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 皆と話し合いを行った翌々日。早速お守りを用意してくれた大典太に「早っ!」と叫べば、さも当然と言った様子で「早い方があんたも安心できるだろう」と返されて頷くしかなかった。本当、頼りになる刀です。

「でも、こんなに沢山いいの?」
「構わん。何が起きるか分からないうえ、いつこの事件が解決するかも分からないからな。それに、あんたが泣けばまた神々が争う。それだけは避けたい」

 私は見ていないから実際にどんな状態になったのかは分からないけれど、青い顔で視線を逸らす大典太に「すみませんでした」と謝るしかない。
 マジで竜神様と鳳凰様、どんな争いをしたんだ。ああ、でも、確かに戻って来た時本丸内は綺麗だったけど、庭園とか畑とかえらいことになってたもんな。今は皆で整えたから争った跡なんてなかったかのように綺麗に整備されているけど、相当凄かったんだろうなぁ……。
 どこか遠くを見たくなる気持ちになったが、気持ちを切り替えて大典太から受け取ったお守りに視線を定める。
 そこには合計十個のお守りが両手に収まっており、改めて沢山作ってくれたんだなぁ。と感動した。

「作るの大変だったでしょ?」
「慣れたからどうということはない。それに、俺が出来ることがあるならばそれを全うするまでだ。だから気にせず渡してくれ」
「ありがとう。大典太さん」

 改めてお礼を伝えれば、大典太はフッと口元を緩めてから執務室を出て行く。
 今日の近侍は陸奥守だが、今は席を外している。因みに何をしに行っているのかと言うと、昨日出陣していた同田貫の報告書の一部に記入漏れがあったのだ。それを確認するために部屋を出ていた。
 だけど一人きりというわけじゃない。一時期神気と体が馴染まず近侍だけでは手が足りず、補佐を付けるようにしていた。それを今でも続けているため、近侍の補佐としてもう一振り、今日は宗三がついていた。

「それ、今日にでも渡しに行きますか? ご両親が心配でしょう?」
「うん。出来ればそうしたいけど……」
「本丸のことなら気にせずとも大丈夫です。遠征はあと一時間もすれば帰ってきますし、出陣も、今日出ているのは粟田口ですから。検非違使にさえ会わなければ重傷になって戻ってくることはないでしょう」
「だといいんだけど」

 宗三と話しながらもお守りを包んでいると、同田貫の部屋から陸奥守が戻って来る。

「もんてきたぜよ」
「おかえり。どうだった?」
「おん。うっかりしちょったち言うて、書き直してくれたぜよ」
「ははっ。意外とたぬさんってマメだよねぇ」

 そうなのだ。戦にしか興味がないかと思いきや、何だかんだ内番も手を抜かず行ってくれる。報告書もそうだ。「チマチマして面倒だよなぁ」と嫌そうな顔はするけど、ちゃんと必要なところは詳細に記入してくれるのだ。
 だけど流石に疲れていたらしい。それにうっかりミスで記入漏れはあるあるだから咎めるつもりはなかったんだけど、陸奥守から「お詫びじゃ、ち言うて飴ちゃん貰うて来たぜよ」と言われた時には笑ってしまった。

「たぬさんのこういうとこ、私好きだなぁ〜」

 しかもちゃんと人数分用意してくれたらしい。宗三の手にも飴を一つ落とした陸奥守を視界の端に捕らえつつ、何気なく発言すれば途端に二人の目がこちらを向いた。

「なんじゃ。おまさん飴ちゃんくれる男が好きながか?」
「食べ物に釣られるなんて子供じゃあるまいし。おやめなさい」
「違うわい! そーいう意味じゃなくて、ほら。質実剛健って言葉通り、ちゃんと働いてくれるでしょ? それに、こうして気遣ってくれるし。優しいなぁ。って思うんだよね」

 古刀太刀がいない時は和泉守と一緒になって短刀の相手をしてくれていることも知っている。だから飴も用意していたのだろう。そう思うと刀を沢山所持していないからこそ分かる一面というものもあるんじゃないかなぁ。と思ったのだが、二人は生ぬるい視線を向けて来るだけだった。
 な、なんだよう。

「まあ、おまさんがそう思っちゅうならそれでえいかのぉ」
「うちの刀が主に甘いのはいつものことですからね」
「え。なに? もしかして外では違うの?」

 もしかしてマジで他所の本丸の刀にガン飛ばしたりしてないだろうな。
 ちょっと不安に思って問いかけるも、二人はそれに答えず、むしろ陸奥守は飴の包装紙を剥いてこちらの口に入れて来る。

「むぐっ」
「ああ、そうでした。陸奥守。先程大典太が主にお守りを持って来たので、仕事が終わり次第現世に向かわれてはどうです?」
「お? もう出来たがか? 相変わらず仕事が早いのぉ」

 私の代わりに陸奥守に報告してくれた宗三に、陸奥守は目を丸くしながらも目線を上げて思案する。

「うーん……。ほいたら誰を連れて行くかが問題じゃな」
「粟田口は今回出陣していますからね。太刀は夜戦には向きませんから、脇差と打刀から選ばれては如何です?」
「ほうやのぉ……」

 カラコロと口の中で飴を転がしているから話しかけないようにしているんだろうけど、最終的な決定権は私にあるからな。とはいえ私の安全を第一に考えてくれている二人が適当に考えるはずもないので、大人しく結論が出るのを待つことにする。

「けんど、鯰尾は出陣、堀川は畑に出ちゅうき、疲労の度合いによっては本丸に詰めて貰った方が主も心配せんでえいにゃ」
「となると、打刀では僕か山姥切、大倶利伽羅、同田貫が本丸に残っている組ですから、そこから選んでは?」
「ほにゃ。誰と行っても連携は取れるけんど……。主、おまさんは誰がえいと思う?」

 ようやくお鉢が回ってきた。とはいえ個人的には誰が来てくれても問題ないというか安心出来るんだけど、霊力がない両親に陸奥守以外の刀の姿は見えない。だから持ち運べる短刀の方がありがたいんだけど……。と考えていた時だった。
 今日は畑に出ていたはずの小夜がひょっこりと庭から顔を出す。

「主。僕を連れて行って」
「ほっ?! 小夜くん?!」
「おや、小夜。どうしたんです? そんなところから顔を出して」
「百花さんの刀たちに野菜を持って帰ってもらおうと思って、籠を取りに来たんだ。それで、陸奥守さんたちの声が聞こえてきたから……」

 ああ。それで。
 実のところ日中は皆出ているから本丸は静かなのだ。だから他所の本丸に比べて声が小さい陸奥守の声も聞こえたらしく、小夜の言葉に暫し悩む。でも――

「分かった。じゃあ小夜くんとむっちゃんで!」
「了解じゃ。小夜、よろしゅう頼むぜよ」
「はい。僕も、よろしくお願いします」
「ええ。小夜なら安心出来ますね。コミュニケーション能力に問題がある刀たちより」
「ははは……」

 憎まれ口を叩く宗三に苦笑いしていると、小夜は「それじゃあ」と言って去って行く。
 だからこっちも両親に連絡を入れておくか。とスマホを手にすると、やっちゃんからメッセージが届いていた。もしや。と思いアプリを開けば、そこにはそーくんと連絡が取れたことを知らせる内容が綴られていた。

「主? どうしました?」
「うん……。この間の、“浸食”と関係がある人の今の状態が分かったみたい」
「! それで?」

 どこか緊張した面持ちの二人とは裏腹に、私は「やっぱりそうか」と落胆する気持ちが隠せないでいた。

「――全身謎の大火傷。それが、今の状態だってさ」

 私の答えに二人は口を噤み、すぐさま思案するように顎に手を当てたり眉間に皺を寄せる。

「陸奥守。あなたの“退魔の術”、そんなに威力があるんですか?」
「いんや。相手が何もしちょらんかったらそこまで酷うならんぜよ。けんど、わしが迎えに行った時主は憔悴しちょった。もし主の生気を奪った分だけ力を増しちょったなら、呪詛返しも威力を持つやろうね」
「ということは……」

 眉間に皺を寄せた状態で宗三がチラリとこちらを見遣る。その色違いの瞳にはこちらを気遣う色が浮かんでおり、思わず苦笑いを浮かべる。

「大丈夫だよ。そこまでショックは受けてない。むしろ“やっぱりそうだったかぁ”っていう気持ちの方が強いかな」
「主……」
「でも、だからといってそーくんがこんな目に遭ったのは小鳥遊さんのせいだろうから、そこはやっぱり許せないよ」

 確かに無理矢理キスして来たそーくんも悪いけど、ビンタして盛大に振ってやったからそれでチャラだ。それにそーくんが自分から進んで『魔のモノ』と契約するとは思えない。
 こんな言い方はイヤだけど、小鳥遊さんは男達に私を襲うよう唆していた人だ。良心があるとは思えない。だからそーくんも無理矢理か脅されて契約させられたと考えていいだろう。
 ……だって、あんなに臆病で心優しい人が他人を呪う力なんて使うわけがないから。

 やっちゃんに面会出来るかどうか尋ねてみるも、やっぱり今は面会謝絶しているらしい。それでもやっちゃんにだけはメッセージをくれたらしく、やっちゃんも約束通り私に情報を流してくれた。
 ただ問題はどの病院にそーくんが入院しているのか分からないことだ。やっちゃん曰く病院もあの後移された可能性があるということだから、当時運ばれた病院にいるとは限らない。
 むしろ九条グループのどこか、縁のある病院か大学病院にいる可能性の方が高いだろう。

 むむむ。と悩んでいると、宗三から「主」と呼ばれる。

「あなたの“感知能力”でその相手がどこにいるのか、分かりませんか?」
「うーん。それも考えてみたんだけど、むっちゃんが“呪い返し”して“浸食”を焼き殺したからさ。辿るためのものが何も残ってないんだよね」
「ああ……。なるほど」

 そうなのだ。もしも“浸食”だと分かる何かを覚えていたら、あるいは縁のあるものを持っていたらそこから残ったものを辿って探せただろう。だけどそーくんの体は火傷を負い、恐らく“印”も残っていない。
 だから辿れるものが何もないのだ。そもそもそーくんには霊力なんてないし。どちらにせよお見舞いは暫くの間行けないだろう。

 一歩進んだと思っても一歩下がる。一進一退の攻防戦はまさしく持久戦だ。先に倒れたり、疲れを見せた方が負ける。だから気をしっかり持っていなきゃいけないんだけど――。

「はあ〜……。もうパパっと解決出来たらいいのにぃ」
「あなたねぇ。今までのスピード解決の方が可笑しいんですよ。分かってます?」
「分かってます〜」

 それに今回の件は刀剣男士を介してではなく、人間同士でドンパチしているようなものだ。まるで陣取り合戦――現代版の“戦”だ。ただ私の命を狙っている以外に分かっていることがほぼないため、相手がどう出るのかが掴めない。今までと全く違うタイプにどうすればいいのか分からず机に突っ伏すと、あたたかな手の平が頭を撫でてきた。

「ほいたらちっくと休憩するがか?」
「うーん……。そうしょうかな」
「はあ。分かりました。では僕は失礼します。ですが、休憩時間は十分ですからね。それ以上はダメですよ」
「はーい」

 立ち上がった宗三に頷くが、その際に机に置いていた鈴を持って行ったのでハッとする。そ、そうだった……! 休憩時間と言うことは……!

「よいせ」
「に゛ゃーーーッ!!」

 気付いた瞬間抱き上げられ、そのまま陸奥守の膝の上に横抱きの状態で座らされる。忘れていたわけじゃないけど頭から抜け落ちていた『触れ合いの時間』に情けない悲鳴を上げれば、途端に陸奥守が笑い声を上げる。

「んははは! おまさん、まだ慣れんがか」
「だ、だって……!」
「おーの。まっことしょうことがない人じゃ。けんど、わしも男やき。充電させとうせ」
「ミーーーーッ!!!」

 ぎゅう。といつもより強めに抱きしめられ、いつものように情けない悲鳴をあげてしまう。
 ぐぬおおおお……! この前あんなことがあったせいか緊張で再度全身が石になってしまう。そ、それに、休憩時間は十分しかないのだ。過度な触れ合いは危ない。だから、そう。たまには意趣返しをしてやろうと陸奥守のうなじに縋りつくようにして腕を回してしがみつけば、途端に逞しい体が硬直した。

「…………おまさん、何で照れちゅうにそがぁに大胆な行動に出るがか」
「え、えっと、道連れ!」
「んははは! 道連れか!」

 何が面白かったのかは分からないが、機嫌よく笑う陸奥守にほっとする。それに、折角だ。いつもはなかなか触ることのない陸奥守の長い髪に触れ、撫でたり指に絡めたり、そのまま指の間で何度も梳けば陸奥守の抱擁する力が少しだけ強くなる。

「……わしから始めたことやけんど、生殺しじゃあ……」
「あははっ! 諦めとうせ〜」
「んん〜」

 グリグリとこちらの肩に顔を埋めて来る陸奥守の頭を撫でつつ口調を真似て言い返せば、陸奥守は情けない声で唸るがすぐさまクスクスと笑いだす。だから一緒になって笑えば、陸奥守がゆっくりと顔を上げ、それから頬に手を当ててきた。

「……触れてもえいか?」
「……すごいのじゃなかったらいいよ」

 またあんな、舌を入れてめちゃくちゃにされるようなキスをされたら堪ったものじゃない。だって今は執務の合間の休憩時間なのだ。だから軽く触れるものに留めてくれ。と言外に伝えれば、陸奥守は軽く笑ったあと後頭部で結んでいた御簾を指先で解き――ゆっくりと唇を重ねてきた。

「んっ」

 優しくて、柔らかい。労わるような、触れ合うことを楽しむようなキスに勝手に心臓が高鳴っていく。

 うぅ〜……。こういう雰囲気自分には似合わないって分かってるんだけど、でも……。

「むっちゃん」
「おん?」

 そっと、音を立てずに離れた唇を視線で追いかける。それから陸奥守の熱い肌を撫でるように首の後ろに回していた手を動かし、離れたばかりの唇に指を押し当てた。
 プニッ。としたそこはやっぱり肌同様あったかくて、それが少しおかしい。元は刀なのにね。
 猫の肉球よりも柔らかいそこを人差し指の腹で軽く押した後、今度は両手で陸奥守の頬を挟んで自分からキスをした。


「――好きだよ」


 そういえば、ちゃんと言ったことがなかった気がするから。
 すごい照れくさいし、心臓がうるさいぐらいに音を奏でているんだけど、それでもちゃんと伝えようと思って伝えたらヒラヒラと桜が落ちてきた。

「…………やっぱり生殺しじゃ……」
「あははは!」

 ギューッと子供みたいにしがみついてくる熱くて厚い体を抱きしめ返し、沢山頭を撫でてやれば「んぅ〜」と唸る声が聞こえてくる。
 普段はすごく頼りになるのに、こういう時にちょっと子供っぽいところを見せてくるのが堪らない。こういうのをギャップ萌えっていうのかなぁ。なんて考えつつ、色んなものに耐えているらしい恋人を宥めるためにも沢山頭を撫でてあげた。

 この後戻って来た宗三に「自分たちで掃除しなさい」と散らばった桜を見てお小言を貰ったことは言うまでもない。



 ◇ ◇ ◇



 その後、無事重傷者を出すことがなかった出陣部隊を迎え入れ、両親が帰宅している頃を狙って本丸を出た。皆には一応「実家に泊ってくるかも」とは言って来たから、ハッキリ決まったら本丸に連絡を入れよう。

 というか、何気に陸奥守と小夜の二人で現世に来たのは初めてかもしれない。まあ、言うても小夜は前回の秋田同様刀の状態で持ち運びをしているわけなのだが。
 いざという時のために霊力は温存しておきたいので、省エネというやつだ。小夜にも了承を貰っているし、基本的に陸奥守が傍にいるから不安はない。
 勿論私もすれ違う人たちをチラ見してみるが、やっぱり『魔のモノ』に関連した靄は見つけられなかった。そのことに一先ず安心して家に帰宅すると、両親もほっとしたような顔をする。

「数日ぶり。ってことで、はい。コレ」
「お守り?」
「そ。うちの頼りになる刀に作ってもらったものだから、効果は保証するよ。だからまた持ち歩いてね」

 二人にそれぞれ五つずつお守りを渡せば、こんな事故が起きたからだろう。渋ることなく受け取ってくれた。
 それから寝室がダメになった二人が今どこで眠っているのか確認すると、リビングに布団を敷いて寝ているということだった。

「寝室以外は被害が殆どなかったからね。それにあんたと陸奥守さんが片付けてくれてたから、だいぶ楽だったわ」
「流石にそれぐらいはするよ。まあ、確かに寝室の被害は割とすごかったけど、こっちはお皿の破片を片付けたら後はあんまり、って感じだったからね」
「でも気に入ってたお皿も、使い勝手の良かった小鉢なんかもぜーんぶ割れちゃって! 不便ったらないわ。貰い物の陶器を取っておいてよかったわよ。陶器って揃えようと思うと意外とお金が掛かるから」
「そうね〜」

 などと母と他愛のない話をする間、陸奥守は先日同様上座に位置するソファーに腰かけ、父はその対面に座っていた。そこで二人も何かしら話をしていたけど、うっすらと聞こえてきたのはお礼の言葉とか現状の報告とかで、あまり込み入った話はしていないようだった。

「あ、そうだ。ねえ、事故を起こした運転手ってどんな人だったの?」

 薬研にも聞かれていたし、私自身気になっていた。だから飲酒運転をしていた、という男性がどんな人物なのか気になって母を見遣れば、何故か困ったように眉を下げた。

「それが……」
「父さんたちもまだ会ってないんだ」
「へ? どういうこと?」

 まだ会ってないって、まさか大きな怪我とかしてたのかな。それとも意識不明とか?
 気になって陸奥守の隣に座して父の前に座れば、父はどこか渋い表情をしながらも警察官から聞いたことを教えてくれる。

「どうやら意識がないみたいでね。だけど時折酷くうなされたような声を上げたり、暴れたりしてまともに話が出来る状態ではないそうだ」
「なにそれ。怖ッ」
「そうなのよ。だから保険会社とも話が出来なくて困ってるのよ」

 両親にどこの病院にいるのかを聞けば、ここから車で三十分ほど走った場所にある大学病院に運ばれているようだった。それから加害者の名前を聞き、スマホにメモをしてから病院の名前で検索を掛ける。
 面会時間は正午過ぎから夕方まで。面会出来ずとも病院内をうろつけば何かしら手がかりを得られるかもしれない。
 そう思って隣に座る陸奥守を見遣れば、静かに頷きが返って来た。

 そんな私たちを見ていた父が突然「ゴホン」と咳払いをする。普段そんなことをしないから珍しいな。と思って顔を戻せば、何故か微妙な顔をしてこちらを見ていた。

「あー……。由佳」
「なに?」
「その……。今日は、どうするんだ?」
「は? なにが?」

 晩ご飯食べて行くか、ってことかな。でも流石に夕餉は本丸でとって来た。何せ現在の時刻は二十時過ぎだ。二人だってもうご飯を食べた後のはずだろうに、何を気にしているのか。
 意味が分からず聞き返せば、口ごもる父の代わりに母が「だからぁ」と続ける。

「今夜は泊まるのか本丸に戻るのか、それを聞いてるのよ」
「ああ。むっちゃん、どうしようか」

 別にこのまま泊ってもいいし、本丸に帰ってもいい。私としては両親の安否とか事故が起きないか気になるから今日ぐらいは泊まっていきたいけど、そうなると私だけでなく両親も守らなければいけなくなる。
 だから最終的な判断は陸奥守に任せようと思い尋ねれば、あっさりと「おまさんの好きにしたらえい」と私の決断を優先してくれる返答が寄こされた。相変わらず懐の大きい刀である。

「じゃあ今夜はうちに泊まって、明日病院に行ってから帰ろうか」
「おん。かまんぜよ」
「ん。じゃあそういうことで」

 朝食は久々に私が作ってもいいかもしれない。あー、でも本丸と違って水質はグレードダウンするし、料理の腕もイマイチだから微妙かなぁ。いや、むっちゃんなら文句を言わずに食べてくれるだろうけどさ。最初期の頃もそうだったし。
 なんて考えていると、再度父から名前を呼ばれる。だからまたもや「なに?」と問いかければ、父は困ったように頬を掻いた。

「その……。布団がな……」
「あ。そっか」

 あの事故で押し入れも滅茶苦茶になっていたから、客用布団も用意がないのかもしれない。自室はベッドだから何の問題もないけど、陸奥守たちを床に、しかも直に寝かせるわけにはいかない。
 でもリビングと違ってソファーがあるわけでもないし、小夜みたいに刀に戻ってもらうか? でも出来るのかな? 今の陸奥守の体は鳳凰様に与えられたものだし、不寝番をしてもらうのも忍びない。むしろそれは小夜と交代で行うつもりだろう。
 だから「んー」と悩んでいると、陸奥守から「わしのことは気にせんでえい」と言われてしまう。

「ダメだよ。私と両親の命を守ってくれるむっちゃんに地べたで寝ろ、なんて口が裂けても言えないよ」
「大丈夫じゃ。一日寝ざったぐらいで倒れるほど柔じゃないき」
「何言ってんの。それでも疲労は溜まるでしょ? それに、護衛には小夜くんだっているんだから。むっちゃんだけに負担は掛けさせません」

 大事な懐刀を忘れて貰っては困る。と鞄を抱きしめれば、陸奥守は「けんど」と眉を寄せて苦笑いする。

「親御さんに無理を言うたらいかんぜよ」
「むー……。それはそうだけど……」

 だけどやっぱりただの刀でない以上、肉体的な疲労も精神的な疲労も溜まる。だから睡眠は大事な休息時間だからちゃんと取って欲しいのだが。と考えたところでふと思い立った。

「あ。じゃあさ、私のベッドで一緒に寝ればよくない?」

 だけど『名案だ!』と思ったのに、何故か陸奥守は片手で顔を覆い項垂れ、母からは「由佳!」と叱られてしまった。

「あんた何言ってんの!」
「え? むっちゃんの寝床を確保しようと――」
「由佳……。陸奥守さんは神様なんだから、お前と一緒に寝るなんてダメに決まっているだろう」
「いや、でも審神者初めてすぐの頃は布団並べて寝てたよ? ね? むっちゃん」

 実際小夜を鍛刀するまでの数日間は陸奥守と二人暮らしだったのだ。だって当時の私は神気なんてなかったし、少ない霊力でやりくりしなきゃいけなかったからすぐに鍛刀が出来なかった。
 だからそれまでの間、出陣した時以外では文字通り『おはようからおやすみまで』一緒に過ごしていたのだ。だけど当時も何事もなく朝を迎え、夜には布団を並べて眠った。だから今更一緒に寝ることなんて、と思って口にしたのだが、当の本人から「主」と呆れたような声音で呼びかけられる。

「忘れちょらんとは思うけんど、今のわしらと顕現した頃とでは関係が違うき、その考え方は止めとうせ」
「え? あ、それはもちろ――」

 頷こうとしたけど、頷く前に一時停止する。…………え? いや、でもさ、

「むっちゃん、何もしないでしょ?」

 だってそういう状況じゃないし、私が嫌がることをしてくるとは思えない。
 だから確信をもって尋ねたのに、何故か今度は両手で顔を覆って更に深く項垂れてしまった。

「あー……。この間教えたき大丈夫やち思うちょったが、わしの認識が甘かった」
「なにが」

 陸奥守が何を言いたいのか分からず首を傾ければ、陸奥守はただでさえ項垂れていたのに、更に肩まで落として長く重い溜息を吐き出した。
 そんな陸奥守に何故か父が「すみません……」と頭を下げる。しかも続いて母まで頭を下げてきた。

「すみません。うちの娘が……」
「本当に鈍くて……」
「ちょい。二人してめっちゃdisってくんじゃん。なんなのさ」

 そりゃあ確かに私だってこの間のことは覚えている。むしろ忘れられるわけがない。でも陸奥守だって流石にこんなところでは続きをしないだろう。それに今回は仕事で来ているんだし。この前だって手を出してこなかったんだから今夜も問題ないはず。
 だけど再度陸奥守から「主」と諭すような声音で話しかけられる。そのうえガッシリと両手で肩を掴まれ、真剣な瞳で見つめられた。

「共寝はいかん。流石にダメじゃ」
「そう? じゃあ私が床に寝ればオッケー?」
「それもダメじゃ。わしは大丈夫やき、心配せんでえい」
「でも――」
「それ以上言うたら口塞ぐきの」
「ミ゛ッ」

 ずいっ、と顔を寄せられ上体をのけ反らせれば、陸奥守はそれ以上追って来ず体を離す。それにほっとしたのも束の間、母から「由佳?」と再度名前を呼ばれる。だから「なに?」と返しつつ振り返れば――何故か母は微妙な、形容しがたい妙な顔でこちらを見ていた。

「聞かない方がいいかと思って黙ってたんだけど」
「うん」
「その……陸奥守さんとは、どういう関係なの?」

 DO YOU 関係なの?

 問われて再度思考が一時停止する。

 え? あれ? でも、だって、むっちゃんこの間両親に挨拶したって――って、まさか!

「むっちゃん! まさか嘘ついたの?!」
「おん? 何のことじゃ?」
「とぼけんな! この前私が『何て言ったの?』って聞いたら――」

 け、結婚式は神前式になるからとかなんとか言ったって返したじゃないか!!
 あんまりにもあんまりな内容だっただけに自然と体温が上がっていくが、今は顔を隠す御簾をしていない。だから恥を忍んで詰め寄ったと言うのに、陸奥守はあっけらかんとした態度で「敵を騙すには味方からち言うじゃろ? 許しとうせ」と宣ってきた。

「こ……! この嘘つきーーッ!!」
「んはははは! すまん!」
「何が『すまん』じゃ! 私がどれだけ恥ずかしかったと……!!」
「けんど、あれが一番分かりやすかったろう? 皆にも一発で伝わるきのう」
「ぐッ……! このアホーーーッ!!!」

 ガクガクと逞しい体を揺らせば、陸奥守は反省した様子を見せずにケラケラと笑い続ける。この野郎……! 私には「嘘つくな」って言っておきながら……!

「神様が嘘ついていいと思ってんの?!」
「いんや。けんど、嘘も方便ち言葉もあろう? それにお守りのことを隠す必要もあったきの」
「あ」

 鳳凰様に与えられたお守りを二人に渡していたことを隠していた。そのために『あんなこと』を言ったのかと思えば腹立たしいが、そのおかげで今回両親は無事だったのだ。そう思うと二の句が継げず、むっつりと口を噤む。
 それでもやっぱり悔しいから「むっちゃんのアホ。嘘つき」と詰れば、心底可笑しそうに笑われた。

「他には嘘ついてないでしょうね?」
「さあ。どうじゃろか」
「ちょっと!」

 過保護が爆発してそうなったのか、それとも元々こういう性格だったのか。分からないけど意地の悪い神様に詰め寄れば、にんまりとした悪戯小僧のような笑みが返って来る。

「ほいたら、この間の言葉を実行したら嘘にならんき、それでえいろう?」
「は? バッ――!」

 バカヤロー! といつものように叫ぼうとしたが、それよりも早く陸奥守が私の口を手で塞ぎ――優しく微笑まれた。

「安心せえ。いつかは本当にするけんど、流石に今じゃないのは分かっちゅうき」
「………………」

 私にだけ聞こえる、囁くような声音で言われたらもう反論なんて出来ない。だから瞬くことで了承を伝えれば、あたたかい手の平が離れて行った。

「えーっと……。だから……その……むっちゃんとは……」

 神様と人間だけど主と従者で、それから私の“恋人”なのだと素直に伝えられたいいのに。何故か両親の顔は見られないし、言葉に詰まれば詰まるほど体温が上がっていく気がする。
 だからうーうー唸っていると、黙っていた陸奥守が笑いだした。

「うはははは! おまさんしょうまっこと照れ屋じゃのぉ〜!」
「だ……! だって初めてなんだからしょうがないじゃん! 今まで彼氏なんか出来たことなかったんだからさ!」

 確かに異性に『告白』された過去はあるけれど、自分から異性を“好き”になったのはこれが二度目だ。しかも初恋の時とは違い、“陸奥守吉行”と仲睦まじくしている女性審神者にモヤモヤしてしまうぐらい“好き”で“愛している”のだ。正直言ってそんなことを思ってしまう相手は初めてだ。だからどう紹介すればいいのか分からず悩んだと言うのに、それを笑い飛ばすとは幾ら何でも失礼だと思う!

「っていうか、だったらむっちゃんが自分で言ってくれたらいいじゃん! 私の恋人だって!」
「おん? ほいたら必然的にこの間の言葉を実行することになるけんど、それでもえいか?」
「えいわけあるか!! 流石に今じゃないのは分かっちゅう、ち言うたやないか!」
「がははは! 前言撤回、っち言葉もあろう?」
「撤回すんなーッ!!」

 突っ込むことに必死になりすぎて気付かなかったが、陸奥守にうまく誘導されてしっかり自分から暴露してしまっていた。
 だけどそれに気付かぬまま陸奥守とやんややんやと言い合っていると、両親から「由佳……」と呆れたような声で名前を呼ばれる。

「お前は本当に……」
「あー……。薄々そんな気はしてたけど……。神様が相手だなんて……」
「え? なに? 何の話?」

 先程の陸奥守以上に項垂れる両親に首を傾けていると、当の陸奥守本人から頭を撫でられる。だから「何なのさっ」とちょっと不満を込めて振り向けば、悪戯が成功した子供のような笑みを向けられ硬直する。

「ちゃんと言えたやないか」
「は? なにが?」
「おまさんとわしが“恋人”じゃち」
「……へ?」

 クスクスと笑う陸奥守の整った顔を見つめながら先程の、自分の発言を思い出す。


 ………………………………。


「ぐわあああ!! やられたあああああ!!!」
「うはははは! 今頃気付いたがか!」
「ちっくしょう!! 誘導尋問だ! 誘導尋問だッ!!」

 咄嗟に小夜が入った鞄を抱きしめながら体をのけ反らせて後退するが、陸奥守は機嫌よく笑うだけだ。それが尚の事羞恥心を煽ってくる。だから腹いせに軽く足先でふくらはぎを蹴ってやれば、「おん?」と気の抜けた声を出しつつも即座に足を掴まれた。

「おーの。わりことしいは誰じゃろか」
「ぎゃっ! 流石の反射神経ですことッ!」
「んはははっ。おまさんを捕まえるがは得意やき」
「そんなこと得意事項に入れないでくださいますぅ?!」

 ほぼソファーに寝転がる体勢になってしまったが、それでも小夜を抱きしめつつ捕まえられた足を解放するよう軽く揺する。てっきりすぐさま解放してくれるかと思ったのに、予想に反して陸奥守は片腕をこちらの腰から背中に回し、勢いよく膝の上に跨るように抱き上げてきた。

「ぬあっ!」
「ほーら。捕まえたぜよ」
「わしゃ魚か!」

 海釣りの時に網で掬い上げられた魚の気持ちになって突っ込めば、相変わらず陸奥守はケラケラと笑い飛ばす。その顔に反省の色はなく、もうこれ以上怒ってもこっちが空回るだけだと悟る。
 だから諦めて陸奥守の髪をグシャグシャにするように頭を撫でまわしてやってから隣に座り直せば、両親が揃って顔を背けていた。

 ……あー……。うん。……だよね!!!

「マジでごめん」
「いや……。お母さんは別にいいんだけど……」

 母親的には『相手は神様なのがアレだけど、とりあえず娘は恋愛が出来るらしい』と言うのが分かって安心したみたいだ。だけど問題は父の方だった。

「父さん、生きてる?」
「………………ちょっと時間をくれ」

 ダメだった。

 色んな意味でキャパオーバー(命の恩人)(でも娘の初彼氏)で項垂れる父に「そうね……」としか答えることが出来ず、一先ずはこの話はそれで終わりになる。

「で、結局むっちゃんはどこで寝るの?」
「わしはえい。これから外回りしてくるき、中のことは小夜に任せることになっちゅう。元々室内戦は短刀向きやきの」
「……ん。分かった」

 多分、これに関しては元々小夜と話し合っていたのだろう。夕餉の時に二人で何事かを話し合っていたから。だったら初めからそう言ってくれたらいいのに。あ、でも話が拗れる原因になったのは自分のうっかり発言によるものだった。
 ……うん。もう黙っていよう。ワタシモウボケツホラナイ。

 仏のような気持で頷いていたら、母から「さよって?」と聞かれ、ずっと抱きしめていた鞄から一振りの短刀――私の懐刀を取り出す。
 途端に両親はビクリと肩を揺らしたけど、別に斬りかかるつもりはないから安心して欲しいと告げ、改めて二人に『小夜左文字』という短刀を掲げて見せた。

「そりゃ疑ったわけじゃないけど……」
「流石に本物の刀が出てくるとビックリするよ」
「あ。それもそっか」

 両親の言葉に頷きつつ、膝の上に置いた短刀『小夜左文字』は頼りになる神様なのだと胸を張って自慢する。そして両親には見えなくとも私の力で“刀剣男士”として動けることも伝えれば、二人は半信半疑の様子ではあったものの、とりあえずは頷いてくれた。

「それは分かったけど……。その……小夜さんの姿はお母さんたちには見えないの?」
「うん。霊力がない人には刀剣男士の姿って基本的に見えないんだ。政府が認可した施設なら話は別だけど、基本的には無理だね」
「じゃあ、どうして陸奥守さんは見えるんだ?」

 父の疑問は最もだ。だけどここで「めっちゃすげえ火の神様に認められて眷属になったから肉体を与えられたんだよね!」なんて言ったところで信じて貰える気はしない。だから彼だけは特別なのだ、と誤魔化すことにした。だって嘘じゃないしね。
 実際火の神様である鳳凰様に認められたのは我が本丸では陸奥守だけだし、私にとって『特別な神様』であることに違いはない。嘘はダメだけどある程度の誤魔化しは許されると信じてる! ダメだったらごめんなさい、竜神様!

 というわけで無事(?)両親に説明――いや。あれは完全に“暴露”だったな。が終わり、部屋に戻ってベッドに腰かける。因みに本丸には先程連絡を入れた。電話を取ってくれた薬研に「今日実家に泊って行くね」と告げれば、頼りになる声で「分かった。気をつけてな」と返してくれたので本丸のことは大丈夫だろう。
 で、陸奥守は既に外回りに出ており不在だ。パトロールの意味もあるだろうけど、どこに何があり、敵が来るとしたらどの方向から来るのかを確かめたいのかもしれない。だから小夜を抱きしめながらぼーっと寝転がっていたのだが、階段を上がってきた母が顔を覗かせてくる。

「由佳。ちょっと話があるんだけど」
「ん? なに?」

 母は珍しく真面目な顔で話しかけて来たかと思うと、開け放っていた扉を閉め、部屋に入ってくる。そうして起き上がった私と話をするためか、勉強机から椅子を引っ張ってくると真正面に座り――気まずそうに結んでいた唇をゆっくりと開いた。




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