小説
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 婚活会場ではひたすら面白くない時間を過ごしたが、幼馴染であるやっちゃんと再会した時はめちゃくちゃ楽しい時間を過ごすことが出来た。
 あの後お互いのスタンプ爆弾で一通り笑い合い、ぬるくなったコーヒーと炭酸の抜けたメロンソーダーにワーワー騒いだ後店を後にした。

「え? あんた颯斗くんに会ったの?」
「うん。元気そうだったよ」

 その夜、両親と向かい合って晩ご飯を食べながらやっちゃんと遭遇したことを話すと、母は「勿体なかったわよね〜」といきなり嘆き始めた。

「颯斗くん、女の子の中ではあんたと一番仲良かったじゃない。お母さん、結婚するなら颯斗くんとすると思ってたのに」
「ずぅあ〜んねぇ〜んでぇ〜したぁ〜。やっちゃんはもう既婚者どぅえーす」
「腹立つわね〜、あんた」

 テレビ画面からひたすら野球中継が流れる中、姦しく喋り倒す私と母に父さんが苦笑いを零す。

「でも、颯斗くん立ち直ってよかったな。ほら、事故に遭った当時はすごく大変だったみたいだから」
「うん。でも、やっちゃんはちゃんと立ち上がれる人だよ」

 確かに、小さい時から『サッカー選手になりたい!』と瞳を輝かせていた少年には酷な事故だった。でも、それで引きこもるような男じゃない。現に『オレみたいなやつを減らしたくて』と言ってスポーツ整体師になったやっちゃんは、ちゃんと前を向いて歩いていた。
 そういうところも潔くて好きなんだよなぁ。と内心だけで続けながら母特性の麻婆豆腐をレンゲで掬っていると、突然母が手を叩いた。

「そうよ! そうなよ! ちょっとあんた、相馬くんのこと覚えてる?!」
「おごっふっ!」

 いってえ!! 唐辛子が喉に染みた!!!
 やっちゃんで既に一度爆撃を喰らったというのに、まさか母親からも喰らわされるとは思ってもみなかった。喫茶店にいた時よりも更に噎せる私に、両親が揃って「大丈夫か」と声をかけて来る。

「ゲッホ、ゲホッ! え、ちょ、なに? 何で突然そーくんの話になんのさ」

 注いでもらった水を飲みつつ母を見れば、婚活に失敗した娘に「新たなチャンスを」とでも思っているのだろう。母が地元の情報誌を見せて来る。

「ほらここ。見てよ、ここ」
「は〜? 何なのさ突然」

 訝しみながらも雑誌を受け取り、母が指さすところに視線を落とすと、そこには一人の男性が載っていた。
 柔らかそうな艶やかな黒髪に、誠実そうな瞳。白衣を纏った清潔感漂う男性は地元の医療機器メーカーで働く男性らしく、彼へのインタビューが掲載されていた。

「誰コレ」
「あんたよく見てみなさいよ! ほらここ! 名前読んで!」
「えー? 名前……『若宮相馬』…………。そーくん?!」

 驚き過ぎてちょっと、理解するまで時間が掛かってしまった。え? いや、だって。あまりにも違いすぎるんだが?!

「嘘でしょ?! そーくんこんなガッシリ体型じゃなかったじゃん!!」
「ねー! いい男になったわよね〜! うちに来た時はこーんなに小さくて、背も丸めておどおどしてたのに!」

 あの引っ込み思案の、やっちゃんと私の後ろに隠れるようにして立っていたか細い男の子は一体どこに行ったのか。
 相変わらず肌は白いみたいだけど、あの野暮ったい丸眼鏡はどこにもなく、誠実な瞳を隠していた前髪も眉毛の上で切り揃えられている。若干癖毛だった黒髪は、現在茶髪のやっちゃんとは違い一度も染めたことがないのだろう。艶やかに煌めいている。

「うっっっそ……。マジか……」

 昔からプクプクしていた私とは違い、いい方向に体型が変わったそーくんに昔の面影はない。それでもインタビュー記事を読み込んでいけば、頑張り屋さんで優しい性格なのは変わらないようだった。

「あんた相馬くんと会ってきなさいよ!」
「はあ?! なんで!」

 母は私がそーくんに告白されたことを知らない。だって話してないから。ていうか、話すことじゃないと思ったし。幾らこちら側が振ったのだとしても、そーくんの大事な気持ちを親とはいえ気軽に話していい内容だとは思わない。だからずっと黙って来た。
 だけどそれが裏目に出るとは。
 母に「颯斗くんと会ったなら相馬くんとも会ってきなさいよ。幼馴染なんだから」と言われてしまい、思わず言葉に詰まる。

「でも、連絡先知らないし……」
「じゃあお母さんが連絡してあげる。若宮さん家の奥さんとはママがお友だちだから〜」
「うっぜえ〜〜〜〜。マジうっぜええ〜〜〜〜」

 食卓に突っ伏しながら悪態をつくが、母は「おほほほほ」と高笑いするだけでこちらの心情を理解しようという気がない。父はそんなどっちもどっちな母子に相変わらず苦笑いを向けるだけで、止めることもテレビのチャンネルを変えることもなかった。

「ってことだから、あんた暇な日教えなさい」
「暇じゃねーし。ずっと忙しいし」
「うっさいわね。じゃあ相馬くんに明日暇か聞くわよ?」
「アポイント取るの下手くそか!」

 いきなり電話掛けた挙句翌日に予定ブッ込もうとするアホがどこにいるんじゃ!! と突っ込むが、じゃあいつがいいのよ。と返されてしまい、再度言葉に詰まる。

「ほらほら〜。二人きりが恥ずかしいならママが颯斗くんも誘ってあげまちょうか〜?」
「うぜえ〜〜〜〜。あーもう分かったよ! やっちゃんに聞いてみるから、母さんは絶対に、ぜっっっっったいに!! 勝手に連絡しないでよね!!」
「にょほほほほほ! 分かればいいのよ、分かればっ」

 調子のいい母親に神経を逆なでされるが、こんなことで怒っていたらキリがない。胃の底から這いあがってくるムカムカを抑えるべく残りの麻婆豆腐を口に突っ込めば、父が応援しているチームが逆転ホームランを打たれ、夫婦揃って「あ〜!」と情けない声を上げた。


 ◇ ◇ ◇


 で。夕食後。風呂も入って自室に篭り、仕方なくアプリを起動してやっちゃんにメッセージを飛ばす。

『助けろください』

 たった一言だ。一応土下座する現場猫のスタンプも送ったけど、挨拶もクソもないクソメッセージだ。それでも送れば数分後に『どした?』と返事が来たので、母に悪巧みされたことを素直に告げる。

『あ〜。おばさんには内緒にしてたのか〜』
『YES』
『でも、いいと思うぜ。飯行くぐらい』
『ふぁ?! マジで?!』

 驚きのあまり横になっていたベッドから起き上がるが、やっちゃん曰く『相馬とよくお前の話してたから』と言われて目ん玉が飛び出そうになる。

『は?! マジ?!』
『おう。とりあえず相馬にはオレが連絡いれとくから』

 三人ともそれぞれ違う職種に就いている身だ。昔みたいに朝から夕方まで遊び倒す、なんてことは出来ないが、夜に飲みに行くぐらいなら出来るだろう。まあ、私は飲めないんだけどね。

『あ。先に言っておくけど私アルコールダメだから』
『りょ。ちな相馬も弱い』
『ヘイ! ナカーマ!』
『またオレだけ仲間はずれなんだよなぁ……』

 お酒が飲めない私たちとは違うらしい。やっちゃんは男泣きするキャラのスタンプを送って来る。それが可笑しくて吹き出せば、すぐさま『飲酒禁止宣言』のスタンプを送って来て更に笑った。

 そんな懐かしい“友人”との再会を果たし、意外と楽しい休日を過ごした翌週。本丸に戻ってからも毎日のようにやっちゃんとのメッセージは続いていた。

「主、最近ご機嫌だね」
「ヴェッ?! だッ、あ、そ、そう?」

 休憩時間ということもあり、昨夜から続くやっちゃんとの『ゲーム談義』に返信していたところを小夜に見られていたらしい。お盆にお茶とお茶菓子を乗せたまま、小夜は「うん」とどこか嬉しそうな顔で頷く。

「この前帰って来た時から、なんだか楽しそう。皆もそう言ってるよ」
「ま、マジか……。案外見られてんのね……」

 職務中はスマホなんて弄らないし、メッセージの返信だって休憩中か寝る前にしかしていないのに。それでも私が楽しんでいることは周りにも伝わっているらしい。何だか恥ずかしくなる。

「でも、いいことだと思うよ。主は、いつも変なことに巻き込まれるし、周りのことばかり気にして、自分のことは二の次だから……」

 コトッ、と軽い音を立てて目の前に出された湯呑にはあたたかなお茶が注がれている。やわらかく立ち昇る湯気と、鼻腔をくすぐる仄かな香り。それにほっとしつつ湯呑を両手で持てば、小夜はどこか安心したような顔でこちらを見ていた。

「少しでも、現世に繋がりがあることが、僕は、嬉しい」
「ぁ……」

 そっか。刀剣男士たちの神気を与えられているだけでなく、今の私には神の加護まで与えられている。そのうえ二つの背反する神の気が流れているのだ。『人非ざる者』になってしまった私が少しでも現世に執着がなくなれば、この肉体は現世に馴染まなくなるだろう。
 だけど、小夜はそれを望んでいない。彼は私と一緒に過ごす時間をとても大切にしてくれるけど、それでも――。彼は私に『人として生きて欲しい』と思っているのだ。

「……ありがとう。小夜くん」
「ううん。でも、いつかは皆にもバレることだから……」

 小夜はちらり、と私の顔を見上げてくる。例え御簾をしていようと、お守りで力を抑えていようと、一度目にすれば忘れられない。左右非対称の色を持つ瞳を咄嗟に押さえれば、小夜は目を伏せた。

「……まだ、皆にはバレてないよね?」
「うん。でも、それも時間の問題」

 分かってる。陸奥守が加護を授かった翌日、本丸は『鳳凰様の気配がする』と一時騒然としたのだ。それこそ、私がうっかりお守りを忘れてしまった夜半に気配を察知し、起きた刀も沢山いる。
 だけど鳳凰様が私に会うために降臨なさったと思ったらしい。結局は大きな騒ぎになる前に収束した。

「陸奥守さんもうまく隠してるけど、大典太さんたちは時々陸奥守さんのことを目で追ってる。陸奥守さんもそれを分かってるから、その度にうまく躱してはいるけど、あまり長くは続かないと思う」
「だよねぇ……」

 武田さんに報告は出来なくとも、うちの刀には報告した方がいいのだろう。でも、幾ら現代人から見ても広く見える本丸であっても沢山の刀がいるのだ。どこから情報が洩れるか分からない。
 それに、彼らの中に裏切り者がいるなんて考えたくはないけど、私を狙う人たちに、刀を通して何かを悟られたら不味いのだ。だから皆も何か気付いていても尋ねて来ないのだろう。それが心苦しくも、有難くもある。

 とはいえあれから特に変わったことはないのだ。今までみたいに妙な夢を見ることもなければ、竜神様や鳳凰様に呼ばれることもない。
 戦績に異常が出ることもないし、合戦場に異変が起きたこともない。順風満帆。それが、嵐の前の静けさのようでどこか不気味でもある。

「……何も起こらないといいけど」

 ぐびっ。と飲み込んだお茶はほのかな甘みを感じさせ、薄ら寒い気持ちになっていた私の神経を優しく抱きしめてくれた。





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