小説
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 陸奥守に鳳凰様が『加護』を授けてから早数日。今までの事件のように一気に事態が解決することはなく、むしろズルズルと時間が過ぎるだけだった。


『男友達』


 竜神様と鳳凰様という、水と火を司る神様の加護が全身に流れ始めてからもうすぐで二週間が経とうとしている。その間に竜神様は宝玉の奉納先を本丸に変更したためか、随分とお加減がよくなったらしい。ここ最近鏡で顔を見ると青色に変わった左目に“水の気”を強く感じるようになってきた。それに私やうちの刀だけでなく、預かっている刀たちも神棚に参拝しているからだろう。信仰心を得て一層力を強めているらしく、百花さんの太郎太刀や石切丸が「よい気が流れている」と太鼓判を押してくれた。
 でも逆に右目で感じられる“火の気”は変わらない。強くもなければ弱くもない。相変わらずあたたかな橙色と赤色が交互に見え隠れする。それに、鳳凰様の加護を受けた陸奥守は私みたいな分かりやすい変化は訪れず、現場にいた小夜以外には気付かれていないようだった。

「んー……まあ、厳密に言うたら変わっちゅうけんど、そこは鳳凰様がカバーしてくれちゅうみたいじゃ」
「あ、そうなの?」
「おん。やっぱり“火の神様”いうがは特別やき」

 特別、か。
 執務室でいつものように仕事をこなしつつ、近侍の陸奥守と共に書類を捌いていく。
 ここ数日は政府からの仕事も来ていないし、夢前さんや日向陽さんからの猛烈アタックも鳴りを潜めている。おかげで静かに過ごせているが、却ってそれが不気味にも感じられる。……忙しさに慣れ過ぎたんかな……。

「それにしても、今までの事件と違ってここまで長引くのは変な感じだね」
「逆じゃ。今までがおかしかったがよ。普通“怪異”は一筋縄では解決できんもんばかりやき」
「なるほど?」

 陸奥守は呆れを滲ませた声で返答するが、普通に考えてみれば“怪異”とはそう簡単に解決出来ない厄介な事件のことだ。それがたった数日で解決出来ていた今までが可笑しいのだと、言われてから改めて「それもそうだな」と思い直す。

「それよりも、問題はおまさんの方じゃ。明日は現世に帰る日じゃろ? 大丈夫なが?」
「うん。とりあえずはね」

 今回は別に婚活云々があるから帰るわけではない。とはいえ、婚活した日にぶっ倒れたからあの日のことは親に報告していない。親も私が倒れた後だから聞くに聞けなかったみたいだし、いい加減その話をする必要があった。

「わしらがついて行けたらよかったんやけんど……」
「あはは。大丈夫だって」

 確かに、今二柱の神様の加護――それぞれ異なる気質の神気が流れているため、現世に戻ればどんな変化が起きるのか分からない。肉体と精神の接続に違和感を覚えて気分が悪くなるかもしれないし、今まで見えなかったもの、見たくなかったものが見えるようになるかもしれない。それでも私の『帰る場所』は現世にあるのだ。この本丸ではなく。

「それでも用心しとうせ。えいな?」
「はーい。気を付けます」

 決して楽観視しているわけではないけれど、首に下げていた、お師匠様から頂いた『神気を抑えるお守り』がある。それにまだ“現世に拒まれている”わけではないのだ。体調面についての心配は然程ない。
 あるとすれば今回の事件についての手がかりと言うか、情報がつかめたらいいな。と思うぐらいだ。ただ刀剣男士たちのいない現世で余計なことに首を突っ込むとマジで五体満足で帰れるか分からないので、何事もなく本丸に戻ってくることの方が大事だ。だから陸奥守の心配を「過剰だなぁ」と今までみたいに笑い飛ばすことは出来なかった。

 で、結局その日も特に事件に進展はないまま夜は更け、朝になり、迎えた晴天の下現世に戻ることになった。

「じゃあ行ってくるね」
「ん。気を付けてな」
「何かあったらすぐに呼んでね」
「分かってる。二人共、本丸をよろしくね」

 基本的に私が休みの日は刀たちも休みにしている。だから手入れが必要なほどの大きな怪我も争いも起きないはず。それでも頼りになる二振り――陸奥守と小夜に後のこと任せ、現世に繋がるゲートを潜った。

 ――で、そのまま真っ先に家に帰ったのかと言うと、そんなことはなく。
 現在進行形で街をぶらついていた。

「なーんか知らん間に色んな建物が建ってるなぁ〜」

 都市開発でも進んでいるのだろうか。見慣れた街並みであるはずなのに、どこか違和感のある道を歩いてはその辺の店を覗いていく。思えばこうして一人で買い物に来たのも久しぶりだ。最近は『買い物』と行ったら万事屋だったし、現世に戻っても母親と出かけるか、友人と電話するとかだったから、変な感じだ。
 本丸で感じる騒がしさとは違う、生身の人間たちが行き交う忙しなさを肌で感じながら歩いていると、ふいにすれ違った男性がこちらを振り返ったらしい。

「――ユカ?」
「……ん?」

 一瞬自分の本名が呼ばれているとは思わず、そのまま素通りしようとする。だけどすぐさま手首を掴まれたことで意識がそちらに行き、バッと振り返れば背の高い――落ち着いたダークブラウンに染めた髪と、スポーツマンのようなスラリとした体躯の男性がこちらを見下ろしていた。

「やっぱり! ユカだよな?!」
「えっと……。どちらさまですか……?」

 今までずっと『水野さん』って呼ばれてきたから忘れそうになっていたけど、ここは現世だ。もし私を知っている人がいたら本名で呼んでくるのは当然のことだ。
 だけど現在、手首を掴んで笑顔を向けて来る男性に見覚えはなく、つい警戒してしまう。が、その男性は「そりゃ分かんねえよなぁ」と苦笑いすると、すぐに誰なのか教えてくれた。

「ガキの頃よく一緒に遊んだだろ? “やっちゃん”だよ」
「……え? え?! 嘘?! やっちゃん?! マジで?!」

 “やっちゃん”こと『八神颯斗(やつがみはやと)』は、園児の頃から中学卒業まで一緒だった『幼馴染』だ。高校は別のところに行ったからその後会うことはなかったんだけど、まさかこんな街中が再会するとは思ってもみなかった。

「マジか! 元気?!」
「おう。元気元気。てか、ユカも相変わらずだなー」
「はー? どこが相変わらずだって〜? 私だってちゃんと変わったっつーの」

 昔と変わらぬノリで、昔よりずっと広くなった背中を軽く叩けばケラケラと笑われる。
 でも懐かしいなぁ。小さい頃はやっちゃんを含めた何人かで遊び回っていた。特に私は幼稚園の時から一緒だったから、彼のことはよく覚えている。それに何より――

「やー、まあ一瞬『別人だったらどうしよ』とか思ったけど、なんっつーか、勘? それがユカだって言ってたんだよ。だから長い間会ってなくても見つけられたのは、ユカが変わってねえってことじゃん?」

 やっちゃんが言うように、やっちゃんは昔から私を見つけるのがうまかった。かくれんぼでどこに隠れても、絶対に見つけて来る。お祭りで迷子になった時も、初めて履いた靴で靴擦れが出来て、遠足の列から置いて行かれた時も。いつだってやっちゃんが見つけてくれた。だから中学卒業時から会っていなくても私だって気付いたんだろう。相変わらずとんでもない才能である。

「それを言うなら変わってないのはやっちゃんの方でしょ。私は、ほら。今はちゃんと化粧してるし」
「おう。だから一瞬マジで『別人かも』って焦った。うん。綺麗になったよなぁ」
「うぐっ」

 まさか素直に褒められるとは思っておらず動揺してしまう。だけどやっちゃんの表情を見るに揶揄っているようにも見えず、本当にそう思ったんだろうな。というのが分かって尚更頬が熱くなってくる。

「あー……やっちゃん、ほんっと相変わらずだね」
「お? よく言うぜ。オレと違って『どちらさまですか〜』ってバチクソに警戒してたくせによっ」
「う、うるさいな! いきなり本名呼ばれたらビックリするっつーの!」

 一瞬の動揺を誤魔化そうと、必死に言い返す私を簡単に笑い飛ばす。そんな、昔から変わらないお日さまみたいな笑みを顔いっぱいに浮かべてこちらを見下ろしてくるやっちゃんに、かつて抱いた“恋心”が俄かに疼く。

 そう。“やっちゃん”は何を隠そう、私の『初恋』を捧げた男だった。


 ◇ ◇ ◇


「へ〜。じゃあこっち戻ってきたんだ」
「おう。最初はあっちで暮らしてたんだけど、嫁がもうちょっと余裕持って暮らしたい、って言うからさ。東京から戻ってきた、ってわけ」

 お互い特に用事がないということで、立ち話もなんだから近場の喫茶店に入って話を続けていた。
 やっちゃんは高校進学時に地元を出て東京に出たのだが、それから暫くの間戻って来ていなかった。成人式もこっちではなく東京の方で参加したらしく、こっちに戻って来たのも数ヶ月前だという。

「やっぱ東京って大変なの?」
「いや、そうでもなかったけど、最近は事件も多かったからなぁ。ニュースにもなってただろ? 通学路で子供が襲われたやつ」
「ああ、あったあった」
「あれうちの近くだったからさぁ。それ以外にも電車とか、街中とかでも変なことする奴多かったし、難癖付けて来る奴もいたし、子育てには向かねえかなぁ、って」
「奥さん妊娠してるの?」

 やっちゃんは昔からモテ男だった。そんな彼の左手の薬指にはしっかりと指輪が輝いており、彼が既婚者であることが見て取れる。それにさっき本人の口から「嫁」って単語出て来たしな。別にこれといったショックを受けたわけではないけれど、どんな人と結婚したのかはちょっと興味がある。

「いや。そろそろ欲しいな、とは言ってるけど、まだ出来てはねえよ」
「そっか。そういやいつ結婚したの?」
「結婚自体は三年前。大学生の時に出会ってさ。それから一緒に暮らしてんだよ」

 私が知っている“やっちゃん”は外で元気に走り回るクソガキ時代から思春期真っ只中の中学時代までだ。だから奥さんが知っているであろう大学時代から今のやっちゃんについては何も知らず、幼馴染なのにどこか新鮮な気持ちで彼の話に耳を傾ける。

「そう言うユカはどうなんだよ。彼氏いんの?」
「いるわけねえじゃん。私によ」

 ケッ、と頬杖をついて悪態じみた態度を取れば、途端に「知らねーよ」と笑われる。だけどその声にバカにしている気配はなく、こちらも安心してやさぐれかけていた気持ちを戻せた。

「勿体ねえよなぁ。ユカ、結構男子と仲良かったじゃん」
「え〜? そうかあ〜?」
「そうそう。オレとはガキの頃から一緒だったから普通に仲良かったけどさ、クラスの男子とも普通に喋ってたし、お菓子交換とかしてたじゃん。バレンタインとかにもさ」
「バレンタイン〜? あー、それはあいつらが“くれくれ”って言うから……」

 やっちゃんが言っているのは中学時代の話だ。小学生の時は特にバレンタインなんて意識したことはなかったけど、中学になるとそれなりに男女ともに恋愛ごとに敏感になってくる。
 そのせいかよく話をする男子からは『バレンタインよろしく!』なんて言われて、仕方なく、慈悲で、義理チョコを渡していたのだ。
 でもあんなのただのお遊びみたいなもんじゃん。そんな気持ちで運ばれてきたアイスコーヒーにストローをブッ刺して軽くかき混ぜれば、やっちゃんは「ふぅーん」と返しながら一緒に運ばれてきたメロンソーダーのアイスをスプーンで掬う。

「じゃあ相馬は?」
「ん?!」
「あいつ、そういうの自分で言えるタイプじゃなかったじゃん。でも、ユカ絶対チョコあげてただろ?」
「そ、それは……」

 相馬、とは小学校から一緒になった男子の一人だ。元気が取り柄のやっちゃんや私とは違い、いつも一人で読書をしているような引っ込み思案の男の子だった。だけどそんなことを気にする私たちではない。気付けばやっちゃんと二人でもたつく彼の腕を取り、外に遊びに行っていた。
 だけど彼が今どこで何をしているのか。私は知らない。

「つーか、もう時効だと思って聞くんだけどさ。ユカ、何で相馬のこと振ったんだ?」
「んッぐっ」

 ズズーッ、とアイスコーヒーを飲んでいたにも関わらず、いきなりブッ込まれたとんでもねえ質問に思わず噴き出しそうになる。それを寸でのところで堪えたものの、結局咳込めば悪気のない声で「んな芸人みたいな反応すんなよ」と笑われてしまった。

「ゲホッ! 誰が芸人じゃ! っていうか、普通にブッ込んでくんなし! ビビるじゃん!」
「いや、でも気になってたんだよ。だって相馬、ずっとユカのこと好きだったじゃん」
「ぐふっ」

 決して忘れていたわけではない。忘れていたわけではないんだけれども、それでも蒸し返されたら苦いものが込み上げてくる。
 確かに『彼氏いない歴=年齢』の喪女中の喪女ではあるが、実のところ、男性に告白されたのは陸奥守が初めてではなかった。

「……そーくんのことは、普通に好きだったよ。でも、なんていうか……“友達”としてしか見れなかったんだよ」

 若宮相馬(わかみやそうま)。苗字みたいな名前を持つその男の子は、やっちゃんとは真逆の性格をしていた。
 初めて会ったのは小学校二年生の時。ただでさえ背は低かったのに既に猫背気味で、口数が少なく滅多に笑わなかった。それに黒縁の丸眼鏡に、それを隠すかのように前髪を伸ばしていたから周りのクソガキ共から「お前そんなだからメガネかけてんだろ」なんて揶揄う言葉がよく飛んできた。そんな陰気な見た目をした男の子は肌も白く線も細く、外で遊び回って日に焼けていた私と性別を入れ替えた方がしっくりくるほど大人しい子供だった。

「ふぅ〜ん? そんなもんかね」
「そりゃあ、昔からモテモテだったやっちゃんは『女は皆恋愛するもんだ』と思ってたかもしれないけど、私はそうじゃなかったんだよ」

 昔から足が速くサッカーが得意で、性格も、ちょっと悪戯っこだったがそれが魅力的だったやっちゃんは女の子たちから人気だった。実際、私も彼のことが「好き」だったしな。
 でも、何ていうのかな。確かにあれは私の『初恋』で間違いなかったんだろうけれど、それでも周囲の女の子のようにやっちゃんを『一人占めしたい』という気持ちにはなれなかった。

「流石にそこまでは思ってねえ、って。でも、ユカは皆で遊ぶのが好きなタイプだったしな」
「うん。だから……何ていうのかな。“特別”な誰かを作るのが、多分……イヤだったんだと思う」

 多分っていうか、絶対そうなんだよな。だって、それは今でも変わらない。陸奥守に返事をした時に皆に説明した通りだ。私は、大切な皆の中から“一番”を決めるなんて出来ない。

「だから、そーくんの気持ちに応えることが出来なかった」
「そっか……。まあ、こればっかりはな。オレも色んな子の告白断って来たし。その気持ちが分からねえわけじゃねえよ」

 昔からモテていただけに、やっちゃんはよく告白されていた。それこそ園児の時から。でも、私は彼に告白はおろか、好意すら伝えて来なかった。

「まー、私も時効だから言うけどさ、ちっさい時、やっちゃんのこと好きだったんだよ」
「ブッ! はあ?! マジで?!」
「うん。マジマジ。今はもうそんな気持ちないけどね」

 さっきのお返しと言わんばかりに、メロンソーダーを楽しんでいたやっちゃんにブッ込めば案の定目を丸くする。でも、本当に今はそういう気持ちはないのだ。かつての淡い記憶が疼くことはあっても。

「し、知らなかった……」
「そりゃ言ってなかったからね。てか、別にやっちゃんのこと一人占めしたかったわけじゃないし。言うつもりがなかったんだよ」
「は〜……。でも、ユカにまで告白されてたら、オレ、ちょっと恋愛苦手になってたかも」

 女の子にキャーキャー言われて実際に喜ぶ男はそういない。現にやっちゃんは自分をつけ回すかのように後を着いて来る女子たちが苦手だった。何だか監視されているみたいで、それこそ『動物園のチンパンジーか何かかよ』とよく愚痴っていたのだ。だから余計に言えなかったし、言いたくなかったのだが、それを抜きにしても私の「好き」は彼女たちの「好き」とはどこか違う気がしていた。

「やっちゃん、一時期グロッキーになってたもんね」
「そりゃあなぁ。だってサッカーの練習まで見に来てたんだぜ? いい加減にしろよ、って感じだったよなぁ」

 小学生の時は地元のサッカーチームに、中学に上がってからはサッカー部に所属していた。元々サッカー部員はモテやすい。おかげでやっちゃんは数多の視線に晒され、日々疲れていた。

「だからさー、オレのことそういう目で見て来ないユカには安心してたんだけど……」
「なははは! 悪かったね〜、好きで〜」
「いや、別にそれはいいんだけどさ。その……ユカのことは、オレも嫌いじゃなかったし」

 子供の頃は、よく一緒に遊んだ。運動が苦手なそーくんと三人で、人目のつかない校舎裏とかを『秘密基地』なんて呼んでは集まってさ。学校のアスレチックで遊んだり、そーくんの家で本を読んだり、やっちゃんの家でゲームしたり……楽しかったなぁ。

「のんちゃんとか、みさきちゃんとか、元気かなー」
「あー。のんこやミサともよく遊んだよな。今何してんだろうなー」

 望ちゃん、美咲ちゃんは当時一緒に遊んでいた女の子だ。のんちゃんはやっちゃんと同じ高校に進学したはずだけど、その後どうなったのかは分からない。みさきちゃんは『いつかアメリカに行く!』って言ってたけど、どうなったんだろう?

「てか、のんちゃんとは同じ高校に進んだんじゃなかったっけ?」
「うん。そこまでは一緒だったけど、大学は違ったからさ。どこ行ったかまでは覚えてるけど、その先は知らねえんだよなぁ」
「あー。そうなんだ」

 美咲ちゃんとは高校まで一緒だったけど、二年、三年とクラスが違ったから、結局あんまり話さなくなったんだよな。小学校や中学校で仲が良くても、高校や大学に行くとまた関係は変わってくる。
 だから昔話を楽しむことは出来ても、今の話が出来ないのは少し寂しいことだった。

「まあ、相馬は今こっちにいるけどな」
「え?! そうなの?!」
「おう。あいつ、親の転勤で中学卒業と同時に北海道に引っ越したけどさ、その後東京の大学出て、今こっちで働いてるんだぜ?」
「ま、マジで……? 全然知らなかったんだけど……」

 っていうか、まだそーくんとやっちゃんの仲が続いていることにビックリなんだが?
 女友達とは縁が切れてしまっただけに、未だにお互いのことを知っているらしい二人が羨ましくもなる。
 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。やっちゃんはどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「気になるなら教えてやろうか〜?」
「別にいいよ。そーくんだって私とは会いたくないだろうし」

 そーくんとは中学三年生まで一緒だった。クラスでも部活でも人気者だったやっちゃんとは違い、そーくんはいつまで経っても引っ込み思案で友達が少なかったから。よく一緒に勉強したし、お互いの家に遊びにも行った。
 だけど元々医療で有名な『九条グループ』の親戚筋だからか、ご両親から『いい学校に進むように』とプレッシャーをかけられており、次第に笑う頻度が減って行った。
 そうして父親の転勤に合わせて北海道に引っ越すことが中学三年生の時に決まり、そーくんは卒業式の日に私に『告白』してきたのだ。

 だけど私はやっちゃんのことが好きだったから、そーくんの気持ちに応えることは出来なかった。
 だって他の女の子たちみたいに『本当に好きではないけど付き合う』なんて器用なこと、絶対に出来なかったししたくなかった。そんな不純な動機で大切なそーくんの気持ちを穢したくなかったのだ。

 でも視線を外して窓の向こうを見つめる私に、やっちゃんは「んなことねえと思うけど」と周囲の喧騒に負けないような声でしっかりと言葉を返してくる。

「相馬、あれから頑張ったんだぜ。お前に振られて、だいぶ落ち込んでたけど。今はすげえことやってる」
「そうなの?」
「うん。ほら、アイツん家って九条グループの親戚だろ? だから相馬も医療系に進んでてさ。今は医療機器メーカーで働いてるんだぜ」
「え。すご。将来安定じゃん」

 医療機器メーカーと言えば将来性しかない。この世から医療が消え去るなんてことはありえないんだから、一生食っていける職業だ。いつバランスが崩れるか分からない審神者よりずっと安定していると言える。

「そういうユカは何やってんだよ」
「私? 一応公務員」
「はー? お前だって手堅いじゃん。あーあ。オレだけかよ。手堅くねえ職業に就いてんのは」
「そういややっちゃんは何やってんの?」
「オレ? オレはスポーツ整体師。高校生の時ヒザやっちまってさ。結局サッカーの道には進めなかったから、オレみたいなやつ減らしたくて」
「へ〜。すごいじゃん。格好いいよ」

 やっちゃんの膝のことは、実のところ母親を通して聞いていた。当時サッカー部エースだったやっちゃんは全国区の試合に行くためのバスに乗り込み――そのバスが車と接触事故を起こし横転。その際に膝を怪我してしまい、サッカーそのものが出来なくなったのだ。
 耳にした当時はやっちゃんのことが心配だったけど、何と声をかけていいのか分からず、結局何も連絡が出来なかった。今も、本当は気になってる。でも本人が吹っ切って前を向いているのであれば蒸し返す話でもない。だから笑って「格好いいよ」と言えば、やっちゃんもニッと笑い返してきた。

「オレ、ユカのそういうとこ昔から好きだぜ」
「そ。ありがとさん」

 やっちゃんの「好き」と、私の当時の『好き』は違う。でも、今の「好き」は、きっと似ているんだろうな。自然とそう思うことが出来た。

「あ、そうだ。折角だから連絡先交換しようぜ。オレらって高校生になるまで携帯禁止だったから、今の子供たちが羨ましいよなぁ〜」
「分かる〜! あの時も携帯持ってたら今でも連絡とってたかもしれない子とかいっぱいいるよね〜」

 なんて『あるある話』に移行しつつ、お互いの連絡先を交換し合う。ペコン、と軽快な音と一緒に送られてきた可愛らしいスタンプに、いかつい男キャラのスタンプを送り返せば途端に爆笑される。

「お前のセンスやべえ〜!!」
「いいやろコレ! おもろいやろ?!」
「くっそウケるんだが! え! オレも欲しい! 買うわ!」
「ちょ、じゃあちょっとお気に入り送るから! これも見て!」

 その後はお互いのお気に入りスタンプを爆撃し合い、コーヒーとメロンソーダーがぬるくなることすら忘れてひたすら笑いあった。審神者に就任してから初めてと言っていいぐらい、気楽に、心から爆笑出来た貴重な時間だった。





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