小説
- ナノ -





翌朝、サクラは我愛羅の腕の中で目が覚めた。
結局あの後花火を見終わる前に我愛羅に口付られ、そのまま再び布団の中で抱き合った。
何とまぁ自分も彼も若いことだ。
思いながらも起き上がり隣を見やれば、我愛羅は障子から漏れる光に肌を照らしながら穏やかに寝入っている。
子供みたい。
その穏やかな寝顔に頬を緩め、茜色の髪を撫でれば我愛羅は逃げるように頭を動かし枕に顔を伏せる。

「ふふっ」

サクラがくすくすと笑っていれば、その気配に気づいたのか我愛羅の目がうとうとと開く。

「起きた?」
「………」
「あ、こら。二度寝しないの」

睡眠欲に負けきった我愛羅のぼやけた視界がサクラを映すが、すぐさま我愛羅は枕とお友達になってしまう。
そろそろ朝餉じゃないのかと我愛羅の肩を揺すれば、枕に顔を押し付けたままもごもごと何か言い出す。
何を言っているのかと耳を傾けてみれば

「休みぐらいねかせてくれ…」
「あんたは週末のお父さんか!」

年の割には爺臭い言葉を漏らす我愛羅の裸の背を叩けば、子供はほしいな…などと見当はずれな言葉が返ってきて思わず頭を抱える。

「ほら!今日は私のお土産買うの手伝ってくれるんでしょ?約束したんだからさっさと起きる!男に二言はなしでしょ」
「うぅ…おによめめ…」
「何バカ言ってんのよ」

もぞもぞと起き上がる我愛羅の頭に浴衣を放り投げ、サクラは気だるい体を起こし備え付けの風呂へと足を運ぶ。

「…朝ぶろか…」
「あのまま寝ちゃったから…いろいろ汚れてるでしょ」
「…おぉ…」

未だ寝ぼける我愛羅の緩慢な動きと会話に呆れつつ、私着替え取ってくるから寝ないでね。とその背を一度叩く。
ごん、と我愛羅の額が柱にぶつかったが、サクラは素知らぬ顔をして我愛羅の部屋を後にした。


「…地味に痛いし熱いし…」
「我愛羅くんがちゃんと起きないからでしょ?」

あの後サクラが着替えを手に戻ってくれば、我愛羅は湯船に浸かりながらも浴槽の淵にうつぶせになって寝ておりほとほと呆れた。
いつ起きるのかと思いつつサクラが体を流し髪を整え、我愛羅の隣に腰を降ろせば、ようやく起きた我愛羅は汗だくで、一瞬何処にいるのか理解できなかったらしい。
夢?と寝ぼける我愛羅にサクラは手桶いっぱいに湯を汲むと、それを我愛羅の頭の上からかけた。

「…鬼嫁め」
「あなたの奥さんになった覚えはないわよ」

一度目は否定しなかったが、それは我愛羅が寝ぼけていたからだ。
二度目は意識があるのだから否定しておかねばと、サクラは運ばれてきた朝餉の味噌汁を吸う。

「やっぱりここのお料理はおいしいわ…しばらくインスタントの味噌汁食べれそうにないわね」
「インスタントは体に悪いぞ」
「分かってるんだけど、つい手軽だから頼っちゃうのよねー」

ふっくらとした出し巻き卵を半分に割り、口に含めば味わい深いそれに頬が緩む。

「…お前は幸せそうに飯を食うな」
「だって美味しいんだもん」
「…そうか」

朝はエンジンがかかり辛いらしい。ワンテンポ遅い我愛羅の相槌を気にすることなく会話をし、サクラはごちそうさまでした。と先に平らげ手を合わす。

「我愛羅くん早く食べちゃわないと仲居さん来ちゃうわよ?」
「…ん」
「ほら、早く口開ける」
「ん…」

ぼんやりとしている我愛羅の口にサクラが料理を運べば、我愛羅はもごもごと口を動かし飲み下す。

「まったく。我愛羅くんって朝に弱いにもほどがあるわよ」
「…休みだからな」
「はいはい。次は黒豆よ」
「…苦手なんだが」
「食べなさい」
「………」

嫌がる我愛羅の口に黒豆を突っ込み、その後も何とか時間内に我愛羅に食事を食べさせたサクラは、さっさと私服に着替え情事の名残が残る部屋へと足を入れる。

「…これって別料金になるのかしら…」

シーツの皺だけならまだしも、明らかにあれやらそれやらがついたこれはどういう扱いになるのかとサクラが悩んでいれば

「何だ。朝から元気だな」
「うひゃあ?!」

ようやく覚醒したらしい。
いつものような態度でサクラの後ろから耳元でからかう様に囁く我愛羅に、何バカ言ってんの。と掴んだ枕で顔を殴る。

「…お前結構乱暴者だな…」
「いきなり後ろから来るからこうなるのよ!」
「忍なら後ろを取られぬよう気を付けることだな」
「さっき風呂場で頭から湯かけられて慌てたあなたが言うことじゃないと思うんだけど」

突然襲ってきた熱湯に、我愛羅は犬のように体を跳ねさせ、驚きのあまりそのまま湯船に沈んだことを思い返しながら言い返せば、我愛羅は思わず固まる。

「はい。今のは私の勝ちー」
「…くそっ」
「油断禁物よ、我・愛・羅・くんっ」
「…肝に銘じておこう」

そうしなさい。と胸を張るサクラに我愛羅は旅行鞄から着替えを取り出すと浴衣の帯を解いていく。
サクラはこれ言い訳してもばれるわよねぇ、と再びシーツの上に落ちていた髪やら何やらを拾い集めてゴミ箱に捨てていると、我愛羅がサクラ。と名を呼ぶ。

「何?」
「土産だがどれくらい買うんだ?」
「んーそうね。とりあえず師匠でしょ、医療班チームの子でしょ、それからナルトにカカシ先生にサイに…」

指折り数えていくサクラを見ながら、我愛羅は着替え終わると脱いだ浴衣を布団の上に放る。

「んー!とりあえずいっぱい?」
「そのようだな」

両の手で数えられなくなり必死に考えていたサクラだが、結局大雑把な結論に至る。
我愛羅はそれに対して何も言わず、財布を持つとサクラに受付に行ってくるから先に外で待っていろ。と告げる。

「どうして?」
「それの言い訳」

サクラが掴んでいたシーツを指差す我愛羅に、サクラも僅かに頬を染めお願いします。と呟いた。



「出店がなくなるとやっぱり何だか寂しく見えちゃうわねぇ」
「そうだな」

昨日と同じように我愛羅と並んで通りを歩くサクラは、綺麗に整備された石畳の上を軽やかに進む。

「んー…これいいな…こっちも可愛いなぁ」

時折目に着いた店に入ってはあーだこーだと悩むサクラを眺め、我愛羅は店の主人なり奥さんなりと会話をする。
それは我愛羅なりの買い物の暇つぶし術で、姉のテマリや部下のマツリも買い物には時間がかかるので、こうして対話の練習を兼ねてよく店の人と話すのだった。

「ところで兄ちゃんハネムーンか何かかい?」
「ハネムーン?」

首を傾ける我愛羅に、笑うと目尻のしわが猫の髭のように広がる店の主人が違うのかい?と首を傾ける。

「あそこにいる別嬪さん。あんたの女房じゃないのかい?」
「…女房ではないな」

別嬪さん、女房と呼ばれ示されたサクラは未だにどの土産がいいかと店の中をぐるぐると歩き回り悩んでいる。
今朝方サクラを二度鬼嫁と呼んだ我愛羅だが、一度目は聞こえなかったのか流された。
二度目はすっぱりと否定されたが、嫁ではないことは事実なので特に気にはしていない。
だがもし一度目の嫁発言を聞こえていて否定しなかったとしたら、サクラは自分のことをどう見ているのだろう。とは思う。
そんな我愛羅の視線を追っていた主人はばしん、と我愛羅の背を叩く。
ここ数日で我愛羅の背中はサンドバック扱いだ。主に相手はサクラだが。

「…何か?」
「気合入れろよ兄ちゃん!ハネムーンじゃなくてもデートならいいじゃねえか」
「デートか…」

初日にデートと形容してみたものの、果たして本当にそうだろうか。
ほぼ強引にサクラを連れまわしている気がする我愛羅は疑問に思うが、サクラが名を呼んだことで思考の海から意識が戻る。

「こっちとこっちどっちが美味しそうに見える?」
「姉ちゃん言っとくけど両方美味いぜ?」
「左」
「おい兄ちゃん!」
「はい、じゃあおじさんこっちお勘定!」
「お前さんたち人の話聞かねえとこそっくりじゃねえか…」

がっくりと項垂れる店主にサクラは笑い、我愛羅も口の端を緩めた。
何にせよ、サクラが楽しんでくれているならそれでいいかと思いながら。


「いっぱい買ったな」
「ごめんね、持ってもらって」
「構わん。慣れてる」

あの土産は誰に、この土産は誰に、とサクラが選んだ土産は大層な数で、サクラだけでは持ちきれぬ荷物は我愛羅の手にあった。

「とりあえず私の今日の目標は達成できたから、我愛羅くんは何かしたいことある?」

昨日の観光の続きでもしようかとサクラは提案しようとしたが、我愛羅がくあ、と猫のように欠伸をしたため閉口する。

「もしかして眠い?」
「…いや」

微妙な間を開けて返事を返す我愛羅に、サクラはしょうがないわね。とため息を零すと我愛羅にどんと肩を当てる。

「しょうがないから今日はお昼寝でいいわよ」
「…そうか」
「限界なんじゃない」

しょぼしょぼと瞬きを繰り返す我愛羅に、サクラは呆れる。
だがこんな風に気を抜いている我愛羅を見るのは嫌いではなかった。

宿に戻った二人は土産をサクラの部屋に置くと、持ち込んだ書物を片手に我愛羅の部屋に戻る。

「何だかんだ言ってこの部屋が一番居心地いいわね」
「ああ…」

くったりと畳の上で横になる我愛羅は本当に猫のようで、日当たりがよく寝やすい場所を選ぶともぞもぞと蠢きだらしない恰好で体を伸ばす。
こんな姿は流石に里の忍に見せられないだろう。サクラは苦笑いし、我愛羅の緩やかに上下する身体を眺める。

そう言えば昨日の夕方から夜にかけて二人はずっと行為に及んでいた。そのうえ夜も花火が終わる前に布団に連れ込まれ、再び長い間抱き合った。サクラもだいぶ辛かったが、男である我愛羅もいろいろと疲れたのだろう。そう結論付けるとサクラは再び書物に目を落とす。
暫くの間、部屋の中には我愛羅の寝息とサクラが書物をめくる音だけが響く。
時折そこに緑を揺らす風の音と、鳥の囀る声が混ざりあい、ゆっくりと穏やかな時間が過ぎていく。
不思議なほど穏やかな気持ちを胸に書物を読み進めていれば、突如二匹の小鳥が広縁に入り込み小さな足で廊下を走る。

(ふふ…可愛い)

時々首を傾け合い、羽をつくろい廊下を行ったり来たりするさまは愛らしく、丸い体は饅頭のようだ。
そして二匹の鳥は眠る我愛羅に近づくと、動かぬ我愛羅に右に左にと首を傾ける。
それがおかしくてサクラが笑えば、鳥たちは驚き逃げていく。

(あーあ…もったいないことしちゃった)

そんな鳥の驚く声で目が覚めたのか、我愛羅はふと瞼を上げて左右を見渡す。

「あら。我愛羅くんも起きちゃった?」
「…サクラ」

本を閉じ、穏やかに笑むサクラを見上げ我愛羅は夢心地な眼差しをサクラに向ける。
そうして夢と現をうろうろしながらも無意識にサクラに向かって手を伸ばせば、サクラはそんな我愛羅にどうしたの?と笑いかけながら伸ばされた手を握り返す。
握り返してくる白い手は我愛羅の肌によく馴染み、いつも我愛羅を不思議な気持ちにさせる。

(そう言えば初めて関係を持った時も、俺はこの手に癒されたのだったな…)

数年前、自分の酷い隈を癒す様にマッサージしてくれたことを思い出しつつ、くん、とその手を引く。
気を抜いていたサクラがわっ、と声を出し前のめりになれば、我愛羅はその腰に甘えるように抱きつき目を閉じる。
そんないつにない我愛羅の行動に、サクラはどうしたの。と問いかけながらも優しく茜の髪を梳く。

「寂しいの?」

からかうような声に、どうだろう。と考えてみたがよく分からず、だがサクラがそう言うのならそうかもしれない。とも思う。
呼吸をする度にサクラの匂いが肺を満たし、太ももに置いた顔を動かせば柔らかい肌が頬を押し返してくる。
母に甘える子のような、いつになく体全身で何かを訴えてくるような我愛羅にサクラは頭を撫でていた手を止め、その頭を優しく抱く。

「大丈夫よ、我愛羅くん」

サクラの口から出たのはありきたりな言葉で、咄嗟とは言え意味不明だ。
それでも我愛羅のサクラの腰を抱いていた手の力が徐々に抜け、ずるずると床に落ちていく。

「サクラ…」
「うん」
「サクラ…」
「なぁに?」

我愛羅の指が今度は力強くサクラの手首をつかむと、自身の方へと引き寄せ隣にサクラを寝ころばせる。
そうしてすっぽりとその体を閉じ込めると、反対の手でサクラの頭を掻き抱く。
腕の中に納まる柔らかであたたかな存在が、どうしてだか我愛羅の胸を痛いほどに締め付け、苦しくさせる。
けれど同時に、誰にも感じたことのない不可思議な気持ちも呼びこんでくる。
不思議な女だと、我愛羅はサクラの匂いで肺を満たしながら何度もサクラの名を呼ぶ。

「…サクラ…」
「うん…大丈夫よ」

私はここにいるわ。

我愛羅の腕の中で広がる、自身の薄紅の髪を見つめながら我愛羅の背に手を馳せ抱きしめる。
まるで迷子の子供のような頼りない我愛羅の声に、サクラは優しく答えながら目を閉じ、体温を分け与えるように身を寄せた。
気付けばそのまま二人は寝入っており、目を覚ましたのは部屋の中が緋色に染まる頃だった。



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