様のご説明に黙って頷く。確かに子供の時から“物”に対して異様に感情移入するタイプだった。以前聞いた母の“イマジナリーフレンド”の話然り、刀剣男士然り。だからこそ母は「私が審神者に選ばれたのではないのか」と思う程なのだから相当だろう。
 現に鳳凰様は「そなたは“物”と縁深い故な」と仰せになる。

「しかし今回は吉行のせいではない。そなたの職務が原因じゃ。九十九共との奇縁、そして度重なる危険により、そなたの力が“目”に現れた。そして神格化が進む魂に適応しようと肉体の一部が歪み、“形ある物共の記憶”を読み取る力を得てしまったのじゃ」

 それはあの秋田が謎の影から切り取ったブレスレットのことを言っているのだろうか。それとも路上で視た過去の記憶のことだろうか。……いや。とぼけたふりをしても駄目だな。これは、流石に誤魔化せない。元は“感知能力”だったものが“霊視”に至り、そして生き物の“気”の流れが見えるまでに進化した。
 これは、唯人が持てぬ巫女の力と言っても過言ではないだろう。

「この力は、災いを呼ぶものでしょうか」
「さてな。一概には“良し”とも“悪し”とも言えぬ。我らからしてみれば然程珍しい能力でもないが、そなたは凡人として生きて来た身だ。見えたものに恐れることも、嫌悪感を抱くこともあろう。だが好ましくないからと言って御せるものではない。それはそなたも分かっておろう」
「……はい」

 実際、自由に、好きなだけ“記憶”を読み取れたことは一度もない。触れた瞬間いきなり視界が切り替わり、触れた人や物の記憶が流れ込んでくる。それを制御出来たら便利な力だろうが、発動条件も分からないうえにどれほどの記憶を見ることが出来るのかも謎だ。つまり、制御不能の能力。良い記憶も悪い記憶も、全てこの“目”で見てしまう。博打と変わらない。
 そして中には、言いたくはないが人の生き死にに関わる記憶もあるだろう。物から流れ込んできた場合は“記録”と呼ぶのかもしれないが、どちらにせよ血や争いが苦手な私からしてみれば最悪な映像をこの目で視る日が来るかもしれない。
 ……それは、流石にイヤだなぁ……。

「そなたは勇ましくもあり、豪胆でもある。が、同時に童のように純粋じゃ。その魂を穢すくらいならば喰ろうてやりたくもなるが、友に嫌われるでな。やめておこう」
「あははは……」

 鳳凰様のジョークにヘラリと笑えば、鳳凰様も一瞬穏やかな空気を纏う。けれどすぐに真面目な声で話を続けた。

「しかしな、今のそなたが人の世に戻れば見たくもない物を数多見る羽目になるであろう。今の人の世は混沌に満ちておる。穢れも多い。故に人の世に戻らず我ら神々と共に過ごして欲しいものじゃが、あまり“こちら側”に偏り過ぎても人としては生きられぬ」
「……はい」

 今までは“見えなかった”から無事でいられた。だけどこれから“意図せず見る”羽目になる。様々な物に残った、様々な記憶を。時には記憶だけでなく、人の善意や悪意を感じ取るかもしれない。この力が増々強まれば、もっと別の、他の何かが見えるかもしれない。そのことに、私は耐えられるだろうか。

「そなたが危惧する通りじゃ。故に過去の巫女たちは目を隠しておった。視える者ほど、力の強い者ほど己の力を御しきれず、心を崩壊させるからな。だからこそ、此度そなたに与えられた“面布”はそなたの助けとなるであろう」
「面布って、あの、うちの刀が刺繍してくれたという、顔隠しの布のことですか?」

 お師匠様の小烏丸が図案し、うちの三日月が刺繍したという面布。石切丸は「今後はこれを着けて過ごしなさい」と言っていた。だからそれのことかと尋ねれば、鳳凰様は「然り」と頷かれる。

「あれにはそなたの力を制御する術式が施されておる。我らが施すものに比べたら大したものではないが、九十九にしては長生きしている奴らじゃ。相応の力はある」
「そうだったんですか」
「うむ。そなたの本丸内では外しても構わんが、外では着けておけ。それでもそなたの力は成長し続ける。それを留めることも、制御することも出来ぬ。それは我らにとっても同じこと」
「鳳凰様たちでもどうにも出来ないのですか?」

 別に頼っていたわけではないのだが、これだけ凄いお力を持つ戦神が「制御出来ない」と断言するとは思ってもみなかった。だから驚きのあまり直球で尋ねてしまったのだが、鳳凰様は気を悪くした様子もなく頷かれる。

「無論封印することは出来る。だがその力を封じるということは、そなたが九十九共と過ごすための力を含めた全ての能力を封印することになる。ともすれば友と語らうことも、吉行と番うことも出来ぬ。それは流石に、なぁ」
「ああ……。成程……」

 陸奥守と番う、に関してはちょっと、あの、聞かなかったフリをさせて頂きますけれども。それはそれとして。審神者を続けられなくなることも、竜神様とお会い出来なくなるのも今の自分にとってはイヤだ。寂しいし、絶対に後悔する。それが分かっているからだろう。鳳凰様は「故に封印はせぬ」と断言する。

「だが、そうじゃな。進行を遅らせることは出来よう」
「そのようなことも可能なのですか?」
「不可能ではない。だがな、そなたの身に我らの術を施すということは、それだけそなたの身に“神の力”が関与する、ということだ。増々人としては隔絶された存在になろう」
「………………そう、ですか」

 どちらに転んでも『人ではなくなっていく』ってことか。
……かつて鬼崎は望んで人外としての力を得たけれど、私は逆だ。望まぬうちにそうなり、力が強くなっていく。だけど、今は――。

「構いません」
「ふむ? 何故そう言い切る?」
「人として生き、人として死ぬ。そうあれたら良いな、とは思います。元々望んで得た力ではないですから……。ですが、それが叶わぬのでしたら、相応の生き方を見つけるべきだと考えたのです」

 基本的に私は自分のことを誇ることが出来ない。皆が『大事にしろ』と言ってはくれるけど、恐らく根本から彼らの願いを理解出来ているとは思えない。むしろまだ理解しきれていない。
 どうして、何で。そんな気持ちばかりが積み重なる。それでも、私が傷つけば彼らが傷つく。それだけは分かっているから。

「……傷つけたくないんです。彼らのことを。大事な、私にとってとても大切な“神様たち”を……」

 だけど、彼らは優しいから。ものすごく優しくて、私には甘いから。もしも私が「人として生きて死にたいから、審神者を辞める」と言えば頷いてくれるだろう。でも、そんなのあまりにも無責任だ。

「彼らは何度も命を懸けて私を守ってくれました。そして今も。常に気にかけ、人間の代わりに戦場に出て傷つき、血を流し、また浴びています。そんな彼らを前に、どうして無責任に職務を放棄出来ましょうか」

 例え刀の所持数が少なくても、例え戦績が奮わなくても。こんな厄介事に巻き込まれてばかりいる面倒くさい主であっても。彼らは一度として私を蔑ろにしたことはない。いつだって全力で守り、愛してくれている。こんな、どうしようもない“無価値”な私にも――。
 膝の上に置いた両手をギュッと握りしめていると、鳳凰様の手が私の首の下、谷間の上に置かれた。

「……ふむ。あやつに“塵さえ残さず焼き尽くせ”と命令したはずじゃが、まだまだじゃな」
「え?」
「“残党”じゃ。そなたの心の臓にまだ巣食っておる。何ともしぶとい奴じゃのぉ」
「鳳凰、様?」

 ゾクリ、と怖気が走るような悪寒を走ると同時だった。突然唇を塞がれ、一気に内臓が燃えるような心地に陥る。

「かはっ! ゴホッ!」
「ッ!」
「痛いか、愛し子よ。苦しいか、可哀想な人の子よ。だがな、友よ。甘やかしてはならぬ。この者の心に今だ巣食う“不純物”を、我は許容出来ぬ」

 全身というより、体の内側が、内臓が燃やされている気がしてならない。肺すら焼かれているのかと思うほど息苦しく、激しく咳き込むが息を吸い込むことが出来ない。このまま死んでしまうのだろうか。いつもはそう感じない、ひんやりとした竜神様の体に抱き込まれていると、今度はずっしりとした質量が肉体を襲った。

「あ゛あッ!」
「おうおう。苦しいであろうな。しかし耐えろよ、愛し子よ。今そなたの中に残っておるこの“悪しきモノ”を燃やし尽くしておるでな。吉行はまだ眷属になって日が浅い故難を逃れたのであろうが、我が相手ではそうはいかぬぞ?」
「ほ、お、さま……!」

 息が出来ないせいか意識が朦朧としてくる。それでも心臓を直接鷲掴みにされたような、腹の中を探られているような恐ろしい感覚に息を止めると、鳳凰様の手が何かを掴んだようにいきなり引き抜かれた。
 そして聞こえてきたのは形容しがたい“断末魔”――。何かを燃やし、焦がしたような独特の匂い。それらが一瞬鼻腔を刺激したが、すぐに消えた。

「ごほっ! げほっ、ごふっ」
「ふむ。これでそなたの中に残っていた『魔のモノ』の気配は完全に消えたな」
「はあ、はあっ……。いま、のは……」
「そなたの命を喰らっていた“浸食”の欠片が僅かにそなたの心の臓にしがみついていた。放っておけば再び大きくなり、そなたを悩ませると思うたのでな。今ここで焼き殺したのじゃ」
「なる、ほど……」

 あまりにも強烈な出来事すぎて、いっそのこと目が見えなくてよかったのかもしれない。なんて考えてしまう。そんな私を尻目に、鳳凰様は「無様なものよ」と蔑むように言い捨てた。

「まあ、せめてもの救いは残党と契約者との縁が切れておったことであろうな。吉行の報告によれば契約者はそなたの知己であったと言うではないか。もしも契約が続いていたのであれば、確実に死んでいた」
「ええ?! い、生きてますよね?!」
「うむ。流石にの。惜しいとは思うが、吉行が契約者の印を燃やしたからの。契約が切れておる。故に無事であろう」
「よ、よかった……」

 ただでさえ全身大火傷を負ったと聞いているのだ。自分のせいでそーくんが死んでしまったら夜も眠れない。
 どこかぐったりとした気持ちで私を抱きかかえてくださっている竜神様の体に身を預けていると、流石は戦神か。とんでもないことを言いだした。

「しかしてあやつはちと甘すぎるな。都度呼び出して指導してはおるが、もっと扱いてやるべきか?」
「へ? 誰の話ですか?」
「吉行のことじゃ。暇を見つけては扱いてやっておるのだがな。元が戦嫌いのせいかどうにも詰めが甘い」
「え。もしかして、鳳凰様が自らむっちゃんを指導しているんですか?」

 まさかまさかの事実に思わず体を起こせば、鳳凰様は「極たまにの」と笑われる。

「普段は我の部下に任せておる。我にとっての右腕とも呼べ、また我が軍にとっては軍師とも呼ばれる奴がおっての。そやつに一任しておる」
「ひえっ」

 衝撃の事実に「むっちゃん大丈夫か?!」と考えれば、すかさず鳳凰様から「何を驚いておる」と呆れたように小突かれる。

「あやつは我と友の愛し子を守る大役を担っておるのだぞ? 弱き物に任せることなぞ出来るか」
「そ、それは有り難いのですが……。その、そもそも陸奥守を呼び出して指導している、というお話自体初耳で……」

 実際陸奥守からそんな大事なこと、一ッッ言も、一ッッッ言も聞いてないからね! しかも一体いつ指導を受けているのか。それすらも謎で頬を引きつらせていると、鳳凰様は愉快そうに声を上げて笑いだす。

「くははは! まあそう怒るでない。うむ。いつ呼び出しているのか気になるようじゃな? 特段変わったことはしておらぬ。そなたと同じ、あやつが眠っている時に、の。我らの道場に呼び出しては都度指導を授けておる。まあ、あれは戦嫌いではあるが戦術を組むのは好きなようだからの。存外楽しそうにしておるぞ」
「そ、それは、まあ……想像出来なくはありませんが……」

 確かに陸奥守は戦そのものは好んでいないが、戦術を組むのは好きという謎の一面がある。特に演練に行く日は「日々研究じゃ!」とどこか楽し気な様子で出ていく。そして帰ってきたら「今日見た部隊にこんな動きをする奴がいた」と楽しそうに語り、時には演練に行った皆であーだこーだと軍議を始める時もある。
 だからその姿が想像出来ない訳ではないのだが、知らないところで武神に指導を受けていたとか驚き過ぎて開いた口が塞がらない。道理で少し前から「あいつの作戦にえげつなさが加わってるんだけど、主何か知らない?」と聞かれたのか。
 いや、おかげで陸奥守が率いていく部隊の負傷率は減ったんだけどさ……。え? むっちゃんどんな作戦立ててんの? 怖くない?

 密かに体を震わせていると、鳳凰様は「あれも努力しておるようだの」と満足そうに頷かれる。……流石武神。良い戦績を残すのは喜ばしいことなんですね。分かります。

「さて。では愛し子よ。そなたに残る忌々しき残党は燃やした。その際ちょっとした“おまけ”もつけてやったから、さぞ奴らは苦しんでおるであろうよ」
「おまけ、ですか?」
「うむ。まあそれは追々分かろう。故に今からはそなたについて話しをしようではないか。元より我はそのつもりでここに来たのじゃからな」

 私について何をお話になるというのだろうか。首を傾けていると、突然尖った爪先で額を小突かれる。

「あいたっ?!」
「この阿呆がっ。そなた、我があれほど“言葉に宿る力”について教えてやったというのに、その力で自らを傷つけるとは何事か!」
「う、うえぇ……」

 割と本気でブスッ! と刺さった気がして額を抑えていれば、すぐさま「傷などついておらんわ」と言われて肩を落とす。いっそ血が出ていた方がまだ落ち着けるほどに痛いが、嘆いている場合ではない。

「でも……」
「まったく……。吉行からある程度の報告は受けておるが、そなたは悪しき言葉に捕われすぎじゃ。それほど純粋であるという証左にもなるが、いつまでも捕われておっては先に進めぬうえ、悪戯に傷がつくばかりである。それは見過ごせん」
「で、ですが、」

 私がデブなことものろまなことも事実だ。今は若干マシになったとはいえ、相変わらず『痩せ型』とは言えない体型をしている。ズボンに脂肪が乗らないだけマシなのかもしれないが、中学生の時は本当にやばかったのだ。だから皆の言葉は『正しい』と伝えようとすれば、再度額を突かれた。

「このドドドドドド阿呆が」
「めっちゃ“ド”を重ねられた?!」
「そなた一体何を見て生きてきた。見た目が美しくとも中身が醜い存在など腐るほどにおるだろうに」
「うぐっ。そ、それはそうですが……」
「それにな、人間の一生など我ら神にとっては一瞬である。見た目の美しさなど花の如き短さで衰えていく。その後に残るのは何だ? 醜い心と美しき心。どちらが大事だと思う」

 鳳凰様の容赦ないお言葉にいっそ涙が出てきそうだ。確かに長い時を生きている神様にとって人間の一生は花の如き短さだろう。それでも私たちは違う。人間五十年から八十年、百年と長生きする人が増えてきた。そして若い頃は尚の事見た目に左右される。美しき人はそれだけ優遇され、醜い人は笑われ蔑まれ、嫌悪される。
 昔よりマシとは言われたことはあるが、それでもぽっちゃりに優しくない人はいるのだ。いや、そもそも太るな。って話なんだけどさ。
ここで再び悲しい過去の記憶と言葉たちが蘇りそうになったが、寸でのところで再度額を刺された。

「いたーい!」
「この阿呆。そのような下らぬ言葉と、そなたが大事に思う九十九共の言葉。どちらの方が大事なのじゃ」
「えっ。そ、それは……」

 額を抑えつつ鳳凰様を見上げれば、お叱りの言葉ではなく思わぬ一言で詰め寄られて目が点になる。
 ……中学時代に投げられた言葉の数々と、私の大切な“神様”たちの言葉。どちらが大事なのかなんて聞かれたら――そんなの、考えるまでもなく答えは決まっている。

「まったく……。答えはすぐに出る癖に何故そうウジウジと悩むのか。そちらの方が我には理解出来ぬ。だがな、愛し子よ。何故吉行が、あの九十九共が肩を落とし、憤慨し、己の不甲斐なさに臍を噛んだか。まことに理解出来ぬのか?」

 見えなくても分かる。猛る炎が、神聖なる炎が雄々しくも美しく、そして優しく燃え上がっている。字面だけを見れば詰るような台詞にも、鳳凰様なりの気遣いと思いやりが滲んでいる。そしてその奥に見えるのは、皆の姿だった。

 私の手を握り、沢山の思いやりの滲んだ言葉をかけてくれた皆の姿が、声が、脳裏に浮かびあがる。

 ……ああ。私はなんてバカだったんだろう。

「そなたに“価値”がないだと? 誰がそのような戯言を口にした。価値なきものなど、この世に一つとして存在せぬわ」
「はい……」
「一見役に立たぬであろう者にも命にも価値はあり、役目がある。だからこそ生まれ出るのだ。悪意ある言葉に翻弄され、本質を見失ってはならぬ」
「はい……」

 鳳凰様のお言葉一つ一つが耳に痛い。本当に、なんて私は愚かでバカだったんだろう。あんなにも自分で「彼らが大事だ」と言ったのに、そんな彼らの「言葉」も「気持ち」も、全然大事に出来ていなかった。それを鳳凰様はお叱りになってくださっているのだ。

「良いか。もう一度教えてやる。言葉には力が宿るのだ。それも神職に就く者の言葉はそこいらの有象無象に比べ遥かに力を宿しておる。だからこそ扱いに気をつけねばならぬ。時には自らにも跳ね返ってくる諸刃の剣となる故な」
「はい。身をもって理解しました……」
「まったく……。そなたは“言葉”で傷つけられた故、言葉に対する力の強さを本能的に理解してはいるものの、神職としては理解しきれておらぬ。言葉とは力だ。そなたも自らの“最大の武器”であると自負しておるのであろう?」

 仰せの通りだ。武芸の心得がないからこそ、私は常に彼らに『偽らぬ心と言葉』で向き直ってきた。“それしかない”“これしかない”そう思い、信じ、これを武器として盾として使って来たのに、本当の意味では理解しきれていなかった。

「そなたの言葉には力がある。その目と同じだ。扱いを間違えれば傷つくのはそなただけではない。そなたが大事にしている九十九共も、時にはそなたが想像している以上に傷つき、己の行いや生き様を悔やむことになるのじゃ」
「はい」

 今まで何度自分は口にしてきただろうか。「私なんか」を始め、己を蔑む言葉を幾つ零して来ただろうか。見た目もそう。中身もそう。“何もない”と口にする度彼らは顔を顰め、時に唇を噛み、時に「己が不甲斐ない」と口にした。「どうすれば分かってくれるのか」「どうすれば届くのか」と問いかけてきた。それを、私は何度も足蹴にしてきたのだ。

「己が不甲斐なくてしょうがないか」
「はい……」
「ならば今ここでしかと胸に刻み付けよ。その悔しさも後悔も、全てそなたの九十九共がそなたの言葉により体験したものと同じである。二度と斯様な、己の“価値”を無にし、傷つける言葉を口にするでない」
「はい。仰せの通りにいたします」

 鳳凰様も、皆と同じように怒ってくれているのだろう。それでも叱るだけでなく、こうして私自身に噛み締めさせるように諭してくださった。それは、鳳凰様がお優しいからだけではない。私を“大事にしてくれている”から教えてくれるのだ。そうでなければ、どうでもいい人間が相手なら、鳳凰様は見向きもしない。そういうサッパリとしたお方だから。

「ありがとうございます。本当に……沢山のことを、教えてくださって」

 目のことも力のことも、いつも教えて下さるのは鳳凰様だ。それだけ知識も豊富なのだろうけど、それ以上に――この神様は、人が好きなのだ。口では冷たいことを言っても、突き放すような態度を取られても、刀剣男士と同じ。根本から人を嫌うことが出来ない。寛大で愛情深い神様なのだ。
 だからこそ人が人として持つ“命の輝き”を穢すことを嫌悪する。あの“美しい光”が消え失せることを惜しみ、悲しむのだ。でなければ、あんなにも寂し気に「英雄を好む」とお話はされなかったはずだ。

「……愛し子よ。そなたは“自らの価値”について悩んでいたな。その答えはな、そなたが一生をかけて見つけるものだ。たかだか二十そこらを生きただけで得られる答えではない」
「はい」
「それでも知りたくば周りを見よ。そなたの周りにいる人間の、九十九共の目を見よ。言葉で語らずとも、態度で語る者もいよう。そして我ら二柱も、そなたに向ける愛情を疑われるのは我慢ならん」
「……はい。本当に、すみませんでした」

 今度こそ本当に、心から“愛されてるんだなぁ”と実感する。噛み締める。相変わらず『畏れ多い』とは思うのに、今は……それ以上に嬉しい。
 そんな気持ちが竜神様にも伝わったのだろうか。ギュッと優しくもしっかりと抱擁され、思わず目を閉じてその少しひんやりとした体に身を預ける。そして鳳凰様からも、今度は慈しむように頭を撫でられた。

「愛し子よ。そなたの嘘偽りなき心と言葉に癒されておる者は必ずいる。その者たちにはそなたが必要なのじゃ。それだけでも、そなたが“生きる価値”があるのではないか?」
「……はい。今は、そう思います」

 鶯丸が言っていた。私に「癒される」と。それはきっと、私の生き方そのものについて語ってくれていたんだろうな。
 今更になって気付くなんて申し訳なさが募るけど、それでも――。彼らに大事にされているということを、今はちゃんと受け入れることが出来る。それが、一番嬉しい。

「さて。では説教もここまでにするか」

 鳳凰様はそう口にすると、お帰りになるのだろうか。僅かな衣擦れの音を立てて立ち上がる気配がする。だからお見送りしようと思ったのだが、ここで「ああ、そうじゃ」と軽い口調で話題を変えられた。

「愛し子よ。吉行と睦まじくするのは構わんが、あまり“火の気”を貰いすぎるとそなたが苦しむ羽目になるでな。気を付けるのだぞ?」
「はひっ?! あ、い、いや、その……! それに関してはあのっ……!」

 突然とんでもない方向に舵を切られて右往左往すれば、鳳凰様はケラケラといつもの調子で笑う。

「なに、辛くなれば友に頼れば良い。今の友に我の気は毒になろうが、吉行程度ならば良い栄養剤となろう。だからこそ友は度々そなたをここに呼び出しておるのだから」
「え? そうだったんですか?」

 まさかの事実に思わず竜神様を仰ぎ見れば、何故か頭を撫でられた。……これは、肯定しているのだろうか。それとも誤魔化そうとしているのか。
 よく分からないが、陸奥守と触れ合うことで私の中に“火の気”が蓄積し、それが竜神様の栄養になっている。つまりwin-winの関係では? と思ったものの、ここで更に鳳凰様から爆弾を投下された。

「そう甘く考えては身を滅ぼすぞ? 何せ吉行は既に我の眷属である。人間が遣わした小間使いではなく、火を司る神の僕となったのじゃ。その気を少しずつとはいえ人の身に溜めるということがどういうことか、本当に分からぬかえ?」
「あ」

 懇切丁寧に噛み砕いて尋ねられ、ようやく気付く。ただでさえこの身は『人外化』が進んでいるのだ。特に“魂”は『神格化が進んでいる』と言われるほど人間離れしつつある。そんな体に陸奥守の、刀剣男士としてではなく『火神の眷属』として名を連ね、刀剣男士時代よりも神格が上がった力が蓄積すればどうなるか。
 思わず青褪めた私に、鳳凰様は再び声を上げて笑う。

「まあ人の世で生きるのは辛くなろうが、神に嫁ぐのであれば問題ない。そなたがあれと番う気ならばそのままでよかろう」
「はぎょっ! つ、番う、とは、その……つまり……」
「うん? なんじゃ。そなた、まさかその気もなくあやつを誘惑したのか? 罪な女じゃのぉ」
「ち、違います! そんなんじゃありません!」

 そりゃ一般人相手に最初から「結婚を前提にお付き合いしてください!」なんて言えば物理的にも精神的にも『重たい女』と認識されるだろうが、神様相手ならそれぐらいの覚悟がなければ『好きだ』なんて言えるはずがない。
 だけど付喪神とはいえ神様なのだ。神様に嫁ぐだなんて普通に考えれば無理。というかありえな――

「うむ? 何が“ありえぬ”のだ? そなたの一族は度々神に嫁いでおっただろうに。そなたもその血を引いておるのだから、さしておかしな話でもなかろう」
「はえ?」

 一瞬何を言われたのか分からずポカンとしてしまったが、鳳凰様から「知らなかったのか?」と問われてハッとする。
 そ、そういえば! お師匠様の石切丸から鬼崎との事件が起きた時に教えて貰ったじゃないか! 私の一族は度々神に嫁入りしてた、って――!!

「うわーーー!! 忘れてたーーーー!!!」
「はあ……。まったく、そなたという子は……」
「ハッ! す、すみません……」

 すっかり忘れていたというか、完全に失念していた。でも、確かに教えて貰っていた。特別な力を持った人は少なかったけど、時々神様に嫁いでた、って。

「愛し子よ。気付いておらぬようだから特別に教えてやるが、“時々”とはいえ神に嫁ぐものが同じ血筋から出ているということはだな、それだけそなたたちの一族が“神に好かれやすい”ということの証左じゃ」
「あ」

 言われてから気付く。いや、でも普通に考えたらそうだよな。普通神様に嫁ぐ、なんてよっぽどのことがない限り起きないよな? 精々一族に一人、もしくは二人じゃない? それが、え? “時々”? 時々確認出来るレベルで輩出してたって、普通に考えれば“相当すごい”ことなのでは?
 ようやく自身の血筋のやばさに気付いた私に、鳳凰様は「そなたはとことん鈍いのぉ」と呆れた声を上げる。
 エーン! だって恋愛初心者にそこまで回る脳みそなんてありませんよ鳳凰様ー!!

「だから何度も呼んでおるではないか。“愛し子”よ、と。我ら二柱にとっても、そなたの一族が保管している大地の神の依り代にとっても、そなたたち一族は“守るべき愛しき魂”たちであることに変わりはない。それを忘れるでないわ」
「は、はい……。胸に刻み付けます……」

 改めて己の血筋のやばさをツルハシでガンガンと刻み付けていると、鳳凰様は軽く笑ってから頷かれた。

「理解したのであればそれで良し。しかして二度と忘れるでない。良いな?」
「はい……」
「うむ。では我は行こう。ではな」
「はい! ありがとうございました!」

 お礼と同時に心の底から「お騒がせ致しました」と謝罪していると、竜神様からも頭を撫でられる。だから今度は竜神様に向き直るようにして顔を向ければ、そっと床に下ろされた。

「あ、あの、竜神様」
「?」
「その……こ、今度からは、その……む、陸奥守と触れ合う時間を減らした方がよいのでしょうか……?」

 私の体にとって強すぎる“火の気”は毒になるけど、今の陸奥守の力だと竜神様にとっては栄養剤となる。だから触れ合う時間は多い方がいいのか少ない方がいいのか。どうすればいいのか分からず問いかければ、何故か竜神様から両手で頬を挟まれ、むにむにと揉まれた。
 な、何故ー?!?!

「だ、ダメってことですか?! これはダメってことですか?!」

 むにむに。びよーん。
 うええ……。今度は横に伸ばされたんだが……。これどういう気持ちなの? 竜神様……。

 内心で嘆いていると、ようやく頬から手を離した竜神様がこちらの手を取る。そしていつものように手の平に文字を綴った。

 ほ ど ほ ど に

 ……ほどほどに、ですか。あの……それってどの程度まで許されるのでしょうか……。頻度とか……。

 ほ ど ほ ど に

 ピエン!!! 見えないのに何故か圧を感じるよう!! 助けて竜神様、って目の前にいるのが竜神様だったー!!!

 心の中で叫んでいると、ここで「クスリ」と笑われたような気配がする。だけど目が見えないから若干俯かせていた顔を上げれば、両手で頬を挟まれると同時に額に冷たい何かが押し当てられた。……これは、竜神様の額、かな?
 そんなことを考えている間にもふと体が軽くなった気がする。

 ……もしかして、度々竜神様が私に触れてたのって、そんでもって体が軽く感じるようになったのって、むっちゃんから流れて来た“火の気”を竜神様が取り込んでた、ってこと?!?!

 ヒギャーーーーッ!!! と声に出して叫ばない代わりに脳内で叫んでいると、竜神様は今度こそクスクスと笑いながら私を抱き上げ――いつものように現世へと意識を戻してくれた。

「…………恥ずか死ぬわこんなん……」

 最初は鳳凰様から「火の気を鎮めてやれ」という一言から始まった触れ合いだけど、いつの間にやらヒートアップしていたことに今更ながらに気付いて両手で顔を覆う。
 うぅ……。でもイヤじゃないから困るっていうか、むしろ最近ではちょっとこう、触れられる度に「めっっっちゃ好き!!」って気持ちが募っているような……。うん。そんな気がしなくもない。

 いや、恥ずかしすぎるんだが?! こんな時間(?)に一体何を考えて……?!?!

 思わず頭を掻きむしりそうになった時、枕元に置いていたスマホのアラームが鳴り出し、盛大に叫んでしまった。当然目が見えない私が悲鳴を上げたら刀たちは駆けつけて来る。
 現に最も近い部屋にいた陸奥守を初めとし、早起きをしていた三日月と鶴丸、花の水やりをしていた小夜と歌仙が駆けつけてきてしまい、私は非常に申し訳なく思いながらも「アラームの音にビビリ散らしました。すみませんでした」と謝罪した。

「なんじゃあ。びっくりさせんでくれ。まあ、無事ならそれでえいけんど」
「しかし目覚ましの音にここまで驚くとはなぁ。目が見えないとそういう弊害もあるのか? 驚きだなぁ」
「いやはや。寿命が縮まったかと思ったぞ。俺に寿命があるのかは知らんがな」
「おじいちゃん、冗談が過ぎるよ。それはそうとして、主。ちゃんと眠れたのかい? なんだかぐったりしているように見えるけど」
「歌仙の言う通りです。主、大丈夫?」
「だい……だいじょばない!!」
「「だいじょばない?!?!」」

 鶴丸と歌仙の声が重なり合う中、顔を見られたくないあまり頭から毛布を被っていると、ぽん。と優しく手の平が乗せられた。……見なくても分かる。この感覚は三日月だ。

「主よ。何があった? 夢でも見たのか?」
「う……。あ、う、うん。その……竜神様と鳳凰様にお会いして、ちょっと……色々衝撃を受けすぎて混乱しました。すみません……」

 一瞬皆が「ああ……」と言わんばかりの空気を出したが、すぐさま三日月が「うん?」と不思議そうな声を上げる。

「竜神殿はともかく、武神殿にお会いして何故そこまで驚くのだ? 彼の神々と夢でお会いするのは初めてではないのだろう?」
「あ、う、そ、それはそう、なんだけど……」
「何か言われたのかい?」
「今回の事件で重要なこととか?」

 歌仙と小夜に追い打ちをかけるように問い掛けられ、どう答えようか迷っていると再度廊下から誰かが駆けつけて来る音が聞こえてくる。

「先程主の悲鳴が聞こえたのですが!? ご無事ですか?!」
「主さん大丈夫?!」
「朝ご飯の前に防衛戦かい?!」
「おっと。今朝の厨番たちまで来ちまったか」
「あなや。賑やかになったなあ」

 今朝の厨番は確か長谷部、堀川、光忠だったはず。あとは水やり当番を終えた歌仙と小夜が手伝いに行くという話だった。それがまさか厨にいる皆にまで聞こえるほどデカい声で叫んでいたとは思わず、増々恥ずかしくなる。

「ご、ごめん……。アラームの音にびっくりしちゃって……」
「ああ……。そうですか。いえ、ご無事ならそれで良いのです」
「そっか。主さん今目が見えないもんね。大きい音に反応してもしょうがないよ」
「敵襲じゃなくて何よりだよ。何事もないのが一番だからね」
「皆切り替えが早くて助かるぅ……」

 長谷部を始めとした面々があっさりと納得してくれたことにほっとする。普通の人なら「アラームぐらいで悲鳴上げんなや」ってキレるだろうけど、皆優しい神様だから怒られずに済んだ。
 ほっとしつつもこの流れで質問を有耶無耶にしようとしたのだが。

「それで、さっきの質問の答えなんだけど――」
「わー! もういいの! それに関してはほんと、自分で解決しなきゃいけないことだから! 心配しないで!」

 被った布団の中からブンブンと手を振るが、何故か皆納得してくれない。むしろ「皆で解決した方が早くないか?」とまで言われてしまい、羞恥と混乱が限界点まで到達してしまう。だから光忠の「皆を起こしてこようか?」という一言に、遂に“嘘を吐けない”体質の口がうっかりやらかしてしまった。

「本当に大丈夫だから! むっちゃんとわにゃわにゃしてたら竜神様のお力になるけど私の体的にはあんまりよくないから気をつけろよ、って言われただけで、誰が悪い話でもないっていうか、むしろ鳳凰様は仲良くやれよ的なこと言ってて、でも竜神様は「ほどほどにしなさい」って言うから私はどうすればいいのか悩んでただけだから! だから皆には聞かれたくないって言うかむっちゃんとのお話し合いが必要なだけでそれ以上でも以下でもなく、っていうかその、あの、それで、だから、えっと……!」

 あんまりにもあんまりな展開に頭がオーバーヒートしそうになっていると、何故かここで誰かが誰かを殴る『バシッ!』という軽快な音が響いた。

「おい陸奥守! 貴様何を笑っている!!」
「いや……らあて……こがな……ん゛んッ! かぁえいて……」
「ああ……。きみのこれ、笑ってるんじゃなくて噛み締めて震えてたのか」
「あなや。よく見れば耳まで赤くなっているな。照れておるのか」
「いや、照れてる場合じゃないよ。陸奥守。君がグイグイいくから主の負担になっているってことだろう? 加減したまえ。そもそも前から言いたかったんだ。君のやり方は雅じゃない」
「雅じゃないち言うけんど、上様からは「えい」ち言われちゅうきにゃあ。それに主も嫌じゃないき受け入れちゅうちことじゃろ? あとは竜神様だけぜよ」
「おいおいおい。開き直ったぞこの男。質が悪いな」
「太刀だけにか?」
「三日月さん、陸奥守さんは打刀だよ……」
「おお? はっはっはっ! それはそうだな! いやはや、一本取られたなぁ」
「誰も取ってないだろう」

 騒がしくなった面々にひたすら恥ずかしさが募ってもはや「埋まりたい」と泣きそうになっていると、廊下に立っていたらしい光忠と堀川が「いいから皆出ようよ」と声をかけ始める。

「敵襲かと思って僕たちも駆けつけたけど、そもそも女性の寝起き姿を見るとか、夫婦でもないのに許されざる行為だからね?」
「燭台切さんの言う通りですよ! 陸奥守さんと小夜くん以外は部屋に戻ってくださーい」
「は〜、こういう時は本当に陸奥守が羨ましくなるな」
「おや。お小夜はいいのかい?」
「小夜は懐刀だし、主に対して下心がないだろう? 我々と違ってな」
「ちょっと鶴さん。否定しないけどもっと言い方ってものがあるでしょ?」
「否定はしないんですね」
「はっはっはっ。男であるが故になぁ」

 ぞろぞろと皆が部屋を出ていく音がする。そうして残されたのは恐らくいつもの二人。陸奥守と小夜だろう。だけど小夜は「お湯と手ぬぐいの用意をしてきます」と言って出て行ってしまう。
 正直小姓のような役目を担わせてしまって申し訳ないとは思うのだが、洗面台に行くのも人の手を借りる必要がある今は非常に助かっている。だから甘んじて受け入れることにした。
 だけど問題はこの場に残るもう一人の男――。恋人である陸奥守だった。

「ほいで? おまさんはどういたいち思うがよ」
「…………わかんない」

 竜神様は「ほどほどに」と仰っただけで、どの程度にしろ。とは明確には仰らなかった。だけど恋愛初心者に「恋人同士のほどほどな距離感」や「触れ合い方」なんて分かるはずもない。だから素直に「分かりません」と伝えれば、陸奥守はクスクスと笑う。

「おーの。ほいたらどこまでなら『えい』ち思うか教えてくれんか」
「……分かんない。私は、どれもイヤじゃないから……」

 確かにちょっとアレなキスをされた時はふにゃふにゃになってしまうし、思い出してはもんどりを打ちたくなるけれど、「イヤか」と聞かれたら「イヤではない」のだ。だから困る。
 正直にそう伝えれば、陸奥守は「んんッ」と咳払いした後、布団を被った状態のままだった私を優しく抱きしめてきた。

「これはわしの我慢の限界が試される、ちことじゃにゃあ……」
「なんかごめん」
「えいえい。竜神様にとってはだぁいじなおひいさんじゃ。大事にするがは当然じゃ」

 誰がお姫さんじゃ。と突っ込みたい気持ちはあったけど、もう彼らの“愛の籠った言葉”を否定しないと鳳凰様と約束したから。代わりにムギュッ。と腕を伸ばして抱き返せば、途端に強く抱きしめ返された。

「……持つやろうか。わしの理性」
「持たせてくれ。頼むから」

 そこは本気でお願いしたい所存でござる。と内心で続けていると、湯を入れた桶を持って来た小夜が「主。入ってもいい?」と声をかけて来たので陸奥守の体から手を離す。
 それを合図に陸奥守も体を離し、小夜に「あとは頼むぜよ」と言って出て行った。代わりに部屋に入って来た小夜はよく絞られた温かい手ぬぐいをこちらに渡すと、顔を拭く私に「主」と話しかけて来る。

「陸奥守さん、すごく嬉しそうだったけど……。話はついたの?」
「うえっ?! え、えー? いや、どうだろう……?」

 とりあえずは陸奥守が「我慢の限界に挑む」的な話で終わったけど、実際今までと何が変わるのかは分からない。キスの頻度を減らしてハグだけに留めるのだろうか。でもそれならそれで、最近慣れつつあった体では物足りなさを感じるかもしれない。
 ……いや。いつからこんな欲張りになったんだ、私。自重せねば。

 うぐぐ。と唸っていると、小夜は「何かあったら言ってね」とだけ言って優しく背中を撫でてくれた。だからそれに頷き返したが、結局休憩時間の触れ合いは続行されたし、寝る前のキスも普通にされた。
 一体どこを加減しているのかと首を傾けていたら、後日鳳凰様から「そなたとの触れ合いを減らしたくなかったのだろう。火の気を扱うコツを聞いてきたのでな。扱いてやったわ」と笑われ、どうやら「私に流す気の量」をコントロールしているのだと悟った。
 そんなの分かるかい! と内心でツッコミはしたものの、陸奥守との触れ合い自体嫌っていたわけではないのでほっとしたのも事実でして。
 だけどそんな自分が恥ずかしくもあり、結局上手いこと言葉に出来ずにボスボスと陸奥守の背を叩くだけで終わった。





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