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 今回は【兼定コンビと水野のお話】です。突然お菓子を作り始めた水野と、偶然それに出くわした兼定の二人。×よりは+って感じの、ほのぼの兼甘めのお話です。



 ◇ ◇ ◇


 人間誰しもふと思い立って行動する事ってあるじゃん? つまりはそういうことだったんだよ。

「主が――お菓子を?」
「ああ。オレも驚いたぜ」

 後ろからマジマジと、揃いも揃って長身の男二人に覗き込まれて居心地が悪いったらない。別に悪いことしてるわけじゃないのに、この居心地の悪さって何なんだろう。
 どことなく誤魔化すように咳払いすれば、後ろにいた二人――歌仙兼定と和泉守兼定は慌てて一歩退いた。


『気分はパティシエ!(※気分だけ)』


 人間誰しも突然『あ。〇〇しよう』って思う時あるじゃん? 私も『掃除しよう』とか『料理しよう』とか思うことは割とあるんだけど、今日は珍しく『お菓子作りたい』だったんだよね。

 そう。『お菓子作ろう』じゃないんだ。『お菓子作りたい』だったんだ。

 〇〇がしたい! やりたい! って思ったらもう居ても立っても居られないじゃん? それに今日は午前中に殆どの仕事終わらせてたし、午後も出陣・遠征が帰ってくるまでは暇だったんだよね。
 だから近侍の小夜にも「好きなことしてていいよ」って一時解散を告げ、一人でコソコソと厨に来たわけである。

 で。何を作りたいと思ったかと言うと、

「お。あったあった」

 ホットケーキミックスを使ったチョコレートブラウニーでーす。

 そりゃあね、お菓子作りが好きな人とか日頃から作ってて慣れている人は薄力粉使って作るんだろうけど、私はそこまで意識高くないから。とりあえず『失敗せずにそこそこ美味しく出来たらそれでオッケー』な適当人間なのだ。
 だから文明の利器に頼りますよ。主婦と子供の味方。手間暇の救世主、ホットケーキミックス様の出番でございますよ。

 というわけで早速取り掛かる。
 チョコレートはね、短刀達が好きなこともあって板チョコが何枚か常備されている。勿論小分けにされたバラエティパックもあるし、カカオ含有量が多い大人向けもある。
 だけど板チョコはミルクチョコしかないんだよね。私は見た目にそぐわずチョコレートは苦いものが好きだ。だからカカオ含有量が多いタイプのチョコを取り出し、バキバキと包丁で刻んでいく。
 その間にお湯を沸かしておき、ボールにチョコレートとバターを突っ込んで湯銭の作業へと移る。

「あ〜、心がチョコチョコするんじゃぁあ〜」

 チョコレートを細切れにしていた時から思っていたけど、湯銭して溶け始めたチョコレートから立ち昇る香ばしい匂いが堪らない。こう、濃厚で鼻の奥に残るのに、何故か嫌らしくないというか、誇り高いというか。バターの香りも混ざっているから余計にクるんだよね。
 そんな、甘いもの欲をガッツリ刺激する匂いにテンションも上がっていく。むしろウキウキで鼻歌でも歌いそうになった時だった。

 厨に思いがけない人物が顔を出したのは。

「うっわ、何だこの甘ったるい匂い。――って、主じゃねえか!!」
「おごごっ、な、何故和泉守がここに?!」

 大広間と厨を繋ぐ出入口にかけていた暖簾を潜り、姿を現したのは本日非番の和泉守兼定だった。和泉守はキョロキョロと、周囲に私以外の誰かがいないのか確認するかのように首を巡らせた後改めて近付いてくる。

「あんただけか?」
「そうだよー。私が、一人で、お菓子作ってるだけです」

 和泉守に軽く視線をやってから、湯銭しているチョコレートへと視線を戻す。うん。もう完全に溶けたな。
 チョコレートの甘い香りが立ち昇る中、弱火にしていた火を止め、ボールを上げる。
 それから予め出しておいたホットケーキミックスとココア、砂糖をそれぞれ秤にかける。流石に煮物みたいに目分量で作るわけにはいかないから、スマホでキチンとレシピを表示しているうえで測っているから失敗することはないだろう。
 それが終われば纏めてビニール袋に突っ込み、シャカシャカと振って混ぜる。

 やり方が適当とか言われても気にしない。だって皆に配るわけじゃないし。もし失敗したら目も当てられんからね。今回は自分の分だけしか作らんよ。あと自分が食べたいから作るだけだしね。
 だから分量は少なめ。チョコもバターもホットケーキミックスも、大量に使わなくてもいいように最低限の量だけに留めている。

 それが終われば卵と牛乳を別のボールに入れかき混ぜる。その前にチラリと、厨に来てすぐ火を入れていたオーブンに目を移せばまだ百度ほどしか上がっていない。これをかき混ぜ終わる頃には十分温まってるかな。
 なんて考えていると、和泉守がじっと動かずにこちらを見ていることに気付いた。

「どしたん。飲み物でも取りに来たんじゃないの?」
「あ? あー、まあ、そうなんだけどよ。あんたが厨に立ってる姿なんて初めて見たからさ」
「あー。そういやそうね」

 昔は、それこそ審神者になりたての頃は刀が揃っていなくて私がご飯作ってたけど、今じゃ皆に任せきりだ。一度おにぎりを皆に作ったことはあるけど、アレは手料理と書いてバレンタインプレゼントと読む別枠の何かだ。料理らしい料理でもないし、胸を張れるものじゃない。
 それに考えてみれば本丸でお菓子を作るのは初めてかもしれない。
 特に初期に来た刀以外は私が厨房に立っていること自体が稀だから、こうして不可思議に思うのも無理はないか。

「で? 主は何作ってんだ?」
「んーとね、チョコレートブラウニーっていうチョコレートを使った焼き菓子だよ。ほら、コレが完成形」

 立てかけてあったスマホに表示されている写真を見せれば、和泉守は「ふぅーん」と何とも言えない声を出す。
 和泉守は短刀達と違ってそこまで甘いものは好まなかったはずだ。ってことはこの匂いだけでもキツイかもしれない。幾らカカオ含有量が多いチョコだからって甘くないわけじゃないからね。
 だから用が済んだら部屋に戻るだろうと思っていたのに、その後も和泉守は動くことなくじっとこちらの動きを見つめている。

「……何?」
「いや、気になって」
「そんなに?」
「おう」

 そんなに珍しいか? 珍しいか。そうだよな! ごめんね、普段頼りきりで!
 なんてウザ絡みするわけにもいかないので、仕方なく視界の端に和泉守を置きつつ先程シャカシャカ振っておいたホットケーキミックス(その他)をボールに入れ、軽く混ぜてから溶かしたチョコレートを入れよう――としたところで、今度は別の刀が厨に姿を現した。

「誰だい? お菓子を作ってるのは。――え? あ、主?」

 揃いも揃って驚きやがって〜〜。と思いはしたけどグッと我慢する。だって事実だからね! 普段お茶を汲みに来るぐらいでしか厨に来ない奴がお菓子作ってたらそりゃあビックリするよね! ごめんなさいね! お騒がせして!

「もしかして邪魔?」
「え? え、あ、いや。そんなことはないけど……」

 明らかに呆然としている歌仙に問いかければ、途端に慌てた様子で言葉が返ってくる。そんな歌仙に和泉守はニヤニヤと笑い、まるで優等生を悪事に誘い込む不良のように肩を抱く。

「之定でも白昼夢かと思うよなぁ? 鶴丸の爺さんが見りゃあどんだけ驚くかねぇ?」
「うーん。数秒固まった後に主の周りをウロチョロして追い出されるだろうね」
「ははっ。もしくは本丸に残ってる奴らに報せに行くかだな」

 まったく。揃いも揃って好き放題言ってくれる。
 そう思う気持ちは確かにあるけれど、実際言い返せないレベルで厨に立たないのだから仕方ない。下手に反論してもいいことなどないし、ここは大人の対応としてスルーを決め込む。

 というわけで、作業に没頭しようと溶かしたチョコレートを改めてボールに入れて混ぜ合わせて生地を作っていく。
 ここでドライフルーツとかクルミとか入れたら美味しいんだろうけど、面倒だからしない。フルーツとかナッツがなくても十分美味しいのがブラウニーの強みなのだ。

 ただ、ここで若干邪魔になってきた男二人に――だって背中に貼りつくようにしてこちらを見下ろしてるんだよ――軽く咳ばらいをし、視線を向ければそそくさと数歩下がる。

 そんな二人にどこか呆れたような諦めのような気持を抱きながらも混ぜ合わせた生地を四角い型に流し込み、温まったオーブンの中に突っ込んだ。
 ここまで来たらあとは焼けるのを待つだけ。十分か十五分ぐらいで焼けるだろう。
 なんて考えていると、後ろでコソコソと話していた兼定の二人が近付いてくる。

「もう終わったのか?」
「言い方は悪いけど、一体どういう風の吹き回しだい?」
「和泉守はともかくとして、歌仙さんもっと他に言い方なかったの?」

 あんまりな言われようにガックリと肩を落とせば、すかさずフォローするかのように「そういうつもりじゃないんだ」と返ってくる。

「ただ、君が厨に立つだなんて珍しいから、何かあったのかと思ってね」
「別にないよ。ただ『あー、お菓子作りてー』って思ったから作っただけで」
「そうなのか?」
「うん。そう。ブラウニーってお菓子の中じゃ作るの簡単な方だから」

 勿論本格的にアレコレするならもっと色々用意するものがあるけど、それでも家庭で作れるお菓子の中では簡単な方だろう。
 ほどよく甘く、それでいて腹持ちもいい。その分カロリーもあるけどな! そこはもう気にしたら負けだということで焼きあがるのを待つことにする。

 勿論ただじっと座って待ったりせず、使った器具を洗いながらね。

「なあ、主。これ出来上がったらどうすんだ?」
「え。どうもこうも食べるけど」
「そうじゃなくて。本丸にいる皆に分けるにしては量が少ない気がするんだけど、って話だよ」

 歌仙に言われてギクリとする。確かに今日は百花さんの刀も来ない日で、出陣と遠征、そして演練で殆どの刀が出払っているとはいえ、内番組は本丸の敷地内にいる。完全なる非番は兼定の二人だけなのだ。

 と、なれば。言うことはただ一つ!

「二人が黙っててくれたらいいんだよ」
「は?」
「え?」

 ぽかんと、目も口も分かりやすく広げてこちらを凝視してくる二人に、御簾で見えないことも構わずにんまりとした笑みを向ける。

「だーかーら、三人で食べようって言ってんの! あ、勿論近侍の小夜くんにも後でコッソリ渡すけどね」

 焼き上がったら小夜の分だけ分けて、あとは自分と二人で食べきってしまえばいいのだ。幸い量は多くない。二人が甘いものが苦手で食べられないと言っても私ならいける。そもそも一回で食べきらなくてもいいしね。こっそり隠しておいて後から食べるのもありと言えばありだ。
 だけど二人は何かを確かめあるかのように視線を合わせると、何故か硬く決心したかのように一度頷きこちらに向き直る。

「分かった。オレ達と主との秘密、ってことだな」
「主の手製となれば奪い合いになるのは目に見えているからね。今日の僥倖を噛み締めて頂くとするよ」
「流石に大袈裟すぎませんかねぇ?!」

 何だか大事に捉えられている気がしなくもないけど、深く突っ込んだら負けというか危ない気がする。ええい、スルーだスルー! 気にしたら負け!
 軽く頭を振り、再開させた後片付けも二人が手伝ってくれたのであっという間に終わってしまった。だから適度に雑談を楽しみつつ、遂に焼き上がったブラウニーをオーブンから出す頃には二人もソワソワとしていた。

「へえ〜。これがブラウニーってやつか」
「チョコレートケーキの亜種、って感じかな?」
「うん。そうだね。簡易版チョコレートケーキ、みたいな感じかな?」

 湯銭していた時とはまた違う、焼き上げたが故の香ばしい香りが鼻孔をくすぐっていく。正直早く食べたいけど、粗熱を冷ますまではお預けだ。
 普段甘いものを進んで口にしない和泉守も未知なる食べ物だからか興味津々で、歌仙と一緒に熱々のブラウニーに視線が釘付けになっていた。

「そういや、思ったより手際がよかったよな。何度か作ったことがあるのか?」
「うん? まあね。実家では時々作ってたよ」

 流石にケーキは焼いたことないけど、ブラウニーは何度か作ったことがある。あとは生チョコとかワッフルとかも。どれもこれも簡単なものばかりだから自慢は出来ないけどね。

「ねえ、主。君は前にもここでお菓子を作ったことがあるのかい?」
「いや、本丸ではないよ。今回が初めて」

 実家でもそこまで頻繁に作っていたわけじゃないし、本丸では殆ど仕事に追われたり事件に巻き込まれたりでそんなことをする余裕がなかった。だからこれが初めてだと伝えれば、歌仙はゆっくりと――こちらが赤面してしまいそうなほど、柔らかな笑みを顔いっぱいに浮かべた。

「――そうか。それは、いいことを聞いた」

 お、おおおおおう。

 なんか、よく分からんけどよかった。いや、よくはない。そういえば忘れそうになってたけど、歌仙も私の事結構その、す、好きでいてくれてたんだった……。いや、忘れんなよ私。忘れちゃダメだろ、私。

 思わず固まる私と微笑む歌仙に何を思ったのか、和泉守がやれやれ。と言わんばかりに肩を竦める。
 その後話題を変えた和泉守の機転により妙なむず痒さを感じる空気は霧散したが、改めて『手料理』というものが威力をもつものだと認識することになった。

「さて。それじゃあ食べようか」

 小夜の分を取り分けた後、歌仙が用意してくれたお皿に切り分けたブラウニーを乗せる。
 正直出陣を含め、働いてくれている皆には内緒にして悪いとは思う。思うけど、食べたかったんだよ。私が。でも失敗したらと思うと大量に作るわけにもいかなかった。
 だからごめんね。と胸中で手を合わせる。

 では気を取り直して!

「いただきまーす!」

 しっとりではなくサックリと、軽い仕上がりを目指して焼き上げた生地は予想通り表面はサクッとして、中はフワフワとしている。口に入れた瞬間に香るのは、ふんわりとしたココアの甘い香りだ。だけど噛み砕いて舌に乗せた途端、口いっぱいにほろ苦いチョコレートの香りと甘みが広がっていく。
 勿論ホットケーキミックス自体が甘いからそこまで苦くはない。どちらかといえばビターテイストだ。ブランデーでも入れておけばもっと大人な味になったんだろうけど、生憎下戸なのでパスだ。むしろ永遠に入れるつもりはない。

 うむ。我ながら上手に出来たじゃないか! なんて上機嫌にムフムフしている私の目の前では、初めてブラウニーを口にした二人が頬を緩めていた。

「ああ――。とても美味しいよ、主」
「うん。うめえ」

 食レポみたいに長々と語られなくても分かる。最低限でいて、けれど最上の感想に私も自然と頬が緩んでくる。

「へへっ。ありがと」

 ヒラヒラと、どちらから零れたのか分からない桜が舞う。あるいは嬉しかった自分が起こした目の錯覚か。どちらにせよたまにはお菓子も作ってみるもんだなぁ。としみじみと感じた。


 因みに午後の業務を再開させた時に戻って来た小夜にも渡せば、すごく喜んでくれた。
 可哀想だけど「お兄ちゃんたちに内緒にしてて欲しい」と言ったら驚いたような顔をされたけど、その場で食べて何度も「美味しいよ」と言ってくれたので、絶対にまた作って、今度は皆に食べてもらおうと思った。



終わり




 この後お皿片付けた後必死に厨とか大広間に消臭スプレー振りまくって歯磨きもして匂いと言う名の証拠隠滅に勤しむ三人がいます。(笑)


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