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現パロで珍しく我(←)サク。あんまり恋愛要素ないですが、ゆったりとした空気を味わって頂けたら嬉しいです。
よろしくどうぞ。m(_ _)m
偶然雨宿りするために入ったカフェで、彼と出遭った。
「すみません。相席よろしいですか?」
女性店員に声を掛けられ、読んでいた小説から顔を上げれば赤髪の青年と目が合う。その瞳の色は私と似ていて一瞬息が止まる。
「あ、はい。どうぞ」
かろうじて返事をすれば店員は「ありがとうございます」と礼を言い、赤髪の男性も「失礼する」と会釈してくる。
不思議な男性だ。
年齢としては二十代、だろうか。それにしても嫌に落ち着いているというか、貫禄があるというか。何事にも動じなさそうな雰囲気がある。
店内には続々と雨宿りをしようと人々が入店してくる。道理で相席を求められたわけだ。注文していたカフェオレも少し温くなっている。傘を持っていれば後腐れなく席を立ったのだが、生憎今日はいつも持ち歩いている折り畳み傘すら忘れてしまった。全くついていない。せめてもう少し雨脚が弱まればコンビニにでも行って傘でも買うのに。
広げていた小説をそのままに視線だけずらして窓の外を見つめていると、彼の前にホットコーヒーとベーグルサンドが置かれる。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
青年は店員にも丁寧に頭を下げ、コーヒーカップに手をかけゆっくりと傾ける。小説越しにちらりと見遣った顔は存外整っており、綺麗な人だな。と思った。
「…………」
「…………」
店内にはゆったりとしたジャズが流れているが、人が多いせいで誰の歌なのか、どんなメロディなのかもハッキリとは分からない。こんなに騒がしくては小説を読むのも一苦労なのだが、不思議と目の前の青年にはこの雑音が届いていないかのような静かな空気が漂っている。……本当に不思議な人だ。私の回りにいる男性もうるさいか静かかの二極ではあるのだが、彼は同じ「静か」でもまた違った空気を纏っている。
霧が立ち込める早朝の山中、波紋一つ立っていない湖の上にボードの上にじっと寝そべっているかのような――いや。分かりづらいな。でもなんかそういう自然の音すらシャットアウトしたような空気というか、でもナイフのように鋭い感じは一切しない粛々とした空気だ。雲のように掴み切れず、霧のように不透明というか。うーん。難しいな。
頭を悩ませつつ一ページも進まない小説の字面を追う振りをしていると、翡翠の瞳がすいっ、と動く。
「……何か?」
「いえ! すみません!」
やば。気づかれた。
咄嗟に俯けば、青年は「そうですか」と続けてベーグルサンドに手を伸ばす。今度は彼の方を見ないように気を付けながら文字を追っていると、お皿の上に戻されたベーグルサンドが視界の端に入り込んでくる。
意外。一口が結構大きい。そうは見えなかったけど、もしかしてお腹減ってたのかな。不躾だと自覚しつつ観察すれば、エビとアボガドが挟まったボリューミーなサンドだった。……お腹、減ってたんだろうなぁ。
その後は(勿論)会話もなく、騒がしい店内と忙しそうに動き回る店員を尻目に小説を読み耽る。普段は時代小説なんて手に取らないのだけど、この本だけは『全国の書店員がお勧めする小説』のトップテン入りをしていた唯一の時代小説だった。元々読書が趣味である私としては書店員のおすすめとあれば手に取らずにはいられない。実際よく足を運ぶ書店ではポップまで作られていた。余程胸を打つ内容なのだろうと思い購入したのだが、これが中々面白い。
サッパリとした文体なのに何故かグイグイ引き込まれるのだ。展開が早いわけでもない。けれど遅すぎず、いい塩梅で進んでいく。もどかしいような、でももっとじっくりこの世界を味わっていたいような。
登場人物のやり取り一つ一つに意味があるような気にもさせられるのに、時折ひょうきんなキャラも出てきて重たすぎる空気を軽くしてくれる。でもミスマッチではないのだ。この作品にこのキャラクターがいなければ終始話が重いまま進んでしまうだろう。そうなると胃もたれを起こしたような気分になってしまう。だからいい意味で必要なキャラだった。
とはいえ全体的にはどっしりとした重厚のあるお話で、この数百ページにこの世界を纏めきった手腕に拍手喝采したい気分だった。
「はー、面白かった」
パタン。と読み終えた小説を閉じた際、うっかり独り言が漏れてしまった。ハッとした時には既に遅く、男性はちらりとこちらを見上げてから手元のタブレットに何かを打ち込み始める。どうやらお仕事中らしい。邪魔をしてしまった。
窓の外を見つめれば雨脚は少し弱まっている。うーん……。でもこれだと近場のコンビニに駆け込む間に濡れるな。もう少し待つか。
肩を落として追加のコーヒーを頼むかどうか悩んでいると、目の前の彼が「ふぅ」と息を吐いて肩をぐるりと回す。分かる。ずっとパソコンとかタブレットに文字打ち込んでると肩凝るよね。
「……あ、あのー……」
「……はい?」
勇気を振り絞って声を掛けると、相手もまさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう。反応に少し間が空く。それでもこちらを見返してきた人に「お節介かもしれないけど」と緊張しながら「座っていても出来る肩凝りにきくストレッチ」を伝える。すると彼はキョトンとした後吊り目がちな目尻を優しく綻ばせた。
「ありがとう。感謝する」
「い、いえ……」
綺麗な顔が微笑むと衝撃が強い。あたふたとしつつ窓の外へと視線を向ければ、もう殆ど雨は上がっている。彼も気づいたのだろう。タブレットを片付け始めたので、私も鞄に小説を仕舞って立ち上がる。まだ空は曇っているが、これなら十分帰れそうだ。
カップも下げ、いざ帰ろうとすれば店内から出て来た彼から「すみません」と声を掛けられる。一体何かと思い振り返れば、彼は鞄の中から一冊の小説を取り出した。
「今日のお礼といってはアレですが。よろしければ」
「へ?」
差し出されたソレは、まだ書店で見たことがない表紙の本だった。これでも週に四日ほど帰り道にある書店に通っている身だ。書店員並に詳しいと自負する自分でも見たことがない小説を何故彼が持っているのか。そしてこの本の作者って――。
「来週発売する予定の新刊だ。先程のストレッチと、熱心に読んでくれていた礼に」
「へ」
「それじゃあ」
「え」
ぽんと押し付けられた本の作者の名前は――“我愛羅”。私がさっきまで読み耽っていた時代小説の作者だった。
「え。……え? えぇぇええええ?!?!」
思わず叫んでしまったのは仕方ないと思う。だって、サイン会は勿論のこと授賞式にも滅多に顔を出さないことで有名な作者が、まさかこんな、こんな近場のカフェに顔を出していたなんて思うわけないじゃない!
驚きのあまり暫く店先であたふたしてしまったけれど、結局彼を追いかけることは出来ずに小説だけを受け取り、急いで自宅へと向かう。
折角献本して頂いたのだ。身を清めなくては……!
殆ど駆け抜けるようにして自宅に飛び込み、烏の行水よろしくシャワーを浴びてから最新作を震える手で持ち上げる。
そうしていざ! と読み始めた話にすっかり夢中になった私は、結局夜中の三時を過ぎるまで読み耽ってしまい、翌朝大いに寝坊したのであった。
今度もしあの人に出遭えたら、迷惑にならない程度に感想を伝えたい。そして応援していることも伝えたい。……ま、そんな日がくればいいのだけれど。
そんなことを考えながら溜息を零した私はまだ知らない。この数日後、また同じカフェで彼と出会うことを――。
これはほんの些細な出来事で知り合った私と彼の物語――の、ほんの序章だったり。なんて、小説好きの小娘は頭の中で語るのであった。
終わり
実は小説家の我愛羅くんと読書家OLサクラちゃんのちょっとした出会いでした。たまにはこんな異質な設定もありかな。なんて思いつつ梅雨時期何も関係ねえな。と思いました。
それではここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!m(_ _)m
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