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 山姥切と買い物に行く水野氏のお話。恋愛要素は相変わらずうっすいです。麺つゆを五倍ぐらい薄くした感じ。(分かりづらい)


 それはちょっと休憩がてら執務室を出た時に起こった。

「山姥切国広ー!!! いい加減その布を渡せ!!!」
「い、いやだ!! 誰に何と言われようと、俺はこれを渡すわけには……ッ!!」
「往生際が悪いよ、兄弟!」
「ぐッ……! お前も俺にこの布を脱げと言うのか、兄弟……!」
「……何やってんの?」

 庭先に飛び出してまで繰り広げられる鬼ごっこ、もといミニドラマ的なやり取りを眺めつつ問いかける。途端に三人の視線――歌仙、山姥切、堀川の三名だ――がこちらに向いた。

「ああ、主。聞いておくれよ。山姥切が何度言ってもこの布を洗濯に出さないんだ」
「俺のことなんて放っておけばいいだろ……」
「そういうわけにはいかないよ。兄弟だってどうせ被るなら綺麗な方がいいでしょ?」
「俺には汚れた布がお似合いだ」
「またそんなこと言って」

 ため息をつく歌仙と呆れる堀川に反し、拗ねたように顔を反らす山姥切。三人のうち二人の意見は一致している。歌仙と堀川はあの白い布を洗って綺麗にしたいが、山姥切は顔を隠す布がないと不安なのだろう。とはいえ山姥切は長谷部のように「主命」の一言で動くような刀でもない。と、なれば。
 ふむ。と顎に当てていた手を離し、今日の予定を顧みる。……うん。大して急ぎの仕事はないし、少しぐらい出かけても問題ないだろう。

「よし。じゃあ山姥切、ちょっと二人で出かけようか」
「「「え」」」

 重なる三人の声。それでも再度、今度は断定系で「出かけるよ」と言えばコクコクと言葉なく頷いた。素直でよろしい。

「それじゃあ二人とも、後のことはよろしくね」

 一度部屋にカバンやら財布やらを取りに戻り、先に玄関で待っていた山姥切の元へと向かう。そこには歌仙と堀川の二人も一緒に立っていた。

「それはいいけど……急にどうしたんだい?」
「荷物持ちなら着いて行きますよ?」
「大丈夫大丈夫、山姥切がいれば平気だから」

 というか、山姥切がいないと意味がないだけなんだけどね。
 どこかキョトンとしている二人に手を振りつつ、山姥切に「行くよ」と声を掛け歩き出す。向かう先は勿論万屋だ。あそこならきっとあるだろう。

「主、一体どこへ向かっているんだ?」
「んー? それは着いてからのお楽しみ。大丈夫、コインランドリーとかじゃないから」
「……そんな心配はしていない」

 一瞬の間が面白かったが、少し笑うだけに留めてゲートを潜る。
 辿り着いた大通りは今日も多くの審神者と刀剣男士が闊歩している。両脇に並ぶ各店は賑わっており、何だか縁日みたいだ。そんな毎日がお祭り騒ぎのような盛況ぶりを見せる大通りを進み、一軒の衣料店へと足を踏み入れる。

「主、何を買うつもりなんだ?」
「ん? 流石にここまで来たらもう分かるでしょ」

 立ち並ぶ様々な衣服を通り抜け、辿り着いたのは一つのコーナー。そう、目的の品物は『大判ストール』だ。

「その布を洗濯している間、これを被っておけば問題ないでしょ?」
「い、いや、そんな綺麗なもの、俺には似合わない」
「そりゃ似合わないもの選んだらそうだけど、似合う物選べば問題ないよ。ほら、恥ずかしがってないでこっちおいで」

 まるで照れて恥じらう乙女のように棚の陰に隠れようとする。いい男が何をそんなに後ろ気になっているんだか。まぁ、彼の性格上仕方ないことなのかもしれないけど。それでも「早く」と手招きすれば、諦めたようにおずおずと近づいてきた。

「主……やはりやめよう。俺には勿体なさすぎる」
「何言ってんのさ。今日はいつも頑張っている山姥切に私がプレゼントを贈りたいだけだから。それとも、私の気持ちは迷惑?」
「い、いや! そういうわけでは、」
「じゃあ問題ないよね。んー、どれにしようかなぁ〜」

 最初は扱いにくい刀なのかと思っていたが、山姥切は存外思いやりのある刀だ。口下手なだけで。だから上手いこと舵を取ってやれば存外扱いは難しくはない。現に今もオロオロとしているし。だがそれは強く跳ねのけられない彼の優しさがそうさせているだけなのだ。いざとなれば彼が心強く、頼もしい刀であることは知っている。そんな彼に『何かしてあげたい』という気持ちは嘘ではない。むしろいい機会だ。明確な理由があれば山姥切は強く言い返せない。いやー、悪い主ですわぁ〜。

 それにしても、メンズストールも思ったより種類がある。居心地が悪そうな山姥切には悪いが、ちょっと楽しくなってきた。
 でもあんまり高価な品物だと山姥切は遠慮して使わないだろう。だったら手ごろな価格で、且つ洗濯しやすく、気兼ねなく使える無地のタイプの方がまだ罪悪感は薄れるだろう。柄物の方が顔は隠れるだろうが、却って悪目立ちしそうだし。いや、本丸の中でしか被らないだろうから悪目立ちも何もないんだけどさ。布被ってる刀なんて山姥切ぐらいなんだし。
 あとは色味かなぁ〜。金髪碧眼だし顔立ちも申し分なく整っているからどんなものでも似合いそうだけど、山姥切のことだ。何を宛がっても「どうせ俺には似合わない。ボロ布で十分だ」とか言い出すに決まっている。だったら私が「これがいい」と決めるしかない。そうすれば山姥切も強く言い返せないし。
 ……うん。どんどん悪知恵ばかり働くな。ま、いっか。偶には山姥切の違う顔が見られるかもしれないしね。

「あ。これ綺麗だな」

 透けるような空色に惹かれ、手に取る。よくよく見てみれば、それは徐々に紺碧に向かって美しく染まっていた。うん。見事なグラデーションだ。触り心地も悪くない。ストールはあんまり安いと生地がごわついていたり、布目が荒いからなぁ。
 値段も気負う程高くはない。それにこういう買い物は第一印象が大事だ。最初に「いいな」と思った奴が一番よかったりするので、あれこれ悩むよりはコレにした方がいいだろう。あまり長居すると山姥切の精神衛生上よくないだろうし。

「山姥切、ちょっと頭下げて」
「あ、ああ」

 背の低い私では山姥切の頭にコレを被せるのは少しばかり難しい。だから腰を屈めて頭を下げてもらう。そうすれば山姥切の金髪が自然とこちらに垂れてくるので、そのまま手にしたストールとの色合いを確かめ、確信する。うん。これにしよう。

「決めた。コレにする」
「え。いや、だが、」
「ん? 青は嫌い?」
「そういうわけではないが……」
「じゃあ決まり」

 断言する私に山姥切は再び困ったような、戸惑ったような表情を浮かべる。だが無理に止める気配もない。
 やれやれ。本当に止めたいのか、そうじゃないのか。単に強く言えないだけかもしれないけど、その優しさが仇となっている。私はここぞとばかりにレジに並び、さっさとソレを購入した。

「ちゃんとプレゼント包装もして貰ったから、帰ったらちゃんと手渡しするね」
「何もそこまでしなくとも……」
「いいじゃんいいじゃん。偶には見せてよ。山姥切の違う顔をさ」

 いつもは白い布で隠れているその顔も、このストールであれば光に透けてきっと美しく魅せてくれるだろう。
 夏の空よりずっと薄く、秋の空よりもあたたかく。コレを羽織った彼はきっと素敵だろうから。

「楽しみだなぁ。コレを被ってる山姥切を見るのが」

 洗い替え用に、と買ったはずなのに、結局は私の方が楽しくなっている。そんな私に山姥切は呆れるかと思っていたが、彼は何も言わず私の後に続いた。
 そうして帰り着いた本丸で改めて買ったばかりのストールを手渡せば、山姥切は少し押し黙った後、『恭しい』とも言える程神妙な動作でソレを受け取った。

 それから数日後。
 あの日のようにふと思い立って執務室から出てみれば、堀川の驚く声が聞こえてきた。

「うわー! 兄弟どうしたの、ソレ? すごく似合ってるよ!」
「う、べ、別に俺のことなど褒めなくてもいい。褒めるならコレだけにしろ」
「ええ? 何それ。新手のツンデレ?」

 庭先から聞こえてくる賑やかな声。どうやら堀川以外にも山姥切に話しかけている刀がいるらしい。興味がわいて覗いてみれば、途端に一陣の風が本丸内を駆け抜けた。

「うわっ」

 まるで大地から天に昇る竜の如く。その風は落ち葉や小さな砂粒を巻き上げながら天高く舞い上がる。干したばかりの洗濯物も、山姥切の被る青いストールも。見事に舞いあげてみせた。

「きれー……」

 呟いたのは乱だろうか。感嘆の意味が存分に含まれた、たったの二文字。それでもそれ以上の言葉は似合わないだろう。そう思う程、陽の光に透ける空色と、山姥切の金髪は美しく映えた。

「き、綺麗って言うなッ」

 どこか照れたような声音で言い返す。そんな山姥切に乱と薬研が笑いながら何事か口にする。そんな穏やかな一幕にそっと微笑んで、私は皆に見つかる前に道を引き返した。

「さーってと、今日もお仕事頑張りますか!」

 自分が贈ったものを身に着けてくれるのは嬉しい。そんな当たり前のことを、知っていたのに忘れていた気がする。
 何だか初心に戻った気持ちになりながら、私は再びパソコンの前へと座った。


end


一度は書きたかった山姥切の『布を洗濯する話』と、審神者が『洗い替え用に一枚何か買ってくる』話を一つにしてみました。
個人的には書いていて楽しかったです。
この後山姥切の中でこのストールが地味にお気に入りになれば嬉しいな。と思っている水野と、大事な主から貰ったストールなので滅茶苦茶大事な宝物になる山姥切のお話でした。
個人的にはこの後山姥切が他のストールも試し始めるルートがあっても楽しいと思います。(笑)

それでは、ここまでお付き合いくださりありがとうございました!m(_ _)m


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