小説
- ナノ -





 水無さんと話してようやく覚悟が決まった。元々今日は全員非番にしていたし、ちょうどいいからこの際皆に聞いてもらうことにする。本当はちゃんと一対一で言った方がいいんだろうけど、陸奥守もみんなの前で告白してきたんだから、お相子だよね?

「ゴホン。今日は皆に聞いてもらいたいことがあります。あ、そのままでいいから。みんな座ってて」

 改めて全員を大広間に集め、私はいつものように上座に座る――ことはなく。敢えて仁王立ちという姿勢を取った。何人かはキョトンとした顔をしていたが、何だかんだ言って私の話を聞いてくれる刀たちだ。ざわつくことなくこちらをまっすぐと見上げている。

「あー、その……集めておいてアレなんだけど、今から私の、正直な気持ちを話したいと思います」

 その言葉で何となく察してくれたのだろう。みんなの視線が一瞬傍に座っていた陸奥守へと移る。だけどすぐさまこちらへと戻ってきた。
 ……察しがいいのも困りものだな。まぁ、私が分かりやすいだけなのかもしれないけど。

「グダグダと前置きするのも嫌いだから、単刀直入に言うね。陸奥守」
「応」

 私が見下せば、彼もしっかりと視線を向けてくる。その瞳をきちんと見返しながら続ける言葉がコレなのだから正直申し訳ないけど、自分の心を偽ることはしたくない。だってそれは陸奥守にとって最も失礼だと思ったからだ。だから、はっきりと『断る』!

「ごめん! 正直、陸奥守と同じ気持ちにはなれない」

 私の返事に周囲が一瞬どよめく。だけど陸奥守は驚いた様子もなく、ただじっとこちらを見上げ続けている。……本当、いい男だ。こんな男を心から愛せたらよかったのに。いや。愛してはいる。だけど、この気持ちは“恋”ではない。

「でも、陸奥守が嫌いなわけじゃないよ」
「おん。それは疑ったことないきに」
「そっか。よかった」

 御簾の奥で苦笑いするが、見えなくても改めて気を引き締めて話を続ける。

「皆にも聞いて欲しいんだけど、私は皆のことが好きだよ。誰が一番とか、誰が特別とか、そんなこと決めたくない」

 そりゃあ誰を頼りにしているか。と聞かれたら真っ先に初期刀を思い浮かべてしまうけど、だからと言って他の皆が頼りないとか、そういうわけじゃない。皆頼りにしているし、好きだし、これからもずっと一緒に歩みたいと思っている。だけど誰かを特別に“好き”になるって、皆の中から誰か“一番”を決めなくてはいけない、ということだ。だけど今の私じゃ幾ら悩んでも誰かを一番にはできなかった。

「だけど私は“恋”を知らない。“愛”は知っていても、恋は知らない。だから、私が“恋”をするぐらいまっすぐぶつかって来て欲しい!」

 この言葉は流石に予想外だったのだろう。陸奥守だけでなく、小夜や宗三、光忠や長谷部たちも目を丸くしている。

「皆は私のことを“鈍い”って言うけど、じゃあその鈍さを吹き飛ばすぐらいの気持ちでぶつかって来てよ! 遠回しじゃ分かんない! 子供みたいなこと言うな、って思うかもしれないけど、私は他人の顔色を見て、相手が自分のことを好きかどうか駆け引きをするぐらいなら、まっすぐ気持ちをぶつけてもらう方がずっといい」

 だって私には相手の心なんて見えない。声になって聞こえてこない。ちゃんと言葉にしてもらわないと、その好意が“恋”なのか“愛”なのか分からないのだ。

「私は皆が好き! でも“恋”じゃない。だから、私の“好き”を変えてみせてよ。私を“好きだ”って言うなら、私の気持ちが動くのを待つんじゃなくて、私の気持ちを動かしに来てよ! 私の“好き”が“恋”に変わるぐらい、まっすぐ気持ちをぶつけて欲しい!」

 もしかしたら、今までそう行動してきてくれた刀もいるかもしれない。だけど今までの私はちゃんと見ていなかったから――だから――。

「私はもう逃げない。逃げないし、隠れたりもしない。そりゃあ、その、あんまりグイグイ来られたら誰かに助けてもらうかもしれないけど……それはそれ! 私も出来る限り頑張るから。ちゃんと皆と、一人一人と向き合うよう、努力するから。遠慮せずにぶつかって来て欲しい。気持ちを伝えに来て欲しい。私は、ちゃんとその気持ちを受け取るから」

 最初はうまくいかないかもしれないけど、すぐには変わらないかもしれないけど、でも、ちゃんと変わるよう努力はするから――。

「あ、でも“遠慮”しなくていい、って言っても限度があるからね?! ちゃんと節度は守ってね?!」

 突然押し倒すとか、体を密着させてくるとか、そういうのはナシの方向で! そう宣言すれば、大広間は水を打ったように静まり返った。だけどすぐさまバン! と隣から畳を叩く音がする。

「よお吠えた! 流石わしが惚れた女じゃ!」
「え?」

 陸奥守はキラキラとした瞳をこちらに向けると、すくっと立ち上がり、私の顔を御簾の上から構わず掴んでくる。

「けんど、しっかりと聞いたきに。一度言うた言葉はもう戻らんぞ?」
「の、望むところだ! ……です!」

 私だってこの一年、伊達に神様たちの前に立ってきたわけじゃない。死線だって潜り抜けてきた。勿論、彼らに比べたら全然大したことないことかもしれないけど、普通の、今まで何の危険もなく平々凡々と生きてきた私にとってこの二度の経験は大きかった。
 陸奥守は「ガハハハ!」と大口を開けて笑うと、顔を掴んでいた手を離し、そのままぽんぽんと頭を叩いてくる。

「ほぉかほぉか。おんしの覚悟、わしはしっかりと受け取ったぜよ」
「そ、そう?」

 意外とあっさりしてるな。と思ったけど、そんなことなかった。

「ほいたら、今度わしとでぇとでも行くかえ?」
「へ?」

 あまりにも、あまりにも今までの陸奥守からは考えられない発言に目が点になった気でいると、ようやく皆も飛んでいた意識が戻って来たらしい。本丸が地面から揺れるほどの「はああああああ?!?!」という大合唱が響き渡る。

「ちょっと陸奥守! あなた何言ってるんですか!」
「何じゃあ。ほたえなや。さっき主が言うじゃろ。“まっすぐ気持ちをぶつけてこい”ってのぉ」
「確かに言ったけど! でもこうも言ったじゃないか! 節度を守って、って!」
「燭台切の言う通りだ! 貴様はいつもいつも抜けがけしよって!!」
「まははは! 出遅れるおんしが悪い」
「何だと貴様ーッ!!」

 宗三を始めとし、燭台切や長谷部も立ち上がってこちらに寄って来る。だけどそれよりも早く私の前に立ちふさがる刀たちがいた。

「主! 逃げよう!」
「え」
「小夜の言う通りだぜ、大将。こりゃあ俺っちたちの手に負えねえ」
「え?」
「主君は僕たちがお守りします!」
「はいはーい! 打刀勢に短刀たちが押し負けないよう、お兄ちゃん枠鯰尾くんが壁になりますよ!」
「鯰尾殿! 鳴狐もわたくしも主殿をお守りいたします!」
「早く逃げて」
「え? え?」

 困惑していると、打刀だけじゃない。平安刀たちも口論じみたやり取りに参加し始めている。

「おいおい。陸奥守。君はいっつもおいしいところを持って行くなぁ。たまには爺にも譲ってくれたらどうなんだ?」
「確かに機動力では劣るが、何。いざという時真っ先に主の元に駆け付けるのはいつも俺よ。安心して爺に譲るがよい」
「はあ〜? 何言ってるんです? あなたたちの価値観と主の価値観が合うわけないじゃないですか。おととい来やがれください」
「宗三。お前どんどん口が悪くなるな」

 でも短刀たちが心配するほど危ないとは思わないんだけど。そう思っていた時だった。普段絶対に口を開かないような男が爆弾発言を落としたのは。

「まぁ、俺は主が誰と付き合おうが関係ないがな。最終的には俺が傍にいるんだ。何の問題もない」

 おあああああああああああああああああ!!!! 大倶利伽羅ああああああああああああああああ!!! どうした!! どうしたお前!!! そんなキャラじゃなかったじゃん!! 見て! ほら見て!! 光忠と鶴丸がこの世の終わりみたいな顔してるから!!! 驚きすぎて心肺停止したおじいちゃんみたいな顔してるから!!!!

「な、な、なっ……! ずるいよ伽羅ちゃーーーーん!!!」
「うるさい」
「おま、伽羅坊、おま、お前ーーーーッ!!! 伏兵か! 伏兵だったのか!!!」
「うるさい」

 大倶利伽羅の発言でついに爆発したのか、一気に周囲は「ずるい」だの「抜け駆けは許さん!」だのと騒がしくなる。
 ああ……確かにこれはやばいな。なんて思っていると、普段は微動だにしない江雪さんがこちらに来て背中を向ける。

「主。いまのうちにお逃げになった方がよろしいかと……」
「ほら主さん、江雪さんが味方のうちに早く逃げてください」
「に、逃げろってどこに……」

 ぐいぐいと堀川や前田たちに押されながら大広間を出ると、なぜかゲートが作動する。当然ながら不思議に思ってそちらに視線を向けると、焦った様子の武田さんの前からしばらく見ていなかった姿が顔を出した。

「セ・ン・パーイ!! おかえりなさーいっ!!」
「夢前ーっ!! お前、まだ行くなって言っただろうが!!」
「センパイセンパイセンパーイ!! 夢前ののか、戻ってきましたーッ!!」

 ……ああ……頭痛くなってきた……。無意識に額を抑えるが、夢前さんが出てきたおかげで私が部屋から逃げ出そうとしていたことに気付いたらしい。刀たちがこぞってこちらを見てくる。
 う、うわぁ……。視線が痛い……。

「主、そんなに怯えずともこの長谷部、主の嫌がることわッ?!」
「あーあーあーうるさいですよ。さ、うるさい小蠅はさっさと追い払いましょうか。誰か殺虫剤持ってきてくれます?」
「そんなもの自分で取りに行きなよ。皆ずるいよ。僕ばっかり置いてけぼりにしてさ」
「泣くなよ光坊。今度主と一緒にでぇと行こうぜ」
「誰もデート行くとか言ってないんだけどな?!」
「ぐッ……! 早く退け宗三! 主のお姿が見えんだろうが!!」
「おや、ざまあないですね。へし切長谷部とあろう刀が」
「ぐぬぬぬぬ……!!」

 鶴丸の発言には一応突っ込みは入れたけど、これだと本当に収取がつかない。諦めて庭先に飛び降りると、こちらに向かってきている夢前さんと武田さんの腕を掴んでゲートに向かって走る。

「え?! え?! え?!?! どうしたんですかセンパイ! もしかして、愛の逃避行ですかッ?!」
「いや、ちょ、夢前さんどうした?! 何があったの?!」

 こっちはこっちでキャラ違くねえか?! そう突っ込めば、一緒に走る武田さんが「それが、」と青い顔で説明してくれる。

「コイツを預けてたやつが恋だとか愛だとかにうるせえやつでよ〜。自称“愛の伝道師”、だったか? そんなふざけた名前を謳っていやがってな。どうにも夢前が影響受けちまったみてえなんだよ」
「何でそんな見るからに怪しいところに預けたんですか?!!」
「しょうがねえだろ?! 他に手ェ空いてるやついなかったんだよ! それに夢前のことだから『愛の伝道師? キッモー』とか言って上手くスルーするかと思ったんだよ!」
「全然スルー出来てないじゃないですか!! むしろもろに影響喰らってるじゃないですかーッ!!」
「セーンーパーイ! アタシ、センパイのために審神者、がんばります!」
「いや、私のためじゃなくて自分のために頑張って?!」

 まだ閉じ切っていなかったゲートに転がり込めば、どうやら政府の建物に繋がっていたらしい。無機物なタイルの上に三人で転がる。

「もう、センパイってばダ・イ・タ・ン」
「ちょっと武田さん! 解毒剤とかないんですか?!」
「むしろ俺が欲しいわ……」

 ぎゅうっ、と抱き着いてくる夢前さんに脱力しつつも起き上がれば、どうしてこうもタイミングが悪いのか。柊さんと一緒に日向陽さんが廊下の向こうからこちらに向かって歩いてきていた。

「とにかく、今後は日向陽さんの本丸は――」
「あ! 水野さんだわ! 水野さーん!」
「え?」

 うわああああああああ!!! タイミング!!! 咄嗟に頭を抱えて顔を隠そうとするが、日向陽さんは私に抱き着く夢前さんを見つけてピタリ。と足を止める。かと思えばすぐさま先ほどよりも勢いをつけて駆けてくると、そのまま夢前さんと同じように抱き着いてきた。

「もう! 水野さん酷いわ! “必ず迎えに行く”って言ってくれたのに!」
「いや言ったけど! 言ったけども!! こちらにも事情があってですね?!」
「ちょっとセンパイ。この人誰です? 何でセンパイに抱き着いてるんですか?」
「それ君にも言えることだからね?!」

 左からは女子高生、右からは成人した美女に抱き着かれ、これが男なら歓喜乱舞だっただろう。だけど私にそんな気持ちは一切湧いてこない。むしろ助けてくれ。と柊さんへと視線を向ければ、何故か氷よりも冷たい目でこちらを見下ろしていた。何で?!
 柊さんはオーソドックスな黒いパンプスの踵を鳴らしながらこちらに近づくと、そのスレンダーな腰に両手を当ててこちらを見下ろしてくる。な、なんか怖い……。

「夢前さん? 日向陽さん? ここは公共の場です。今すぐ不適切な行動は慎んでください」
「えー? そんなこと言わないでくださいよ。アタシセンパイと会うの久しぶりなんですよー?」
「関係ありません。ここは政府直轄の施設です。我々の注意を無視した場合、規則違反とみなします」
「そんなぁ。私もようやく退院して、やっと水野さんに会えたのに。まぁいいわ。だって私、これから水野さんと一緒に暮らせるんですもの」
「はあ!? 何ですかそれ! どういう意味ですか! ちょっとセンパイ!! ちゃんと説明してください!」
「水野さんからの説明を受けるのは離れてからです。いいから二人共離れなさい」

 あああああ……。ナニコレ……。何でこんな修羅場的な状況になってるの……。訳が分からず両手で顔を覆って項垂れていると、一番会いたくない顔がひょっこりと顔を出してくる。

「あらららら! なーんかうるさいと思ったら、何スか何スかー! 水野さんじゃないッスかー! 今度はどんな事件ですか?!」
「あー……うるせえのが増えた……」
「武田さん……助けてください……」
「無理。流石に無理」

 武田さんと二人で項垂れる。今度は日野さんが加わり更にうるささがパワーアップした。それでもどうにか柊さんが二人を引きはがしてくれたので、ふらつく足で立ち上がる。そういえば、ここは政府直轄の施設と言っていたから刀剣男士がいるんじゃないか? そう考えて周囲を見渡していると、案の定何人かの刀剣男士がフロア内をうろついていた。

「主、資料を取って来たぞ――って、何だこれは」
「おやまぁ……。一難去ってまた一難、というところですかね?」

 奥の部屋から出てきた柊さんの山姥切と、武田さんの太郎太刀が困惑したようにこちらを見ている。それに乾いた笑いを返していると、再び、今度は腕に抱き着かれた。

「センパイ! もう帰りましょうよ! 柊さん機嫌悪すぎです!」
「誰のせいだと思っているんです? それより水野さんから離れてください。彼女が迷惑していることに気が付かないんですか?」
「あらあら。もしかして嫉妬? 嫉妬しているのかしら?」
「違います。私は政府の役員として仕事をしているだけです」
「痛い痛い! やだーッ! センパーイ! 柊さんが実力行使に出てくるーッ!!」
「ああああ……」

 本丸にいてもいなくてもこうなるのか……。いっそストレスで禿げそう。ぼんやりと蛍光灯を見上げていたが、今度は太郎太刀と山姥切も引きはがすのを手伝ってくれたのでどうにかその背に匿ってもらうことが出来た。

「大丈夫ですか?」
「はい……ありがとうございます……」
「災難だったな。それにしても、あんなに怒っている主を見たのは初めてだ」
「え。柊さん、やっぱり怒ってるんですか?」

 ピィピィと抗議する夢前さんに対し柊さんは母親のように注意を口にしている。……確かに。いつもよりだいぶ怒ってるかも。だけど山姥切にしては珍しくおかしそうに口元を緩めている。どうかしたのかと尋ねれば、彼はこっそりと耳打ちしてきた。

「多分、うちの主は君を取られたようで嫌なんだろう。あれで君のことをかなり気に入っているからな。主は」
「え? そうなんですか?」

 まぁ、確かに柊さんとは仲良くさせてもらっているけれど……。別に夢前さんを特別に贔屓したりとか、日向陽さんだけを特別視したりとかしないのにな。
 瞬いている間にも武田さんもこちらに近づき、そのまま「今のうちに行くぞ」と部屋から連れ出される。

「こうなりゃ自棄だ。コーヒーでも飲みに行こうぜ」
「いいですね。あ! でも財布持ってないです」
「気にすんな。コーヒーぐらい奢ってやる。今回は夢前を止められなかった俺が悪いしな」
「そういうことなら! ごちになりま〜す」
「おっ前なぁ〜」

 ガシガシと武田さんの大きな掌が頭を掻きまわす。陸奥守とは違い、手加減はあまりされていない無作法な手だ。それでも、今はそれが逆に心地よかった。変に大事にされるより、妙な感情を抱かれるより。武田さんとの距離の方がずっと心地いい。

「太郎太刀さんは何を頼むんですか?」
「そうですねぇ……。そい抹茶、ですかね」
「あ〜。確かに苦いやつよりもちょっと甘いものの方が今は欲しいかも」
「じゃあラテでも何でも頼めよ」
「やっほーい! 武田さん太っ腹〜!」
「ったく。現金な奴だぜ」

 ぼやきながらも施設に併設されているカフェへと入る。そこで私はカフェラテを頼み、ブラックコーヒー片手に愚痴る武田さんと、宣言通りソイ抹茶をまったりと愉しむ太郎太刀と気兼ねなく話し込んだのだった。


***


 それから数日後――。

「センパイセンパイセンパーイ!!! 見てください! 最速! 最速ですよ! このデータ入力! これは褒められるべきでは?!」
「水野ちゃん。見て見て。私もちゃんと刀剣男士たちの“歴史年表”を埋められるようになったのよ」

 こちらも宣言通り、夢前さんの研修を引き続き行いながら日向陽さんの情操教育(?)に勤しんでいる。だけど、これ、思ったより大変だなあ!! しかも今日は二人だけじゃない。もう一組来客が――と考えていたところで突如ゲートが反応し、大きな声が本丸中に響き渡る。

「へし切長谷部ー!! 勝負よ勝負ー!!!」
「ぐはっ!!」

 増えた!!! また増えた!!!! あれ以来『へし切長谷部』を喪った天音さんがこうして不定期にうちの長谷部に勝負を挑む日が増えた。ヨロヨロと執務室から這い出れば、案の定庭先には育成中の長谷部を連れた天音さんが仁王立ちしている。
 ……あの人、もっとお淑やかだと思っていたのに。全然そんなことなかった……。

「はあ。また来たんですか? 暇ですね」
「うるさいわね! こっちはアンタに勝たないと先に進めないのよ!」
「それで? 今回はどれほど成長したんです?」
「ふふん! 五段階は上げてきたわ!」
「はあ。そうですか。じゃあさっさと道場に行きましょう。俺も暇じゃないで」
「何よコイツーッ!!!」

 ぐったりと床に伸びつつ長谷部と天音さんのやり取りを伺っていると、ちらりとこちらに視線を投げてきた長谷部がにこやかな笑顔で手を振ってくる。
 あー……もうあとは任せる。よろしく。
 そんな気持ちで手を振り返せば、通じたのだろう。長谷部は「主命とあらば」と言わんばかりに胸に手を当て目礼し、天音さんたちを連れて道場へと向かって行く。だけど安息にはまだ遠い。

「センパーイ。イカリさん、って人からメール来てますよー? なんかー、題名に【ご相談なんですが】って書いてありますけど。読みます?」
「あー、読む読む。読むけど自分で読むから開けないでー」
「水野ちゃん。大丈夫? 私の膝で仮眠する?」
「なんで膝……いや、いいです。もうすぐで百花さんたちが来るんで」

 そう。あの時助けた五人の審神者。と言っても女子高生のゆりかさんはまだ審神者業に復帰していないから実質四人なんだけど。彼女たちのアフターケアを時折私がするようになっていた。というか勝手にそうなっていた。だって皆何でか知らないけど私がいいって言うんだもん!! 断れるわけないじゃん!!! なんて内心で叫んでいると、再びゲートが開く。

「お姉さーん!」
「やっほー。久しぶりー。ってうわっ。何? 修羅場?」
「みずのさまー! だいじょうぶですか?! なぜゆかにたおれていらっしゃるのですか?!」
「あはは……だいじょうぶ……ちょっと、あの……疲れてるだけだから……」

 やって来たのは本日来る予定だった百花さんたちだ。彼女の存在は私にとって心からの癒しだ。小学生だけど礼儀正しいし、女の子らしい女の子で見ていて癒される。だけどそんな彼女もかなり強い“浄化能力”を持っている。だから最近ではお師匠様のところで共に学ぶようになった。彼女は式神を通してでしか浄化出来ないらしいけど、その力は他の追随を許さない高レベルのものらしい。お師匠様曰く「私よりすごい」とのことだから、将来はとんでもない術者か巫女になることだろう。
 そんな彼女は現在審神者業をゆっくりとだが再開させている。普段は学校があるから夕方に少しだけ顔を出し、休みが来るとこうして私の本丸に来て一緒に事務仕事を片付けているのだ。
 その時のお供は初期刀の加州や今剣、岩融や長谷部など、当時うちの本丸を手伝ってくれた刀たちだ。今回は加州と今剣だけだったけど、二人共あまりにもゾンビみたいな姿の私に顔を引きつらせている。

「ちょっとちょっと、大丈夫? 何か手伝えることある?」
「そうですよ! ぼくたちもおてつだいしますから! えんりょせずにもうしつけてください!」
「うん! わたしもお姉さんのお手伝い、するよ!」
「ありがと〜。でも大丈夫。まだ頑張れるから」

 それに普段学校の勉強だけでなく審神者業も頑張っている百花さんに頼るなんて出来ない。改めて「がんばるぞ!」と気合を入れたその後ろで、黙っていたはずの二人がまた口論し始める。

「ねぇ、ののかちゃん。聞いて。私この間水野ちゃんと一緒にお風呂に入ったのよ」
「はあ?! ちょっとセンパイ! どういうことですか?!」

 うわぁ。何でそうすぐ喧嘩するの……。がくっ。と肩を落としていると、何となく察してくれたのだろう。加州が「うわぁ」と零しつつ背を摩ってくれる。

「本当に大丈夫? 今度うちに来る?」
「ううぅうぅう……! ありがとう加州〜」

 思わず泣きそうになったが寸でのところで堪え、それでも感謝の意を示して頭を下げれば、どうやら庭掃除をしていたらしい。うちの加州がひょっこり「呼んだー?」と顔を出してくる。

「あれ? 百花さんたちじゃん。いらっしゃーい」
「加州さん、こんにちは!」
「ちょっと。あんたんとこの主、やばいことになってるよ。助けてあげなよ」

 百花さんの加州がうちの加州にそう告げる。が、分かっている。加州だって遊んでいるわけじゃない。

「そうしたいのはやまやまだけど、こっちにも事情があんの」
「何。事情って」
「ほら、うち畑拡張したでしょ? あんたら預かってる間に。でもいなくなったからさあ、今度は広げた畑を整備するのに人手が足りなくて。もー困ってんの」

 そうなのだ。当時はこんなにも早く事件が片付くとは思ってもみなかったから畑を広げたけど、夢前さんはまだ本丸自体を持っていないため刀剣男士が一人もいない。日向陽さんも本丸を解体したため所持刀はゼロになった。おかげで三十振りに日向陽さんの一人が増えただけになり、手が足りなくなったのだ。
 それを聞いた百花さんの加州が「それじゃあさ」と提案してくる。

「うち、普段主いないから内番手伝いに来てあげようか?」
「え?! マジ?!」
「うん。だってほら、あんたに世話になってる時も色々手伝ったり内番にも参加させてもらったけど、ちゃんと経験値ついたし。他の本丸で行っても問題ないんでしょ? 政府に伝わっていれば」

 出陣や手入れはその本丸からでしか出来ないが、内番であれば他所の本丸で行っても経験値がつくようになっている。それを柊さんから聞いていたからこそ、彼らを預かっているときに内番に組み込んでいたのだ。思わず百花さんを見下ろせば、彼女は笑顔で頷いてくれる。

「うん! お姉さんのお手伝いなら大歓迎! 加州くん! みんなをよんできて!」
「りょーかいっ!」
「うわああああ! 百花さん! 加州! 本当にありがとうっ!!!」
「俺からもありがとーっ!! 救世主〜!!!」

 加州と一緒に百花さんの小さな手を握れば、突然背中が重くなる。

「センパイ! 百花ちゃんだけじゃなくて、こっちもかまってくださいよ!」
「いや……きみお仕事中でしょ……」
「水野ちゃん水野ちゃん。ののかちゃんって可愛いわね。すぐ嫉妬するのよ」
「うるっさいですよ! この、この……! 美人なだけが取り柄の女のクセにーッ!」
「うふふふふ。可愛いわね。水野ちゃん。ねえ、これが“愛”なのかしら?」
「ゲーッ! 気持ち悪いこと言わないでよ! センパイ! 助けてください!」

 あー……むしろ助けて欲しいのはこっちなんだけどな〜。ぐったりと肩を落としつつ、それでも百花さんを執務室に入れてから大きく息を吸い込む。

「光忠ー!!」
「はーい! なあにー!」
「百花さん来たー!!」
「りょーかーい!」

 もう田舎のばあちゃん家に遊びに来た感じである。加州は笑いながら百花さんたちの刀が来てもいいようにゲート前に移動し、私もすぐ近くの部屋で掃除をしていた光忠にお茶をお願いしてから執務室へと戻る。

「さ。じゃあ今日も頑張ろうか」
「うん!」

 百花さんがカバンの中からタブレットを取り出す。最近は家に帰ってからも仕事をしているらしい。まるで社会人だ。私は私で碇さんから来たメールを確認し、返信しながら構ってちゃんの後輩と、新しい友人に苦笑いを零す。
 こんな毎日だから恋愛も何もないけれど、相変わらず大倶利伽羅は花をプレゼントしてくれるし、宗三は小言を口にする。そして陸奥守も、何だかんだと言って毎日へとへとになる私を見守ってくれている。

「センパーイ!」
「水野ちゃん」
「お姉さん」
「みずのさまー!」
「あーるじ!」

 沢山の声に一度に呼ばれても聖徳太子じゃないから返事なんて出来ない。それでも、私にとって最近の日々は忙しくとも楽しい、実に充実したものであることに違いはない。

「はーい! すぐ行きまーす!」

 恋とか愛とか、まだその辺はよく分からないけど。まだまだ時間はあるはずだから。ゆっくり学んでいこう。そう結論付け、百花さんの加州が連れてきてくれた刀たちを出迎えに庭先に飛び降りるのだった。








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