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今回は珍しく片思い要素濃いめの【燭さに】です。兼定コンビニ続きケーキの話。食い物ばかりですみません。m(_ _)m
そんなお話でもよろしければ、お目通しくださいませ。
◇ ◇ ◇
本丸ではいつもラフな格好をしている主が珍しくスーツ以外の格好で執務室から出て来た。
今日は内番だけ回して、他の刀たちは非番になっている。主もそうだ。休日は実家に戻ることが多いから今日もそうなのかと思ったけど、ただ帰省するだけならいつもと変わらない格好で出て来るはずだ。
咄嗟に視線を巡らせるも、いつもは誰かしらが傍にいるのに今日はいない。これは本当に珍しいことだ。
だけど不思議だと思う以上に好奇心が勝り、主を驚かせないように気を付けながら近付き、声を掛けた。
「主。お出かけ?」
僕の問いかけに携帯を弄っていた主は顔を上げ――どこか弾んだような声で「そ。お出かけ」と嬉しそうに答えた。
『半分じゃなくて倍数』
「え? チーズケーキ?」
「うん。唐突に食べたくなってさ」
トコトコと隣を歩く、頭一つ分以上小さな主を見下ろす。
僕たちが今いる場所は本丸ではなく現世だ。主のご実家はゲートがある政府の施設からは離れているらしく、移動の際はいつもバスを利用しているという。
だけど今日は僕がいるからか、観光がてら徒歩で移動していた。
実際僕が現世に来るのは今日が初めてだ。
勿論日頃からテレビで映像を見ているから目に見えて驚いたりはしないけど、内心では結構ドキドキしている。でも主の前ではしゃぐのは格好悪いからね。主が見ていないところでザっと周囲を見回す。
だっていつも主と一緒に現世に行くのは陸奥守くんや小夜くんばかりだから。昔は他の短刀たちも交代で護衛についたことがあるけど、他の打刀や太刀の皆は来たことがないはず。
だから偶然とはいえ、こうして主について来られたのはラッキーだった。
何せ主の私生活は本丸が拠点になっている。そのため会議やプライベートな用事がない限り現世に戻ることは少なく、泊りがけで出かけることも滅多にない。
ご友人と会われる時は違ったりもするけど、そういう場に僕たちを連れて行くことはない。だからこうして『完全なるプライベートな時間』を一緒に過ごせるとは思っていなかった。
「言ってくれたら焼いたのに」
「いやいや。流石に非番の皆に頼んだりしないよ。それにいつも行くお店のチーズケーキが食べたくなったからさ。気にしないでよ」
首が痛くなりそうなほど見上げなければ全体像すら見えないビル群の前を通り抜けると、徐々に商業施設が増えてくる。
沢山のテナントが入ったファッション街にも興味が惹かれるが、主の目的はケーキ屋さんだ。
慣れた様子で道を進む主は所狭しと並ぶ商業施設には目もくれない。勿論『あそこの本屋は品ぞろえが凄い』とか『あそこに入っているお店はいいものを置いている』とか教えてはくれるけど、実際に足を踏み入れているわけではない。
そうして主の案内を聞きながら歩くこと数十分。幾分簡素になった――所謂『住宅街』付近にある小さなお店の前で主は足を止めた。
「ここだよ。私が行きつけのケーキ屋さん」
「へえ。雰囲気のいいお店だね」
「で〜しょ〜? 素朴だけどどこかあったかい感じでさぁ。ケーキも美味しいんだよ。ってことでレッツラゴー!」
現世にいるということで、御簾を外した主の嬉しそうな顔がよく見える。
それこそスキップでもしそうなほど上機嫌な主が扉を開けた先に広がっていたのは、オレンジ色のあたたかみのある照明が周囲を照らす、柔らかな空気に包まれた空間だった。
「いらっしゃいませー」
ショーケースの前に立っていた店員さんは女性一人だけだ。小さなお店だから、従業員も多くないのだろう。
早速そこに立ち、一所懸命ケーキを眺める主の後ろで店内を軽く見回す。
ショーケースの奥が厨房になっているのだろう。中は見えないけど、動く影が幾つかある。そしてケースの隣から奥にかけては、イートインのスペースが設けられている。が、席数はそこまで多くない。壁に沿って設置されたカウンターが三席と、テーブル席が二席だけの、本当に小さなお店だ。
でも小さくても隅々まで掃除がされているみたいで、埃は見当たらない。日当たりも悪くないから窓から差し込む光量も多く、暗い印象はない。
レジやカウンター席の端っこなどに置かれた小さな観葉植物も、ブリキを模した可愛らしい鉢に入れられていてお洒落だ。
でも今のところ僕たち以外にお客さんはいないみたいだ。他にお客さんの姿はない。
時間帯的に少ないのか、たまたまお客さんが来ていないのか。どちらにせよ主と二人きりでこんな素敵なお店に来られたのは僥倖だ。
「光忠。光忠はどれにする?」
「んー……。そうだなぁ」
主に袖を引かれて軽く腰を屈めれば、思ったよりも沢山の種類が並べられており内心で驚く。
定番のイチゴの乗ったショートケーキを始めとし、大人にも子供にも人気なチーズスフレやチョコレートケーキ、プリンやシュークリーム、少しだけ上の年齢層を狙っているのだろう。 抹茶やコーヒーをメインとした商品も幾つかある。あとは季節のフルーツを使ったタルトだろうか。ホールケーキの見本も綺麗だし、主が贔屓にする気持ちもよく分かる。
「因みにだけど、主は何にするの?」
「私はチーズケーキ一択かな! でもこのコーヒーの奴も美味しかったし、こっちのダークチョコを使ったやつも美味しかったよ」
贔屓にするだけあって色々食べているらしい。フルーツタルトも好きだと話す主の顔は本当に楽しそうだ。
確かに一時期御簾を外して生活していた時もあったけど、あの時は神気が体に馴染む前だったから顔色は常に悪かったし、無理やり作ったような笑みを浮かべることの方が多かった。
だけど今は心底から楽しんでいることが分かる顔をしている。ふっくらとした頬は淡く色づき、色付く唇は笑みを象り小鳥のように沢山の言葉を紡ぐ。
そんな主を見ているだけでも何だか胸がいっぱいになってきて、僕は主が『美味しい』と勧めてくれたコーヒーケーキを注文することにした。
「店内でお召し上がりになりますか?」
「はい」
「飲み物はどうされますか?」
「私はコーヒーで。光忠はどうする?」
「僕は紅茶にするよ」
「それではお会計が――」
テキパキと清算を済ませ、用意されたトレーを持って奥のテーブル席に腰を下ろす。
主が注文したのはスフレではない方のチーズケーキで、正式名称は『ニューヨークチーズケーキ』というらしい。
「むっふっふ。このねっとりとした濃厚なチーズと、ザックザクの生地が美味しいんだよねぇ」
「ふふ。食べる前から『美味しい』っていうのが分かる顔してるね、主」
ニコニコを通り越してもはやデレデレになっている主につい笑ってしまう。だけど気を悪くした素振りはなく、むしろ「実際に美味しいからね」と胸を張っている。
だけど僕と話すことに集中していつまでもケーキを食べられないのは可哀想だ。だから早速「食べようか」と声を掛けると、主はフォークを取った後何故か一瞬動きを止めた。
「ねえ、光忠」
「うん? なに?」
「光忠もチーズケーキ食べてみる?」
「え? いいの?」
てっきり一口くれるのかな。と考えていると、主は「うん」と頷いた後一瞬の躊躇もなくケーキのど真ん中にフォークを突き刺した。
「え?! 何してるの、主!」
「え? 何が?」
「いや、何がって……!」
驚く僕に何故か主の方が首を傾け、そのまま半分に切ったチーズケーキを皿に載せてくる。
「いやいや?! こんなにいらないよ! 主食べたかったんじゃないの?」
「勿論好きだけどさ、好きだからこそ光忠にも食べて欲しいなー、って思って。だって一口じゃ絶対物足りないと思うんだよ。この美味しさは」
うんうん。と頷く主だけど、流石にこれだけの量を一人で食べるのは気が引ける。だから僕も同じようにコーヒーケーキを半分にし、主のお皿に乗せた。
「はい。じゃあこれでお相子ね?」
「およ? いいの?」
「うん。主も好きなんでしょ? それ」
「まあね! やったー! ありがとう、光忠」
目の前でニコニコと屈託なく笑う姿は子供のようだ。
いつも見せる『審神者』の顔じゃない。ただ一人の、かけがえのない女性が見せる心からの笑顔に、本当なら存在するはずのない心臓がギュッと掴まれた感覚がする。
「それじゃあ食べようか。いっただっきまーす」
ルンルンと、鼻歌でも歌いだしそうなぐらいの上機嫌さでチーズケーキを口に運ぶ姿を真正面から見つめる。
普段の食事も皆で摂るけど、その時主の顔から御簾が外されることはない。だけど今はそんな無粋なものが存在しないから、主の「んいひいぃ」と言うふやけた声だけでなく、緩んだ表情までしっかり見ることが出来た。
「美味しい? 主」
「うん。めっっっっっっちゃうまい」
グッとフォークを握り締め、力強く答える主の目はキラキラと輝いている。
主は自分のことを『モブ』だの『残念顔』だのと卑下するけど、僕からすれば主ほど輝いて見える人はいない。
いつだって一所懸命で、頑張り屋さんで、決して諦めることをしない。
そんな人だからこそ僕たちも全力で尽くせる。尽くしたくなる。
そんな魅力的な主をどこかうっとりとした気持ちで眺めていると、未だにケーキに手をつけていないことに気付いたのだろう。主が首を傾けた。
「どしたの? 食べないの?」
「あ、ううん。食べるよ。いただきます」
目の前で蕩けるような顔を見たからだろう。無意識にフォークを刺したのは主がくれたチーズケーキの方だった。
主が言うように、フォークを突き刺した瞬間からどっしりとした濃密なチーズケーキの感触が伝わってくる。その後到達した土台部分はザクッ、といい音を立てて簡単に割れ、口に含めばレモンの爽やかな香りが一気に広がり、突き抜けていった。
「――うん。美味しいね」
全体的にねっとりとした重たい触感だけど、甘ったるくはない。むしろ酸味が強く、甘さは控えめだ。でも市販のチーズのように発酵食品らしい独特の香りも強くないから、濃厚な味の割に食べやすいと思った。
「でしょ?! 他のお店にもニューヨークチーズケーキあるけどさ、ここのが一番美味しいと思うんだよね。私は」
そう言って再びケーキを口にした主は、やっぱり同じようにほにゃほにゃと頬を緩めて幸せそうに咀嚼する。
かと思えば一度コーヒーで口の中をリセットさせると、僕が半分に分けたコーヒーケーキにもフォークを刺した。
「因みにコッチもおすすめです」
「ふふ。そうだね」
まるで夜空の星を閉じ込めたみたいに主の瞳は輝いている。だから僕も一度ストレートの紅茶でチーズケーキの香りを流し込み、コーヒーケーキにフォークを刺した。
こっちはスポンジがメインだから、とても柔らかい。だけどコーヒーを目の前で焙煎しているかのように薫り高い。安物のインスタントコーヒーとは違う。もっと本格的なコク深い香りだ。だから決して軽い印象はない。
「ん〜、こっちも堪らんわぁ〜」
ふにゃふにゃと緩む主の顔と台詞に心底頷きたくなる。
こっちのコーヒーケーキはチーズケーキと違ってとても柔らかい。だけど口に入れ、舌に乗せた瞬間から口全体に広がっていくコーヒーの苦みがグッと高貴な印象を与えてくる。
それでいてしっとりとしたスポンジは簡単に砕け、ほろほろと解けていく。それを名残惜しく思いつつも、デコレーションとして散りばめられていたナッツを噛めば、コーヒーの香りの中に軽やかでありながらも香ばしいナッツの香りと甘さが広がる。
「うーん……。これは、すごく美味しいね!」
「でっしょ?! 光忠なら絶対に分かってくれると信じてた!」
流石主おすすめなだけある。どちらも違った魅力のある、甲乙つけがたい美味しさだ。
普段和食や洋食を作ってばかりでケーキは殆ど焼いたことがなかったけど、これは存外奥が深そうだ。やはりその道に進み、極めた人間が作るものは質が違うということだね。
流石にこの味を知った後では気軽に「僕が作るよ」とは言えないなぁ。
己の未熟さを痛いほどに感じていると、相変わらずニコニコとケーキを食べていた主が笑いかけてくる。
「でもさぁ、今日は光忠がいてくれて本当によかったな。って思ったよ」
「え? どうして?」
言ってしまえば僕は邪魔したようなものだ。本来なら主は一人で行こうとしていたのだ。普段一緒に過ごすことの多い陸奥守くんや小夜くんにも声を掛けず、偶然部屋から出て来た主を見かけただけの僕は運が良かっただけに過ぎない。
それなのに主は相変わらず裏表のない心を直球で投げてくる。
「だってさぁ、こうして自分が好きな物を一緒に分かち合ってくれる人がいるってことは、本当にありがたくて、すごいことだなぁ。って思うんだよ」
両手でコーヒーカップを持つ主は一度喉を潤すと、揺れる水面を眺めるように視線を落とし、色付いた唇を緩める。
「何ていうか、こうして光忠とケーキ半分こしたけど、幸せは半分こじゃなくて二倍になった感じがするっていうかさ」
「二倍」
「うん。半分こ同士にしたからって、足して一つに戻るんじゃない。半分ずつにしたけど、それが倍になって返って来た、って言うの? だって一人じゃチーズケーキもコーヒーケーキも一度に一個ずつ食べられないじゃん? でも半分ずつなら食べられるし、美味しさも共有出来る。これって最高に幸せじゃない?」
確かに一つのケーキは半分になった。だけど好きなケーキを二種類も食べられる方が幸せだと主は笑う。
自分ではそんな考えに至らなかったから、何だか新鮮だ。目から鱗って言うのかな。
だって僕たち刀剣男士はいつも皆で、大広間で揃ってご飯を食べる。だから現世の人たちのように一人暮らしをしたことも、一人でご飯を食べることもない。同じ釜の飯を食うのが当たり前だったから、主の考えと言葉に衝撃を受け、息が詰まってすぐには返事が出来なかった。
「……主は、すごいよね」
「え? なにが?」
「色々」
ただの道具だった僕たちでは見えないものを、僕たちからじゃ見えない視点で見ては伝えてくれる。
悩むことも、躊躇することもなく、心を、幸せを、惜しむことなく分け与えてくれる。それがどんなに大きくて凄いことなのか、きっと主は自覚していないんだろうなぁ。
「……ねえ、主」
「んー?」
目の前でモグモグと、再度ケーキを食べ始めた主に向かって僕も微笑む。
「――いつか、僕が焼いたケーキ、食べてくれる?」
今はまだ、このお店みたいに美味しくは出来ないだろうけど。いつかきっと、主に『光忠のケーキが一番』って言ってもらえるように頑張るから。
勿論出陣も疎かにしない。僕たちの本分は戦うことで、主を守ることだから。それだけは譲るつもりはない。
だけどそれとは別に『目標』を持つとするならば――やっぱり僕は、主に『僕が作ったものが一番美味しい』を言って欲しい――って、そう、思うんだ。
そんな決意を新たにする僕の考えなんてちっとも伝わってはいないのだろう。だけど主はそんなの『関係ない』と思えるほど明るい顔で、弾むような声で――「当たり前じゃん!」と笑ってくれた。
今日のことは誰にも教えるつもりはない。
皆に内緒でケーキを食べたことも、主のお気に入りだというこのお店のことも。全部全部、僕だけのものだから――。
「主。また、一緒に来ようね」
「ん? うん! 光忠もここのケーキ気に入ってくれたなら私も嬉しいよ!」
機嫌よく笑う主に微笑み返し、気付かれないようそっと目を閉じた。
今はまだ、この距離のままでいいと思いながら。
終わり
この後光忠お兄さんはケーキを作る動画とか本とか読みまくって滅茶苦茶勉強します。
そんで鶴丸おじいちゃんあたりから「光坊はぱてぃしえとやらに転職でもするのか?」と揶揄われます。そんなのほほんとした(?)お話でした。
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