小説
- ナノ -


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 ネタを提供して頂いたので、それとなく内容は沿っていませんが自分なりに解釈して書いてみたお話です。
 我→サクで、サクラちゃんが別の誰かと結婚するので失恋した我愛羅くんの話。現パロです。
 そんなお話ですが、よろしくどうぞ。m(_ _)m



 ――今日、あの人が結婚する。


『ジューンブライド』


 教会の中に軽やかな音楽が響き渡る。晴天に恵まれた今日、白いドレスを着た彼女が粛々とレッドカーペットの上を歩く。幼い頃は日に焼けることすら気にせず駆け回っていた彼女が、だ。今ではすっかり“一人前のレディ”だ。夏休みになると引っ張られるようにして遊びに出かけていた頃が懐かしい。場違いにもそんなことを思ってしまう程、今の彼女は知らない人のように美しい。

「サークラー! おめでとーッ!!」

 濡れた声音で、それでも精一杯の笑みを浮かべて野次を飛ばすのは彼女の幼馴染だ。ブンブンと振られる両手に彼女は照れたように口元を緩め、彼女の父親は赤くなった鼻を啜る。

 いい式だと思う。本当に。

 この空間にいるだけで彼女がどれだけ多くの人に愛されていたかがよく分かる。
 俺もその一人だ。けれど、きっと世界で一番彼女を『愛している』と声高らかに宣言できるのは、許されるのは、この場で彼女の父親を除いて一人しかいない。

 神父の前。白いタキシードに身を包んだ男が一人。彼女が隣に立つのを今か今かと待っている。

 ……本音を言えば、そこに立つのは俺でありたかった。

 彼女――サクラとは小学生の頃からの付き合いで、引っ込み思案だった俺を事あるごとに外に連れ出してくれた。その時には先程の幼馴染の女性もいたりいなかったりしたが、記憶に残るのはいつも彼女の輝かしい笑顔だった。

『ねぇねぇ、ガーラくん。ガーラくんは、どこからおひっこししてきたの?』

 サクラがいる町に引っ越してきた時はまだ小学校一年生の半ばぐらいだった。急に転勤が決まった父親に着いて行った結果だった。

『えーと……クルマで三時間ぐらいはしったところ……』

 父が運転する間、自分は次々と変わりゆく外の景色を物珍し気に眺めていた。車内では年の近い兄のカンクロウと、少し年の離れた姉のテマリが取り付けられていたテレビに釘付けだった。母は父の隣で色々と話しており、時折後部席に座る俺達に向かって話しかけたり笑ったりした。その日も、よく晴れていた。

『へー! そんなに遠いんだ! サクラ、まだそんなに遠いところいったことないよ!』

 その頃のサクラはまだスカートを履いていなかった。短パンとスニーカー姿の彼女は男女関係なく遊んでいた。それこそ鬼ごっこや縄跳び、一輪車などで、だ。時には運動公園などにも行って皆で遊んだ。縄梯子を昇ったり、ターザンロープを順番で乗り合ったり。あの時は“男”も“女”も関係なくて、誰もが平等だった。

「サクラちゃーん! おめでと〜!」
「サークラー!」

 沢山の人が、沢山の祝辞を声に乗せる。誰もが彼女の幸せを願っている。……俺も、半分はそうだ。

『我愛羅くんは、大きくなったら誰かと結婚したい、って、思う?』

 小学校高学年にもなると殆どの生徒が“性”を意識し始める。気になる女の子にちょっかいを掛ける男の子、または優しくする男の子。逆もまた然り。好きな男の子が別の女の子を好きだとイジメが始まったりする。幼い頃はあんなに仲が良かった人たちも知らない間にバラバラになってしまった。それでも俺と彼女は相変わらず一緒に登下校をする仲だった。まぁ、家が近かったせいでもあるんだがな。

『……さあ。考えたこともない』

 その時から、俺は彼女が好きだった。彼女が当時誰を想っていたかはうっすらとしか覚えていないが、俺はいつも嬉々として好きな男の話をする彼女の横顔ばかり見ていた。悔しいことに、それでも彼女が好きだった。

『そっか。サクラはねー……』

 その先に続く言葉はいつも一緒だった。『〇年〇組の××くん』だとか『××校▽▽部の◎◎さん』だとか、年代によってそれはコロコロと変わったが、俺と彼女の距離はちっとも変わらなかった。

『私ねー、いつか花嫁さんになるのが夢なんだ』

 受験勉強に勤しむ中、彼女は教科書を開いたまま寝ぼけたような声でそう呟いた。実際半分ほど寝入っていたので、殆ど寝言だったのかもしれない。だけどそれを聞いた時茶化すことは出来なかった。「知ってるさ」とも、「叶うといいな」とも答えられなかった。ただ「そうか」としか、臆病な俺は返せなかった。

「サクラちゃーん、おめでとー!」

 気づけば既に誓いのキスも何もかもが終わり、彼女の隣には父親ではなく“夫”となる男が立つ。そうして再びレッドカーペットの上を歩く二人を、俺はぼんやりと見遣る。

『我愛羅くん』

 ……ああ。ああ、綺麗になったな。サクラ。おめでとう。本当に今日は晴れてよかった。お前の好きな青空だ。白い、わたあめみたいな雲も沢山浮かんでいるぞ。お前アレ、小さい頃にどうやって食べられるか真剣に考えていたんだぞ。覚えているか? 覚えていないよな。きっと、お前の小さかった頃のほんの些細な思い出も、今はきっと、俺しか覚えていない。もしかしたら親父さんも覚えているかもしれないが、それでも。俺と二人で話したことは、もう俺しか知らないんだ。隣に立つ、夫となる男だってきっと知らない。

 あの夏の日、田んぼのあぜ道を歩いている時、飛び出してきた蛙に驚いて水路に落ちたこと。俺も道連れを喰らって田んぼにダイブしたこと。
 理科の授業中、観察中の葉にくっついていたてんとう虫の斑点の数を数え始めたこと。
 どうして海が青いのか。図書館に行って一緒に調べたこと。
 雲が本当はわたあめじゃないと知って号泣した日のこと。
 初めて夜遅くまでお祭りに参加出来るようになって、喜び勇んで二人で沢山屋台で食べ物を買ったこと。結局食べきれなくて持ち帰ったこと。
 花火大会で場所取りが上手く出来なくて、随分と遠くから眺めたこと。来年はもっといい場所を取ろう! と二人だけで作戦会議をしたこと。
 夏休みの宿題が終わっていない子に泣きつかれて、二人で困り果てたこと。


 他にも沢山、覚えているよ。


 なぁ、サクラ。

 サクラ、

 サクラ。

 ――…………ごめん。やっぱり、

『おめでとう』

 は、笑顔で言えないよ。


 カチリ、とサウラと視線がかち合う。視界はとっくの昔に滲んでいたのに、確かに彼女と視線が交わったのが分かった。

『――我愛羅くん』

 ああ、サクラの声が聞こえる。いつも隣で聞いていた、朗らかな、春の陽気みたいにあたたかな声。
 時々理不尽に怒っては勝手に泣いて、勝手に拗ねて勝手に自己解決して勝手に謝って勝手に仲直りした気になっている。そんな我儘で、見ていて飽きないお前が、俺はずっと好きだった。


 好きだったんだよ。サクラ。


「おめでとう」


 ――笑えていたかは、分からない。

 それでも彼女は笑い返してくれた。いつか見た大人びた笑顔じゃなくて、初めて自分の力で蝶々を捕まえた時と同じ顔で――。

「おめでとう、サクラ」

 どうか俺の初恋を、君は知らないままでいて欲しい。俺の人生で一番辛い失恋を、知らないままでいて欲しい。
 そうしていつか子供を身ごもって、また理不尽に怒って泣いてへこんで突っ走って、色んな人に迷惑をかけて。それでも最後は両手を合わせて「ごめん!」と潔く謝る君でいて欲しい。

 おめでとう。愛する人。
 おめでとう。愛した人。

 きっとこれからもこの先も、俺が他の誰かを好きになったとしても。君は一生俺の『初恋の人』のままだから。お爺さんになってもお婆さんになっても、君を愛した日々を忘れはしないよ。

「ありがとう。我愛羅くん」

 幻聴でもいい。でも、確かに彼女の唇はそう動いた。ほんの一瞬の、瞬きの間で終わるような短い言葉のあやとり。
 ナイフのような鋭さで切り込んで、そうして引き裂いて去って行く。通り魔より質が悪い。そんな君が、やっぱりどうしたって憎めなくて。きっとずっと、俺は君が好きなままなんだろう。

「うー……ついにサクラが結婚しちゃった〜……」
「まぁまぁ。結婚してもいつだって会いに行けるじゃん。引っ越すわけじゃないんだし」
「そうだよ、いのちゃん。私たちの時だってサクラちゃん、すっごくお祝いしてくれたんだもの。私たちもうんと、お返ししなくちゃ」

 式場スタッフに促され、教会の外に出る。ノロノロと歩き出した俺は最後の一人で、促されるまま端に立つ。見上げればどこかあの夏の日を思い出すような眩いばかりの晴天で、思わず手を翳して目を細めた。

 新しい門出に祝福を。

 そして、出来ることなら。

『それではー、待ちに待った花嫁からのブーケトスです!』
「みんなー! いっくわよー!!」

 一層賑やかさを増した周囲の空気に埋もれながら、俺は吹き上げるようにして背後から走ってきた風に思いを乗せる。


 どうか俺の初恋も埋葬してくれ、と――願う俺はやっぱり彼女の結婚を祝えていない大馬鹿者なのだろう。


end


 六月だし梅雨だしでジューンブライドネタもいいかな。と思ったんだけど気づけば七月だよね。もう七夕じゃん! と思ったけどそれすらも終わりそうで白目向きそうです。
 はい。というわけで誰かと結婚するサクラちゃんを送り出す我愛羅くんという一風変わったお話でした。ウェディングドレス姿のサクラちゃんも絶対綺麗だよ。我愛羅くん頑張って。そんなお話でした。
 あ、因みに最後の『埋葬してくれ』は場所が教会だから、です。我愛羅くん本当祝っていない。(笑)


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