小説
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 福岡から戻ってきて数日。両親からは心底反対されたが、私は再び本丸へと続くゲートを潜っていた。だって何を言われても自分が最後まで全うする。って決めた仕事だし。それを投げ出すわけにはいかない。だから「大丈夫大丈夫! 今度死にかけたらその時に考えるわ!」と適当に誤魔化して出てきた。多分次会った時怒られるだろうな。まぁいいか。親ってそういうものだし。
 久方ぶりに戻った本丸には既に刀たちが揃っており、私がゲートから出てきたのが見えたのだろう。すぐさま駆け寄ってくる。

「あるじさーん! おかえりなさーい!」
「主おかえり! もうすっごい心配したんだからね!」
「主君、おかえりなさいませ。お荷物は僕たちがお持ちいたします」
「主様、おかえりなさいませ。今回は本当に肝が冷えました。あまり危険なことはなさらないでくださいね」
「うん。皆ただいま。色々と迷惑かけてごめんね」

 短刀たちの頭を撫でていると、他の刀たちからも労りの言葉を掛けられる。時にはお小言も。それでも本丸に向かって歩けば、玄関先には今回もお世話になった武田さんを始め、柊さん、日野さんも立っていた。

「よ。思ったより元気そうだな」
「初めはどうなることかと思いましたが……またこうしてお会い出来て嬉しいです」
「お久しぶりでーす! やっぱ水野さんの幸運値やばいッスね〜。俺もあやかりたいッスわー」
「あはは……。今回も色々とご迷惑をおかけしました」

 深々と頭を下げ、日野さんのマシンガントークを聞きつつ大広間へと向かう。そこには初期刀である陸奥守と小夜が座って待っていた。
 だから「迷惑かけてごめんね」と声を掛けようとしたのだが、どういうわけか二人の表情は硬く、纏う雰囲気も重苦しい。
 ど、どうしたんだろう? 何かあったのだろうか。不安に思って声を掛けようとするが、その前に陸奥守が口を開く。

「主。おんしにはこじゃんと言いたいことがある」
「はい。今回ばかりは僕も言わせてください」
「お、おお……なんでしょう……」

 声音から判断するに、二人は“めっちゃ怒っている”。そりゃあもう病室で泣きながらお小言をくれた母と同じくらいに。多分心配が限界値を超えたんだろう。ありがたい反面申し訳なく思う。でも今は二人の胃を心配するよりも自分の心配をした方がいいかもしれない。そんな感想を抱いてしまうほどに二人からは近寄りがたいオーラが出ていた。
 さ、流石刀剣男士……! 戦慣れした刀は違うぜ! なんて茶化せる空気でもなく。おずおずと二人の前に正座すると、途端にギッ! と睨まれているかのような鋭い瞳で見据えられる。

「おんしのお! 何を考えゆうか!!」
「ヒエッ」
「そうだよ! あの時、どうしてすぐに逃げなかったの!?」
「お、あ、あのとき……?」

 あの時って、どの時だ? 言葉にはしなかったけど付き合いの長い二人だ。ピンと来ていないことに気付いたのだろう。揃ってバン! と畳に手をつく。

「あの本丸から逃げる時じゃ! わしが腕掴まんかったら今頃どうなっちょったと思いゆう!」
「みすみす死ぬ気だったの?! 僕たちがどんな気持ちで主のこと探してたと思ってるの?!」
「ご、ごめん! そんなつもりはなかったんだけど……」

 自然と体が縮こまる。いや、その、確かに早く逃げないとやばいな。とは思ってたんだけど、ほら、お別れしなきゃだったし……。

「確かに、主の優しさは美徳だと思うよ。でも時と場合と限度があるでしょ?」
「小夜の言う通りじゃ。おんしもちったぁ自分の身を大事にせんといかんぜよ」
「うッ……す、すみません……」

 すごすごと頭を下げれば、既に定位置に座っていた刀たちからも「そうだそうだー」と野次が飛んでくる。お、お前らァ!! さっき出迎えてくれた時と態度が百八十度違うじゃないかあ!! なんていう手のひら返しだ!! 全面的に私が悪いから抗議出来ないけど!!!

「今回は三日月と大典太と、それからどこかの本丸の山姥切がいたからどうにかなったものの、僕たちだけだと正直詰んでいましたよ」
「むしろあの山姥切がいなかったら今頃主死んでたよね? 分かってる?」
「本当、彼には感謝してもしきれないけど、それよりも! まずは君の危機管理能力について一過言申したいね!! 僕は!」
「主殿! 鳴狐も申しております! 主殿はもう少し我らを頼ってください!!」
「不服」
「ごめんて!! あと鳴狐めっちゃ不機嫌ね?! 本当ごめんね?!」

 例のごとく宗三から始まり、加州、歌仙、鳴狐と打刀勢から叱られる。勿論この後も他の刀たちからも色々と言われて一旦騒がしくなったが、黙って聞いていた武田さんたちにも仕事がある。武田さんは手を叩くと全員の視線を自分に集めた。

「お前らの言い分もよく分かるが、まずは報告が先だ。主へのお叱りはそれからにしな」
「えぇ……。助けてくれたわけじゃないんですね……」
「あったり前ェだ。お前は一回ちゃんと怒られて、しっかり骨の髄から反省しろ。こっちに何の連絡もなく突っ走りやがって。命が幾つあっても足りねえぞ」
「あ。それうちの母からも同じこと言われました」
「そういうとこだぞお前ェ!!」

 武田さんからもお叱りを受けつつ、彼女たちの安否が気になっていたので武田さんからの報告を聞くことにする。
 刀たちも空気を読んだのだろう。乱れていた列を戻し、改めて座りなおす。それを確認してから武田さんは太郎太刀からタブレットを受け取り、報告を始めた。

「えー、まずは助けた審神者たちからだ。水野さんが一番気にしているであろう百花さんだが、彼女はまだ体が小さいからな。体力や霊力の消耗が一番激しかった。だから今もまだ入院している。だが話は出来たから面会してきたんだが、結論から言うと今後も審神者を続けてくれるそうだ」
「え。審神者を?」
「ああ。どうやらあんたに感化されたみたいだぞ。“もう少し頑張ってみる”だってよ。あと彼女の刀たちも改めてあんたに礼を言いたい、って言ってたぜ。そのうち連絡が来るだろうよ」
「そうですか。よかった」

 百花さんは今剣を喪ったことがきっかけで審神者業に消極的になった。だけどまた戻れるぐらいには立ち直ることができたらしい。よかった。きっと加州も喜んでいることだろう。そして、もうどこにもいないけど、今剣も。

「ああ、それと。百花さんの加州から手紙を預かってる。時間が出来た時にでも読んでやりな」
「私にですか?」
「ああ。安心しな。中身は見てねえから。だから何が書いてあるかは分からん。まぁ、文句なり小言なり、しっかり受け止めるこったな」
「あはは……。分かりました。お受けします」

 加州から。と渡された手紙を受け取り、封を見つめる。そこにはうちの加州とはまた違った、それでも若干癖のある字で『水野様へ』と書かれていた。
 水野様、だって。変なの。あのツン成分多めの加州から『様』付けされる日がくるなんて。手紙の形式上仕方ないとしても妙な気分だ。それでも笑うのは失礼だから、黙って受け取った手紙を膝の上に置く。武田さんも言っていたけど手紙は落ち着いてからじっくり読むとしよう。例えお小言だったとしても折角書いてくれたものなんだし。大事に読みたかった。
 武田さんは私が手紙を置くのを確認してから再度タブレットへと視線を落とす。

「次は女子高校生のゆりかさんだ。彼女は精神的ショックがでかくてな。面会もまだ出来る状態じゃないらしい。だから審神者を続けるかどうかはまだ分からん。心身共に回復するまでもう暫くかかりそうだな」

 ゆりかさん――は、多分燭台切と恋仲だった人だろう。思わずうちの燭台切を目で探せば、困ったような笑みを向けられる。
 うん。そうだよね。あんなことがあった後じゃ、すぐには立ち直れないよね。
 彼女を助けに行った時のことを思い出し、目を伏せる。どういうやり取りがあってあの“遊郭”じみた地下に行ったのかは分からないが、彼女の制服は酷い有様だった。破られた、というよりは切り裂かれたようにズタズタだった。繊維の解れが見当たらないほどの切れ味。きっと偽物の燭台切がそうしたのだろう。三日月が私たちを阻止するために力を使ったから体裁を保てなくなったのか、それとも時間の問題だったのか。どちらにせよ彼女たちを『助けてほしい』と願った刀とたちは正反対の行動だ。まだ学生である彼女にとっては酷い裏切りに感じたことだろう。愛していた燭台切に襲われるなんて。一刻も早く彼女の傷が癒えることを願う。

「続いては碇さんだが、こちらも復帰して審神者業を再開してくれることになった」
「碇さん?」
「ああ、何だ。名前聞いてなかったのか。黒髪の、タトゥーが入った女性だよ」
「ああ! あの人」

 そうか。碇さんっていうのか。彼女も審神者業を再開するとは。大倶利伽羅の言葉が効いたのかな? 燭台切の隣に座っていた彼に視線を向ければ、フン。と顔を逸らされる。全くもう。素直じゃないんだから。

「だが彼女もまだ万全の状態じゃねえから、復帰は早くても一ヵ月は先だろう。もうしばらくの間は休養してもらうさ」
「そうですか」
「ああ。次は天音さんだ。彼女は比較的消耗が少なくてな。もうすでに審神者業を再開している」

 天音さん。消去法で行けば長谷部と恋仲だった女性だろう。あの人はそんなに影響を受けていなかったのかな? それとも回復が早いとか? 詳しくは分からないけど元気にやっているなら何よりだ。長谷部も誇らしげに胸を張っている。こういうところは本当、長谷部〜! って感じだよなぁ。まぁ落ち込まれるよりかはいいんだけどさ。

「最後にイチジクさん改め日向陽さんだ。水野さん、彼女の新しい名前はあんたが考えたんだって?」
「あ、はい。彼女、“審神者名を忘れた”って言うんで。この際だから改名してしまえばいいんじゃないかなぁ〜。と思って。……まずかったですか?」

 イチジクさん。という彼女の登録名を今更知ったわけだが、あの時は思い出させる余裕もなかった。問題があるのであれば今聞いた“イチジクさん”という名前を使えばいいが、武田さんは「いいや」と首を横に振る。

「審神者名なんて所詮偽名だしな。何の問題もねえよ。それにしても、あんた一体彼女と何をどう話したんだ?」
「え?」

 何故か訝しむ顔を向けられる。どういう意味かと隣に座る柊さんにも視線を向ければ、何故かこちらも困ったような顔をする。
 ええ……何なの? 困惑していると、流石の情報通。日野さんが勢いよく手を挙げる。

「はい! そんじゃあ俺から説明しまーす!」
「ど、どうぞ」
「イチジクさん改め日向陽さんなんだけど、俺ら三人は彼女の地域を担当してないのよ。でもほら、俺情報通だし。だから彼女の担当から直接話を聞いてきたわけですよ!」
「日野。御託はいいからさっさと説明しろ」
「へーへー。ったく、相変わらず短気なんだから」
「うっせ」

 武田さんにせっつかれ、日野さんは「ゴホン」と咳払いすると胸ポケットに仕舞っていた手帳を取り出す。何だか警察官の田辺さんみたいだ。まぁ担当者だから少しは似てくるのかもしれないけど。

「今までの日向陽さんは審神者業に関してかなり消極的というか、まぁ言っちゃえばかーなーり適当だったわけですよ。審神者同士で交流するわけでもなし。演練に行ってもそうだし、担当者とも仕事についてしっかり話す。っていうことがなかったんだと。ほら、彼女結構のらくらしてるから。担当者と刀の名前以外全く覚えてなかったというか、覚える気がなかったというか。それぐらい他人に興味関心がなかったんですよね。それがどういうわけか! しきりに水野さんのことを気にしているという! 彼女から他の審神者の名前が出てくることも驚きだったのに、更には“審神者としてもっとちゃんと勉強したい”って言葉が飛び出てきたからこれはもう天変地異かと! 衝撃が走ったわけですよ!」

 何もそこまで言わんでも。そう思わなくもないが、確かに元の彼女の行動を思えば分からなくもない。刀たちと“ああいうコミュニケーション”しか取ってきていなかったのなら、そしてそれを知っていたのなら。彼女の変化に対する驚きはひとしおだろう。

「ただ彼女もそれなりに消耗していてさ。まだ入院中なわけよ。水野さん、時間が出来た時でいいから連絡入れてくれない? 彼女水野さんのことすごい気にしてたみたいだからさ」
「はい。分かりました。あ、それでなんですけど、彼女が退院したらしばらくの間うちで預かってもいいですか?」

 彼女と約束したのだ。うちで面倒を見ると。その間に彼女がしたいことや学びたかったこと、人と神様とがどう暮らしていくのかなどを教えてあげたかった。
 私の発言に三人は驚いたような顔をしたけど、互いに顔を見合わせると武田さんが頷いた。

「分かった。本来なら研修生と、特別な理由がない限りは他所の本丸に行くことは原則禁止なんだが、水野さんが言うんだ。上も了解してくれるだろう」
「なんてったって榊さんの弟子ですからね! それに今回の件も含めて水野さんは功労者ですから。まっかせてくださいよ! 俺と武田と柊ちゃんで、なんとかうまーく言いくるめて見せますから!」
「はい。きっと彼女も水野さんと過ごすことで意識が変わってくることかと思います。頑張ってください」
「ありがとうございます!」

 よかった。これで彼女との約束を守れる。だけどほっとしたのも一瞬。すぐさま武田さんが「そうだった」と声を上げる。

「水野さん。夢前さんだがな、彼女も出来ればまたあんたの所に戻ってきたいんだと」
「え? でも今彼女別の本丸に研修に出ていたんじゃ……?」
「そうなんだがよ。本人曰く“私は水野先輩の後輩だから、先輩に教えてもらいたいんです!”の一点張りでよ。何言っても聞かねえんだ、あのじゃじゃ馬娘」
「あはは……。ま、まぁ、私は別に構いませんけど……」

 そうなるとだいぶ本丸も賑やかになるなぁ。夢前さんに日向陽さん。仲良くしてくれるといいけど。ま、大丈夫か。夢前さん明るいし。誰とでも仲良くなれそうな子だし。うん。問題ない問題ない! むしろこのぐらいの問題、命が関わってないんだからどうってことないわ! なんて軽く考えつつ了承の意を示すと、武田さんは「じゃあ落ち着いたら連絡くれ。日取りを決めるからよ」と言ってから本題へと戻る。

「それじゃあ今から重要な話に戻るんだが……。“水無さん”のことだ」

 ――水無さん。今回起きた事件の発案者であり、加害者であり、ある意味では被害者でもある元政府役員。だけど彼女は三日月に心臓を貫かれ、還らぬ人となった――。


 はずなのに。


「彼女もようやく意識が戻ってな。まだ面会謝絶だから何とも言えねえが、この間本人から“全て話す”ってメールが来てよ。だからその時に色々と分かるだろ」
「え?」
「ん? 何か分からねえところでもあったか?」
「え? いや、だって、水無さんは確か――」

 目の前で刺されたはずだ。心臓を。本人もあの“理想郷”の中で言っていた。“自分は死者だ”と。“三日月様に心臓を刺し貫かれた身だ”と――。それなのに、意識が戻ってる? どういうことだ?!

「水野さんが何をそんなに驚いているかは分からねえが……柊」
「はい。水野さん。先日水無さんから私たち宛に届いたメールがこちらです」

 柊さんが差し出してきたタブレットにはメール画面が表示されていた。そこには無機質な文字で、それでいて水無さんらしい丁寧な言葉遣いで今回の件に対する謝罪と、事の顛末についての詳細を後日話す旨が明記されていた。そしてその中に私の名前を見つける。

「“可能であればこちらから場所を指定させて頂けないでしょうか。場所は水野様の本丸にて。ご本人様からご了承を頂いたうえで改めてご返信願います”……まじか」
「ああ。どうする? 俺たちからしてみれば危険な匂いもするが……最終的に決めるのは水野さんだ。榊さんからもお前さんに委ねるよう言われている」

 お師匠様からも。なんだ。それじゃあ私の答えなんて聞くまでもないだろう。

「大丈夫です。彼女が動けるようになったらうちの本丸に呼んでください」
「主、」
「大丈夫。彼女はもう危ないことはしないよ」

 小夜が隣から声を掛けてくる。だけど彼女にはもう敵意はないはずだ。個人的な嫌悪感を私に抱いている可能性は十分あるが、彼女もこの件で何か思うことがあったはず。それに彼女からしてみれば敵の本拠地に飛び込むようなものなのだ。幾ら優れた術者だとしても不利な状況であることに変わりはない。しかも立ち会いをするのはきっと武田さんだ。私の担当者だから。彼の刀は全員最高練度に達している。それを知らないわけではないだろう。
 第一彼女がそんな無謀なことをするとは思えない。あの人は考えすぎなぐらい考えてから行動を起こす人だ。私とは違う。だって私は基本的に見切り発車だし。その場その場で何とか切り抜けて生き残るタイプだ。だから彼女を疑うことは出来なかった。

「でも……」
「だーいじょうぶだって。ほら、本丸に来るってことは皆もいるし。武田さんも立ち会ってくれるなら太郎太刀さんも来てくれるだろうし。何とかなるよ」
「はあ……わしはおんしが心配ぜよ……」
「陸奥守の言う通りです。もう少し危機感を持ったらどうです? 言ってしまえば相手は今回の黒幕でしょう? 何をそんな呑気なことを……」

 項垂れる陸奥守に続き、心配性代表の宗三がすぐに諫言を口にする。確かに皆からしてみたら彼女は“悪人”なのかもしれない。でも、何度も向き合って話したから分かる。彼女はただ単に信仰心が行き過ぎただけの人だ。だけど初期刀である山姥切を喪ったのをきっかけに狂い、壊れてしまった。その心が元に戻ったというのなら――いや。壊れたものは完全には戻らない。だから、少しでも彼女の心が“現実と向き合う”心構えが出来たのであれば、きっともうあんなことはしないはずだ。出来ない、とも言えるけど。

「確かに皆からしてみれば水無さんは信用できない人なのかもしれない。でも、私のことは信じられるでしょ?」
「ッ、それは……そうですが……」

 私の発言に刀たちが言葉に詰まる。咄嗟の場面で嘘をついたり、言い繕うことが出来ない素直さは私に似たらしい。本当、似なくてもいいところばっかり似るんだから。

「彼女のことが信じられないなら、私を信じてよ。ね?」

 これでも何度も死地を掻い潜ってきたのだ。それなりに肝も据わってきた。もし危険な目にあったとしてもいつまでも狼狽えたりはしない。しっかりと彼らに指示を出してみせる。今回だって何だかんだ言って生きて帰って来たし。“理想郷”では簡単だけど、ちゃんと指示も出せた。だから多少は信じてくれてもいいだろう。

「それに、これでも皆の“主”だからね。敵に怯えてコソコソ隠れるだけの将に誰がついて来るっていうのさ。第一、そんな臆病者に仕えてるなんて知られたらみんなの名前が、過去の持ち主が泣いちゃうよ?」

 審神者に勤め始めたばかりの頃は以前の持ち主の名前を聞いては驚いたり、怯えたりするばかりだった。過去の偉人たち――教科書に名前が載るほどの有名人たちだ。今の時代を、礎を築いた人たちが使っていた刀だ。そんな刀をこんな平々凡々な自分が使うとかどんな拷問かと思った。だけど今は、私だって少しは成長しているはずだ。例え元の主たちのように偉業を成すことは出来なくても、彼らと一緒に“生きる”ことは出来る。立ち向かうことが出来る。歴史修正主義者にも、検非違使にも。負けたりはしない。

「というか、私の刀が“主のことばかり心配して戦えない刀”だとは思っていないんだけど。それともこれは単なる思い違い?」

 どんな困難に見舞われても、私の刀たちは潜り抜けてきた。前回もそうだし、今回もそうだった。だから私は皆を信頼している。自分の命を預けるほどに。負けるはずがないと確信している。
 そんな私の言葉を受け、真っ先に声を上げたのは和泉守だった。

「ったく、しゃーねーなぁ。そこまで言われちゃあオレらの名が廃るってもんだ。よっし! 主の命、しかと預かった。どんな相手でもオレが切ってやるよ」

 好戦的な、それでいて溌溂とした青い瞳がまっすぐこちらに飛んでくる。それに頷けば、すぐさま隣に座っていた同田貫が口を開いた。

「おい和泉守。何一人だけいい格好しようってんだ」
「あ? 何だよ。羨ましいのか?」
「んなわけあるか」

 まるで男子高校生みたいな軽口を叩き合うが、同田貫も和泉守同様――いや。それ以上に好戦的な、肉食動物のような瞳を向けてくる。

「主。戦闘なら俺に任せな。兜だろうが燭台だろうが何でも切ってやるぜ?」

 自信満々というか、むしろ戦闘になることを期待しているというか。そんな同田貫に反応したのは他でもない。燭台切だった。

「ちょっと、同田貫くん。燭台を切るのは僕の特権なんだけど」
「ああ? 別にいいじゃねえか。俺だって切れる自信あるんだからよ」
「もー。それだと僕の名前が更に格好つかなくなるじゃないか。ねえ、主」

 困ったようにこちらを見てくる燭台切に苦笑いを返す。だけど燭台切はすぐさま表情を改めると、いつものように諭すような声音で話しかけてくる。

「あのね、主。確かに僕たちを信頼してくれるのは嬉しい。でも、だからってあんまり無茶しちゃダメだよ? 君の体は一つしかないんだから」
「うん。ありがとう。ごめんね。気を付けるよ」

 再度苦笑いを零していると、燭台切の前に座っていた宗三が盛大にため息を零した。

「はあ。全く。好戦的な刀ばかりでやってられませんね」

 籠の鳥よろしく気だるげな雰囲気でそう零すが、私が言葉を返すより早く近くに座っていた薬研が笑いながら突っ込みを入れる。

「おっと、よく言うぜ。宗三だってこの前の戦闘じゃあ思いっきり暴れまくってたじゃねえか」
「おや。いつのことでしょう。身に覚えがありませんね」
「……やれやれ。和睦の道は遠いですね……」

 弟の発言に呆れたのだろう。珍しく江雪が“悲しみ”とは違う感情で肩を落とす。それが皮切りになったのか。再び刀たちが騒ぎ出す。
 うんうん。うちの刀はこうでなくちゃ。心配事ばかり口にするより、こうして多少血の気が多いぐらいで丁度いいのだ。それに、いざとなったら彼らは冷静に対処してくれるし。いやー! 丸投げ万歳!! 適当人生万歳!! 優秀な部下に恵まれてると大将も楽だなー! なんて笑っていると、今度は武田さんが大きくため息を零す。

「はあ……ったく。本当にあんたの所は見ていて飽きねえな」
「ある意味では“統率が取れてる”とも言えるしな。いやー、さっすが水野さん! 榊さんが認めただけある! カリスマ性高いんじゃない?」
「え? カリスマ? そんなもんあるわけないじゃないですか。単にうちの刀が心配性なだけですよ」

 だから自分たちの意思であれこれ考えるし、行動する。命令を受けるばかりじゃない。自発的に動ける刀たちだからこそ上座に座っているだけで済むのだ。というか、本来ならこういう指示とか命令とか、もっと色んなことをよーく考えないといけないのは審神者である私だ。だけど正直頭よくないし。むしろ目の前のことをこなすので精一杯だ。だから沢山のことを知っている彼らに手助けしてもらわないと前に進むことさえもままならない。
 それを伝えれば何故か日野さんから「何かのろけられた気分」と苦笑いされた。だけどすぐに「ま、それが水野さんなのね」と続けられる。うん? よくは分からないけどとりあえず頷いておこう。だって日野さんと話していると余計に話が脱線しそうだし。時には曖昧なままで返事をすることも大事だ。よい子はマネしちゃダメだけどね!

「それじゃあ夢前さんの件もそうだが、水無さんのこともまた改めて連絡する。今日はもう休みな」
「そうそう。幾ら入院中ゆっくりしてたとしても、急に審神者業再開するのも大変だしね。せめて内番と遠征だけにするんだよ?」
「水野さん。また何か進展があり次第ご連絡いたしますね」
「はい。今日はわざわざありがとうございました」

 三人は報告も兼ねてだろうけど、きっと心配してくれてたんだろうな。改めて頭を下げて見送り、ゲートが閉じると本丸へと向き直る。そういえば久しぶりだな。こうして自分たちだけしかいないなんて。
 ぼんやりと本丸を見上げていると、小夜が首を傾ける。

「どうしたの? 主」
「ん? んー……これからまた騒がしくなるんだろうなぁ。と思って」

 帰り際に聞いたけど、今回の被害者である五人の本丸は一度解体されるらしい。そして刀たちも。本人の強い希望がない限りは『刀壊』となるそうだ。百花さんの刀たちも何振りかはその道を選んだという。

「ま、少し忙しいぐらいが丁度いいのかもね」
「よく言うよ。彼らの食事を誰が作ると思ってるんだい?」
「うぐっ。そ、そうですね……」

 小夜の傍にいた歌仙にチクリ、と刺されて体が縮こまる。あ。そうだ。鳩尾さんにも改めて連絡しないと。

「あーあ。考えれば考えるほど、やること沢山あるなー」
「大丈夫ですよ、主。少しずつこなしていきましょう。ご安心ください。俺もお手伝いしますから」
「あー! 長谷部さんばっかりずるーい! あるじさん! ボクたちも手伝うからね!」
「そうだよ。主さん。少しずつ、出来ることから始めていこうね」
「うん。皆、ありがとう」

 改めて三十振りの刀たちに視線を送る。皆頼りになる刀たちだ。そして――。

「ん? なんじゃあ?」
「ううん。何でもない」

 改めて、彼に返事をしなくては。だけど、それは水無さんの話を全部聞いて、ちゃんと心置きなく、もう何も思い残すことがないぐらい全部終わってスッキリしてからにしよう。

「さ! まずは久々の内番決めから始めるかー」

 本丸と、皆と過ごす懐かしい空気を肌で感じながら早速審神者業を再開するのだった。




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