小説
- ナノ -




 現世から主が戻ってきたら“視覚”を失っていました。そう説明された時の刀たちの気持ちを述べよ。
 こんな問いが出たら確実に不合格回答を出しそうだな。なんて考えながらも、皆の前に立った。



『転々』


 そうは言っても視覚を失っているので皆の姿は見えない。だけど矢のように視線があちこちから飛んでくるので注目されていることは分かる。
 顔にはいつも通り御簾をつけてはいるけれど、正直言って皆こっちの表情を読み取ることに長けているからなぁ。最近では「あってもなくても変わらないよなぁ」と思うようになってきた。それでも一応つけるけどさ。自信のある顔立ちでもないし。
 まあそれはそれとして。まずは情報共有をしないと。

「皆私の状態というか、何でこうなったのかが気になると思うんだけど、とりあえず順を追って説明するね」

 先に「“強奪”に視覚奪われちゃったんだよね」と教えてもいいんだけど、どこで、とか何で、とか、そういう疑問が出てきちゃうから。だったら初めから、昨夜の夢だとか両親を襲った『魔のモノ』の契約者についてとか、順繰りに話していった方が面倒が少なくていい。
 だから「まずは話を聞け」と前置きしてから話し出す。

「色々あったんだけど、まず両親を襲った相手は『魔のモノ』の契約者でした」

 いつもならここで振り返ってホワイトボードに“傲慢”って綴るんだけど、今は何も見えない。だから口頭で「司っているものは“傲慢”でした」と続けておく。
 それから事故後、加害者が意識不明で病院に運ばれたこと。現在も話が出来る状態ではなかったこと。だけど契約していた『魔のモノ』の残党みたいな残滓のような奴が契約者と家の周りをうろついていたこと。それらから陸奥守と小夜が守ってくれたことを伝える。
 その際我が家に保管していた“大地の神様”の依り代が両親を守っていてくれたことも話せば、多くの刀は「そうか」と頷いてくれた。
 だけど『傲慢』の残党を完全に処理しきれなかったのも事実だ。だからこそあの“黒い本丸”に飛ばされたし、“強奪”にもしてやられた。それを今から話さないといけない。

「でも幾ら大事に保管していても祀っていたわけじゃないから……。力が弱まってたみたい。それで処理しきれなかった残党が私に触れて、夢の中で別の本丸に飛ばされたの」
「別の本丸、とは、以前主が飛ばされた本丸のような感じかい?」

 歌仙の問いに首を横に振る。確かに鬼崎の本丸であった『呪われた本丸』も酷かったが、なんというか……。あれとはタイプの違うヤバさが漂う場所だった。
 だってあの『呪われた本丸』でさえ前田藤四郎という刀剣男士がいた。だけどあの“黒い本丸”には誰一人として顕現していなかったのだ。更には『誰かがいた』という痕跡以外全てのものが消え失せていた。勿論全部の部屋を確認したわけではないから、どこかの部屋に何か残されている可能性はある。だけどあの本丸はあまりにも危険だ。『呪われた本丸』の時とは違い、守ってくれる刀剣男士が一人もいなければどうなるか本気で分からない。まあ、そもそも座標もIDも分からないんだけどさ。
 それに行けたとして何をどうすればいいのか。現状何らかの手がかりが眠っているであろう場所は審神者室だが、あそこにどんな『魔のモノ』が潜んでいるのかも分からない。どのような能力を持ち、また何体いるのか。それすらも定かではない。そんな場所に闇雲に突っ込めばどうなるか。
 ……正直、あの泥のような物体Xにはなりたくない。

「夢の中で飛ばされた本丸はすっごい不気味な場所でさ。漕ぎ手もいない木製の小舟の上に寝かされてた。辺り一面瘴気に覆われてて、地面は黒い水で満ちていた。底は見えなかったよ。暗かったし、明かりもなかったから。その後本丸の中に入ったんだけど、刀剣男士は一人もいなかった」

 人っ子一人いない、明かり一つ灯っていない薄暗い本丸。
 残留思念が混ざった瘴気が一面に充満し、水の都のように黒い水が寄せては返していた。ある意味『異界の入り口』のような場所。

「でも本丸の中はすごく綺麗でね。以前百花さんが行方不明になっていた時に彼女の本丸に入ったけど、結構ボロボロだったんだ。それこそ床の一部が陥没してたぐらい酷い有様だった。だけどそっちの方がいっそ可愛げがあるほど今回飛ばされた場所は不気味で、得体のしれない感じがした」

 今回飛ばされた“黒い本丸”は人っ子一人いなかったにも関わらず、本丸内は綺麗に保たれていた。だけど百花さんの本丸は目も当てられないほどに酷い有様だった。だけど傷ついていたとはいえ刀剣男士はいたし、審神者が“いた”という形跡は至る所に残っていた。それこそ、地下室に閉じ込められた刀だっていたのだ。

「でも、今回飛ばされた本丸には何も残されていなかった。就任したばかりの本丸みたいに綺麗で、生き物の気配がなかった」

 生存者らしき人は誰もおらず、刀剣男士が残っている気配すらない。それでも試しに入った部屋には『誰かがいた』形跡があり、却って謎と不気味さに拍車をかけた。

「試しに部屋に入ってみたんだけどさ、筆一本残ってなかった。だから戦装束は勿論、内番着もなくてさ。誰の部屋かは分からなかった。でも座椅子のクッションには使用された気配があったから、あの本丸は、かつてはちゃんと稼働していたと思うんだ」

 不可思議なほど綺麗だった。外はあんなにも汚染されたように瘴気と黒い水で満ちていたのに、本丸の中は埃一つない状態で保たれていた。誰もいないはずなのにどうやってあの状態を保っているのか。それすら見当がつかない。むしろそこだけでも分かれば糸口として何か掴めたかもしれないが、現状ではお手上げ状態だ。

「だから、何て言うのかな……。色々とちぐはぐなんだよね、あの本丸」

 わざわざ私を飛ばした割に罠が仕掛けられていたわけでもない。堕とされた刀剣男士が襲い掛かって来るわけでもない。本当にただ“飛ばされた”だけだった。
 その後審神者の部屋から出てきた“黒い手”も、小鳥遊さんらしき人を部屋の中に連れ戻すだけでそれ以上のことは何もしてこなかった。だからこそ余計にこんがらがる。

「何が目的であそこに呼んだのかも分からないし、あそこがどこなのかも分からない。まあ、一緒にいてくれた二人のおかげで襲われずに済んだ可能性もあるんだけど」

 我が家を守る“大地の神様”がある程度数を減らしてくれたうえ、小夜と陸奥守が残党を退治してくれた。唯一私の体に触れた残滓も陸奥守が処理し、更には夢の中にまで助けに来てくれた。
 もしも二人がいなかったらあの本丸内で憑り殺されていた可能性だってある。だから本当に二振りには感謝しかない。

「あとは、多分なんだけど、今回飛ばされた“黒い本丸”は私を狙っていた黒幕の物だと思う」

 目が見えない分いつもより一層空気が揺らいだ気配を感じる。そりゃそうだよね。この前は『行方不明になった』と伝えた黒幕の本丸に突然単騎で飛ばされたら誰だって驚く。でも――

「ただ、私を狙ってたと思われる女性審神者の“小鳥遊さん”は、多分……」
「おーの。わしが見た感じ、あれはもう人じゃなかったぜよ。かろうじて形だけ残した別の“なにか”じゃ。あがなもんに襲われちょったら、主がどうなちょったか分からん」

 口を噤んだ私の代わりに、共に“彼女”らしきモノを見た陸奥守が所感を語る。その声に質問の声を上げたのは長谷部だった。

「陸奥守。そいつはどのような様相をしていたんだ?」
「ほうやのぉ。動く泥人形ち言えば分かろうか。雨上がりの泥を全身に被ったような……。うーん。どう説明したらえいろうか。“呪詛返し”をくろうたち言うより、あれは……うん。対価を払えんがやったき、その“代償”としてああなった、ち感じやにゃあ」

 陸奥守の語るように、彼女はもう“人”としての姿を殆ど保てていなかった。言葉も聞き取り辛く、顔立ちは泥のようなもののせいで分からなかった。アレを小鳥遊さんだと思ったのもほぼ勘だ。

 だからこそ思ってしまう。彼女はもう、助からないだろう、と。

 幾ら人の姿を辛うじて保っていようと、あの“黒い手”に連れて行かれた先でどうなったのかは分からない。殺されたのか、呑み込まれたのか。養分にされたのか、何かの道具として、手駒として使われるのか。
 何にせよ、一つだけ言えることがあるとすれば『私の手では“どうすることも出来ない”』ということだけだ。

「その件については一旦置いておこう。現状では何も分からないから。とにかく、話を戻すと今回私が生きてあの夢から出られたのは陸奥守と小夜のおかげ。だからこの件に関しては二人を責めないで欲しい」

 実際、夢の中にまで助けに来てくれた陸奥守と、あの狭い部屋でどうにか守り切ってくれた小夜がいてくれたからこうして五体満足で戻ることが出来た。もしあのまま一人で本丸に残されていたらと思うと……。やめておこう。想像しただけでも『ゾッとする』なんて言葉では足りないほどの恐怖心が襲ってきて何も語れなくなるから。
 そんな私の恐怖心を察したのか、それとも他に思うことがあったのか。陸奥守の手が優しく背に添えられる。

「ありがと。でも大丈夫だよ。皆も、夢の話はこれで終わり。それじゃあ今からはこんな状態になった原因を説明するね。夢から覚めた後私たちは加害者が入院している病院に足を運んだの。そこにも“傲慢”の残滓が残っていて、契約者である男性を飲み込んでどこかに連れて行こうとした。だから咄嗟にその手を掴んだの」

 その時に視えた幾つかの光景と、単眼が特徴の“傲慢”の姿。そして現れた“強奪”を司る『魔のモノ』が突然現れ――私の“視覚”を奪っていった。

「“強奪”は“新たな契約者”を探してた。それで私に声をかけて来たみたい。奪ったものを返してやるから契約しろ、ってね」

 何とも愚かしい話ではあるが、でもどうして『魔のモノ』にとって毒とも言えるであろう“清浄な気”を持つ竜神様と縁ある私を狙ったのか。分からずに御簾の奥で顔を顰めていると、隣に立っていた小夜が「主」と声をかけて来る。

「なに? 小夜くん」
「これは憶測でしかないんだけど……。多分、主に声をかけてきたのは、主の“魂の質”を堕としたいからだと思う」
「おん?」

 魂の質? ってことは、善から悪に堕としたい、ってことかしら。
 首を傾けると、小夜は「そう」と肯定する。

「主の魂は、清浄な気で溢れてる。だから悪落ちしていない僕たちや他の神々にとっては心地好いけど、悪神たちにとっては毒だ」
「うん」
「だけど、それが“逆転”したら?」
「あ」

 小夜の分かりやすい説明で納得する。魂の質が良いということは、逆転させればそれだけ“穢れる”ということだ。悪神にとって“穢れ”とは即ち力であり極上の供物にもなる。だから“強奪”は私から『大切なもの』を奪おうと画策しているのか。

「そういえば、前に鬼崎にも似たようなこと言われたなぁ」

 一言一句覚えているわけではないけれど、それでも「供物にするには最適だ」みたいなことを言われた覚えがある。今でもそれは変わっていない。――いや。それどころか質はよくなっているのかもしれない。でなければリスクを冒してまで近付いて来るとは思えないからだ。
 こちらの魂が、纏う気が良質であればあるほど、堕ちた時の穢れは酷いものになるのだろう。人を祝福していた者は人を呪うようになるし、人を助ける存在は貶める存在へと代わる。となると、多くの刀剣男士を従える私が“逆転”すれば、刀剣男士を“祟り神”か何かに堕とすことが出来るかもしれない。なんて考えているのかどうかは知らないが、手駒の一つとして数えている可能性はある。

「ってことは、だ。私を狙う理由はパワーアップ、あるいは戦力強化のため、ってところかな」
「あくまでも推測に過ぎないけど、僕はそう考えてる」
「ふむ。小夜の言葉にも一理あるな」
「ああ。俺っちも同感だ」

 長谷部と薬研が同意したのを皮切りに、他の刀たちも議論を始める。私自身この考えに「否」はない。ただ自分としては“私”を喰らいたいのか“竜神様”を堕としたいのか、それが気になる。
 傍から見れば同じことのように聞こえるかもしれないが、私一人の犠牲で済むなら竜神様に被害は出ないだろう。でも、竜神様はいつも私を助けて下さるから……。

 半ば後悔にも似た悔しさを噛み締めている時だった。突如本丸内の空気が“熱く”揺らぎ、保護している刀たちに動揺が走る。一方、うちの刀たちは緊迫した空気を僅かに滲ませたのを肌で感じ取った。
 と、いうことは――。

「鳳凰様?」
「うむ。愛し子よ。戻ったか」

 呼びかけたわけではないけれど、応える声が返って来たので慌てて叩頭を、と考える。だけど即座に「よい」と拒否された。それは隣にいた陸奥守も同じなのか、私の傍にいるよう手短に言付かれると足早に近付いてくる。

「時間がない故此度の無礼は許す。楽にせよ」
「はっ」
「仰せの通りに」

 陸奥守を初め、座していた皆が動く気配がする。どうやら顔を上げたらしい。だけど私はどこに鳳凰様がいらっしゃるのかが分からない。声の方向で何となく「ここかなぁ」と思って顔を上げれば、即座に抱き上げられた。

「うわあ?!」
「愛し子よ。時間がない。顔を見せよ」
「へ? あ、はいっ!」

 いつになく急いている様子の鳳凰様に緊張しながらも御簾を外せば、男らしい手がこちらの頬を掴んでくる。そこまで力は込められていないけど、動かすことを禁じる力加減だ。そしてじっと見つめられていることをヒシヒシと肌で感じ取る。

「……やはりな」
「あ、あの……?」

 どうしたのだろう。と疑問と不安に苛まれつつ口を開けば、鳳凰様は傍にいた陸奥守の方へと顔を向けたらしい。声がこちらではなく隣に向かって飛んでいく。

「これより我の指示通りに動け」
「御意にござりまする」
「まずは愛し子よ」
「はいっ!」
「そなたは暫し“眠れ”」
「――へ?」

 急を要することかと予想していただけに、この発言にはビックリだ。だけど鳳凰様は純粋に“睡眠をとれ”と言う意味で口にしたわけではないようだった。

「時間がないと申したな? それは我に時間がないのではなく、友に時間がない故だ」
「え……。竜神様に何かあったのですか?!」

 目が見えないからどこを見ればいいのか分からない。それでもこちらを片腕で抱き上げているらしい鳳凰様に詰め寄るようにして問いかければ、いつになく硬い声で「うむ」と頷かれる。

「此度、其方は随分と危険な場所に拉致された。それは分かっておるな?」
「は、はい……。でも、陸奥守が助けに――」
「無論、我とてそれは承知しておる。しかし、こやつだけでは生還出来なかった。それもまた事実である」
「…………はい」

 皆には隠そうと思ったけど、鳳凰様にはお見通しのようだ。でも当然と言えば当然か。だって陸奥守は鳳凰様の眷属なのだ。部下の目を通して、あるいは与えた力を通してある程度のことは把握することが出来るのだろう。
 だから最後には竜神様の助けがあって戻って来られたことにも肯定の意を示せば、それが原因だと教えられる。

「友は水の化身である。かつてならばともかく、弱っている今、穢れ切った水に触れたことで回復しつつあった気が限界まで削がれてしまった」
「ッ!」
「故に、回復に勤しまねば友はこの世から完全に消えてしまう。しかしそなたが活動すれば友は真の意味で休息をとることが出来ぬ」

 だから“眠る”必要があるのだ。私がこれ以上厄介事に巻き込まれて竜神様の命を削ってしまわないように。

「とはいえ、そなたの肉体は人のままじゃ。故に無理強いは出来ぬ。……いや。友が拒否しよう。だが何もせねば友は消える。だからこそ、最低でも三日じゃ。よいか。三日は眠り続ける必要がある」
「三日……」
「うむ。それ以上は却って其方の身に負担となろう。ただでさえ人としての力が失われつつあるのだ。これ以上は友も深く立ち入らせはせぬであろう」

 立ち入らせるって、どこに?
 心中の疑問を読み取ったのか、鳳凰様は尚も硬い声のまま「友の領域である」とお答えになる。

「竜神様の、ご領域、ですか?」
「うむ。我の居城と同じよ。アレにはアレの住まう場所がある」

 それは、あの福岡の滝壺のことだろうか。脳裏でかの場所を思い浮かべたが、即座に否定される。

「否。そこはあくまでも其方と縁深き場所であり、友の居城ではない」
「ということは、竜神様は今その居城にてお休みになられている、ということでしょうか」
「うむ。しかし友は水の化身。人の身では辿りつけぬ場所におる故、ただの人の子である其方では辿り着くことは難しかろう」

 竜神様は水の神様だ。となると、竜宮城のように水中や水底に居があるのかもしれない。そうなれば鰓呼吸などが出来ない自分は死んでしまう。それに水底ともなれば水温も下がるし水圧も凄い。それだけでもこちらは死んでしまうだろう。

「友がどこまで其方の接近を許すかは分からぬ。が、多少は意味もあろう。その間ここから出ることも、また他者を招き入れることも控えよ。空気が揺らぎ、淀めばそれだけ回復が遅くなる」
「畏まりました」
「うむ。だが、気を清める者がおらぬのも手痛い話じゃな。吉行」
「はっ」

 ここで鳳凰様は陸奥守を呼ぶと、いつになく畏まった様子で返事をした陸奥守に指示を出した。

「其方が愛し子に代わり触れを出せ。以前友の奉納の儀に力を貸した神職がいたであろう。あの人間から神剣を借りてこい」
「石切丸、でよろしいがですか?」
「うむ。祓い清めるためであればあの刀がよかろう。渋るようであれば我の名を出しても構わん。此度は友の命が掛かっておる。出し惜しみはせん」
「謹んで拝命します」

 僅かな衣擦れの音が聞こえて来たため、頭を下げたのだろう。お師匠様の連絡先は私のスマホにもパソコンにも入っている。時には私に代わって連絡を入れてくれることもあるから、今回も問題なく連絡を取ってくれるはず。
 お師匠様も竜神様の命が危険とあれば力を貸してくれるに違いない。このお礼は後日改めてするとして、今は竜神様の回復に努めなければ。

「その方らも、これより三日は慎ましく過ごせ。宴会も酒盛りも我の名において固く禁ず。畏敬の念を持って友の御霊に礼拝せよ」
「畏まりました。謹んで拝命します」

 刀たちを代表してか、三日月が声を上げる。うちは私自身が下戸だからか、毎夜遅くまで酒盛りを楽しむ刀は少ない。それに彼らからしてみれば三日と言う期限は短いはず。であれば日本号さんを始めとした酒好きも我慢出来るだろう。
 正直に言えばこんなことに巻き込んでしまって申し訳ない気持ちもある。だけど今更他の、武田さんや柊さんに任せるわけにはいかない。だってもう後戻りできない所まで来てしまっているうえ、彼らを巻き込むわけにはいかないからだ。

 鳳凰様の指示に横槍を入れることなど出来ないため口を噤んでいると、流れるように指示を出していた鳳凰様が改めて私の頬を掴んだ。

「さて。愛し子よ。其方が此度奪われたのは“人の力”のみである。慣れればすぐに九十九共の気ぐらいは辿れよう」
「そうなのですか?」
「うむ。所詮は“悪神”。清浄なる友の気と、我の加護を宿す瞳を奪うことは出来ぬ。故に“人の身”が持つ最低限の能力だけを奪ったのであろう。光や景色を見ることは叶わぬだろうが、神々の気や、人の目では捉えられぬものもいずれは視えるようになる。……それが、其方にとって喜ばしいかどうかは別だがな」

 遠回しに『人外化が一歩進む』と伝えられ、胃がキュッと縮むような心地になる。それでも今更逃げることも“視覚”を戻すことも出来ない。後戻りが出来ないのであれば、進むしかないのだ。こちらの意にそぐわずとも、時は進み続けるのだから。
 鳳凰様もそれは承知なのだろう。私の眦をそっと指の腹で触れると、労わるような声で呟いた。

「人として生くか、人を辞めるか。いつかは選択する日が来よう。それまでは、せめて人として足掻いてみせよ。人の子よ」
「……はい」
「では、我は行く。ああ、そうであった。おい、そこの小刀よ」
「はい」

 今度は小夜を呼んだらしい。鳳凰様は返事をした小夜に向かい、一つ指示を出す。

「可能であれば本丸に結界をはれ。我が加護を与えた幼子が愛し子に与えたものが幾つかあろう」
「はい。ございます」
「我が干渉出来るのはここまでじゃ。友の回復も、今後のことも、全て其方らに掛かっておる。愛し子の命もまた同様じゃ。決して気を抜かず、与えられた使命を全うせよ」
「御意でござりまする」

 刀たちが声を揃えて返事をする中、鳳凰様はそっと抱えていた私を下ろす。そうして軽く頬を撫でた後、身を翻したようだ。スルリと畳と着物が擦れる音がした。

「ではな」
「ありがとうございました!」

 背を向けているであろう鳳凰様に頭を下げれば、目には見えない“火の気”が一瞬で消える。突然の訪問と、これまでの疲労、心労が一気に押し寄せて来て「はー……」と息を吐き出せば、隣から背中を支えられた。

「主。これからは上様の指示通りに動くぜよ」
「あ、うん。むっちゃん、お師匠様への連絡、お願い出来る?」
「おう。それがわしに下された命令やきの。おまさんは……そうやの。まずは風呂に入って、それから床に入るとえい。本丸のことはわしらがするき」
「うん……。ありがとう。それから、皆もごめんね。暫くの間苦労を掛けると思うけど、お願いしてもいい?」

 何も見えないから正直自分がどの方向を見ているのかも定かではない。それでも頭を下げれば、皆から「当然だ」「任せておけ」と承諾する声が返ってきた。それにほっとしつつも考える。
 これから三日間、私は竜神様にどこまで近づけるのだろうか。そして、どこまで許して頂けるのだろうか。分からないけれど、全力を尽くすしかない。

「それじゃあ、僕がお湯を沸かしてくるね」
「あ、燭台切さん、僕も行きます」
「ではお小夜と僕が本丸に結界札を貼って行こうか」
「はい。主は、少し待っていて」
「うん。分かった」

 またもや迷惑をかけてばかりだが、刀たちは文句一つ零すことなく動き出す。私自身着替えやら何やらを用意しなくてはいけないため部屋に戻ることになったが、その際陸奥守が手を引いてくれた。
 最初は「おぶってやろうか」と言われたのだが、それは丁重にお断りさせて頂いた。

「三日とはいえ、本丸を内側から封鎖することになるなんて思わなかったなぁ」
「それだけ一大事、ちいうことじゃ。……あの本丸は、流石に異様が過ぎたきの」
「ん……。そうだね」

 あの真っ黒に染まった水は、やっぱり穢れていたんだ。そこに包まれていたとなれば私を守るだけでも大変だったはず。それなのに最後には私と陸奥守、両方を現世に戻してくださった。
 それが本当にギリギリだったのだろう。鳳凰様曰く『消えそうになっている』という竜神様を思えば泣きたくなる。だけど泣いている場合でもない。むしろ早く禊を終え、竜神様の回復に勤めないと。

「暫くの間、本丸と皆をよろしくね」
「おう。任せちょけ」
「主も、もし何か夢を見ても無理はしないでね」
「うん。ありがとう、小夜くん」

 結界札を取り出すためについて来ていた小夜にも頷きを返し、二人が背を向けてくれているという間に着替えを準備する。
 その後は特に問題もなく燭台切と堀川が準備してくれたお風呂に入り(その際ちょっともたついたのはご愛敬だ)、陸奥守が準備してくれていた床に入って目を閉じる。
 正直言って“睡眠”ではない“眠る”という行為に対し不安はあったものの、存外すぐに意識は途切れ――――

 気付けば暗い水の中に全身を漂わせていた。


 …………? いや。どこだここ。

 分からないまま視線を巡らせるが、何も見えない。
 そこでようやく自身が視力を含んだ全ての機能、“視覚”を失っていることを思い出す。それでも『水中にいる』と分かるのは、肌に触れる感覚が水中にいる時に感じるソレと同じだからだ。
 あとは何度も『水』を媒介にした夢を見ている身だ。見えなくても分かることはある。

 でも竜神様がどこにいるのかは分からない。私自身に竜神様のお声を聞く力がないから分からないだけかもしれないけど。とにかく、視覚がない今。竜神様の気を辿るしかない。
 だけどそれもかなり難しい。全く感じないわけではないけど、感覚が鈍いとでも言えばいいのだろうか。うまく掴むことが出来ない。

 私が未熟なのか、それとも気を感じ取れないほどに竜神様が弱っていらっしゃるのか。どちらにせよ一刻を争う事態なのは変わらない。

 何となくどこかに向かって沈んでいく感覚を味わいながらも、胸中で何度も「竜神様」と語りかけてみる。だけど普段なら何かしらの反応が来るのだが、今は何もない。
 深く寝入っておられるのか、それとも応える力も残されていないのか。
 分からないけれど、分からないからこそ胸の前で手を組み、深く祈りを捧げる。

 ――どうか、どうか、竜神様の御容態がよくなりますように……――。

 祈って、祈って、祈り続けて、一体どれほど時間が経ったのか。
 全身を包んでいた水が次第に冷たくなっていく気がする。これは不味いことなのだろうか。分からないけれど、嫌な気配はない。だからただ祈る。ひたすらに、心を込めて。
 生まれた時から傍にいてくださった、祖父母を守ってくださった、先祖代々祀って来た神様を想い、真摯に祈りを捧げる。

 この時ばかりは他のことなんて考えてはいられなかった。

 本丸のことも家族のことも、悪神のことさえ頭の隅どころか脳内から完全に消し去って、ただ“神職”に就く者として竜神様の回復だけを願い、祈りを捧げる。

 夢の中だからか、それとも意識だけが漂っているせいか。時間の感覚がない。だからどれほどの間祈っているのかも分からなかったが、次第に何も感じていなかった肌に変化が訪れる。
 というより、水が冷たくなった気がするのだ。というか実際に“冷たい”“寒い”と感じるほどに温度に差が出てきた。
 漂う足の先から感覚がなくなり、全身の皮膚が冷たくなっていく。かろうじて聞こえて来た心音も緩やかになり、無意識に行っていた呼吸すら間隔が開いていく。
 ――このまま呼吸が止まればどうなるんだろう。
 夢の中であろうと死ぬのかな。それともただ目が覚めるだけなのか。

 分からないけれど『藻掻く』という選択肢すら除外して「どうか竜神様の御身が良くなりますように」と祈りを捧げ続けていると、急に誰かに背中を押し上げられた。

「?!」

 その勢いはすさまじく、水の抵抗があってもそれが体を襲ってくる前に急激に水上に向かって押し上げられる。
 見えないけど分かる。この力は、この気配は――

「竜神様!」

 バッと目を開けるが何も映るものはない。視覚を失ったため今が朝なのか昼なのか夜なのかすら分からない。傍に誰かいるのかいないのか、それすらも分からないまま上半身を起こせば、すぐさま襖が開く音と同時に「主?」と声をかけられた。

「目が覚めたようじゃな」
「むっちゃん……」

 声からして執務室にいたのは陸奥守らしい。布団を敷いたのは審神者室の奥にある私室だったから、代わりに仕事を行ってくれていたのだろう。
 だけど今は感謝を示している場合ではない。
 今が何日で、あれからどれほど眠ったのか。そして今本丸はどうなっているのか。聞きたいことは山ほどある。山ほどあるのに――、

「どういたんじゃ。何で泣きゆう」
「うっ……うぅ……むっちゃん、竜神様が……、竜神様が……」

 肩に大きな手の平が回される。しっかりと上掛けを被っていたはずなのに、随分と体が冷たい。それに気付けたのは陸奥守に抱きしめられたからだ。
 いつもより更に温かく感じる腕の中で、堪えきれずに溢れた涙が幾筋も頬を辿っては落ちて行く。それも陸奥守が拭ってくれたが、すぐさま新しい雫が溢れては頬を濡らした。

「竜神様、すごく弱ってた。冷たくて、暗い水の中で、ずっと、一人で……」

 どれほど眠っていたのかは分からない。それでも長い間祈る中、反応されたのは私の意識を返すあの時だけだ。それまでの間、私の声は、祈りは、届いていたのだろうか?
 思い返せば私のせいで何度大変な目にあったのだろう。審神者に就任してから数多の怪異、呪いに晒された。その度に竜神様は命がけで私を助けてくれたのに、どうして私は竜神様を助けることが出来ないのだろう。“視る”だけしか出来ず、お師匠様や百花さんのように浄化のお手伝いも出来やしない。
 刀の所持数だって少ないうえ、自らの力で神剣を呼び寄せることすら出来ていない。人様から刀を借りるしかないなんて、どれほど情けないことか。

 それなのにどうしてこんな自分を竜神様が助けて下さるのか。

 私のせいでこんな目に合っているのに、どうして恨み言の一つも仰らないのか。

 分からずに情緒がグチャグチャになって泣き続ければ、陸奥守は何も言わずに全身を抱きしめ、背を撫でて慰めてくれる。

 助けたいのに、助けられない。

 いつもそうだ。

 最初の『呪われた本丸』で見つけた蟲毒の壺も、全てお師匠様が浄化してくださった。
 水無さんの事件も、結局は折れた山姥切と今剣が奮闘してくれたから片付いただけで、私自身は何もしていない。ただドタバタと走り回っていただけで、竜神様と彼らがいなければ誰一人として助けられなかった。
 今回もそうだ。いつだって皆に助けて貰ってばかりで、自分の力では何一つ成し遂げられていない。

 それでどうして『皆の主だ』なんて言えるだろうか。竜神様の『寵児』だなんて言えるだろうか。
 申し訳なくて、胸が押し潰されて、死んでしまいたくなる。

「うっ、ひっ、ひぐ、うぅ……」
「主……」

 泣いたところで事態は好転しない。分かっているのに涙が溢れて止まらない。
 このすぐ泣く癖も嫌いなのに、止めようと思っても止められず、嗚咽まで漏れて来る。それがイヤで陸奥守の胸板に顔を埋めれば、痛いほどの力加減で抱きしめられた。

「泣いてえい。落ち着くまで、わしがこうしちゃるき。遠慮せんでえい。やき、全部聞かせとうせ」
「うっ、うええぇぇ……!」

 ひぐっ、えぐっ、と情けないしゃっくりをあげながら陸奥守の腕の中で泣き続ける。
 溢れる涙は止まることなく次から次へと溢れ、陸奥守の着物を濡らしていく。

 どうしたら竜神様のお力になれるんだろう。どうすれば竜神様を助けることが出来るんだろう。どうすれば、どうすれば、どうすれば――。グルグルと同じ言葉が脳内を巡る。
 そうして何の答えも出ぬまま泣き続け、ようやく収まった頃には随分と時間が経っていた。

「ぐす……。ごめん……」
「えいえい。泣くだけの元気がある、ちことじゃ」
「んぐッ」

 甲斐甲斐しくこちらの世話を焼く陸奥守にティッシュを押し付けられ、ずびっ。と垂れそうになる鼻をかむ。それから手繰り寄せてくれたらしいゴミ箱を足先にトンと当てられ、腕を伸ばして丸めたソレを捨てれば次のティッシュが渡された。

「着物、ビショビショにしてごめん……」
「んははは。なーにを言いゆう。そがなこと気にせんでえい。おまさんが竜神様を想うて流した涙じゃ。むしろ誇らしいもんじゃ」
「ぐすっ。むっちゃんすぐ甘やかす……」
「えいえい。こんな時ぐらい素直に甘えとうせ」

 グリグリと頭に頬を寄せられ、ふと「今がいつなのか」と言う疑問が過る。だって、もしも三日も寝ていたらその分お風呂にも入っていないということだ。そんな汚い状態でくっつけるかあ!!

「む、むっちゃん! 今すぐ離れて!」
「おん? なんじゃあ、突然。どういた」
「だ、だって、三日もお風呂入ってないとか汚いじゃん!!」

 匂いとか匂いとか匂いとか! 汗とか皮脂とかすごいだろうし、寝起きだから口臭とか諸々のエチケットケアが気になる。「今更ぁ」と言われたらそれまでなのだが、それでも気にしないほど流石に女は捨てていない。いや、女というより人として当然のことと言うべきか。
 とにもかくにも今すぐ離れてくれ! と懇願したが、何故か笑われてしまった。

「畑仕事終わった後のわしらの方がえずい匂いしちゅうぜよ。おまさんのはかわえいぐらいじゃ」
「に゛ゃーーー! やめてーーーっ!!」

 離れるどころかむしろ抱き込まれ、そのうえ首筋に鼻先を突っ込まれ匂いを嗅がれるという暴挙に体温が急上昇していく。おかげで寒気はなくなったのだが、羞恥で死にそうだ。
 だからじたばたと藻掻いていたのだが、不意に廊下の軋む音が聞こえて抵抗する動きを止めた。

「陸奥守くん、石切丸さんが呼んで――って、主!? 目が覚めたの?!」
「あ、うん。えっと、その声は光忠だよね?」
「そうだよ。あ、水差しあるよ。飲む?」
「ありがと。それと、今更だけど、本丸はどうなってるの?」

 光忠が握らせてくれたコップに水が注がれていく。それを音と増えて行く質量で感じ取りながら問いかければ、陸奥守が説明を始める。

「おまさんが眠ってから今日で三日目じゃ」
「ってことは、鳳凰様が仰られた期日通り、ってことだね」
「おん。ほいで、榊さんから石切丸を借りて来たぜよ。二つ返事で了承してくれたき、加持祈祷をお願いしちょったんじゃ」
「それで今しがた午前の分が終わったんだけど……。そこで石切丸さんが何か感じたみたいでね。陸奥守くんを呼んで欲しいって言付かったんだ。もしかしたら、主が目覚めたことを感じたのかもしれないね」

 二人の説明に耳を傾けつつ水を飲み干し、少し考える。
 私が眠りについてから今日で三日。その間石切丸は毎日、午前と午後に分けて加持祈祷を行ってくれたらしい。大変な重労働だろう。疲労も溜まるだろうし、有難い以上に申し訳なさが勝ってしまう。
 それでも彼のおかげで少しでも竜神様の御容態が回復するのであれば土下座でも何でもするつもりだ。

 それに何より、石切丸さんの所感を聞きたい。だから私も行きたいと思ったのだが。

「あの……。光忠。一つお願いがあるんだけど……」
「うん。なに? 何でも言って」
「……お風呂、沸かしてもらっていいかな……」

 やっぱり身綺麗にしておきたい。幾ら何でも客人、しかも今回は自分の本丸でもないのに加持祈祷しに来てくれているのだ。こんな格好で会えるわけがない。
 だからおずおずとお願いすれば、燭台切は一瞬呆気にとられたような空気を醸し出したが――すぐに柔らかな声で了承してくれた。

「オッケー! 身だしなみを整えるのは大事だからね。主は女性なんだし、気にして当然だよ」
「流石光忠! 話が分かるー!」

 そりゃあ陸奥守みたいに「気にしない」と言ってくれるのも嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。理解者を得たことによる喜びを声に乗せれば、燭台切は嬉しそうな声で笑った。

「それじゃあすぐに用意してくるから。他に欲しいものはある?」
「んー……。それじゃあ、胃に優しいものを用意してくれると助かります」
「分かった。お粥を用意しておくよ。陸奥守くんは石切丸さんと話があるだろうから、小夜ちゃんを呼んであげるね」
「何から何までありがと〜」
「どういたしまして」

 いつもより足早に去って行くのはそれだけ早めに準備しようと思ってくれているのだろう。改めて感謝の気持ちを込めて両手を合わせて拝めば、傍にいた陸奥守が立ち上がる気配を感じた。

「ほんとは傍におってやりたいけんど、石切丸を待たせるわきにもいかんき。すっと行ってもんてくるぜよ」
「全部任せてごめんね」
「えいえい。気にしな。わしとおまさんは一蓮托生じゃ。……最期まで一緒に駆け抜けるち、約束したきの」
「うん」

 きっと笑ってくれたんだろう。あたたかな声音から感じ取ることが出来て改めて「いい神様だなぁ」と思う。だけど感動していたのも束の間、すぐさま額に「ちゅっ」と音を立てて口付けられ盛大に後退った。

「にょあああ?!?!」
「んははは! ほいたら行ってくるぜよ」
「む、むっちゃんのアホー!」

 寝起きで叫ばすな! と思いはしたものの、本丸のことを任せきりにしていたのだ。それに起きてすぐ大泣きしたのだから心配もかけただろう。だから多少の意趣返しは謹んで受けるつもりではいたが、これはあんまりにもあんまりではなかろうか!
 人がお風呂に入っていなくて気にしているというのに、キスしてくるとはどういう了見だ! 油でテカテカしてないだろうな?! 私のおデコ!

「主、燭台切さんから呼ばれて来たんだけど……。どうしたの?」
「大体むっちゃんのせいです」
「ああ……。なるほど……」

 布団の上で丸くなって拗ねていると、足を運んでくれた小夜に不思議そうに問い掛けられる。だから手短に答えたら流石に察してくれたらしい。小さく「道理で……」と呟きながら部屋に入って来た。

「えっと、主。お風呂が沸くまでの間、本丸で何があったか説明してもいい?」
「あ、うん。お願いします」

 大福のように丸くなっていた体を起こし、改めて声の方に向き直れば小夜はぽつぽつと話し出した。




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