小説
- ナノ -




 案の定病室に運ばれていた私は、その後数日間にわたって非常に苦しい戦いを強いられた。

 そりゃあもう、どんだけ苦しかったかと言うと、インフルエンザ+肺炎+関節痛+神経痛+心臓発作みたいなものだ。死ぬ。死んでまう。むしろ何で生きていられたんだ私。マジ冗談抜きでキツかった。
 両親に再び心労を掛けつつ、緊急治療室で過ごす事約十日――。ようやく私の体は落ち着きを取り戻しつつあった。

「マジで今回は死ぬかと思った……」

 点滴やら何やらで全身管だらけになっていたのも昨日まで。酸素吸入器も今では外れ、意識も取り戻している。それでも未だに熱はぶりかえすし節々は痛いしで、正直今までで一番辛い。
 だってここまでリアルに命が危ない。って実感したのは今回が初めてな気がする。気付けば毎回「死ぬかも」「これは死んだかもしれない」と漠然と思うばかりで、こんなにも苦痛を伴うものはなかった。
 それが今では病院のお友達である。入院費も安くはないんだけど……。しょうがない。背に腹は代えられないもんな。

 因みにあれから竜神様は勿論、鳳凰様にもお会いしていない。全身の痛みが取れてきたから魂と体がまた馴染み始めたんだろうけど、そもそも何で『嫉妬』と『強奪』に呪われてこんなことになるんだろう?
 誰かが私から何かを『奪おう』としてこうなったのだろうか。となると、欲しいのは竜神様の力? うーん。でも鳳凰様が『竜神様は穢れた心には住めない』とおっしゃっていた。それを知らずに欲しているのだろうか。……ダメだ。分からん。
 いっそのこと当事者にでも会えればな〜。なんて考えていると、面会謝絶している部屋にノックの音が響く。

 え? 誰? 看護婦さんならさっき様子見に来たばかりなんだけど。

 嫌な予感がして身構えようとするが、生憎体は思うように動かない。それでもウゴウゴと出来る限りベッドの中で蠢いていると、こちらの許可もなく扉が開く。
 そうして顔を出したのは、年若い看護婦さんだった。

「あの、すみません。こちらに先生来ていませんか――って、あれ?」
「え?」

 鈴を転がしたような可愛らしい声に小柄な体。ナース服に身を包んでいたから一瞬分からなかったが、近寄って来た顔を見てギョッとする。

「やっぱり! 水野さんですよね?!」

 げえーーーーーーーーっ?!?!? ど、どうして小鳥遊さんが病院に?! あ、か、看護婦だったの?!?!

「こんなところでお会いするなんて、ビックリです! あ、どこかお悪いですか?」
「い、いえ、今はそうでも……あはは……」

 何でこんなことに……! 病院内で知人に会うとか拷問以外のなんでもない……! ていうかそもそも彼女とは知人以前の見知らぬ他人から一歩前に出たぐらいの関係でしかないからな?!
 ていうか何でこんなところに小鳥遊さんがいるんだ? この人福岡の人だったのだろうか。

「えへへ。事情があって今は福岡にいるんです。困ったことがあればいつでも呼んでくださいね!」
「は、はあ……。どうも」

 軽く会釈を返せば、小鳥遊さんは男だったらドキッとするような可愛らしい笑みを顔いっぱいに浮かべる。
 だけど何故か私の全身には形容しがたい怖気が走り、咄嗟に後退るようにして体を引いてしまう。

「あれ? どうかなさいましたか?」
「い、いえ、なんでも……」

 何だろう。何で、この人の前だとこんなにも嫌な気持ちになるんだろう。
 分からないままざわざわとする気持ちを落ち着けるように深く息を吸えば、宥めようとしたのだろう。突然彼女の手が伸びてくる。だけど私がその手を払うよりも早く、バチッ! と強烈な静電気が走るような音と共に彼女の手が弾かれた。

「きゃっ!」
「え? あ、だ、大丈夫ですか?」
「は、はい……。静電気、ですかね?」

 赤く染まった手を擦る彼女は困ったように笑うと「そろそろ戻れって言う神様のお告げですね」と口にしてから出て行った。

「…………今のは…………」

 あの時走った電撃のような音。あれは、悪しき者が結界に触れた時に鳴る音に似ている。
 ……じゃあ、小鳥遊さんが『強奪』の力を持った相手なのか? いや。完全に別人で、小鳥遊さんは別件で何か抱えている可能性もある。政府からの要請もなく首を突っ込むべきじゃない。分かってる。分かってはいるんだけど――。

「…………誰かに、見られている気がする……」

 ゾクリ、と粟立つ肌を宥めるように両手で体を擦ってからベッドに潜る。今日は気温が高くあたたかいはずなのに、私の体は何十分も冷水に浸かっていたかのように冷たくなっていた。


 ◇ ◇ ◇


「ふむ。早速我の加護が発動したか」
「はへえ?! ほ、鳳凰様?!」

 ベッドでウトウトしていたのは事実だけど、まさかまたこんなにも早く鳳凰様と再会するとは思ってもみなかった。
 慌てて叩頭すれば、カラカラと胸がすくような鮮やかな笑い声が降ってくる。

「よい。許す。面を上げよ」
「はっ。ありがとう存じます」

 先日のように頭を上げて周囲をざっくり確認すれば、再び緑に囲まれた一室――鳳凰様の居城にいることが分かった。
 まぁそれは一先ず置いておくとして――。

「先程のお言葉は……」
「うむ。其方に施してやった加護が上手く発動したようだ。悪しきモノを弾く、破魔の陣だ」

 爪先で何か描いているな、と思っていたけど、あれ陣を描いてたんだ。自分の額に軽く触れれば、鳳凰様は頷かれる。

「我は戦神でもあるからの。どのような場、どのような相手であっても“負ける”ことはありえぬ」
「成程。流石でございます」
「が、あくまでそれは我自身の話。あくまで其方に施したのは慰め程度のものよ。あまり過信するでないと忠告したはずだが?」
「はい。勿論覚えております」

 というかどんな加護を施されたか分からなかったため、過信も何もなかったとは口が裂けても言えない。あ、ダメだ。鳳凰様人の心読み取れちゃうから全部筒抜けだわ。しくった。

「クハハッ! 相変わらず率直な物言いをする女子よな。ふむ。たまには破天荒な女子もよいか。それに其方はアレの愛し子でもある。水の流れの如く自由で、あるがままでいるからこそ良き魂なのであろう。ならばそのままでいるがよい」
「は、はあ……。ありがとう存じます」

 なんかよく分からないけど、とにかく今の無礼発言は許されたらしい。よかった。骨も残さず焼き尽くされるかと思った。
 だけど鳳凰様、どうしてまた会いに来てくださったのだろう?

「なに、其方に施した陣が発動したのが分かったのでな。様子見だ」
「成程。身に余る光栄でございます」
「うむ。しかし、いかんな」
「へ?」

 鷹揚に頷き、笑みを見せたのは一瞬。すぐさま鳳凰様は顔を顰めて凝視してくる。な、何が悪いのだろうか。寿命?! ついに命的な何かが風前の灯火なのか?!

「其方ではない。友の方だ」
「あ。竜神様、どこか悪いのですか?!」

 確かに先日から体調悪そうだったけども! 今の今までかなり苦労をかけたとは分かっているけれども! 日頃お目に掛かれないうえ、自分じゃ分からない領分だから鳳凰様のお言葉を待つしかない。
 じっと黄金の瞳を見つめれば、鳳凰様はふと口元を緩めてから私の頬へと手を伸ばす。

「なに、そう心配するでない。其方が歩けるようになればまたアヤツも力を取り戻すであろう」
「では、やはり祠に行った方がいいのですよね?」
「うむ。……いや。それでは足りぬな」
「え」

 私の頬に触れていた手を滑らせ、再び顎を掴んでからまっすぐ瞳を覗き込んでくる。一瞬黄金の中に燃え盛る炎のような揺らめきを感じて恐ろしくなったが、それでも竜神様のためならば! と意を決して覗き返す。すると鳳凰様は愉しそうに眼を細めて微笑まれた。

「其方、動けるようになれば祠から宝玉を取り出してこい」
「ええ?! ほ、宝玉を、でございますか?!」
「うむ。もうあそこに置いていても力は蓄えられぬ。ならば其方が日頃身を置く場所に奉った方がアヤツの力にもなる」

 あ。そうか。本丸は本来付喪神である神様たちが住めるように作った異空間の、それでいて神聖な場所だから竜神様にとっても環境がいいのかも。
 実家に置いてある白鹿の角とも、ご神木とも距離はあるから均衡が崩れることはないだろうし。

「ほう。白鹿の角を知っておるのか」
「はい。我が家の家宝でございます」
「で、あるか。ならば後生大事に取っておくがよい。アレは恵みをもたらす大地の恩恵そのものじゃ。アレを穢す、あるいは不当に扱えば途端に一族郎党没落する。気を付けておけ」
「肝に銘じておきます!」

 白鹿の角で出来たネックレスは想像以上にすごい代物だった……。今更だけど、私の周りに神様いすぎじゃない? 大丈夫? いつか不敬罪で殺されたりしない?

「クククッ、其方は相変わらず突飛な思考をしておるのぉ」
「そ、そうですか?」
「うむ。よい。よいぞ。久々に愉快な気持ちである」

 何がそんなに面白かったのか、鳳凰様はご機嫌よろしく笑っておられる。はー。しかし本当にお美しい。刀剣男士たちも総じて綺麗な顔してるけど、やっぱり鳳凰様は別格だ。恋愛に興味がない私だからこれだけで済んでるけど、普通の人なら魂奪われてたんじゃない?

「良い線を行くではないか。まぁ、我はそう簡単に人前に姿を現すことがない故、実際にどうなるかは試してみんことには分からんがな」
「す、すみません。思わず邪推をば……」
「よい。許す。其方の蓮っ葉な物言いや思考は嫌いではない。裏表がない故な。気苦労を負わずに済む」

 あ。やっぱり神様でもそういうのあるんだ。
 びっくりして顔を上げれば、鳳凰様は「然り」と微苦笑を浮かべながら頷く。

「特にアレは優しすぎる故、いつも無理をする」
「……竜神様、ですか?」
「うむ。アレは神の中でも命あるもの全てに等しく愛を注ぐ神である故な。時には神罰を下し、試練も与えるが、その根本にあるのは間違いなく慈しむ心である」

 大地も緑も、結局のところ水がなければ枯れ果ててしまう。本来なら創造神と同じく高位の神様として迎えられそうなものだけど、実際は違う。

「明確に言えばアレも水を司る神の一柱に過ぎぬからな。創造神と並ぶほどの水神ではないのだ」
「そうだったのですか」
「うむ。だがそれは我も同じよ。万物を司る大本の神は別に存在する。だがあまりにもその存在は大きい。神代からかけ離れた現世では活動が出来ぬ。故にこうして分霊を作り、それらに信仰心を集めさせておるのだ」

 成程。神様にも色々あるんだなぁ。でも、なんか分かる気がする。
 突然創造神とかが目の前に降りてきたら失神どころの話じゃないもんな。それこそ神殿が出来て、我が神殿こそどこそこの神が舞い降りられたし〜、なんて言いだすだろう。そうして宗教戦争でも始まれば目も当てられない。
 うん。神様たちの判断は妥当だと思う。

 そんな私の思考を読み取り、鳳凰様は再度「然り」と頷く。

「だが分霊故に使える力は決まっている。人には身に余る能力であったとしても、使い続ければ必ず果てる。今のアヤツはかなり危険な状況まで追いやられている。早く助けてやらねば、消えてしまうだろう」
「そんな……! そんなのダメです! すぐにでも目を覚まして竜神様の宝玉を取って来ないと……!」

 だけどここからどうやって戻ればいいのか分からず鳳凰様を見上げれば、彼は「そう急くでないわ」と私の額を軽く突いてくる。爪が尖っているから地味に痛い。

「早く、と言ってもあと一年はもつ。その間はアヤツの代わりに我が其方の面倒を見てやろう」
「あ、ありがとう存じます」
「よい。我も其方が気に入った。見ていて飽きぬ。それにアレと同じで傍に置いても苦痛は感じぬ。むしろ心地よい。故に気にせず我の寵愛を受けるがいい」

 おおっとぉおーーーー!!! ここでまさかの『寵愛』と来ましたか鳳凰様!!! これはアレか?! 神隠しフラグが地味に立ったのか?! っていうかコレあり?! ありなの?! 教えて偉い人!!

「クハハハハッ! 偉い人、ではないが、偉い存在と言えば我がおるではないか。何をおかしなことを。フハハハハ!」

 いかん。大層お気に召してしまったみたいだ。
 爆笑する鳳凰様を呆然と見上げれば、鳳凰様はお美しいご尊顔を子供のように無邪気に笑みで象りながら、私の頭に手を置いた。

「忘れるでない。其方には我とアヤツの加護がある。近くアヤツの宝玉を迎えに行く日があれば我に心の中で報告するがよい。加護を通して其方の声は我に届くでな」
「畏まりました。必ずやご報告いたします」
「うむ。ではそろそろ戻るか」

 鳳凰様はそう言って羽織を翻し、ふと立ち止まってこちらを見下ろしてくる。

「ふむ。あの時より其方の力も安定してきたな。ならば友に餞別でもくれてやるか」
「はひ?」

 もしやまたあの物理的に焼かれる熱い口付けでもされるのかと思えば――今度は慈しむように唇が重ねられてギョッとする。
 そうして今度は春の息吹のように柔らかな風が全身に巡り、気付けばへたり込んでいた。

「我の力を少しばかり其方を通してアヤツに送っておいた。感謝するがいい」
「あ、ありがとうございまひゅ……」
「クハハッ! ではまたな」

 一度ならず二度までも。色んな意味で刺激的な鳳凰様はそう言って再び飛び立ち、私はすっかり日が落ちた病室の中で目を覚ますのだった。


 ◇ ◇ ◇


 それから更に数日。ようやく点滴やその他の管から解放された。だけど弱った筋肉を鍛えるために歩行のリハビリが始まり、退院出来るまで更に数日かかることになった。
 その間に小鳥遊さんと出会うことはなく(そもそもナースコールを押すことがないからだ)検査や問診に来るのも他の方たちばかりだった。

「あんた本当、いい加減審神者止めな」
「だから、今回のは審神者業のせいじゃないって」
「でも無関係じゃないんでしょ?」

 そして面会が出来るようになると相変わらず母親からのお小言地獄に見舞わされ、小鳥遊さんに会わずとも精神的にぐったりとする日が増えた。
 勿論武田さんや柊さんも会いに来てくれた。夢前さんと百花さんとはメールや通話でやり取りをしているから問題ない。そして日向陽さんはわざわざ福岡まで飛んで来てくれた。
 政府役員は各県にゲートを使って向かうことが許可されているけれど、審神者にその権限はない。行けるのは政府が管理している担当区域のゲートと、知り合いとして登録している本丸だけである。だから他県のゲートにアクセスすることは出来ないのだ。

 それなのにわざわざ足を運んで来てくれた彼女には感謝しかない。ただまあ、思いっきり泣かれてしまったけれど。

『いやよ水野ちゃん! 水野ちゃんが死ぬ時は私も一緒に死ぬわ!』
『大袈裟が過ぎる!!』

 と突っ込みを入れざるを得なかったのはアレだけど。……うん。まぁ、しょうがないよね。日向陽さんはちょっと、精神的幼女だから……。私がオカンになってあげないと、って誰がオカンじゃい!! 自分より年上の子供とか誰が産めるねん!! 落ち着け私!!

「で? 水野さんが言う祠ってのはこの辺りにあるのか?」
「はい。この坂道を登った先にあります」

 退院日当日。今回は祠にある宝玉を取りに行かねばならず、両親には本丸に顔を出すから迎えはいらない。と連絡してある。だから手伝いに来てくれた武田さんと共に祠へと向かっていた。

「お。あれか?」
「はい。あれです」

 山間にある洞窟のような小道を抜けた先に見つけた祠は、相変わらず廃れている。活けられていた花も既に枯れ、お菓子も腐っている。う、うーん……。これは酷い……。

「こつぁヒデェな」
「でしょう? だから火の神様が『私の本丸で管理しろ』っておっしゃったんです」

 面会謝絶を解いた翌日、武田さんは柊さんとお師匠様を連れてお見舞いに来てくれた。その時「丁度いいや」と思って火を司る鳳凰様とお会いしたことを告げれば、武田さんは椅子から転げ落ち、柊さんは目を見開いて硬直し、お師匠様は「これはこれは……」と苦笑いを浮かべた。

『次から次へと……。何なんだ? あんたは。神様を引き寄せる特別な成分でも出してんのか?』
『何てこと言うんですか。人を虫みたいに言わないでください』
『いえ……ですが……。その、本来であれば幾ら創造神でなくとも神の分霊と頻繁にお会いすることなどないものですから……武田の動揺も当然のものかと』
『そうですよ、水野さん。本来神々は人前に易々とご降臨なさることはありません。それこそよっぽど特別な事情でもない限り――』

 その『よっぽどの事情』が竜神様救出作戦なんだよね。まあ、確かにこんなところで放置されてたら信仰も何もない。
 それでも祠を開ける前に、今朝と同じように胸に手を当て鳳凰様に「今から宝玉を取り出します」と報告する。
 とはいえこのままバーン! と開けては何だか罰当たりなので、武田さんと一緒に祠周りを綺麗にしてから小さな扉に手をかけた。

「し、失礼しまーす……」

 心の中にいる竜神様に告げるように挨拶しながら祠を開ける。するとそこには、水晶玉を置く座布団のようなものと、青く丸い物体が鎮座していた。
 ――これが、宝玉。

「……さ、触りますね」
「おう……」

 武田さんもこういったものを直に見るのは初めてなのだろう。どこか緊張した面持ちで、手袋を嵌めてから宝玉を手に取る私を見下ろす。
 手にした宝玉は手の平サイズ――直径約五センチほどだろうか。宝石のアクアマリンのように透けるような青色が美しい宝玉だった。

「綺麗……」
「だな……」

 木々が陽の光を遮っているとはいえ、それでもどこかキラキラとした輝きを放っているようにも見える宝玉に暫く見入る。だがいつまでもこうしてはいられない。
 今回武田さんに用意してもらった特性のケースに宝玉をゆっくりと仕舞い、二人揃って息を吐く。

「何か、やべえな。この世に一つだけのマジもんのお宝がこの手にあるってのはよ」
「ですね。早く本丸に戻りましょう」

 二人して頷き、山道を下っていれば見知らぬ車が一台止まっていた。

「あれは……?」
「ああ、タクシー捕まえるのは面倒だからな。福岡の知り合いを呼んだんだ」
「成程」

 簡単に説明してくれた武田さんが「よぉー!」と声を掛ければ、運転席が開き、中から一人の男性が下りてきた。

「よぉ、武田。久しぶりじゃねえか」
「悪ぃな。ちょっとばかし手を貸してくれや」
「しょーがねえなぁ〜。今度何か驕れよ?」

 政府役員にしてはちょっとくたびれているようにも見える、よれたグレーのスーツ姿の男性は、こちらに視線を移すとヘラリと笑う。

「どーもどーも。武田と火野の同期、土御門(つちみかど)です。よろしく、水野さん」
「はい。よろしくお願いします」

 頭を下げれば、土御門さんは「そういうのいらないいらない」と気さくな笑みを浮かべる。

「それより聞いたよ? 水野さん一時期福岡にいたんだって?」
「はい。祖父母の家がこちらでしたので、昔からよく遊びに来ていましたし、短い間でしたけど住んでいました」
「かぁ〜! そりゃ嬉しかねえ! 時間が出来たらまた遊びに来んしゃい。待っとーよ」
「あはは、はい! 必ず!」

 気さくな土御門さんのおかげで早々と打ち解けることが出来た。そうして彼が運転するレクサスに乗って福岡のゲートへと向かい、そこから本丸へ帰還することとなった。





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