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「さてと。それじゃあ緊急会議を始めます」

 お昼も食べ終わり、片付けも済ませた後。皆を集めて再度会議を行う。勿論預かっていた刀たちも皆揃っている。別に参加する義務はないんだけど、自分たちの主が一枚噛んでいる事件だから、ということで毎回律義に参加してくれているのだ。こういうところから見ても元々あの審神者さんは真面目な人だったんだろうなぁ。というのが見て取れる。それがどうしてああなったのか……。本当、男女の仲って難しい。

「まずは昨夜起きた事故ですが、まあお察しの通り、今回も『魔のモノ』の仕業であることは間違いないです」

 詳しい情報はまだ掴めていないが、残滓が至るところに残っていた。それはもう昨夜のうちになくなっていたけれど、楽観視することは出来ない。
 一応両親が帰ってくる前にお師匠様に電話を入れてお礼を述べたんだけど、その際に「どうかお気をつけて」と言われた。お師匠様が釘をさすぐらいなのだ。油断は禁物だろう。まあ、言われんでも気を付けなきゃいかんのだけれども。

「ただ残滓が残っていただけなので、何を司っているのかは分かっていません。もしかしたら事故を起こした本人には憑いておらず、首謀者が唆しただけの可能性もあります。だから今後も何らかの事件が起きる可能性があるのですが……」

 ここでチラリ、と隣に立つ陸奥守に視線を向ければ、無事バトンを受け取ってくれた初期刀が頷いた。

「これはわしが掴んだ情報じゃ。主が役人と話しゆう間、怪しい奴がおらんか見回りに出たがよ」

 その時に陸奥守は黒い靄を身に纏わせた男性を見つけたらしく、その人の後を追ったらしい。そこで一人の女性――おそらく小鳥遊さんだろう――と会話をしている男性の会話を盗み聞きし、相手がどこにいるのか予測をつけたという。

「けんど、向かう途中に相手の霊力が消えたんじゃ」
「霊力が消えた?」
「どういうことだ?」

 長谷部と薬研が首を傾けるが、詳しいことは分かっていない。だけど私が“視た”ものと陸奥守の言を合わせれば、恐らく小鳥遊さんはあの『黒い影』に飲み込まれたとみて間違いないだろう。

「正確なことは分からん。けんど、主が“視た”のは大きな黒い影に飲み込まれる姿じゃ。やき、主を狙ちょった相手は現状行方知れずじゃ」
「クソッ! 折角尻尾が掴めたってのに、また振りだしに戻るのかよッ!」
「落ち着いて、兼さん。まだ解決したわけじゃないから、何かの糸口が見つかるはずだよ」

 苛立ったように和泉守が声を上げるが、隣に座していた堀川がすかさず宥めてくれる。それにほっとしたものの、すぐさま薬研が手を上げた。

「大将。陸奥守の旦那。今回の相手……大将の御実家に車を突っ込んだ相手、ってのはどんな奴なんだ?」
「私も直接会ったわけじゃないから詳しい人となりは分からない。だけどまたあっちに戻るつもりだから、その時に改めて確認してくるよ。あ。そうだ。大典太さん」
「なんだ?」
「お守り、ありがとうございました。そこで一つお願いがあるのですが――……」

 薬研からの質問に答えるついでに大典太から貰ったお守りが発動したこと。そして両親のためにお守りを作ってもらえないか打診したところ、二つ返事で了承してくれた。

「その程度の事、願われずとも幾らでも作ってやる。しかし、俺のお守りが発動したと言うことは、何かに狙われたんだな?」
「はい。おかげで無事に帰ってくることが出来ました。ありがとうございます。それじゃあ、秋田」
「はいっ! ご報告します!」

 ここで陸奥守の隣に座していた秋田を呼べば、すかさず立ち上がり当時何が起きたか――。陸奥守に報告した時と同じ内容を繰り返し皆にも説明する。
 私としてはあの黒い影が本人だったのか、それとも『魔のモノ』が作り出した分身なのか気になるところではあるが、ブレスレットを付けていたのだ。分身ではなく本人である可能性は高い。
 それに時間が時間だったから、周囲にある光源は街灯のみ。その光が当たっていない場所はほぼ完全な暗闇だったから、顔がハッキリと見えなかった。だから秋田の目にはどのように見えていたのか気になっていたのだが、秋田も『瘴気を纏っていて顔までは分からなかった』ということだった。

「成程。つまり、例の新人審神者をブラック本丸にわざと飛ばした相手と、今回主を狙っている相手は同一人物、ということですね?」
「ほうやの」
「だがその相手は忽然と姿を消した。しかもそれが単なる逃避か『魔のモノ』に喰われたのかハッキリしない、と」
「そう言うことになるかな」
「ったく、つくづく面倒な相手だな」

 ざっくりと情報を整理し、頷く宗三に陸奥守が応える。その先を続けた長谷部の顔は苦虫を噛み潰したようで、近くに座していた同田貫も面倒くさそうに後ろ頭を掻いた。全くもって同意しかない。
 せめて小鳥遊さんの本丸IDでも分かればいいんだけどな。そうしたら彼女の刀たちに彼女のことが聞けるのに。それさえ出来ない。
 それに彼女の名前が審神者名じゃなかった場合調べるのは困難だ。政府にも守秘義務という奴があるし、武田さんと柊さんには今回の件を連絡していない。だから彼らの手を借りることは出来なかった。

 果たして自分たちの手でどこまで出来るのか。

 顎に手を当て考えていると、陸奥守が「皆、えいか?」と幾分硬い声を発する。

「確かに黒幕は行方知れずになってしもうた。けんど、もう一つ。掴んだ情報があるがよ」
「え? そうなの?」

 初めて聞く話に思わず顔を上げれば、陸奥守は珍しく『めっちゃ不愉快』と顔に書いてあるような気難しい表情で頷いた。
 え? なに? どしたん? そんな顔見たの初めてなんだけど。

「ただ……主の耳に入れるがはどうかと思うてな。昨日は黙っちょったがよ」
「だが、ここで発言したと言うことは主のお耳に入れておく必要があると判断した。そういうわけだな?」
「…………正直、今でも迷いゆう」

 一体何を気にしているのだろう? 今回の事件は本当に質の悪いものだから知らせた方がいいとは分かっているだろうに、それを渋る程の情報って相当酷いのか? っていうかその情報、一体どこで掴んできたんだ。
 首を傾けつつもじっと見つめていると、陸奥守もこちらを見た後、それはそれは長い溜息を吐き出した。

「話しちょかんと手遅れになってからじゃ遅いきにゃあ……」
「そんなにやべー内容なの?」
「やべえ言うより、えらい不愉快じゃ」

 吐き捨てるような声音と、心底嫌悪感が滲み出ている表情にちょっと後退りそうになる。
 だってここまで怒っている姿を見るのは初めてだからだ。いつもおおらかに笑っているか、こちらを甘やかす顔ばかり見ているから、どうしていいか分からない。
 だけど驚いているのは私だけで、皆は真剣な眼差しで陸奥守を見ていた。

「陸奥守。貴様、何を掴んだ」

 長谷部が静かに、だけど硬い声音で問いかける。それに陸奥守は暫し黙った後、ガシガシと後頭部を乱暴に掻いた。

「――主を、数人の男に襲わせる気やったと」


 ………………は?


 思わぬ内容に固まったのは私だけではないようだった。だけどすぐには憤りを見せず、鶴丸が「どういうことだ?」と先を促す。ただその声音は『疑問』を抱いているというよりも詳しい情報を求めるためのものように感じた。
 現に陸奥守は『黒幕』と電話をしていた人物を取っ捕まえた後、情報を吐き出させたらしい。
 一体いつの間にそんなことをしていたのか。
 知らない間に知らないことをしていた陸奥守を驚いたままの表情で見上げ続けるが、いつもはすぐに気付いてくれる琥珀色の瞳がこちらを向くことはなかった。
 目を合わせたくないのか、それとも怖がらせないように、という配慮なのか。分からないけど、少しだけ寂しいな。と思ってしまった。そして、そんなことをさせなければいけなかったことが、悔しい。
 御簾の奥で奥歯を食いしばるが、今は自己嫌悪に陥っている場合ではない。すぐに意識を切り替え、陸奥守の話に耳を傾ける。

「黒幕の女と電話しちょった相手がおっての。そいたぁを捕まえて聞いた話じゃ。やき、信憑性は高いやろう」

 陸奥守がそんな相手を捕まえていたこと自体初耳だったが、よくよく思い出してみれば確かに昨夜『手がかりを見つけた』と言っていた。てっきり黒幕のことかと思っていたんだけど、それとは別だったんだろう。本当、一石で二鳥を得るとはこういうことかと納得する。

 で、その男性は小鳥遊さんと色々とやり取りをしていたらしく、どうやら両親を襲わせた後私にハニートラップを仕掛けるつもりだったらしい。だけどその内容は男たちに任せるつもりだったようで、最悪数人で襲われる可能性まであったという。

 それを聞いた瞬間ゾクリ、と悪寒が這いあがり、全身に鳥肌が立つ。咄嗟に自身の体を両腕で抱きしめそうになったが、今は“審神者の水野”として皆の前に立っているのだ。弱々しい姿を見せたくない。
 だからヒシヒシと怒りを募らせている皆の空気が霧散するよう笑い飛ばそうとした――のだが。

「主」
「ッ、」
「また自分を貶めるような言葉を使おうち思うちょったら、今度こそ本気で怒るきな」

 先に釘を刺されてしまった。
 しかもガチの声で。

 思わず黙り込み俯けば、隣に立っていた陸奥守の体が動く。そうして後ろに立てていたホワイトボードと挟むようにして前に立つと、もう一度「主」と呼んできた。

「顔上げえ」
「………………」

 顔は御簾をつけて見えないはずなのに、それでも「顔を見せろ」と言わんばかりの声音で強要してくる。だけどいつもならすぐにその目を見返すことが出来るのに、今は――出来ない。
 声も出せずに俯いていると、そっと陸奥守の両手が頬を挟んできた。だけど無理に顔を上げさせることはなく、ただ熱を与えるように添えるだけ。
 ……本当に、この神様は優しすぎる。

「わしが言うたこと、忘れたわけやないろう?」
「……うん」
「ほいたら、強がりに見せかけた“呪い”の言葉は使うたらいかん。えいな?」
「……はい」

 以前の私なら何も考えずに笑い飛ばしただろう。勿論、多少の恐怖は感じたに違いない。だけどそれすら隠して――“道化”のように笑ったに違いない。

『あははー! 私を狙えだなんて、小鳥遊さんも無茶言うよねー!』とか『私相手に“恋愛ゲーム”しなきゃいけない男性の方が却って可哀想っていうか、もはやただの罰ゲームだよね! ま、運が悪かったとしか言いようがないか』とか。その類の言葉を口走ったに違いない。
 でも、今は。そんな言葉を一つでも口にしたら陸奥守が本気で怒るということを理解している。というより、先程言わせてしまった。だから、もう二度と、口にしちゃいけない。

「……怖がらせてすまん」
「……むっちゃんは、何も悪くないでしょ」

 怖くない。と言ったら嘘になる。だけどせめて“強くあらねば”と腹を決めて顔を上げれば――何故か陸奥守の方が傷ついた顔をしてこちらを見下ろしていたから、続ける言葉を失ってしまった。

「…………なんで、むっちゃんがそんな顔するの……?」

 自分でも笑ってしまうほどに“呆然”とした声が喉から零れ落ちる。だけど陸奥守は笑うでも怒るでもなく、静かな声で「すまん」と謝罪してきた。

「おまさんには、こがな話聞かせとうなかった。けんど、大事な話じゃ。何も知らんまま一人で出かけて、そこで何かが起きたら堪らんき、こうして話したんじゃ」
「……うん」
「――怖かったやろう」

 先日、うっかり陸奥守と一線を超えそうになった。だけどあの時は『恐怖』よりも『困惑』とか『驚愕』の方が勝っていて、特別“怖い”とは思わなかった。むしろ自分でもどうかと思うぐらいドキドキしていたし、何ならその先をちょっと想像しては興奮してしまい、布団の上を転げ回って挙句の果てには眠れなかったぐらいだ。
 だけどもし、見知らぬ男性に同じように欲望を向けられたら――。

 その瞬間、以前宗三に『男女の力の差』と言うものを教えて貰った時のことを思い出す。あの時はまだ宗三も大して強くなかったのに、捕らえられた腕から逃れることが出来なかった。
 でもそれは宗三が『付喪神』だから出来たことじゃない。私が非力な女であり、世の男性は皆ああいう風に私を押さえつけることが出来るということを身をもって教えてくれたのだ。
 だからもし何も知らないまま一人で出かけて、見知らぬ男性に有無を言わさず連れ去られたのだとしたら――。

 想像しただけでも気持ち悪くて恐ろしくて、今度こそ自分を守るように両腕を交差させて背を丸めれば、陸奥守が優しく抱き留めてくれた。

「すまん。すまんかった」
「はっ、大、丈夫。平気、だから」
「ここでそがな嘘ついてどうするが。それに、おまさんに嘘は似合わんき、やめとうせ」

 強がりも嘘も簡単に見抜かれて本当に情けない主だな。と思う。だけど同時に、即座に見抜いて叱ってくれる陸奥守に「大事にされてるんだなぁ」なんて思ってしまう。
 だからおずおずと顔を上げれば、陸奥守の手が背中から頭に回り、優しく撫でてきた。

「ちゃんと聞かせとうせ。おまさんのまことの言葉が聞きたいんじゃ」
「……ちょっと怖かった」
「主」

 ぴしゃり。とはねのけるような声音に苦笑いを浮かべてしまいたくなる。……でも、そうだね。確かに『嘘』はダメだ。鳳凰様にも教えられたのに。嘘や欲は言葉と魂、両方を穢す行いだって。だから、情けなくても言うしかないんだろうなぁ……。

「ごめん。嘘ついた。本当は…………めっちゃ怖い。むっちゃん以外の、私の神様たち以外に触られるのは、すごく……イヤ」

 陸奥守の腕の中で呟くように答えたけど、これも厳密に言えば少し違う。『イヤ』なんて軽いものじゃない。もしも本当に襲われてしまったら。もしも本当に、陸奥守以外の男性にこの体を好きにされてしまったら。
 想像しただけでも恐怖と嫌悪で自分の首を絞めて死んでしまいたくなる。『穢された』と思って、今度こそ自分の意思で“死”を選んでしまうだろう。
 だって、そんな“穢い”体で、皆の前には立てないから。

「……ごめん。今のも嘘。本当は――絶対に、イヤ」

 声が震えてしまったのは、本当に情けなくて仕方ない。だけど、嘘は、つけないから。
 自分の体を抱きしめたまま陸奥守の胸板に顔を押し付ければ、軽い衣擦れの後、陸奥守以外の手が頭に触れてきた。

「主。大丈夫だ。そなたのことは我らが身命を賭して守ってみせる。これは“約束”であり、“誓い”でもある。だから、そなたも自らを大事にしてくれ」
「三日月さん……」

 怖がる私を安心させるためだろう。いつも以上に優しく微笑んでくれる三日月を見上げていると、今度は鶴丸と鶯丸も近付き、視線を合わせるように腰を曲げて笑みを浮かべた。

「そうだぞ、主。俺たちが何のために戻って来たか、今一度思い出してくれ」
「二人の言う通りだ。我々は今度こそ君のために力を奮う。だから無理に強がることはしないでくれ」
「鶴丸……。鶯丸さん……」

 二人からもよしよしと頭を撫でられ、陸奥守からは浮かんだ涙をあっさりと拭われる。いや、だから何で涙が滲んでることバレてんだ。この御簾本当に意味あるのか。
 ちょっと恥ずかしいと思っている間にも、次々と刀たちが口を開いて擁護してくれる。

「そうですよ、主。あなたは女性なんですから、見知らぬ男に襲われるなどと言われたら恐ろしく思って当然です」
「宗三の言う通りですよ、主。御身をお守りするのが俺たちの務め。気にせず頼ってください」
「そうだぜ、大将。まあ、あの本丸に大将を置いて逃げ帰った俺が言うことじゃねえがな」
「そんなことない! 薬研にはいつも感謝してる!」

 自らを『不甲斐ない』と思っているのだろう。苦い表情を浮かべた薬研にすかさず声をかければ、薬研はゆるゆると首を横に振った。だけど、私と違って彼は強い。すぐさま硬い意思が込められた瞳で見つめてくる。

「だが、だからこそ、だ。俺は、今度こそ大将を守り切る。指一本触れさせないと、ここにいる全員に誓おう」
「薬研……」

 日頃から私だけでなく皆の体調を気にしては診てくれる。場合によっては治療もしてくれるし、時には政府の仕事に付き合って他所の本丸の傷ついた刀剣男士を介抱してくれる。
 多岐に渡って支えてくれる薬研の功績は誰よりも知っているのに、彼は『それでは足りない』と言わんばかりに宣言する。……本当、みんな優しすぎて困ってしまうぐらいだ。

 でも、ここでまた自分を下げるような発言をすれば薬研の覚悟もむっちゃんの心配も、全部『通じなかった』ことになってしまうから――。
 正直私には「勿体ない」素敵な神様たちだ。だけど、そんな彼らの気持ちを蔑ろにしていないと伝えるために、覚悟を持ってそれを“受け入れよう”。
 本当、審神者って大変な職業だ。こんなにもすごい神様たちから“主”って呼ばれる立場にいなきゃいけないんだから。覚悟がないと務まらないよ。
 だけど、だからこそ、ちゃんと気持ちは伝えないといけない。それだけは、絶対に譲っちゃいけない部分だから。

「――ありがとう。薬研」
「なに、当たり前のことを言っただけさ。だから大将は大船に乗った気でいてくれ」

 どこか悪戯っ子のような顔で笑うのは、私を安心させるためなんだろうな。見た目は子供でも薬研は私よりもずっと長生きで、沢山の人たちの生涯を見て来た刀だから。
 だから、今は子供になったつもりで守られておこう。

「……皆も、私のこと、守ってくれる?」

 こんな情けないことを聞くのは、正直言ってかなり怖い。審神者なのに、主なのに。皆に守られてばかりなのが悔しくて恥ずかしいと思っているのに。結局、頼ることしか出来ない。守られることしか出来ない。
 それがイヤだと思う自分もいるけど――。私の体を未だに支えてくれる陸奥守の腕があんまりにも優しいから。ほんっと、甘やかすのが上手で、イヤになっちゃうぐらい優しいから。今だけは、ほんの少しだけでもいいから、甘えさせて欲しい。
 そう思っての発言だったのに、私の不安を吹き飛ばすほどの力強い返答が各刀から寄こされた。

「ん。任せちょけ」
「うむ。存分に頼るが良い。天下五剣の名に相応しい働きを、そなたに見せよう」
「任せてくれ。相手が誰であろうと負けないさ」
「茶が冷めぬうちに片付けてくるからな。君は安心して待っていてくれ」
「御身をお守りするのは我らの本分ですよ、主。この長谷部にお任せください。すべてへし切って参ります」
「むしろあなたが単騎突入しないか、僕はそっちの方が心配ですよ。あなたはすぐに変なことに巻き込まれるんですから」
「そうだぜ、主。戦はオレたちに任せな!」
「兼さんの言う通りですよ、主さん。僕たちが決して、髪の毛一本たりとも触れさせませんから!」
「むしろあんたが戦えるようになったら俺らの出番がなくなるだろうが」
「同田貫の言うことも最もだ。力技は僕たちの領分だ。君は素直に守られることを覚えた方がいい」
「歌仙くんが言うと説得力が違うなぁ。でも、僕たちも負けてられないよね。ね。伽羅ちゃん」
「敵は切る。あんたは守る。それだけだ」
「珍しく素直だな、伽羅坊」
「うるさい」

 いつものように騒がしくなった広間に自然を笑みが浮かんでくる。そして短刀たちも、打刀や太刀に負けじと声を上げる。

「そうだよ、主さん! 近接戦はボクたちに任せて! ぜーんぶ切っちゃうから!」
「乱の言う通りです、主君。必ず御身をお守りいたします」
「はい。我々は主さまの刀。どのような敵が接敵してきても、全て切り伏せてみせましょう」
「ぼ、僕も! 負けません!」「ガウッ!」

 修行に出た後だからか、増々頼もしさを増した粟田口に続き、私の懐刀である小夜が立ち上がり、こちらに近付いてくる。そうして陸奥守の腕から解放された私の手を両手で握って来た。

「僕は、復讐に捕われた刀だ。だけど、主。あなたが僕に願ってくれた。“あなたを守る刀”だと……。だから、あなたのことは、何があっても守るよ。――今度こそ、絶対に」
「小夜くん……」

 鬼崎に襲われた時。小夜は『私を守り切ることが出来なかった』と後悔していた。それから修行に出て戻って来たけど、水無さんの起こした事件に巻き込まれ、連れ去られた私を“また守ることが出来なかった”と悔いていた。
 だからこそ余計に強くそう思うのだろう。彼は責任感の強い刀だから。そして、私が“願った”から。懐刀としてそれを忠実に守ろうとしてくれている。
 そんな、騎士のように真っすぐでひたむきな小夜のためにも、私は自分を大切にしなくちゃいけないな。と改めて思った。

「――うん。頼りにしてます」

 握られていない方の手で、傷だらけの硬い手を包むように握り返す。そうして両膝を地面につけると、その手を額に押し当てた。

 小夜くんの“誓い”を、私自身に刻むためにも。

「よろしくね、小夜くん」
「――はい」

 先程感じた恐怖は、皆に励まされたことで消え失せた。まあ、また想像したらゾクっとはするだろうけどさ。でも、今はもう平気だから。だから笑ってみせれば、小夜も頷いてくれた。

「あ。そういえばさ」
「ん? どういた?」

 小夜の手を離し、傍に立っていた陸奥守を見上げる。
 正直これは聞かなくてもいいことなのかもしれないんだけど、一応“主”として“当事者”として知っておかないといけないかな。と思い、聞くことにした。

「さっき言ってた小鳥遊さんと関係のある男性のことだけどさ、一体いつそんな情報を聞き出したの?」

 そんなこと知る由もなかったから純粋に疑問に思って尋ねれば、陸奥守は『ニコリ』と絵に描いたような笑みを浮かべる。

 ……え? 何その笑顔。初めて見たんだけど。なんか、あの、ちょっと怖いです……。

 不安に思いつつも昨夜一緒にいた秋田へと視線を走らせれば、秋田も同じように『ニコリ』と笑うだけだった。

 何なんだよぉ! その笑顔! 揃いも揃って不安になるんだが?!

「まあ、おまさんが寝ちゅう間にちっくとばかし、な?」
「はい。僕が主君をお守りしている間に、陸奥守さんが上手くやってくださいました」

 私が寝ている間にそんなことしてたんかよ……。半ば呆れたものの、すぐさま「あれ?」と思考を巡らせる。
 だって今朝目が覚めた時には傍にいた。だから朝の時点で情報は手に入れていた、ということだろう。じゃあその男性、今はどこにいるんだ? 陸奥守のことだから手荒な真似はしていないと思うけど……。
 不安に思ってじっと見つめれば、どこか諦めたように息を吐きだす。

「そがぁに聞きたいがか?」
「一応ね。主としても当事者としても、ちゃんと知っておくべきかな、と思って」

 頷きながら立ち上がれば、陸奥守は「どこまで話すべきか」と言わんばかりに顎に手を当て思案し――ずらしていた視線をこちらに戻した。

「言うちょくが、命はとっちょらん。やき、そこは安心せえ」
「うん。流石にそれはね」

 陸奥守は優しいというか、その辺は弁えている刀だ。そう思って頷いたんだけど、実際にはちょっと違った。

「使えるモンは残しちょかんと勿体ないろう?」
「――え?」
「いつまた黒幕から連絡が来るか分からんきの。連絡があったらこっちに情報を流すよう言い聞かせちゅうき、おまさんがあいたぁを心配する必要はないぜよ」

 いや。あの、ちょっと、すみません。あなたそんな刀でしたっけ? あれ? もうちょっと優しいというか、思いやりがあったような気が……。
 だけど青くなる私とは別に、他の刀たちは口をそろえて「よくやった」だの「その相手のことを教えろ」だのとやいのやいのと声が上がる。
 いや、うっそ。お前らマジか。皆思った以上にそういうの平気というか、当然のような顔して受け入れちゃうのね? これが戦刀と一般人の違いかな?!

「んだよ。その手のことならオレらを呼べっつーの。一人だけで楽しみやがって」
「がはは! おんしらが来たらうっかり殺しそうやったきにゃあ。それにあがな臆病者、わしだけで十分ぜよ」

 不満を垂れる和泉守をカラリと笑い飛ばす。が、え? ってことはなんだけど、もしかしてなんだけど、むっちゃん、一般人相手に拷も――う゛うん。いや、違う。尋問だ尋問。尋問をしたってことにしよう。うん。そんな、ねえ? こんなにも審神者思いな優しい、戦嫌いの男が相手を追い詰めるような真似するわけないじゃない。あははは。
 と心の中で心の安寧を図っていたというのに。今度は長谷部がとんでもない言葉を投げかけて来る。

「ではその役目、俺が代わりに引き受けよう。二度と主に近付くことがないよう、徹底的に“教育”してやる」

 いや、怖いんだが?! 長谷部の言う“教育”って何?! それ『せ』から始まり『う』で終わる四文字の言葉じゃないよね?! 相手の脳みそというか思考を誘導して思想やら何やらを根本から作り替えたりしないよね?!
 だけど恐れ戦く私とは違い、陸奥守は朗らかな声で「大丈夫じゃ」と返す。
 あ。よかった。やっぱりむっちゃんは優しか――

「“男”としてはもう二度と使い物にならん体になっちゅうき、長谷部がする必要はないぜよ」

 いやいやいやいや?!?!?! ちょっと待って?! まさかむっちゃん、相手のアレを切り落として――
 同じ男として本当にそんなこと出来たのかという疑問を抱きつつも見上げれば、陸奥守が私の視線に気づいたらしい。顔を向けてくる。そしてこちらの困惑や驚愕を読み取ったらしく、「ああ」と声をあげながら手を叩いた。

「言うてなかったな。実はの、捕まえた男も『魔のモノ』の契約者やったがよ」
「は?!」
「何?! それを早く言え!!」

 驚く私と一緒に喰いついたのは長谷部だったが、すぐに陸奥守は「今から話すき、聞きとうせ」と長谷部とざわつく周囲を宥める。
 そして改めて私に視線を向けると、安心させるような笑みを向けてきた。

「大丈夫じゃ。おまさんには近寄らせんき」
「あ、はい」
「ほいたら説明するけんど、わしが捕まえた男も『魔のモノ』の契約者やった。やき何と契約しちゅうか、聞いたがよ」

 一体何を司る『魔のモノ』と契約していたのか。それを知りたくて説明を待てば、陸奥守は一度私を見た後、皆に視線を戻した。


「そいたぁが契約しちょったがは『色魔』やった」


 色魔? あ。(察し)

 察した私を陸奥守も察したらしい。だからすぐに安心するような笑みと声音を向けてきた。

「大丈夫じゃ。わしが燃やして来たき」
「え? 燃やしてきた?」

 だから安心せえと?

 いやいやいやいや! ちょっと待ってくれ!! 燃やした?! 燃やしたって何?!
 あんまりにもあんまりな発言に思わず「ちょおい?!」と声を上げるも、陸奥守はここで滅茶苦茶大事な情報を投下してきた。

「あと“契約者”には体のどこぞに必ず“契約の証”として『魔のモノ』がつけた“印”が入るんやと」
「印?」
「おん。けんど、どこに印を入れるかは自分では決められんち言うちょった。あとは普通の人には見えんとも言うちょったき、周囲は気付かんのやろう」
「陸奥守、貴様何故そんな大事な情報を今頃になって言うんだ」
「がはは! すまん!」

 いつもの調子で笑い飛ばしつつ謝罪する陸奥守だけど、そうか。契約者には何かしらの“印”が刻まれるのか。だったらそーくんの体のどこかにも印が刻まれているか確認出来れば白か黒かハッキリする。
 だけどそれはそれとして、さっきの「燃やして来た」発言が気になる。だから印の件は一旦置き、そこに話を戻すことにした。

「あのさ、むっちゃん」
「おん? どういた?」
「その……さっき言ってた“燃やして来た”って発言なんだけどさ。まさか物理で燃やしたわけじゃないよね?」

 そんなどこかの長谷部じゃあるまいし。焼き討ちしたわけじゃないとは思うんだけど、じゃあ何でわざわざ「燃やした」なんて言ったのか。そんな恐ろしいこと簡単に口にする刀じゃないと分かっているだけに疑問を伝えれば、陸奥守は軽く頷いた後あっさりと、端的に説明してきた。

「そらわしが上様――火神の眷属になったき、前におまさんにしたのと同じように呪術を使うて相手に憑いちょった『魔のモノ』を焼き殺したがよ」
「え。あ。そういうこと?!」

 多分だけど、陸奥守は鳳凰様の眷属になったことで『政府の小間使い』だった頃には出来なかった“呪詛返し”(コマンド:燃やす)が出来るようになったのだろう。それか鳳凰様にやり方を教わったか。どちらにせよそれで私に憑いていた『魔のモノ』――“浸食”を焼き殺し、術者に“呪い返し”をした。
 でも今回は直接的な被害が起きたわけではない。それでも出来たのかと問えば、陸奥守は頷く。

「おまさんに施した術とは違うきの。厳密に言えば“呪詛返し”じゃのーて、“退魔の術”になるき」
「退魔の術」
「おん。上様は悪しき者を焼き殺す力も持っちゅうき、眷属にもその権能がちっくとばかし与えられるがよ」
「あ。だから『燃やして来た』になるんだ?」
「ほにほに。そういうことじゃ」

 鳳凰様は火の神様だ。そして私にも施してくださったけど、退魔や破魔といった『魔のモノ』を退ける力をお持ちでもある。だからそれを使って陸奥守は男に憑りついていた『魔のモノ』を燃やしたらしい。
 いやー、ビックリした。殺してはいないと言っていたけど全身大火傷とか負ってたらどうしようかと思った。
 だけど安心したのも束の間、陸奥守はケロリとした顔でとんでもない事実を教えてくれた。

「けんど、アレが燃えたのにはわしもびっくりしたちゃ。まさか印が男のアレについちゅうとは思わんかったきのぉ」
「ぶはっ!」
「ちょっと陸奥守! 主の前で何てこと言うんですか!」
「貴様! 少しは自重しろ! 主は女性だぞ!」
「おーのぉ。すまん。うっかりじゃ」

 思わず吹き出しちゃったけど、そ、そうか……。大事なアレについてたのか……。ああ……なるほど。だから「“男”として二度と使い物にならなくなった」という発言に繋がるのか。そうかぁ……。なるほどなぁ……。

 って、感心してる場合じゃねえんだわ!!

「それ、もういっそ死んでしまった方が男として楽になれるのでは……?」

 色魔と契約していたということは、だ。おそらく大層な女性好き、あるいは同性愛者、いやどっちでもいいか。とにかく性欲旺盛な人だったのだろう。それが、下品な言い方ではあるけど『ご立派なモノ』を燃やされたとあっては人生の楽しみを奪われたも同然だ。逆恨みされる可能性もあるんじゃないのかと不安に思ったけど、そこは刀の付喪神。人間に負けることはなかった。

「がはは! わしらの主に手ェ出そうとしちょって、楽に死なせるわけないろう!」

 んえー……。むっちゃん笑ってるけど、ここまで言うってことはマジでめっちゃ、ガチで切れてるってことだよね? うわあ……。むっちゃんをここまで怒らせるとか……。もうご愁傷様としか言いようがない。
 敵だと分かってはいても胸中で手を合わせていると、憐れむ私と違い戦刀たちは「そりゃそうだ」と納得していた。
 お前らには血も涙もないのか。同じ男だぞ。いや、私にはついてないから実際のとこどれだけショック受けるかは分かんないんだけどさ。でも皆にとっては敵だから、別にいいか。って感じなんだろうなぁ。うん。深く考えるのは止そう。

「そういうわけやき、おまさんは心配せんでえい。もしあのべこが何かしようち近付いて来ても、わしが守っちゃるき」
「はい」

 自分を尋問――いや。もうハッキリ言おう。アレを燃やしたなら完全に『拷問』だ。そんな恐怖対象が守る相手に手を出すバカはいないだろう。
 だからもう全てを諦め、受け入れる気持ちで頷けば、傍にいた小夜が軽く袖を引いてきた。

「主。この件が片付くまでの間、僕と陸奥守さんが傍にいるから。出陣と遠征、演練には組み込まないようにして」
「そうやのぉ。主、現世に行く時は必ずわしともう一振り付けて行きとうせ」
「分かった」

 元々戦に関しては陸奥守はそこまで前向きじゃないし、小夜も同田貫と違い積極的なタイプではない。近侍は基本的に、長期遠征に組み込んでいる時以外は一週間ごとに二人で交代して務めて貰っている。
 現世には鳳凰様から与えられた肉体を持っている陸奥守がいれば私の霊力に支障が出たとしても問題ないし、もし陸奥守一人じゃ難しくても日頃一緒に出陣している短刀か脇差がいればうまく連携をとってくれるだろう。私自身も百花さんから貰った結界札とかあるしな。ただ拳銃とかの現代兵器にどこまで効果があるか分からない以上、過信は出来ない。
 それでも頷いて答えれば、この話はこれで終息した。

「それじゃあ、現世で起きたことについての話し合いは以上で。ここからは今後どう生活したらいいか皆で考えて行こうか」
「ほにほに。最優先は主の安全やきな。皆で意見を出して固めていくかの」
「はーい! それじゃあボクから提案があります!」
「はい。じゃあ乱から」

 そうして次々と出て来る『私を守るための案』に驚いたり引いたり苦笑いを繰り返しながら、いつも通りの“日常”を過ごした。





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