小説
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 武田さんと共に宝玉を持って帰還したものの――何故か皆一様に難しいというか、険しい顔で私を見下ろしていた。

「ど、どしたの? 皆」

 いつになくピリピリとした空気と皆の反応に冷や汗が止まらない。もしかして竜神様の宝玉と付喪神って相性悪い?! いや、そんなこと聞いたことないんだけど! どうなの?! 神様!

「おんし……一体何があったんじゃ?」
「へ? な、何が?」
「とぼけないでください。あなたから竜神様以外の神の力を感じるんですが。一体どういう事なんです? またたらし込んで来たんですか?」
「なんてこと言うのさ!! っていうかタラシ込むって何?! あたしゃジゴロか!!」

 渋い顔で問いかけてきた陸奥守に続き、宗三がとんでもない爆弾発言をかましてくる。だけど彼らだけではなく、皆何かを感じ取っているらしい。長谷部に至っては「また高位の神の気配が……!」と拳を握って震えている。
 ……なんか、近場に芸能人が来てたのに会えなかった悔しさを感じている人みたいになってるな。
 まぁそれはいいとして。

「えーっと、皆と離れている間に色々ありまして。まずはコッチ! 今日から我が本丸で竜神様の宝玉を奉ることになりました!」

 本当なら宝玉を勝手に盗ってくるのは犯罪だ。武田さんからも「色々と申請して、金出してあの土地を買い取らねえと犯罪者になるぞ」と言われたんだけど、鳳凰様から「いいからさっさと行け」と言われてしまったのだ。
 それに祝詞とかなんかいるんじゃないかと思ったんだけど、同じく鳳凰様から「本体がそなたの中にいるのだから問題はない。それでも文句を言う奴がいれば我に言え。すべて燃やしてやろう」ととんでもなく恐ろしいことを言われたので、ルパンになるしかなかったのだ。予告状は出してないけど。

 それらを掻い摘んで話せば、何故か全員から溜息を吐かれてしまった。

「もうさあ〜、主が神様に好かれるのは分かってたけど、今度は火の神様とかあり? ありなの?」
「意味わかんねえな、もう。うちの主どうなってんだ?」
「でも兼さん、鳳凰様のおかげで主さんが助かったんだから、感謝しないと」
「そうはいっても、竜神様に続いて鳳凰様とか……。主の死後が不安でしょうがないんだけど」
「縁起でもないことを言うな、燭台切! 鳳凰様だろうが竜神様だろうが、主に仇名すものは切り伏せるのみだ!」
「いや、長谷部じゃ無理だろ。どんだけ位が高いと思ってんだ」
「そうですよ、長谷部。鶴丸の言う通りです。こうなったら高位の神たちを巻き込んで主を守る方向に持っていくしかありません」
「兄さまも落ち着いて。聞く人によっては不敬罪になるよ?」

 宝玉を飾る神棚の準備はお師匠様たちが行ってくれているので、準備が出来次第奉納の儀が行われる。その前にざっくりとした事情説明をしたらこれだ。皆相変わらず過保護というか何と言うか。
 ええい、ともかく!

「とりあえず私はもう大丈夫なので! 竜神様も、この本丸で毎日祈りを捧げていれば力を取り戻すだろう、ってさ」

 そしてそれはきっと、保護した刀剣男士たちにも恩寵をもたらしてくれるはずだ。多分だけど。

「水野さん。奉納式を始めましょうか」
「はい!」

 そこでタイミングよくお師匠様に呼ばれ、皆で道場へと赴く。そこには百花さんや夢前さんも来ており、私を見ると駆け寄ってきた。

「センパーイ! もうめっちゃ心配したんですから〜!!」
「お姉さん、元気になったんですね!」
「うん。二人共心配かけちゃってごめんね」

 百花さんは多分お師匠様の奉納の儀を学びに来たのだろう。夢前さんは自惚れじゃなければ私に会いに来たはずだ。日向陽さんは今日は用事があるらしく、昨夜電話で『会いに行けなくてごめんなさい』と泣かれてしまった。だから何故泣く。酷い男にでもなった気分になるからやめてくれ。マジで。

 まあそんなことは置いといて。粛々と始まった奉納の儀には元ブラック本丸から連れて来た刀たちも呼んでいる。
 静かに、けれど厳かに進んでいく奉納の儀がもうすぐで終わろうとした時だった。

『ふむ。これではイマイチ盛り上がらぬな』
「へ?! 鳳凰様?!」

 頭の中に響いた声に思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、儀式を行っているお師匠様たち以外の皆の視線がこちらへと向く。だから慌てて両手で口を押えるが、遅かった。

 突如私が座っていた座布団の下に謎の陣が浮かび上がって光ったかと思うと、燃え盛る羽を散らしながら鳳凰様が飛び出してくる。そして一瞬で人の姿を象ると、本日も美しい赤い着物の裾をたなびかせながらぐるりと周囲を見渡した。

「マジかっ……!」
「あわわわわっ……!」
「すごい……きれい……」

 唖然とする武田さんに、呆然とする夢前さんと百花さん。だけどお師匠様だけは一度儀式を中断する旨を竜神様に伝えてから鳳凰様へと向き直り――流れるような動作で叩頭した。
 ハッ! そうだ! 叩頭!!

「夢前さん! 百花さん! 早く頭下げて!」
「あ、はいっ!」
「はいっ!」

 その場にいた刀剣男士たちもすぐさま現れた鳳凰様に叩頭し、高位なる神のご降臨に息を呑んでいる。だけど私からしてみれば鳳凰様は割と気さくというか、寛大な神様なので本体さえ抜かなければそれなりに許してくれそうでもある。

「クハハハッ! 相変わらず其方は甘い奴よな」
「あ。申し訳ございません」

 しまった……! つい……! 内心猛省するが、もう遅い。鳳凰様は寛容に笑われた後、皆に聞こえるような声で「面を上げよ」と凛々しいお声を響かせる。

「して、其方が愛し子の申しておった神主であるか」
「はい。お初にお目にかかります。榊、と申します」
「ふむ……。成程。其方は現世においては珍しく優れたる才を持った人間であるようだな。ならば我の友も任せられよう」
「謹んで拝命致します」
「うむ。して、愛し子よ」
「はいっ!」

 鳳凰様に呼ばれて返事をすれば、いつものように「来い来い」と手招きされる。だから慌てて立ち上がって傍に寄れば、鳳凰様の指先が私の左胸――心臓がある場所を軽く突いた。

「喜べ。愛し子よ。この場に連れて来たことにより、友の気が少しずつ上昇しておるぞ」
「本当ですか!?」
「うむ。ここは思った以上に上質な神気が流れているようだ。定期的に浄化でもしておるのか?」

 基本的に本丸は気が淀まぬよう、自動的に換気のようなものはされている。それでも時折百花さんたちの刀が率先して加持祈祷を捧げてくれたり、悪いものを祓ってくれている。
 なんでも百花さんがお世話になっているお礼だとか。でもいつも畑当番手伝ってくれてるし、うちにはいない刀たちと交流させて貰えている時点で私の方がお世話になっているんだけどね。
 なんて考えていると、私の頭の中を読んだ鳳凰様が興味深そうに「ほう」と声を上げる。

「百花とは、そこの幼子か?」
「はい。そうです」

 名前を呼ばれた百花さんはビクリと体を震わせた後、おずおずと鳳凰様を見上げては俯く。
 分かる。このご尊顔、直視するにはあまりにも眩しいよね。分かるよ。女性か男性か分からないけど、性別なんて超越した美しさだもんね。やんごとなきお方のご尊顔はマジで目に毒です。はい。
 なんてアホなことを考えている私を他所に、鳳凰様は百花さんに近付くとしげしげと小柄な体を見遣る。

「成程。そなたも類稀なる才の持ち主のようだ。神の加護がなくとも生きるには困らぬだろうが……。我たちの愛し子が世話になっているというのだ。ならば其方にも加護を与えてやろう」
「は、はひっ! あ、ありがとうございます……!」

 真っ赤になった顔でお礼を言う百花さんに鳳凰様は優雅に笑むと、爪先を伸ばして百花さんの額に何かを描く。
 正直式神とか結界とか扱えない身からしてみれば何を書いているのかサッパリなのだが、鳳凰様的には満足の行く仕上がりになったらしい。美しい笑みを深めて頷く。

「其方には“灯の加護”を与えた。それが何を意味するかはこの先の人生で分かるであろう。これからも魂を穢すことなく懸命に生きるがよい」
「は、はいぃ……!」

 もういっそ煙でも出て来そうなほどに真っ赤になっている百花さんが少しばかり哀れでもあり可愛くもあり。御簾の奥でこっそり笑っていると、気付いた鳳凰様が顔を近付けてくる。

「どうした。愛し子よ。随分と機嫌がいいな」
「え? あ、いえ。鳳凰様はお優しいなぁ、と思いまして」
「フン。あくまで戯れよ。我は火を司る神。命も武勇も我の指先一つでどうとでもなる。精々我の機嫌を損ねぬよう、誠心誠意尽くすがよい」

 口では冷たいことを言っているが、黄金の瞳は愉しそうに細められている。鳳凰様ってこういうところあるんだよね。そこがまた魅力的と言うか何というか。憎めないお方だなぁ。とつくづく思う。

「しかして、ここまで九十九共が揃うのはまた珍しいことよな」
「そうなのですか?」
「うむ。しかもそれなりに箔をつけておる。本来ならば人には御しきれぬ存在であるはずだが……。元より人の手により生まれ、人と共に歩んできた物共ではあるからな。人に侍ることに否やはないのであろう」

 鳳凰様は刀剣男士たちを一瞥すると、元ブラック本丸から連れて来た刀たちへと向き直る。だがその瞳は先程とは違い、随分と冷たく威圧感のあるものだった。

「――しかして、愛し子よ」
「はい?」
「これらは『嫉妬』に駆られた者の気が流れておる。何故傍に置く?」

 ゾクリ、と体中を流れる血が一気に熱を失ったかのような寒気が全身を襲う。先程まで顔を赤くしていた百花さんも顔を真っ青にし、夢前さんと抱き合っている。
 他の刀剣男士たちも皆威圧感に耐えるように、額に玉のような汗を浮かべながらもじっと口を閉ざし、座していた。

「……彼らは、確かに『嫉妬』に駆られた審神者が顕現させた付喪神です。ですが、彼らには『呪い』を掛けられていません」
「だがこれらはいつ其方に向けて刀を向けるか分からぬぞ? 所詮は人に扱われて初めて意義を為す物共である。持ち主の命令には逆らえまい」
「そうかもしれません。でも、私にだって頼りになる刀たちがいますから」

 自信を持ってそう告げれば、鳳凰様は熱のない瞳でこちらを見下ろしたかと思うと、鋭く尖った爪先を頬に当ててくる。

「其方の信頼は蜜のように甘いのう」
「……鳳凰様?」

 グッ。と、頬から滑り落ちた爪が喉元に当てられる。少しでも動けば爪が肌を食い破り、血が流れそうなギリギリのところだ。
 いつにない雰囲気の鳳凰様に視線を向ければ、今まで見たことがない獰猛な笑みを浮かべていた。

「どれ。少し喰ろうてやろう」
「?!」

 え?! そんな、マジで――?! 鳳凰様から顔を背けることが出来ず、鋭い牙のような歯で文字通り喰われそうになる。が、その直前で私と鳳凰様の間に眩い一閃が割り込んできた。

「それ以上は勘弁してくれんか」
「むっちゃん!」

 付喪神が土地神と同格の神に刃を向けた――。通常であれば大罪だろう。事実陸奥守の刃は僅かに震えており、顔色も悪い。それでも鳳凰様から目線を反らさず睨みつける視線は強かった。

「――くっ、」
「く?」
「クハハハハッ! 我に刃を向けるか! たかが付喪神風情が! 勇ましいではないか!」
「あ、あの、鳳凰様……?」

 先程までの冷たい空気はどこへ行ったのか。カラカラと真夏の空の如く潔く大笑いすると、鳳凰様は改めて私と陸奥守を見下ろす。

「よう吠えたわ。付喪神の分際で。褒めて遣わす」
「……有難き幸せ」
「クハハッ! 不服か。まあ良い。動けたのは貴様だけというのもまた、面白きことではあるがな」

 鳳凰様は陸奥守が抜いた刀身に手を当てると、小さな声で「下ろせ。もう危害は加えぬ」と告げる。それに対し陸奥守は一瞬躊躇する素振りを見せたが、素直に鞘に自身を収めた。
 よ、よかった〜……。むっちゃんが折られたらどうしようかと思った……。はあ……。まだ心臓がドキドキいってるよ……。

「しかしてまだまだ甘いな。我たちの愛し子を心より守る気でおるならば、こやつのように我が相手でも剣を向けねばならぬ。む? 何じゃ。よくよく見てみれば他にも刀を抜こうとしたものが幾つかおるの。よいよい。ならばよい。許す。貴様らに愛し子を任せてみようではないか」

 どうやら鳳凰様は私が信頼する刀たちをお試しになったようだ。ほっとする半面、むっとする。

「鳳凰様、疑うなんて酷いです」
「クハハハッ! 拗ねるでないわ、愛し子よ。其方は我と友の愛し子である。其方の魂を悪神に渡すくらいなら、ここで喰ってしまおうと思うたまでよ」

 いやいやいや。喰わんでくださいよ。私まだ生きたいですから。脳内だけで突っ込めば、鳳凰様は尚も楽しそうに喉の奥で笑う。
 でも、陸奥守だけじゃない。小夜や三日月、長谷部も自身の柄に手を掛けていた。でも間髪入れずに動けたのは陸奥守だけだ。それは素直に凄いと思う。

「うむ。其方の思うた通りである。他の物を見れば分かると思うが、本来我に刃を向けることは九十九共には難しい」
「お立場が違うからでしょうか」
「で、あるな。鼠が獅子に挑むようなものである」

 うわあ。無謀っていうか、決死の覚悟という言葉すら安っぽく聞こえそうな絶望的な状況だ。……でも、それなのにむっちゃんは鳳凰様に刃を向けてくれたんだ。私を守るために。

「フフッ。たかが付喪神と思うたが、なかなか骨があるではないか。よい。実によい。我は戦神、武神である。己が力量を知りながらも主のために刃を抜いたその覚悟、しかと受け取った」
「……有難き幸せに存じまする」

 今度は心からそう思ったのだろう。陸奥守は改めて叩頭する。それに対し鳳凰様は鷹揚に頷くと、再度私へと視線を流してきた。

「愛し子よ。其方も見た目にそぐわず豪傑よな」
「え? そ、そうでしょうか」
「うむ。そこにいる幼子たちは斯様に震えておるが、其方は我から目を逸らさなかった。問題を抱える九十九共も保護しておるようだし、本に見ていて飽きぬ女子よ」
「は、はあ……。ありがとうございます?」

 あんまり褒められている気はしないけど、でも鳳凰様なりに評価してくださったのだろう。だから改めて頭を下げれば、ぽんと軽く頭に手をのせられた。

「ではそろそろ我は行こう。友を頼んだぞ」
「はい!」

 そこは自信を持って答えれば、鳳凰様は穏やかに微笑まれる。その春の日差しの如く柔らかな笑みに一瞬心を奪われそうになったけど、すぐに頭を振ってやり過ごした。
 やべーやべー。神様に見惚れるとか冗談じゃない。目が焼けるわ。

「クハハッ! ではな、愛し子と九十九共よ。精々生き足掻くがよい」

 豪奢な羽織を翻し、燃え盛る羽を宙に散らしながら鳳凰様は一瞬でお姿を消される。後に残った羽も床に着く前に全て空中で灰も残さず燃え尽きてしまった。

「はあ……。何とも、生きた心地がしませんでしたね」
「だなあ……」
「めっっっちゃ怖かった〜……。マジ神様ぱねえ……」
「わ、わたし、ほんとうにかごもらっちゃったのかな……?」

 疲れたように肩を落とすお師匠様に続き、脱力して床に寝転がる武田さんと、お互いを抱き合ったまま肩の力を抜く夢前さんと百花さん。そんな周囲を一瞥した後、私は改めて陸奥守と向き合った。

「ありがとう。むっちゃん」
「なんちゃあない」

 そうは言っても鳳凰様に刀を向けるのは相当な覚悟が必要だったはずだ。他の皆も一様にほっと息を吐いている。

「皆もありがとう。頑張ってくれて」
「すみません、主……。陸奥守のように咄嗟に体が動かず……!」
「ごめんね、主。僕も、動けなかった」
「竜神が相手だった時はまだどうにかなったが……。まったく、そなたはいつもとんでもない大物をつれてくるなぁ」
「あはは。長谷部も小夜くんも、三日月さんもありがとう。嬉しかったよ」

 でも他の皆はかなり苦しそうな顔をしている。どうしたのかな。まだ鳳凰様の威圧感が残っているのだろうか?

「不甲斐ないですね……。陸奥守だけが動けたというのは」
「はあ……。まったくだ。これじゃあマジで使い物にならないのは俺たちのほうだな」
「一から鍛えなおすか〜」
「だね。兼さん」
「俺も、まさかあの視線だけで競り負けるとはな……。クッソ、不甲斐ないぜ」

 宗三に始まり、鶴丸や和泉守、堀川、同田貫が次々と反省会を始める。だけど後ろ向きというよりは前向きな反省会に見えたので、ここは空気を換えるためにも手を勢いよく合わせる。

「皆! 奉納の儀式の続きをしよう! お師匠様、お願い出来ますか?」
「はいはい。致しましょう」

 そうして始まった奉納の儀はつつがなく行われ――暫くの間、本丸には平穏な時が流れるのだった。



 続く




 刀剣男士対鳳凰様が鼠と獅子なら、人間と鳳凰様だとアリと恐竜ぐらい差があります。でも水野は寵愛を受けているので気付いていません。
 因みに水野と鳳凰様は戯れるポメラニアンとそれを甘んじて受け入れる獅子です。(笑)



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