小説
- ナノ -






「あれだけ動けばやはり腹がすくものだな」
「我愛羅くんって意外と食べるわよね」

あの後サクラは湯船から消えた我愛羅に心底ビビったが、ぷは、と出てきた我愛羅に呆れ、笑った。
そうして今は二人向い合せて夕餉を取っている。

「…ていうか何で私の夕餉がここに運ばれているのかしら」

我愛羅の目の前に広がるグレードの高い料理とは違う、それでも見目麗しい器に飾られた端麗な食事を口にしながらサクラが問えば、我愛羅はん?と視線を上げる。

「俺から女将に言っておいたからな」
「いつ?!」
「お前が浴衣を着つけている時に」
「…やられた…」

吸い物に口をつける我愛羅の目の前でサクラが項垂れれば、我愛羅は一人で食うよりマシだろう。と問う。

「そりゃそうだけど…」
「それに俺もこんな広い部屋で一人飯を食うのもな」
「いつもは誰かと一緒なの?」
「テマリかカンクロウだな。片方が残ってくれないと困るからな」
「あれ?じゃあ何で今回は一人なの?」

互いに料理を突きながら会話に乗じれば、我愛羅は今回は何となく一人で行こうと思ったらしい。

「これは天啓だな」
「まさか」
「じゃあ運命」
「ふふっ、ロマンチックね」

笑うサクラに笑みを返していれば、開け放った障子の向こうから鈴虫の美しい鳴き声が涼しげな川の音に乗って聞こえてくる。
素敵な場所だとサクラの頬が自然と緩めば、我愛羅も穏やかにその音色に耳を傾ける。
暫く互いに自然の音をBGMに食事をしていたが、ふと食事の手を止めた我愛羅がサクラに問いかける。

「サクラ、布団はどうする?」
「は?」
「一緒に寝るか?」
「なっ…!!」

我愛羅のからかうような言葉にサクラの顔が赤くなる。
あれこれしておいて今更何を照れるのかと肩を揺らして笑えば、サクラはバカ、我愛羅くんのバカ、と子供のような罵りを繰り返す。

「これじゃあ私の部屋意味ないじゃない!」
「最終日は使うからいいじゃないか」
「それまではこの部屋にずっといろってこと?!」
「不満か?」
「そ、ういうわけじゃないけど…」

何だか師匠に悪いわ。とサクラは金を払ってくれた師の顔を思い浮かべ苦い顔をするが、黙っとけばばれないかなぁとも考える。
そんなサクラに我愛羅は嫌なら別に構わんが。と助け船を出してやるが、サクラはふう、と吐息をつくと別にいいわよ。と答える。

「だって我愛羅くん一人だと寂しくて寝れないんでしょ?」
「…ほう」

からかうサクラに我愛羅は目線をあげ、サクラの翡翠の瞳を捉える。

「ぬいぐるみ抱いて寝る?」

サクラが我愛羅から貰った熊のぬいぐるみを掲げれば、我愛羅はバカかと呆れる。

「抱くならお前を抱く」
「ちょっとそれはどういう意味よ」
「聞きたいのか?」
「…結構です」
「それは残念だ」

くつくつと笑う我愛羅にサクラはむうと唇を尖らせると、我愛羅の皿に残っていたから揚げにぶすりと箸をさし奪い取る。

「あ」

ぱかりと間抜けに口を開いた我愛羅の目の前でサクラはそれを頬張るとふんと顔を反らす。
我愛羅は好きなものは後に食べる派だとサクラは知っていたのだ。

「…性悪女め…」
「ふーんだ」

楽しみにしてたのに。と机に額をつけしょぼくれる我愛羅にサクラはざまあみろ。と声高に笑った。

その後夕餉を平らげた二人は仲居にもうすぐ花火が上がりますよ。と教えられほう、と感嘆する。

「随分季節外れだな。今まではなかっただろう」
「ええ。ですが今年は祭自体が遅れてしまっていたので…」
「なるほどな」

仲居の話によると、今年は今日のような通り雨や天候の崩れが多く、なかなか花火を上げられなかったらしい。
それが今夜は大丈夫そうだということで、もうすぐ花火大会があるらしい。

「我愛羅様のお庭からちょうど見えますよ」
「へー。本当にいい部屋ね、ここ」
「はい。当宿で一番のお部屋ですから」

にこにこと笑う仲居に、サクラがえ、と我愛羅を見やれば、先代のご厚意だ。と答える。
それではごゆっくり。と仲居は二人の膳を持ち退室する。
サクラは我愛羅と並んで広縁に腰を下ろし、先代の女将さんってどんな人だったの?と問いかける。

「ん…まぁ普通に綺麗な御仁だったな」
「我愛羅くんは美女に縁があるみたいね」
「ふっ…どうだかな」
「笑ったくせに何誤魔化してるのよ」

サクラがむに、と我愛羅の頬を抓めば、我愛羅はいひゃい、と呟きサクラはったく。と手を離す。

「それで?他には?」
「しとやかで、強かな人だったな。基本的に俺と一緒にいたから怪我はなかったが、忍に睨まれても毅然としていた」
「でもどうして旅館の女将さんが?」
「…あまり詳しく言えないが、抜け忍の情報を持っていたからな」
「…そういうことね」

我愛羅たちは狙ってきた忍を全て倒し、ものはついでに、と我愛羅が女将を狙う大元を吊し上げ任務は完了したらしい。
勿論代金は上乗せしてもらったらしいが、それでもよくやったわね。と苦笑いする。

「アイツなら同じことをするだろう?」
「そうね。きっと、そうね…」

我愛羅の言うアイツとはナルト以外いない。
サクラも想像に難しくないナルトの性格を思いだし笑みを浮かべる。

「花火、まだかなー」
「花火を見ながら、というのも一興だな」
「ぶっ飛ばすわよ」

ばしん、と今度は少々力を込めて我愛羅の背を叩けば、我愛羅は流石に今のは痛かった。と前のめりになった。



「あ!始まった!」

暫く夕涼みをしながら戯れのような会話をしていると、途端に夜空に大輪の花が咲く。
我愛羅の上に圧し掛かるように寝転がっていたサクラが上体を起こせば、下敷きになっていた我愛羅も綺麗だな。と呟く。

「ここ最近忙しくて花火なんて見る暇なかったしなぁ」
「砂隠じゃそもそもあまり上がらないな」
「どうして?」
「敵襲の合図かと間違う」
「…大変ね」

苦笑いするサクラに我愛羅もまったくだ、と肩を竦めるが、いつかは砂隠でも上げさせてやりたいな。と呟く。

「我愛羅くんならできるんじゃない?まだまだ若いんだし」
「頭の固い上役がいなければな」
「案外毒舌ね」
「昔からだ」

夜空に咲く色とりどりの花火は、どんどん、と腹の底を揺らすかのような音と共に花開き、そして散る。
二人は暫くの間無言でそれを眺めていたが我愛羅の手がサクラの肩に回り、ぐっと引きせればサクラはその力に逆らうことなく我愛羅の肩に頭を乗せる。

「…ここは不思議な場所だわ」
「ああ…」

誰が見ても二人だと気づかれない。
砂隠の風影と、木の葉の一くノ一が逢引のような逢瀬をしていると誰も思わない。
二人を知るのは互いだけで、我愛羅の立場を知っているのは旅館の女将ぐらいだ。
けれどサクラのことは我愛羅以外誰も知らない。居心地がいいような、少し寂しいような。
ぱらぱらと音を立てて消えゆく花火の残骸を目で追いながら、サクラは目を閉じ我愛羅の呼吸を感じ入る。

(私は…どうすればいいのかな…)

我愛羅に対して芽生え始めた感情を、サクラは持て余していた。



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