小説
- ナノ -






「何か私…こうなるとまるで悪女みたいね…」
「何がだ?」

からころと、下駄の音が可愛らしく石畳の上に広がる。
あの後サクラと我愛羅は宿で貸し出されている浴衣を借り、並んで出店が並ぶ町へと繰り出していた。

もちろん貸し出しなのだからタダではない。
そのうえ置いている品物はすべて一級品で、サクラの家にあるような浴衣とは比べ物にならない物ばかりだ。
我愛羅は宿の浴衣を着ればいいだろうが自分は持ってきている洋服を着ると告げたところ、我愛羅は嫌と首を横に振り店員を呼んだ。
慌てて引き止めてみたが我愛羅は折角なんだから着ればいいだろう。としれっと言い放つと店員に何か見繕ってくれ。
と強引に話を進め、サクラはその手に背を押されるまま更衣室へと転がり込み、あれよあれよという間に着つけられ、もう腹を括るかと更衣室を出れば今度は別室に呼ばれる。
何かと思えばもう一人の店員が髪を結いますので。と言ってサクラの前にずらりと髪飾りを並べた時は気絶しそうになった。

そうして出来上がったのが、今のサクラである。

浴衣は白地に青や紅紫の鮮やかな菊や小桜を散らし、その合間を縫うように流水の曲線が走った清楚で涼しげなデザインで、髪はすっきり纏めあげ白い花の髪飾りが彩りを加えている。
十代の頃では決して着れぬであっただろう、その落ち着いた女らしい恰好は随分と我愛羅の目に美しく映った。
思わず写真に残したいと思ったが、さすがにそれを口にすれば今度こそサクラは怒るだろうと思い、かわりによく似合っている。と本心を述べた。
対する我愛羅は黒地に白や灰、薄紫の縦縞が落ち着いた印象を醸し出す浴衣を羽織っており、サクラはまるでどこかの若旦那のようだと思った。
格好いいと、思いはしたがどうにも気恥ずかしくて口にできず、サクラは誤魔化す様に素敵な浴衣ね。と言えば我愛羅はそうだなと頷いた。

そして二人は今、観光客や地元民で賑わう町中をあてもなく歩いている。

「そういえば砂隠の里でもお祭りってあるの?」
「あるにはあるが、こうした出店は少ないな。娯楽というよりも伝統行事と言った方が正しい」
「へぇ」

祭のことについてあれこれ話していた二人の間を、前から走ってくる子供たちがごめんなさーい!と叫びながら駆け抜けていく。

「おっと…子供は元気だな」

危うくぶつかりそうになった子供を避け、我愛羅がやれやれといった体で呟けば、サクラは本当にね。とくすりと笑う。
町中には子供の手を引く家族連れや、若い恋人、遊びまわる子供たちに溢れ賑わっている。
隠れ里とは違う、忍ではない一般人が作るあたたかで穏やかな町の空気をサクラは楽しむ。
なにせこの町に二人のことを知る人はいない。この町ではサクラも我愛羅も忍ではなくただの一般人であった。
それがとても不思議なことに思えて隣の我愛羅を見上げれば、その奥に見える出店にあ。と声を上げる。

「かき氷」

ちりん、とサクラの声に重なるように風鈴が鳴り、我愛羅はサクラの視線を追うように首を捻る。
誰も二人のことを知らないこの土地で、サクラは我愛羅の袖をそっと引く。

「ねえ、かき氷。食べない?」
「ああ」

頷く我愛羅に笑みを返し、からころと下駄の音を鳴らしながら屋台の前に立つ。

「おじさん、私イチゴ!」
「…レモン」
「はいよ!」

景気のいい声はまるで一楽の店主のようだと笑えば、我愛羅はどうしたのかと首を傾ける。その仕草が幼い子供のように見え、サクラは可愛い人。とただ笑みを向けた。

「夏と言えばやっぱりかき氷よねぇ」

屋台にしてはきめ細かい、ふわふわとした氷の上を目にも鮮やかなシロップが彩る。
それらを片手に二人は少し人波を外れた石階段の上に座り、色彩豊かな淡雪を互いに頬張る。

「んー!冷たくておいしー!」
「そうか。俺は普段あまり食べんからな」
「え、そうなの?」
「甘いものは得意じゃない」

だから我愛羅は甘酸っぱく、爽やかな香りが広がるレモン味を選んだのか。
納得しつつ黙々とかき氷を頬張る我愛羅を見上げれば、その視線に気づいた我愛羅が視線だけで何だ、と問う。

「我愛羅くん、舌だしてみて?」
「舌?」

べっ、と我愛羅が舌を出せば、そこは黄色く色づいておりサクラはやっぱり。と笑う。

「我愛羅くんの舌真っ黄色!」
「む…自分ではわからん」

からからと笑うサクラに、我愛羅は鏡でも持ってくればよかったかと思い、ふとサクラの舌はどうなのかと問えば、イチゴだからわかんないと思うわよ。と言ってサクラは我愛羅に向かって舌を出す。
だが僅かに色濃く染まったサクラの舌は、まるで深く口付け舌を吸った時のように赤い。
気づけば我愛羅はサクラに顔を近づけ、その真っ赤な舌に己の舌を重ねべろりと舐めた。

「ふぎゃあ!!」

突然の我愛羅の行動にサクラが尻尾を踏まれた猫のような声を上げ、慌てて距離を取れば我愛羅はサクラの手から滑り落ちそうになったかき氷の器を片手でキャッチする。

「な、ななななな…なに、なにをっ…!」
「ああ、すまん。つい」

顔を朱に染め戦慄くサクラに、我愛羅はしれっと謝るとキャッチした器を差し出す。

「ほら」
「あ、ありがとう。じゃなくて!!」

よかったな、落ちなくて。と渡された器をつい受け取ったサクラだが、慌てて首を横に振る。

「こ、こんなとこで何するのよ!誰かにみられたら…!」
「問題ないだろう。どうせ誰も俺たちのことなど知らん」

後こんなところでかき氷を食う男女をどこの誰が観察するというんだ。と至極当然の反論をされ、サクラはうっ、と言葉に詰まる。

「で、でででも、」
「何だ。外じゃなかったらよかったのか?」
「そういうわけでもなく!」

一人であー、だのうー、だの悩むサクラを横目に、我愛羅はよくそんなに表情が変わるものだな。と感心しつつも口の端を緩め再びかき氷を頬張る。
途端にきめ細かい淡雪は口の中で溶けて消え、代わりに爽やかな柑橘の香りが我愛羅の鼻腔を抜ける。
美味い。
滅多に食べないかき氷の味に舌鼓を打ちつつ、淡々とかき氷を咀嚼していく隣ではサクラが未だぶちぶちと何事かを呟きながらかき氷を崩している。
徐々に見るも無残な姿に変貌していくサクラのかき氷を眺め、我愛羅は己の匙をそこにいれ少し掬うとサクラの口にねじ込む。

「むぐっ?!」
「いいから食え。溶けるぞ」

目を見開き我愛羅を見つめるサクラにそう言って、我愛羅は匙を抜きとるとそのまま自分のかき氷を掬い口に含む。
途端サクラの顔がますます赤くなるが、我愛羅はそんなに今日は暑いだろうか。と見当はずれなことを思う。

「…それって無意識?」
「は?」
「…バカ」

サクラの言っている意味が分からず我愛羅が首を傾ければ、サクラは首まで赤くなった顔を俯かせ小さく悪態をつく。
我愛羅は何故怒られたか分からず、再び首を傾けた。


その後かき氷を食べ終わった二人は再び出店が出ている通りをのんびりと歩む。
昼餉を食べてきたので腹は特に空いておらず、二人は食べ物屋より射的や、輪投げなどの遊びに興じる。

「我愛羅くんもうちょっと右!」
「砂なら確実なんだがな…」

子供たちに交ざって真剣に輪投げする我愛羅など、一生に何度見れるか分かったものじゃない。
しかも忍具とは違いくにゃりと曲がる軽いそれは、思った以上に軌道が安定せずあちらこちらと的外れな方向へと飛んでいく。
先に輪投げを終えたサクラは結局何も取れず、今は後ろから頑張れ我愛羅くん!と我愛羅の背に手を当てあっちだこっちだと指を伸ばす。
そしてその隣では子供たちがあれが欲しいだの、あとちょっとだったのに、とはしゃぎながら輪を飛ばす。

「あ!入った!」
「よし」

サクラの示したものの隣ではあったが、見事景品をゲットした我愛羅は思わずガッツポーズを取り、サクラはお見事!と手を叩く。
取れたものは片手サイズの熊のぬいぐるみであったが、愛らしい作りのそれにサクラは可愛いね、と頬を緩める。

「やる」
「いいの?」
「…さすがにこれを持って帰るのはな…」

勇気がいる。
そう続けた我愛羅に声を上げて笑い、我愛羅の手の中に収まる熊を受け取ろうと手を伸ばせば

「んっ、」

ちょん、とぬいぐるみの口が唇にあてられ思わず動きを止める。
何、と我愛羅を上目で見れば、我愛羅はイタズラが成功した子供のように目を細めながら、隙あり。と唇からぬいぐるみを離しそれを押し付ける。

「…我愛羅くんって意外と子供よね」
「祭は楽しむ物だろう?」

思わず拗ねたような声音になるサクラに、我愛羅は笑いを堪えるように肩を揺らし応える。
もう、とその背を軽く叩けば、我愛羅は痛い。と毛ほども思っていないだろう声音で呟き軽く笑う。
普段とは違う、まるで子供返りしたような我愛羅の行動がおかしくて結局サクラも笑う。
そうして気づけば二人の間に隙間は空いておらず、子供たちは二人の傍を二手に分かれて駆けて行く。
時折ふと互いの腕や肩が触れるが、気にすることはなかった。


そうして暫く出店を見回った後、観光地らしい伝統工芸や土産物を見て回っている内に、ゴロゴロと空が鳴りだす。

おや、と二人が空を見上げれば、先程までからりと晴れていた空に今にも泣きだしそうな暗雲が広がり辺りを薄暗くしていく。

「一雨きそうだな」
「そうね」

神社の石階段の上、新緑に萌える木々の隙間から空を見上げれば、曇天はぐるぐると渦巻きとぐろを巻いている。
傘を差さねば濡れるだろう。
そう思ったのも束の間、思ったより早くぽつりと一つ雫が落ちてきた。

「やだっ、降ってきたわ」
「走るぞ」

我愛羅はサクラの手を引くと、半ばまで上っていた石階段を駆け上がる。
こういう時は互いに忍で良かったと思いながらチャクラを足に集中させ、一思いに跳ぶ。

境内に着いた途端、まるで赤ん坊が産声を上げるかのような勢いで空が泣きだし、辺り一面を白く煙らせていく。
少し濡れたがどうにか軒下に滑り込んだ二人は、キャーキャーと階段下から聞こえてくる声に顔を見合わせ笑う。

「こういう時って便利よね」
「まったくだ」

互いに浴衣についた雫を払っていると、我愛羅の首筋につう、と一筋の雫が垂れる。
汗か雨かわからぬそれを、サクラが何の気なしに指先で拭えば、我愛羅の動きがぴたりと止まる。

「…何?」
「いや…」

互いを見つめる瞳は、同じ翡翠色。
それなのに我愛羅の瞳はまるで燃え盛るように熱っぽく、サクラの体に無意識に火をつける。
昼間のあの空気が再び戻ってきたように互いに少しも動くことなく見つめ合う。
一秒が一分に感じられ、一分が十分に感じられるようなそんな空気の中、我愛羅は先にふいと顔を反らす。

「…すまん」

何に対しての謝罪かは分からなかったが、サクラはその燃え盛る翡翠が見えなくなったことが惜しいと思った。
普段皆の前で見せるものとは違う、サクラの体に火を灯すあの瞳が、もう一度見たかった。

「我愛羅くん、」

サクラはくん、と我愛羅の袖を引くと、振り向いた我愛羅の首に手を回し唇を重ねる。
肢体をその体に預けるようにひたとくっつければ、途端に我愛羅の腕がサクラの背と頭に回り深く唇を求めてくる。

一瞬のような、永遠のような。
まるで熱を求めあうように身体を抱き合い、しっとりと濡れた唇を深く重ね、熱い舌を絡め、呼気を奪い合うような口付を繰り返す。
いつしか空は落ち着きを取り戻し、雨は余韻を残すことなくすっと止む。曇天は既にどこかへと流れ始め、辺りに光が戻ってくる。
むせ返るような新緑の緑の葉から雫が落ちれば、それは石階段の隙間を流れる川になる。
ぽたり、と境内の瓦から雫が落ち地面に吸い込まれるさまを見つめ二人はようやく唇を離す。
息づく呼吸は荒く、見つめ合う瞳は熱い。それだけで、互いの熱を上げるには十分だった。




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