小説
- ナノ -



 久々に原作設定です。今回はいつもに比べ甘さ控えめなうえ、恋人同士でも夫婦でも片思い話でもありません。×ではなく+って感じのお話です。
 恋でもなければ友情でもない。そんなまだ『他人感』が強い、風影になってすらいない我愛羅くん視点のお話です。


 ◇ ◇ ◇


 幼い頃は、花なんか別に好きじゃなかった。
 あってもなくても変わらない。むしろ知らないうちに踏み潰されてしまうような、脆弱で、人間の営みに欠片も必要ない無意味な存在とすら思っていた。

 そんな自分の意識を変えたのは――他でもない。彼女の存在だったと、今では素直にそう思う。



『意識革命』



 彼女の名を知ったのは、木の葉で盛大に暴れ回った後だった。
 初めての友と呼べるナルトと共にチームを組み、明晰な頭脳と見た目にそぐわぬ度胸で数多の死線を潜り抜けた彼女の名は、砂漠では決して見ることの出来ない春の花と同じものだった。

「春野サクラ、か」

 初めて木の葉に行った時。生憎と桜の花は咲いていなかった。
 だが二度目、三度目と回数を重ねていくうちに、遂にこの目で実物を見ることが出来た。

「――美しいものだな」

 ヒラヒラと、風に舞い踊らされる姿は風流と言わざるを得ない。
 黙って見ていると儚さすら感じるのに、咲き誇る姿からは決して弱さを感じることは出来ない。
 しっかりと地面に根を張り、誇らし気に花弁を広げる様は壮観ですらある。

 美しく、気高い。

 儚さばかりが詠まれる桜の木を目にした時に抱いた気持ちは、まさしくそれだった。

「我愛羅くんって、桜好きなの?」

 いつの頃だったか。何度目かになる訪問の際、ナルト達に連れられ『お花見』と言う名の宴会に付き合わされたことがある。
 周囲では飲んで食べて歌ってと大騒ぎだったが、俺はそれには混じらず、じっと桜の花を見上げていた。

 そんな時話しかけてきたのが彼女だった。

 ――春野サクラ。砂漠では決して咲かぬこの春の花と同じ名を持つくノ一は、自分を殺しかけた男のことなど忘れてしまったかのように自然と声を掛けてきた。

 それに面食らったのは事実だが、仮にも忍である。動揺が顔に出ないよう常と変わらぬ無表情を意識しながら彼女から視線を逸らした。

「嫌いではないな」

 好きか嫌いかと聞かれたら、好きではあるのだろう。素直に『美しい』と思える花は数えられるほどしかないから。
 そもそも砂隠の里は辺り一面砂漠に囲まれており、野草を目にすること自体滅多にない。植物そのものが根付き辛い環境だからこそ、緑に囲まれる木の葉に来る度色々なものを発見することになる。
 実際ここまで鮮やかな花はそうそうお目に掛かれることがない。だから殊更強く惹かれているところは確かにあった。

 そんな俺の答えに彼女は「そっか」と頷いた後、珍しく年相応の幼い顔でふにゃりと笑って続けた。

「よかった。気に入って貰えて」

 一体何がよかったのだろうか。
 意味が分からず逸らした視線を彼女に戻せば、春野サクラは先程の俺同様、柔らかな色味を帯びた翡翠の瞳で桜の木を見上げていた。

「私も好きなの。桜の花」

 騒がしい周囲の声が聞こえていないわけではない。それでも彼女の呟くような、囁くような声は不思議と耳に残った。
 だがそれ以上会話をする前にナルトがこちらに顔を出し、結局それ以降彼女と会話をする機会を逃してしまった。

 木の葉には砂隠と違い明確な四季があり、色鮮やかな花が沢山咲く。
 一度案内されて驚いたが、山中の実家は生花店だった。室外に比べればはるかに涼しい店内を見回れば、取り扱う種類の多さにも感嘆した。だがこの時も特段興味があったわけではない。
 サボテンを育て始めたのも『命』や『自らの手で育む』という曖昧なものを学ぶ手段でしかなく、大した思い入れもなかった。

 だから誰かのお見舞いに行く時に持っていく花にも善し悪しがあることも、花につけられた名前に隠された意味――所謂『花言葉』があることも、当時は一切知らなかった。
 それらを教えてくれたのは姉ではなく、偶然にも同じ任務に就いた春野サクラだった。

「あ。こんなところに芝桜が咲いてる」
「シバザクラ?」

 しゃがみこんだ彼女の足元には、桃の花に少しだけ紫を足したような――“桜”と呼ぶには少々奇抜な色をした小さな野草の群れがあった。

「それも“桜”の仲間なのか?」
「名前だけね。植物ごとに分類された科は別よ」
「……種族が違うという事か?」
「うん。そんな感じ」

 奇抜な色をしている割に一つ一つは小さく、うっかり踏み潰してしまいそうなほど低い場所に生えている。これがあの気高い桜と同じ名前を持つ植物なのかと思うと不思議でならなかったが、春野は気にせず説明を続けた。

「芝桜はハナシノブ科に分類されるけど、桜はバラ科なの」
「バラ? バラと言えば、あの派手な赤い花のことだろう?」
「そうそう。学者さんたちの考えることって不思議よねぇ」
 愛の告白に使われる、代表的な花だと聞く。こちらも砂漠では見たことないが、木の葉や他の里では都度目にすることがあった。
 しかし薔薇と桜が同じ科とやらに分類されているのが謎でしょうがない。一体どういうことなのか。続きを聞きたかったが、春野は他にも聞き慣れない単語を投げ込んできた。

「お見舞いの時に持って行っちゃいけないお花だってあるし、告白に向いてる花、向いてない花もあるのよ? まあ大体花言葉が関係してるんだけどね」
「花、言葉?」
「そう。それこそ芝桜は『臆病な心』なんて意味があるのよ?」

 花言葉って何だ。
 心の底から不思議に思ったのだが、結局聞けぬままだ。何せ急遽任務に動きが生じたのだから無理もない。
 とはいえ春野に会う度質問するようでは期間が空き過ぎてしまう。日々任務に勤しむ自分達にとって『花』などあってもなくても変わらないものだが、何となく――時間潰しにと花について調べるようになった。

 お陰様ですっかり植物に嵌ってしまった訳だが、彼女がそんなこと知る由もない。

「今年も桜、綺麗に咲いたわねぇ」

 今年も招待された花見の会場に向かう中、先を歩く彼女がナルトたちと朗らかに会話をしている。
 一歩一歩進むたびに頭上からは紙吹雪のように薄紅色の花弁が舞い散り、視界や地面を染めていく。

「我愛羅くんも楽しんでね」

 ふと振り返った彼女が何気なく零した一言に、こちらもいつもと変わらぬ声音で「ああ」と返す。
 俺の意識改革に一石を投じた彼女に対し色々と思うことはあるが――結局は何事も無かったかのように振舞うばかりだった。



終わり



 珍しく『我サク』ではなく『我+桜』って感じの距離感のあるお話になりました。
 だって診断メーカーくんが『「花なんか別に好きじゃなかった」から始まって、「そして何事も無かったかのように振舞った」で終わらせろ』って言うから……。×より+になりました。

 まあたまにはこんな甘さ控えめな話もいいですよね?
 というわけで最後までお付き合いくださりありがとうございました。m(_ _)m

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