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「うはははは!」
「うえええ〜〜〜〜! 笑い事じゃないですよ〜〜〜〜!!!」

 竜神様の宝玉の前で、ベソベソと泣きながら蹲っていたらいつの間にか鳳凰様の居城に呼ばれていたでござる。の巻。

 かーらーの、ではなく。マジで絶賛ベソっていたら、鳳凰様に爆笑された。

「クククッ……! はあ、まったく。そなたはほんに愛い奴よなぁ」
「うぅ……。ありがとうございまず…」
「ほれほれ。そう泣くでないわ」
「う゛ぅ」

 ガシガシと大きな手の平で頭を撫でられ、今回はポケットにちゃんと入れていたハンカチを取り出し涙を拭っていると、鳳凰様が「しかして」と真面目な声音で語り掛けて来る。

「此度はまこと肝を冷やしたぞ、愛し子よ」
「あ……。この度は、ご心配をおかけしました」
「うむ。そなたの声は加護を通して我(わえ)にも聞こえるからな。勿論全て、というわけではないが……。斯様に沈み込む其方を見たのは初めてであった故な。どこまで手を貸すか、悩んだものじゃ」

 陸奥守と同じように、濡れた目尻を鳳凰様のお美しい手が撫でて来る。その力加減は陸奥守よりも強かったけれど、痛みを感じるほどではなかった。

「あの……鳳凰様」
「うん? なんじゃ。愛し子よ」
「どうして、むっちゃんを眷属に?」

 言ってしまえば、私の陸奥守だって本科から枝分かれした数多くいる一振りに過ぎない。太古から存在する火の神の一柱である鳳凰様がどうして陸奥守に声をかけたのか。気になって尋ねれば、鳳凰様は「そうじゃのう……」と麗しいご尊顔を静かな庭先へと向けた。

「強いて言えば、アレが我らに示したからじゃ」
「示した? 何を、でございますか?」
「“己”の在りようじゃ。其方の元で、其方を主と仰ぎ、そして生くと決めた。そんな男の決意を、じゃな。あの物は、我ら二柱に自らの全てを懸けて示して見せたのじゃ」

 鳳凰様は真っ赤に塗られた尖った爪先を、すい、と優雅に動かす。そうして空中に手の平大の丸を描いたかと思うと、今度はそこに手を突っ込み――一体どこへと繋がっているのか。一本の巻物を取り出した。

「其方も覚えていよう。友の宝玉を奉納した折、我が遊びに行っただろう?」
「あ、はい。あの日のことですね。覚えております」

 奉納の儀も終わりに差し掛かろうとしていた時、不意に鳳凰様がご降臨なさった。あの日の衝撃は、まだ記憶に新しい。

「あの日、我は『悪神にやるぐらいなら』と其方を喰らおうとしたであろう?」
「そうでしたね」

 あれはビックリした。だけどあの時むっちゃんが助けに来てくれたから鳳凰様に食べられずに済んだ。
 あの時もそうだったけど、私いつもむっちゃんに助けられてるよなぁ〜。……普段頼りにしすぎてんのかな。負担に思われてたらどうしよう。

「クハハッ! 余計な心配をするでないわ。だがあの時よ。たかが九十九と思うておったが、よい瞳をしておった」

 鳳凰様は巻物の閉じ紐を解くと、クルクルとそれを伸ばしていく。そうして現れたのは、背に庇われていた私では絶対に見ることの出来ない、あの日の陸奥守を描いたものだった。

「――――」
「よい瞳をしているであろう。己が力量を知りつつも、我に敵わぬと理解して尚、其方のために命を懸けた。死兵の目よ。兵の目よ。だが――諦めはなく、最後まで我に食らいつこうという気概が感じられた。武神として、斯様に輝く魂の持ち主を放ってはおけぬ」

 そう語られる鳳凰様の瞳も声音も今までで一番あたたかく、また楽し気だった。それだけ陸奥守が刃を抜いたことが愉快だったのだろう。墨で引かれた曲線の中、爛々と、内側から輝きを放っているかのような陸奥守の瞳を写し取った紙面に指を這わせる。

「愛し子よ。我は英雄を好む」
「はい」
「短い生を懸命に生き、またそれを自らの力で輝かせることが出来る者を、我はこの目で見ることが好きじゃ」
「はい」
「だが、この方らはたった一振りの刀から、か細い蜘蛛の糸のようなもので縁が繋がっているだけのか弱き存在じゃ。それは、あまりにも惜しい」
「……はい」

 鳳凰様は、一体どれほどの長い時を、こうして生きて来られたのだろうか。
 心底から『散るのが惜しい』と思った命が沢山あったに違いない。手元に呼びたい、眷属にしたいと願った命もあっただろう。けれど、必ずしも相手がそれに応えてくれるとは限らない。

「特に刀はのぉ……難しいのじゃ」
「眷属にすることが、ですか?」
「うむ。我は火の神。火は、何もかもを燃やすであろう? 木々も鉱物も、時には大地さえも……。燃やせぬものなどこの世に存在せぬ。すべて燃やし尽くし、不毛の大地にしてしまうのが我ら火の神の業であり、勤めでもある」
「……鳳凰様……」

 鳳凰様は開いていた巻物を綺麗に巻き直すと、閉じ紐をしっかりと結んで再び空中に投げ入れる。……うーん……。神様って便利だなぁ。

「ふははっ。誰にでも出来るわけではないがな。だがここは我の力が満ちた、我の居城である。好きに弄れるのは、それだけ我の力が隅々まで行き届いているという証拠よ」
「はあ、なるほど。そうなのですね」
「うむ。だがな、我らは一度燃やしてしまうと、止められぬのだ。自らの意思で燃え盛る火を消すことは、まことに難しい」

 言われてみればそうだ。幾ら火を『つける道具』が出来ようとも、自由に『コントロール』出来る道具はない。火は、一度燃えると消すのが難しい。

「アレの仲間にも我らに巻かれ、消え失せた物がいるはずじゃ。故に、な。刀以外にも、木造で出来た物達も火の眷属にはなれぬのだ」

 確かに刀は火がなければ生まれてこない。ただの鉱物の塊ではあの美しい刃にはならないからだ。だけど火はどんなものも燃やしてしまう。溶かしてしまう。それこそ、跡形もなく。

「だが、此度は其方がおる」
「へ? 私、ですか?」
「うむ。其方は、我が盟友である水神を見に宿す者。火を司る我らに唯一対抗できる能力を持つ、稀有な存在である」

 いや、私自身は何も出来ないんですが。
 内心で冷や汗をダラダラ流していると、鳳凰様はクツクツと笑われる。

「何も其方自身が水を操れるかどうかが問題なのではない。そなたに流れる“気質”の問題じゃ」
「気質、ですか?」
「うむ。神気とはまた違うものでな。其方も聞いたことがあるじゃろう? 五行、という存在を」

 五行。あーっと、陰陽道か中国の思想だったかは忘れたけど、木火土金水で現わす自然の性質か気質、だったかな。
 頭の中でなけなしの知識を引っ張り出すと、鳳凰様は「然り」と頷く。

「刀共は皆“金”の気質である。そして其方は“水”。金は水に強く、水は火に強い。そして火は金に強い。これを相生相克と呼ぶ」

 つまり、金の気質を持つ刀たちは水の気質を持つ私に強いけど、火の気質を持つ鳳凰様には弱い。でも水の気質を持つ私は鳳凰様の火の気質に強い、と。なるほど?

「そうじゃ。故に、金と水の性質が混ざり合えば相生となって互いを補い合い、火の気質を持つ我の元にいても苦しまずに済む。そういうことじゃ」
「はあ〜。そうだったのですね」

 でも何をどうすればその“相生”と呼ばれる“補い合う”という行為に繋がるのだろうか? 疑問が脳裏を過れば、鳳凰様から「簡単なことよ」と答えがもたらされる。

「触れるだけでよい。特に其方と刀たちは“霊力”を通して繋がっておるからな。故に、それだけでも其方の気はあやつらに流れよう」
「え。そんなことでいいのですか?」

 あまりにも簡単すぎるというか、予想外というか。もっと色々儀式やら作法やらがあると思っていただけに驚けば、鳳凰様は楽し気に表情を緩める。

「なに、それが一番簡単じゃと言うたまでのこと。勿論効果はそこまで高くはないがな」
「では効果が高い方法もあるのですね?」
「当然じゃ。うむ。そうさな。最も効果を得やすく、また人の身でも出来るものとくれば――房中術もその一つか」

 房中術。一瞬「なんじゃそれ」と思ったが、以前小説だったか漫画だったかで見た記憶がある。確か――

「男女のまぐ「にゃああああああ!!!!!」
「クハハハハハ! 初々しい反応じゃのぉ」

 折角お勉強タイムで忘れかけていたと言うのに、思わぬ箇所からの思わぬ単語が飛び出してきて赤らんだ頬を両手で押さえる。うぅ、絶対鳳凰様確信犯だ……!

「まあ、それは追々学ぶがよい。あれは其方を傷つけはせぬ」
「……そう、だとは思いますけれども……」
「ククク。もっと信じてやれ。あれは我ら二柱に誓いを立てた身ぞ。其方は友の寵児であり、盟友の我が目を掛けておるのだ。そしてあやつは既に我が眷属。友の寵児である其方に無礼を働こうものなら、主である我の顔に泥を塗り、長きにわたって築いてきた友誼に傷をつけることになる。そのような愚かな行いを、あれはせぬであろう」

 ……なんか、今サラッと凄いこと沢山言われた気がするんですけど……。いや、マジで何か凄いこと言われなかった?

「何を他人事のように感じておる。すべては其方とあれを指すものよ。しかして其方は……ふむ。以前は全くの無自覚であったが、我とあやつが教えた甲斐があったかの。もう友の“寵児”である、ということは理解したようじゃな」

 ふむ。と顎に手を当てて頷く鳳凰様だけど、正直未だに「そんな、畏れ多いです……」と言いたい気持ちはある。だけど私一人のためにあんなにも何度も助けに来てくれた。時には自身の力をギリギリまで消耗してまでも私の力になってくれた竜神様を思えば、それを否定するのは竜神様の気持ちを蔑ろにするとの同じことだと思ったのだ。
 だから畏れ多くとも“大事にされている”という事実を受け止めれば、鳳凰様は「それでよい」と頷かれる。

「以前は数多いたあれの愛し子たちも、今ではもう数えられるほどしか残っておらぬ。その中でも唯一、友と親和性が高いのが、愛し子。其方である」
「私、でございますか?」

 そう言われても、正直審神者になるまで竜神様がこの身に住んでいるとは思ったこともなかった。そんな私が本当に親和性が高いのかが分からず首を傾ければ、鳳凰様は「然り」と頷かれる。

「どんなにか細くとも長きに渡ってその血を繋げてきた。友の宝玉を守り抜いた一族の末裔であると、其方、自覚があるかえ?」
「あ」

 以前お師匠様の石切丸に説明してもらったことがある。九州の霊山にいらした竜神様。その竜神様が山を去った後に残ったのが宝玉で、それを代々私の一族が守って来た、と。

「今では白鹿の角、大地の恵みも其方の家が預かっておるのであろう? こうして一つ、また一つと血筋が絶える中、どんなにか細くとも残っておるのが其方たち一族である。長きに渡って守って来た愛し子たちが散り散りになる中、唯一己を信じ、信仰を捧げ、宝玉を守り抜いた一族の末裔だ。それをどうして蔑ろに出来ようか」

 そうだ。神様は、信仰心が得られないと徐々に衰え消えてしまう。古い神様ほど力は強いけれど、古い神様ほど消える可能性は高いのだ。だけど、竜神様は今尚ご壮健であらせられる。

「例えほんの一握りの信仰心であろうとも、己を信じ、祈ってくれる者がいるだけで神は姿を保つことが出来る。我も友も、それは変わらぬ」
「はい」
「そうして残された其方を守っていた友は、消えるどころか再び信仰心を戻しつつある」

 鳳凰様の仰る通りだ。
 本丸に宝玉を奉納してからというもの、私や私の刀たちだけでなく、保護した刀たちや、百花さんや夢前さんといった遊びに来てくれる人たちも、また彼女たちの刀も祈りを捧げてくれる。武田さんや柊さんもそうだ。
 そして最近では離れに隔離している、人と接触させない方がいい。と判断された刀たちも、この宝玉に向かって祈りを捧げているという報告が届いていた。

「例え一つ一つは砂粒のように小さくとも、積もり積もれば力となる。そしてそれらの縁を友へと運んでくるのが――他でもない。其方であろう」
「……そう……ですね」

 竜神様は人の目には見えない。信仰心だって、現代社会に生きる人たちは恩恵を賜らない限り生まれてこないだろう。だけど審神者である私が度々命を救われることで、結果的に竜神様はその存在と力を示して来た。それが巡り巡って今は信仰心に繋がっている。だからある意味では『信仰する人々を私が“運んで来た”』と言っても過言ではないのだろう。

「で、あるな。だからこそ友も其方を守るのだ。其方を守ることが結局のところ、友にとっても力になるのだからな」
「はあ〜。そう言われると納得します」

 だって、正直私には竜神様に返せるものが何もないと思っていた。だけど私が誰かと知り合うことで竜神様への信仰心を集めることに繋がるのであれば、ほんの少しは恩返しが出来ている、と考えてもいいだろうか。
 いや。やっぱダメだ。この程度で恩返しとか、今まで受けて来た恩義を思えば小さすぎる。もっと何か出来ることないかなぁ……。

「クククッ。其方は相変わらず善良であり、無欲よな」
「え。私全然“いい子”ではないのですが。それに結構欲深いですよ?」
「クハハハッ。我にとって其方の抱く“欲”は童同様可愛らしいものよ。まことの“欲”の前では、あまりにも純粋である」

 そういえば、以前にも鳳凰様は似たようなお話をされていらっしゃったな。嘘とか欲とか、そういうの。

「うむ。我は人の考えを読み取ることが出来る故な。醜い欲望を、幾つも目にしてきたものよ」

 唾棄するかのように言い捨てる鳳凰様の瞳には嫌悪感が滲み出ている。一体どれほど酷い“欲望”を向けられたらこんな思いを抱くのか。分からないけれど、鳳凰様が苦しむのはイヤだなぁ。と思う。
 ていうか、竜神様だけでなく鳳凰様にも助けられているのだ。何か恩返しができるといいんだけど。
 ムムム。と唸っていると、鳳凰様がフッ、と口元を緩めて笑う。

「まぁよい。さて、先程の話に戻るがの。友が其方を守っておるのは、何も信仰心を集めるためではない」
「え?」
「――愛おしいのじゃ。其方という命が。存在が。友にとってかけがえのない、慈しむにふさわしき魂であるからこそ、友は身命を賭して其方を守っておるのだ。だからそう己を蔑むものではない」
「え、ええええ?!」

 鳳凰様のお言葉に、こちらはただただ驚くことしかできない。

「だ、だって、霊力ほぼなかったですし、竜神様のことも知りませんでしたし、こんな親不孝、親不孝? 神様不孝? な人間なんですよ? 竜神様が守ってくださる理由が分かりませんっ」
「クハハハッ! 確かに其方は無知であったのだろう。だが誰にも教えられなかったのであれば無知でも情状酌量の余地はある。しかし無視はいかん。神から恩寵を賜り、しかしてその恩恵に胡坐をかくようであれば神々は去って行く。そういうものだ」
「それは、そうでしょうけれども……」

 ええ……? でも私がしたことって、祠にお参りに行ったぐらいじゃね? 後は何もしていない。宝玉を本丸に移したのだって鳳凰様に指示されたからだ。でなければ今も福岡のあの山の麓にいたことだろう。それ以外では本当に何もしていないのだ。
 だから心底困惑していたのだが、ふいに鳳凰様の手が優しく頭を撫でてきた。

「深く考えずともよい。其方は、そのままでよいのだ」
「え。でも――」
「水はな、流れ続けるから美しく、清らかなのじゃ。一角に留まればあっという間に滞り、濁ってしまう。それはあまりにも勿体ない」
「は、はあ?」

 まあ、確かにプールの水とか、放置すると色んなものが浮いてきて汚くなるしな。反面川や海と言った、常に動きがある水は綺麗だ。勿論ゴミやら何やらで汚染されなければ、の話だが。

「クククッ。まあ、そうであるな。其方も同じよ。其方の魂は、あるがままに動くから清らかであるのだ。これを留めるなど愚かなことよ」
「あ、ありがとうございます?」
「うむ。それに……其方は嘘をつかぬ。神職に相応しい、“まことの言葉”の使い手である故な」

 ん? また新しい単語が出て来たぞ。“まことの言葉”ってなんぞや? 嘘をつかないことが“まこと”になるのかな?

「で、あるな。しかしただ嘘をつかねばいいという話ではない」
「あ、そうなんですか?」
「うむ。“まこと”というのはその名の通り、常に偽ることなく真実を示すことにある。己が心もそうだ。鈍感である分にはまだ構わぬ。だが分かっていて“違う”と背を向けること、また明確な意思を持って“嘘”をつくこと。これは、魂と言葉、両方を穢す行いである」

 うおおお。思ったより重かった。
 驚く私に、けれど鳳凰様は「当然のことじゃ」とさらりと返してくる。

「言葉というのは、それこそ“言葉”という概念が生まれるよりも前から存在しているものじゃ。故に幾ら世界に言葉が溢れ、一つ一つの言葉の力が薄れようと、魂に力がある限りその言葉もまた強き力を持つのじゃ」

 “言葉”が“言葉”という概念に至るよりも更に前から使われていたもの――。だからこそ呪いや儀式に欠かせないのだ。“言葉”というものには、それだけ多くの力が宿っているから。
 それらを理解し、息をのむ私に鳳凰様は鷹揚に頷かれる。

「うむ。そしてもう一つ、大きな力を持つものがある。それが何か、分かるかえ?」
「大きな力を持つもの、でございますか?」
「うむ。これも古来よりあるものよ。それこそ、言葉よりも更に古くから存在するものである」

 ええ?! 言葉よりも更に古い?! 一体どんな存在なんだ。ていうか、それって創生の話とかにまで遡ったりするのだろうか?

「で、あるな。限りなく近くはある」
「近いんですか?!」
「近いとも。創造神とて、これがあるからこそ様々なものが生み出されたのだから」

 ええ……。創造神にもあるもの? なんだろう。あ。作るのに必要だから、手、とか?

「否」
「では、思考、とか、意識、とか、そういう明確な“意思”ですか?」
「それも違うの。それらは力とはまた別物である故な」
「ええ……。じゃあ、あとは……」

 うーん、と首を傾けていると、鳳凰様がグリグリと私の目尻を優しく押してくる。

「まだ分からぬか? ならば教えてやろう。正解は“目”じゃ」
「目、ですか? あ。でも、そっか」

 “目”がなければ“見えない”。例え創造神であっても目がなくては形あるもの、意志あるものが作れないということか。そして言葉がなくても力を持つもの。それは確かに“目”だ。目は口程に物を言う、なんて言葉もあるくらいだし、人体でも重要な役割を持っている。神様であっても欠かせない部分であることに違いはない。

「然り。そして其方は、その両方の力を持っている」
「……ん?」

 んんん???? いや、いや、う、うん。ま、まあ、確かに? 私の能力は“目”に現れるって言われましたけれども? え? まさかそんなすごい力だとは思っていなかったのですが!?

「今はまだ、な。だがその力もそのうち変化していく可能性がある」
「ぬえっ」
「昔から言うであろう。“目”すなわち“覗く”という行為は最も古い呪術の一つであると。ただ現在、目の前で起きている出来事を見るだけならば力なき者でも出来る。だが未来視や過去視、本来ならば見えないものを“視る”のは呪術の領域である」
「た、確かに」
「そして其方は無自覚ではあるが、我ら“神”に連なるものをその目で見ることが出来るであろう?」
「…………そう、ですね」

 神気の流れが目の色に現れた、と分かったのも、結局はそれを私自身が“見た”からだ。この目で。霊視能力を持った、持ってしまった、進化し続けている目で、鏡を通して“見た”からこそ分かったのだ。でなければ、今尚気付かなかった可能性だってあった。

「然り。故に愛し子よ。其方はある意味生き方を強制されるであろう」
「え。強制、ですか?」
「うむ。友は、美しき場所にしか住めぬ。其方の心が“嘘”や“見栄”“欲”で穢れてしまえば、友は其方の元から去らねばならぬ」

 だからこそ美しい心を保たねばならぬのだ。と言われ、ピンと来るような来ないような、と首を傾けそうになったけど、ハッ! とあることに気付いて頬を抑えてしまう。

「あ、あのっ! で、ではっ、この先、む、むっちゃんと、その……ふ、触れたい、と、思ってしまうのも、そ、その、竜神様にとっては“欲望”となり穢れになってしまうのでしょうか!!」

 いや! まだ全然そんなこと出来る心境でもないんだけどさ!! でもこの先、慣れ――る気はしないんだけれども! あの美男子に慣れる気はしないんだけれども! それでもこう、ね! 水無さんの三日月が築いた理想郷でチラッと見てしまったアレやソレやらの世界にだね?! 私もうっかりポンッ☆ って感じで足を踏み入れちゃったりしちゃったりなんたりしちゃったら、竜神様にとっては“穢れた欲望”となってしまい、傷つけてしまうのでしょうか! それは流石に困るというか、嫌なのですが!!
 そう必死に脳内で言い募っていると、鳳凰様は今までにないほどポカン。とした顔を見せた後――――何故か呵々大笑した。

「フハハハハハ! アーッハッハッハッ!」
「ひ、酷いです鳳凰様! なんで笑うんですか! これは私とむっちゃんにとっては結構大きな問題だと思うのですが!!」
「ウハハハハハ!! やめろ! これ以上笑わせるでないわ! 我を笑い殺す気か!!」
「なんでですかーーー!」

 分かってるよ! キスでいっぱいいっぱいだったやつが何言ってんだ、って。そんなの夢のまた夢だって分かってるさ! でもでも、わ、私だって、私だって、女なんだぞーっ!!

「ヒーッ! いかん、これ以上は我が死んでしまうっ」
「うわーーんっ! 竜神様ーっ!!」

 なんで鳳凰様はこんなに笑うんだっ! こっちは必死なのに!! 年齢=喪女のダメさ加減を舐めないで欲しい!!
 再び涙目になって竜神様に助けを求めると、庭先からバシンッ! と鞭のような柔らかく、よくしなる物を打ち付けたような音がする。すかさず振り向けば、そこにはどこか苛立ったような眼差しでこちらを睨みつける竜神様がいた。

「りゅ、竜神様ーーーっ!」

 怒られるかもしれないと思いつつ、バタバタと駆けよれば長い尻尾が伸びてそのまま手繰り寄せられる。そうしてほどよく冷たいお体にピタリと私を添わせると、再度長い尾で鳳凰様の庭を叩いた。

「クククッ。そう怒るでないわ、友よ。なに、あまりにも愛し子が稚くてなあ。つい笑うてしもうた。許せ」
「グルルルル」
「フハハハハッ! 分かっておる。これは愛し子とあれの問題よ。首を突っ込む気はない。――が、愛し子はあまりにも初心である故なぁ……。其方も蝶よ花よと育てるのは構わんが、いざあれが愛し子と契った際に悋気を抱かぬよう、気を付けるがよい」
「シャーッ!」

 私には何を言っているかは分からないけれど、鳳凰様には竜神様のお言葉が分かるみたいだ。ちょっと羨ましい。だけど竜神様は『聞かせるものか』と言わんばかりに私を丸呑みにする。

「ククク。ではな、愛し子よ。精々あれの気を静めてやるが良い。今はまだ、我の気質に苦労しておろうからな」

 鳳凰様はよく人を揶揄うけれど、やっぱり根っこはお優しい神様だと思う。
 むっちゃんのことを気に掛ける言葉と瞳には隠すことの出来ない『思いやり』の色が見えた。
 そう思った私の考えも読み取ったのだろう。鳳凰様は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐさま「困った子よ」と優しく微笑まれた。まあ、結局すぐに竜神様が飛び立ったことでそのお姿は見えなくなったんだけれども。


 ◇ ◇ ◇


「……ん?」

 ゆっくりと瞼を開けば、そこは薄日が差す私室だった。しっかりと布団に包まっているということは、あの後竜神様の神棚の前で力尽き、倒れたところを誰かが運んでくれたということだろう。
 なんか図体の割によく倒れる奴だな。と預かった刀たちから思われてそうだなぁ。なんて思いつつ上半身を起こし、隙間なく閉められていた襖を開ければ、まだ活動するには早い時間だというのが薄青い空を見て分かった。

「そういえば、むっちゃんの気が落ち着かないから傍にいてやれ、って言われたんだっけ」

 去り際に竜神様の中から聞こえた鳳凰様の言葉を思い出し、私の部屋に最も近い部屋で生活する陸奥守の元を目指して歩く。

「……寝てるよね?」

 そーっと、音を立てぬよう襖を開けば、今は一人部屋となっている部屋の中心ですやすやと寝入る陸奥守の姿が目に入る。
 よかった。あんまり苦しそうではなさそうだ。もしうなされていたら最悪水を掛けて“火の気質”とやらを鎮めるところだった。

 ……っていうか、今気付いたんだけどさ。私むっちゃんの寝顔見たことないな。逆にむっちゃんには何度も見られているのに、理不尽じゃない?
 何となく気付いたら気になってしまい、音を立てないよう注意しながら部屋へと忍び込む。
 ムフフ。なんか、ちょっとスパイっぽくない? ジェームズボンド〜、ってな! 違うか?

 そのまま寝顔を見ちゃえっ。と顔を覗き込めば、意外にも子供っぽい寝顔があって心臓ごと体が飛び跳ねそうになった。

 うぐう……! これは反則では……?!
 普段はドンと構えて皆を纏めて引っ張ってくれる頼りになる初期刀なのに、寝ている時は気を緩めているせいかこんな顔になるのか。いや、よくよく考えてみればむっちゃんどっちかっつーと『男前』っていうよりは『可愛らしい』って顔立ちしてるもんな? 寝顔が可愛い系なのは当然か?
 あー。ていうか、よくよく考えてみれば他所の本丸の陸奥守とあんまり接したことないなぁ。他の本丸では『陸奥守吉行』って刀はどんな感じなんだろう。やっぱり頼りになるお兄さん枠なのかな。うちのむっちゃんとはどういう風に違うんだろう?

「ま、いっか。ねえ、むっちゃん。いつもありがとね」

 なんとなく、ぴょこん。と跳ねた髪が可愛くて、よしよしと頭を撫でればむっちゃんが「うんん?」と唸る。やばっ。起こしちゃったかな。
 慌てて手を引くけど、唸るように「ん〜」と声をあげながら寝返りを打っただけだった。それにほっと息を吐き出し――考える。

 鳳凰様は『触れるだけでいい』と言った。だから、多分、さっきの“頭を撫でる”という行為だけでも十分なのかもしれない。だけど数時間前、広間であんなに揶揄われたんだ。少しぐらい意趣返ししても文句は言えないはずだ。

「どうせ皆にはバレたんだし。いっか」

 女は度胸だ。何か言われてもむっちゃんが何とかしてくれるでしょ。
 いつも通り初期刀に甘える、というか丸投げする気満々でむっちゃんの布団に潜り込めば、思った以上にあたたかくて「ぬくぬくしてる〜」と笑ってしまう。これは真冬に重宝してしまうかもしれない。名付けて『むっちゃん湯たんぽ』ってな。いや、そのまんまか。ネーミングセンス皆無! 乙です!

「おやすみ、むっちゃん」

 どうせ起きる時間まであと一時間ちょいしかないけど。それでも少しでもむっちゃんの中にある鳳凰様の火の気質が収まればいいな。と思いながら目を閉じた。


 ――この後、目覚めた陸奥守が驚き過ぎて廊下に転がり出た音で目覚めることになるとは露知らずに。


「おま、おまさんなにしゆうがじゃ?! 男の寝床じゃち、分かっちゅうがか?!」
「え? うん。ちゃんとむっちゃんの部屋だって分かってたよ」
「は。は?!?! わかっ、」
「あのね、鳳凰様がむっちゃんが火の眷属になったばかりで苦労してるだろうから、触って鎮めてやれ。って。だから一時間ぐらいくっついてたらマシになるかな、と思ったんだけど……。まだ苦しい?」
「〜〜〜〜〜!!! 上様ッッッ!!!!!」

 何故か床に蹲りながら鳳凰様に呼びかけるむっちゃんに首を傾けていると、どこかで鳳凰様が呵々大笑している声が聞こえたような気がした。








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