小説
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 ――……い……おい……きろ……おい……――

 ん……? 誰……?

「おい。起きろ。こんなところで眠るバカがどこにいる」
「はえ? 大倶利伽羅?」

 何度も力強く揺さぶられていれば嫌でも目が覚める。重たい瞼を開けば、そこにはこちらを呆れたように見下ろす大倶利伽羅がいた。

「こんなところで寝るなんて、何を考えている。風邪でも引きたいのか」
「あれ……? 私、寝てた……?」

 御簾の奥に手を突っ込み、目元を擦りつつ起き上がる。月はまだ出ている。位置は若干傾いている気はするが、そこまで長い間寝ていたわけではないようだ。だけど大倶利伽羅からしてみれば「つくづく何をやっているんだか」という感じなのだろう。彼にしては珍しくハッキリと呆れた表情を浮かべている。

「あんなことがあった後だというのに、何故そうも無防備なんだ」
「あはは……思ったより疲れてたみたい……?」
「だったら早く寝ろ。体調を崩しても知らんぞ」

 心底呆れたため息を零され、身が縮こまる。あれ? でもどうして大倶利伽羅がここにいるんだろう。

「大利伽羅、何か用でもあった?」
「ない。ただあんたがここで寝転がっているのが見えたから、もしかしてと思って近づいたら案の定寝ていた。だから起こしに来ただけだ」
「おお……それは申し訳ない……」

 改めて頭を下げれば、再度ため息を零される。うへえ……呆れられてしまった。ああ、でも今更か。私のだらしなさとかしょうがなさとか、彼らは承知の上だろうし。開き直るのもどうかと思うが、寝る前に心底反省して鬱々するのも性に合わない。ここは明るくいこう。

「いやー、ごめんごめん! ついうっかり!」
「…………」
「……はい。すみません。反省してます」

 ダメだった。大倶利伽羅には通じなかった。肩を落とせば、大倶利伽羅は片膝だけ廊下に付けていた足を崩し、そのまま胡坐を掻く。

「あんた。何を考えている」
「え? 何が?」

 大倶利伽羅は猫科のような瞳でこちらを探るように見つめてくる。だけど彼の言っていることがよく理解できない。だから素直に聞き返せば、大倶利伽羅は少し黙ってから話し出す。

「最近、時折だが上の空になっているだろう。まだどこか不調があるのか」
「そ、うかな? 上の空になってる?」
「ああ。休憩中だから誰も何も言わないが、何人かは気づいているし心配もしている。どこかおかしなところがあるなら早めに医者にかかるか、薬研にでも言え。あいつも気づいている内の一人だからな」

 上の空になっていたつもりはなかったんだけど、そうか……。多分、陸奥守にどう返事をするか悩んでいたから、その時の姿を見られていたのだろう。それだと上の空に見えても仕方ないか。

「あー……それはねぇ、別に上の空だったわけじゃないんだ。考え事してたんだよ」
「それはあんた一人の力で解決できるものなのか?」

 多分、この間のことがあったから探っておきたいのだろう。彼もなんだかんだと言って面倒見がいい刀だから。だけどそんな大変なことじゃない。ああ、いや。ある意味ではハードというか、心底大変なことではあるんだけど、誰かの命がかかっているようなものじゃない。だから「大丈夫だよ」と答える。

「大倶利伽羅なら覚えているかもしれないけど、ほら。半年前に陸奥守に告白されたでしょ? だからあの時の返事をどうしようかと思って。それを、戻ってきてからずっと考えてたの」

 正直なところ、まだ何も決まっていない。彼のことは好きだ。心から大切だと思っている。でも、それは陸奥守が私に向けてくれる想いとは少し違う気がする。

「…………」

 てっきり大倶利伽羅のことだから「俺には関係ない」とか「勝手にしろ」とか言って去っていくものだと思っていた。だけど動く気配はない。それが意外でじっと変わらない表情を見つめれば、ここにきてようやく「何だ」と不快そうに返される。

「いや、てっきり“俺には関係ない”って言われるかと思ってたから……」

 だけど大倶利伽羅は想像に反し、というよりむしろ“正反対”の言葉を口にした。

「そんなわけあるか。あんたは俺たちの主だ。主と初期刀の関係が変わるのであれば、俺たち刀剣男士のありようも少なからず変わる。まったく無関係なわけじゃない」
「あ、そっか。そういう視点もあるのか」

 自分では考えつかなかったけど、言われてみればそうかもしれない。刀剣男士からしてみれば女性であっても主ならば仕える。だけど自分の恋人、あるいは伴侶になれば立場が逆転する可能性があるのだ。だってほら、みんなの時代って男の人が家長――ようは父親、あるいは夫だ――が一番偉かったわけだし。となると、仕事中でも場合によっては今後の接し方が変わるかもしれないのか。あー。考えてもみなかった。
 だけど感嘆している間にも大倶利伽羅は「それで?」と先を促してくる。

「あんた、答えは出たのか」
「いや、それが……実はまだでさ。自分でも自分の気持ちがはっきり分からなくて、こうして考えてた」

 返事はするつもりだ。もうこれ以上先延ばしには出来ない。だけど、ちゃんと考えて、その上で返事をしたい。それがどんなものであろうとも。
 そんな気持ちが伝わったのか、大倶利伽羅は改めてこちらに確認を入れてくる。

「あんたが男に求めるものとは何だ」
「え?」
「何かあるだろう。地位、名誉、金。天下を目指す者であれば天下だと答える世の中に俺たちはいた。欲しいものは奪う。獲りに行く。それが俺の生きた世界の常識だった」
「あー、成程。そういうやつね。うーん……そうだなぁ……」

 男性に求めるもの。求めるものかぁ。あんまり考えたことなかったなぁ。そりゃあ小さい時とか? よく恋バナ好きな女の子たちから「誰が好き?」とか「理想のタイプは?」とか聞かれたけど、面倒くさくていつも「煙草を吸わない人」とか「暴力を振るわない人」とか、そんな当たり前のことを答えていた気がする。だから改めて「これ」というものをしっかりと考えたことはなかった。

「……本当にないのか?」
「うーん……そう言われると困るけど、そうだなぁ……。強いて言うなら――」

 多分。これかな。

「“ちゃんと話し合えること”かな」
「……話し合う?」
「うん。ほら、自分が言えた義理じゃないんだけどさ、相手が何をしたいのか。どうしてそんなことをしたのか。あるいはしたいのか。そういうことをちゃんと話し合える人だったらいいな。って思うよ」
「ほお」

 頷く大倶利伽羅は「続けろ」と先を促してくる。そんなに言うほど大した理由じゃないけど、改めて言葉にしていくことは大事なプロセスだ。だから真摯に答えることにする。

「例えばなんだけど、一緒に出掛けてさ。『ご飯食べよう』ってなった時、“自分はこれが食べたいから、これを食べに行くぞ”って引っ張られるより、“自分はこれが食べたいけど、どう?”って聞いてくれるような人なら嬉しいな。って思うよ」
「ようは独りよがりな男はイヤだ、と」
「そうだね。独りよがりっていうか、独善的? いや、独裁的っていうのかな。自分の意見ばかり言って人の意見を聞かない人もイヤだし、“俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの”みたいな人もイヤかな。私のものは私のものだし、あなたのものはあなたのもの。そういった線引きをちゃんと出来ない人は、多分私とはうまくやっていけない」

 私自身その辺の我が強いから、どうしても喧嘩になる気がする。結構短気だし。抑えが聞かずに言い返してしまう予感がする。それを伝えれば「成程」と頷かれた。何となく彼も私の言いたいことが分かるらしい。特に反論が飛んでくる様子はない。

「逆に大倶利伽羅は、というか男の人は女性に何を求めるんだろう。やっぱり“女性らしさ”なのかな」

 例えば料理が出来たり、裁縫が出来たり。お淑やかというか、三歩後ろを歩くというか、三つ指をつくというか。そんなことを考えていると、大倶利伽羅は「さぁな」と答える。

「そんなものは人それぞれだろう。あんたが男に求めるものが“話し合い”のように、地位や金を欲しがる女もいる。一概には言えん」
「ああ、それもそっか。ごめんごめん。変なこと聞いて」

 私としたことがうっかりしていた。こうやって一括りにするのはよくないって分かってたのに。後ろ頭を掻きつつ謝れば、珍しく大倶利伽羅は「だが」と話を続けてくる。

「俺が求めるものがあるとすれば、それはあんたと少し似ている」
「え? それは何?」

 ほんの参考程度に聞けたらよかったのに。軽い気持ちで聞いた自分がバカだったのか。それとも単にそういう機会だと思われたのか。大倶利伽羅は金色の瞳でじっとこちらを見つめると、その薄い唇を開いた。

「俺が求めるものは、適度な距離感だ。べたべたと慣れ合うのは趣味じゃない。それに互いに一人になる時間は必要だろう」
「あー。確かに大倶利伽羅よくそう言ってるもんね」

 うっかりしてたわー。なんて笑い飛ばそうとしたけど、大倶利伽羅の目が全く笑っていないことに気づいて思わず口を噤む。それが合図だったのか。大倶利伽羅は全く以って想像していなかった言葉を続けた。

「だが、俺はあんたと一緒にいる。誰を選ぼうが関係ない」
「……うん?」
「これからも、それだけは変わらない」
「おお……?」

 てっきり単なる意思表明だと思っていた。だけど大倶利伽羅は固まる私の御簾を指先で掴むと、そのまま引き寄せてきた。

「下手な勘違いはするなよ。俺はあんたが誰に惚れようが関係ない。“誰と結ばれようがずっと傍にいる”って言っているんだ」
「……んんん????」

 これは、あの、その、まさか、まさかですけど……

「あの、それって……」
「ああ。あんたが“死ぬまでずっと”、な」

 ど、どわあーーーーーーーーーーーーー!!!!!!????? え?! ちょ、え?! なにこれどういうこと?! え? なに? 何々?! 今日なんかあったの?! カレンダーとか雑誌の占いに『今日は絶好の告白日和!』とか書いてたの?! 宗三に続いて大倶利伽羅まで、って、ちょ、えええええええええええ?!?!?!
 超々至近距離で彼は私をまっすぐ、それこそ御簾があろうがなかろうがお構いなしの力強い瞳で射抜くようにして見つめると、掴んでいた御簾を離してから立ち上がる。

「言いたいことは言った。戻る」
「え?! あ、はい! おやすみ!」
「ああ。あんたもちゃんと部屋に戻って寝ろよ」
「りょ、了解でありますっ!」

 混乱のあまり敬礼を取れば、彼は一瞬呆れたような視線を向けてきたが、すぐに「ふう」と息を吐きだすと背中を向けた。その際ちらっとだけど、目の錯覚かもしれないけど、一瞬だけその口元が笑っているようにも見えた。
 でもそれを聞ける状態でもなく。すごすごと部屋へと戻り、敷いていた布団の中に潜り込む。

「……………………」


 って、眠れるかいッッッッッ!!!!!!!


 ビシィッ!! と自分で自分に突っ込むが、ダメだ。もうキャパオーバーだ。まさか陸奥守に続いて宗三と大倶利伽羅にまで告白されるなんて。しかも大倶利伽羅に至ってはアレだ。『自分が選ばれなくても関係ない』『死が二人を分かつまでは一緒にいる』という恐ろしい主張付きだ。一体どうしろというのだ。ただでさえ悩んでたのに〜〜〜〜!!!! ゴロゴロゴロゴロと布団の上を転がり、畳の上を転がり、そうして襖にぶつかってようやく止まる。

「…………眠れる気がしない」

 両手足を投げ出し、明かりを落とした蛍光灯を眺める。明日は水無さんが来るのに、このままでは「貴様ァ! 何をとぼけた顔をしている!! 人の話を聞く気があるのか!!」と叱られてしまう。
 あ〜〜〜〜〜〜でもなぁ〜〜〜〜〜〜!!!! 再び転げまわっていると枕元に置いていた携帯が震えだす。画面を見れば中学時代から付き合いのある友人からだった。

「はい。もしもし?」
『よー。元気ー? 最近また入院してた、って聞いたんだけど。もう大丈夫なわけ?』
「ああ、うん。平気。もう退院したよ」

 彼女は既婚者で子供もいる。だから実際に会って話すよりこうして電話をする方が多かった。まだお子さんが小さいから色々と大変なのだ。だから彼女の気晴らし以外ではあちこち連れまわしたくはなかった。

「ところでどうしたの? 何かあった?」

 学生時代と違い些細なことで電話をしあうような仲ではない。それに審神者をしているせいだろうか。『連絡が来る』=『何かある』という方程式が無意識に成立しており、尋ねる私に『はあ?』と声を上げる。

『何それ。業務連絡かっての』
「あ。ごめんごめん。つい……」
『何? 職業病? 大変だねぇ。あんたも。何だっけ。埴輪だっけ?』
「審神者だよォ! もうそのボケ何度目かね!!」
『あっはっはっはっ! ごーめんごーめん。で? 最近その審神者業はどうなの? うまくいってる?』
「あー……それが……」

 そういえば彼女には何度か審神者業について話したことがある。どんな刀がいて、誰が持ち主だったかとか。実際に見たことがないから名前を覚えているかどうかは定かではないが、藁にも縋る気持ちで今の状況を話してみることにする。

『え?! 告白?! あんたが?! 三人のイケメンに?! マジ?!』
「私も夢かドッキリかウソならよかったのになー。と思ってた。でもマジっぽい」
『はーーーー! あの恋愛に全く興味がなかったあんたに惚れる男が出てくるなんて! あ、でもこの場合相手は無機物カテゴリーに入るの?』
「そうなんだよなぁ。そこが微妙なところなんだよなぁ」

 彼らは刀だ。でも実際に恋人になっている人も、結婚して子供を授かっている人もいる。だからもうよく分からない。

『ふぅーん? で? 相手はどういう人――じゃなかった。刀なの?』
「んー、一人はねぇー……」

 陸奥守と宗三と大倶利伽羅。三人のそれぞれの特徴と性格を述べれば、彼女は『ふむふむ』と頷いた後『羨ましいなチクショーめ』と悪態付いてきた。

『あんた今最初で最後のモテ期が来てんだよ。これ逃すともうチャンスないよ。絶対』
「そこまで言うか」
『言わんと動かんでしょ。あんたは』
「うッ、ま、まぁ……確かに」

 流石中学からの付き合いだ。こちらのことをよく理解している。そして決断力だけなら私よりも遥かに秀でている彼女は、今回も迷うことなく自分の意見を口にした。

『私からしてみれば誰を選んでもいいと思うけどね』
「何それ無責任!」
『最後まで聞けって。あのさ。サクッと聞いただけだから実際にどういう刀なのかははっきりとは分かんないけど、多分誰と付き合っても関係は変わらないと思うよ』
「えぇ……何それ。どういうこと?」

 気軽に言うけど彼らの中の常識は、言い方は悪いが“男尊女卑”だ。男が女を守り、女は家を守る。私が恋人、あるいは伴侶になれば立場が逆転する可能性は十分ある。そうなると私は“主”としてやっていけるのか。それが分からず不安だった。無意識にそれを気にしていた私を彼女はものの見事に言い当てた。

『ようは“公私混同”するのが嫌なだけでしょ? でも考えてみなよ。たった一年でもさ、あんたがその刀たちを見るより、彼らの方がずっとあんたのことを見てたはずだよ。だからあんたのそういう性格も理解してるでしょ』
「そ、れは、そうかも、しれないけど……」

 言われてみれば、まぁ、確かに。彼女の言い分も分からなくはない。実際皆は私のことをよく理解している。だけど皆は私に何度も「鈍い」と言う。私自身はどこがどう「鈍い」のかよく分からないけど、御簾で顔を隠していてもこちらがどんな表情をしているか分かる刀たちだ。そういう意味では彼らの方が心の機微に敏いのだろう。

『それにさ、あんただって“主”として一年間やってきたわけでしょ? 慣れない命令下したり、会議に参加したりしてきたわけでしょ?』
「うん」
『じゃあ今更怖気づいてんじゃないよ。命令するときはねぇ、“あたしの言うこと聞けェ!”って気持ちでガツン! と命令すりゃあ男なんて意外とビビりなんだから、すぐに“はい!”って返事するわよ』
「んなアホな」
『いやいやマジだって。それに昔が基準なら尚更じゃない? 上下関係に厳しいのはさ』
「あ」

 言われて気づく。それもそうだ。と。

『しかも“仕事”となれば特にそうでしょ。仕事中はあんたが一番偉いんだから。どんなに相手の立場が上でも恋人でも言うこと聞くでしょ』
「そ、れは……そう……かも……」

 分かっていたことじゃないか。相手は『神様』だ『付喪神』だ。だけどそんな彼らも私を『主』と呼び、命令に従い、時には身を挺して庇ってくれる。顔色が悪ければ心配をし、おやつ時になればわざわざお茶と茶菓子を運んできてくれる。常にこちらを気遣い、見守ってくれている。そんな彼らが突然手の平を返すとは思えない。

『あんたはさ、考えすぎなんだよ。考えなしの癖に変に考えるから身が竦むの。紐なしバンジーをしろ、って言われたら怖がるのに、死なない高さだったら“しゃらくせえ! もう飛び降りるわ!”ってこっちが引き留める間もなくあっという間に飛び込むのがあんたでしょうが。どっちも同じことなのに、変に頭硬くするからこうやって悩む羽目になるんだよ』
「ぐぅ……! くそぅ……ぐうの音も出ねえ……!」

 本ッ当、本ッッッ当によく分かっていらっしゃる……!! 思わず蹲る私に、彼女の軽快な笑い声が携帯を通して伝わってくる。

『まぁ、だからさ。必ず“白”か“黒”か。なんてハッキリさせなくてもいいんだよ。今のあんたが“グレー”って思うなら、はっきりそう伝えな』
「え、でも……」
『いいんだよ。それで。変に取り繕われるより、私ならあんたが本当に思っていることを聞きたいと思うね。だってあんた、嘘つけないじゃん』

 再度友人の笑い声が頭に響く。ああ……そうか。そうだな。

「……うん。自分でも今そう思った」
『でしょ? だからそれでいいの。それからのことはそれから考えれば。だって時間っていやでも過ぎていくし? その間に考えが変わるなんてあったり前にあることだし。特にあんたの場合は変に悩むより、自然体でいる中で考えが変わるタイプなんだから。ありのままのあんたでいればいいのよ。それでもし文句を言われたら、さっさと他の男に乗り換えな』
「ははっ。さっきは“これを逃したら後はないぞ”って言った癖に」
『そりゃあこっちじゃ難しいかもしれないからね。だからそっちで掴めばいいんだよ。刀だろうと男は男だ。男も戦も、獲った者勝ちなんだよ』
「流石です。感服いたしました」

 相手に見えていないことを承知で頭を下げる。それでも彼女には伝わったのだろう。いや、もしかしたら見えたのかもしれない。深々と頭を下げる私が。笑いながら『うむ! 苦しゅうないぞ!』と口にする。

『そんじゃあ結果報告よろしく〜』
「へいへい。分かりましたよ」

 楽し気な友人の声を最後に通話を終える。本当……。よく分かっていらっしゃる。でもおかげでスッキリした。やはり持つべきものは友だ。色々考えすぎたせいか頭が重い。明日は水無さんが来るんだ。ちゃんと眠っておかないと。明日に備えて。
 ある程度スッキリしたせいか、あれだけ『眠れねえ!』と騒いでいたのが嘘のようにあっさりと眠りについた夜だった。




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