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「みんな! ただいま!」

 夜の市役所前で起動させたゲートの向こう。潜り抜けた先にいた刀たちに声をかければ、途端に「主!」と声をあげながら刀たちが駆け寄ってくる。

「主、お加減はよろしいのですか?!」
「主さん、大丈夫?!」
「大将、怪我はないか?」
「主君、お待ちしておりました」
「主、報告したいことが山ほどあるんだが、もう大丈夫なんだね?」
「出陣ならいつでもできますよー!」

 次々と声をかけて来る刀たちは、相変わらずというか何というか。とんでもないドンパチが起きて怖い目にあったばかりだというのに、真っ先に私を心配するんだから。しかも口にするのが恨み言ではなく身を案じるものばかりだ。失礼だけど笑ってしまう。

「大丈夫だよ。それより、色々と迷惑と、沢山の苦労をかけてごめんね」

 ゲートから離れている場所を片付けていたのだろう。急いで駆けつけて来る刀たちにも目を向け、大きく息を吸い込んだ。

「情報共有のためこれから緊急会議を行います! 全員広間へ集合!」
「はいっ!」
「応!」

 私の声と顔つきで、もう大丈夫だと察してくれたのだろう。炉に火が灯った鍛冶場の如く刀たちにもヤル気が満ちているのが分かる。
 勿論本丸の中では預かっていた刀たちが呆然とした顔で突っ立っていたけど、これにはもう慣れてもらうしかない。

「主」
「小夜くん」

 慌ただしく本丸内がざわつく中、一人振りの刀が私の前に立つ。それは数日前に最大級に迷惑をかけた、私の『守り刀』である小夜左文字だった。

「………………」

 小夜は、言葉に悩んでいるようだった。それでも彷徨わせた視線を上げると、黙って私を見上げる。その視線は、確かにこう問いかけていた。

 ――もう、大丈夫なのかと。

 ……きっと、小夜は傷ついたんだろうな。私が小夜のことを『小夜左文字様』なんて呼んだから。私がそう呼んだ時、確かにこの小さな体に動揺が走った。襖越しだったけど、それぐらい分かる。それほど一緒に時間を過ごして来たんだから。
 だから、これは私のせい。私の弱さが生んだ、私がつけた傷。だから、私が塞いであげないといけない。

「ただいま。小夜“くん”」
「主……」

 小夜の猫のように吊り上がった目が僅かに丸くなる。それにニッと笑ってから駆け寄り、思いっきり抱きしめれば小夜は「主?!」と上擦った声を上げた。

「ごめん! ほんっとーーーにごめん! それから、ありがとう! あの日、あの時、私の傍に小夜くんがいてくれて、本当によかった」

 むっちゃんじゃ、きっとダメだった。長谷部や粟田口の短刀たちもそう。彼らは、あまりにも私に甘すぎるから。だから、優しくても何も言わない、ただ傍にいてくれる小夜が本当にありがたかった。
 だから感謝の気持ちを込めてもう一度「ありがとう。小夜くん」と告げれば、小夜は私の背中に細い腕を回し、それからグッと引き寄せてきた。

「……あなたの悲しみに寄り添うことが出来るのは僕しかないって……そう、思ったから」

 陸奥守曰く、あの日の夜。私が突然帰ってくる数分前まで本丸内は穏やかな天気だった。だけど突然風が出始め、曇天が集まり、あっという間に天気が崩れたという。

「だから、長谷部と歌仙に話をしに行ったんだ。もしかしたら、主の身に何か起きたのかもしれない、って」

 陸奥守もそれを感じ取っていたらしい。というか、うちにいる刀たち全員がそう思ってたんだってさ。皆凄すぎかよ。私だったら絶対分かんねえぞ。

「だって、うちの本丸の全ての“水”を管理しているのは竜神様だから……。天候が狂うのは竜神様が何らかの警告を出しているんだろうと思って……」

 それで何があってもいいように予め長谷部や歌仙と相談しようと部屋に足を運んだところで、私が逃げ帰って来たと言う。

「あの時は本当に驚いたけど……でも……もう、大丈夫なんだね?」
「うん。むっちゃんが助けに来てくれたから。もう平気」
「そう……。よかった」

 本心からそう思ってくれているのだろう。安堵の笑みを浮かべてくれた小夜をもう一度強く抱きしめ、それから体を離す。

「これからもよろしくね! 小夜くん!」
「うん。あなたのことは、僕が守るよ」

 ――僕は、あなたを『守る刀』だから。

 逸らすことなく、まっすぐ見つめて来る瞳に私も笑みを返す。そうして会議を行う準備が出来たと声をかけて来た刀たちの方に向かって、改めて顔を向けた。

「小夜くん。実はまた面倒な事件に巻き込まれちゃった、って言ったら、呆れる?」
「いいえ。だって、あなたは“巻き込まれた”だけだから。ただ……あなたに危害を加えようとした相手は、僕が殺すよ」

 はっきりと殺害予告を口にした小夜に思わず笑えば、陸奥守から「そろそろ行くぜよ」と優しく背中を押される。

「そういえば、陸奥守さんが大変なことになっていたんですが……。主、知ってる?」
「うん。本人から聞いた。でもむっちゃんと鳳凰様のことだから、まだ話してないこといーっぱいあると思うんだよねぇ〜」
「まっはっはっ! ほーら、二人共行くぜよ〜!」

 チラッと視線を向けて見上げるが、笑って流されてしまった。
 逆に言えばそれが答えなんだけど、私も小夜も苦笑いするだけで深くは問い質さない。だって、話す時が来たら陸奥守は必ず話してくれるから。だから、今はまだ話す時じゃないということ。だったら話せる時が来るまで待っていればいい。それだけだ。
 それに、敵を騙すにはまず味方から、って言うしね。ここは流されてやろうじゃないの。

「さ! 行こう!」
「おうっ!」
「はい」

 駆け出しの頃のように一人と二振りで、互いを支え合うようにして私たちは広間に向けて一歩を踏み出す。
 正直色々と迷惑をかけちゃったし、これからも俄然迷惑をかけるつもりでいるんだけど、それでも私が広間に用意されたホワイトボードの前に立てば座した刀たちが真っすぐと視線を向けてくる。
 最初はこの視線に怯んだものだけど、今じゃもう慣れっこだ。あの本丸から預かって来た刀たちも共に座して私を見上げる中、改めて挨拶をする。

「改めて、この数日間。何の連絡もせず不在にしていたことを謝罪します。本当にすみませんでした。そして、色々とご迷惑をおかけしました」

 お礼と謝罪はキッチリと。これはいつも心掛けていることだ。だからしっかりと腰を折り謝罪した後、改めて刀たちと向き直る。

「それじゃあ私に何が起きたのかを話そうと思うんだけど、ぶっちゃけ面倒事案件です!」
「知ってた!」
「だよねー!!」

 すかさず合いの手を入れてくれた和泉守に笑い返せば、和泉守と、その隣に座していた同田貫も笑みを浮かべる。でも幾つも色んな事件に巻き込まれてきたから、この程度のことで動じてなんかいられない。

「まずは情報を整理していくね。と言ってもまだ分かっていないことの方が圧倒的に多いんだけど、現時点で分かっていることだけ上げていきます。質問は後程受け付けるから、とりあえず聞いてくれる?」

 ホワイトボードに、黒いペンを使ってサクサクと文字を書いていく。

「まずは、これは確定事項なんだけど、私が“呪い”の対象になっています。現在確認されている“呪い”は三つ。でもこれは普通の“呪い”ではなく、鳳凰様曰く『魔のモノ』たちの力を借りたものだそうです」

 皆も検討がついているであろう呪いは二つ。“嫉妬”。それから“強欲”。そして今回私の心に長年住みついていた“自己嫌悪”を増長させた、新たな呪いである“浸食”をホワイトボードに書き足す。

「今回私に掛けられた“呪い”は“浸食”というものだと判明しました。これは私の内側――心にある負の感情を増長させ、心身を壊すものでした」

 端的な説明だったが、ハッと息をのむ者もいれば渋い表情をした者もいる。それに、現実的な被害もここで出たのだ。竜神様が荒れ狂い、鳳凰様まで乗り込んできた。ようはそれほどまでに私が追い詰められていたのだと察したらしい。皆から「大丈夫なのか」と問うような視線が投げてよこさせる。
 だから私はヘラリと苦笑いし、腰に手を当ててから「大変だったよ」と軽く聞こえるよう話し出す。

「ご飯は食べられないし頭は割れそうなほどに痛いし、自分のことはどんどんキライになるしさー。それに毎日のように泣いたしね。それこそ一生分ぐらい泣いた気がするよ。まあ、おかげで体重は落ちたんだけど、あんまり嬉しくないよねー。みたいな。ああ、あと瞼が腫れちゃって。もう見てらんねえな! ってレベルの酷い顔になってて、最終的には笑うしかなかったわ」

 あはははー。と笑ってみたものの、刀たちは笑うどころかグッと何かを堪えるような顔をした。
 ……やっぱダメか。皆心配性だもんなぁ。もう大丈夫、って言っても『何も出来なかった』って悔やみそうだ。それは嫌だ。だって皆は何も悪くない。むしろ責められるとしたら何も言わず出て行った挙句、何の連絡もせず本丸を空けた私だ。勿論元凶は『魔のモノ』たちと術者なんだけどさ。それはそれ、これはこれ、だ。自分が仕出かしたことはちゃんと自分の手でキレイに尻拭いしないと。じゃないと自分だけ先に進んで皆を置いてけぼりにすることになる。それは出来ない。だからちゃんと向き合って話をすることにする。

「あのね。皆は『何も出来なかった』って思っているかもしれないけど、今回は私の“心の問題”だった。だから、皆は何も悪くないんだよ」
「そうは言ってもだね……」
「ご飯も食べられなかったなんて……」

 私の言葉に歌仙と光忠が悔しそうな顔をするけど、私は敢えてふんぞり返ってやった。

「だーいじょうぶ! ほら、ちゃんと元気な顔して帰って来たでしょ?」
「それは、そうだけど」
「だけどきみが苦しんだのは事実だろう」

 頷く光忠と、顔を顰めたままの鶴丸。確かに鶴丸の言う通りだ。ハチャメチャに苦しんだ。だけどさ。

「皆、私を見て。結局今回の『魔のモノ』も私を呪い殺すことは出来なかった。ってことはだよ? 生き残った私の勝ち、ってことじゃん」

 勿論、生きてここに帰ってくることが出来たのは鳳凰様と陸奥守のおかげなんだけどさ。だけどそれを言い出したらキリがないし、大事なのは皆に『私が無事に戻って来た』と知らせることだ。それも、ちゃんと“元気になった”“いつも通りの私”としてね。

「つまり、これから反撃すればいい、ってこと! 私だってやられっぱなしは趣味じゃない。泣き寝入りするなんて御免だからね」

 そりゃあ武術の心得もなければ呪術だの呪い返しだの、その手の情報も持っていないけどさ。けど、負けん気だけは誰よりも強い自信があるから。

「戦なんて生き残ってりゃそれだけで勝ちみたいなもんだよ。だって死んだら復讐もリベンジも出来やしないからね」

 サッと隣に座していた小夜に視線を落とせば、『復讐の刀』として顕現している彼は深く頷く。その目はしっかりと輝いており、私は自然と笑みを浮かべた。

「だから、やり返してやろーじゃん。私たちに喧嘩を売って来たこともそうだけど、これ以上被害者が増えないよう尽力しないと。巻き込まれた挙句余計な仕事増やすんじゃねえ。って思うかもしれないけどさ。今回ばかりはマジでムカついてんだよね。もうさ、こう、グーで顔面殴ってやらないと気がすまない、って言うか」

 シュッシュッ、とシャドーボクシングのように拳を前に突き出せば、風流を愛する歌仙と、自称“籠の鳥”である宗三が溜息を零した。

「まったく……君という人は……」
「はあ〜、そうでした。そうでしたね。あなたはそういうお方でした」
「なははは! 皆も分かってるじゃん! そーいうことですよ!」

 基本的に『ムカつく相手はグーで殴る』というか『殴りたい』と零す私に、ようやく“いつも通りの私が帰って来た”と信じることが出来たらしい。あちこちから安堵したような声が上がったり、緊張させていた肩を落とす姿が見られた。そして同時に、皆のやる気も上向いて来る。

「分かったよ。あんたがそこまで言うなら、やってやろうじゃねえか」
「同田貫だけではなく、俺も使ってくださいね、主。必ずやへし切ってやります」
「おっし! そうなりゃ戦の準備だな!」
「そうだね、兼さん。主さん! 他にも何か情報はありますか?」
「あるある。そんじゃ話を戻すとしましょうか」

 暗く、硬かった空気も緩んだところで話を戻すために一度両手を叩く。そうして改めてホワイトボードをペン先で軽く叩いた。

「とにもかくにも、今回は鳳凰様と、陸奥守のおかげで事なきを得ました。ですがこれで終わるとは思いません。と言っても、私の中に巣くっていた『魔のモノ』の気配はもうないと思います。でも今後どのような手を使ってくるか分からない以上、刀剣男士である皆様方にも注意を払ってもらいたいのです」

 正直これからどれほどの『魔のモノ』と呼ばれる悪神が私を狙って来るか分からない。鬼崎の時同様、刀剣男士たちを媒介にして接触を図って来ないとも限らない。
 特に演練や万事屋では他所の刀との接触が多い。瘴気に包まれ、“嫉妬”に取りつかれた本丸の審神者も演練会場で怪しい女性審神者と知り合ったと刀たちが言っていた。だから危険はどこにでも潜んでいる、と考えていた方がいいだろう。

「出陣や内番はともかくとして、演練や万事屋への買い出しといった外部との接触が多い場所は特に注意してください。どのような手を使って来るのか分からないので、単独での行動も極力控えてください。分かった? 大倶利伽羅」
「名指しで呼ぶな」
「じゃあそこの色黒な打刀さん」
「揶揄うな」
「ははは! 伽羅坊は俺と光坊で面倒を見るから、気にするな」
「ふふっ。だってさ、伽羅ちゃん」
「チッ」

 我が本丸で最も単独行動の機会が多い刀に視線を向ければ、皆笑いだす。大倶利伽羅もムスッとした顔をしたが、拒否することはなかった。ま、それだけ危険な状況であることが分かっているのだろう。皆も笑ってはいるけど事の重大さは理解しているはずだ。だからそれ以上揶揄うことはせず、質疑応答の時間に入ることにする。

「はい。とりあえず現状分かっている情報はこんな感じです。何か質問はありますか?」
「はい! 主さん! 質問です!」
「はい。鯰尾さん、どうぞ」
「今回、割とマジで主さんやばかったと思うんですけど、どうやって“浸食”が主さんと接触したんですか? そしてどうやってそれを止めたんですか?」

 好奇心からなのか、それとも純粋に“事件解決”のために知りたいのか。しっかりがっつり尋ねて来た鯰尾に、思わず「あー……」と曖昧な声を上げてしまう。

「そっかー……。うん。でも、そうだよなぁ……。“強欲”はともかくとして、“嫉妬”は私を“視た”から、って薬研は言ってたし、原因は外部にある、って思うよねぇ」
「そうだな。少なくとも、何らかの接触があったはずだと俺っちは考えている」
「ええ。古来より相手を呪うには何らかの情報が必要ですから」
「本名や相手の髪の毛とかな」
「藁人形とか未だに有名だしなぁ」

 薬研に引き続き、宗三と鶯丸、鶴丸もこれに続く。私の補佐として傍に仕えていた陸奥守と小夜も、今回どうやって私が“浸食”に呪われたのか。気になるのだろう。チラリと視線が左右から飛んでくる。

「あー……。うん。まあ、ね? 皆が気になるのはー、まあ……よく分かると言うかぁ、そうですよね? って感じなんですけどぉ……」
「なんですか、その曖昧な物言いは」
「主? 言えないようなことでもあったのかい?」
「主命とあらばへし切ますが」
「うん……。うん。多分、長谷部にへし切ることをお願いする時が来るかもしれないんだけど、今は……まだ、その時じゃないかな、っていうか」
「はあ……?」

 珍しく言い淀む私に皆が首を傾ける。
 いや、言ってもいいんだけどさ。言ってもいいんだけど、あのー……ね? 割と、ほら。皆過保護じゃん? 私に対して。だから、その……そーくん、切られたりしないよね? 夜道とかでさ。

「……そんなに聞きたい?」
「そりゃあな。まあ、どうしても言えない理由がある、って言うなら話は別だが」
「けど、せめて陸奥守さんや小夜くんには伝えていて欲しいですよね。主さんが不在の場合は指揮権がお二人に移るので」

 和泉守と堀川の言う通りだ。私に何らかの異常が起きた場合、指揮権を持つのは初期刀である陸奥守。そして次点で私が信を置き、私の『懐刀』として認識されている小夜だ。二人に話を通しておくのは事件を解決すると決めた時点でしなければいけないことだった。……恥ずかしいけどね……。

「うーん……。うん。じゃあ、さ。一個だけ、約束してくれる?」
「内容によるが、なんだ?」

 三日月に促され、私は「相手の名前と顔が判明しても絶対に切りかかろうとしないこと」を掲げる。だけど私がここまで言ったということは、相応の“何か”があったと多くの刀が勝手に察したらしい。一瞬空気がひりついた。
 そしてその空気にちょっとだけビビッてしまったのも悟られてしまったのか、すぐさまその空気は霧散した。……皆殺る気スイッチでもあんのかよ。切り替え早すぎて審神者ビックリだわ。

「まぁ、まずは話を聞いてみようじゃないか」
「そうそう。今度はどんな驚きを提供してくれるのか。きみといると本当に飽きなくていい」
「和睦への道のりは……遠いですね……」
「主さん! 何があったか教えて!」
「ぼ、僕も、聞きたいですっ!」
「あら〜……。思ったより皆興味津々じゃーん……」

 正直若干の恥ずかしさはある。あるんだけど、そーくんを守るため! そして事件の解決のため! こんなもん一生で考えたら一瞬の恥じゃ! もう言ってしまえ!

「まだ憶測でしかないんだけど、多分“浸食”の呪いに関係がある人にキスされたからだと思う」

 実のところ、これ言った後本丸内がどうなるか想像はしてたんだよ。で、幾つか候補があるうち、一番有力なのが「はあああ?!」って皆に驚かれ、その勢いのまま詰め寄って来るパターン。それこそ根掘り葉掘り、“どうしてそうなったんだ”ってね。
 だけど実際には全くもって予想外の反応が起きた。

「き、す……?」
「オレ達の、主に、か?」
「それは、同意の上で、ですか?」

 なんか、思った以上に皆が固まってる。悲鳴一つ上がらない中、それでもぽつぽつと零される質問を拾い上げ、答えていく。と言っても大したことは言えないんだけどさ。

「うるせー。私だって異性として意識されることぐらい極々たまーーーーにはあるんだよ。へっ、どーせ現世では女として見られてねえだろ、とか思ってたんでしょ」
「誰もそこまで言ってませんでしょう」
「そうそう。っていうか、主はちゃんと女の子だよ。可愛いよ」
「加州ありがとう! 大好き! んでまあ、実際されたもんはされたのよ。でも同意はしてないよ。いきなり、っていうか……まあ、相手もどこか投げやり感があったし。分類すれば無理やり? になるのかもしれないけど、相手が相手だからなー。なんとも」

 もしこれが見知らぬ相手だったらビンタ一発じゃすまなかっただろうけどさ。幼馴染だし、友達だし。最悪『魔のモノ』に支配されてたとか、体を乗っ取られてた、という可能性もある。
 それに言っちゃえばキスされただけだしな。いや、告白もされたけどさ。別に押し倒されたわけでも脱がされたわけでもない。確かに抱きしめられはしたけど、あちこち触られたわけじゃないし。別にいっか。と思っていたのだ。私はね。だけど――

「同意していない、だと……?」
「ほう。そなたに、我らの主に無体を働いた輩がいる、と」
「それは聞き捨てならないな」
「お……? およ……? どした? みんな?」

 よほどショックを受けたのだろう。固まる鶴丸に、何故か笑顔なのに全然笑顔に見えない三日月と鶯丸。なんとなく不穏な気配を察知してぐるりと周囲を見渡せば、他の刀たちもそれぞれ憤りを露にし始めた。

「何だよそれ! そんなのただの強姦じゃん!」
「オレ達の主に手を出すとは命知らずの野郎もいたもんだな! 行くぞ国広ォ!」
「はい! 兼さん!」
「落ち着け新選組ーーーッ!!」

 真っ先に立ち上がったのは加州と和泉守、堀川の新選組たちだったけど、次に立ったのは織田の打刀たちだった。

「へえ……? 無理矢理? そうですか。無理矢理、ですか」
「主、すみません。主命とあらば何でもお聞きするつもりでしたが、こればかりは看過できかねます。へし切長谷部、現世に赴きその不貞の輩をへし切って参りますッ!!」
「こっわ!! いや待って! ホントに待って!!」

 ごめん! 確かに言い方が悪かった! これじゃあ見知らぬ他人にいきなり襲われたように聞こえるよね! でも違うんだ!!

「皆落ち着いて! そうじゃなくて!」
「では何だと言うんだ?」
「そうだぞ、主。ところで、消毒はしたか?」
「待って待って! 流石にハイターは私が困る!!」

 妙に笑顔が怖い鶯丸と、塩素系漂白剤を片手に歩み寄って来る三日月に、咄嗟に新選組たちを止めていた陸奥守の背に隠れる。だけどここで再び切り込み隊長こと鯰尾が挙手をした。

「はい! 主さん! それは見知らぬおっさんからでしたか?!」
「ちっがーーーーう!! 私の幼馴染! 遊びに行ってたら、その帰りで告白されて、断ったらキスされたの! それだけ!!」

 恥ずかしいのを我慢して盛大に暴露をしたというのに、今度は黙って聞いていた短刀たちから「なんと無礼な!!」という憤りの声を上げる。

「嫌がる主君に無理矢理迫ったとあらば、我らも許しは致しません!」
「そうだよ、主さん! 無理矢理ちゅーする人なんてサイテー! 絶対許さないんだから!」
「女人ってのはいつの時代でも政の道具とされちゃあいたが、今は泰平の世。その理屈は罷り通らんだろう。さて。柄まで通しに行くか」
「そ、そうですっ! 薬研兄さんの言う通りです! 僕、怒ってます!」「ガウッ!」
「そうですそうです! 何て失礼なんでしょう! 主君には陸奥守さんがいるのにッ!」

 秋田の一言にビシッ、と空気が凍る。ついでに私も固まった。多分、理解出来てないのは保護している刀たちだけだと思う。そのぐらいざわついていた広間が一瞬で凍り付いた。

「秋田くん? 主はまだ陸奥守くんの恋人でもなんでもないんだよ?」
「光忠。顔」
「光坊、お前さん真顔怖いな」
「だってそうでしょ! 僕たちにだって等しくチャンスは――って、アレ? 主?」

 ごめん。無理。

 小夜がオロオロと私と陸奥守、そして燭台切たちを順繰りに見遣る中、陸奥守の背に隠れる私はギューッと上等な着物を後ろから握りしめる。

「あの、主? もしかして、」
「小夜くん! 何も言わないでッ!!」

 いやもう本当無理。恥ずかしくて顔上げられない。

 チクショウ!!! 何で私は真っ先に執務室に向かわなかったのか!! 今御簾してねえから素顔どころか表情ももろバレなんだよ! 皆に見えてんの! 恥ずかしすぎる!!! なんだこの公開処刑!!

「ほお?」
「ちょっと、陸奥守。どういうことか説明をお願いしても?」
「返答によっては首が飛ぶぞ」
「雅じゃない……。ああ、でも、主に無体を働いたとあらば、例え陸奥守とあっても容赦はしないよ?」

 やばいやばいやばい。血の気が多い打刀共が額に青筋浮かべてる。いや、怖ェよ!! 柄に手を掛けてんじゃん長谷部!!

「俺は主が誰を選ぼうが関係ないがな」
「いや、流石に関係あると思うんだが……」
「フンッ」

 大倶利伽羅は……うん。前からそう言ってたもんね。そうだね。覚えてる。気持ちは嬉しいよ。ありがとう。
 山姥切も心配してくれてるんだね。ありがとう。そんでもって困惑させてごめん。あと和泉守、ちょっとその顔やめて。「嘘だろお前」みたいな顔でこっち見ないで。死んじゃう。審神者羞恥心で死んじゃうから。

 グルグルと羞恥心やら何やらで一人死にそうになっていると、ずっと黙っていた陸奥守がようやく口を開いた。

「主」
「なに?」
「おまさんのご両親に挨拶したち、言うてもえいか?」

 いや。あんたもうその質問する声自体が既に広間にいるみんなの耳に届いてるんだわ。
 っていうか挨拶ってホント、文字通りただの“挨拶”だけだったじゃん! いや、私が風呂入っている間にどんな話をしたかは知らないんだけどさ。って、そうだよ! 私その時の話聞いてなかった!

「むっちゃんうちの親に何か言った?!」
「おん? 挨拶はしたぜよ?」
「どんな?!」

 一体何を言ったのか。ただ単に『初期刀です』という挨拶をしたのか、『仕事で来ました』という説明をしただけなのか。それとも無言を貫いていたのか。
 詰め寄る私に、陸奥守は安心させるように微笑みかけてくる。

「そがぁに心配せんでえい。結婚式は神前式になるけどえいか聞いてきただけやき」
「アホーーーーーーーーーッ!!!!!」

 何語尾にハートマークついてるみたいな可愛い声で事後報告しとるんじゃボケエエエエエ!!!
 咄嗟に叫ぶが、陸奥守は「まっはっはっ!」と笑うだけでちっとも反省している様子がない。

「わしも男じゃ。責任は取らんといかんやろう」
「何が責任じゃ! まだそこまではしとらんじゃろがいっ!!」
「おん? まだ、ちことは今後はする、っちゅー約束でえいか?」
「バカヤローーーーッ!!!」

 数時間前まで喪女だった女にそんな高いハードル設定すんなしッ!!! キスだけでいっぱいいっぱいだったでしょうが!!!
 ゆさゆさと体を揺さぶる私を揶揄うかのように、陸奥守はヘラヘラと笑う。

「まっはっはっ! こがぁに顔あこうして、まっこと可愛いにゃあ。またちゅーしちゃろうか」
「に゛ゃーーーーーっ!!!」

 ぐいっ、と片腕で腰を抱かれ、咄嗟にその胸板に両手を置いて突っぱねる。

「さっきもういっぱいしたじゃん!! もうダメっ!! 心臓持たないから絶対にダメッ!!」

 陸奥守は平気な顔してたけど、でもあの時抱きしめられた体はめちゃくちゃ熱かったし、耳元で「箍が外れた」って自分でも言ってたくせに何余裕面してんだチクショウ!!
 と、ひたすら頭の中で突っ込んでいると、小夜から「主?」と声をかけられる。

「あの……えっと……おめでとう、で、いいの?」
「――――――ッ!!」

 それこそ結婚云々について零した相手は小夜だった。だからなのだろう。戸惑いながらも祝福をしてくれようとする小夜だけど、私はもうそれどころじゃない。

「わーーーーーーんっ!!! 竜神様ーーーーーーっ!!!」

 もうどうしていいか分からず、無我夢中で竜神様の宝玉を祀っている神棚のある祭壇まで走る。護衛なのか何なのか、一応小夜が気遣うように後を駆けて来たけど、正直気にする余裕なんてなかった。
 因みにこの時私は自分の心臓の音が大きすぎたことと、両手で耳を塞いでパニックになっていたから本丸の広間前に勢いよく雷が落ちたことに気が付かなかった。

「いかん。わし竜神様と上様に殺される」
「調子に乗るからだ、このバカ」
「あいた」

 ゴツッ。と和泉守の拳が陸奥守の後頭部に直撃したことも、また知らない。




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