小説
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 本丸の皆に陸奥守とこ、恋人(小声)同士になったことが早々にバレたものの、私が恋愛初心者ということもあってか特にグイグイ迫られるようなことはなかった。
 それでも鳳凰様から言われた『触って気を鎮めてやれ』という言葉に従い、毎日少しでも触れ合う時間を設けるよう決めてはいたのだが――。


『触らぬ神に』


「うぅ……」

 執務の合間に挟んでいる休憩時間。本日の近侍である小夜と近侍補佐である江雪を下がらせた後、入れ替わるようにして部屋に来たのが陸奥守だった。
 だけど別に『突然』だったわけではない。鳳凰様に呼び出された日に陸奥守の布団に潜り込んでくっついていたら「これは流石にダメ」と叱られてしまった。だから休憩時間に触れ合う時間を設けよう。という話になり、陸奥守が出陣や遠征、演練に組み込まれていない日は私のところに来るようになっている。
 だから来てくれたことに問題はない。過剰なスキンシップでなければ私だって女だ。その……好きな人と触れ合うことがイヤなわけではない。ないのだけれども、

「流石にこの体勢はおかしいと思うのですが!」
「おん? そうかえ?」

 何故か胡坐を掻いた陸奥守の膝の上に横抱きの状態で座らされていた。

 いや、テディベアか何かかよ!!!

 正直脳内で突っ込んでいないと心臓が持たないレベルでこの体勢は元喪女にはきつい。

 だって考えて欲しい。というか想像して欲しい。刀剣男士は皆美男子だ。(神様だからな)
 そのうえ日頃体を動かしまくっているから逞しい。腕も胸板も太もももガッシリとしている。安定感というか安心感も凄いけど、力を入れられたら簡単に骨を折られる自信がある。勿論陸奥守がそんなことするとは思えないけど、それぐらい引き締まった筋肉が全身を覆っているのだ。
 そんな、そんなすごい人、刀、神様、うん。付喪神がだよ? ものっそい優しい顔して至近距離からこっち眺めてたら目のやり場に困るでしょうが!!!
 日頃は別に、目を合わせることに恥ずかしさなんて覚えないけど、これは違う。なんか違う。だってこう……あ、愛情、が、さ。見て取れるんだもんよ。こう、もう、なんか、すごい、あの、トロトロとした目で見られているから。
 こんなの心臓持つかい!!!

「う、うぅぅ〜〜〜……」

 あまりの恥ずかしさと陸奥守の美男子ぶりに我慢が出来ず両手で顔を覆えば、こちらをじっと見つめていた陸奥守が声を上げて笑いだす。

「んははは! おまさん、まっこと照れ屋じゃのぉ〜」
「しょうがないじゃん! むっちゃんは自分の顔の良さをもっと自覚して!」
「おん? 顔がえい男はイヤなが?」
「ミ゛ッ!」

 ズイッ、と寄せられた顔にビックリして呼吸が止まる。
 因みに現在御簾はしていない。何故かと言うと、陸奥守から「二人の時は顔を見て話したい」と言われたからだ。そう言われたらこちらも頷くしかない。だって幾ら私の表情が読み取れるとはいえ、やっぱり実際に見えるのと想像で話すのとでは気の持ちようが違うと思うのだ。
 そりゃあ周りの人みたいに美人じゃないからこの「造形美極まりすぎだろ」とツッコミを入れたくなるほどの美男子に顔を晒すには大変な勇気と覚悟がいるのだが、ぶっちゃけ何度も見られている顔だ。今更恥じたところで焼け石に水というもの。整形でもしない限り一生この顔で生きていくしかないので、もう諦めて晒すことにしている。
 とはいえ顔を晒しているのはこうして『“恋人”として過ごす二人きりの時間』限定だ。その間執務中は開け放っている襖も閉めるし、過剰な触れ合いもしないよう取り決めてもいる。
 例のお守りも、外すことなく首から下げたままだから溢れる神気が外に漏れることはない。

 だから休憩時間が終わるまで正真正銘誰にも見られることなくもなく、邪魔されることもなく逢瀬が出来る貴重な時間なのだが。



 あまりにもこちらの恋愛偏差値が低すぎて未だに進展がないのが現状だった。


「〜〜〜〜〜ッ、分かってて聞くの禁止ッ!」
「がははは! それでも聞きたいのが男心じゃ。聞かせとうせ」
「ミーーーーッ!!!」

 そのうえ陸奥守は意外と意地悪だった。
 毎度死にそうになっているのにこうして翻弄してくる。手の平の上でコロコロ転がしてきよる。そして私も無様にコロコロされている。もう嫌だ。おむすびコロリンみたいにでんぐり返ししながら逃げてやろうか。
 まあ、ガッツリ肩と腰に腕が回ってるから逃げられないんだけどね……。

「〜〜〜〜〜〜ッ……!!」

 もう恥ずかしさが天元突破してギュウッと目を瞑って背を丸めて縮こまっていると、何を思ったのか。こちらの肩を抱いていた陸奥守の手が後頭部に添えられ、そのまま唇を重ねられる。

「んッ?!」

 ちゅっ、と音を立てて吸い付かれて一気に体温が上昇するが、別にキスをされるのは今日が初めてじゃない。私を助けに来てくれた日もしたし、触れ合う時間を設けてからは毎回こうして不意打ち気味にされている。
 だからと言って慣れるものでもないんだけどさ。むしろその逆だ。陸奥守の唇があちこちに触れる度に全身がガッチガチに固まる。これでも一応努力はしているのだ。こんな毎回毎回ビビリ散らしていたら陸奥守に失礼だって。
 仮にも恋人だぞ?! 恋人にキスされる度に全身石にする彼女って失礼だろ!
 だけど悲しいかな。この眩いばかりの美男子にすっかり押し負けている恋愛初心者は、未だに硬直して動けない日々を更新していた。

「はあ……。かぁえい」
「ッ!」

 耳元で囁くように呟かれた甘ったるい一言に、もはや全身石から全身が心臓になったかのようにドコドコと高鳴る鼓動が体中を支配する。おそらくその音は触れ合っている陸奥守にも聞こえているだろうに、流石戦刀とでも言おうか。全然攻める手を止めてはくれない。

「かあえい。かあえいにゃあ」
「――――――ッ!!」

 ちゅっ、ちゅっ、と何度も音を立てながら唇以外の場所にもキスを落とされ、恥ずかしさのあまり涙まで滲んできた。
 息も止めているから胸も苦しいし、何より心臓がやばい。もはや爆音通り越して和太鼓みたいになってる。誰だ。タタコンで私の心臓連打してるやつ。お願いだからやめてくれ。死んでしまいます。

 そんな時だった。休憩時間終了を知らせる鈴が廊下の向こうから鳴り響く。

 た、助かったァ!!!!

 因みにこの鈴、最初はなかった。代わりに襖の前から小夜が「主。陸奥守さん」と名前を呼んでくれていたのだが、その度に私が「ヒギャーッ!」とか「に゛ゃーッ!」とビビリ散らかして悲鳴を上げたため、苦肉の策として廊下から鈴を鳴らすことが決まったのだ。
 本当に申し訳ない。
 だけどおかげでとんでもなく情けない悲鳴を上げる回数は減ったので、今日も全身をビクッと跳ねさせただけで終わった。

「おん? もう終わりなが?」
「こっちはもう瀕死だよッ!!!」
「まっはっはっはっ!」

 こちらの恋愛童貞ぶりに陸奥守はカラリとした笑い声を上げる。それでも机の上に置いていた御簾を片手で手繰り寄せると、動けない私の頭に回してしっかりと結んでくれた。
 うぅ……。この世話焼きやさんめ……。審神者をダメにする刀じゃ、おまさんは……。

「ほいたらわしは戻るぜよ。おまさんも無理せんように」
「うい……」

 もはや自力で立てないレベルでプルプルしていると、ダメ押しとばかりに額に唇を落とされ「ピーッ!」と叫んでしまう。
 そんな私に陸奥守は再度声を上げて笑い、襖を開けて出て行った。

「…………今日も上機嫌でしたね……」
「主、大丈夫?」
「小゛夜゛く゛ん゛ッ!!」
「はい」

 ヒラヒラと桜を散らしながら去って行く陸奥守の背を江雪が見送り、懐刀である小夜が動けない私の背を優しく擦る。その顔に呆れはなく、ひたすら労わる色だけが浮かんでいた。

「むっちゃんが手加減してくれてるのに手加減してくれない!!!」
「……それは……結局どちらなのでしょう……?」
「仕方ないよ……。陸奥守さんは主のことが大好きだから……」
「もうやめてッ!!!」

 私の羞恥心というか心が重傷ですぅ!!!

 今日も今日とて出来たばかりの恋人に翻弄され、半ば腰が抜けていた私はプルプルと震える腕で自身の体を支えるのだった。


 ――さて。そんな情けない日々を送っている私ですが。今日は珍しく――いや。さして珍しくもないな。
 後輩である夢前さんの本丸で行われる『審神者女子会』に参加すべく本丸を出ていた。

「セ・ン・パーイ! いらっしゃいませーっ!」
「あはは……。こんにちは、夢前さん。今日も元気ですねぇ」

 元気いっぱい、百点満点の笑顔と百億点満点のテンションで出迎えてくれた夢前さんに苦笑いしていると、私と一緒に『審神者女子会』に来た柊さんも軽く会釈する。

「こんにちは、夢前さん。本日はよろしくお願いします」
「柊さんもいらっしゃいませ! てか、折角のお休みなんですから堅苦しいのはやめにしましょうよ〜」

 腰に手を当てむくれたように頬を膨らませる夢前さんに柊さんも「そうですね」と返して軽く笑う。
 実はこの『審神者女子会』、今日が初めてではなかったりする。むしろ割と頻繁に開かれていると言ってもいい。現に外に用意された茶席には先に来ていた女性二人が座って手を振っていた。

「お姉さーん! 柊さーん!」
「水野ちゃーん! 柊さんもこっちよ〜」
「百花さん、日向陽さん、こんにちは」
「こんにちは」

 広げられた赤い番傘の下、今年から中学生になった百花さんと、相変わらずおっとりとした笑みを浮かべる日向陽さんが手を振って来る。今日はこの『いつメン』での女子会だった。
 時にはこの中に他の女性審神者――以前水無さんが担当していた方々、長谷部推しの天音さんや大倶利伽羅推しの碇さんが混ざる。おかげで彼女たちの様子も分かるし、情報交換も出来るし、普通におしゃべりも楽しめるという一石二鳥ならぬ一石三鳥な催し。なので何気にこの会を楽しみにしていた。

 基本的に集まる場所は私の本丸が多いんだけど、時折様子見を兼て他の本丸で開催する。柊さんが仕事で来られない日もあるが、彼女たちの様子は私が報告するので問題ない。
 逆に私が参加しない日はどうなのかと聞かれたら、正直よく分からない。だって何故か皆私の予定を優先するからね。勿論絶対ではないから私抜きで開催される日もあるみたいなんだけど、何を話しているのかは怖くて聞いたことがない。だって悪口言われてたら普通にへこむから。私この人たち大好きだからさ。

 まあそんな話は置いといて。夢前さんの刀たちが用意してくれた茶席に腰を落ち着ける。

「やあ、いらっしゃい。二人共」
「歌仙さん。こんにちは。これよかったらどうぞ」
「おや、いつもすまないね」

 うちの歌仙と違い、おかん気質ではない歌仙が文字通り「雅」な微笑を浮かべながら手土産を受け取る。
 これは『審神者女子会』を開いてから知ったんだけど、うちの水は大変質がいいんだと。何せ我が本丸の水を管理しているのはガチの水神である竜神様だからだ。別にお願いしたわけではないのだけれど、水神が暮らすにはやはり水が綺麗でなければならない。だから竜神様が自分のためにも水を綺麗にしてくださっているのではないか。ということだった。
 勿論汚さないよう皆で気を付けてはいるけどね。流しちゃいけないものは排水溝に流さないとか。そういうの。
 だからうちの水を使って淹れた飲料水や育てた野菜などは質がよく、神様的にも「美味い」らしい。なのでこうして遊びに行った際にはうちで作ったお菓子なり食べ物なりを持って来るようにしていた。

「でも大変だろう。うちも随分と刀が増えてきたからね。野菜だけでもありがたいのに、お菓子まで貰って……。負担になっていないかい?」
「いえいえ。気にしないでください。それにうちの料理番たちも『美味しい』って言われて嬉しいみたいですから。いつも張り切って作ってくれるんですよ」

 特に光忠は洋菓子を作るのにハマっているらしく、審神者女子会が開かれる際は必ず何かしらを用意してくれる。前回はマドレーヌを焼いてくれたんだよね。それも人気だったなぁ。特に夢前さんと百花さんのテンションが爆上がりしてた。それを光忠に伝えたら誇らしげに笑みを浮かべてたから私も嬉しくなっちゃったんだけど。
 さて。そんな光忠シェフは本日何を包んでくれたのか。分からないけれど困ったような笑みを浮かべる歌仙さんには「気にしないで欲しい」と伝える。彼も私が嘘や謙遜を言っているとは思わなかったのだろう。申し訳なさそうに「ありがとう」とお礼を口にし、それから「帰りにお土産を用意しているから、楽しみにしていてくれ」と告げてから席を外した。
 うーん、この迸る雅感!! うちの歌仙が見たら「誰のせいで僕がこうなったと思っているんだい?」って密かに切れられるに一票入れるね!!!
 なんて考えていたら早速夢前さんが「センパイ!」と声をかけて来る。

「いつもありがとうございます! センパイがくれるお菓子とかおかずって、美味しすぎるからいーっつも取り合いになるんですよね〜」
「あはは。それを聞いたらうちの料理番達が喜ぶだろうね」
「お茶も美味しいですよね。山姥切がいつも『水野殿の本丸で飲むお茶が一番美味い』と職場で嘆いていますから」
「ああ……。いつでも飲みに来てください。それぐらい幾らでも淹れますので」

 夢前さんに続き柊さんにも言われて苦笑いしてしまう。柊さんは本業である政府の仕事だけでなく審神者業も兼業しているから、彼女の右腕である山姥切も常に忙しいのだ。うちの本丸で一息つける時があれば是非来て欲しい。大したことは出来ないが、お茶なら私でも淹れられる。
 そんな我が本丸の話から話題は始まったが、すぐさま「皆さんの本丸はどんな様子ですか?」と尋ねれば各自自本丸の話を口にし始める。

「えーっとぉ、やっぱり刀が増えて来たので、皆の関係性を勉強するのが大変だなー。ってめーっちゃ思います」
「分かります。皆私が学生だから沢山サポートしてくれるんですけど、やっぱり自分のことを話してくれない刀もいるので……」
「そうよねぇ。私は一度自分の本丸を持ってたけど、あんまり気を付けたことがなかったから……。あ。でも水野ちゃんに教わってからはちゃんとしてるわよ?」
「成程。やはり皆さんもそこが気になっているんですね」

 頷く柊さんに、夢前さんと百花さんが困り顔で頷き、日向陽さんはおっとりとした笑みを浮かべる。
 お分かりだろうか。実はこの面子の中で最も刀の所持数が少ないのが私です。はははー! だって不思議なことに全ッ然刀増えないからね! やっぱり霊力に問題があるのだろうか?
 だって百花さんはこの一年でドンドコ新刀剣男士を呼んでいるし、夢前さんも霊力が多いらしく既に四十振り以上刀を呼んでいる。日向陽さんのところもそうだ。相性がいいのはやはり古刀のようで、うちにはいない三条をあっさりと揃えていた。
 ふっ……。泣いてなんかないさ……。ただうちにも大太刀とか槍とか薙刀とか顕現してくれたらいいのになぁ。とは思うけど。

 と、ここでうっすらと浮かんだ心の涙を拭っていると、歌仙さんや燭台切さんたちがお茶とお菓子を運んでくる。

「今日は日差しが強いから傘を立てているけど、暑くなったら中に入るんだよ? 主」
「りょー。歌仙さんいつもありがとねー」
「日焼けは女性の大敵だからね」
「マジそれなー!」

 歌仙さん、燭台切さんと仲良く話す夢前さんに委縮した様子はない。それこそ最初、見習いとしてうちにやって来た時は彼らを見て『逆ハーじゃん!』とテンションを上げていたが、今ではすっかり『主』としての自覚が芽生えたのか、刀たちにも堂々と指示を出せるようになっていた。
 それを先輩らしく誇らしく思っていると、ここで燭台切さんが悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

「それに、主のだーい好きな“センパイ”がいるからね。格好悪い所見せちゃダメだよ?」
「なっ! 当たり前だしッ! 燭台切さん一言余計なんだけど!」
「あははっ。ごめんごめん」

 白い頬を染めて怒る夢前さんに、燭台切さんはカラリとした笑みを浮かべて去って行く。ホンット、逞しくなったなぁ。うちにいた時は「燭台切さんマジやば……」とか目をハートにしていたのに、今ではすっかりこうだ。やっぱり『主』となって自分の刀を持つと認識が変わるんだろうなぁ。
 御簾の奥でこっそり笑っていると、湯呑を両手で持っていた柊さんに話を振られる。

「そういえば、水野さんのところはどうですか?」
「ん? うちですか? うちは相変わらず三十振りのままですよ」

 幾つもの事件やら怪異やらに巻き込まれたとはいえ、うちも新しい刀を呼べないかと色々試みてはいる。が、何故か増えない。あれかな。神気はあっても元の霊力が少ないからかな。
 それに出陣しても毎回刀をドロップするわけじゃないし、正直持ち帰ってくれるなら刀よりも資材の方が嬉しい。幾ら皆の所に比べ刀が少ないとはいえ、審神者である私が“巻き込まれ体質”なのだ。その度にあちこちを走り回り、時には白刃戦を繰り広げる皆のためにも資材は沢山あった方がいい。
 鍛刀も今は数ヶ月に一度ぐらいしか行っていない。何せ何度もバグが起きたうえ、鳳凰様が陸奥守を御座にお呼びになった場所だ。あまりホイホイ使う気にはならない。むしろまた面倒なバグが起きた方が大変なので、事情を知っている武田さんに協力してもらい政府から特別に了承を得たのだ。だから鍛刀に関してはそこまで力を入れていない。
 そんなわけで刀のドロップ率自体も低く、鍛刀の回数も少ない我が本丸は発足から一年半以上が経った今でも新しい刀剣男士は来ていなかった。修行に行った刀は何振りかいるんだけどね。おかげで戦績はよくなってきた。

「まあ、元々の霊力が少ないと言われていましたから。特に気にしてはいませんよ」
「そうですか……」

 柊さんは微妙な顔をするけど、実際そこまで悲観しているわけではない。そりゃあ確かに粟田口の皆のためにも一期一振が来てくれたら嬉しいし、ソハヤノツルキとか長曽祢虎徹とか肥前忠広とか、それぞれ縁のある刀たちを呼んであげたらな。と思う気持ちはある。
 だけど当の本人たちから「気にするな」と言われているのだ。加州だって大和守が一緒だったら嬉しいだろうに、何気なく話題を振っても「平気だよ。てか、いたら主が俺のこと構ってくれなくなるかもしれないじゃん。そんなのヤダー」と言われてしまった。勿論加州だって本気で私が彼を放っておくとは思っていないだろう。だけど刀が増えればそれだけ私の目が他に移るから、それがイヤらしい。
 でもせめて脇差増やしたいよなぁ。そう思うのは罪だろうか。いい加減堀川や鯰尾にまとまったお休みをあげたいんだけどな。そんなことを考えつつ湯呑に口をつけると、夢前さんが「でもー」と声を上げてくる。

「センパイの所ってぇ、みんなすっごい仲良しじゃないですかー? 新しい刀剣男士が来たら、逆に馴染むのに時間かかりそうっていうか」
「え?」
「私もそう思います。やっぱり刀が多いとそれだけ色んな問題が起きますから。でも、お姉さんの本丸はみんなすごく仲良しで、お姉さんのことが大好きだから、すごくまとまってるというか……」
「おおん?」

 百花さんの刀は今もうちに来ているからある程度関係性は把握している。だから特に問題が起きている様子は見えなかったんだけど、やっぱり自本丸に戻れば違うのだろうか。
 持たざる者には分からない刀たちの複雑な関係に首を傾けていると、柊さんから思いがけない一言がもたらされる。

「あとは初期刀の存在感、でしょうか。やはり初期刀である陸奥守と、彼の補佐を務める小夜左文字は水野さんの本丸でしか見られない珍しい個体というか、性格をしていますからね」
「ほあ?! め、珍しい、ですか?」

 思わず柊さんを凝視すれば、反対側にいた夢前さんから「そうそう!」と元気よく相槌が打たれる。

「アタシ、自分の本丸持って何が一番驚いたかって、吉くんと小夜っちの性格ですよ!」
「よしくん?! 小夜っち?!」
「確かに。小夜くんもですけど、お姉さんのところの陸奥守さんはすごく頼りになるというか、『大人だなぁ〜』って思います」
「陸奥守は初めから大人だと思うのですが?!」

 あれ?! おかしいな?! 小夜はまあ分かるけど、陸奥守のこの驚かれようはなに? っていうか『大人だなぁ』と思われる陸奥守とはなんぞや? まさか短刀サイズで顕現した本丸があるとか? 何それ見たい!
 じゃなくて。あんまりにもあんまりな言われように若干取り乱しつつも内心で突っ込んでいると、お茶菓子を咀嚼していた日向陽さんも頷いて来る。

「そうよねぇ。私も、前の本丸でも今の本丸でも、陸奥くんを見ると“ワンちゃんみたい”って思うもの」
「ワンちゃん?!」

 ついに刀から犬にまで降格されてしまった。憐れすぎる評価に驚愕していると、すっかり陸奥守談義に移行したらしい。各々が自本丸で顕現している『陸奥守吉行』について語りだす。

「アタシは最初からセンパイのところにいたじゃないですかー? だから『陸奥守さん』ってこういう刀なんだー。超しっかりしてんなー。だから初期刀メンバーなのかなー、って思ってたんですよ! でも実際は全ッッッ然違って!」
「そうなのよねぇ。性格が違うわけじゃないのに、どこか大人っぽいのよね。水野ちゃんの陸奥守くんって」
「分かります! 私の本丸にいる陸奥守さんは『優しくて元気なお兄ちゃん』って感じなんですけど、お姉さんの陸奥守さんは『頼りになる年上のお兄さん』というか、『本丸のお父さん』みたいに感じます!」

 本丸のお父さん?!?! 小烏丸が『刀剣の父』ならうちのむっちゃん『水野本丸のお父さん』枠なの?! どういうこと?!?! むっちゃんより年上の刀わんさかおるんだが!? むしろ陸奥守は割と若い方の刀だ。現に我が本丸で皆から「爺扱い」されている古刀組と比べたら年齢差えぐすぎて言葉が出ない。
 それでも頭の中でニコニコとした笑みを浮かべる鶯丸と三日月、ケラケラと笑う鶴丸、ぬぼーっとした無表情ではあるが、常に私を守ってくれる大典太を思い浮かべる。が、皆あんまり気にしてなさそうだな……。いや、うん。でもそれよりも『父親らしく』見える陸奥守とは一体……?
 開いた口が塞がらないとはこのことか。あまりの衝撃に硬直していると、隣に座っていた柊さんが珍しくため息を吐き出す。

「皆さんのところはまだ落ち着いていらっしゃると思います」
「これでも?! じゃ、じゃあ……柊さんのところの陸奥守はどう違うんですか?」
「ええ……。恥を晒すようで心苦しいのですが、うちの陸奥守吉行は、鶴丸国永と獅子王と組んでよく悪戯をする困った刀なのです」

 どおらっしゃーーーーーーい!!!! え?! なに?! どういうこと?! 鶴丸と獅子王と一緒に悪戯仕掛けて来る陸奥守ってどんな存在?! 何がどうしてそうなったの?!

 驚愕のあまり完全に口を開けて柊さんを凝視していると、彼女は再度ため息を零し、眉間に皺を寄せながら訥々と話し始める。

「我が本丸は私の性格上、どうにも堅苦しいと言いますか、無駄口を叩くことがないと言いますか……」
「あ〜。柊さんキッチリしてますからね〜」
「刀は主に似る、ってよく言われますもんね」
「はい。なので賑やかなことが好きな彼らにとっては息苦しいらしく……。よく三人で悪ふざけをすると言いますか、様々な悪戯を仕掛けて皆を困らせているのです」

 いや。それどこの男子中学生、または高校生だよ。
 衝撃の事実に突っ込みすら入れられずにいると、何故か各自「うんうん」と頷き始める。What? Do youこと?

「確かに。あの三人ならやりかねないですね」
「マジで?」
「はい。獅子王さんも、意外と若者気質というか、新しいものが好きなので」

 時々しか顔を見ない刀だから詳しくは知らない。それでも皆が言うにはゲームや漫画といった娯楽に弱いらしく、また陸奥守と一緒になって新しいものを発見しては皆に見せびらかし、鶴丸と共に驚きを提供しているのだとか。
 ……うん。まあ、確かにうちの陸奥守も物珍しいものは好きだけどさ。普通に「おもしろいもんがあるもんじゃにゃあ」って驚いたあと、短刀たちを手招きして呼んで、皆に「現世にはこがなもんがあるんやと」って笑いながら説明するぐらいかなぁ。
 そこから先は鶴丸が騒がしくする時もあるけど、悪友みたいに乗ったりはしない。むしろ暴走しそうになる鶴丸に「程ほどにの」って苦笑いして事態を見守っているだけだ。だって鶴丸を絞めるのは大体光忠か和泉守だから。その辺は二人に任せているんだろう。
 そう思うと確かに落ち着いているのかもしれない。短刀と一緒にいる時とか、皆のところと比較したら『お父さん』っぽく見えるのもまあ頷けなくもないしな。うん。

 などと一人で与えられた情報を整理してすり合わせて頷いていると、夢前さんが「あーあ」とどこか諦めたような声をあげる。

「ホンット、羨ましいぐらいセンパイの陸奥守さんって“大人”ですよねぇ〜」
「はい。優しいし、思いやりがありますよね。私、いつも気遣ってもらってます」
「ももかちゃんもそうなのね。私も、遊びに行く度に『変わりはないかえ?』って声をかけてくれるのよ。とっても優しくて、尊敬できるわ」

 おっほーーう! うちのむっちゃん他所の審神者様方に大人気!!!! 惚れられたらどうしよう! と思ったけど、このメンバーなら心配しなくても大丈夫だろう。
 っていうかさ、

「あの……。ちょっと聞きたいんですけど」
「はい? なんですか? センパイ」

 そっと湯呑を傍に置き、恐る恐る挙手をすれば柊さんとは反対側に座していた夢前さんが可愛らしく首を傾ける。そんな彼女を始めとした女性陣をグルリと見回し、それからずっと気になっていたことを尋ねることにした。

「うちの陸奥守って、そんなに余所と違うものなんですか?」

 正直言って私はあまり他所の本丸の陸奥守と接したことがない。いや、全く見かけたことがないわけではない。話したこともある。ただ演練会場で見かけて会話するよりも、政府のお仕事で向かった先で見つける『弱った状態』の陸奥守と接することの方が遥かに多いのだ。だから通常というか、普通の本丸に、初期刀として顕現していない彼がどんな風に過ごしている刀なのかよく知らない。
 こうして女子会を開いた際はそれぞれの本丸に顔を出すけど、そこでも刀たちは席を外すよう言われているのか顔を出さない。時折話し声や内番に勤しんでいる声が風に乗って聞こえてくる程度だ。だから直接顔を合わせて会話をしたことはなかった。
 だからこそ皆の所にいる『陸奥守吉行』とうちのむっちゃんの違いが知りたくて質問したのだが、全員から「全然違う」と驚くほどの速さで即答されて逆に驚いてしまう。

「正直に言ってしまえば我が本丸とでは天と地ほど差があります」
「そんなに?!」
「いや、センパイ、これは割とマジですって。戦場では分かんないですけど、本丸の中だとマジで個性出ますから」
「そ、それはそうかもしれないけど……」

 むしろここまで『言われたい放題』な陸奥守ってどんな刀なんだ。と変な汗を掻いてしまう。
 そんな私を知ってか知らずか、夢前さんが顎に手を当て「んー」と声をあげる。

「まあ、センパイのところとうちとではホンット、色々違うんですけどォ、まずはコレ! 声がデカくない!」
「ボリュームの問題?!」
「いや、マジですごいんですって! うちの吉くんマジめっちゃ声デカくて! 本丸の裏にいても笑い声とか超聞こえてくるんですから!」

 本丸の裏まで聞こえてくる声ってどんな声量しとんねん!! 本丸結構広いぞ?!?!
 だがこれに驚いたのは私だけで、他の三人も「うんうん」と頷いている。え?! マジで?!

「声も大きいですけど、色んな意味で豪快ですよね。細かいことは気にしない、っていうか。お酒も大好きで、よくみんなと遅くまで飲んでますよ」
「そうそう。ご飯もいっぱい食べるわよねぇ。お茶碗から零れそうだもの」
「皆さんもそうですか。うちではムードメーカー兼トラブルメーカーなので、正直水野さんの本丸が羨ましいです」
「そんなに?!」

 確かにうちの陸奥守もお酒大好きだしご飯もいっぱい食べるけど、お茶碗から零れそうなぐらいご飯盛ることってある?! 歌仙とか燭台切から「お行儀が悪いよ!」って怒られないの?! っていうか顕現した初日でもそんなご飯の盛り方したことないぞ?!
 本丸ごとで個体差があるとはいえ、果たしてここまで違いが出るものなのか。衝撃がすごすぎてもはや何をどう驚いていいのかすら分からない。
 それぐらい驚いていると、ここで夢前さんが両手を叩く。

「そうだ! あと方言? 訛り? がすごい! センパイのところの陸奥守さんは、ケッコーその辺抑えてるっていうか、標準語に変えてる言葉? いっぱいありますよね?」
「あ、うん。それはあるね」

 これは私のせいなのだが、顕現した初日から陸奥守の方言が聞き取れず、意思の疎通がうまくいかなかったのだ。それ以来陸奥守は「ほにほに」などの一部の言葉を除き、私でも分かるよう標準語だったり、それに準ずる言葉に変えてくれている言葉が沢山ある。
 ……本当、こういうところでも苦労かけてんだよね……私。

「そうなんですね! 私のところは肥前さんと南海先生が顕現したので、三人でいる時は全然お話が聞き取れなくて困っちゃいます」
「あ〜。そっか。そういう問題もあるのかぁ」

 百花さんのところでは陸奥守と縁深い二振りが無事顕現したけど、うちにはいない。だから余計に申し訳なく思ったんだけど、陸奥守は「気にせんでえい。大丈夫じゃ。そのうち会えろう」と笑って許してくれた。
 だけど陸奥守は本心を隠したがるところがある。だから実際にどう思っているのかは分からない。演練先で彼らに会うことだってあるだろうし、時には言葉を交わしているかもしれない。その際寂しい思いをしていないといいのだけれど……。
 あたたかい湯呑を持ちつつ思考の海に沈みかけていると、柊さんのところも同じらしい。百花さんの言葉に深く共感したらしく、何度も「分かります」と言いながら頷いている。

「我が本丸では陸奥守と鶴丸、獅子王がタッグを組んでただでさえ困っていると言うのに、そこに肥前まで巻き込まれるようになってしまい……」
「あ。巻き込まれる側なんだ。肥前さん」
「はい。毎回嫌がっているのですが、陸奥守に強引に連れ出されてうんざりした様子を見せています」
「Oh……」

 誰かを無理矢理引っ張りだす姿も、強制的に何かをさせる姿も我が本丸では見たことがないから想像が出来ない。それでも必死に想像力を掻き立て、どうにか『悪友三人組に巻き込まれる不憫枠』の姿を作り上げる。
 大変いい笑顔を浮かべながら陸奥守と肩を組む鶴丸と獅子王。そしてそこに強制的に混ぜられぐったりとした姿を晒す肥前さん。
 ……うん。なんか楽しそうだな。

「あ。肥前さんで思い出したんですけど、うち最近長曽祢さんドロップしたんですよねー」

 はあ。とため息交じりに告げられた夢前さんの言葉に、私と日向陽さんを除いた二人が「あ」と声を上げる。

「それは……ご愁傷様です」
「ご愁傷様です?!?!」
「えっと……頑張ってくださいね!」
「頑張ってくださいね?!」

 柊さんと百花さんの反応に驚いていると、日向陽さんもようやく『長曽祢』がどんな刀なのかを思い出したのだろう。両手を打ち合わせると「ああ!」と声を上げる。

「陸奥くんと仲が悪い子!」
「仲が悪い子て……」

 遂に子供扱いに……。
 刀を犬扱いしたり子供扱いしたりと、日向陽さんの独特な感性に驚く暇もなく『長曽祢虎徹と陸奥守吉行の不仲』を知る面々が頷き合っている。

「あれは本当に苦労しますから。夢前さん。必要とあらばいつでもご連絡を。出来うる限りサポートします」
「はいっ! 私もアドバイスしますね! あの二人、私の前ではケンカしないんですけど、みんなの前では違うみたいなので……」

 不仲とはいえ、流石にまだ学生の百花さんに心労を掛けまいと彼女の前では言い争いは控えているらしい。それでも本丸という、敷地的には広くとも狭い世界で生活していれば周囲から二人の様子は伝わってくるのだろう。
 案の定他所の本丸と違わず関係がよろしくない『長曽祢虎徹』問題に、夢前さんも早速ぶち当たっているようだった。

「マージで二人ともありがとうございます。でももうケンカしちゃってるんですよね〜」
「ああ……もう、ですか」
「もう、ですよ。顕現した初日から『なんだお前』って感じで睨み合いが始まったので」
「マジで?!」

 あれ?! 陸奥守ってそんな沸点低い刀だっけ?! と青くなったけど、流石に柊さんのところは違うらしい。すぐに「早すぎませんか?」と突っ込まれていた。

「我が本丸では共に出陣した日に少し険悪な会話が起きたぐらいで、後はお互い干渉しあわないよう避けて生活していますが……」
「うーわぁ〜……。それはそれで鉢合わせした時ヤバそうですね」
「はい……。廊下でバッタリ、なんてした日にはお互い剣呑な目で睨み合うので……。正直私も山姥切も頭を抱えています」

 おいおいおい。ベテラン審神者かつ政府役員である柊さんと、そんな柊さんの右腕であり多様な現場に足を運んで場数を踏んできた山姥切が頭を抱えるってどんなレベルだよ。
 もはや想像すら出来ない領域にいる仲の悪さに「ホンマか? ホンマなんか?」と問いただしたい気持ちが湧いて来る。が、そもそもうちにいないから聞いたところで、と思わなくもない。だって一年半も来なかったんだからこの先も来る可能性低いじゃん。一応、諦めてはいないけどさ。
 でもこれだけヤバイ体験談が揃っているならうちには顕現しない方が長曽祢虎徹にとってはいいかもしれない。だってうちの本丸の指揮権、てか軍事権か? 実質陸奥守が握ってるも同然だからなぁ。因縁のある相手の指示とか聞きたくないでしょ。
 なんて考えていると、夢前さんが「とにかく!」と少し大きめの声を出してズレた話題を戻す。

「話を戻しますけど、兄弟で例えると長男タイプですよね。センパイの陸奥守さんって」
「大黒柱、とも言えそうですが」
「分かるわ〜。とっても頼りになるものね」
「はい! あ、あとは、うちの陸奥守さんと違ってすごく大人っぽいので、二人きりになるとちょっと緊張してドキドキしちゃいますっ」

 ふぁい?! 百花さんを緊張させるレベルってどんなや?! むっちゃんそんなに圧あるっけ?! と考えたけど、ダメだ。何度圧のある姿を思い浮かべようとしても優しくて頼りになる姿しか出て来ない。唯一それっぽい姿があるとしたら先日現世に迎えに来てくれた時だけど、正確に言えばあの時俯いてたからむっちゃんの顔見てなかったんだよね。だから声しか覚えていない。
 ん……? そう考えたらうちのむっちゃん、実はめっっっちゃいい男なのでは……?
 なんて今更なことを考えていると、私たちの話し声が聞こえていたらしい。ドタバタと誰かが駆けて来る音が聞こえてくる。一体何だと音がする方へと顔を向ければ、内番着に身を包んだ陸奥守が「主ー!」と声をあげながら大きく手を振っていた。

「今わしのこと呼んだがか?!」
「呼んでない! てかアタシたちの声聞こえたの?!」
「おん。おまさんらの声はよー響いちゅうよ」
「マ?! でもマジで呼んでないから!」
「なんじゃあ。おもしろないのぉ」

 ぷーっ。と頬を膨らませ、唇を尖らせる陸奥守の姿に普段とは違う意味で硬直する。
 ………………ど、どないしたらええんや…………。うちのむっちゃんこんな顔したことないからどんな風に受け止めたらいいのか分からねえ。
 むしろこういう顔をする男士たちを宥める側だから、マジでどんな顔をしていいのかが分からず石化していると、拗ねたように顔を背けた夢前さんの陸奥守とバッチリ視線が合わさってしまう。だから驚いてビクリと肩を跳ね上げると、陸奥守は白い歯を見せて子供のような無邪気な笑みを顔いっぱいに浮かべた。

「そー言えばおまさんと話すのは初めてじゃのお! わしは陸奥守吉行じゃ!」
「はっ、ぞ、存じております!」
「ほーかほーか! そっちにもわしがおるながか! がははは! そりゃあえい! よろしゅう頼むぜよ!」

 声デッカ!!!!
 夢前さんが言っていた通り、陸奥守の声の大きさに耳栓が欲しくなる。これが通常ボリュームだとしたらうちの陸奥守は最小ボリュームだと言っても過言ではない。そのぐらい差が激しい。
 現に夢前さんも耳を塞ぎながら「声デカすぎだし!」と怒っている。

「吉くんセンパイ驚いてんじゃん! 早く謝って!!」
「やまった! がはは! すまんのお! 許しとうせ!」
「だからその声がデカイんだっての!!」

 いかん。鼓膜破れる。
 キーンとした耳鳴りを感じていると、不意に私の両耳を塞ぐものがあった。

「すまんの。わしの主は大きい音が苦手やき、堪忍しとうせ」
「あれ? むっちゃん?」

 驚いて顔を上げれば、そこにはいつも通り優しい眼差しで私を見下ろす初期刀がいて驚いてしまう。だけどそんな間抜け面を晒す私に陸奥守は穏やかに笑みを浮かべると、すぐさま両耳を塞いでいた手を外した。

「燭台切から言われての。おまさんが忘れもんしちゅうち言うき、代わりに届けに来たがよ」
「でッ。マジで?」
「おん。ほら、これじゃ」

 そう言って地面に置かれていた紙袋を渡され、思わず「あ」と声を上げる。

「ごめん……。これ、夢前さんに借りてた漫画。返そうと思って用意してたのに、すっかり忘れてた」
「え! 全然いーですよ! アタシ取りに行ったのに!」
「ダメだよ。私が借りたんだからちゃんと私が返さないと。って言ってもガッツリ忘れて来たわけなんですが……」

 心底恥ずかしく思いながらも「ありがとう」と言って紙袋を差し出せば、夢前さんは「センパイ……」と何故か感動したような面持ちでそれを受け取る。いや、卒業証書じゃないんだからそんな顔されても。
 どこか面映ゆいような恥ずかしいような。そんな気持ちで苦笑いを浮かべていたら、鳳凰様に頂いた着物を纏っていた陸奥守がそっと私の背中に手を当ててきた。

「ほいたらわしは戻るぜよ」
「あ。ごめんね、むっちゃん。今日お休みだったのに……」
「えいえい。気にしな。おまさんも、今日は楽しんでくるがよ」
「うん。ありがとう」
「ん。ほいたら邪魔したの。おんしらも、また遊びに来とうせ。歓迎するきの」

 穏やかな声と柔らかな眼差しを皆に向けてそう言うと、陸奥守はそれ以上語らず背中を向けて歩き出す。
 ……うん。うちのむっちゃん確かに男前だわ。ていうか、私が大きい音苦手なの知ってたんだ。
 密かに驚いていると、皆が「あー……」と謎の声を上げる。

「コレ。コレですよセンパイ」
「え?」
「分かります……。落ち着き、と言いますか、対応力に差が出ています」
「対応力?!」
「やっぱりお姉さんの陸奥守さんは大人っぽくて、ドキドキしちゃいますね」
「おほー?! 百花さんマジですか?!」
「水野ちゃんが大切にされているのが分かるわぁ。素敵な関係ね」
「ありがとうございまーす!」

 夢前さんの陸奥守が来てくれたおかげで如何にうちの陸奥守が落ち着いているかがよく分かった。……まあ、ああなったのも私が色んな事件に巻き込まれたせいなんだろうけどね……。
 そう考えると本当は他所の本丸の『陸奥守』みたいに皆とはしゃぎたいのかなぁ。なんて思わなくもないんだけど、聞いたところでうまく躱されるだけなんだろうなぁ。うちのむっちゃん、そういうとこあるから。
 もにゅもにゅとお茶と一緒に出されていた練りきりを咀嚼していると、どこか呆然とした様子で立ち尽くしていた夢前さんの陸奥守がブルリと身震いした。

「しょー怖いちゃあ〜……。おまさんのわし、まっことおっとろしい男じゃの」
「へ?」

 さすさすと両腕で自身を擦る陸奥守の顔色はどこか青い。一体どうしたのかと夢前さんと共に顔を合わせていると、陸奥守はブルリ、と再度身震いした後首を勢いよく左右に振った。

「触らぬ神に祟りなし、じゃ! わしは行くぜよ!」
「はいはい。分かったから声落として」
「がははは! すまん!」
「だからボリューム落とせっつーの!」
「ははは……」

 夢前さんに背中を叩かれたにも関わらず、あちらの陸奥守は夏空のような笑みを浮かべてウインクを一つ投げてくるとそのまま猛ダッシュで退散していった。
 ……いやあ……。あんな陸奥守そうそう見ないから変な感じだわぁ……。

「ったく、これだから吉くんは……」
「でも仲が良さそうで安心したよ」
「もー。アタシが一番仲良くしたいのはセ・ン・パ・イ・なんですけどぉーっ」
「ははは……」

 腕を組んでピッタリとくっついてくる夢前さんに苦笑いしつつ、その後は普段通り、多様な話題を肴に女子会を楽しんだ。




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