小説
- ナノ -


拍手お礼文


 清さに未満。というか加州にマニュキュア塗ってもらう水野の話。


『特別な“色”』


「ねえ、主。今暇?」
「ん? どうしたの、加州」

 午前の仕事を終わらせ、休憩と称し携帯を弄っている時だった。執務室に加州が顔を出してくる。確か今日は非番だったから「万事屋に行く」と聞いていたけど、何かあったのだろうか。

「いいよぉ〜。何かあった?」
「じゃじゃーん! 見て見て! 綺麗なマニュキュア見つけてさ〜! 思わず買っちゃった」

 そう言いながら加州が掲げたのは、色とりどりの小瓶だった。しかも普段濃いめの色を付けている加州には珍しいパステルカラーばかりだ。どうしたのだろうかと思いつつ、見せられたマニュキュアを手に取る。

「へえ〜。綺麗な色だね」
「でしょ〜? このパステルブルーとか超綺麗じゃない?」
「本当だねぇ」

 夏の空よりも秋の空に近い、まろやかな色をしたパステルブルーに、どこか歌仙を彷彿とさせる柔らかなラベンダー。芽が出始めたばかりの若草のようなミントグリーン。
 でも普段赤系統のマニキュアばかりしている加州にしては珍しいな。なんて考えていると、何故か一緒に持って来ていたらしいポーチを開けてやすりやら何やらを取り出し始める。まさかここで塗るつもりだろうか?

「はい。主、手ぇ出して」
「へ?」

 まるで『お手』と言わんばかりに手の平を差し出され、素っ頓狂な声が零れ出る。だけど加州は笑顔も手も引っ込めぬまま私を見ている。
 お、おぉん……。成程。コレ、私のために買ってきてくれたのね。

「でも、私の爪小さいから、塗りにくいと思うよ?」

 何気にコンプレックスでもあるのだが、私は爪が非常に小さい。もうビックリするぐらい小さい。多分手の写真だけ見せたら「子供か?」と言われそうなほど短く小さいのだ。爪が長い人はどうやって伸ばしているんだろうか。それとも遺伝だろうか。分からないけれど、私はあまり人に爪を見せたくはなかった。
 だけど加州は「大丈夫」と言って私の手を取ると、早速その爪先にやすりをかけ始める。

「いいじゃん。主の爪、可愛いよ」
「あ、ありがとう……」

 サリサリと、軽やかな音と共に一定のリズムで器用にやすりをかけていく姿は存外真剣だ。お喋りな加州にして珍しいほど黙々と五本の指全てにやすりをかけると、今度は「反対も」と言われてそっと手を差し出す。

「……ところで、何で突然ネイル?」
「ん〜? 単にマニキュア塗ってる主が見たかっただけ〜」

 思っていた以上に軽い返事でビックリしたが、お洒落に無頓着な私を心配しているのかもしれない。だから大人しく整えられていく指先を見つめる。
 その後も甘皮を取るためにお湯に手を付けたり爪の表面を磨いたりと、存外手の込んだ工程をこなした後にようやくマニキュアを手に取る。

「主はどれがいい?」
「ん〜……そうだなぁ……」

 加州が買って来たという新色はどれも綺麗だ。正直どれか一色など選べない。悩む私を加州は急かすことなく待ってくれた。それどころか「全部使う?」とまで聞いてくる。

「ええ? でも三色も使ったら変なことにならない?」
「大丈夫大丈夫! 俺に任せて!」

 手慣れているのだろう。加州は私が悩んでいる間に施したベースコートがしっかり乾いているのを確認すると、早速パステルブルーの瓶を手に取る。

「片手に三色使わなくても、左右二色ずつ使えば合計三色になるから。意外と喧嘩しなくて済むよ」
「あ。成程。そういうやり方もあるのか」

 完全に「片手で全部の色を使いきらなきゃ」と思い込んでいた。加州はそんな美的センスゼロな私を笑うことなく、ゆっくりと丁寧に、ハケを小さな爪に乗せて色づけていく。

「右手はパステルブルーとミントグリーン、左手はラベンダーとミントグリーンにしようか」
「うん。お任せしま〜す」

 どの指にどの色を乗せるのかも含めて完全に加州任せな私ではあるが、加州は嫌がることなく、むしろ思っていたよりずっと真剣な眼差しで手元に集中している。
 でもこうして改めて手を取られて思ったんだけど、加州もちゃんと男の人なんだなぁ。
 最初に私の手を取った時、加州の手の平は陸奥守と同じくらい皮が厚くて硬かった。それに指も一本一本間近で見ると骨ばっているし、関節も太い。爪も私よりずっと大きくて綺麗だ。
 そうして一枚一枚丁寧に色づけをした後、アクセントとしてだろう。小さなストーンを薬指や中指の爪に幾つか乗せていく。

 ……なんか、自分の手じゃないみたいだ。

 完成した爪先は、決して安っぽさを感じない上品なデザインに仕上がっている。ラメががっつり入ったキラキラしいものではなく、どこか大人っぽい艶めきを放ってすらいる。
 まるで自分らしくない爪先に感嘆する私を見て、加州も納得のいくデザインに出来たのだろう。満足げに頷いたあと私の手を取る。

「どう? 主。気に入った?」
「うん! すごいね、加州! 何だか自分の手じゃないみたい!」

 爪が小さいからどうしても幼さが否めなかったあの指先が、何だか仕事の出来るOLみたいになっている! これは地味に嬉しい! テンションが上がってくる。
 年甲斐もなく手先を眺め続ける私に、加州は「よかった」と言って微笑む。

「主ってさぁ、なんだかんだ言っていっつも忙しいから、ネイルとかしてる暇ないじゃん?」
「え? あ、ああ……。うん。そうだね」

 単に自分が不器用っていうのもあるんだけど、それはそれ。黙って頷いておく。これでも学生の時はマニキュアとかペディキュアとかしてたんだからな! 下手くそだったけど!!
 でも審神者になる前。就職活動を始めてから一切塗らなくなった。元々そういうのがダメな職場にいたし、審神者になってからも色々あって余裕がなかった。
 そう考えると加州は毎回戦場から戻って来ると自分で爪を塗りなおしているのだからマメというか何と言うか。改めて尊敬する。

「でも加州のことだから、てっきりお揃いの色を勧められるのかと思ってた」

 加州清光といえば主大好きな刀だ。他の本丸でもその手の話は沢山聞くし、武田さんや柊さんのところの加州も同じような感じだ。だからつい思ったことを口にしたのだが、加州は怒ることなく笑みを零す。

「まあね〜。最初はそうしようかなぁ〜、って思ってたんだけど、この色を見た時にさ、パッと頭の中に主が思い浮かんだわけ。で、主には俺がしているみたいな派手な濃い色より、こういう淡い色の方が似合いそうだなぁ〜。と思ってたら買ってた」
「行動が早い!!」

 すかさず突っ込んでしまうが、加州はケラケラと笑うだけだ。そして自分の手を見下ろしたかと思うと、私と比べるように差し出してくる。

「俺はさぁ、結局男だし、刀だから。どんなに可愛くしようと思っても、どんなに綺麗にデコっても、本質は刀なわけじゃん?」
「ん? うん。そうだね」

 並べられた手を比較するだけで一目瞭然だ。互いに今は爪先が綺麗に彩られていても、加州の方が手は大きいし指も長い。ゴツゴツとした手は私と比べれば日にも焼けている。
 そんな手を互いに見下ろしながら、加州は大事な秘密を打ち明けるみたいな柔らかな顔で言葉を重ねていく。

「戦場に出ればマニキュアは剥がれるし、血も流れる。だから最初は『また汚れちゃったし、塗りなおしかよぉ〜。もう最悪〜』って愚痴りたくなる気持ちが強かったわけ。でも前に主言ってくれたじゃん? “加州の手はいつも綺麗だね”って」

 そういえばそんなこと言ったような気もする。あまりにも無意識だったから忘れていたけど、加州は私が何気なく言ったことをキチンと覚えてくれていた。

「同じ赤系統でもさ、濃さが違うと主気付いてくれるじゃん? “今日は濃いめだねぇ”とか“今日は明るいねぇ”とか。そんな一言コメントなのにさぁ、俺、“可愛いね”って言われるより、その後に続けられる“綺麗だね”っていう言葉の方が嬉しかったんだよね」

 正直女子力皆無なので、加州のマニキュアが毎回色が違うのかどうかは分かっていない。それでも何となく明度の違いで判断していただけなのだが、加州はそれが嬉しかったらしい。
 うぅ……。こんなことならもっとちゃんと気にかけて見ておくんだった……。
 だけど内心で猛省する自分とは対照的に、加州は嬉しそうに目元を綻ばせている。

「それでさぁ。今日万事屋に行ったら知らない本丸の審神者と加州清光がいてさ。女の子だったんだけど、すげえ頑張って褒めてくれてんの。『加州くん今日も可愛いよ!』とか『その色いいね! 最高! やばい! 流石!』とか。それを羨ましそうに見ている他の俺もいたけど、俺自身はそんなこと思わなくてさ」
「へ? そうなの?」

 あれ? 可笑しいな。加州と言えば『可愛さ』を重要視している、というか『愛される』ことに重きを置いている刀だと思っていたんだけど……。案外そうじゃなかったのだろうか。
 首を傾ける私に、加州はクスクスと笑う。

「うん。だってさぁ、主が褒めてくれる時って『心からそう思ってる』時じゃん? だから主の事をよく知らない頃は不安だったんだけど、そのうちどんなに小さなことでも『主は見てくれている人だ』って分かってさぁ。それからはあんまり気にならなくなったんだよね」

 確かに私は加州推しの審神者たちと違って過剰に彼を誉めたりはしない。いや、過剰と言うとアレなんだけども、あんまり面と向かって「可愛いよ!」と言ったことはない。
 それでも加州が頑張っていれば普通に声を掛ける。「すごいね」とか「ありがとう」とか。そんな当たり前の言葉ばかりだけど、加州は「それでいい」と言う。

「確かに全然、これっぽっちも羨ましくない。って言ったら嘘になるけど、俺は主に言ってもらった“綺麗だね”って言葉が一番嬉しかったから。だから俺も主に『綺麗だな』って思うものをあげたかったんだ」

 そう言って軽くマニキュアの小瓶を爪先で突くと、照れくさそうに笑みを浮かべる。

「だから、“俺の色”じゃなくて、俺が“綺麗だな”って思った色を主につけて欲しかったんだよね」

 秋の空のようなパステルブルーと、柔らかく落ち着いた色のラベンダー。春の訪れを教えてくれるかのようなミントグリーン。
 どれもこれも『加州のイメージカラー』とは程遠いけれど、確かに、どれも綺麗な色だ。それこそほっと息をつけるような、そんな癒し効果のある色に私もこうして心を躍らせている。そう考えると改めて加州の審美眼は凄いなぁ、と思う。

「ありがとう、加州。嬉しいよ」
「へへ。どういたしまして」

 笑う加州に笑みを返す。勿論御簾を掛けているから見えないだろうけど、それでもきっと加州なら分かってくれると思ったから。だけど、いつも受け取ってばかりなのは流石に悪いよね。

「じゃあ、今度は私が選んでいいかな?」
「え? 主が?」
「うん。塗るのは下手くそだけど、今度万事屋に行った時に見てみるよ。“加州がつけたら綺麗だろうなぁ”って思う、私だけの加州に似合う色をさ」

 他の審神者みたいに面と向かってアレコレ褒めたりしないし、可愛いとも綺麗ともそう簡単に口に出来ない口下手な私だけど、それでも加州を蔑ろにしたことは一度もない。
 むしろこうして気遣ってくれることに感謝している。いつも本丸を取り仕切って纏めてくれるのが陸奥守なら、皆を和ませて盛り上げ、支えてくれるのが加州だ。そんな彼に改めて私は目を合わせる。

「いつもの赤い色も好きだけど、もっと色んな姿の加州が見てみたいなぁ、って思ったんだ」

 赤にも沢山の種類があるし、オレンジや黄色も似合うだろう。案外緑も似合いそうだなぁ。濃いめのグリーンとかどうだろう。小指だけ別の色を塗るのも悪くないんじゃないかな。ラメが入ったやつも似合うだろうなぁ。金銀でも似合う気がする。

「だって、私にとって加州は“可愛い”っていうより“綺麗で格好いい”刀だからさ。他の本丸の“加州清光”と一緒にされるのは『何か違う』って思っちゃうんだよねぇ」

 “加州清光”という刀を好む審神者の多くが『可愛いよ、加州!』とハートを飛ばしている。でも私は『可愛いより格好いいじゃね?』と思ってしまうのだ。
 だって、加州は私が思っているよりもずっと力も強くて手も大きい、男の人なんだから。……まあ、男が可愛くても可笑しくはないんだけどね。
 なんて勝手な持論を頭の中で繰り広げていると、加州は一瞬言葉に詰まった後照れたように「あ〜も〜っ」と声を上げて机に顔を伏せる。

「ずっりー! 主ってさぁ、本当ずるいよね!」
「え?! 何が?!」
「そうやってすーぐ俺のことたらし込もうとする〜」
「どうしてそうなった?!」

 顔を見せたくないのだろう。ぐずる子供のように机の上に置いた腕に顔を押し付ける加州にすかさず突っ込むが、訂正される感じはない。だから仕方なく息を吐き、形のいい頭を軽く撫でる。

「でも、今日は嬉しかったよ。ありがとう、加州。この手を見てるだけでもっと仕事が頑張れるよ」
「……主はもう頑張りすぎるほど頑張ってるから、これ以上頑張るの禁止」
「何だそれ」

 思わず吹き出して笑えば、加州は「本当のことだし!」と伏せたまま突っ込む。だけど私の手を払いのけることはせず、少しだけ顔を動かして上目でこちらを見つめてきた。

「……俺、楽しみにしてていーい?」
「うん。私が一番“綺麗だな”って思う色をプレゼントするからね」

 そう言って再度加州の頭を撫でれば、加州はにんまりと頬を緩めながら「えへへ」と笑うのだった。
 …………うん。ごめん。やっぱり加州は『可愛い』刀だわ。



終わり


prev / next


[ back to top ]