小説
- ナノ -




 先日うっかりやらかしてしまった私だが、今は落ち着いて仕事をこなしている。しかし今回の事件は本当に進展がない。進みが遅いというより、何の手がかりも掴めていないのだ。時折武田さんからも連絡が来るが、どれもこれも大した情報ではなく、狭間くんも一旦施設に戻って勉強し直している最中だという。
 今までなら私自身が何かしらの怪異に巻き込まれたり巻き込まれたり巻き込まれたりして坂道を転がるように事態が収束していくのだが、鳳凰様の加護がまだ効果を発揮しているのか、これといった怪異に遭遇することがない。不穏な気配も感じないし、竜神様からの警告もない。
 まあ、竜神様がこの前『やり返した』らしいから、向こうも痛手を喰らって二の足を踏んでいるんだろう。
 だから束の間の平和を楽しむかのように日々過ごしていたのだが。


『浸食』


「同窓会?」
『そうそう。再来週の日曜日、十八時から居酒屋に集まらないか〜、って連絡が来てさ』
「は〜。中学の同窓会ねぇ」

 とある日の午後。以前刀たちから告白された時に相談した、中学時代からの友人から電話がかかって来た。何の気なしに出たら『中学校三年生の時、同じクラスだった奴らで同窓会やろうぜ』という話がSNS上であがったらしい。私はそれに参加していなかったからこうして友人を通して聞いたわけだが、ぶっちゃけ興味ない。

『でもこんな機会じゃないと会えないじゃん? 私もアンタと最後に会ったの、もう一年近く前だよ?』
「マ?! そんなに?!」
『マジだって。まぁ、私が子育てに忙しかったのも理由だけどさ。でも最後に会った時の会話が「審神者になる」っていう報告だったんだから、そうでしょ』
「うっわマジか……」

 そういえば、こうして度々電話で話をしているから気付かなかったが、友人と対面して話した記憶は随分と前だ。長年付き合いがあるから電話でも満足していたが、そう言われたら会いたくなってくる。

「オッケー。どうせ日曜日は休みだし、お酒飲めなくても大丈夫なら参加するわ」
『りょー。お酒の方は大丈夫。そこは強要させないから。じゃ、私の方から幹事に連絡しておくね』
「サンキュー。頼りにしてるっ!」
『ほほほっ! 任せなさいっ』

 高笑いする友人に笑い返し、その後一言二言交わしてから電話を切る。
 はー。しっかし中学の同窓会ねぇ……。

「あんまりいい思い出ないんだよなぁ……」

 楽しくなかったわけじゃないけど、楽しくない時間も出来事も沢山あったから。あまり思い出したくはない。特にクラスメイトの男子数名。あいつらマジ最低だったから。
 でもま、何で突然同窓会の話が出たのか。理由はうっすらと予測出来る。

「どーせやっちゃんとそーくん目当てでしょ」

 やっちゃんは昔からモテてたし、既婚者だと分かっていても再会を望む女子は複数名いるだろう。当時やっちゃんに恋してた人とかね。
 そーくんは言わずもがな。真逆とも呼べるイメチェンを果たしたうえ、今では医療機器メーカーに勤める将来有望株だ。パイプを欲するのも無理はない。
 つーか、私みたいに未婚の女子がいるなら絶対に狙ってるでしょ。そーくんの『お嫁さん』ポジは。

「結婚なぁ〜」

 二人と食事に行った帰り、つい実家ではなく本丸に帰って来た私は母から大目玉を喰らってしまった。私が不在だと思っていた刀たちにも驚かれたし、朝から騒がせてしまい大変申し訳ないことをした。
 むっちゃんや大倶利伽羅、日本号さんにも迷惑かけちゃったし、ほんっと。会わせる顔がない。
 しかも電話を掛けてきた母からウキウキした声で『どうだったのよ』と聞かれて本当にイラっとした。

 だって私、そーくんと付き合う気なんてこれっぽっちもないから。

「大体一回振ってるんだってのっ。今更どの面下げて『私と付き合って(ハート)』みたいなこと言えってんだよ。アホかっ」

 やっちゃんへの好意も、子供らしい『初恋』であって今尚引きずっている想いではない。そーくんに対する気持ちも友愛であり恋ではないのだ。
 それなのにうちの母親と来たら。

『子供の時と大人の今とじゃ考え方も価値観も違うんだから、一回ぐらい付き合ってみなさいよ。案外いいかもしれないわよ?』

 と適当言いやがったのだ。
 冗談じゃねえっつーの! 私はそんな『適当』な気持ちで他人と付き合うなんざごめんだ。だって人の気持ちは、そんなに軽々しく扱っていいものなんかじゃない。外傷は傷口も塞がるし見た目も綺麗に治ることが多いけど、心の傷は一生ものだ。お互いを傷つけあうのが分かっているのに、それでも手を取るとかどうかしてる。そんなものに私は手を伸ばしたりしない。
 なんでそれが分からないんだろうか。うちの母親は。

「はあ……」
「主、どうしたの? 大きなため息ついて」
「あー、小夜くん。いやぁ、ちょっとねぇ〜」

 お茶を煎れに行っていた小夜が、お茶と一緒にお茶菓子を持って戻って来る。今日は陸奥守が出陣しているから、小夜が本丸に残って私の手伝いをしてくれていた。

「人間関係ってめんどくせー、って思ってね」
「また唐突だね……」
「はー……。もうやんなっちゃう」

 入力業務は終わったから、とりあえずお茶を一口飲んでから机に突っ伏す。
 そりゃあ私だって恋愛出来るならしてみたいけど、他人の気持ちと自分の気持ちが重なり合っている姿が想像出来ないのだからしょうがない。そりゃあ、こんなのでも告白されたことはある。あるのだが、それもそーくんと別の男性の二人だけで、当時どちらの好意にも応えることが出来なかった。その人たちに対する気持ちが『好ましい』というものであっても『恋』ではなかったからだ。

「ほら、私って恋愛に向かない女じゃん?」
「そんなことないとは思うけど……」
「小夜くんは優しいねえ。でも、本当に向いてないんだよ」

 チビだしデブだしガサツだし。柊さんや日向陽さんみたいに美人でスタイルもよくなければ、夢前さんのように可愛くもない。百花さんのような癒しオーラを持っているわけでもない。
 口が悪くて大雑把。化粧っ気もなければ女らしさもない。家事が得意なわけでも料理が得意なわけでもない。声が綺麗なわけでも、清楚さがあるわけでもない。庇護欲を感じさせる可愛げのある性格もしていない。
 むしろ短気で勝ち気で負けん気が強い。基本的に怠け者だし興味がないことには見向きもしない冷たい女だ。
 こんな自分に『いい所』なんてどこにあるってんだか。優良物件とは真逆の、不良物件もいいところだ。将来を見据えて相手を選ぶなら確実に書類審査で落ちる。

「それなのに“恋愛しろ”だの“結婚相手見つけてこい”だの……言いたい放題言いやがって」

 別に母のことが嫌いなわけではない。娘を想う母親としての言い分も分かる。ただ自分が父と恋愛結婚をしたからといって、娘にも同じものを強要しないで欲しい。
 最近では会う度に『審神者なんかやめろ』『いい加減いい男見つけて結婚しろ』『まともな家庭を築け』なんて言われて頭が痛い。
 完全にストレスだ。だから本丸に逃げてきちゃったんだろうなぁ。あの夜も。

 考えれば考えるほどイライラしてきて、再度ため息を零せば小夜がチラリと視線を投げて来る。

「主は、結婚、したいの?」
「ん〜? そう言われるとなぁ……。どうだろ。想像したことないなー」

 真っ白なウエディングドレスを着て? もしくは白無垢で? 誰かも分からん相手と結婚式だなんて想像出来ない。そのうえ自分が家事やら育児やらをするだなんて、もっと無理だ。

「ていうか、どーせ死んだら竜神様のところに行くんだし、このまま皆と一緒にギリギリまで暮らして、一人で死んで、そのまま竜神様の所に行くのが一番幸せかもなー」

 私が死んだ後、その魂を竜神様がどうするのかは分からない。食べられるのかもしれないし、死んだ直後に意識がないまま吸収されるのかもしれない。あるいは霊魂になって竜神様のお世話をするとか? よく分からない。だけど確実に言えることがあるとすれば、私には“来世がない”。だったらもう、開き直って竜神様の所に嫁ぎに行く気持ちでいた方がいいのかもしれない。
 そんなことをぼんやりと考えていると、黙って聞いていた小夜から意外なことを言われる。

「僕は、主に幸せになってほしいけど……主が好きでもない人と一緒になるのは、いやです」
「小夜くん?」

 思わぬ一言に伏せていた体を起こせば、小夜はギュッとお盆を抱きかかえ、ウロウロと視線を彷徨わせた後御簾越しに目を合わせて来る。

「だけど、最近……主は、楽しそうに誰かとメッセージのやりとりをしているから……主が幸せなら、僕は、それでいいと思っているんだけど……」
「うん」
「僕は……主に…………捨てられたく、ない……です」

 捨てられる? 私に?

 一瞬ギョッとしてしまったけど、でも、そうか。もし私が審神者じゃない人と、あるいは審神者について知らない人と結婚して身籠った場合、審神者を辞めなければいけない可能性が出てくるのか。
 そりゃあ審神者同士で結婚している本丸もあるって言うけど、私の周りにいる男性って言えば政府役員の武田さんや火野さん、現役警察官の田辺さん、還暦を迎えている鳩尾(みぞおち)さんぐらいだ。他の男性審神者の知り合いは一人もいない。精々今回助けた狭間くんぐらいだろうか? その程度の知り合いしかいないのだ。
 となると、例えばそーくんと結婚した場合、私は九条グループの親戚に嫁に入るってことだろ? 審神者を辞めなきゃいけない可能性が出てくるのか。
 正直そこまで考えたことがなかっただけに、胃の中がヒヤッとした。

「それは……私もイヤだなぁ」
「主……」

 言い辛かったのだろう。口にした後視線を落としていた小夜を、私は両腕を伸ばしてギュッと抱きしめる。

「私にとって皆は……もう、家族みたいなものだから。離れたくないな」

 分かってる。彼らは刀で、神様だって。でも、こんなにも濃い一年を一緒に過ごして来たから。沢山の困難を、彼らと一緒に乗り越えてきたから。今更彼らと離れられる気がしない。

「こうなったら審神者相手に婚活するしかないね」

 小夜の体を解放し、御簾をして見えないと分かっていても苦笑いすれば声で判断してくれたのだろう。小夜もほんのりと微笑む。

「でも、そうなると皆がうるさいかも。主に相応しい相手は、自分が見定める。って言いそうです」
「あはは! むしろそうしてくれた方が楽かも。だって神様が決めてくれるんだもん。見る目がない私より、ずっと安心して未来を任せられるよね」

 自惚れじゃないけど、うちの刀たちは私を大切にしてくれている。恋慕の情を抜きにしても、皆が皆、それぞれのやり方で支えてくれる。助けてくれる。愛情を、向けてくれる。
 だからかなぁ……。現世の男たちにこれといって興味が湧かないのは。なんて考えていると、机上に放り投げていたスマホが軽快な音を立てて震える。

「ん? そーくんからだ」

 メッセージアプリのアイコンにバッヂがついている。だから小夜に一言断りを入れてから内容を確認すれば、何と言うタイミングだろうか。奥手なそーくんから意外すぎるアクティブなお誘いが来ていた。

「どうしたの?」
「ん? んー……。なんっていうか……タイミングっていうかさぁ〜。どっかで見てたんかよ、っていう感じで、今ちょっとビックリしてる」
「え?」

 届いたメッセージの内容は『今度の休日に遊園地に行かないか』というお誘いだった。何でもその日に花火が上がるんだと。やれやれ。一体いつから女の子をデートに誘えるような男になったのだか。
 お姉さんちょっと寂しい。なーんてね。

 まあ、行ってもいいけど。やっちゃん夫婦は誘うのかな?
 試しに『やっちゃんと奥さんは誘うの?』と返せば、すぐさま『その日は別の所にデートに行くんだって』と返されて天を向く。
 はいっ、リア充乙!! 末永く爆発しろよな!!! 絶対だぞ!!

「はあー……。しゃあない。行くか」
「どこに?」

 どうせ断ったとしてもそーくんの母親からうちの母親に連絡が行って、そこでギャーギャー言われるに違いない。だったら最初から受ければいいだけの話だ。第一、そーくんに告白されたのはもう何年も前だし。いい加減普通の『男友達』『女友達』に戻れる頃合いだろう。変に警戒する必要もないか。

「遊び。今度の休みに、現世でね。ちょっと行ってくるよ」
「イヤなら、行かなくてもいいと思うけど……」
「どーせ断っても母親からなんか言われるだけだから。だったら最初から受けた方がマシ」

 母はやっちゃんがダメだったからそーくんとくっついて欲しいんだろう。そりゃあ天下の九条グループの親戚筋ですし? 審神者とは縁遠い医療機器メーカーに勤めている将来有望株ですけど? 私にとってそーくんは『そーくん』だ。見た目が変わろうが行動力が変わろうが、私にとって大事な“友人”であることに変わりはない。
 だから母親の期待には応えられそうにない。そもそも私に“恋愛”を期待する方が間違ってる。誰がこんなの好きになるってんだ。私が男ならこんな女、絶対にごめんだね。可愛くねえもん。

 内心で自身を容赦なくディスりつつ、画面上では『了解』『楽しみ』というスタンプを続けて送る。するとすぐさま笑顔のスタンプが送り返されてきた。
 ネタ系スタンプを多く所持する私ややっちゃんとは違い、無難で可愛らしいものを多用するそーくんはやっぱりあの頃と変わっていない気がする。奥手で、臆病で、だけど人一倍思いやりがあって。優しい男の子だ。

「ほんっと……なんで私なんだろうね」
「主……?」

 ――私は、自分が嫌いだ。
 可愛げがないならそうなればいいと分かっているのに、どうしてもそう振舞うことが出来ない。幼い時から周囲に言われ続けてきた言葉が、向けられてきた視線の数々が、今尚『呪い』のように心身に纏わりついているかのように。

「んーん。何でもないよ」
「そう……。それなら、いいんだけど……」

 やっちゃんとそーくん以外の男子から散々言われてきた、『可愛くねー』の一言。見た目を揶揄うものからがさつな性格についてまで。本当に、色々言われてきたから。そして、それを否定出来る材料が何一つなかったから。私は、今も自分が嫌いなままだ。

「これでもちょっとは痩せたんだけどね……」

 あれだけ怪異に巻き込まれて、その都度「ダイエットせなあかんわ」と思い知らされてきたのだから流石に気を付けている。そんな一気に体重が落ちることはないんだけど、審神者に就任した頃に比べたら少しは痩せたのだ。でも、正直『痩せたところで』と思わなくもない。だって私、可愛くもなければ美人でもないしね。顔面レベルはモブ以下だ。
 実際、そっとスマホを置いた先には鏡がある。それも朝の用意をする時以外は常に伏せており、日中それを覗くことは殆どなかった。それこそ目に睫毛が入った時ぐらいだ。そのぐらい自分の顔を見るのが嫌いだ。周囲に美しい人がいればいるほど、自分の醜さがイヤになるから。

「あ〜!! ネガティブな考え終わり! 仕事するぞー!!」

 パンッ! と音を立てて両頬を叩き、小夜が持ってきてくれたお茶を飲み干してからパソコンへと向き直る。とにもかくにも仕事だ。悩んでいる時間があるなら少しでも何かしていた方がいい。
 そうじゃないと薄暗い何かに足を囚われそうで、少しだけ怖かった。


 ◇ ◇ ◇


 そんな中迎えた休日。私は皆に見送られながら現世へと戻り、その足で集合場所である駅前に立っていた。

「ユカちゃん!」
「よーっす。おはー」

 午前十時前。遊園地に行くからといつも通りの動きやすい、ジーンズにTシャツというデートに行く気あんのかお前。という格好で立っていた私に、同じようにラフな格好をしたそーくんが駆け寄ってきた。

「ごめんね、遅れちゃって」
「何言ってんの。まだ集合時間まで五分はあるじゃん」
「でも、ユカちゃん待ってたでしょ?」
「今回はたまたま早く着いただけだから。つーか多少待つぐらい平気だって。一時間も二時間も遅刻した訳じゃないんだから、謝らないの」
「いたっ」

 図体ばっかり大きくなって、相変わらず気が小さい友人の額を軽く叩けばしょんぼりとした犬みたいな目を向けられる。だから思わず吹き出せば、そーくんも苦笑いを浮かべた。

「じゃあ行きますか」
「うん」
「てか遊園地とかいつぶりだろー。懐かしー」

 子供の時は女友達とよく行ったけど、成人してからは一度もない。折角夜遅くまで遊んでも文句言われない年齢になったというのに、ちょっと勿体ないことしてたかなぁ。

「そういえば、そーくん絶叫系平気? 私すげージェットコースターとか好きで何回も乗る方なんだけど」
「えっと……嫌いではない……よ?」

 乗り込んだ電車の中、ちょっと居心地悪そうに身じろぎながら微妙な返事をされる。うーん。ってことは、最悪ジェットコースターは一回か二回しか乗れないな。絶叫マシーン好きの子と遊びに行くと五回は乗るから、ちょっと残念だ。

「じゃあお化け屋敷とかは?」
「仕事柄平気と言えば平気かなぁ……。臓器が出てなければ、血も平気だから」
「臓器は流石にねぇ……」

 廃病院をモチーフにしたお化け屋敷じゃなかったらおおよそ大丈夫か。それに何だかんだ言って乗り物に酔うタイプではないからか、そこまで遊ぶのに問題はなさそうだった。

「あー、でも昔やっちゃんがコーヒーカップめちゃくちゃに回して、そーくんフラフラになってたことあったよね」
「あれは颯斗くんが悪いよ……」
「なはははっ! 私はめっちゃ楽しかったけどな!」

 やっちゃんと私は性格やら感性やらが似ているのか、こういう時は全力で遊び倒すタイプだ。プールでもウォータースライダーに何度も乗るし、公園では駆け回るタイプだった。
 それなのにデブなんかよ。って言われたら「うるせえ! 食べるのが好きだっただけじゃ!」と答えるしかない。ていうか、そこまでアクティブに動いてたの小学校低学年の時ぐらいまでだからな。大人になってからも動き回ってたら絶対こんなドスコイ体型になんかなってないわ。
 遊びに出たはずなのに嫌な思考に捕われそうになり、咄嗟に首を左右に振って思考を散らす。そうして不意に視界に入って来た光景に目を止めると、そのまま眺めることにした。
 うん。こうして見るとここからの景色も変わったなー。知らん建物めっちゃ増えてんじゃん。

「この辺も結構変わったよねー」
「そうだね。僕がいた頃は、もう少し住宅の方が多かったから……」
「ね。今は商業施設が増えて、交通機関も充実したよね」

 やっちゃんとそーくんは東京にいたからもっと色々凄い世界を見ているんだろうけど、私は地元から出たことがない。勿論旅行で県外に行ったことはあるけど、その程度だ。改めて考えると、自分は本当に小さな世界で生きているんだなぁ。と実感する。

「……そーくんさぁ」
「うん?」

 ガタン、と電車が大きく揺れる。座席が空いてなくて立っていたからその揺れがダイレクトに全身を襲い、足元がぐらつく。これで普段から乗っていれば「おっしょいっ!」って感じで耐えられただろうけど、生憎と乗り慣れていない私はバランスを崩してしまう。
 だけど傾いた体は鍛えられた胸板と腕によって助けられ、ほっとすると同時に「やっぱりそーくんも男の子なんだなぁ」と思ってしまった。

「この恵まれた肉体と鍛えられた筋肉が私にもあれば……!」
「なんでちょっと悲しそうなの?」
「いやー、私ももう少し身長と筋肉が欲しかったなー、と思って」

 女ボディビルダーを目指しているわけではないから別にゴリゴリの筋肉は必要としていないんだけど、このもちもちプリンな肉体とはおさらばしたい。引き締まったお腹とか細い足、憧れるよねぇ〜……。
 つか、実際この電車内にもいるんだけどさ。線が細くて美人な人が沢山。マスクしてても顔立ちが可愛いのが分かる人もいれば、お洒落に気を遣っている人も、綺麗にメイクをしている人もいる。いやぁ、本当世の中『顔』だわ。

「ユカちゃん」
「ん?」
「ユカちゃんは、そのままでいいと思うよ」
「え?」

 ドアに寄り掛かった体はお世辞にも褒めるべき箇所が見つけられない。そんな私を見て何が「いい」と思ったのか。
 揶揄っているわけでもない、嘘をついているわけでもない。真摯な声と眼差しに食って掛かることは流石に出来ず、結局無難に「ありがと」と返すことしか出来なかった。


 ◇ ◇ ◇


 ――そうして電車に揺られること数十分。久方ぶりにやってきた遊園地は学生の頃に比べ施設は綺麗に、華々しく変わっていた。

「マ?! アトラクションも増えてんじゃん! ジェットコースター三種類もあるんだけど!」

 入園の際に渡されたガイドマップを開けば、小さい子供用のジェットコースターを抜いても三種類ある。前は二種類だけだったのに。一体いつ増設したのか。他にも大まかな位置は変わっていないけど、修理されて綺麗になったアトラクションもあれば、レストランやお土産などを売るショップも増えている。
 現に既に入園していた人たちは被り物をしていたり、オリジナルのキャラTシャツを着ていたり、サングラスをかけて園内を闊歩している。流石にああいうのは恥ずかしいけど、年甲斐もなくテンションが上がっていくのが自分でも分かった。

「あの頃からだいぶ変わってるね」
「ね〜。子供用アトラクションも超増えてるよ。やばー! 何から乗ろう!」

 皆へのお土産は最後に回すとして、今は何から乗るか。むむむ。と口元に手を当てつつ考えていると、一緒にマップを覗いていたそーくんから「とりあえず歩いてみる?」と言われて頷き返す。

「片っ端から乗っていくのもありだよね〜」
「子供用アトラクション以外制覇するの?」
「あ〜。それも楽しそう。てか、やっちゃんいたら絶対『全制覇すっぞ!』って言うよね」

 昔から変わっていなければ、やんちゃ坊主だったやっちゃんは絶対言うに決まっている。想像したら違和感がなくて笑っていると、そーくんも「だね」と笑いながら同意してくれた。

「てか、やっちゃん今日奥さんとデートかよっ。煽りスタンプ送ってやろうかな」
「や、やめた方がいいんじゃないかな?」
「だって悔しいじゃん。一人だけ幸せになりおって〜! こっちにも幸せをお裾分けしやがれくださいっつーの!」

 口では文句を言いつつスマホを取り出し、相変わらず図体がデカいだけのピヨピヨ男ことそーくんを写真に撮ってそれを添付する。

「何で僕を撮ったの?!」
「えー? やっちゃんに親友の楽しそうな様子を送りつけてやろうかと思って」
「だったらユカちゃんも一緒じゃなきゃ意味ないと思うんだけど……」
「私はいいのっ。写真に撮られるの嫌いだから」

 誰が好き好んでブスの顔なんて見るか、っつーの。人は美しいものにしか興味がないんですよ、相馬くん。
 なんて、思ってはいても口に出すことはしない。流石にそれは言い過ぎっていうか、周りで聞いている人が不快になったら嫌だから。楽しむために来た場所で嫌な気持ちにはなりたくないよね。だから私も楽しまないと。

「というわけで、あれから乗るか!」

 歩きながらメッセージを送り、スマホを鞄に仕舞ってから一つのアトラクションに指を向ける。それは出入口近辺にあった、ゴーカートだった。大人も子供大好き。疑似とはいえ車の運転を体験出来る数少ない遊びだ。既に列が出来始めているが、今なら割とすぐ順番は来そうだった。

「よーしっ、そーくん、行くぞ!」
「え? ちょ、ユカちゃん? 待ってよー!」

 気分を一新するためにも走りだせば、途端に情けない声が追いかけてくる。それでも距離が距離だからすぐに追いつき、小さなお子さんや男子中高生に混じって二人して並んだのだった。



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